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【小遣いUP大作戦】

1 名前:名無しさん 投稿日:05/02/25(金) 23:08:50

「……足りない、どう考えても足りない」
俺は財布の中をじーっと見た。500円玉が1つ、100円玉が4つ、後は小銭が少々……
(……目標は)
俺は目の前のプラモを手に取った。2000円との値札が付いている。
(ぐ………)
俺はプラモと財布を交互に見た。が、それでどうにかなるものではない。
(……来月まで、残っているかどうか……)
ちらりとレジの方を見る。後ろに在庫がありそうな気が……しない。
「ああ、それはあと1個しかないよ」
プラモを手にしたまま固まっている俺に、店主の容赦ない一言が飛んできた。
(……駄目だこりゃ)
次の小遣い日まで、まだ10日以上ある。俺はため息をついて、店を出た。

(……足りない、どう考えても足りない)
俺は歩きながら、未練がましく財布の中身を漁っていた。
(どっかに隠れてないかな……)
レシートやポイントカードが雑多に入っている中を、ちょいちょいっとかき分ける。……と、1枚の硬貨が転がり落ちた。
「あっ……」
慌てて拾おうとする。だが、うまく落ちてしまったのか、硬貨はころころと前に転がっていく。
「待て、待てっ!」
しばらく転がった硬貨は、誰かの靴にぶつかって止まった。
(あっ……)
拾う間もなく、その靴がバシッと硬貨を踏んづける。
「も〜らったっ!」
「へっ?」
顔を上げる。そこにいたのは、同じクラスの嗣永桃子だった。
「これは、神さまが不憫な桃に与えてくれた貴重なお金……ありがたく頂きます」
俺に気付いてないのか、嗣永は目を閉じて神に祈るポーズを取る。あ、結構可愛いな……じゃなくて。
「おい、嗣永」
俺はまだ目を閉じている嗣永に言った。
「……ああ、一体いくらなのかしら。500円かな、500円だといいな、500円に違いないわぁ…」
嗣永は1人の世界に入っていた。
「おーい、嗣永〜」
俺は嗣永の顔の前で、手をひらひらと動かした。それでも反応はない。俺はちょっと考えてから、もう一度呼びかけた。

「………おーい、ピーチッチ」
「その呼び方やめてよ!……って、あれ?」
嗣永は一瞬でこちらの世界に帰ってきた。俺の顔を見て「?」という表情を浮かべる。
「○○?どうしてこんなところに……は、分かったわ!桃の貴重なお金を取ろうというのね!だめよ、先に拾ったのは桃の方なんだから!」
嗣永は勝手に怒り出した。
「ちょっと待て。それはあれだ、しゅうとく物おうりょう罪って奴だぞ」
俺はこの前マンガに出てきた言葉を使ってみた。が、嗣永には通用しなかったようだ。
「何それ?」
「……拾ったものを勝手に取ることは罪になるんだ。逮捕されるぞ」
実際に逮捕されるのかは分からないが、そういうことにしておいた。
「平気よ〜誰のものか分からないんだから」
「それは違うぞ。誰のものか分からなくても、罪は成立する。それに、誰のものかも分かってる。それは、俺のだ」
「はぁ?何よそれ〜証拠あるの?」
「あのなぁ…人が財布持って下向いてコイン追ってたら、普通その人が落としたと思うだろう?」
俺は靴の下の硬貨を指さした。
「桃はそんなの見てないも〜ん」
その口調は微妙に違う気がしたが、突っ込むのは止めておいた。
「とにかく、それは俺のだ。その靴をどけてくれ」
「…………」
嗣永はふくれっ面のままだ。俺は何も悪いことをしてないというのに……
「……わかった。落とし物を拾った人は、その1割をもらう権利がある。それでどうだ?」
「………しょうがないわね〜」
嗣永はようやく足を上げた。俺はかがんで、硬貨を拾い上げた。
「………」
「………10円だな。1円、いるか?」
「……いるわよ」
嗣永はかなり悔しそうな表情で頷いた。

