− バー さんの恋愛話 −
| もうホコリをかぶって二度と掘り起こすこともないだろうと思っていた記憶の 片隅にある話しをするよ 少しだけバイクが関わる話 まだ会社に就職したばかりの頃でちょうど今くらいの季節 そんなに寒くもない けど、でも一応冬服は準備してるって感じの 中途採用で入社したから仕事を覚える ので精一杯で毎日朝早くから遅いときは夜の12時を回るくらいまで働いていた。 そんな生活を続けていて2ヶ月くらい経った時の12月 会社の気の会う人間で 簡単な忘年会がてら飲みに行こうという誘いがあって計8〜9人くらいで居酒屋に 飲みに行った。一番新人だったのと、あと店舗がかなり離れた場所の人間とは業務上での 会話を電話でしたことぐらいしかない人も3,4人くらいいて、誰が来るのかという のもあまり把握していなかった。その後に深夜の夏の雨に打たれて殴り合いにまで 発展する事になった。その女性と出逢った。 後でわかった事なのだがその飲み会というのは仕組まれたもので というのは新人の俺の考えている事や言いたい事を全て吐き出させ ようという魂胆の飲み会だった。 序盤はそれほど無茶に飲む人間もなく飲み会は進んで行った。 3時間くらい経った頃雰囲気が変わる事が起きた。 先輩社員の広美先輩(30代前半ででかなり仕事のできる先輩) その広美先輩の友達(男)が偶然同じ店に居合わせていた。 広美「何してんのぉ?」 男「うそぉ?久しぶりじゃんか」 広美「一緒に飲もうよ」 男「いいの?会社の飲み会やろ」 広美「いいよ、ほら村尾くんも真美ちゃんもいるよ。」 男「あ、ほんと 久々じゃん」 広美「いいよね?村尾くん」 村尾「おお。いいよ」 男「よろしく!」と言って俺の隣に座った。これで計10人になり少し狭く 感じるようになった。そこでみんなが少しづつ座敷を移動するのを見ていた 広美先輩と真美ちゃん(俺から見たら先輩だが)が 真美「すいませぇん!こっちの空いてるとこも使っていいですか?」 店員「いいですよ」 広美「すいませんねぇ。人数増えちゃったんで」 店員「いやいいですよ どうぞ」 その時に広美先輩が俺にこっちにおいでと手招きしてきた。広美先輩とは 同じ店舗でいろいろと面倒見てもらっていたのもあり普通に広美先輩の横 の席に移動した。広美先輩は以前お水の経験もあり、見た目は30代には 見えないくらいの感じで顔も目がとても涼しげなのが印象的なきれい なお姉さんという感じだ。 その席に移動した事が自分にとってその後 忘れられない出会いをするとは考えもしなかった。 広美先輩の左の席に(といっても座布団だが)座り自分の右隣に忘れられない 出会いをした、サオリさんがいた。 サオリ「おつかれ〜。」 俺「お疲れ様です。」 サオリ「まだ電話でしか喋った事無かったよね?」 俺「そうですね。在庫もらう時ですよね」 サオリ「そぉそぉ、仕事はどう?もう慣れた?」 俺「ええ、だいぶ。広美先輩にもいつも面倒見てもらってるんで」 サオリ「またぁ、いいんだよ 本人がいるからって持ち上げなくて」 広美「ちょっとぉ、私がバー君を職場でいじめてるみたいじゃない」 サオリ「キャハハッ、ごめん、そうじゃないの?」 広美「違うわよぉ ねぇバー君」 その会話を聞きながら普段職場では仕事に集中して独特の緊張感を漂わせて いる広美先輩に水を向ける言葉を口にするサオリさんを見てドギマギしていた。 サオリさんと広美先輩が仲が良いと知ったのはその後の会話を聞いて いてわかってきた。2人は同じ時期に入社して、店長としてお互い店舗を 任されていて、プライベートでも飲みに行ったりしているくらいの仲だった。 サオリさんは年齢は広美先輩よりも下で自分より4つ上で、 体は細身でヒールがよく似合う大人の女性という感じだった。 顔はすましていると目がキリッとしていて少しキツそうな雰囲気が するけど話したり笑ったりするととても屈託のない笑顔をしていて そのギャップにもう魅かれ始めていた。 その後はほとんど3人で飲みながら仕事の事やとりとめのない 話などをして、もうそろそろ飲み会も終わりに近づいてきた時 広美先輩が思わぬことを口にし始めた。 広美「ねぇ 場所変えてケイコちゃんも誘って4人で飲みに行かない?」 サオリ「いいね〜 なんかまだ飲んだぁって感じがしてないし」 広美「バー君も行こうよ この後何か用事ある?」 俺「別に何もないです。