【セミ】
誰もいない放課後の教室に友理奈ちゃんを呼び出した
「友理奈ちゃん、これ、受け取ってください!」
ラブレターを添えて僕の一番の宝物を手渡す
山でみつけた幼虫から、3年かかって8センチの大きさまで育てたオオクワガタ
お金をいくら出されても、絶対誰にも渡せない
友理奈ちゃん以外の誰にも
僕の宝物を手に取った友理奈ちゃんは・・・・・・・・・・・・悲鳴を上げて逃げ出した
忘れてた・・・・・・・・友理奈ちゃんは昆虫が苦手だった
オオクワガタはどんどん巨大化し、友理奈ちゃんを追いまわす
呆然として立ち尽くす僕の後ろに友理奈ちゃんが隠れる
ゴジラと戦えそうなくらいまで大きくなった僕の宝物は・・・・・・・・僕らを踏み潰した
目が覚めた
悪夢だった
悪夢といえば・・・・・・・・・最近友理奈ちゃんは僕らと同じクラスのサッカー部のエースと仲がいい
友理奈ちゃんは笑顔で「ただのトモダチ」って言っているけど気になる
時計を見ると5時30分
ちょっと早いけど日課の朝食前のランニングに出掛けよう
公園に行ってみると・・・・・そのサッカー部のエースがいた
1人でボールを蹴っている
何というわざとらしい作者、いや、何という偶然だろう
僕は5年生ながら野球部のエース、運動には絶対の自信がある
だけど彼には勝てるかどうか自信がない
僕の姿に気付いた彼が、僕のことを呼び寄せる
「ねえ、毎朝やってるの?」
僕がボールを蹴る
「夏休みの間だけ・・・・・・・・・そっちは?」
彼が蹴り返す
「いつもはもうちょっと遅い時間だけど」
「ふ〜ん・・・・・そうなんだ」
会話が途切れたがサッカーボールのパスは続く
「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
僕はボールを止めて手で拾い、近くのベンチに彼を誘った
「勉強のこと以外ならいいぞ」
「友理奈ちゃんとは・・・・・・・・・・どうなの?」
「どうって?・・・・・・・ただの友達、熊井もそう言ってるだろ?」
「よく一緒に帰ってるでしょ?ちょっと信じられないんだけど・・・・・・・」
僕がそう言うと、彼は恥ずかしそうにポケットから何か白いものを取り出した
「ちょっと、これ見てくれ」
角に何か刺繍の入ったハンカチのようだ
茶色くて足が4本・・・・動物・・・・・・・・・クマかな?
まさか、友理奈ちゃんの苗字の熊井にちなんだマーク?
「このクマって・・・・・・ひょっとして・・・・・・?」
「クマじゃなくってライオンだよ・・・・・・・・・これ、中島が作ってくれたんだ」
そう言うと彼は、恥ずかしそうに、でも、ちょっと誇らしげに、僕の方を見た
「俺、中島と・・・・早貴ちゃんと・・・・・・・・・その・・・・・・・」
正直驚いた
そういえば、彼と友理奈ちゃんの傍には、いつも中島さんがいた
「俺は別にいいんだけど・・・・・早貴ちゃんはああいう性格だから・・・・・内緒にしてくれよ」
彼は恥ずかしそうに下を向いてしまった
僕はホッとした
「お前、熊井が好きなんだろ?」
僕の気配を察したのか?彼の反撃に今度は僕が顔を赤くして下を向く
「友理奈ちゃん、僕のこと、何か言ってた?」
彼はニヤニヤすると、ボールを持って立ち上がった
「ま、がんばれよ、応援してやるから、じゃあな!」
彼は帰った
最強のライバルだと思っていた相手は・・・・・・今日から親友だ
蝉が鳴いている
ラジオ体操の下級生が集まってきた
僕が大好きなものは3つある
まずは物心ついたときから大好きな昆虫
僕の本棚はファーブル昆虫記、何種類もの昆虫図鑑、大人向けの昆虫の飼育マニュアル、など
昆虫に関する本が大部分を占める
あとは野球の入門書が2冊、そして10冊くらいの流行りのマンガ
だけど一番好きなのは昆虫じゃなくて友理奈ちゃんだ
3番目に好きな野球を始めるきっかけも、友理奈ちゃんだった
