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【手を握って歩きたい】

1 名前:名無しさん 投稿日:05/01/26(水) 18:08:19

「……それで、その振りが可愛くてね、こうやって手をくにゃくにゃ〜って、
わかめみたいに動かして〜……て、聞いてる?」
「うん?」
俺は横で変な動きをしている梨沙子を見た。
「ほら、やっぱり聞いてない〜。だから、こうやって…」
梨沙子は変な動きを続けている。どうやら、昨日のテレビでアイドルがやってた踊りらしい。
が、普段からくにゃくにゃな梨沙子がやっても、余計に変に見えるだけだった。
「あ、そうだ、その動き、似てるな。あの、いつもやってる奴……そう、ゾンビごっこ」
ゾンビごっことは、梨沙子が提唱した謎の遊びだ。内容は……ちょっと俺の口からは言えない。
常人の理解を超越した遊びなのだ。
「え〜、全然違うよ。あれは、こうやって、こう」
梨沙子の手の動きが変わる。だけど、さっきとどう違うのか、ちっとも分からなかった。
「も〜、いいもん。みやに聞いてもらうから。ふ〜んだ」
梨沙子はそう言って走り出した。
「おい、りしゃこ!」
「そんな名前じゃないも〜ん!」
梨沙子は俺にアカンベーをして走り去っていった。
(まったく………何やってんだ、俺)
俺はため息をついた。せっかくの梨沙子と一緒の登校なのに……。

もう何年も前、梨沙子はうちの隣に引っ越してきた。
「す、すが、すがやりしゃこです」
梨沙子はよっぽど緊張していたのか、ろれつが回ってなかった。
俺は、変な奴だなと思った。でも、色白で、ほっそりしていて、少し困った顔の梨沙子は、
俺の心を捕らえるのに十二分な破壊力を持っていた。

梨沙子は想像以上に変な奴だった。いつもふらふらと落ち着きがなくて、
ちょっと目を離すとすぐに何処かへ行ってしまうような奴だった。
ゴミ捨て場にあったローラースケートを勝手に履いて盛大に転び、骨折してしまったこともある。
そんな梨沙子を、俺は「りしゃこ」と呼んでいた。そっちの方がへっぽこな感じがしてちょうどいいと思ったからだ。
でも、やっぱり、そんな部分も含めて、梨沙子は可愛かった。

俺と梨沙子は同じ幼稚園に通い、同じ小学校に通い、同じ時間を過ごしてきた。
それが変わったのが、今年の春だ。5年生になったときのクラス替えで、別々になってしまったのだ。
そして「あいつ」の出現が、更なる変化をもたらしてしまった。

「み〜や、み〜や、みやみやみ〜や、おっはよ〜」
俺が後から追いかけていくと、梨沙子が「あいつ」に飛び付いていくところに出くわした。
「おはよう梨沙子。もうちょっと普通の挨拶はできないの?」
振り向いたところをいきなり飛び付かれたものだから、お互いに抱き合ってる形になる。
何といううらやまし、いやいやらしいんだ!
「おいおい!朝っぱらから2人で何やってんだ」
追いついた俺は、開口一番言ってやった。
「おや○○くん、おはよう」
俺に気付いた「あいつ」…夏焼雅は、梨沙子を抱いたまま平然と言った。
「おはようじゃないだろ、夏焼!りしゃこも離れろ!ここは公衆の面前だぞ!」
通学途中の生徒達が、俺達の方をちらちらと見ながら歩いていく。
「大声で叫ぶ君の方がよっぽど恥ずかしいって話もあると思うけど、梨沙子はどう思う?」
夏焼はご丁寧にも梨沙子の方を向いて聞いた。その顔と顔の距離、約10cm。
そんなに接近したことは、俺だってないってのに!
「○○の方が恥ずかしいも〜ん」
梨沙子は俺の方を向いて、べ〜っと舌を出した。
「そ、そんなことはいいんだ!とにかく離れろ!」
俺は梨沙子の肩をつかみ、思いっきり引っ張った。
だが、夏焼に引っ付いている梨沙子の力は思いの外強く、夏焼ごと引き寄せてしまう。