ただ車で来てるんで少し酔い覚ましに時間を 潰そうかなとは考えていましたけど」 広美「バー君ってどこに住んでいたっけ?」 俺「市内です 車だと15分くらいの所です」 広美「じゃ 車置いて帰ればいいじゃない 私朝まで車OKなところ知ってるし」 広美さんはお酒がけっこう好きでよく飲みにでるらしくそういう(飲んだ後の事) 事後処理に慣れいて、何度か飲酒の検問で止められる事はあっても切符を 切られた事は一度も無いんだよとさっきの話の中でサオリさんが言っていた。 ケイコちゃんは二人の後輩でその日、俺とは初顔合わせだった。飲み会にも 出席していたけどかなり離れた席に座っていて他の社員の人に囲まれて 広美先輩の友達が来てからはずっと同じ場所で飲んでいた。 その後店を出てから他の社員(俺から見ると全て先輩)と別れ、 広美先輩が車を近くまで移動してくるから先に次に行く店に3人で行って てと言われて俺とサオリさんとケイコちゃんで歩いて行く事になった。 その店までは歩いて5分くらいでその間はほとんどケイコちゃんとサオリさんが 喋っていた。店に着いてから広美さんの飲み物も注文して初めてケイコちゃんと 話した。 ケイコ「改めて おつかれです。私○○(ケイコちゃんの苗字)です。よろしくね」 俺「お疲れ様です。○○(苗字)です。」 サオリ「カタクルシイなぁ もういいんだよぉ さっきみたいな会社の飲みとは違うんだから」 ケイコ「ハハハッ そうですね いつもみたいに飲みましょうか」 サオリ「けっこう3人で仕事終わりで飲みに行ったりしてるんだよぉ 広美から聞いてない?」 俺「いや 聞いてないです そうだったんですか」 サオリ「そうよ、いろいろ会社の愚痴とかこんな変な客が来たとかいつも3人で会議してる」 と笑いかけながらサオリさんがケイコちゃんに言った。それからちょっとして広美さんが 店に入って来た。 俺はサオリさんの隣に座っていた事もあってけっこう緊張していてあまり しゃべっていなかった。広美先輩とは端々で少し会話するけどサオリさんと ケイコちゃんとはほとんど会話らしい会話はしてなかった。 それを見てたサオリさんが「まだ 飲みが足りないんじゃないのぉ?バー君」 「ほれっ」 と言って俺にメニューを見えるように広げてくれた。 サオリ「何が飲みたい? てゆーか何が好き?」 俺「何でもイケますけど焼酎が好きですね」 サオリ「わたしもぉ 焼酎好きなんだ? いいよねぇ 2人はあまり好きじゃなくてねぇ わたしが寂しくいつも一人で焼酎なの 」 広美「だって匂いがちょっとね〜 でも良かったじゃん バー君が焼酎好きでこれからは 仲間が出来ていつでも飲みに行けるよ」 サオリ「そうよねぇ じゃ これからは呼び出しかけたらすぐ集合ね○○(苗字)君」 俺「!」「はい」 サオリ「きゃははは 『はい』って かわいいねぇ」 広美「うちの後輩をいじめるな」 サオリ「ごめ〜ん ついね 」 俺が入社してから広美先輩によく注意されてた事がさっきのサオリさんとの会話 でも如実に表れていた「はい」と先輩や客の注文に答えてしまう事だった。 広美先輩に常々「はい できますって答えるのは良い事だけど、それをできる 事なのかそうでないのかよく考えて判断しないと相手もそうだけど自分が一番 辛くなるからね」と でもサオリさんは初めの時点でそれに気づいていたみたいで俺によく会話の中で いたずらを仕掛けては屈託のない笑顔を見せていた。だんだんそうやって接して いく内にもうサオリさんの屈託のない笑顔や明るい性格に魅かれて話すのが 楽しくなっていた。 その日の飲み会は最後に携帯の番号を広美さん以外の2人と交換して終わった。 俺は業務上交換したくらいに思っていたけどそれが大間違いだった。 それから頻繁にサオリさんからかかってくるなんてその時点では 思ってもなかった。 それから2週間くらいは以前と同じように朝から夜遅くまで 仕事に明け暮れる日々が続いた。そんな時自分の勤めて いる店舗を閉店して、1km程離れた場所に店舗面積も駐車 スペースも倍近くある新店舗を年明けにオープンするという 話をマネージャーから呼び出され直々に知らされた。(以前から 社内では誰もが知ってはいたが) そしてその新店の店長には広美先輩が就くことになった。 とにかく新店の準備で近隣の店舗や今まで同じ店舗で 勤務していた先輩が全て借り出され、閉店する店舗を俺が任される事に なった。