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【キャプテンつかさ】

1 名前:名無しさん 投稿日:05/03/02(水) 21:34:41

6月の中頃の日曜日
今日はサッカーの練習試合だ
監督が不在なので、試合前のミーティングを仕切るのはキャプテンの俺だ
「・・・・という訳で、要注意なのは矢島と須藤だけだ」
俺以外のメンバー7人の顔を見渡してみたが、緊張感が無い
「と、言っても、知ってのとおり矢島はスピードだけで技術は無い」
ボーっとしているDFの頭を軽く叩いた
「だから、矢島にはプレッシャーを軽く掛けつづければいい。
 今日は練習試合だから、交代でマークに当たるようにしよう」
DFとMFから「ほーい」「うっす」「んー」と気の抜けた返事が返ってくる
「で、もう1人のキーパーの須藤だが、しょせんは女の子だ」
俺はFWと攻撃的MFの奴に目で合図を送った
「ペナルティエリアの外側ギリギリくらいの所から、顔の高さに強めのシュートを打てば怯む」
みんな言われなくても判っているよ、と言いたげだ
「と言うわけで、人数のハンデがあると言っても、相手は女子だ。絶対に負けられないぞ!」
「つーか負けるわけないじゃん」
GKの奴が言った
確かに今まで何度か練習試合をしたことがあるが、どう考えても負ける相手じゃない
気合が入らないのも無理はない

俺の小学校のサッカー部は、8人しかいない
大会のときは他の部活から助っ人を呼ぶが、練習試合ではそうもいかない
うちの学校には女子サッカー部もあるが、女子チームは隣の隣の市に2つあるだけ
しかも、どっちのチームもうちのチームとはレベルが違いすぎる
そういうわけで、女子チームもなかなか練習試合が組めない
そこで、うちの学校では人数差をそのままハンデとして、男女間で練習試合を組むのである

監督の吉澤先生は女子チームの監督もやっていて、今はそっちについている
そして、試合が始まれば審判もこなす
だから、この試合の男子チームのことはキャプテンの俺に一任されている
「とりあえず、今日の課題は矢島のマークだ。あとは俺以外で点を取ること。じゃあ、いくぞ!」
「うーん」「ほーい」「へいへい」「んあ〜」
また気の抜ける返事が帰ってきた
「んじゃあそろそろ始めるぞ〜!男子も出て来〜い!」
吉澤先生の声が掛かった

女子チームのキックオフで試合が始まった
センターフォワードの俺は、パスを受けた矢島に軽くプレッシャーを掛けてから、敵陣へ上がっていく
敵陣の真ん中あたりから自陣の様子を観察した
MFの奴が矢島に食らいつくが、スピードについていけずに引き離された
だが、すぐにDFの奴が立ちふさがる
なかなか上手に連携できているようで、それなりに満足
プレッシャーに負けた矢島が、サイドの味方に苦し紛れにパスを出した
パスを受けた女の子は、DFが接近する前に矢島にセンタリング
だが、矢島には別のDFが張り付いている
それだけで矢島は実力が発揮できなくなってしまう
胸でトラップした矢島が放った弱弱しいシュートは、キーパーが余裕でキャッチした
さあ、反撃だ

キーパーからDF、MFへと、早い縦パスで一気に攻めあがる
「ツカサー!任せたぞー!」
MFが俺にロングパスを放った
俺の名前を呼んでおきながら、方向がメチャクチャだ
必死に走ってなんとかツーバウンドで追いついた
このひどいパスのおかげで俺のマークについていた2人を振りきることができた
スイーパーとして残っていたDFをフェイントで交わして、ペナルティエリア入り口に辿り着いた
この試合の課題は俺以外で点を取ることだが、パスを出すべき相手がいない
仕方がないから俺がシュートを打つことにした
須藤の顔の10センチくらい右を狙って、思いっきり右足を振り抜いた
「キャッ!」
小さな悲鳴をあげて、須藤は顔を手で覆ってしゃがみ込んでしまった
ボールはゴールネットに突き刺さった
吉澤先生が笛を吹いた
「ゴ〜ル!」
女子チームの控え選手が黒板に得点を書き込んだ
「それとツカサ、ちょっとこっち来い」
吉澤先生が俺を呼び寄せた
「はい、コレ」
イエローカードを差し出した
「先生、これ、どーいうこと?」
「女の子、泣かしたからイエロー」
吉澤先生が指差す須藤は、涙を拭っていた
「な、なんだよそれ!?そんなルールないじゃん!」
「うっさい!元々男女の対抗戦も人数ハンデもルールには無いんだから細かいこと言うな!」
吉澤先生は女だけど、男らしい性格で、力強さがある
その先生に言われたら、泣き寝入りしかない
「は、わかりました・・・・・次からは気をつけます」
「ツカサ、おまえが本気でシュート打ったら試合にならなくなっちゃうだろ?」
俺はだまって頷くしかなかった

吉澤先生に怒られたこともあり、その後は俺はポストプレーに徹することにした
しかし、俺以外の連中は点を入れることができない
俺が貰ったイエローにビビったのかもしれなかったけど
一方、『矢島を抑える』という課題の方は完璧に近かった
ディフェンス陣は代わる代わる矢島にプレッシャーをかけて、見事に攻撃の芽を潰した
そんな感じで点が入らないまま前半が終わった

後半は俺たち男子チームのキックオフで始まった
味方にパスを出して、俺は敵陣へとダッシュする
何回か中盤でのパス廻しがあって、俺へのロングパスが来た
またメチャクチャなパスで、追いつくのが精いっぱいだ
ボールを押さえて周囲を見たが、味方は後方にしかいない
仕方がないので俺がシュートにまで持ち込むしかない
でも、思いっきりシュート打ったら今度は退場だよな・・・・・・・
そう思いながらドリブルでペナルティエリアに入ったら、須藤が飛び出してきた
3メートルくらいの距離まで近づいた
仕方がない、アレを使うか・・・・・・・・・・
俺はくるりと後ろを向いて、ボールと須藤の間に背中を割り込ませた
そして、後ろを向く前に目に焼けつけた須藤の姿勢を思い出し、股の間を狙ってヒールで転がした
突然背中を向けられたキーパーは、一瞬反応が遅れる
そのスキをついて点を取ろうという俺の必殺技、自称『ツカサスペシャル』だ
ヒールでボールを転がした後、再び反転して前を見た
須藤も案の定、あっけにとられている
力なく転がったボールは須藤の股の間を通り、コロコロ転がってゴールに入った
吉澤先生が笛を吹き、ゴールのコールをした
これなら文句ないだろう?と先生のほうを見たら、嬉しそうに手を叩いていた
俺は右手の親指を突き立てて応えた

女子チームのキックオフで試合再開の前に、吉澤先生が女子ベンチノ方に駈け寄った
そして、矢島の相棒のもう1人のFWを呼び寄せた
メンバーチェンジのようだ
先生に指名された、14番のゼッケンをつけた女の子がピッチに入ってきた
女子チームとは準備運動や基礎的な練習をいっしょにやっている
だから、全員の顔と名前は知っている
しかし、この14番は見たことない顔だった
矢島のように全体的にスラっと細くて、髪はショートカット
ちょっと松浦亜弥に似た、かわいい感じだ
うちの学校にこんな子いたっけ?
14番は矢島と何やら話している

「じゃあ、再開するぞ〜!」
吉澤先生の号令で、試合再開
矢島がちょこんと蹴ったボールを、その14番がドリブルする
俺の前に14番がやってきた
俺をフェイントで抜こうとしている
目は俺の右側を見ているが、体の重心は俺の左側へ行こうとしている
俺は迷わず左前方に足を出した
14番が消えた
俺の右側を風が通りぬけた
へえ、たいしたもんだな・・・・・と思いながら、俺は敵陣へと上がっていった

その後も14番は華麗に俺のチームメイトを翻弄し、ノーマークになった矢島にパスを出した
そして矢島からのセンタリングを受けると、キーパーと1対1になった
俺は信じられないものを見た
なんと14番が突然こっちを向いて、ヒールでボールを蹴ったのである
1度見ただけで、俺の『ツカサスペシャル』をカコピーしてみせたのだ
だが、キーパーは俺の『ツカサスペシャル』の練習に散々付き合わされた奴だ
咄嗟に足を閉じて、シュートを防いだ
だが、14番は慌てずにこぼれ玉をゴールに蹴りこんだ
女子チームに1点が入った

キックオフのために自陣に戻った俺は、マークを矢島から14番に切りかえるよう指示を出した
すぐに吉澤先生の笛が鳴ってキックオフ
俺は味方にパスを出すといつものように敵陣へと走った
ボールはあっという間に14番に奪われてしまった
だが、今度はマークがきついので決定的な場面にはならない
それでも男子3人を相手に見事にボールをキープしている
まるで魔法で足にボールを吸いつけた天使が、地上すれすれを羽ばたいているようだ