あれは部活に入れるようになる前、3年生の頃
クラスでチームを作り、別のクラスと対戦するのが流行っていた
クラスの男子の4分の3が参加し、僕もチームに入った
女子も何人も応援に来た
友理奈ちゃんは・・・・・・・・・僕らのチームのエースで4番だった
剛速球で相手を翻弄し、ホームランを打って笑顔で戻ってくる友理奈ちゃんはとっても眩しかった
僕は友理奈ちゃんに認めてもらいたい一心で野球の練習をした
4年生になるとすぐに野球部に入った
部活の時間以外もいっぱい練習する僕に、寺田監督は「野球が好きなんだな」と嬉しそうに言う
だけど本当は友理奈ちゃんが好きなんだ
「この時期に練習しすぎると肩を壊すぞ」と心配もしてくれる
でも、友理奈ちゃんが認めてくれるなら、肩の1つや2つ、壊しても惜しくはない
夏休みも終盤に差し掛かっている
2学期になったらすぐに、6年生にとって最後の大会がある
最後の試合を華々しく飾ろうと、6年生は気合を入れている
僕も友理奈ちゃんの女子バスケ部に負けない成績を収めたいので気合を入れてバットを振る
午後1時から6時までの、長いと思っていた練習時間は、あっという間に終わってしまう
今日も疲れたけど明日は休みだ
ゆっくり寝て、あと少しだけ残ってる宿題を仕上げちゃおう
そう思いながら校門を出ると、3人の下級生に呼び止められた
自己紹介をする背の低いリーダー格の男の子の、濃くて意思の強そうな眉毛には見覚えがある
よくわからないけど神社に呼び出された
「3年生の・・・・・熊井クンだっけ?ひょっとして友理奈ちゃんの弟かな?」
彼の名前と特徴的な眉毛がシンクロした
「姉ちゃんの名前を気安く呼ぶな!よし、俺と勝負しろ!」
やっぱりそうだ、友理奈ちゃんの弟だ
頭は良さそうだと思えないけど、気が強そうで堂々としている
僕とは正反対な性格だろうな
「勝負?なんでキミと勝負しなきゃならないかわからないけど・・・・・まあいいよ」
上手に立ち回れば友理奈ちゃんと仲良くなるきっかけになるかも知れない
「で、種目は何にする?」
きっと、負けず嫌いな性格だろうな、だったらわざと負けてやった方がいいかな?なんて思った
どんな種目で勝負したらさりげなく負けることができるだろう?
その時、彼らがぶら下げている虫篭に気付いた
「蝉取り・・・・好きなのかい?」
昆虫博士と呼ばれた僕の血が騒ぐ
「じゃあ蝉取りで勝負しようか?」
一度でいいから昆虫に関する勝負を誰かとしてみたいと前から思っていた
わざと負けてあげよう、という考えはすっかり消し飛んでいた
「よし、それでいいぞ」
「じゃあ、今日はもう遅いから明日でいいかな?明日は部活休みだから夕方の4時くらいに」
「よし、じゃあ夕方の4時にこの神社で」
交渉成立
彼と握手する
彼の小さい体と手からは想像できないような力強い握手だった
これは手ごわい相手だ、全力で戦わないと失礼だ、と思った
翌日、僕は30分前に神社に着いた
いい勝負をするために、戦場を調べておきたかったのだ
神社の裏に林がある
ここには蝉がいっぱいいるだろう
だけど、蚊も信じられないくらいたくさんいるに違いない
今日の天気と時間帯を考えると、林に入らなくても十分蝉は取れるだろう
昆虫博士としての知識をフルに活用した結果、そういう結論を弾き出した
3人組がやって来た
「1時間後にここに戻ってくる、で、その時にたくさん蝉を捕まえた方が勝ち、ということでいいか?」
友理奈ちゃんの弟が言う
「うん、いいよ・・・・・・・じゃあ、始めようか?」
僕の言葉を聞くや否や彼らは神社の裏の林に走った
一人残された僕は、まずは鳥居に向かった
こんなに楽しい虫取りは始めてだ
時間が来て、彼らが体のあちこちを掻きながら戻ってきた
やっぱり蚊に刺されたんだな
「おーい!何匹取れた?」