新人という事もあり研修もまともにする時間もなかったという事で 一人でやらせて見ようというのが上からの判断だった。 年末も押し迫ってきた12月24日 いつものように一人で 店を開け仕事をしていると、昼過ぎの3時くらいに店の 電話が鳴った。俺が受話器を取って事務的に言葉を 発していると、それを遮るように相手が喋りかけてきた。 「おつかれ〜」 サオリさんだった。驚いたが、条件反射で 挨拶を返す。「お疲れ様です。」 サオリ「今は大丈夫?お客さんいたりする?」 俺「いいえ 大丈夫です。今はいません」 サオリ「そっかぁ 暇なんだね ウチ(の店)も、売り上げ上がらなくて大変なのよぉ」 俺「そうですね」 サオリ「それよりさ バー君、今日の夜は何してますかぁ?デート?」 俺「いや 彼女がいたらデートしてますけどいないんで。夜は少し残って 仕事をしてようかなと思ってます。」 サオリ「そ〜なんだぁ 今日の夜さぁ、前のメンバーで飲みに行かない?」 サオリさんから誘われてうれしくなり、舞い上がりそうになった。 でも少し冷静に考えると今日中に終わらせないとならない仕事 が残っていた。サオリさんと電話で会話しながら残りの仕事を 片づける時間を計算して、少し遅れるかもしれない事をサオリさん に伝えて電話を切った。それからはなるべく閉店までいそがしく ならないようにと願いながら、残った仕事を早めに終わらせよう と奮闘した。なんとかいつもよりは2時間くらい早めにケリがついた。 あとは、残っているといっても自分の雑務だったので特に支障は ないと思い、いつもより少し早めの夜8時くらいに店舗を出た。 約束の時間は7時30分だったので車を飛ばして繁華街まで行っても 約50分くらい遅れる事になる。 約束の場所の居酒屋の近くの駐車場に車を止めて、店に 入った。クリスマスという事もあって、店内にはカップルが 目立った。店員に「何名様ですか?」と聞かれ、俺が「いや、 先にツレが・・」と言ったところで 「お〜い、こっち、こっちぃ」 と聞こえてきた。振り向くとケイコちゃんが手を振りながら叫んでいた。 テーブルには広美先輩とサオリさんが座っていて、 テーブルの前まで歩いて行くと、サオリさんが 「おっそ〜い 待ちくたびれたよぉ〜」と少しふくれて俺に言った。 俺「すいません 急いでやったんですがなかなか終わらなくて」 少し笑いながらサオリさんが「ちょっと怒ったふりをしてみた」と言って、 俺を席に促した。 飲みだして出てくる話はもっぱら新店舗の話だった。広美先輩が だいたい話のネタを振ってそれをみんなでつついていた。 けっこうお酒がそれぞれ回ってきた時に話題が仕事からプライベート な方向へ変わっていった。 広美先輩「バー君って彼女いないの?」 俺「いないですよ」と答えるとすぐに、 ケイコ「だって今日はイブだもん ねぇ?いたらデートしてるよね」 俺「そうですね」 サオリ「もうどれくらい居ないの?」 俺「1年くらいですね」 と言って、ふ〜んそっかみたいな雰囲気が少し流れて、俺も少し 酔いにまかせてケイコちゃんに話しを振ってみた。 俺「彼氏はいないんですか?」 ケイコ「ううん いないよぉ いたらたぶんここでは飲んでない」 そこでサオリさんがちょっとおかしな事を俺に言った。 サオリ「え〜 なんで?ケイコちゃんだけに聞くのぉ?」 俺「いや 別にそういうわけじゃないですよ」 サオリ「ひょっとしてケイコちゃんの事いいなぁとか思ってんじゃないのぉ?」 俺「いや 思ってないですよと言ったら、ちょっと失礼ですけど、そういう 意味じゃないですよ」 サオリ「ホントに〜?いやちょっと怪しい」 とその後、サオリさんからちょっとクドイなと思うくらい俺への ケイコちゃんが好きなんじゃないかという追求が続いた。 その後1時間くらいして夜11時を回りその日の飲みも 終わりになった。居酒屋を出てそれぞれの車に乗って駐車場を 後にした。駐車場を出て捕まらないように裏道を通り 10分くらい走った時に携帯が鳴った。 着信を見るとサオリさんだった。 車の運転をしながら電話を取った。 俺「もしもし」 サオリ「もしも〜し 今日はおつかれぇ バー君もう家に着いた?」 俺「いや まだ××(地名)の辺りを走って帰ってます」 サオリ「あのさぁ 今から飲みに来ない?」 俺「え?」 正直その言葉で俺の思考は一瞬そこで止まった。 なんで?さっきまで一緒に飲んでたはず、またみんな を呼び戻して別の店に飲みに行くのか?