「あの子が気になるの?」
キーパーの須藤が俺に話しかけてきた
「あの14番、何者だ?」
「あの子はミカちゃん。水曜日に隣の2組に転入してきたの」
「ミカ? そういえば転入生がどうたらって噂は聞いたような・・・・・」
「そう、ムトウ ミカちゃん。絵描きのお父さんと日本全国を周っているんだって」
「へえ・・・・・日本全国をねえ・・・・・・」
「ひょっとして、一目惚れ?」
「うん・・・・・・・・って、違う違う、何いわせるんだよ!?」

慌てて否定したが、それは須藤には図星を突かれた証拠に映ったかも知れない
誤解を解きたいが、今何かをするのは逆効果だろう
「お、おーい!矢島の動きにも気を使えよ!」
と、味方に声をかけることで誤魔化してみた
しかし、こんなすごい女の子がいるとは、日本も捨てたもんじゃないな
男子チームに欲しいくらいだ
俺とツートップを組めば市内最強クラスの、いや、県内最強クラスの攻撃力を誇るチームになれるだろう
そうすれば、ミーティングや練習で一緒にいたり顔を近くで見たりできる機会も増えるし・・・・・
って、やっぱり一目惚れか? 俺は初恋中の人なのか?
「おい!ツカサぁ!何やってるんだよぉ!!」
いつのまにか俺へのロングパスが上がっていた
考え事のせいで反応が遅れた
2バウンド目の落下点になら間に合いそうだが、フリーの女子のDFもそこを目指している
俺のマークに張り付いている2人を合わせると3人のDFを相手にすることになる
味方の援護がない状況ではきつい
もう少し前に出て身長差を活かして空中で受けとめることにした
ヘッドでボールを処理しようと思ったが、ゴールは後ろだ
パスを出す味方もいない
気がつくと俺は、ジャンプして右足を思いっきりボールに伸ばしていた
小さい頃、夕方の再放送のアニメで見た、そして俺がサッカーに熱中するきっかけになった・・・・・
あのオーバーヘッドキックに挑戦だ

空中を飛んでいる間、時間の流れがやたらと遅く感じた
回転しているボールのメーカーのロゴマークがはっきり見える
ボールの速さに合わせて、つま先の伸ばし具合を微調整する
初めてなのに、ボールは足にジャストミートした
勢いを失いかけていたボールは、再び力を得てゴール目指して飛んでいく
キーパーの須藤は反応できていない
さて、アニメだと主人公はこの後一回転して足から上手に着地するが、俺は無理だろう
とりあえず頭を打つのはマズイだろうから、両手で頭を覆った
そして舌を噛まないようにしっかりと歯を食いしばった
時間の流れが元に戻った
俺は背中から地面に落ちた
体を起こし、痛む背中をさすりながら後ろを向いた
ボールはゴールに突き刺さっていた
ピーピーピピピーッピーッピーピー!!!!と、激しく笛を吹きながら吉澤先生が走ってきた
「ツカサ、怪我はしてないか? 頭打ってないか?」
「頭は大丈夫です・・・怪我もしていません・・・・背中痛いけど」
立ちあがって体をいろいろ動かしながら言った
「そうか。怪我していないならよかった。あまり無茶すんなよな」
吉澤先生が笑顔で言った
「でもコレね」
イエローカードが差し出された
「な、なんで!? 須藤泣いてないじゃん!」
「バカヤロ! 密集地帯でオーバーヘッドやっちゃダメってルールブックにちゃんと書いてあんの!」
そういえば、そういうルールがあるって聞いたことがあるような気もする
「つーワケで、ツカサくん退場で〜す♪」
吉澤先生はそう言うと、俺の耳元に顔を近づけた
「ムトウに興味あるんだろ?ゴールの裏からよーく見てろって」
と、小声で言ってウインクした

得点は認められなかった
試合は俺がシュートを打った地点から女子チームのフリーキックで再開ということになった
ピッチの外に出ようとする俺のそばに、あの14番が駆け寄ってきた
「ナイスシュート」
と、俺が知っている誰よりも素敵な、胸の奥が締め付けられるような笑顔で言った
これは本気と書いてマジと読む一目惚れの初恋かも知れない
初恋なんて初めてだから、どうしていいかわからない
俺は咄嗟に「おう」とだけ小さな声で応えて、下を向いたまま走ってピッチの外に出た

本来なら退場になったら控え室など離れた場所に行かなければならない
だが、これは練習試合だし、吉澤先生にも言われたので、ゴール裏から観戦することにした
吉澤先生が練習中に使ってるパイプ椅子を勝手に持ち出してゴール裏に据え置いた
そして味方に守備についての指示を送った
俺が退場になったこと、そして敵にあの14番が入ったことで、もう追加点は期待できない
だから今の1点差を守りきらないと勝てないだろう
指示をを送りながら14番を観察すると、笑顔ですごく楽しそうにサッカーをしている
俺もサッカーを始めたばかりの頃は楽しくてしょうがなかった
でも、今は勝たなきゃならないという意識と、勝てないチームに対する苛立ちを感じている
今の俺はあの14番のように大好きなサッカーを楽しんでいるだろうか?
それだけではない
あの14番は試合が止まるたびにチームメイトの誰かの元に駈け寄り、笑顔で何かをアドバイスしている
教わった方も笑顔で言われた動作を何度か繰り返して見せる
俺はキャプテンとして、チームの弱さを嘆く前に、こういうことをするべきではないのか?
「ムトウ・・・・ミカ・・・・・・」
あの14番がどんどん気になって、落ち着いていられなくなり、名前を口に出してみた
胸の中がモヤモヤしてくる
そのモヤモヤは14番の顔を見るたび、14番のことを考えるたびに大きくなっていく

我らが男子チームは防戦一方だったが、14番の作るチャンスをことごとく潰していた
これなら夏の大会でも十分戦える、と、ちょっぴり嬉しくなった
反面、14番の活躍をもっと見たい、シュートを決めて喜ぶ姿を見たい、という気持ちもあった
そんな俺の願いが通じたのか、女子チームにチャンスが訪れた
男子チームの攻撃を防いだ須藤が蹴ったボールが、ノーマークの矢島に渡った
矢島はマークを振りきった14番にパスを出し、ゴールめがけてダッシュする
14番がポーンと高く蹴り上げたボールがゴールを目指す
このゆるい球なら楽にキーパーが取れるだろう
そう思ったとき、矢島が視界に入ってきた
走ってくる矢島の頭に、ボールは見事に命中した
矢島はただ真っ直ぐ走ってきただけだった
しかし、結果は見事なヘディングシュートになった
角度を変え、勢いを増したボールは、必死に飛びつくキーパーの指先をすり抜け、ゴールに突き刺さった
これで2対2の同点だ
矢島と14番は抱き合って喜んでいる
矢島が羨ましい
でも、あのヘディングは、偶然だったのだろうか?

試合はその後、矢島からのパスを14番がボレーシュートでゴールに叩き込んだところで終わった
2対3で俺たち男子チームの負けだ
女子チームは大喜びで、須藤なんかは嬉し涙を流している
そういえば女子サッカー部は3年前に結成以来、練習試合も含めて今まで1度も勝ってなかったな
今にも14番の胴上げが始まりそうな雰囲気だが、14番が必死に断っている
「負けた男子チームが後片付けしろよ。それが終わったらテキトーにミーティングして解散していいから」
吉澤先生はそう言い残して女子チームとグラウンドを去っていった

後片付けを済ませてミーティングを始めた
「な、なんだよ!オマエが退場になったから負けたんだぞ」
「そ、そうだよ。俺たちは精いっぱいやったぞ。オマエのせいだからな」
試合が負けるといつも俺がブチ切れるもんだから、チームメイトも警戒している
「確かに今日負けたのは俺のせいだ。スマン」
素直に頭を下げた俺に、皆戸惑っているようだ
「ま、まあ、頭を上げてくれよ、ツカサ」
「そうだよ、おまえが取った2点を守りきれなかった俺たちも悪いし」
チームが俺がキャプテンになって初めてまとまったような気がした
「試合前に俺が言った2つの課題、覚えているか?」
「矢島を抑えることと、オマエ以外で点を取ることだろ?」
「ああ。点を取る方はダメだったけど、矢島を抑えるほうは完璧だった」
俺がそう言うと、DF陣が笑顔になった
「それどころか、あの14番がいるチームを、人数のハンデを抱えた状態で3点に抑えた」
俺はDFの肩を1人ずつ叩きながら言った
「あれだけの選手は男子でも滅多にいない。今日の結果は胸を張っていいと思う」
俺は笑顔で言った
「あとは攻撃の方のメドが立てば、俺たちの初勝利も、いや、大会での上位も狙えるさ」
実は男子チームも、俺たちの代になってから、公式戦では未勝利なのだ
チームメイトが「うおー!」「よっしゃあ!」「んあー!」と、試合前とは違う、気合の入った声を上げた

今日の試合は得るものが多かった
ディフェンスは十分戦えるレベルに達しているという自信
攻撃力を強化すればいい、という課題
そして・・・・・・素敵な女の子
かつてない満足感を感じながら、俺は「解散!」と号令をかけた