「あ」「むぎゅ」
夏焼と目が合う。その距離、約30cm。梨沙子を挟んで、俺と夏焼が抱き合うような形になる。
柔らかな梨沙子の感触が、俺の全身に伝わってきた。
「………」
「何だ、これがしたかったんだ。だったら素直にそう言えばいいのに」
夏焼がやっぱり平然と言う。俺はさらに頭に血が上った。
「バ、バカを言うな!」
俺は後ろに跳んで離れた。
「も〜、痛いよ〜」
梨沙子が俺の方を向いて文句を言う。
「す、すまんりしゃこ!だが、しかし……」
頭に血が上りすぎて、もはやまともな言葉が出てこない。
「はいはい落ち着いて。続きは歩きながらにしようね」
夏焼は梨沙子を下ろすと、片手に梨沙子、もう片手に俺をつかんだ。
「そうするも〜ん。わ〜い、みやと手つなぎ〜」
梨沙子は夏焼の手を握り返して大喜びする。
「君もつなぐ?」
「バ、バカを言うな!だったら……」
梨沙子とがいい、と言いかけて俺は踏みとどまった。
「梨沙子の方がいい、か」
夏焼は俺の言葉を先回りして言ってのけた。
「う、うぐ、いや……」
完全にテンパっている。これじゃ、梨沙子の「あばば」と一緒だ。
「先に行くよ〜」
夏焼と梨沙子は歩いて行ってしまった。俺は慌てて2人の後を追いかけた。

教室に着くと、俺は自分の席に突っ伏した。朝だけで、一日分の気力を使い果たした気分だった。
(まったく、夏焼の奴……)
今年の春、梨沙子のクラスに転校してきた夏焼は、あっという間に梨沙子の心を奪ってしまった。
梨沙子は何をするにも夏焼と一緒になり、いつもべったりしている。
クラスの奴に聞いたところでは、夏焼が梨沙子を膝に乗せている時もあるとか。
ちくしょう、俺だってそんなこと……いかんいかん、さっきと一緒だ。
夏焼は「今時のかっこよさ」って奴を体現したような女の子で、茶髪でクールで大人っぽい。
俺が見ても、美人だと思う。そんな夏焼に梨沙子が惚れたとしても、無理はない……いや、やっぱりおかしいぞ。
(しかし、だ)
事実として、梨沙子が夏焼になついているのは間違いない。
夏焼にあって、俺にないもの……俺は確かに、クールでも大人っぽくもない。
身長も高い方じゃないし、勉強ができる方でもないし、スポーツが得意な方でもない……
ああ、何か落ち込んでいきそうだ………。
「きり〜つ!」
不意に声がして、俺は立ち上がった。どうやら、もう先生が来ていたらしい。
「きおつけ〜、礼!」
「おはようございます!」
「ちゃくせき〜」
席に着くと、俺はまた突っ伏した。
だから、先生が「はーい、今日は転校生を紹介します」と言っても、顔も上げなかった。
「おぉ〜」
男子達が歓声を上げる。どうやら女の子らしい。だが、俺には関係のない話だ……。
「ねえ○○、そっくりじゃない?ほら、あの子」
後ろの席の石村が、俺の肩をつんつんと叩く。
何だ?と思いながら顔を上げると、そこにいたのは……。

「!りしゃこ!?」
教壇の前に立っていた女の子は、梨沙子に瓜二つだった。
色白で、ほっそりしていて、背が高い割には子供っぽい顔立ちで……だが、その子は見知らぬ制服を着ていた。
「初めまして、菅谷詩子です。よろしくお願いします」
女の子が深々とお辞儀する。その動作には、梨沙子のような浮ついた部分が微塵も感じられなかった。
「菅谷……詩子?」
俺は思わずつぶやいた。
「菅谷さんは、隣のクラスの菅谷梨沙子さんの、双子の妹です。みなさん、仲良くしましょうね」
「双子の……妹だって?」
またおうむ返しにつぶやく。梨沙子に妹なんて、いなかったはずだ……少なくとも、俺は見たことも聞いたこともない。
「えーと、菅谷さんの席は……○○の横が空いてるな」
唐突に俺の名前が出て、思わず我に返った。確かに、俺の横は空いている。
「じゃあ菅谷さん、あそこに座ってください」
「はい」
詩子と名乗った子が、俺の方に近づいてくる。近くで見れば見るほど、彼女は梨沙子にそっくりだった。
「よろしくお願いします」
俺に向かってまた深々とお辞儀をする。
「あ、ああ、俺は○○○○、よろしく……」
俺は挨拶しながら、思わず手を出していた。
詩子は俺の名前をきいてちょっと眉を動かしたが、すぐに元に戻って微笑みながら俺の手を握り返した。

