【須藤さん(仮)】
「須藤さん、好きだ」
放課後・・・と言っても授業が終わってからかなり経っている教室で
須藤と1人の男子が居る。
忘れ物を取りに来たら、告白の現場に立ち会ってしまったらしい。
須藤は眉毛を寄せてちょっと困ったような表情をしている。
照れているのか夕日に照らされたからなのか分からないが、
顔が赤くなっていて大きな目で相手を見ている。
男子の方は後姿しか見えず、それもあまり見覚えが無いので誰だか分からない。
声も、聞き覚えが有るような無いような・・・
僕が知っている人ではなさそうだけど、同じ小学校だったらだいたい分かるはずだし・・・。
男子が特定できないのがちょっと残念ではあったけど、
そんな事よりも須藤さんが何て応えるかが問題だ。
どんな結果でも、学校では数日の間はビッグニュースになる。
「ごめんなさい」
ホッとしたような、残念なような気持ちで様子を伺う。
「分かった。ごめんね」と震えた声で言って、告白した男子がこっちを振り返ろうとした。
(ここに居たら見つかる!)
そう思って僕は廊下を走り出した。
「廊下を走ったらいけないんだぞー!」
後ろから声をかけられた。
先生でも須藤でも、告白してた男子でもなかった事に安心しつつ振り返ると、徳永が居た。
ジャージを着ててバドミントンのラケットを持っている。
「先生の代わりに教育的指導!」
と言って、バドミントンのシャトルを打ってきた。
「ちょっ、やめろって」
一体どこに隠して有るのか、打っても打ってもシャトルが無くなる気配はなかった。
「おい、いい加減にしろよ、徳永!」
止まないシャトルの雨に耐え切れなくなってそういうと、徳永が急に泣き出した。
「なんで泣くんだよ!おい!」
話しかけたけど、やっぱり徳永は泣き止まない。
泣き始めた一瞬だけ止まったと思ったバドミントンが再開した。
手は確実に顔を隠しているのに、どうやって打っているんだろう・・・
8本くらい腕があるような感じで続くシャトル攻撃に
どうしたらいいのか分からずに、僕は徳永を置いて廊下を走り去った。
・・・気がつくと、僕はベッドの上に居た。
自分の部屋だ。枕もとの目覚まし時計を見ると06:58の表示。
まだちょっと時間が有る事と目覚ましのスイッチを切った事を確認してから、
布団で頭を覆って夢の事を考える。
「須藤かぁ・・・」
思わずつぶやいてしまう。
須藤こと須藤茉麻は僕の同級生だ。バレーボールやバドミントンが出来て、脚も速い。
体つきは太っているっていう訳ではないけど、
大きくて女子なのに背が僕よりも高いから威圧感がある。
でも、聞こえてきた女子の話によるとお菓子作りなんかもするらしい。
顔だって多少の好みの差はあるだろうけど、色白で丸くて可愛い方だと思う。
だからと言って、今まで特に須藤の事を意識した事はなかったけど、
男子が振られた時にちょっと安心したのは何でだろう。
「何で須藤が夢に出るんだろう・・・」
疑問が頭の中で大きくなる。
それに、徳永が出てきた理由も分からない。
シャトルを乱れ打ちされた理由も無茶苦茶だし・・・。
そもそもこんな夢を見た理由も理解出来ないけど、
逆に考えれば夢だから無茶苦茶なのも納得できるといえなくもない。
運動神経バツグンな徳永なら、あんなふうにバドミントンを打ってくるのは、
もしかしたら可能かもしれないけど。
8本の腕の徳永から、社会科の資料集でみた仏像を連想して、それが少し面白かった。
ただ、朝から、こう、胸の辺りがもやもやしてスッキリしない。
「ホント、なんだったんだろう・・・」
真っ暗な布団の中で考え込んでいると、急に目の前が明るくなって母さんの顔が見えた。
「早く起きて着替えなさい」
「あ、あぁっと、おはよう」
「はい、おはよう。急がないと遅刻するわよ」
「うん、今何時?」
「もう7時15分よ」
「わかった。ありがとう」
独り言を聞かれてないか不安になって、かなり不自然な挨拶になったけど、
どうやら寝ぼけているだけだと思われたらしい。
それにしても、20分近く経ってたのか・・・。