まだ3時前だ
だが、学校に残ってもすることがないので、帰ることにした
校門を出ようとしたところで、背後から声をかけられた
「ツカサ、あんたも帰るの?」
須藤が女子チームの数人と一緒にいた
当然矢島も、そしてあの14番も一緒だった
「ミカちゃんね、あんたと家の方向同じなんだって。送っていって欲しいんだけど」
俺んちの方向なら須藤も同じ方向だろ、と言おうと思ったが、須藤はウインクしている
あいつなりに気を使ったつもりなんだろう
俺は須藤に感謝しつつ、それでも表情には出さないように、クールを装って
「ああ、いいぜ」と、わざと素っ気無く言った
須藤たちは最初の角で右に曲がっていった
そっちに行ったら須藤はかなりの遠回りになるのだが

「えっと・・・・武藤・・・さんだっけ?」
「うん。武藤ミカです」
「ミカっていうのはどういう字を書くの?」
「水に華・・・・・ちょっと難しい方の華って字」
「へえ・・・・いい名前だね・・・俺はツカサ。大寅ツカサ。みんなにはツカサって呼ばれている」
「ツカサ君か・・・・・・・ヨロシクね」
水華ちゃんはそう言って右手を差し出してきた
俺はその白くて指の細い手を握った
体の線の細さには似合わない力強さを感じた

水華ちゃんに家の場所を聞いたら、俺んちよりずっと先らしい
それでも、俺は彼女と少しでも長く一緒にいたいから家までついて行ってあげることにした
会話がないのも寂しいので俺の方から質問してみた
「武藤さんがサッカーを始めたきっかけって何?」
「私ね、引越しが多かったの。で、友達作るのに手っ取り早いのがサッカーだったの」
水華ちゃんは笑顔で話を続ける
「公園とかに行くとね、たいてい誰かがボール蹴ってるの。だからサッカーができれば友達もできるんだ」
そして今度はちょっぴり寂しそうな顔になった
「友達ができなくっても、1人でボール蹴ってると楽しいし」
「じゃあ、誰かに専門的に教わった、とかじゃないんだね?」
「そう。行く先々で、上手な人を見つけたら、何か一つ技を教えてもらってたんだ」
水華ちゃんはそう言うと、俺の顔をじーっと見た
間近で見ると、やっぱりかわいい
胸の鼓動が速くなる
「ねえ、あれ教えてよ。あのくるっと後ろ向いて踵で転がすの、あの2点目の」
「あ、ああ、あれは俺の秘密兵器だから誰にも教えられない」
水華ちゃんはちょっと寂しそうな顔になった
「と、いつもなら言うんだけど、特別に教えてあげてもいいよ」
「うわぁ〜!ありがとう!」
「その代わり、俺にもあのフェイントを教えてくれよ。あの最初に俺を抜いたのを」
「うん!いいよ!!」
そんなことを話しながら歩いているうちに、俺んちを通り過ぎ、水華ちゃんの住むアパートに着いた

「ねえ、まだ明るいし少しその辺でボール蹴らない?」
水華ちゃんがそう言ったので、俺は2つ返事で同意した
近くに2人でボールを蹴るには十分な広さの空き地がある
俺たちはそこでお互いの必殺技を教えあうことにした

「・・・と、こんな感じでターンして、ヒールで股を抜くんだ」
俺は水華ちゃんの目の前でツカサスペシャルを実演して見せた
「ふ〜ん・・・・このタイミングかぁ・・・・・・・」
今度は水華ちゃんが俺をキーパーに見たてて、ツカサスペシャルを試してみた
だがボールは俺の足に当たってしまった
「あー、それじゃダメだよ。回る前にキーパーの足の位置を覚えておかないと」
「そうか・・・・相手の足を見て・・・・・・・」
そう言いながらターンした水華ちゃんは、俺の足元に集中しすぎていたようだ
ボールを踏んづけてバランスを崩し、転んでしまった
「キャっ!」
小さく悲鳴をあげると、背中の方に勢いよく倒れこんだ
ターンしたばかりの水華ちゃんの背後には、俺が立っているわけで・・・・・・・・
俺は倒れ掛かってくる水華ちゃんを抱きかかえたが、勢いに負けてしまった
さっきの試合でオーバーヘッドで地面に叩きつけた背中を、また地面に叩きつけてしまった
気付くと仰向けで寝そべる俺の上に、これまた仰向けで水華ちゃんが寝そべっていた
女の子って柔らかいな・・・・特に右手のあたりが・・・・・・・・・
って、俺水華ちゃんの胸を右手でがっちり触ってるよ!
「ゴメン!」
「ごめんなさい!」
2人同時に声を上げた
「ごめんなさい! 怪我していない?」
「大丈夫。俺の方こそ変なところ触っちゃって・・・って、変じゃなくって、いいところ・・・あれ?」
水華ちゃんは立ちあがると、笑顔で俺に手を差し伸べてきた
「もう、何言ってるのよ! エッチ! でも私が転んだせいだから許してあげる」

水華ちゃんに手を引いてもらって、俺が立ちあがるのとほぼ同時のことだった
頭のてっぺんに何かが当たった
ぽつり、ぽつり、ぽつり・・・・・と、次から次へと何かが上から落ちてくる
「夕立だ!」
俺はそう言うと水華ちゃんの顔を見た
「うわあ!濡れないうちに私んちに・・・・・・」
そう言ってボールを抱えて走り出した水華ちゃんを俺は追いかけた

「早く!遠慮しないで入って!」
俺は言われるまま水華ちゃんのアパートの部屋に入った
六畳一間で、驚くほど殺風景で物がない
「狭くて驚いた?」
俺は頷いていいものか迷っていた
「あ、うちは別に貧乏ってワケじゃないから。父さんと2人で寝泊りするにはこれで十分な広さなの」
「ふ〜ん。2人で住むにはこれで十分なのか・・・・・」
「あれ?疑ってる?ちゃんと東京に豪邸とまではいかないけど一軒家持ってるんだよ」
「いや、ちょっとモノが少ないな〜って・・・・・・」
「引越し多いからね、最低限の着替えと雑貨だけ持ち歩いているの」
水華ちゃんはそう言いながら俺にバスタオルを差し出してきた
「これで体拭かないと風邪ひいちゃうよ」
俺は礼を言ってタオルを受け取り、濡れた頭を拭き始めた
「ねえ、着替えるからちょっと後ろ向いて」
そう言う水華ちゃんを見たら、ずぶ濡れのTシャツからブラジャーがくっきりと透けていた
「あ、うん、わかった」
俺はブラジャーには気付かないフリをして後ろを向いた
こっそり見たいけどバレたら嫌われちゃうよな・・・・・・・
事故のフリをして後ろを向いちゃうのもなあ・・・・・・

名案を思いついてしまった
鏡があれば後ろを向かなくても水華ちゃんの様子が見えるじゃん!
鏡がなくても窓に映っているかもしれない・・・・・
だが、俺の目に入る場所には鏡は無かった
窓も曇りガラスで、何も映っていなかった
それとは別に、俺は気になるものを見つけた
字がびっしりと書きこまれたサッカーボールだ
「ねえ、このボールはなに?」
俺はそのボールを手に取り、水華ちゃんの方を振り向いて聞いた
あっ、やばい!見ちゃった・・・・・・・・・
だが、残念なことに? 水華ちゃんの着替えは終わっていた
海外の名門チームのレプリカのユニフォームを着ている
あれ、結構高いんだよな
あれを普段着にできるということは、貧乏じゃないというのは本当なんだろう
「ちょっと、まだいいって言ってないのになんでこっち見るのよ! ツカサ君のエッチぃ!」
笑顔で嬉しそうに言っているから怒ってはいないようだ
「ゴメンゴメン。で、このボールは・・・・?」
「このボールはね、私の宝物。私のサッカーの歴史なんだ」
俺の手からボールを受け取った水華ちゃんは、懐かしそうにボールを眺めている
「行く先々でね、仲良くなったサッカー仲間や、技を教えてくれた人にね、一言書いてもらっているの」
水華ちゃんはボールに書かれた名前を一つ一つ指差しながら、思い出を語り始めた
いつの日か、俺の名前もこのボールに書き込まれるのだろうか?
俺も水華ちゃんの思い出の一つになるのだろうか?
そうなって欲しい、『ツカサスペシャル』と供に俺の名前をこのボールと水華ちゃんの胸に刻みたい、
そういう気持ちが湧いてくると同時に、それは水華ちゃんと別れることを意味するんだ・・・・・・
という、避けられない事実が胸に突き刺さる
俺は水華ちゃんの話に集中できなかった

水華ちゃんの思い出話が一段落した時、ふと窓の外を見ると真っ赤な夕焼け空で、雨は上がっていた
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
俺がそう言うと、水華ちゃんは急に寂しそうな表情になった
「ねえ、今日の夕飯はどうするの?」
「今日は父さんの帰りが遅いから、コンビニのお弁当って思っているけど・・・・・」
「じゃあ俺んちに食べに来ない?」
俺はそう言って戸惑う水華ちゃんの手を引いて強引に家に連れ込んだ