と思っていると サオリさんが電話口から続けて話しかけてきた。 サオリ「今、一人で飲んでるんだけど一緒に飲もうよ おいでよ」 ちょっと混乱気味にOKし、サオリさんから場所を聞いて車を 再び繁華街へとUターンさせた。 サオリさんが待つ店に向かうまでの車の中でいろいろ な考えが頭の中に浮かんでは消えていった。先頭に 「なぜ?」だった。店を変えて飲むんだとしても「なぜ」 広美先輩とケイコちゃんの前では言わなかったのか? やはりケイコちゃんの事をどう思っているのかの話しの くだりで何かサオリさんの気にかかる事があったのか。 結局考えなどまとまらないまま、車はもう店の近くの駐車場 に着いた。 サオリさんの待つ店は繁華街の中でも歓楽街と言われるような 場所の近くにあり、深夜でも人通りが比較的多い場所にあった。 店は地下1Fにあり、カウンターがあり、テーブルが4、5脚ある さほど広くはないがゆったりとした気持ちでお酒を楽しむといった 「BAR」だった。 店のドアを開けると、サオリさんがこっちに背をむけてカウンターで 一人で飲んでいた。サオリさんの横まで歩いて行き、「おつかれです。」 と声を掛けると、「おつかれ〜」とさっきまでとは違う少し憂いを纏ったような 雰囲気のサオリさんが居た。 何かさっきまでの雰囲気と違うなと少し違和感を憶えながら、 サオリさんの右隣の席に着いた。サオリさんの前に置かれている 透明の液体が注がれているロックグラスを見て俺が、 「何 飲んでるんですか?」 と聞いた。 サオリ「ん、焼酎のお湯割りだよ」 俺「そうですか 」 俺はさっきの居酒屋でかなり焼酎を飲んだのと、 明日は休みと言う事もあり、カウンターから目に入った バーボンを注文した。そこでサオリさんが少し驚いた感じで、 「え?バー君 そういうのも飲めるのぉ?」 俺「ええ、好きですね 仕事が休みとか次の日の事考えないでいい日 とかは飲みます」 サオリ「そうなんだ バー君ってお酒強いんだねぇ」 それから二人ともグラスは少しづつしか減らず、さっきまで飲んでいた 時のみんなの話や年末から年明けにかけての例年の店舗の状況なんかの 話しをしていた。でもさっきの店でのサオリさんの雰囲気とは明らかに違っていた。 会話の途中で時折見せる寂しそうな横顔、笑うといつもと変わらない屈託のない 笑顔。 この時はなんで?とぐらいにしか思ってなかったが、それから3ヶ月後、その疑問が解けた時 感じた言い様の無い虚脱感や今まで受けた事のない ショックはその時若かった事もあり、今でも昨日の事のように思い出す事があるんだ。 時計はもう1時半を指し、これを飲んだら帰ろうかとサオリさんが言った。 まだ二人のグラスにはそれぞれのお酒が残っていた。 サオリ「ねぇ バー君また誘ったら一緒に飲んでくれる?」 俺「いいですよ」 サオリ「ほんと?やった じゃまた電話するねぇ」 その日は気づくとかなりの量のお酒を二人で飲んでいた。 広美先輩からサオリさんはお酒が強いよとは聞いていたが 久々に足にくるくらい飲んでいた。帰りの車の中でサオリさん が俺を誘ってくれた理由について考えていた。きっと自分が 新人でまだ仕事や人間関係に慣れていないの見て気を使って くれたんだろう。あとサオリさんのお酒のペースに付き合いきれる 人が今まではいなかったんだと思い込みではあるけど結論を だした。サオリさんにどんどん魅かれていく自分に対してそう 線引きをせずにはいられなかった。 それから何度かいつものメンバーで仕事が終わって飲み に行った。だいたいが居酒屋に行って、仕事の話やプライベート のいろいろな事を話した。ある時不可解な事件があった。 4人掛けのテーブルでその日はたまたまケイコちゃんと俺が 隣に座っていた。普段と変わらず店舗の近況や新商品の情報 を交換したりしていた。隣という事もあり、俺とケイコちゃんが 二人で喋る事が多く、ケイコちゃんとは同い年で女の子としては かなり飲めるほうだったのでけっこう長い時間喋っていた。 ケイコ「バー君 次は何飲む?」 俺「それは何飲んでるの?」 ケイコ「グレープフルーツサワーだよ」 俺「どんな味、おいしい?」 ケイコ「おいしいよぉ ん、飲んでみる?」 とグラスを差し出されて、一口飲んでみた。ジュースみたい だったがけっこうイケる。 