いつもよりもちょっとだけ急いで仕度をして少し早足に学校に行った。
顔を洗っても、ご飯を食べても、結局もやもやしたものは無くならなかった。
通学路で友達に会っても同じだった。
何だか様子が変だって言われたけど、寝不足だからって言って誤魔化した。
変な噂を立てられて須藤とか徳永と変に気まずくなるのも嫌だった。
別に、好きだとかそんな事を思ってるわけじゃないし・・・
そうやって自分の中で決着をつけたところで学校に着いた。
友達と話しながら教室に入って席に着く。
昨日のテレビの話しなんかをしながら、横目で須藤の席を見る。
須藤の席の周りには徳永と村上が居て、部活の話か何かで盛り上がっている。
「隣の小学校のバスケ部の男子がね・・・」
・・・『男子』という言葉に反応してしまう。
昨日まで、別に須藤が何の話をしてても気になんてならなかったのに、
やっぱり今朝から調子がおかしい。
半ば上の空でクラスメイトとの話しに相槌を打っていると、不意に徳永と目が合った。
徳永は顔の辺りで手を振ってオハヨーと口を動かした。
適当に手を振って返事をすると、須藤と村上もこっちをみた。
須藤はちょっと不思議そうな表情で首を傾げながら会釈。
村上は徳永みたいに手を振った。
徳永はたまたま家が近くて幼稚園が同じって事で多少馴れ馴れしいのはいつもの事。
村上は、こんな風な調子だから皆から「めーぐる」なんて親しげなあだ名で呼ばれてる。
須藤は・・・そういえば、そんなに多く話した事は無かったっけ。
背が高いから目立つし、徳永からバドミントンのライバルが出来たって話は聞いてたけど。
なんて事を思ってると、ペチンという音がして、額に軽くて重い痛みが走った。
「痛てッ」と言ってちょっと目線を上にずらすと、クラスメイトの手が見えた。
どうやらデコピンされたらしい。
「微笑んで手を振るなんて、お前は韓国スターか。それかあの3人が好きかどっちだ」なんて軽口を叩かれる。
額を押さえながら「バカヤロー、そんなんじゃねーよ」と言いつつ、
そいつのわき腹を手刀で突く。
そんな事をしてやりあっていると、始業のチャイムが鳴った。
席に戻る同級生がこっちを見ていない事を確認してから須藤の席の方を盗み見ると、
3人ともこっちを見て笑っていて、別にさっきの発言は気にしてないみたいだった。
それを確認すると安心して、クラスメイトを追撃するのはやめておいてやった。
先生がやってきて、今日の授業が始まる。
「起立!おはようございます!・・・着席!」
日直の号令に従って挨拶して、着席する。
また、横目で須藤を見る。
夢に出てきた「須藤さん」って感じの近寄りがたい雰囲気だった須藤とは違って、
今まで通り「スドー」って感じの須藤だった。
それから昼休みまで、普通に授業を聞いたり窓の外を見たりしてた。
意識して須藤の方は見ないようにするのは思ってたよりも大変だった。
4時間目が終わって、給食の時間になった。
机を動かして班毎にまとまった席を作る。
窓際の僕の席の後ろを、給食を持った須藤が通る。
こんな事は今までだって何百回も有ったはずなのに、
今日はなぜだか変に意識してしまう。
徳永と須藤の間を飛び交う言葉と、僕の目の前で話してる女子、
僕と話してる男子、外で鳴いている蝉の声。
次々に給食が盛られていく時のお皿とレードルがぶつかる低い音と、
トレーの上で温い牛乳瓶とぶつかって音を立てるスプーンの高い音。
変に聴覚が鋭くなって、自分の心臓が動く音まで聞こえる。
前の席の女子から「顔が赤いよ。どうかしたの?」って言われたけど、
「夏で暑いからだよ。」ってなげやりな返事をした。
うちの小学校にはそれなりにちゃんと効く冷房は入ってるんだけど・・・。
「そうだね。ホントに暑いよね」なんて言って誤魔化されてくれた。
今日の牛乳は喉に張り付いて、いつもよりも飲みにくかった。
午後の授業も帰りの会も何事も無く終わって、掃除の時間。
教室の掃除当番恒例のゴミ捨てジャンケン。負けてしまった僕が
ゴミ箱を抱えて廊下を歩いていると、体育館の方から徳永と須藤が歩いてきた。