俺の母ちゃんは人付き合いのいい方だから、たぶん水華ちゃんも歓迎してくれるだろう
そういう俺の期待は、見事に裏切られた
逆の意味で
母ちゃんは俺のことそっちのけで、水華ちゃんにべったりになってしまった
俺が風呂から出てくると、水華ちゃんは母ちゃんといっしょに料理を作っていた
「水華ちゃんもお風呂入っちゃいなさいよ」
そういえば水華ちゃんのアパートには風呂が無かったな
母ちゃんが強引に勧めるので、水華ちゃんはうちの風呂に入ることになった

「ツカサ、いい娘見つけてきたじゃないの! 母ちゃんね、あの娘だったらお嫁さんとして大歓迎!」
「ちょっ、ちょっと母ちゃん、気が早いよ」
「そうね。10年くらい早かったかしら?」
「だ、だから、そんなんじゃないって!」
母ちゃんはすっかり水華ちゃんが気に入ってしまったようだ
飯食ってる間も何度も何度も「水華ちゃんがうちの子だったら良かったのに」
と、俺の立場が無くなるようなことを言い続けた
水華ちゃんも笑顔で相づちを打っていた
俺はちょっとつまらないけど水華ちゃんが楽しそうだから良しとしよう

玄関で帰り支度をする水華ちゃんに母ちゃんが言った
「明日からも毎日うちに夕飯食べにいらっしゃい」
水華ちゃんは母ちゃんに嬉しそうに何度も何度も御礼を言っていた
水華ちゃんを家まで送っていった帰り道、明日からの楽しい生活を想像すると自然に鼻歌が出てきた

翌日の放課後、部活の時間
いつものように男女合同で準備運動を済ませた
次は2人1組になってのパスの練習だ
「じゃあパス練習やるぞー!2人1組になれー! ツカサと武藤、ちょっと来い」
吉澤先生が俺と水華ちゃんを呼び出した
「武藤は女子チームの他のメンバーとはレベルが違いすぎるだろ?
 だからツカサ、おまえが組んでやってくれ。嫌か?」
とんでもない!願ってもないことだ!だが俺はあくまでもクールを装った
「別にいいっすよ」
「そうか、おまえも得るものがあると思うから、頼むよ」
吉澤先生は俺の気持ちを見抜いているのか、ウインクしながら言った

「ねえ、パスの上級テクニックって何かある?」
俺は水華ちゃんにボールを転がしながら聞いた
「うーん、相手に次に何をやらせたいか、ってことをイメージすること、かな?」
水華ちゃんがボールを蹴り返しながら言った
「例えば、どんな感じ?」
俺がそう言いながら蹴ったボールを、水華ちゃん止めてから言った
「例えばね、ツカサ君の左後方から敵DFが来ているけど、気づいていない、そんなときは・・・・・」
そう言いながら水華ちゃんが蹴ったボールは、俺の右側に大きくずれていた
そしてショートバウンドで軽くバックスピンがかかっていた
そのボールを取るために反射的俺は右前方に走った
「あっ、そういうことか・・・・・・・・」
敵DFと反対方向に自然に走らせるパス
俺は目からウロコが落ちるのを感じながら水華ちゃんにボールを蹴り返した
「チャンスだ、シュート打て〜!っていう時は、こんな感じ」
次の水華ちゃんのパスは、俺の頭上を超えるボールだった
ボールは慌てて反転して走った俺の5メートルほど先に落ちた
強烈なバックスピンがかかっていたボールは、その場でバウンドした
追いついた俺が、ボレーシュートを打つのを待っているかのようだった

パスの練習が終わると水華ちゃんとは一時お別れ
その後もあれこれメニューをこなし、最後は守備側と攻撃側に別れてのミニゲームだ
いつもは俺がガンガンシュートを叩きこむワンマンショーになる
だけど、今日は水華ちゃんにさっき教わったばかりのパスを試してみることにした
試合形式になると敵に妨害されるので、好きなようにはパスは出せない
それでも、次に何をさせたいか、をイメージしたパスは通りやすい
時には相手の思っていることと逆にいってしまい、見当違いになることもあったが・・・・
何よりも驚いたのは、俺以外は得点力がゼロに等しかった連中が、何発もゴールを決めたことである
敵DFやキーパーの様子を見て、どういうシュートを打たせたいかをイメージしてパスを出す
そしてパスを受けた味方が、俺が思った通りのコースにシュートを決める・・・・・・
何という爽快感!
俺は今まで、サッカーはシュートを決めることこそ全てだと思っていた
試合に勝つこと、を除けばだが、シュートを決めた瞬間に最も快感を感じ、それが当然だと思っていた
だが、仲間に点を取らせることは、それとは別の、ひょっとしたらそれ以上の、嬉しさを感じた
サッカーは一人で勝てない・・・・・
吉澤先生が俺にいつも言っていた言葉の意味が、初めてわかったような気がした
水華ちゃんと一緒にいれば、俺はもっと高いところまで行ける
そんな気がした

練習が終わってからも俺と水華ちゃんは昨日の空き地で暗くなるまでボールを蹴った
風呂の道具と、学校の宿題を持った水華ちゃんを連れて、俺は家に帰った
今日の夕飯は、水華ちゃんの希望でカレーだ
母ちゃんは、俺が苦手なニンジンをたっぷり入れていた

水華ちゃんが我が家に夕飯を食べに来るようになって2週間ほど過ぎた
今日は部活がない日
学校が終わると俺たちは、いつもの空き地でボール蹴り
水華ちゃんはツカサスペシャルを完全にマスターした
それどころか、ツカサスペシャルの改良案まで出してくれた
「ターンする前にゴールの方を睨んだらいいんじゃない?今からそこにシュートするぞ!って感じで」
キーパーの足をよく見ないといけないこの技、それは難しいんじゃないか?と思った
しかし、実際に部活のときに試してみると、意外なことに成功率が高かった
キーパーはシュートが来る!と身構えてしまい、足を大きく開いてしまうのだ
そうなると足の位置を覚えなくても簡単に股を通せる
ツカサスペシャルが片付いたから、今度は俺が水華ちゃんにフェイントを教わる番だ
水華ちゃんが使ってるフェイントは、一言で言っちゃえば「目で騙す」フェイントだ
右のほうをちらっと見て、右へ行くと見せかけて左へ行く
これが基本
この程度なら俺でも教わらなくてもできる
難しいのは、これの応用編・・・・・・・
右へ行くぞ、と目で軽く揺さぶって、敵がどう動くか見極めてから動く
守る方はフェイントなんて普通はしないから、目や体の重心を見ればどっちに動くか簡単にわかる
っていう理屈なんだけど、実際にやってみるとえらい難しい
一瞬より短い時間で判断して動き出さないとボールを取られてしまう
もう、ほとんど勘で動かないと間に合わない
それでも、練習を繰り返すうちに、コツがわかってきたような気がしている

蹴り始めてもう2時間くらい過ぎただろうか
炎天下で頑張りすぎると危険だ
「ちょっと、休憩しようか?」
「うん、そうだね」
2人で木陰に向かい、水筒の中のうちの母ちゃん特製の冷たい麦茶で乾杯

「短冊には何て書いたの?」
今日、学校で『七夕の会』というものがあった
同じクラスの奴の短冊は見ることができたが、別のクラスにいる水華ちゃんの短冊は見ていない
須藤や矢島は欲しいものを書いていた
だから水華ちゃんもそうなんだろう、と思いこんでいた
そして、水華ちゃんが欲しがっているものをプレゼントして、キスの一つでも・・・・・・・
という、下心を持っているのは内緒だった
「何て書いたと思う?」
水華ちゃんがイタズラっぽい笑顔でこっちを見ながら言った
「須藤や矢島みたいにブランド物の服とかアクセサリー?」
「ハ・ズ・レ!引越しが多いとね、モノは邪魔になったり、いつの間にかなくしちゃったりするの」
「じゃあ、何て書いたの?」
「サッカーの試合に出たい、って書いたんだ」
「試合・・・・・・?ひょっとして、出たことないの?」
「うん。女子チームなんて、滅多にないし、あっても試合のある時期に在籍できなくって・・・・」
「それは・・・・・・ツイてないね・・・・・・」
「だからね、この前の練習試合、すごく嬉しかったんだよ!」
水華ちゃんはとびっきりの笑顔で言った
「でも、人数のハンデのある特別ルールじゃなくて、ちゃんとした試合に出たい」
「そうか・・・・こっちの夏の大会は8月に入ってすぐだけど、それまでここにいる?」
「うーん・・・・・・微妙・・・・8月中旬までここにいる予定だったんだけど・・・・・」
「もっと早く行っちゃうかも知れないの?」
「うん。予定よりかなり進んでるみたい」
ショックだった
水華ちゃんはいつか行ってしまう
これは前からわかっていたが、初めて期限を告げられたことで、現実味を帯びてきた
また、水華ちゃんが俺にはごく当たり前の試合に憧れていること、
そしてその憧れの試合に、ほんのちょっとの不運で出られそうにない、ということも、胸に突き刺さった
うーん、何とかならないだろうか?
どう考えても俺にできる事なんか一つもないよなあ