「……足りない、どう考えても足りないのよねぇ」
横にいる嗣永が、俺と同じ言葉をつぶやいた。俺たちは、何となく一緒に歩いていた。
「足りないって、金の話か?」
「そうよ〜これじゃどうにもならないわ」
嗣永は相変わらず「ぷんすか」のままだ。どうやら、原因は俺より前にあったらしい。
「…奇遇だな。俺もだ」
「○○も?」
「ああ。だから、ちょっとでも隠れてないかと思って、財布漁ってたんだよ。そうしたらぽろっと転がっちゃって、1円失う羽目になったわけだ」
俺は横目で嗣永を見た。
「何よぉ、返さないわよ」
「いいよ、別に1円くらい…とは言えないけどな」
「…それは分かるわ」
俺と嗣永は顔を見合わせて「はぁ」とため息をついた。
「あぁもう、何であんなに高いのよ!てゆ〜か、何で桃はお金がないの〜!?」
嗣永は理不尽な怒りを俺にぶつけてきた。が、必要以上に高くてキンキンした声なので、迫力はなかった。
むしろ、ちょっと可愛いくらいだった。
「まあ落ち着け。金がないのはこっちも一緒だ。で、何があんなに高いんだ?」
「あれよ〜」
嗣永は一軒の店を指さした。

そこは、ビーズアクセサリーのお店だった。店の前のショーウィンドウの中には、色とりどりのきらびやかなアクセサリーが並んでいる。
指輪にネックレス、イヤリングにピアス………嗣永が指さしているのは、1つのブレスレットだった。
透き通った水色と白のビーズで環を作り、真ん中に小さな銀の花があしらわれている。確かに、きれいではあった。
「いくらだ?」
横に付いている値札を見る。
「ぐ………」
俺は絶句した。値段、2000円。俺の、あのプラモと同じだ。
「……嗣永の所持金は?」
「…700円ちょっと」
「…3倍近いな」
「…そうなるわね」
「………」
「………」
無言。現実の壁は、あまりに高く、厚いものだった。
「……まあ、あきらめが肝心だな」
「何よそれ〜自分が興味ないからって〜」
嗣永はまた怒り出した。
「う………ま、まあな」
「大体、○○は何が欲しいのよ〜」
「お、俺は……あれだよ」
俺は、向かいの模型店を指さした。

「ほら、これだ」
俺はさっきのプラモを手に取ると、嗣永に見せてやった。
「……全然分かんない。これで2000円もするの〜?」
嗣永は疑わしそうにパッケージをにらんでいる。
「これは彩色済だし、飛行形態に変型できるし、おまけに全身可動だ。正にハイグレードなモデルなんだよ!」
俺は力説した。だが嗣永は「ふ〜ん」と言っただけで、明らかに興味なさそうだった。
「…まあ、価値観の相違って奴があるからな。別にいいんだけど」
俺はまたマンガに出てきた言葉を使ってみた。
「カニ缶のソ〜イ?何それ?……あ〜カニ缶なんて長らく食べてないな〜」
嗣永の反応はマンガ通りだった。
「…欲しいものはみんな違うってことだ」
「そう、それよ〜桃はカニ缶が食べたいのに、おか〜さんたらサバ缶の方がいいなんて言うし〜」
嗣永は別の不満を言い出した。カニの話じゃないんだけどな。
「ま、まあ、そんなところだ」
「カニとサバなら、やっぱりカニよね〜。○○もそう思わない?」
「え?…まあ、そうだな。サバもうまいとは思うが…って待て。カニの話はいいんだ」
「じゃ何の話?」
嗣永はきょとんとした顔で俺を見ている。果たしてさっきの話は通じたのだろうか?
「……俺はこのプラモが欲しいんだけど、買えないってこと」
俺はため息をついた。