これから部活があるらしくて、荷物を取りに一度教室に戻るらしい。
「まだ時間が有るし、ゴミ捨て場すぐそこだから」と徳永が、
「それじゃあ私も」と須藤が言って、3人でゴミ捨てに行く事になった。
ゴミ箱は直ぐに軽くなり、教室に向かって歩いていると、
「朝、教室で何か言ってたけど、アレ本当なの?」
不意に徳永が聞いてきた。何の事だか分からず考え込んでいると、
「だから、私とまぁとめぐの誰かが好きとか言ってたやつ」
徳永が付け足す。ハッとした僕の視界には徳永と須藤の顔。
「そんなのあるわけねーじゃん」と言ってはみたものの、
鼓動は50m走をした後のように早まっている。
「えー?ホントに?」
徳永が追求してくる。
須藤は徳永の袖をちょっと引っ張って「ちょっと、やめなよ」って小声で注意している。
声を小さくしても思いっきり聞こえてるけど。
「んー・・・仕方ない。まぁがそう言うなら、今日のところは許しておこう」
「ありがとうございます、お侍さま」と、僕はおどけて謝った・
後になって考えてみると、別に好きな相手が居ないなら感謝する必要なんて無いけど、
とっさに出てきた言葉がそれだったのは、多分そういう事なんだろう。
「うむ!そこまで申すなら仕方ない!」と得意げに時代がかった口調で言う徳永と、僕らを見て微笑む須藤。
なんだかこの空気は良いなって思いながら歩くと、気付いたら教室の前だった。
徳永と須藤は教室の時計を見ると急に慌てて「じゃあね」「また明日」と言って、
帰り支度をしている僕を置いて、体育館へパタパタと走っていった。
「おいおい、モテモテだな」なんて言ってからかわれながら、
僕がゴミ捨てから戻るのを待ってた友達と一緒に学校を出て帰宅した。
夕方まで塾の宿題をやって、6時から塾で勉強。
名門の進学塾ではないが、そこそこの進学塾だ。
そこで1時間の授業を2つ。
間に夕飯を食べて終わった後に先生や友達と話すから、塾を出るのはいつも9時くらいになる。
そういえば、あの2人の部活って何時くらいまでやってるのかな・・・。
そう思って、いつもは寄らないコンビニの前を通って、
学校の前を通っても不自然じゃない道順を取ってみた。
自転車だからちょっとくらいの寄り道は全然苦にならないし、
夜の風は気持ちいいし、月だってこんなに綺麗に光ってるから。
そう。別に理由なんて無い。なんとなく。
徳永と須藤に会えたら良いとか、全然思ってないし。
気がつくと、学校のフェンス沿いに自転車を漕いでいた。
門の前を通って体育館の様子を伺う。
電気は消えている。手元の時計を見ると9時30分だった。
さすがに小学校の部活でこんな遅くまで練習してるはずは無いよな。
安心したような残念なような気持ちで、「ふぅ」と息を吐いて自転車に乗った。
曲がり角を1つ曲がると、2つ目先の電信柱のところを赤いランドセルを背負った子が2人。
ちょっと急いでペダルを漕いで、後は慣性に任せる。
背の高い方が自転車のライトに気付いたらしく後ろを見た。
「あ、七紙くん」
そう言って須藤が立ち止まった。
「ね、おかしいでしょ、笑っちゃうよね・・・って、茉麻?どうしたの?」
返事が無い須藤に気付いて徳永が振り返る。
「あれ?七紙だ。どうしてこんなとこに居るの?」
「塾の帰りでコンビニ寄って帰るところだよ」
「そうなんだ。何買ったの?」
「コーヒー牛乳と漫画。サンデー」
「ふーん」
「あ、わたし犬夜叉とか好きだよ」
「そうなんだ?テレビでやってたよね」
「そうそう。面白いよね」
須藤とサンデーの話しで盛り上がっていると、
「この時期に漫画なんて買ってていいの?」
という徳永の鋭い突っ込み。
「いや、確かに良くはないけど・・・」
どう返していいか分からないでいると、
「漫画読むのって悪いの?私も漫画好きだよ?」
須藤が間に入ってくれた。
「こいつは中学校受験するんだから、漫画読んでないで勉強しなきゃダメでしょ」
「ふぅん、受験するんだぁ」
「でも、息抜きくらいするよ」
「それに、コーヒー牛乳なんて飲んでたら太るよ」