「ところでツカサ君は短冊に何て書いたの?」
「え?俺?俺は・・・・・・・・」
俺は『2018年ワールドカップ、俺の力で優勝だ!』と書いた
でもそれを水華ちゃんに言うのは恥ずかしい
「コンサドーレがJ2から落ちませんように、って書いたけど・・・・・」
「えーっ?何それ?コンサドーレ好きなの?」
「あ、あの赤と黒のユニフォームが・・・・・・・・」
「ああ、あのユニフォームカッコいいよね〜!でもJ2から落ちませんようにって・・・・」
「だ、だ、だって、J2でも負けてばっかりなんだもん・・・・・・」
「でもお願いなんだからJ1に上がれますように、でいいじゃん」
水華ちゃんは腹を抱えて笑い出してしまった
正直に言うより恥ずかしかったかも知れない
嘘をついた後ろめたさだろうか、俺は笑い続ける水華ちゃんを黙って見つめることしかできなかった

その日の夕飯は、水華ちゃんだけでなく、水華ちゃんのお父さんも一緒にやって来た
いかにも芸術家らしい、独特な雰囲気を持った人だったが、とっつき難さは感じられなかった
母ちゃんと水華ちゃんのお父さんは
「うちのサッカー馬鹿が・・・・・・」
「いえいえうちの娘もサッカー馬鹿で・・・・・・」
なんて会話をしていた
水華ちゃんのお父さんを交えての夕飯は、とても楽しかった
だが、その楽しい気分は、帰り際にお礼と供に水華ちゃんのお父さんの言った言葉で打ち砕かれた
「大寅さんのおかげで娘の夕飯の心配をしなくて良くなったんで、仕事がはかどりましたよ。
 おかげで予定より一ヶ月近く早く絵が完成しそうです」
水華ちゃんが試合に出られなくなってしまったのは、俺が夕飯に誘ったせいなのか?

水華ちゃん達が帰った後、俺は1人でベッドに寝転んで考えた
何とか水華ちゃんに試合を体験させることはできないだろうか?
お父さんの絵の完成が遅れるように妨害するのはどうだろうか?
いっそのこと書きかけの絵を破いちゃうとかは?
でも、そんなことをしたら水華ちゃんも悲しむだろう
転校を2学期が始まるまで待ってもらうのはどうだろう?
だけどこれは水華ちゃんも頼んだけど、却下されたって言っていた
俺が一緒に頼めば・・・・・・・やっぱりダメだろうな
あーっ!どうすればいいんだよ!
思わず放り投げた枕がランドセルに命中し、中身が床に散乱した
俺は一体、何をやっているんだ・・・・・・・・
情けなさに打ちひしがれながらベッドから起き上がり、ノートや教科書を拾い始めた
ん?これは・・・・・・・・
一枚のプリントを見て、手が止まった
今日の昼休みに吉澤先生に渡されたプリントだ
毎年1学期の終業式前の最後の日曜日に行われる、『サマーカップ』という非公式な大会の実施要綱だ
地元のスポーツ用品のチェーン店の主催で、少年、成年男子、成年女子の3部門が行われる
この辺の小学校チームは、夏の大会前の最後の調整に、この大会に出るのが普通だ
俺たちも出るつもりなら助っ人を探しとけよ・・・・と言われていた
まったく、面倒なことは重なるものだ
でも、この大会に水華ちゃんを出してあげることはできないだろうか?
そう思って成年女子の部の参加資格を確認すると・・・・・中学生以上の女性か・・・・・・
吉澤先生のコネで水華ちゃんを入れてもらえそうなチーム探すくらいならできそうだけど、
参加資格が無いのならしょうがないよな
水華ちゃんの場合、中学生だと言い張るのも難しそうだし・・・・・・・
やっぱり少年の部みたいに参加資格が小学4〜6年生の、少女の部があればいいのに・・・・・・・
ん?待てよ?ひょっとして・・・・・・・
これなら水華ちゃんが試合に出られるじゃないか!
明日早めに学校に行って、吉澤先生と相談してみよう

昼休み
給食を食べ終わった俺は、水華ちゃんのクラスに顔を出した
「渡したいものがあるんだけど」
「これは・・・何・・・?」
「男子チームのユニフォーム。背番号は11番だよ」
「これを・・・・・・くれるの・・・・?」
「いや、試合が終わったら返してくれないとまずいんだ」
「試合・・・・・?どういうこと・・・・・・・?」
「詳しい話は、今から職員室で吉澤先生と一緒に、ってことでいい?」
頭の中に?マークが乱舞している様子が一目でわかる水華ちゃんを連れて、職員室に向かった

「まったく、ツカサもとんでもない事言い出すよな」
吉澤先生は半分呆れているようだが嬉しそうに言った
「次の次の日曜日に、サマーカップっていうちょっとした大会があるんだ」
俺はポケットから実施要綱のプリントを取り出し、水華ちゃんに見せた
「この大会で、うちのチームの一員として試合に出て欲しい」
まだキョトンとしている水華ちゃんに、実施要綱の一部分を指差した
「ほら、成年女子の部、中学生以上の女性って書いてあるでしょ?でも少年の部は・・・・・・・」
「あれっ?小学4〜6年生としか書いてないよ」
「そう!女の子が出ちゃダメ!って書いてないんだよ!だから・・・・・・」
「じゃあ、私が試合に出ても・・・・いいの?」
「だけど、その代わり・・・・」
今まで俺たちのやり取りを楽しそうに見ていた吉澤先生が、突然口を開いた
「問題が起こりそうになったら、すぐに棄権するからな!武藤は当日男の子のフリをしろよ!」
「は、はい!試合に出られるのなら・・・ツカサ君と同じチームで試合できるなら・・・・・・」
水華ちゃんは目に嬉し涙を貯めている
「じゃあ、今日から男子チームの練習に参加しろよ!ところでツカサ、武藤以外の助っ人は?」
「あっ!ヤベエ!すっかり忘れてた!」
「おいおい、せっかくの武藤のデビュー戦なのに出られなくなっちゃうぞ」
職員室に俺と、水華ちゃんと、吉澤先生の笑い声が響いた

サマーカップ当日
水華ちゃんは短かった髪の毛を、更に短く切っていた
「武藤、その髪の毛・・・・」
あの日から、俺は、いや、チーム全員は、『武藤』と呼び捨てにしている
試合中に『武藤さん』とか『水華ちゃん』と呼んでしまわないようにだ
「これなら女の子に見えないでしょ?」
「うわあ、思いきったね」
「髪の毛はまた伸びるけど、ツカサ君と一緒に試合に出るなんて、今日を逃したらもう無いだろうから」
「おーい、組み合わせ決まったぞ!」
吉澤先生が走ってきた
「先生、一回戦の相手はどこ?」
吉澤先生が告げたチーム名は、去年の新人戦で県大会優勝のチームだった
「うわー、いきなりかよ!」「ダメだー!」「んああああぁ!」
チームメイトから諦めの声が上がった
「大丈夫、俺たちも強くなった。ディフェンスはこの前の女子との練習試合で手応えを感じたはずだ」
俺はDFの顔を1人1人見ながら言った
「そして俺以外で点を取る、という課題も、俺が武藤に教わったパスで、メドが立った」
今度はFWの顔を見た
「それに何より、今日は史上最強の助っ人がいる」
俺が、そしてみんなが水華ちゃんの方を見た
「だから、どんな相手でも勝てる・・・・ような気がしないでもない・・・んだけど・・・・・どう?」
最後の方はほとんど聞こえないような小さな声になってしまった
「ちょっと、そこはビシっと決めようよ」
水華ちゃんが俺の脇腹を肘で軽くつつきながら言った
「よ、よーし!今日は勝つぞ!」
「おお!」「よっしゃ!」「んああああっ!」
チームのモチベーションは最高に上がった
「ツカサ、キャプテンらしくなったな」
吉澤先生が嬉しそうに言った

「じゃあ、そろそろ一回戦のコートに移動するよ」
吉澤先生に先導されて、試合をするコートに向かう
河川敷の広い会場で、一回戦は5試合が同時に行われる
だから、ボーっとしていると、迷子・・・にはならないけど、自分の試合する場所がわからなくなる
だが、俺たちのコートは一目でわかった
明らかに場違いな、ドレスで着飾った矢島がいたからだ
近付いて見ると、須藤や他の女子チームのメンバーもいた
「水華ちゃ〜ん!頑張れ〜!」
俺たちが近付くと、須藤が立ちあがって手を振りながら叫んだ
「ちょっと、茉麻ちゃん、それ言っちゃダメ!」
矢島に怒られてる
俺は慌てて周りを見たが、今の須藤の失言に反応しているのは女子チームのメンバーだけみたいだ
女子チームの近くに、ビデオカメラ持参の俺の母ちゃんと、水華ちゃんのお父さんもいた
他のメンバーの親もたくさん来ているようだ

