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日常生活、お祭り、仕事での出張、トレッキングなど、ブータンでの生活中に撮った写真に簡単な説明を加えて紹介します。
ここではいろいろな出来事やイベントごとに分けてみてもらうようにしました。この表紙では以下のとおり分けたグループごとの縮小写真一枚と表題、その解説のみの一覧になっています。 各題名をクリックするとそれぞれの表紙に移動します。
普段の生活(1998年12月以降)125枚ブータンに住んでいて、ちょっと気にかかったこととか、道を歩いていて変わってるなあと思った時にたまたまカメラを持ってて撮った写真とか、別の場所を作るほどたくさん写真を撮らなかったときの物など、全部まとめてここで紹介します。
チェリゴンパ(1999年1月)18枚ティンプーから北に向かって約20Km(たぶん)登った車道の終点、国立公園の入り口の左右の山にタンゴゴンパ、チェリゴンパの両寺院群があります。近所なんで一緒にしてタンゴチェリなどと呼ばれる所です。
始めて行った時は現地訓練期間中に訓練の一環として車で連れて行ってもらった時です。その時はここがそうですよ、くらいですぐに帰ったのと、車で行ったんで結構近所だと思って、その後の休日に歩いて行ってみました。でも、想像以上に時間がかかり、この時にはお寺まで登ることは出来ませんでした。
東への出張(1999年1、2月)50枚現地訓練も終わってまもなく、仕事を教えてもらいはじめてすぐくらいの時に、先輩隊員について東の拠点へ出張する機会に恵まれました。首都隊員の中にはいまだに空港のあるパロと任地の首都以外の町に行ったことのない人もいるというのに、いきなりのこの出張は大変幸運でした。おかげで、赴任後まもなく職場の主な拠点はすべて回る事が出来て、そこの人とも顔見知りになり、その後の仕事も進めやすくなりました。
プンツォリン1(1999年2から3月)69枚赴任早々の東へのツアーから帰って、すぐに今度は前任者の先輩隊員の任地であるプンツォリンという町へ移動し、引継ぎ期間中はほとんどこの町で過ごしました。
プンツォリンというところはブータンとインドとの国境の町で、ブータン国内へ通じる幹線道路のある町としては一番西側に位置し、西よりにある首都ティンプーとインドとを結ぶ道路の始まるところでもあります。実質的な国境のゲートはプンツォリンの町から30分ほど山を上ったところにあり、この町自体にはほとんどインドから自由に入ることが出来ます。そのため、インドを旅行中のバックパッカーの人たちを見かけることもあります。
ブータンのほかの町は入国するだけで、一日200US$以上の金額を払わなければならず、バックパッカーの姿はまず見る事はありません。もしかしたらいるのかもしれませんが、この二百何十$/日を払った瞬間に車とドライバー、専属ガイドがつくので、もうそうなった時点でバックパッカーとは呼べないと思います。
標高は数百mで気候は亜熱帯。一般的なブータンのイメージからはかけ離れた雰囲気の町。東のほうの国境沿いはインドの反政府過激派が活動していて危険なのに比べて、ここプンツォリンはそんな危険を感じることもない、インドとの国境の町の中では唯一協力隊員が滞在できる町です。
首都を始めとした西ブータンへ陸路で運ばれる荷物はすべてこの町を通過するので、商業が盛んで企業の本社は首都のティンプーよりも多いほどです。物と人とが集まる、ブータンでもっとも活気のあると思えるプンツォリンの町は、その活気と熱気によって、やっぱりここはブータンじゃなくてインドだ。と感じます。
パロチェチュ(1999年3月)24枚ブータンに来てやっと慣れてきた3月、先輩隊員のパロチェチュを見に行こうツアーに混ぜてもらってパロまでチェチュを見に行ってきました。
チェチュの前評判は、「5分で飽きる。」というものでしたが、確かにあれをジーっと見ているのは私にとってもかなり退屈な物でした。それで、うろうろ歩き回ってまわりの人が着ている祭り用の豪華なキラやゴを初めとした、祭りのときのいつもと違うブータン人やみやげ物、始めて来たパロを見てまわることがメインになっていました。
チェリゴンパ2(1999年3月)26枚前回登れなかったチェリゴンパにもう一回挑戦しようと、今度は自転車で行って見ることに。この時は余裕で、午前中にお寺までたどり着く事が出来ました。
シルバージュビリー(1999年6月)25枚ブータン国王の即位25周年を記念して、国を上げてのお祭りが繰り広げられました。
6月2日の少し前から、道路や建物の整備や電飾による飾り付けが行なわれ、ティンプーの町の眺めもすっかり変わり、みんな浮き足立っています。6月2日は国王の挨拶などがある大イベントが国立競技場で始まります。この日は朝の5時頃から場所とりのために人が出かけ始め、7時の時点でもう既に座ってこのイベントを見ることの出来る場所はありません。私もこのイベントに行ったのですが、待ち合わせしてたブータン人が2時間も遅刻して結局ついたのは8時過ぎてから。そんな時間に行ってもまともに見られるわけもなく、一通り人の頭を見て回っても会場を見ることはなく、そんな感じでイベント会場からは早々に立ち去り、いつもと違う町の様子を眺めていました。