俺「うまいね これ 頼もうかな」 ケイコ「でしょ〜? これはオススメだよぉ キャハハ」 店員を呼んで注文をすませた直後、 俺が飲んでいて、カラだったグラスに焼酎がナミナミ注がれ 俺の目の前に置かれた。置いたのはサオリさんだった。 目の前にグラスを置かれ、俺は一瞬ひるんだ え?今注文したのを見てたはず。なんで? と思っていると、 サオリ「おかわり 作っておいたよ 」 少し投げやり気味に言った。 そうこうしている内に店員がグレープフルーツサワーを 運んできて俺の前に置いた。 俺の前に2つのグラスという奇妙な状況ができあがった。 サオリ「飲めるでしょ 強いから」 とまた、冷たく言い放った。俺もなぜかその 言い方に少しカチンときて、 「飲めますよ じゃ」と言って、グレープフルーツサワーの グラスを手に取り、流し込んだ。一旦勢いがついたら 止められず一気に全て飲み干した。 ケイコ「すっご〜い 全部いっちゃったぁ」 と俺は横で聞きながら、サオリさんに目をやった。 サオリさんはもうすでに広美先輩と笑いながら話を 始めていた。えっ?と呆気にとられていた。 それから何事も無かったかのように時間は過ぎて いった。結局その日の飲みも終わりみんなと別れた 後も俺は一人腑に落ちなかった。サオリさんは何で あんな事をしたんだろう?俺が何か気に触るような 事を言ったり、したのかと自分が喋った言葉を思い出した が特に気にかかるような事は言っていなかった。 まぁいいか、帰って寝よと車までの道を歩いていると、 携帯が鳴った。ポケットから取り出して見るとサオリさん からだった。 サオリ「おつかれぇ 今どこにいるのぉ?」 俺「おつかれです。今は××のゲーセンの駐車場まで歩いてる途中です」 サオリ「うそ?今私、そこにいるよ」 俺「そうなんですか?車置いてたんですか?」 サオリ「そうだよ もう近い?」 俺「ええ もう着きました」 電話をしながらサオリさんの姿が見えたので電話を切り 歩いていった。 サオリ「バー君、もう帰るの?」 俺「ええ 帰りますよ」 サオリ「何かこの後、用事あるの?」 俺「いや 特にはないです。帰って寝ようかなと」 サオリ「ねぇ 一緒に飲みに行こうよぉ」 さっきの居酒屋でのサオリさんの事が頭の中でよく 整理できてなく疲れていたのも重なって、もう直ちに ベッドに倒れこみたい気分だった。 俺「今日はもう、ちょっと眠たいんで」 サオリ「えぇ なんでぇ?行こうよ」 俺が少しどうしようか考えていると(頭の中では行かないと 決めていた) そこでサオリさんが 「じゃ一杯だけ つきあってよ いいでしょ〜 一杯だけだから」 と執拗に子供みたいにねだるサオリさんに折れる形で一杯だけ という事でOKした。 飲みに行く店は以前サオリさんが飲んでいたBARだった。 話しを聞いているとそこはけっこうサオリさんのお気に入りの 店だと感じた。 車をゲーセンの駐車場に置いたままそこから歩いて その店に向かっていた。 サオリ「私ね、すっごい冷え性で冬は指先とかすごく冷たいの」 俺「そうなんですか 」 サオリ「ほら バー君触って見て」と差し出された手を触るとかなり 冷たい。俺の手が暖かいせいかよけいにそう感じた。 サオリ「バー君の手 あったかいねぇ。 ねぇ店に着くまでつないで行こうよ」 俺「いいですけど 俺が冷たい」 サオリ「いいよ 私はあったかいもん」 サオリさんは微笑を浮かべながら、少しうれしそうに見えた。 長めのコートの袖から出た細くてきれいな指先が俺の右手と つながっていた。俺は少し混乱していた。ドキドキしているのが 右手からサオリさんに伝わるんじゃないかと。 サオリさんと手をつないで歩いているとさっきまで 頭の中で考えていた事がもう消えていた。うれしさと ドキドキでかき消されて跡形もなかった。 以前のBARでの寂しそうなサオリさんや居酒屋での事が 頭をよぎってきたが、もうその時はどうでもよかった。 ただ、今サオリさんと手をつないで歩いているそれだけで それまで霞んでいた視界がパァっと開けた感じがしていた。 でもそれは店に着き、サオリさんの過去の話しを聞いたとき さっきまで手をつないで歩いていた時は一番近くに感じられたサオリさん が遠く離れた場所にいるようなそんな感覚に駆られたんだ。 今思うと若かったんだと。 店に着き、俺もサオリさんもさっきまでの雰囲気のまま 二人とも楽しく飲んでいた。サオリさんは車が好きで 今まで乗っていた車の話や今、乗っている車をこれから こういう感じにカスタムしたいなどとうれしそうに話していた。 