「……であるからして、ここがこうなって……」
教室の前では、先生が黒板に何かを書き付けている。だが、俺は全く見ていなかった。
俺の視線はただ一点、詩子の方に向いていた。
(本当に、似てるな……)
黒板を見ながらノートに書き写す姿は、やはり梨沙子にそっくりだった。
だけど、全く違う点が1つ。それは、あまりにも落ち着き払っているということだ。
緊張しているのかも知れないが、梨沙子が緊張したら余計に落ち着かなくなるだろう。
(………綺麗だな)
俺は正直にそう思った。梨沙子がおすまししていたら、こんな感じに見えるのかも知れない。
「はい、というわけで、問1を……○○やってみなさい」
不意に名前を呼ばれて、俺はガタッと立ち上がる。
慌てて黒板を見てみるが、そこに書いてあったのは見知らぬ式だった。
急いで教科書をめくってみても、ちっとも分かりゃしない。
「○○、授業はちゃんと聞いとくように。じゃあ、分かる人は手を挙げて」
しーんとなる教室。がっくりとうなだれた俺の横で、すっと手が挙がった。
「お、転校生は分かってるか。じゃあ、ちょっとやってみて」
「はい」
詩子は教卓まで歩いて行くと、黒板にさらさらと答えを書き付けた。
「うん、正解だな」
先生が答えに丸をつけると、あちこちから「おぉー」と歓声が上がった。
(……やっぱり、梨沙子とは違うんだな……当たり前か……)
俺も素直に驚いていた。梨沙子がこんなことできるはずがない。
先生に指されでもしたら、すぐにあばばになって俺が見てやるところだ……去年までは。
「?」
席に戻ってきた詩子が、俺の視線に気付いてこちらを向く。
「あ、いや、ありがとな」
何がどうありがとうなのかは分からなかったが、俺は感謝の言葉を口にした。
すると詩子は「どういたしまして」と穏やかに微笑むのだった。

「じゃんけん、ぽん!」
俺はチョキを出した。相手はパー。つまり、俺の勝ちだ。
「よしっ!」
俺はガッツポーズを取った。牛乳のお代わりはいつも熾烈だ。
休んだ人の分しか余らないから、1つか2つしかない。
ましてや、今日の献立はカレーだ。冷たい牛乳で喉を潤そうと、多くの志願者達が現れる。
だが俺は、実に4回ものじゃんけんを勝ち抜き、ついに牛乳をゲットしたのだ!
俺は戦利品を手に意気揚々と席に戻ると、ふと隣の詩子が目についた。
「…………」
詩子はスプーンを持ったまま、凍りついたように動きを止めていた。
視線はスプーンとカレーの間を行ったり来たりして、さっきまでと打って変わって落ち着かない。
「………ひょっとして、辛いの苦手か?」
俺が声をかけると、詩子はちょっと恨めしそうな顔でこっちを見た。
「……辛いの、食べれるもん」
「え?」
俺が聞き返す間もなく、詩子はスプーンでカレーとご飯をすくうと、ぱくっと口に入れた。
「…………」
もぐもぐと口を動かして咀嚼する……と、詩子の表情が劇的に変わった。
「ん、んーー」
片手で口を塞ぎながら、じたばたと手足を動かす。
「牛乳だ、牛乳!」
俺が牛乳を指さすと、詩子は一気にそれを飲み干した。
「………ふぅ」
口の中を空にして、落ち着いて息を吐く。そこで、俺と目が合った。
「あっ………」
詩子の顔が朱に染まっていく。詩子はばつが悪そうに、下を向いてしまった。