パジョディン(1999年6月)33枚シルバージュビリで約一週間の休暇が転がり込んできました。お祭りの前日と初日はそれなりに町を見てまわったり、催し物を見に行ったりとやることもあったのですが、2日目以降になってくるとどこに行っても人ばっかりの割にはなんてことのない催し物が多くて、人にもみくちゃにされながら見るほどの物でもないことに気がつきます。
そして、この休暇を利用していつも見上げる山の上に見える寺院群、パジョディンと、その奥に行くと見る事が出きるという湖を目指して出発しました。朝出発してパジョディンの寺院に到着したのは昼過ぎ。ちょうどお寺のお坊さんの昼飯どきだったようで、ある家で呼びとめられ、スジャと麦粉などをご馳走になって湖に向けて再出発。
ちょうど乾季の終わり頃で水が少ない時期だったのか、干上がっている旧湖らしき所を何箇所か通りすぎ、やっとのことで水のある湖に到着した時はもう6時前でした。6月とはいえ、標高4000mに近いこのあたりではまだ寒く、雪も降るし湖は凍るし、かなり寒い。その代わり風景はすばらしい物でした。
タンゴゴンパ(1999年7月)24枚この頃は雨季真っ盛りですが、ふといつもよりも早く目がさめると天気は悪くない。雨季で全然外に出てないこのごろ、このままでは体が腐ってしまうとばかりに外に行くことにして、目的地は日帰りで手軽に行けるところで雰囲気のいいところということで、前に行ったチェリゴンパの近所のお寺に決定しました。
当初はタンゴゴンパではなく、その向いの山のてっぺんに見えたお寺に行こうとおもってたんですが、道を間違えて結局タンゴゴンパに行ってしまい、時間があったので大急ぎで当初の目的地だった山のてっぺんのお寺にもいってきました。間違えて行ったタンゴゴンパですが、思ったよりも大きくて立派なお寺で、間違えたのが幸いでした。
天気はよくはありませんでしたが、朝感じた通り行き帰りほとんど雨粒にあたることはありませんでした。
プンツォリン2(1999年8月)38枚ブータンに来てすぐに先輩隊員の任地であるここプンツォリンに生活して、その後先輩隊員の帰国後は私の任地である首都ティンプーで生活していました。
しばらくして、雨季に入った8月、またこのプンツォリンに出張に来ることになり、1週間ほど滞在しましたが、雨季のプンツォリンは乾季のそれとは全然違う雰囲気でした。第一に暑い!町を歩き回るだけですぐに疲れてしまいます。それで店に入っても甘いコーラやジュース、お茶までもが甘い。
本当に暑いときには水が欲しくなるものですが、その水を飲んでしまうとどうなるか想像するのは簡単です。仕事や生活するのには非常につらく、しかもいつがけ崩れで帰れなくなるか分からない不安もあり、あまり快適とは言えない出張でした。でも、雨季で緑の多い景色は、乾季とは違う雰囲気で、景色は楽しめました。
スノーマントレッキング前半(1999年9月)191枚1999年9月17日から10月2日まで、ブータンの北西部にトレッキングに行きました。
空港のある町、パロを北上、ドュゲルと言うところから、ジョモラリ(7300m位の山)のふもとを通って、さらに北上。リンシというゾンのあるところから、東に進路を変えてラヤの集落へ。そこから南下して温泉で有名なガサ。そこからさらに南に下り、昔の首都パロの町に下りてくる、総行程15日、距離は不明。の大トレッキングです。
行くまでは15日も山に入ることと、5000m級の峠を越えるコースで、ものすごく心配でしたが、いざ行って見ると本当に楽しい、いいトレッキングでした。
後半部分では、若干天気が悪くなって見ることが出来なかった山もあったりしましたが、その代わりにヒマラヤの奥深くまで入ったことを実感させてくれるような景色や動物などに触れることが出来ました。
東への旅行+トレッキング(1999年11月)91枚1999年11月7日から18日まで、ブータンの東部に旅行に行きました。
主目的は、一番東のサクテンと言う町に行くトレッキングでしたが、その町は外国人立ち入り禁止。私達はブータンに住んでいてIDカードも持ってるからいけるんじゃ無いかなあ、などという甘い考えで行ってはみたものの、やっぱり行く事は出来ずに、途中でひきかえし、結果的にトレッキングというよりも、単なる旅行になってしまいました。
しかし、こんなに長いあいだ東に滞在してうろつくことはなかなか出来ないもの。結構楽しみました。ちなみに、首都ティンプーから、東の中心地タシガンまでは距離600Km弱。時間にして2泊3日かかります。
マウンテンフライト(1999年12月)21枚1999年12月26日。私達JOCVと調整員、JICAの専門家と家族、JICA/JOCV事務所の所長という、ブータンの首都にいるJICA/JOCV関係者のほとんど根こそぎのメンバーで、ブータン最大にして唯一の航空会社、DrukAirの飛行機(国際線に使うジェット機!!)を貸切ってブータン上空の遊覧飛行に行ってきました。