「別にいいだろ。好きなんだから」
「ダメ。私が飲むからおいていきなさい」
「なんだよそれ」
「部活で疲れた私たちにコーヒー牛乳くらいくれてもいいのにねぇ」
「コーヒー牛乳飲みたーい」
「ほら、まぁだってこう言ってるよ」
「なんだよそれ」
手を挙げてこっちを見てくる須藤は、部活のせいか汗で髪がぺったりしていて、
椅子に座っているだけでろくに運動もしてない僕よりもよっぽど甘い飲み物を飲みたそうだった。
徳永も、同じようにこんな時間まで部活をやってたんだからやっぱりそうなんだろう。
「わかったよ、じゃあ一口ずつな」
自転車から降りてコンビニの袋からコーヒー牛乳とストローを渡す。
「やったね!」
徳永はそう言って500mlの紙パックを開けてストローを挿す。
徳永は一口コーヒー牛乳を飲むと、
「うわっ、甘ーい!はい、茉麻」
と言って須藤にパックを渡す。
須藤はパックを受け取ったものの、飲んでいいのか決めかねて僕をじっと見つめている。
当然須藤も飲むんだと思ってた僕は、逆に意表をつかれてキョトンとしてしまった。
「飲まないの?嫌いなら無理しないでいいよ」
「好きだけど、飲んでいいの?」
「この状況でダメとは言えないよ」
徳永が面白い表情でこっちを見ている。
「ありがとう。いただきまーす」
と言って、須藤はコーヒー牛乳を飲んだ。
思わず須藤を観察してしまった。
細いストローからいかにも甘そうな飲み物が吸い上げられていき、
喉が動いて飲み込んだと思ったら、幸せそうな表情で
「ごちそうさま。ありがとう」
と言って微笑んだ。
須藤は、半分くらい残っている紙パックをこっちに差し出した。
自転車から左手を離して受け取ろうと手を伸ばした時に前から徳永が掠め取った。
ストローを抜き取って、パックの口を広げてがぶ飲みし始めた。
あっけに取られてみていると、全部飲みきったらしい徳永が
「うわっ、ホント甘い!甘すぎるよ、もうー!」
と面白い表情で言った。
「じゃあ飲むなよ!あーあ、もう残ってないじゃん」
「ま、いいじゃないの。昼間の借りを返したと思って」
「なんだよそれ、おい、ふざけんなよ」
と言い合っていると、須藤が
「仲いいんだね」
と言ったので、
「良くない!」
と言ったんだけど、徳永と声が重なってしまったのが可笑しくて、3人で笑った。
もともと家はそんなに遠くないんだけど、ホントにあっと言う間に着いてしまった。
楽しい時間は過ぎるのが早いって言うけど、それが恨めしかった。
今日は徳永の居残り練習に須藤が付き合って遅くなったらしい。
今度から学校の前を通って帰ろう。玄関のドアに鍵を差込みながらそう思った。
次の日から、前よりちょっとだけ距離が近づいた気がする2人と話す事が多くなった。
とは言っても、授業の間の休み時間1回分くらいの割合だったけど。
ほとんど僕と徳永が何かしら言い合って、僕は徳永に言い負かされていたんだけど、
そんな僕たちを見る須藤はとても楽しそうに笑ってた。
女子達の話しに聞き耳を立てて聞いた、
須藤の「面白い人が好き」って発言を思い出しながら
「2人とも面白い」って言いながら笑う須藤の言葉に1人でドキドキしたりしてた。
「そういえば、茉麻はもうすぐ誕生日だよね?」
「そうだよ」
「いつなの?」
「7月3日だよ」
「そうなんだ。あと2週間くらいだね」
「うん」
「そういえば、今年は誕生日会やるの?」
「お母さんに頼んでるけど、ちょっと忙しいみたいで、分からないって・・・」
「そっかぁ・・・」
「ふーん・・・」
というところでチャイムが鳴った。
3人とも「じゃあね」と言って席に戻る。
7月3日・・・七三分け、7×3、七味、他にもいくつかの言葉が思い浮かんだけど、
七夕の4日前って覚えておいた。
「七夕、短冊・・・」口からそんな言葉が出ていたらしい。
隣の席の女子から、「七夕の願い事何にするの?」と聞かれた。
「まだ決めてないよ。そっちは?」
「私もまだ決めてない」
「今日あたり、先生から願い事を考えてきとくようにって言われるかもね」
「そうだね。あ、先生来たよ」
・・・