「いやまあ、何だ。苦手なものの1つや2つ、誰にだってあるさ」
俺は何となく、フォローを入れた。
「………苦手じゃないもん」
詩子は認めようとしなかった。
「いや、でもなあ」
俺は自分のカレーを口に入れた。うん。うまい。
個人的にはもうちょっと辛い方が好きだが、給食のカレーはやはりうまい。
しかし、これが駄目ってことは相当苦手なんだな。
「苦手じゃないもん」
詩子はもう一度そう言うと、意を決して再びカレーを口に入れた。
「ん、んーー」
さっきと同じように手足をばたばたさせる。だが、詩子の牛乳は既に空だ。
(しょうがないな……)
俺は自分の牛乳を差し出した。
詩子はちょっと驚いていたが、すぐに牛乳を手にしてごくごくと……今度は飲み干さなかった。
「…………」
詩子は既に涙目になっていた。
「…無理はしない方がいいと思うぞ」
「……無理じゃないもん」
詩子は涙目のまま、俺に反論する。何か、これじゃ俺が悪いみたいだ。
「そ、そうか。まあ、頑張ってくれ」
俺は自分の食事に戻った。
詩子の意外な一面を見たって感じだが、やっぱり梨沙子と血がつながってるんだなと、変に納得した。
「ん、んーー」
横では詩子が悪戦苦闘しながらカレーを食べている。俺はお代わりの牛乳も、詩子に差し出した。

「きりーつ!」
「きおつけ〜、礼!」
「先生さようなら〜!」
授業が終わり、俺は帰りの支度をしていた。いつもなら梨沙子が夏焼と来て一緒に帰るんだが、詩子はどうするんだろう。
「なあ、詩子」
「………」返事はない。詩子は人差し指を額に当てて、目を閉じていた。
「?……何やってるんだ?」
「………お姉ちゃんが来る」
詩子は顔を上げると、そうつぶやいた。
「え?」俺が聞き返すと同時に、教室のドアががらっと開いて梨沙子と夏焼が入ってきた。やっぱり、手をつないでいる。
「し〜こ〜、一緒に帰ろ〜」
梨沙子はきょろきょろとクラスを見渡すと、詩子を見つけてこちらにやって来た。
「し〜こ、今日のカレー食べられた〜?お姉ちゃんが食べに来てあげてもよかったのに〜」
梨沙子は詩子の頭をなでなでした。
「自分が食べたいだけじゃないのか?」
俺は思わず口を出した。梨沙子は無類のカレー好きだからだ。
「あ、○○〜、し〜こ、こんな奴の隣なの〜?何かされなかった〜?」
梨沙子は俺に気付くと、すぐにべ〜っと舌を出した。今朝のこと、まだ怒ってるのか?
「…こんな奴じゃないよ。○○くんがいたから、カレー食べられたもん」
思いがけぬ詩子からの援護に、夏焼が「おや」と声を出す。詩子は夏焼の方を向いた。
「あ、し〜こ、こちらがみ〜やだよ」
梨沙子が夏焼を紹介する。しかし、本名も言わないで紹介になってないぞ。
「初めまして、夏焼雅です。雅でもみやでもみ〜やでも、好きに呼んでね」
夏焼は笑顔で挨拶した。
「菅谷詩子です。みやちゃんのことは、お姉ちゃんから聞いてます……よろしく」
詩子はぺこっとお辞儀をすると、片手を出した。
「ん?ああ、握手ね。よろしくね、詩子ちゃん」
夏焼は詩子の反応にちょっと驚いたようだったが、すぐにその手を握り返した。

「え…握手するのが普通じゃないんですか?○○くんがそうしたから……」
夏焼の反応を見て、詩子が意外そうに聞く。
「ほー、○○くんはそうしたんだ。私と初対面の時は、しなかったのにねぇ」
夏焼が意地悪っぽい笑みで俺の方を見る。
「ん、いや、その、なんだ。隣の席だから、フレンドリーな対応をしようと…」
「それで詩子ちゃんの綺麗なお手々に触ろうと」
「そうそう、詩子の手は綺麗だから……って、何言わせるんだ!」
俺はつい口を滑らした。途端に周りの視線が俺に集中する。
梨沙子は「む〜、やっぱり変なことしたんじゃない」とぷんすかが大きくなるし、
詩子は顔を赤くしてうつむいてしまった。夏焼はやっぱり意地悪っぽい笑みでにやにやしていた。
「いや、待て、待て。確かに、その、何だ。初対面で握手を求めるってのは、珍しい対応だったかも知れん。
しかし、俺は梨沙子とは長いつき合いだし、その妹さんとも良好な関係を持ちたいと思った。だからだな……」
説明しながら、俺は泥沼にはまっていくような気分になった。
「だから詩子ちゃんの綺麗なお手々に触りたくなってしまった。そういうことね?」
「混ぜっ返すな、夏焼!…綺麗だと思ったのはそうだが、やましい気持ちはないんだ。信じてくれ、詩子」
俺は詩子の目を見て言った。詩子は「うん……」と俯きながらも頷いてくれた。