試合は俺たちのチームのキックオフで始まった
俺はちょこんとボールをトップ下の水華ちゃんに転がして、敵陣へと走る
「10番にマーク張り付け!他はたいしたことないから!」
敵チームの監督が、俺をマークしろと叫ぶ
俺はこの辺の小学生の間じゃトップレベルのポイントゲッターだという自負がある
だが、県大会優勝チームの監督にここまで評価されているとは思っていなかった
光栄だ、と思う反面、思い通りにやらせてもらえないだろう、というじれったさを感じる
でも、マークするの俺だけいいのかな?
俺はニヤリと笑いながら、水華ちゃんがドリブルするのとは逆サイドでマークを引きつけた

敵DFの主力は俺に張り付いている
水華ちゃんは右に左に、時には上空にと、華麗に舞って敵陣深く攻め進む
俺のマークのDFの1人が水華ちゃんの方に向かったその瞬間、水華ちゃんはすかさず俺にパスを出した
水華ちゃんに引っ掻きまわされ、敵の守備陣はズタズタである
と言っても、俺にはまだマークが1人張り付いている
水華ちゃんの方に向かったDFも、すぐに戻ってくるだろう
逆サイドを見ると、俺とツートップを組む9番の奴がノーマークで上がってくるのが見えた
あいつの足の速さならこんな感じか?
俺は誰もいない場所めがけてボールを浮かせた
走り込んでくる9番の、頭の位置にドンピシャだ
いつもならのどんなチャンスでも俺にパスを出そうとする奴が、見事にヘディングシュートを放った
頭にジャストミートしたボールは、ゴール目指して突き進む
だが、このシュートは不運なことに、一歩も動けないキーパーの胸へと吸いこまれていった
点が入らなかったのは残念だが、かなりいい感じの攻撃ができた
この試合、本当に勝てるかもしれない、という手応えを得るには十分だった
今度は敵の反撃の番だ
キーパーがロングキックで一気に前線にボールを出す
戻って守備に参加しようとする水華ちゃんに、「武藤、戻んなくていい」と声をかけた
さあ、うちのDF陣はどれくらい成長しただろうか?
女子チームとの練習試合以降も、ミニゲームで俺と水華ちゃんのコンビに散々いじめられた連中だ
この相手でも簡単に点を献上することはないだろう
俺の思惑通り、キーパーの指示でボールを持った相手にプレッシャーをかけつつ、マークも外さない
ボールはなかなか奪えないが、敵はパスを廻しながらジリジリ後退していく
ボールを持った敵MFが、パスコースを塞がれて、大きくバックパスを出した
そのパスに水華ちゃんが食らい付き、インターセプトするとすぐに俺にパスを出した

水華ちゃんのパスが良かったので、パスを受けてからペナルティエリア手前までは楽に上がれた
だが、ミドルシュートを打つのに手ごろな距離まで来た所で、敵DF2人に囲まれてしまった
後ろ以外にはパスもドリブルも、当然シュートもできない
水華ちゃんに教わったあのフェイントも、2人相手には無理だろう
とりあえずバックパスでしのぐか?
そう思ったとき、水華ちゃんが右後方から一気に上がってくるのが気配と足音でわかった
この状況で水華ちゃんにパスを出すには・・・・・・
俺は左側のDFの股の間から、強引にシュートを打つフリをした
思った通り、左側のDFは足を閉じ、右側のDFは右足を伸ばした
俺はくるりとターンを決め、ツカサスペシャルで右側のDFの股を通した
いつものシュートではなく、水華ちゃんへのパスとして・・・・・・
股を通す自信はあったが、パスが通るかは五分五分だと思った
だが、水華ちゃんはボールに追いついた
そして、あのフェイントで1人残っていた敵DFを置き去りにすると、キーパーと1対1になった
この場面、あれしかないだろう
俺の思惑通り、水華ちゃんが後ろを向き、踵でボールを転がした
キーパーの股間を抜けたボールは、緩やかにゴールの中心へと転がっていった
さっき抜かれた敵DFが必死に戻るが、間に合わない
俺たちは県大会優勝チームから先取点を取ってしまった
満面の笑みを浮かべて、俺の方に駈け寄り、飛びついてきた水華ちゃんを抱きかかえた
女の子って軽くて柔らかくていい匂いがする
あ、ヤバイ!顔が赤くなっちゃう!
そう思った俺はすぐに水華ちゃんを下ろした
水華ちゃんも恥ずかしそうに下を向いてしまった
「ナイスパス・・・・・・・ありがとう」
「いや・・・・・水華ちゃんもナイスシュートだったよ」
水華ちゃん以外には聞こえないような小さな声で、初めて水華ちゃんを下の名前で呼んだ

キックオフ前に敵チームは一気に4人の選手を入れ替えてきた
GK、DF、MF、FW各1人ずつ
入ってきた背番号は1番、3番、7番、10番・・・・・・・・
つまり、温存していた主力を投入してきた、ということだろう
「敵はベストメンバーに代わったけど大丈夫!さっきみたいにやれば勝てるぞ!」
俺は味方に檄を飛ばした
「おう!」「「へいへい!」「んあー!」
チーム全員がその気になっている
だが、さすがに県大会優勝チームのベストメンバーは強かった
俺や水華ちゃんに好き勝手をやらせてくれない
攻撃も苦しいながらもパスを着実に廻し、カウンターを食らわないようにシュートで終える
味方DFがコースを潰しているから決定的なシュートは打たれていない
だが、ちょっとでも気を抜くと危険だ・・・・・・・・
前半ロスタイム、俺の不安は現実になった
DFの連携が乱れた所を突破され、敵の10番にフリーでシュートを打たれてしまった
強烈なシュートが俺たちのゴールに突き刺さったところで前半終了
さて、ここは誉めるべきか?それともDFを叱るべきか?
微妙な結果になった
ここは監督の吉澤先生に任そう、と思ったが、吉澤先生も困惑しているようだった
俺に「何か言ってくれ」と目で合図を送っている
「あのさ・・・・・・」
Gkの奴が口を開いた
「あの10番のシュート、たいしたことなかったぜ」
俺は、いや、他のメンバーや吉澤先生も、あっけにとられてキーパーを見つめる
「あのシュート、速かったけど、ツカサのシュートの方が速いよ」
「はぁ?たいしたことないなら止めろよ」
俺は吹き出しそうなのを我慢して言った

「いや、それとこれとは別で・・・・・・何て言ったらいいのかな・・・・?」
「つまり、敵もめちゃめちゃ強いけど、うちも負けないくらい強くなったぞ、って言いたいんだろ?」
吉澤先生が助け舟を出した
「そう、かな?違うような気もするけど、そんな感じ・・・・?」
チーム全員が笑い出した
俺はキーパーの肩を叩きながら言った
「結局おまえが何を言いたいのかはわかんないけど・・・・・」
俺は全員の顔を見渡した
「俺たちにも勝ち目はある、ってことはみんな感じていると思う」
全員の目の力強さはイエスのサインだろう
「最後まで気を抜かなければ、絶対勝てる!」
俺はそこまで言って、右腕をキーパーの肩に、左腕を水華ちゃんの肩にかけた
(全神経を左腕に集中させていたのは内緒だ)
みんなが隣の仲間の肩に腕をかけ、円陣が完成した
「俺たちの初勝利のため、そして武藤の思い出のため、絶対勝つぞ!」
「おう!!!!」
いつもは「んあー」とか、変な声が混じるのだが、今回は全員の声が揃った
今まで聞いたことのない大音量に、鼓膜が破れるかと思った

後半が始まるまではまだ時間がある
吉澤先生がディフェンス陣を集めて守備位置やマークについての指示を出している
水華ちゃんは9番の奴に何やらレクチャーしている
ちょっとジェラシーを感じる
両方の話が終わるのとほぼ同時に、審判に試合再開を告げられた