「だからぁ、結局足りないのよ。桃と○○を合わせても、まだ足りないんだから」
俺たちは歩きながら、まだ金の話をしていた。
「ちょっと待て。合わせてどうするんだ?」
「もちろんあのブレスレットを買うのよ〜でも足りないし〜」
「何で俺の金を、嗣永のために使うんだよ」
「当然でしょ〜。こ〜んなぷりち〜な女の子がお願いしてるんだから。ね、お願い!」
嗣永は両手を合わせて、上目遣いで俺を見つめてきた。うっ、確かに可愛いとは思う。だがここで屈してはいけないのだ。
「不許可だ、不許可。大体、それでも足りないんじゃ意味ないだろ」
俺は、顔の火照りをごまかすために首を振った。
「そうなのよね〜。○○のを足せばあと400円なんだけどぉ」
「だから足すなって」
「後は誰かに借りれば〜……あ、舞美だ。舞美ちゃ〜ん!」
突然、嗣永が走り出す。よく見ると、前から同じクラスの矢島舞美が歩いてきていた。
「あ、桃ちゃん。それに、○○くん?珍しい組合せだね」
矢島はちょっと不思議そうに俺たちを見た。
「いや、ちょっとそこで会ってね。何がどうってわけでもないんだが…」
俺の言葉は最後まで続けられなかった。嗣永がぱっと手を挙げて、俺と矢島の間に立ったのだ。
「ねえ舞美ちゃん、桃たちって、親友よね?」
嗣永は満面の笑顔で話しかけた。
「ええ桃ちゃん、私達って、親友よ」
嗣永に負けないくらいの笑顔で矢島が応える。嗣永は「可愛い」笑顔だが、矢島は「美しい」笑顔。が、両者から何か恐ろしい気配が漂っているのは、俺の気のせいだろうか?
「親友って、親友が困っているときに、助けてくれるのが、親友よね?」
笑顔のまま、嗣永が続ける。
「親友って、親友が困っているときに、助けてあげるのが、親友よ」
笑顔のまま、矢島も続ける。
「じゃ、お金貸して」
「………」
嗣永のストレートすぎる提案に、矢島が笑顔のままで凍りつく。やっぱり何か怖いぞ、この空気。

「……ねえ桃ちゃん?」
「なあに舞美ちゃん?」
「……残高が、いくらになってるか知ってる?」
「ううん、分かんない」
残高?何の話だ?まさか………。
「36000円なんだけど」
矢島は笑顔のまま、さらりと言った。その額に、俺は思わず噴き出した。
「平気へいき。ちゃんと返すから。それでね、…」
話を続けようとする嗣永に、俺は「ちょっと待った!」とその肩をつかんで引き寄せた。
「何よ〜人が交渉中なのに」
「いや待て。36000円って何だ?」
お年玉でもそんなにもらったことないぞ。
「ちょっと舞美から借りてるだけよ〜。ちゃんと返してるんだから」
「返してるって、いくらだよ」
「月300円」
「300円って…120回払いかよ!10年かけて返す気か!?」
「うん」
嗣永は全く悪びれることなく頷いた。こりゃ駄目だ。
「あ〜矢島?嗣永には、俺からよく言っておくから。そういうことで」
俺は嗣永の口をふさぐと、矢島に話しかけた。
「あ、うん。じゃあね、桃ちゃん、○○くん」
矢島は俺たちに手を振って去っていった。

「も〜何すんのよぉ!舞美行っちゃったじゃない!」
矢島が見えなくなってから口を離すと、嗣永は当然のように怒り出した。
「いや、そうじゃなくて。これ以上借金増やしてどうするんだよ」
「平気よ〜舞美はお金持ちなんだから」
矢島がお嬢様らしいってことは、俺も知っていた。が、そういう問題じゃないだろう。
「借りすぎってことが問題なんだよ」
「……まぁ、ちょっと多いかな〜って気はするけど」
嗣永は目をそらした。一応、罪の意識はあるのか。
「…だったら、みんなから100円ずつ借りればいいのよ!それくらいの当てはあるんだから」
嗣永は指折って友達の数を数え始めた。
「……後は、めぐに、まいちゃんに、愛理ちゃん……ほ〜ら、14人はいるわ!」
嗣永は何故か誇らしげだ。
「…友達が多いのはいいけど、やっぱり違うと思うぞ」
「じゃどうするのよぉ〜………大体おかしいと思わない?
そりゃあ桃は、舞美から借りてるけど、その前からだって、桃はやっぱりお金がなくて、舞美はやっぱりお金があったのよぉ?こんな話あるぅ?」
嗣永の言うことは何となく分かる。
「天は二物を与える」というか、矢島は成績いいし、運動できるし、おまけに美人でしかも金持ちと来ている。確かに、世の中不公平だ。
「……矢島と比べてもしょうがないだろう。よし、もっと正攻法で考えようじゃないか。何か、稼ぐ手段はないのか?バイトとか」
これ以上考えると暗くなりそうだったので、俺は話を変えることにした。
「バイトって、小学生でできるのあるの〜?」
「それなんだよな」
俺は腕を組んで考え込んだ。俺たちの年齢でできるバイトなんて、基本的にない。
お使いとか、肩たたきとか、そういうお手伝いでちょっともらえることはあるけど、1000円以上なんてまず無理だ。