うちの小学校では、毎年短冊に願い事を書いて学年で1つの笹に飾りつけをして、
7日の朝礼の時に飾ってる。『去年は成績が上がりますようにだった』っけ。
短冊に書いたからって願い事なんてどうせ叶わないとは思うけど、
塾の先生からは
「目標を立てることは良いことだから、そう思っておきなさい」
って言われて、そんなもんだと思ってる。
だから「1おく円ください」なんて願い事を見た時は笑ってしまったんだけど。
そういえば、あの2人は何て書くんだろう・・・。
6月の最後の日、塾の帰りと2人の帰りが重なった。
僕がコンビニで買った5個入りの鶏のから揚げを3人で食べながら歩く。
話題は須藤の誕生日の事だった。
去年は誰が呼ばれたとか、須藤のお母さんの料理が美味しいとか、
ケーキを切る数を間違えてしまって、結局須藤が2つ食べたとか。
笑いながら話す徳永の肩を「もう、やめてよー」って言いながら叩いた後、
こっちを向いて口元で指を一本立てて「誰にも言わないでね」っていう須藤に、
僕は妙に照れてしまって「うん」と言って頷いてから、
須藤の顔が見れなくて自転車のハンドルを押しながら歩いた。
5個入りのから揚げは、僕と須藤が1つずつ食べて、残りは徳永が食べた。
別れ際に誕生日プレゼントに何が欲しいか聞いたら、
徳永に「普通、そういうのは聞かないで渡すから楽しいんでしょ」って注意された。
須藤は「悪いからいいよ」って言ってたけど、もらえたら何でも嬉しいって言ってた。
テレビを見て、歯磨きと風呂と着替えを済ませてからベッドに入ってから
須藤の誕生日プレゼントを考えてたけど、何をあげたら良いかさっぱり思いつかなかった。
徳永に聞いてみようかと思ったけど、どうせ色々言われるんだろうなぁって思うと却下。
そんな事を考えてるうちに、気付いたら眠ってた。
翌日、学校で音楽室に行く途中、トイレに寄るからと友達と別れて1人でいたら
「今度の日曜に茉麻ちゃんが誕生会やるから来て欲しいって」
と、村上が言ってきた。
時間とか、他に誰が来るのかを聞いてみると、徳永、村上、他に4人の女子。
男子は僕の他には考えてないらしい。
それって、そういう事なのかな・・・と考えこんで、返事をできないでいたら、
「めぐー!どうしたのー?」と女子の輪から村上を呼ぶ声がした。
「すぐ行くよー!」と返事をしてから振り返り、
「ちゃんと伝えたよ。考えといてね」と言って、村上は女子の会話の輪に入っていった。
男子と女子で仲が悪いわけじゃないけど、
さすがに自分1人だけが男子っていうのはちょっと考えてしまう。
でも、もしも他に男子が居たら、それはそれで嫌だし・・・。
誘われた男子が1人だけなのは嬉しいんだけど、やっぱり躊躇ってしまう。
日曜は塾のテストがあるし、周りが女子だけの誕生日パーティに遅れていくのは、
なんというか気分的に入りづらくて躊躇してしまう。
音楽の授業の間、須藤の誕生会に行くか行かないかを考えていて、
みんなで歌っている時はずっと口を動かしているだけだったし、
1人ずつ順番に歌っていく時も、左と右の耳の中には入ってこなかった。
ただ、須藤が歌っている時と徳永が歌っている声は
耳を通って頭の中に届いてきて、須藤は一生懸命に歌ってて、
徳永は楽しそうに歌ってるなぁって感じた。
「良く出来ました」って誉められた須藤の
「ありがとうございます」っていう返事が
何度も頭の中でリフレインした後で自分の番になった。
名前を呼ばれたときに少し慌ててしまったけど、適当に歌ってやり過ごした。
一生懸命歌うってかなり大変で難しいのかもしれない。
去年の合唱コンクールの練習をしてる時に須藤の隣で歌ってたクラスメイトが
「須藤って、歌い終わった後、鼻息が荒くなってるんだよ」って言ってたのを思い出して、
授業中だっていうのに顔が緩んでしまった。
その話しを聞いたときは少しバカにしたような風に笑ってしまったけど、
今となっては、とてもじゃないけどバカになんて出来ない。
隣の席の女子から「七紙くん、なんで笑ってるの?」って言われた。