最後の方で俺だけ1人ぼっちになってしまったけど、その点を除けば・・・・・
最高のハーフタイムを過ごせたと思う
俺以外全員、晴れ晴れとしたいい表情でピッチに戻った

後半が始まった
ベストメンバーを揃え、ハーフタイムで作戦を練り直した県大会優勝チームはさすがに強かった
俺や水華ちゃんも時には守備に参加しないとピンチを凌ぎきれなかった
それでも俺たちは互角に戦った
両チームとも、決定的なチャンスを得られないまま時間は過ぎて行く
敵も味方も運動量が減り、足をもつれさせる選手が現れ出した頃・・・・・・
「ロスタイム入ったぞ!守りきればPK戦に持ちこめる!」
吉澤先生が絶叫した
この声に誰よりも反応したのは、ボールを持っていた敵の10番だった
県大会優勝チームが、格下も格下、1年近く勝ってないチームに負けるなど許されない
そういう焦りからか、マークについていたDFを強引に振り解こうとして倒してしまった
審判が笛を吹き、俺たちにフリーキックが与えられた
偶々近くにいた俺は審判からボールを受け取るとすぐに前方で待つ水華ちゃんにパスを出し前に走る
敵DFが水華ちゃんに集まる
俺がゴール前まで上がったのを見計らって、敵DFを引きつけた水華ちゃんが俺にパスを出した
だが、このパス、俺が受けるには戻らなければならない
トラップするとゴールは背後になってしまう
そして、ジャンプして頭で落とさないとならないような高さだ
水華ちゃんがこんな下手なパスを出すなんて・・・・・・・いや、これはひょっとして・・・・?
敵DFは俺の方に向かっているが、ボールの落下点には間に合わないだろう
これならイエローカードを出される心配はない
ボールに追いついた俺は、ジャンプしてボールに足を伸ばした
そして宙返り・・・・・・今度こそオーバーヘッドキックで点を取ってやろう

今度のオーバーヘッドキックは、あの時のように時間の流れが遅くなることはなかった
それでもボールは足にジャストミートして、ゴールへと突き進む
背中を地面に叩きつけた後、首を起こしてボールの行方を目で追った
ゴールの右下隅ギリギリの所をボールは目指す
だが、そのボールに敵キーパーが食らいついた
キーパーの指先に弾かれたボールは力なくコロコロ転がって・・・・・・・
完全にフリーの、うちのチームの9番の足元へと転がった
9番は戸惑いながらも、落ち着いてキーパーが倒れて無人同然のゴールにシュートを放った
気弱な奴の「俺でいいのかよ?」という声が聞こえるようだ
審判はゴールを告げる長い笛を吹き、直後に試合終了を告げる、もう少し長い笛を吹いた
予想外のヒーローによる、思わぬ活躍により、俺たちは勝った
「ツカサ君・・・・・勝っちゃったよ・・・・・・・」
いつのまにか俺のそばに来ていた水華ちゃんが、まだ倒れている俺に手を差し伸べながら言った
「ああ・・・・・・・勝っちゃったね・・・・・」
俺は水華ちゃんに手を引かれて立ち上がった
水華ちゃんの小さな手は、汗でじとっと濡れていた
「うおー!」「やった〜!」「んんんあああああぁ!」
チームメイトが駆け寄ってきた
そして彼らは俺たちの元へ・・・いや、素通りして9番の元へ集まり、胴上げを始めた
俺は胴上げには加わらず、その場で水華ちゃんを抱き上げた
「水華ちゃんのおかげで・・・・勝てた」
「そうじゃないよ・・・・みんなが頑張ったから勝てたんだよ」
水華ちゃんはそう言うと、俺のおでこにキスをした
「でも一番頑張ったのはツカサ君だよ」
俺は水華ちゃんを下ろして、慌てて周りを見渡した
幸い、誰にも気づかれていないようだ
「こるぁ〜!まだ挨拶が終わってないずぉ〜!おまえるぁ集まるぇ〜!」
吉澤先生に巻き舌で怒られた

挨拶の後、2対1での俺たちの勝利を示しているスコアボードの前で記念撮影をした
この時は思いもしなかったが・・・・・この写真が水華ちゃんを交えたチームでの最後の写真になった

「もうすぐ2回戦が始まる時間だな・・・・・・・」
学校へとみんなで歩いて帰る途中、誰かが言った
俺は下を向いて泣き続ける水華ちゃんの手を握って歩いている
1回戦を勝ち上がった俺たちだが、2回戦には出場しないで今、学校への帰り道・・・・・・・
俺たちは水華ちゃんのちょっとしたミスのせいで、2回戦に出ることができなくなった

2回戦は1回戦が終わってから1時間の休憩の後に行われる
俺たちが大金星を上げたというニュースは、瞬く間に会場中に知れ渡った
あちこちのチームが、俺や、謎の11番、つまり水華ちゃんの偵察に現れた
そんな大勢の目がある状況で、水華ちゃんは須藤と矢島に連れられて、女子トイレに入ってしまった
吉澤先生と、俺と、水華ちゃんの3人は、役員や審判のいる大会本部のテントに呼び出された
俺は実施要綱の参加資格を指して抗議した
役員たちの過半数も「今回だけはしょうがないか」という空気になっていた
しかし・・・・・・
「ツカサ、最初に約束しただろ?バレたら、問題が起こりそうになったら、棄権するって・・・・」
吉澤先生は、絶対認めない派の一番偉そうな役員に頭を下げた
「申し訳ありません!全て私の責任です!2回戦は棄権します!」
偉そうな役員は、「まあ、今回だけはそういうことで不問にしましょう」と偉そうに言った
後で聞いたら、あの偉そうな人は連盟の偉い人だったらしい
あそこで不問にしてもらえなかったら、夏の大会の出場どころか、チームの存続すら危うかったらしい

偉そうな人のお説教から開放された俺たち3人はチームの元に戻った
チームメイトや応援の女子チームや保護者たちが不安げに俺たち3人を見つめる
「ごめんなさい!私のせいで・・・・・!」
真っ先に言葉を発したのは水華ちゃんだった

水華ちゃんの言葉をさえぎるように、吉澤先生がみんなに棄権したことを伝えた
みんなの顔に、何とも言えない落胆の表情が浮かんだ
それを見た水華ちゃんの目から涙が一粒零れ落ちた瞬間・・・・・・
「武藤さんは気にしなくていいよ」
今日のヒーロー、9番の奴が言った
「俺、もうヘトヘトで、次の試合出られそうにないな、って思ってたんだ」
そう言って水華ちゃんに笑顔を見せた
「だから棄権したいって吉澤先生に言いたかったんだけど・・・・・だから武藤さんは気にしなくていい」
9番の言葉が終わると、別のメンバーたちも
「実は俺も限界」「僕もリタイヤしたかったけど吉澤先生が怖くて言い出せなくって」
「うち控え選手いないから棄権しかないよな」「だいたい決勝まで行ったら1日で4試合、ムチャだよ」
などと、次々と弱音を吐き始めた
試合中はほとんど走らないキーパーの奴まで「もう疲れた。早く帰ろうぜ」なんて言ってる
「おい、おまえら、何言ってるんだよ、情けないぞ!」
頭に来た俺がそう言ったとき、吉澤先生が俺の足を踏んづけ、脇腹を肘で殴り、ウインクした
鈍感な俺はやっとみんなの意図を理解した
「・・・と、言いたいけど、俺も限界。棄権は全員の意思だな」
俺はそう言って水華ちゃんの方を見た
水華ちゃんは笑みを浮かべると同時に、声を上げて泣き出した
「みんな・・・・・ありがとう!ごめんね!ありがとう・・・・・・・ごめんね・・・・・」

そんなわけで、俺は今、笑顔で泣き続ける、女の子に戻った水華ちゃんの手を握って歩いている

その日の夜、水華ちゃんはお父さんと一緒に夕飯を食べに来た
そして、嬉しそうに今日の試合のことを話していた
水華ちゃんに試合に出てもらって、本当によかった、と実感した
夕食後、水華ちゃんのお父さんは今までのお礼、と言って母ちゃんの肖像画を描いてくれた
特徴をよく捉えていて、温かい表情で、本物よりちょっぴり美人・・・・素人でもいい絵だとわかる

水華ちゃんが我が家に来るのは、これが最後になった

翌日
登校中に水華ちゃんに会った
「昨日は言えなかったんだけど、父さんの絵が完成したの」
「じゃあ、行っちゃうんだね。次はどこに行くの?」
「一旦東京の家に帰るの。来月父さんの個展が開かれるんで、その準備」
「個展かあ・・・・・・・・」
「それでね、今日から引越しの準備とか、画商の人とのお付き合いとかで、ツカサ君の家には行けないの」
「・・・・・わかった。母ちゃんに言っとく」
そこまで言ったところで、会話は途切れてしまった
校門を通り、下駄箱で靴を履き替え、水華ちゃんの教室の前に来たところで、俺はやっと次の言葉が言えた
「で、いつ出発するの?」
「まだ決まってない・・・・・・でも決まったら必ず知らせるから」
「うん。わかった・・・・・・・」
水華ちゃんは教室に入っていった

その日の放課後の練習から、水華ちゃんは来なくなった
チームメイトも、クラスメイトも、そうじゃない人も、あと3日で始まる夏休みに浮かれていた
だが、俺だけは、水華ちゃんとの別れを意味する夏休みを歓迎できないでいた