「……じゃあ、手っ取り早く、売るものとかないのか?ゲームとか」
プレステのソフトなら、新しければそれなりの額になるはずだ。
「マンガならあるけど……そんなに数がないし〜」
「うーん」
マンガはかなりレアものか、揃ってないと、まとまった金にはならない。俺はまた考え込んでしまった。
「も〜、当てになんないなぁ〜。あ〜あ、どこかに落ちてるとかないかなぁ〜この前、川から1万円札が流れてきたっていうのがあったじゃない。あ〜いうの」
「あれは盗んだ金だったって話だぞ。それに、ちゃんと届けなきゃ駄目だろ。1割もらえるのも半年後だし」
「いちいちうるさいわね〜夢がないんだから」
嗣永はあきれ顔だ。そんな夢も間違ってると思うんだが……。
「まともに考えよう。1ヶ月の小遣いは?」
「1000円」
「俺と一緒だな……つーと、後2ヶ月後だ」
「そんなに待ってられない〜。それに舞美に返してるから、700円しか入らないわよ〜」
嗣永は口をとがらせた。一応、借金のことは覚えてるんだな。
「…小遣いアップの可能性は?」
「そんなのないわよ〜……あ、でも待って、それいいかも」
嗣永は俺の耳元に顔を近づけると、ごにょごにょと話した。
「!……そんなことで、上がるのか?」
「やってみなくちゃ分からない〜、さ、行くわよぉ!」
嗣永は俺の手を引いて走り出した。

5分後。俺たちは、嗣永の家の前にいた。
「おい、本当にやるつもりか?」
「当たり前でしょ〜。だいじょ〜ぶだって」
嗣永は自信満々で俺の肩をぐいぐいと押してくる。
「…そんなことで、小遣いは上がらないと思うぞ」
「やってみなくちゃ分からないって言ったでしょ〜、い〜からい〜から」
俺が渋っていると、嗣永はドアを開けて俺をぐいっと中に押し入れた。
「わっ……」
「おか〜さ〜ん、ただいま〜」
家に入ると、嗣永は大声で呼びかけた。
「あら桃ちゃん、お帰りなさい」
家の奥から、嗣永のお母さんらしき人が出てきた。
「おか〜さん、紹介します。桃の彼の、○○くん」
嗣永はストレートに言い放った。俺はかなりドキッとしたが、何とかそれを顔に出さないように必死になっていた。
「あら、桃ちゃんも彼氏を連れてくるようになったのね〜。お母さん感激だわ〜」
嗣永のお母さんは全く動じることなく、ニコニコしながら俺を見ている。やっぱり親子だからか、しゃべり方も雰囲気も嗣永に似ていた。
「え、えーと、その、この度、も、桃子ちゃんと、お付き合い、させて、いただくことに、なりました、○○と、もうします。よ、よろしく、おねがいします」
俺は必要以上につっかえながら、ぎくしゃくと頭を下げた。
「あらあらご丁寧に、どうもありがとう。桃子の母です、どうぞよろしく」
お母さんはゆっくりと会釈した。確かに嗣永に似ているけど、大人の余裕というか、優雅な感じがする。嗣永も大きくなったら、こういう風になるんだろうか。
「さて紹介も済んだところで、おか〜さん、お願いがあるんだけど」
嗣永はまたストレートに切り出した。

「何かしら桃ちゃん」
お母さんは笑顔のまま応えた。
「あのね、これから桃は、彼といっしょに、いろんな所に行きたいと思うの。遊園地とか、水族館とか、映画とか」
お母さんはうんうんと頷いている。
「それでね、そ〜いうことって、お金がかかるでしょ。だからね、お小遣いを上げて欲しいの」
嗣永はまたまたストレートに言い放った。ひょっとして、他に何も考えてないのだろうか。
「う〜ん」
お母さんは口元に指を当てて考えるポーズを取る。嗣永はさらに続けた。
「だってぇ〜、彼も1ヶ月1000円しかもらってないって言うんだよ。2人合わせて2000円じゃ、すぐなくなっちゃうよ」
嗣永は俺の小遣いまで公表してのけた。
「桃ちゃん借金もあるもんね〜」
お母さんは考えながらぼそっとつぶやいた。嗣永はそれを聞いて「うっ」となったが、何とか続けた。
「だからぁ、それも返しつつ、2人で遊べるお金が欲しいの〜。ね、お願い!」
嗣永はさっき俺に使った「お願いポーズ」を取った。が、お母さんには通じるのだろうか?
「…それで、桃ちゃんはいくら欲しいのかしら?」
お母さんは笑顔のまま聞いてきた。
「1300円!」
嗣永が間髪入れずに答える。でもそれじゃ、小遣いアップの金額なのか、今欲しい金額なのか分からないぞ。
「…それで、桃ちゃんは何が欲しいのかしら?」
「ビーズのブレスレット!」
嗣永はノリがいいというか、即答してしまった。…………駄目だこりゃ。