サオリ「この前の連休を取った時にね 車で、友達と温泉に行ったんだけど 帰りにすごくたくさんのバイクに乗って走ってる集団がいたの ちょっと怖かったけど、乗れたら気持ちいいだろうなぁって 」 俺「いいですねぇ 今は乗ってないですけど 春まで俺も乗ってたんですよ」 サオリ「えっ?そうなの バー君バイク乗ってたの?」 俺「 盗まれちゃったんですけどね 学校卒業してからこの春までずっと」 サオリ「そうか〜 なんかムカつくねぇ 人の大切にしてるものを盗るなんて でも もう乗らないのぉ?バイク」 俺「乗りたい気持ちは変わってないですけど もう少し仕事も落ち着いてから ですね」 サオリ「バー君がバイク乗る姿は想像つかないなぁ でもさぁ見てみたぁい 落ち着いてバイク買ったら 後ろに乗せてよ バー君」 俺「いいですね その時はバイクで遠くまで行きましょうか」 サオリ「約束だよ 一番に乗せてねぇ」 そう言うとサオリさんが小指をだした。俺も小指を出し、 小指をからめて縦に3、4回振って離した。 すごく幸せな気分になっていた。このままずっと楽しい時間 が続けばいいなと思っていた。でもしばらくの沈黙の後、 サオリさんから思いもよらない言葉を聞いた。 サオリ「あのね バー君」 俺「何ですか?」 サオリ「これから話す事は広美も知らない事だし、会社内でも 誰にも言ってない」 俺「ええ」 サオリさんは自分のグラスを指で触りながら、少し黙った。 サオリ「バー君 私、結婚していたの 」 俺「!」 俺は、表情は極めて平静を装っていたが、心は明らかに動揺していた。 少しの間を置き俺は「え?」と言葉を発したつもりだったが それは声になっていなかった。 サオリ「子供もいたの 一人」 続けざまにサオリさんの口から放たれた言葉が宙に浮かび、 ふわふわと漂っていた。その時間がどれくらいの長さだったのか、 今思い出してもわからない。ものすごく短かったようにも思えたし、 長い沈黙を過ごしたようにも感じた。 俺の頭の中は頭から冷たい真水をぶっかけられたような衝撃、そして 体の酔いが一気に醒めていくのを肌で感じていた。 俺「もう 別れたんですか?」 その時、自分の頭を整理する作業で精一杯の中、 ようやく発する事のできた言葉だった。 サオリ「もう ずいぶん前になるけどね なんでかな バー君には何でも話せる様な気がする」 サオリ「でもね この事は話さなきゃいけないと思ったのよ 理由はわからないけど そういう気がしたの」 もうすっかり酔いの醒めた頭でサオリさんの言葉を聞いている自分が そこにいた。サオリさんの伝えたい事は十分俺に伝わっていた。 それでも自分のサオリさんを想う気持ちは変わりなく、 目の前にいるサオリさんの事をもっと深く知りたがっている自分がいた。 その日は閉店になる3時までサオリさんと二人で飲んでいた。 二人で車を止めているゲーセンの駐車場まで歩いて行く途中 サオリさんが少しおどけた感じで 「今日はありがとうございました バー君 久々に楽しかったよぉ」 俺も同じ調子で 「いえいえ、こちらこそ また行きましょう」 サオリ「ん、そうだね あっそうだ 携帯変えたんだぁ 後で、写メ送るから着信にしてねぇ」 サオリさんと別れ、車で帰っている途中笑顔のサオリさんの 画像と『おやすみ』というメッセージが送られてきた。 車を運転をしながらゆっくりとさっきまでの事を 思い出しながら幸せな気分になっていた。 でもなぜか切なくて不安な気持ちが片隅に残っていた。 それはしばらくして広美先輩から俺に告げられた。 年が明け、半月程経った頃新店舗も無事オープンを迎えた。 年末にプレオープンという形で1週間弱程開けて、 そこで見えてくる問題点をクリアでき、予定よりも早めの オープンだった。それを受けて俺の任されている店舗は本格的に閉店 への準備を始めていた。店の片付けを少しづつしながら、いつものように 仕事をしていると男の客が来店した。 男「こんちは」 俺「いらっしゃいませ」 と言った後、顔を見ると、どうも見覚えのある顔だった。 男は入って来て俺を一瞥し、店内を見て回っていた。 その後振り返り、 「あのさ これについて聞きたいんだけ・・」 と途中まで言うと、俺の顔を見つめ 「あっ バーじゃんか? 