理由なんて言えないから、一瞬だけ間をおいて辺りを見回して考えた。
「えっと」と時間稼ぎした後で、坊主頭の奴を指差して
「バッハみたいな髪型になったあいつを想像したら面白くて」
って言って誤魔化した。
その子は、プッと息を吹きだして、直ぐに口で手を押えて声を出して笑わないようにした。
ちょっと落ち着いてから、
「七紙くん、面白すぎるよ」って言われた。
さっきの須藤さんを思い出しながら「ありがとうございます」って言ってみたら、
何故だか穏やかな気持ちになった。
それを聞いて、その子は微笑んだ。
今の僕は須藤さんと比べてどんな表情をしてるんだろう。
笑うその子を見てなんとも言えない気持ちになりながら、そんな事を思った。
音楽の授業が終わった。
他の男子に聞かれて色々言われるのも嫌だったから、
教室に戻る前に須藤に話しておこうと思って須藤の方を見ると
先生の所で何か質問してた。
何もしないで待ち続ける手持ち無沙汰な状況に耐えかねて、
何となくリコーダーを分解して内側を掃除していた。
僕自身は別段綺麗好きという訳でも無いけど、
かなり丁寧に吹き上がった頃に須藤さんが席に戻っていった。
「須藤・・・さん、今度の誕生会のことなんだけど」
「えっ?うん。来てくれるの?」
不意に話しかけられたからなのか、さん付けしたせいなのか、話題のせいなのか、
ちょっと驚きながらも、嬉しそうに言葉を続けた。
「いや、それが、塾のテストとかが有って、行けそうにないんだ」
「うわぁ、大変なんだねぇ」
「あ、でも、プレゼントとかは渡したいと思うんだけど、
もしも何か欲しいとかあったら言ってもらえれば、
出来る限りのものだったら何かプレゼントしたいんだけど」
「えっと、うーん・・・」
変に焦ってしまった僕と、考え込んでしまった須藤さん。
ちょっと離れた所には、4人くらいの女子のグループがおしゃべりをしている。
「別に、特に無いんだったら、それはそれで良いんだけど、
だったら、嫌な物とかが有ったらそれだけ教えてくれる?」
「嫌いなもの・・・あの、あれ。虫が嫌い」
予想もしていなかった答えに思わず大声で笑ってしまった。
女子がこっちを見た。こういう状況は苦手だ・・・。
「わざわざ言わなくても、虫なんてプレゼントしないよ」
「そうだよねぇ」
なんて言って、笑いあった。
「じゃあ、何でも良いってことで良いんだね」
「うん。楽しみにしてるね」
なんて事を言って、僕は教室に戻った。
虫が嫌いっていう事が分かったところで、殺虫剤とかを渡すのも変だし、
結局プレゼントは考えないといけない。
教室に戻って給食の時間。
隣の席の(とは言っても机をくっつけているため向かいにいる)女子が話しかけてきた。
「七紙君は、まぁちゃんの誕生会行くの?」
突然に聞いてきた。
「おいおい!何だよそれ、最近お前ら妙に仲が良いと思ったら、そういう事か?」
横から男子が茶々を入れる。
「うっせぇ!」
「ムキになるところが益々怪しい」
「だから、違うっての!誕生会も行かないし」
「とか言ってて、ホントは行くんじゃねーの?」
「女子の誕生会に1人でなんて行けるわけねーよ」
「男子で1人だけ誘われたって事か!熱いねぇオイ!」
言い合っているうちに、声が大きくなっているのに気付く。
前に居る女子の向こう側に、須藤が見える。
怒ってるような悲しんでるような恥ずかしがってるような表情で、
じっと下を向いているのが目に入った。
横で徳永がこっちを睨んでるのが見える。
いたたまれなくなって、直ぐに目を逸らす。
「ぶっちゃけ、中島が何も言わなかったら、俺らに隠れて行ってたろ」
「だから、行かないって言ってるだろ!もう、この話しやめようぜ」
目の前では中島がオロオロしながら、泣きそうな表情になっている。
隣の奴も中島の様子に気付いたのか、突っかかってくるのをやめた。
「ごめんね」
中島はそう言うと、シクシクと泣き始め、給食のスープに涙が落ちた。
その日の給食は、好きなメニューだったけど全然のどを通らなかった。
須藤さんもおかわりをしてなかった。