「14匹」
「僕の方はえーっと・・・・・・・・・・・・・・・」
いい勝負だな、と思い自分の蝉を数える
「15匹だね、じゃあ僕の勝ちだね」
やっぱり負けてやった方が良かったかな、と思いながら彼の顔を見た
友理奈ちゃんの弟は、口をきっと来つく結ぶと、一瞬悔しそうに目を閉じた
そして、目を開けるとニコっと笑った
友理奈ちゃんそっくりのすがすがしい笑顔だ
「俺の負けだ!よし、認めてやる!その代わり姉ちゃん泣かしたら許さないぞ!」
「認めるって何を?キミは面白いなあ・・・・・・・・それに友理奈ちゃんを泣かすなんて、そんなことできっこないよ」
僕が友理奈ちゃんにベタ惚れなのがバレたか?と思いながらも平静を装って取り繕う
なんとなく彼の虫篭を見る
僕の籠にはアブラゼミしか入っていないけど彼の虫篭にはいろんな種類の蝉がいる
そして、僕の籠と違って、雌の蝉が多いようだ
雄と違って鳴かない雌の蝉は見つけにくい
へえ、たいしたもんだな、と思った僕の目は一匹のアブラゼミに釘付けになった
「あっ、ちょっ、ちょっと、この蝉すごいよ!」
僕はそう言うと素早く彼の虫篭からそのアブラゼミを取り出した
「ほら、よーく見てごらん、この蝉、右半分と左半分がちょっと違ってるでしょ?
これは右半分が雄で左半分が雌なんだよ!こういうの、すっごく珍しいんだよ!」
・・・・・・・・・そして、僕は昆虫博士として、知識をひけらかしてしまった
彼が僕のことを友理奈ちゃんに「あいつ虫オタクだったよ」なんて話したら・・・・・・・・・
ああ、やっちゃったかな?と思った
空が夕日で真っ赤に染まっていた
「あっ、もうこんな時間だね・・・・・・・・・・・・じゃあ蝉を逃がして帰ろう」
そう言うと3人はあっけに取られていた
「逃がす?もったいないじゃん!」
と、背が高くてませた感じの子が言った
そう言えば、僕も、今の彼らと同じ3年生の夏休みまでは、そんなふうに思っていたな
2年前の2学期の始業式の日
僕は一夏の戦利品である1000匹の蝉の標本を、自由研究として提出した
クラスメイトはあまりの数に驚愕の声を上げる者と、恐怖の悲鳴を上げる虫嫌いに別れた
友理奈ちゃんは後者だった
担任の安倍先生は、「すごいべさ」と頭を撫でて誉めてくれた
だが、その後でちょっと悲しそうな顔をして
「でもな、虫もちゃーんと生きてるんだわ、だからな、むやみに殺しちゃカワイソウだべ?」
と言った
「だからな、虫さんを殺すのはこれで最後、先生と約束するべ?」
僕は先生と指切りした
その日からゴキブリも蚊も含めて1匹も虫を殺していない
「虫篭に入れて飼ってもさあ、蝉ってすぐ死んじゃうでしょ?それに蝉持ってても役に立たないよ」
素敵だなと思ったあの時の先生の笑顔を思い浮かべて3人を諭した
「だから逃がしてあげるのが一番だよ」
3人は顔を見合わせると黙って頷き、蝉を放した
林へと帰っていく蝉を見送る友理奈ちゃんの弟の横顔は、さっきより少し精悍になっていた
夕食後
デザートで食べたスイカの皮を虫篭に放りこんだ
スイカの皮に貼り付く宝物のオオクワガタを眺めながら、夕方のことを思い返す
友理奈ちゃんの弟か
素直で、堂々としていて、年下ながら尊敬できる、立派な人なんだろうな
僕のことを友理奈ちゃんに何て言ってるんだろう?
・・・・・・・やっぱり今でも虫オタクだってバレたら友理奈ちゃんに嫌われちゃうだろう
よし、当たって砕けろだ
2学期が始まったら友理奈ちゃんに告白しよう
あの弟ともまた話がしたいしなあ
湯船につかりながら考えた
弟っていうのも悪くないな
一人っ子の僕は兄弟が欲しいと思うことがよくある
だけど僕が欲しいと思う兄弟は、常にお兄ちゃんかお姉ちゃんだった
弟が欲しいと思うのは始めてだ
いい弟がいて友理奈ちゃんがうらやましい
僕は大きく息を吸って、湯船に潜った
おしまい