何やってんのー ここで」 俺「やっぱり タカシくんじゃん なんか似てんなぁって思ったんだよ 」 俺が就職する前にバイトしていたショッピングモール内のテナントで シルバーショップの店長として働いていた人だった。(俺は別のテナントショップでバイトしていた) 年は10歳近く離れていたが、休憩時間が同じになる事が多く、話すようになり、 仕事終わりにはよく一緒に飲みに連れて行ってもらったりしていた。 仕事がらというよりもタカシくんはシルバーアクセサリーが とても好きで、いつも手首と指には銀色のリングを身に着けて いた。見た目には結婚もしていて、二児の父親には見えないような 感じで外見は20代後半くらいに見えた。 タカシ「何だ バーウチのすぐ近くで働いてたんかぁ 知らんかったなぁ 」 俺「タカシくん この辺に住んでの?」 タカシ「おお すぐそこ曲がったトコのアパート」 俺「じゃ ちょっと見てくるから 店よろしく 」 タカシ「バカ ふざけんな 仕事しろ」 タカシくんは俺にとって笑いながら冗談を言える数少ない先輩だった。 その日は他にお客も来ず、結構長い時間タカシくんと喋っていた。 タカシ「んじゃ そろそろ帰るわ バー仕事がんばれよ」 俺「ありがと 」 タカシ「また 近いうち来るからなぁ 」 俺「いつでもいいよ」 店を閉店するまでの1ヶ月くらいの間、タカシくんは 週1〜2回くらいのペースで店に遊びに来た。 だいたいがタカシくんの仕事が休みの時に一人で来る事が多かったが、 ある時は友達を紹介してくれて売り上げに貢献してくれたりもした。 店の閉店も一週間後に迫った頃、タカシくんが 遊びに来ていた。 タカシ「なぁ バー 近いうち飲みに行こうぜ」 俺「いいねぇ この店の閉店の片付けが終わって少し時間 が空くし、その頃にでも」 タカシ「おお そうしよぉ じゃそん時は仕事終わってから 連絡するわ」 俺「わかった」 タカシくんと約束して、その後店は予定どうり閉店した。 俺の次の配属先はオープンしたばかりで広美先輩 が店長として就いている新店舗に決まっていた。 新店舗はオープン前のDMや新聞へのオリコミ 広告がかなりの効果を発揮していて、他店と比べても月間で 2倍から2.5倍の売り上げを上げていた。新しく配属され、当初俺は緊張からか 普段では考えられないようなミスを侵すことがあった。 しかし、その都度、広美先輩や他のスタッフに助けられなんとか職場の 環境にも慣れてきていた。 俺がいつものように接客していると電話が鳴り、広美先輩が取った。 俺がお客と会話していると、電話を置いて広美先輩が俺を呼びに来た。 お客の前という事もあり耳打ちで 広美「××店から電話が入ってるから ちょっとマズイみたいなの」 それはサオリさんのいる店舗だった。 広美先輩に接客を代わってもらい電話に出た。 俺「おつかれさまです 代わりました○○(苗字)です」 サオリ「おつかれさま ○○(苗字)です そっちに××(商品名) の在庫があると思うんですけど もらえますか?」 俺「ええ いいですよ じゃ手の空いてる人が持って行きます。」 新店舗はいつも余裕をもって在庫をかかえていて、他店から 欲しいと言われる事は珍しい事じゃなく俺も何度か他店に 持って行ったりしていた。 サオリさんが小声で 「ダメなのよ バー君が持ってきてくれなきゃ」 俺「え?何でですか?」 サオリ「今ね 少し酔っ払ってて、何か変なお客が来てるの」 俺「わかりました 15分くらいで行けると思います」 一応、広美先輩に確認を取り、コートを持ってすぐに 車に乗った。 何も無い事を願いながら、車を飛ばし、 15分くらいでサオリさんの店舗に着いた。 車を降り、少し足早に店のドアを開けた。 入ると店内には誰も居なく、店内BGMだけが流れていた。 おかしいなと思い、カウンターを入りバックヤードをのぞくと、 そこには少し怯えた感じのサオリさんが一人で椅子に座っていた。 俺「おつかれです。大丈夫ですか?」 サオリ「あっ バー君 おつかれぇ もうねぇ くたくたなのよぉ」 俺「どうしたんです?何かされたんですか」 サオリ「あのね 訳の分からない事を大声で怒鳴るように 言われてすごくびっくりしたの」 俺「もうその人は帰ったんですか?」 サオリ「うん つい5分くらい前にね でもちょっと足が震えたよぉ」 少し無理して俺に笑いながらけなげに話すサオリさんを見ると たまらなくなり、酔ってからんだ客に怒りが沸いてきた。 