「む〜」
置いてけぼりにされた梨沙子が声を出す。俺はくるっと梨沙子の方を向いた。
「りしゃこ、詩子を大事に思う気持ちは分かる。しかしだな……」
その後が出てこない。いや、元から言い訳のようなものだから、出てこないのも当たり前なんだが。
「しかし、俺は梨沙子の綺麗なお手々にも触りたい、だって」
夏焼がさらりととんでもないことを言った。
「えっ?え〜いや〜その〜あばばばば」
だがそれを聞いた梨沙子は、身体をくにゃくにゃと動かしながら真っ赤になってしまった。
「お、おい、りしゃこ!おい夏焼、何てことを言うんだよ!」
「本音でしょ?こうしたいって」
夏焼は梨沙子とつないでいる手を挙げて俺に見せた。
「うっ」
確かに俺は、梨沙子と手をつなぎたいと思っていた。今朝だけではなく、いつも。
「だから素直にそう言えばいいんだって。ほら」
夏焼が梨沙子のもう片方の手を取って俺の方に向ける。
「え、あ、ああ、りしゃこ、その、なんだ、……つないでも、いいか?」
俺も梨沙子のように真っ赤になっていた。既に真っ赤になっていた梨沙子は、ふらふらとしながらもこくこくと頷いた。
「よし、問題解決。詩子ちゃんもつないで帰る?」
夏焼は梨沙子の手を俺に渡すと、その手を詩子に差し出した。
「うん……」
詩子もまだ顔が赤かったが、夏焼の手を取った。
俺たちはその日、まるでラインダンスのように横一列に手をつないで家まで帰った。

その日から、俺、梨沙子、夏焼に詩子を加えた日常が始まった。
登下校は4人一緒で、教室では俺と詩子、梨沙子と夏焼に分かれる。
俺は詩子と色々なことを話した。
アメリカのおじさんに子供がいなくて、詩子が引き取られていったこと、
まだ小さかったからお互いにお互いの存在を知らなかったこと、
出会って1日で、誰よりも仲良くなったこと……
梨沙子のことを話す詩子は本当に嬉しそうで、2人の絆の強さを感じた。
俺は代わりに、梨沙子と出会ってからのことを詩子に話した。
梨沙子の話を通じて、俺と詩子は仲良くなっていった。
だけど、肝心の梨沙子はやっぱり夏焼とべったりで、いちゃいちゃしていて、
俺の入り込む隙なんてなかった。手をつなぐことができたのも、あの日だけだった。

ある日の昼休み。俺は前から気になっていたことを詩子に聞いてみた。
「なあ、詩子。あの額に指を当ててう〜んと考え込む奴、あれって何だ?」
そう、詩子は時々そんな動きをしていた。大体、その直後に梨沙子が現れたりしていたが……。
「あ、あれはお姉ちゃんのことを考えてるの」
「梨沙子のこと?」
「うん。こうやると、お姉ちゃんのことが分かるの」
詩子は額に指を当てて見せた。
「何?それは、テレパシーって奴か?精神感応か?」
「うん…」
「精神感応」という言葉はピンとこなかったようだが(実は俺もよく分かっていない)、詩子は頷いた。
「う〜ん、本当かぁ?」
俺は疑いの眼差しで詩子を見た。詩子はちょっと気分を害したらしく、ぷくっと頬を膨らませた。
「…本当だもん」
「じゃあ、今りしゃこが何やってるのか、分かるのか?」
「分かるもん」
詩子は目を閉じた。俺は詩子をじーっと見ながら待つ。
何となく、そのわずかな時間、詩子が神秘的に見えた気がした。
「…分かったもん」
詩子は目を開けた。俺はちょっと緊張しながら次の言葉を待った。
「お姉ちゃんは…図書室にいるもん」
「図書室?」
それはまた随分と珍しい話だ。梨沙子と図書室なんて組合せ、そうそうあるもんじゃない。
「…行ってみれば分かるもん」
煮え切らない態度の俺を見て、詩子は立ち上がった。俺たちは、教室を出た。