終業式の日
夏の大会が近いので、今日も部活がある
家に帰って荷物を置いて、昼飯を食って学校に集まった
すると、いつもならいるはずの、女子チームのメンバーが誰もいない
嫌な予感がする
『必ず知らせるから』って水華ちゃんは言っていたけど・・・・・・今日なのか?
言葉には表せない不安を感じ、冷たい嫌な汗が背中を流れる
「ツカサぁー!何でおまえがここにいるんだよー!」
職員室の窓から顔を出した吉澤先生が絶叫した
「せ、先生、ひょっとして・・・・・今日なのか?」
「そうだよ!みんな駅に行ってるぞ!」
俺は慌てて校門に走った
「アホぉ!車出してやるから乗ってけ!」
俺は吉澤先生のあちこち凹んだ泥だらけの軽自動車の助手席に乗りこんだ
吉澤先生の運転は荒っぽく、何度も何度も生命の危機を感じた
最初は間に合わないんじゃないか?と思ったが、このスピードなら間に合うかもしれない
そう思ったのだが・・・・・駅前で渋滞に捕まってしまった
「くそぉ、あと少しなのに・・・・・・・・」
「先生、俺、走ります!ここからなら走ったほうが早いですよね?」
俺は先生の返事を待たずにシートベルトを外し始めた
そしてドアを開けて今にも車から飛び出そうとした時
「待て、ツカサ」
吉澤先生は俺を呼び止めると、後部座席に手を伸ばし、何かを取り出した
「これ、試合用のユニフォーム・・・・・・11番・・・・?」
「そうだ。持ってけ」
「いいんですか?」
「11番は勝利の女神に捧げる永久欠番だ」
「あ、ありがとうございます!」
水華ちゃんが乗る特急が出発するまで、あと5分、間に合うだろうか?
車のドアを勢いよく閉め、駅に向かってダッシュした

タクシー乗り場を通り過ぎる頃、高架駅のホームに水華ちゃんが乗る特急列車が滑り込んできた
この路線は単線で、特急列車はすれ違いのためにこの駅に3分くらい停まることが多い
この列車がそうなのかは知らないが、まだ間に合う可能性はある
駅舎の中に入り、改札口の前に来たところで俺はお金を持っていないことに気付いた
仕方がない・・・・・・・・
「すいません、後でちゃんと払いますから!」
俺はそう叫びながら強引に改札を突破した
エスカレーターを駆け上がろうとしたとき、発車のベルが鳴り始めた
くそッ!間に合わないのか・・・・・・
ホームに上ると同時に列車のドアが閉まり、特急列車はディーゼルの轟音を上げてゆっくりと動き出した
間に合わなかったか・・・・・・・・・
走り去る列車を見送りながら、後ろを向くと、ホームの片隅に女子チームの一団がいた
「おーい!ツカサく〜ん!こっちこっち!」
矢島が笑顔で俺を手招きする
絶望感に打ちひしがれながらも、女子チームの方に歩いて行った
近付くと矢島の影に須藤がいるのが見えた
サインペンで何かを書いている
こいつら、何で笑顔なんだ?
須藤は何やってるんだ?
状況がわからないまま女子チームの所についた
「ツカサ君、来てくれないのかと思っちゃったよ〜!」
集団の真ん中から、俺が一番聞きたかった声が聞こえた

「み、水華ちゃん・・・・どうして・・・・・乗らなかったの?」
「ツカサ君が走って来るのが見えたから、父さんに頼んで1本遅い列車にしてもらったの」
「あ、ああ・・・そうなんだ・・・・・・・」
一気に疲れを感じて、その場に座りこんでしまった
「でも、どうして今日行っちゃうって教えてくれなかったの?」
「ちゃんと同じクラスの矢島さんに伝言頼んだんだけど・・・・・・」
全員の目が矢島に集中した
「わ、私はツカサ君と同じクラスの茉麻ちゃんに頼んだよ・・・・・」
今度は全員が一斉に須藤を見た
「私は・・・・試合中にキスするような仲だから・・・・教えなくても大丈夫だと思って・・・・・・」
「す、須藤!おまえ見てたのかよ!」
俺がそう叫ぶと同時に、女子チーム全員が驚きの声を上げ、俺たちを囃し立てた
「お、お、おでこに軽くチュってしただけだよぉ〜!もう!須藤さんのバカぁ!」
水華ちゃんは顔を真っ赤にして、その場にしゃがみ込んでしまった
「水華ちゃん、ゴメンゴメン。これ、ちゃんと書いたよ」
須藤はそう言ってあの水華ちゃんの思い出の寄せ書きボールを水華ちゃんに手渡した
次は当然俺が書く番だ
そう思ってボールに手を伸ばしたが、水華ちゃんはサインペンしか渡してくれなかった
「ツカサ君はこのボールじゃないの」
「それは・・・・・どういうこと・・・・?」
俺はあのボールに名前を刻む資格がないのか?
俺は水華ちゃんの思い出になれなかったのか?

「ツカサ君はこのボールに書いてちょうだい」
水華ちゃんはそう言って、真新しい普通のボールの半分くらいの大きさのボールを差し出した
「このボールはツカサ君専用だから、いっぱい書いてね」
俺は、水華ちゃんの思い出になれなかったのではない
水華ちゃんにとって、誰よりも大切なサッカー仲間になれたんだ!
嬉しさに涙が込み上げてきた
俺は顔の汗を拭うフリをして涙を拭くと、ボールに想いを書き始めた
『サッカーって楽しいよね
 俺は そんな当たり前のことを忘れかけていた
 水華ちゃんはそれを思い出させてくれた
 サッカーってすばらしいよね
 言葉を通さなくても 気持ちを伝えられる
 水華ちゃんはそれを俺に教えてくれた
 そして水華ちゃんは サッカーで一番大切なこと
 仲間と協力して勝つことを教えてくれた

 いつかまた 同じグラウンドで 同じ夢を見よう
 本当にありがとう
 最高の相棒 最高の仲間 最高の女の子の武藤 水華ちゃんへ
 大寅 ツカサ』

俺はメッセージを書き上げると、11番のユニフォームと供に水華ちゃんに手渡した
「このユニフォームは・・・・・貰っちゃっていいの?」
「ああ、チーム全員から、勝利の女神へのプレゼント」
「そんな、勝利の女神なんて・・・・・でも、ありがとう。大切にするね」

水華ちゃんはボールとユニフォームをバッグにしまうと、別のボールを取り出した
さっき俺がメッセージを書いたボールと同じミニチュアのボールだ
「これは・・・・私からツカサ君へのプレゼント」
ボールには水華ちゃんから俺へのメッセージが書き込まれていた
『今度はオーバーヘッドでゴール決めようね』という文字が見える
「ここに、東京の住所も書いておいたから、手紙ちょうだいね」
「ああ、わかった。大会の結果とか、報告するよ」

そんな話をしているうちに、みどりの窓口で切符を交換してきた水華ちゃんのお父さんや、
吉澤先生、更にはバスで駆けつけた男子チームのメンバーなどもホームに現れた

みんなで談笑しているうちに、あっという間に時間は過ぎ、次の特急列車がホームに入ってきた
「これで・・・・サヨナラだね・・・・」
「ああ・・・・・・」
言葉は交わさなくても、俺の気持ちは水華ちゃんに伝わっていると思う
当然水華ちゃんの気持ちも俺にはわかっていると思う
発車のベルが鳴り、列車のドアが閉まった
水華ちゃんは、大勢の笑顔と、大勢の涙に見送られて、旅立っていった

8月の半ば
俺は水華ちゃんに初めての手紙を書いた
手紙には県大会で惜しくも準優勝に終わり、全国大会には進めなかったことを書いた

あの夏から3年と少し過ぎた
今日は高校の合格発表の日
中学の全国大会で活躍し、U-15の日本代表にも選ばれた俺は、日本中の高校から特待生で誘われた
その中から俺が選んだのは、誘いの来た学校の中ではちょっと弱い方だったが・・・・・
学生寮完備で、女子サッカー部が日本一強い、隣の市の高校だった
(後で聞いたのだが、吉澤先生の母校でもあった)
特待生の俺は、入学に関する書類を受け取るために学校に出向いていた
郵送で書類を受け取ることもできるので、学校に顔を出す必要はなかったのだが・・・・・・・・
おっ、いたいた
「どう?受かっていた?」
「あっ!ツカサ!当たり前だとゆいたいですよぉ〜!」
「そうか、須藤とは高校も一緒になったか」
「ところで・・・・・・あの子は?」
「探しているんだけど・・・・・・・・」
その時、後ろから俺と須藤の肩を誰かが叩いた
「水華ちゃん・・・・・!?その顔は受かったんだね?」
「うん!」
「これでまた、いっしょにサッカーができるね」
須藤が嬉しそうに言った
「今度こそ・・・オーバーヘッドをゴールに叩き込もうぜ!」
「うん!最高のパス、出してあげるよ!」

水華ちゃんは今日、俺んちに夕飯を食べに来ることになった
「でも、その前に、会いに行きたい人がいるんだけど・・・・・・・」
水華ちゃんの言葉に、俺と須藤は顔を見合わせ、声を合わせて言った
「吉澤先生だね!」
「吉澤先生だな!」
中学からエスカレーター式に同じ高校に進学する矢島も誘って、俺たち4人はあの小学校へ向かった

おしまい