クラス中がざわざわしてた状態は先生が注意して収まった。
静かになったけど、そのせいでそれぞれの班で話してる事が推測できてしまって辛かった。
給食の時間が終わっても、中島はまだ泣き止まない。
僕がいたたまれない気持ちで、自分の食器を下げて席に戻っても、
まだ隣の席の女子に慰められていた。
この騒ぎの原因になった奴はさっさと校庭に出てしまっているし、
僕もそのまま教室の外に出ても良かったんだけど、
目の前で中島が泣いているのを見てしまうと、
自分も何か悪い事をしたような気がして、中島の机の上にあるトレーを下げようとした。
大丈夫かどうか聞くと、中島は涙を拭ってから顔を上げ、ありがとうと言って頷いた。
食器を戻してから教室を出ようとしたら、徳永に呼び止められた。
こういう時は大抵徳永の横に須藤さんが居たんだけど、
今は中島と一緒に何か話してるみたいだ。
「何よそ見してんのよ、話し聞いてる?」
と言って僕の注意を向けてから、給食時間の出来事についてまくしたてる。
強い雨の中で傘を差して立っているような気持ちで聞いているけど、
ちょっと距離を置いてこっちをみるクラスメイトや、
隣のクラスの奴らが教室のドアからチラチラ覗いているのが気になって、
ちょっと顔を動かす度に雷が落ちる。
徳永が言うには、須藤さんが僕だけを誕生会に呼んだ事が
あんな風に知られてしまい、僕のことを好きなんじゃないかと誤解されて困ってることと、
あんな断り方をされてかなり傷ついてること。
あと、中島のことを泣かせるなんて、男としてダメだっていうことだった。
中島が泣きだした件については僕のせいだとは思えないんだけど、
徳永がここまで怒るほど須藤さんが傷ついてるっていうのが辛かった。
「ごめん」
「ごめんじゃないでしょ。だいたい、私に謝ってどうするのよ」
「いや、本当に悪かったと思ってる」
「あー、もう、イライラする」
「もちろん須藤さんには後で謝っておくから、落ち着いてくれよ」
「『後で』っていつよ」
「じゃあ、今謝るよ」
「『じゃあ』って何よ、『じゃあ』って」
一度怒ると手が付けられない徳永の性格は分かってるのに、
いつも以上に妙に絡まれて困っていると、村上がスッと間に入ってきた。
「まあまあ、ちなこも落ち着きなよ。七紙くんだって反省してるじゃん」
「そうだけど、何だかイライラするの!」
何だかイライラするのが理由でこんな風につっかかられたら堪ったものじゃない。
反論しようとすると、村上が遮って言った。
「でも、まあさにも謝るって言ってるんだから、この辺でいいじゃない
この調子で怒ってたら、謝らないで休み時間終わっちゃうよ?」
「うーん・・・」
まだ納得できない徳永に
「それに、怒る相手ならもう1人居るんじゃない?」
渋々納得しつつあった様子ではあったけど、
目に見えて雰囲気が変わっていくのが分かった。
徳永は「ちょっと校庭まで行って怒ってくる」と言って、走っていった。
緊張が解けて、ホッと一息つくと村上にお礼を言った。
「いいの。さっき中さきちゃんの給食片付けてたしね。
ただ、まぁちゃんにはちゃんと謝らないとダメだよ」
そう言って、僕の背中を軽く叩くと、村上は教室の外へと歩いて行った。
教室の中を向きなおすと、須藤さんはまだ中島と一緒に居た。
中島はもう泣き止んでるみたいだったし、
徳永の話だと自分も傷ついてるって事だけど、
それでも中島を慰めてる須藤さんを見てたら、
赤かったり青かったり白かったり黒かったりする感情がこみ上げてきて涙が出てきそうになった。
「・・・須藤さん」
必死に冷静を装って話しかける。
須藤さんはいつものように真っ直ぐに僕を見た。
一瞬だけど見詰め合った状態で、僕は頭の中がまっ白になってしまい、
「ごめん」の一言さえ簡単に出てこなかった。
「大丈夫?」
という須藤さんの声でようやく頭が動き出した。
「あの・・・ごめん」
ようやく口からでた言葉だったけど、喉がつぶれたみたいになってて酷い声だった。
「うん」
給食の時間に言った事は全部本気じゃなくて、音楽の授業の後に言ったのが本当で、