費用は、飛行機一機3500$。一人あたり200$強くらいでした。
始めにこの企画があることを聞いたのは飲み会の席で。費用は、200Nuだと勘違いしていた私は飛行場に着いて200$だと聞かされて呆然。本気で後悔しました。しかし、ティンプーからこのパロまで、一時間半ほどの距離で乗合タクシー乗ったら100Nuするのに、飛行機乗って200Nuで済むはずが無いことは、ちょっと考えれば分かることなのでした。
後払いでもいいという言葉にほっとしながらどうやって金払おうか、必死で考えつつ飛行機に乗りこむ。
いざ乗ってみると、定員の4分の1くらいの人数で乗る飛行機は快適そのもの。眼下、または真横に広がるヒマラヤのすばらしい景色を目の前にして感動しまくり。席移りまくり。
これは、食生活が貧相になろうとも、絶対くるべきだったと確信しました。
しかし、カメラのフィルムが無かったのでカメラ持ってこなくて、写真を撮ることが出来なかったのが唯一の心残りです。もう一回乗りたい。
ということで、ここで紹介している写真は、この企画を立案、手配してくれた、JICA専門家(橋梁)の鈴木さんからもらったデジカメ画像です。
もらった写真はもっといっぱいあったんですが、私のブータンヒマラヤの知識がないばっかりに、説明文が書けなくてこれだけの紹介になりました。もうちょっと勉強すれば、もう少し充実させられると思うんですが、いつになることやら。
パロ2 (2000年3月)24枚パロチェチュ2回目とパジョデインに行った時の物。パロチェチュ名物巨大タンカのトンドルは最終日のみご開帳で、その最終日は月曜日。 休みを取って行きました。それで、3日休めるのでタクツァンにも行くことに。というよりも、タクツァンのほうがメインです。お寺関係の部署に勤務している先輩隊員に入場許可を取ってもらって、中まで入ることが出来ました。
裏山に上る(2000年5月)23枚雨季に入って外出もせずだらだらしているのが辛くなって、山にでもいかんとだめやなあ。って感じで気楽にいけるけれども行ってない裏の山に登ってみることにしました。
モチタンとか、ティンプーのちょっと山の手から見える、テレコムの電波塔があるところを目標に登り、頂上で一泊して帰ってきました。裏山とはいえほとんど4000mじゃないのか、と思えるくらい高いところでした。
チェレラ(2000年6月)9枚6月の末にチェレラというパロとハの間にある峠にブルーポピーを見に行った時のものです。ついでにチェレラトレックのルートを探してドュゲルまで歩こうと思っていたのですが道と言うか、尾根を間違えてえらい目に遭いました。それでもちゃんとブルーポピーを見ることは出来ました。
スノーマントレッキング後半(2000年9月)180枚去年行ったパロからラヤ、ガサ経由プナカへ抜ける前半コースの続きとして、今度はプナカを出発点としてガサ、ラヤから東へ向かい、ルナナに寄り、そこから南下してトンサの手前ニッカチューに抜ける後半コースにトレッキングに行ったときのものです。
このコースを踏破した日本人は私の知る限りでは4人のみ。知らない分を考えても多分10人未満ではないかと思います。
目的地となるルナナ近辺は7000m級のテーブルマウンテンのふもとにあたり、天候が不安定でなかなか晴れることが無いことで有名な場所。はっきり行って天気にはまったく期待していなかったのですが、実際に行ってみると一日中悪天候だったのは1日だけ。ルナナでも青空を見ることが出来るなど、予想外の好天に恵まれました。
珍しいほどのいい天気のもとで撮った写真はなかなか珍しいものも多いのではないかと思います。
プンツォリン3(2000年11月)13枚延長が出来なかったため、隊員生活も後わずかの11月。配属先のもっとも大きな拠点のあるプンツォリンへは帰る前にどうしても行っておく必要がありました。帰国前のあわただしい時期に無理やりねじ込んだ出張です。
心配していた洪水の影響は感じられず、相変わらず活気のある町でした。
帰路変更タイと中国(2000年12月)146枚協力隊員が帰国するときには研修の名目で帰国途中に寄り道をする事ができました。追加費用は実費ですが、一旦日本に帰ってしまうと海外に出る機会は無さそうなのでいいチャンスだと思い、チベット目指して初めての一人で行く海外旅行です。
結果はパスポート切り替えに時間がかかりすぎてチベットまで行くことは出来ず、雲南省の北西部をうろうろするだけでしたが、逆にそっちのほうが珍しい地域に行くことになったのかもしれません。
草花や生き物(1998年12月〜2000年12月)131枚ブータンで見かけた高山植物らしき草花や、日本では見た事の無い虫、動物などをここでまとめて紹介しています。
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