「あ〜もうちょっとだったのに〜」
嗣永はぶつくさ言っている。作戦がバレた俺たちは、早々に嗣永家を退散していた。
「○○〜もうちょっとフォロー入れてよね〜」
嗣永の矛先は俺の方を向いた。
「あの状況下でどんなフォロー入れるんだよ?それに、始めからバレてたと思うぞ、俺は」
お母さんのあの余裕たっぷりの態度からすると、どこで自滅させるか狙ってたのかな、とも思う。
「う〜」
嗣永はまだご不満の様子だったが、これ以上は言えないようだった。
「まあ、墓穴掘ったのは嗣永だからな」
「そ〜いうこと言う?○○こそ、あ〜んな不自然な動きしてたくせに」
嗣永はさっきの俺のぎくしゃくした動きをして見せた。
「うっ……だって、いきなりあんな紹介されたら、誰だって緊張すると思うぞ」
「え、なに、桃の彼って言われて、ドキドキしてたわけ〜?そ〜よね〜、こ〜んなぷりち〜な女の子に言われちゃね〜。ほ〜ら、桃子ちゃんって呼んでいいのよぉ〜」
嗣永は腰と頭に手を当てて「ぷりち〜」なポーズを取ってきた。
「自分で言うかね。それに「桃子」なんて呼んだら、その度に金取られそうだ」
「安くしとくわよ〜今なら1回100円!」
「はいはい」
それが安いのかどうかわからないが、俺は適当に頷いた。
「も〜つまんないわね〜…………そりゃあ桃はけちんぼだし、お金ないし、ぷりち〜じゃないかもしれないけど……」
嗣永はいじけ始めた。
「……そりゃあ桃は舞美みたいにきれいじゃないし、髪さらさらじゃないし、背も低いし、走るの速くないし……」
指に髪を巻き付けながら、嗣永が続ける。
「お、おい、嗣永……」
「……分かってるのよ、本当はね…………」
嗣永の声が小さくなっていく。何か、嗣永らしくない。
「でもしょうがないじゃない!桃はこんな顔だし、こんな声だし、こんな性格なの!お金もなくて、お小遣いも上がらなくて、欲しいものも買えないの!それだけ!」
そこまで言って、ぷいっと横を向いてしまう。目の端にうっすらと、涙が浮かんでいた。

「……まあ落ち着けって。そう悲観することもないと思うぞ」
「悲観」という言葉が分からなかったのか、嗣永は横目で俺を疑わしそうに見た。
「嗣永には嗣永の、いいところがあるってこと」
俺は言い直した。
「例えば〜?」
「えーと、そうだな……マンガの早読みとか」
自己紹介に書いてるくらいだから、さぞかし自信があるんだろう。
「……確かに得意だけどぉ……」
嗣永は横を向いたまま、ぼそっとつぶやいた。
「他には……どこでも寝られるとか」
体育の時間でも寝られるのは、大したもんだと思う。
「……あんまりよくない〜」
嗣永の口元がまた「への字」になる。うーん、後はどんなのがあったっけ?
「……嗣永は小さいけどさ、できないことでも最後までやり通してるよな。それってすごいと思うぞ、俺は」
運動会の創作ダンスで、鬼先生にしごかれながら、ぶっ倒れても練習していた姿を思い出す。
「……ホントに?」
「ああ。それにほら、「最初から出来るより楽しいことでしょ」って言うだろ」
嗣永はまだいじけ顔だったが、こっちを向いてくれた。
「……そういうところも含めて、可愛いと思うよ、嗣永は」
かなり恥ずかしかったが、俺は嗣永の目を見てはっきりと言った。
「…………」
嗣永の顔がわずかに朱を帯びる。ちょっと「への字」口で、俺を見上げる嗣永は、やっぱり可愛かった。