誘ってくれたのは嬉しくって・・・そういうことも全部言いたかったけど、
視界がぼやけてきて、このままだと泣いてしまいそうだったから、
須藤さんの顔を見ないで「ホントにごめん」とだけ言ってから、
滅多に人の来ないゴミ捨て場で時間を潰した。
須藤さんを悲しませた自分には、この場所がとても似合っているような気がした。
チャイムが鳴って、急いで教室に戻ってからも憂鬱な気持ちは続いていた。
後ろの席の奴が徳永にビンタでもされたのか、左の頬が赤く腫れていて、
それを見た時は少しだけ気が晴れたけど、それでも全然だった。
その徳永の方を見るとまだ席についていなかった。というか、教室に戻っていないみたいだ。
それだったらと思って村上の姿を探したけど、2人の姿だけ見えなかった。
誰かに聞こうかと思ったけど、後ろの奴とは口をききたくない。
須藤さんは席が遠いし、それに、今の僕にはなんだか話しかけづらい。
中島に聞いても教室から外に出てないだろうから多分知らないだろうと考えて、
直ぐに来るだろうと思い直して机に突っ伏して寝た振りをしていた。
誰も教室に入ってきた気配が無くて、妙にそわそわした気持ちを抑えきれずに顔を上げると、
授業開始の時間から5分が経っていた。
中島に話しかけようとした時に前のドアから先生が入ってきて、
直ぐに後ろのドアから徳永が村上に肩を借りて入ってきた。
徳永の様子を見て、ざわめきだすクラスメイト。
先生は真剣な表情で、授業の替わりにホームルームになるんだろうと思ったけど、
意外にも先生は普通に授業を始めた。
僕は色々と頭の中を整理しながら、ノートをとっている振りをして、
変な図形とか頭の中に浮かんできた言葉とかを落書きをしていた。
授業自体は既に塾で習っていたところだったからどうでも良かったけど、
とにかく徳永が怪我をしてる事とか、須藤さんがどんな事を思ってるのかとか、
あとは帰りの会がどんな展開になるのかとかが気になって仕方なかった。
授業が終わると、先生がこっちの方に来て
「もう習ったところかもしれないけど、ちゃんと先生の話聞いてノート取りなさい」
と注意してから、後ろの席の奴を教室の外に連れて行った。
徳永の周りに女子が集まって話をしていたみたいで、
先生たちが出て行くのを見て何か言っていたみたいだった。
2人が教室を出た後、僕は女子たちの話が聞こえないようにだけ意識しながら、
席に座ったまま窓の向こうを見ていた。
中島は徳永の方には行ってなくて、席に座って手紙か何かを読んでいるみたいだった。
しばらくすると先生が戻ってきて帰りの会が始まった。
給食時間の事とか、色々と議題に挙がったりするんじゃないかと思って憂鬱だったけど、
最後に先生が「相手の気持ちを考えてみんな仲良くしましょう」と言ったのを除いては、
それに関係が有りそうな話題は全く出てこなかった。
色々と言う事を考えてただけに、少し拍子抜けしつつも、やっぱり安心した。
それでもやっぱり、今日の事は全然頭の中で小さくならなくて、
何も考えないようにして淡々と掃除をこなした。
ゴミ捨てのジャンケンは、ずっとグーを出そうと決めていたらボクはうまく勝ちぬけ出来て、
中島がゴミを捨てに行く事になった。
女子が身長が140cmに届いてない中島に1人で行かせるのは大変そうだといいはじめて、
結局誰かもう1人一緒にゴミ捨てに行く事になった。
同じ班の女子は、こまごました事があるから男子が行って欲しいと言う。
僕の後ろの席の奴に対して、謝れっていうプレッシャーをかけているんだろうか、
「あんたが行きなさいよ」と言う女子に対して
「オレ、ジャンケンかったもん」と言い張るそいつのせいで埒が開かない。
不意に「隣の席なんだから七紙が行けよ」っていう意見が出てきた。
驚いたし面倒だったし腹も立ったけど、反対するのも疲れると思ったから
「あぁ、いいよ」と応えてゴミ捨てに行く事にした。
中島には1人で捨ててくるから来ないで良いよと言ったけど、
「ジャンケン負けたのは私だから」と言って一緒についてきた。
つづく