俺と詩子は図書室のドアを少しだけ開けて、中を覗き込んだ。
「……あそこだもん」
詩子の指さした方には、確かに梨沙子がいた……夏焼の膝の上に。
「夏焼……何やってるんだよ」
俺は大声を出そうとして、何とか踏みとどまった。図書室で騒ぐわけにはいかない。
「…何か読んでる」
夏焼は梨沙子を膝に乗せて、2人で1冊の本を読んでいた。内容はここからじゃ見えないが、2人はえらく楽しそうだった。
「…………」
「………入らないの?」
入口で見ているだけの俺に、詩子が不思議そうに聞いてくる。
「ん、いや、特に用はないしな。確認に来ただけで」
俺の口からはそんな言葉がもれた。
「………?」
詩子はやっぱり不思議そうだった。2人に目を戻すと、何かページを指さして2人で笑っていた。
(何か、俺の出る幕じゃないって感じ?)
「……戻るか。……詩子はりしゃこの所に行ってくるか?」
「………?」
詩子は首を傾げながら俺を見ていたが、俺が歩き出すとドアを閉めて付いてきた。

「……どうしたの?」
詩子の質問に、俺は答えられなかった。自分でもよく分からないもやもやが、まとわりついているような気がした。
「…………」
「…………」
「……私達も、する?」
「えっ?」
唐突な詩子の言葉に、俺は聞き返す。
「膝の上に、乗る?それとも、私が乗る?」
詩子の顔はいつもと同じように落ち着いていて、冗談なのかそうでないのか、俺には分からなかった。
でも、詩子が気を使ってくれているのは分かった。
「……は、はははは」
「………?」
俺はいつの間にか笑い出していた。
「いや、すまんすまん。ありがとな、詩子」
詩子はやっぱり首を傾げていたが、俺の笑顔に安心したのか「どうしたしまして」と穏やかに微笑んだ。

「夏焼、ちょっといいか?」
放課後、俺は隣のクラスに行った。
「何?梨沙子だったら掃除当番だけど」
「いや、夏焼に用があるんだ。ちょっと来てくれないか?」
「いいけど」
俺たちは屋上に出た。
「で、用ってなに?梨沙子のこと?」
「あ、まあ、そうだな。……夏焼は、りしゃこのことをどう思ってるんだ?」
「へっ?」
唐突な質問だったのか、夏焼は意外なほど驚いていた。
「どうってねぇ……」
「真剣に聞いてるんだ。答えてくれ」
俺の表情を見た夏焼は、真顔に戻った。
「梨沙子のことは大好きだよ。でもねぇ……」
「でも何だよ」
「君も梨沙子のことが好きだよね?」
夏焼はぴっと俺を指さした。

俺は一瞬「うっ」となったが、誤魔化しても仕方ないと思って口を開いた。
「そうだよ。俺は、りしゃこのことが好きだよ。
りしゃこはあばばだし、くにゃくにゃだし、変な奴だけど、可愛いし、綺麗だし、何て言うか……とにかく好きなんだよ!」
俺は思わず叫んでいた。俺の顔は既に真っ赤で、頭から湯気が出そうなくらい熱くなっていた。
「よくできました。だったら、そう言えばいいのよ。梨沙子の前でね」
夏焼はさらりと言ってのけた。
「ぐっ……しかし、なんだ、りしゃこは、いつも、夏焼と、一緒だし、楽しそうだし、嬉しそうだし、俺は………」
俺の声が小さくなっていく。完全にテンパっていた。
「はぁ、こりゃ重症だね。…いい、私は梨沙子が好きだし、梨沙子も私が好きだと思う。
でもね、それは君の考える「好き」とは違うんだなぁ」
「………」
俺は真っ赤になったまま、何も言えなかった。
「君は、梨沙子が好きなんでしょ。何も言えないくらい」
俺は頷いた。
「だったら変に考える必要ないよ。一緒にいたいなら、素直にそう言えばいいんだって」
夏焼はぽんぽんと俺の肩を叩いた。俺は俯いたままだったが、頭の中は膨れ上がっていた。
りしゃこ。初めて会ったりしゃこ。一緒に遊んだりしゃこ。あばばのりしゃこ。ぷんすかのりしゃこ。
笑顔のりしゃこ…それぞれの記憶が一つの想いになって、俺を動かした。
「わかった。俺、素直になるよ」
「うんうん。それがいいって」
「夏焼、ありがとう!」
俺は矢も盾もたまらず走り出した。