「……桃ってぷりち〜?」
「ぷりち〜だと思うよ」
俺は頷いた。
「……じゃあ、桃子って呼んでくれる?」
「いいよ。……桃子」
俺は顔を赤くしながらも、そう呼んでみた。
「はいっ!じゃあ100円ね!」
嗣永はぱっと笑顔になって、手を差し出してきた。
「へっ?」
「だから、100円。1回100円って言ったでしょ?」
嗣永は笑顔のままだ。……ひょっとして、はめられたか?
「何だよ、現金な奴だな……」
俺は半分脱力しながら、財布から100円出してその手に置いた。
「そうよ〜、桃はいつもニコニコ現金払いよ〜」
その言葉遣いは間違ってる気がしたが、突っ込むのは止めておいた。
「これであと1200円〜。できないことでも、最後までやり通すのが桃なのよ〜」
嗣永は嬉しそうに、100円を自分の財布に入れた。
「毎度あり〜、それじゃ〜ね〜」
嗣永が走り出す。
「お、おい!つ……桃子!」
俺が呼びかけると、嗣永…じゃなくて桃子はぴたっと止まって、くるっとこっちに振り返った。
「……まあ、頑張れよ」
「……もう100円は、明日払ってね〜」
桃子は満面の笑顔でそう言って、走り去っていった。

「こちら、税込みで2000円になります」
次の日。俺は、なけなしの金を払っていた。
「ラッピングはいたしますか?」
「あ、お願いします」
小さな箱が、綺麗な包装紙に包まれていく。ピンクのリボンをかけてもらい、俺はそれを受け取った。
「毎度ありがとうございました」
店員の声を背に受けながら、店を出る。………と、向かいの模型店から、桃子が出てくるのが見えた。
「あっ……」「えっ?」
お互いに目が合う。俺たちは何も言えずに、その場で固まってしまった。
「……え、えーと、その、偶然だな………」
俺はぎくしゃくと桃子のところへ歩いて行くと、何とか声を出した。
「ぐ、偶然ね………」
桃子は手に持っていた袋を後ろ手に隠すと、もごもごと口を動かした。
「……あー、えーと、その、何だ、ちょっとした用があるんだが……桃子に」
「……何よぉ、昨日の100円払ってくれるの?あ、今ので200円よ?」
「…今は無理だ。………これ、買っちゃったからな」
俺はさっき受け取った箱を、桃子に見せた。
「これ………」
桃子が言いかける。俺は無言で頷いて、箱を桃子に渡した。
「じゃ、じゃあ……これ」
桃子が後ろ手に持っていた袋を俺の方に差し出す。俺はまたぎくしゃくした動きで、それを受け取った。
「……開けていいか?」「……開けていい?」
2人同時に声を出す。どちらともなく、俺たちは互いに頷いた。

「あっ………」「あっ………」
包装を解くと、また2人の声が重なる。袋の中には、あのプラモが入っていた。そして、箱の中からは、あのブレスレットが。
「ど、どうして……?」「……何でだ?」
またまた2人の声が重なった。しばらく無言の後、桃子が「…どうぞ」と手を出した。
「あー、えーと、俺は、ゲームを売ったんだ。で、気付いたら……それを買ってたってわけ」
俺は「…どうぞ」と桃子の方に手を出した。
「……桃は、おか〜さんに頼んで、前借りしたの。で、気付いたら……それを買ってたの」
「……よくできたな」
「苦労したのよ〜。…でも、最後までやり通すのが桃だからね」
そこで言葉が止まる。
「………」「………」
「……ありがとう」「……ありがとな」
3度目の重なりに、俺たちは顔を見合わせて笑いあった。
「……でも何だ、これだったら、互いに欲しいもの買っても同じだったな」
俺は笑いながら、照れ隠しにそんなことを言った。
「……違うよ」
「えっ?」
それは、一瞬だった。桃子の唇が、俺の唇にわずかに触れる。
「はいっ!これがおまけ!本当なら、100万円なんだからね!」
桃子がいつもの笑顔で言ってくる。でもその顔は、りんごのように真っ赤になっていた。おそらく、俺も。
「……じゃあ、これはどうだ?」
俺はぱっと桃子の手を握ると、全速で走り出した。桃子は「わっ…」と少しよろめいたが、すぐについてきた。
「も〜、ご〜いんなんだから〜。そ〜ね〜、手をつなぐのは、300mで90円ね〜」
「タクシーかよ!?」
突っ込みながら、2人でどんどん走っていく。当分は、借金生活が続きそうな気がした。

 

おしまい