「りしゃこ!」
教室は、既に無人状態だった。ただ一人、梨沙子が自分の席で脚をぷらぷらさせていた。
「あ、○○〜遅いよ〜」
俺に気付いた梨沙子が立ち上がる。俺は駆け込むように梨沙子の前に立った。
「りしゃこ、聞いてくれ。俺は……俺は……」
俺の勢いに、梨沙子の顔に「?」が浮かぶ。
「俺は……りしゃこが好きなんだ!」
渾身の力を振り絞って、俺はようやく言った。だが、梨沙子は「?」のままだ。
「りしゃこ……俺は、もっとりしゃこと一緒にいたいんだ!りしゃこと手をつなぎたいんだ!
…りしゃこが膝の上に乗って欲しいんだ!」
俺は畳み掛けるように言葉を続けた。
「…あ、え?…え、あ〜あば、あばばばば〜」
ようやく意味を理解したのか、梨沙子の身体がゆらゆらと動き出す。
熱くなりすぎて、俺の視界もゆらゆらとしてくる。
「りしゃこ……」
俺は梨沙子の肩をつかんだ。顔を上げて、しっかりと梨沙子を見つめる。
梨沙子の顔も真っ赤で、目も心なしか潤んでいるように見えた。
「○○………あばば……」
梨沙子もそれしか言えない。俺が何か言おうと口を動かすと、不意に梨沙子が飛び込んできた。
「ん!んーー」
お互いの唇と唇が触れあう。その距離、0cm。梨沙子の顔が、こんなに目の前で見えたことなんてない。
梨沙子のつぶらな瞳が、ゆらゆらと揺れて見える。身体も、ゆらゆらと揺れる。
脚がふらついてきて、全てが真っ白になっていく。
俺と梨沙子は、そのままの姿勢でぶっ倒れた。

「……それで、その振りがね、こうやって指の先まできれいに〜……て、聞いてる?」
「うん?」俺は横で変な動きをしている梨沙子を見た。
「ほら、やっぱり聞いてない〜。だから、こうやって…」
梨沙子は相変わらず、変な動きを続けている。この前とどう違うのか、ちっとも分からない。
「お姉ちゃん、違うよ。そこはこうやって、こう」
詩子が同じように振りを始める。だけど、詩子の方は梨沙子と違って優雅に見えた。
「え〜、だってここがこうでしょ?で、こうなって……」
焦ったように梨沙子が振りを直す。でも、変な動きなのは変わらなかった。
「……いいんだよ」
俺はつぶやくように言った。梨沙子が「えっ?」と聞き返す。
「……そんなことしなくても、りしゃこは指の先まで綺麗だからいいんだよ!」
「えっ、あ、あば、あばばば〜?」
梨沙子の身体が揺れ出す。俺は梨沙子の手をぐっとつかんだ。
すると梨沙子は、引き寄せられるように俺に口づけした。
「ん!んーー」
俺の身体もふらふらと揺れ出す。そのままゆっくりと……
「はい、そこまで」
倒れそうになった俺たちを、詩子といつの間にか来ていた夏焼が止めた。
「朝っぱらから倒れてるんじゃないよ〜。この前大変だったんだから」
夏焼が呆れたように言う。詩子もこくこくと頷いた。
「す、すまん……」
真っ赤になったまま、俺はしどろもどろに答えた。
「でもまあ、あんなこっ恥ずかしいこと言えるようになっただけましか」
「な、どこから聞いてたんだよ!」
さっきの言葉を思い出して、さらに顔が赤くなる。梨沙子も、よく見ると詩子も赤くなっていた。
「さて、行くよ!ふらふらしてたら遅刻しちゃうでしょ」
夏焼が俺の手を握って走り出す。俺は梨沙子の手を握った。梨沙子は詩子の手を握る。
俺たちは4人で、一列になって走っていった。

おしまい