俺が少し黙り込み考えていると、サオリさんが感じ取ったようで、 サオリ「バー君 お客さんと関わる仕事だからね多かれ少なかれ そういう事もあるから あまり悪いように考えないでね」 サオリ「それより来てくれてありがとう 新店の方、今日もいそがい んでしょう?」 俺「いえ 今日はそんなにはいそがしくないです」 サオリ「そっか じゃ少しゆっくりしてい行きなよぉ コーヒーがいい? お茶がいい?」 俺がコーヒーがいいと言うと サオリさんは立ち上がってコーヒーを淹れ始めた。 待っている間、机の上を見るとサオリさんのバッグや携帯、 外してあるアクセサリーが整理して置いてあった。 女性モノのアクセサリーのリングを見ながら、 俺「また最近シルバーものってけっこう流行ってるんですか?」 サオリ「うん 最近特にねぇ 本とかにも取り上げられてて、 けっこう流行ってるみたいだね」 サオリ「あっ でも私はその前から好きだよぉ 」 と微笑みながら俺の前にコーヒーを置いてくれた。 サオリさんもコーヒーを飲みながらそれから少しの間 二人でとりとめのない話ををしていた。 俺「じゃ そろそろ 店に戻ります 気をつけてって言うのも 変ですけど また何かあったら電話ください」 サオリ「うん でもすぐ来てくれてありがとねぇ 気持ちも 落ち着いて助けられたよ バー君」 俺「広美先輩にも何もなくて良かったって伝えておきますよ」 店を後にする時、店内から俺に手を振るサオリさんを見て、 平常心の自分が居た。もう自分にとってサオリさんの存在が かなりの大きさになっていた。いつもの笑う姿やさっきまでの少し怯えて いた姿、憂いを纏った姿。想い始めると我を忘れ始めていた。 店に帰り、広美先輩から何気ない一言を聞くまでその気持ちは 醒めなかった。 自分の店(新店舗)に着き、店内に入ると広美先輩が接客を していた。自動ドアの音で俺に気づき、少し離れた場所だったが 広美先輩は口パクで 「大丈夫だった?」 と聞いてきた。俺が首を縦に振ると、ほっとした笑顔を見せ、 そのままお客の相手を続けた。 バックヤードに入りパソコンで残っていた自分の仕事を していると接客を終えた広美先輩が顔をのぞかせた。 広美「サオリ どうだった?大丈夫だったの?」 俺「ええ 俺が着く少し前にそのお客は帰ったみたいで サオリさんには何もなくて良かったです。」 広美「よかったぁ 最近変な人が多いみたいだからねぇ」 俺「でもサオリさん ちょっと怯えてました」 広美「そうよね 怖かっただろうね」 広美「私だったら 彼氏に電話するかもなぁ サオリはしたのかな?」 ぽつりと独り言のように広美先輩がつぶやいた。 俺「サオリさん 彼氏いるんですか?」 広美「うん いるよ」 広美「でも最近はサオリから話し聞いてないかなぁ 前は一緒に 飲んでてよく電話したり、掛かってきたりメールもしてたけど」 俺「そうなんですか」 広美「バー君が入社する前くらいだったかなぁ それから4人で飲みに 行くようになり始めてからは電話したりとかは見てないかな 別れたのかな?」 広美先輩の話を聞きながら、なんとか顔を作って「へぇー」という表情 をしている自分がいた。その時入り口の自動ドアが開く音がして 反射的に店内に出ようとすると、広美先輩が 「いいよ それ(パソコン)続けててていいよ」 と俺を制してバックヤードを出て行った。 その日の仕事も終わり、後はバックヤードで一日の事後処理を している時、俺の携帯が鳴った。着信を見るとタカシくんだった。 俺「もしもし」 タカシ「もしもし バー?仕事はもう終わったか?」 俺「うん もう終わるよ 」 タカシ「そっか 俺ももう少しなんだよ それより今日は空いてるか?」 俺「うん 大丈夫 ヒマだよ」 タカシ「じゃ終わったら飲みに行こうぜ」 俺「いいよ 」 タカシ「どうせなら市内(繁華街)に出ようと思ってるけど バーどっか行きたいトコあるかー?」 俺「いや 特にない タカシくんまかせるよ」 タカシ「おお、わかった 店決まって仕事終わったらまた 電話する。」 電話を切り、15分くらいで事後処理も片付き、車でどこともなく 繁華街の方へ車を走らせていた。 運転していると、タカシくんから電話があり、居酒屋で飲もう という事になった。場所はいつも4人で飲んでいたトコから 近い事もり、すぐにわかった。 タカシくんの仕事が少し長引き、俺は先に店に入って 待っているとタカシくんが10分遅れくらいで店に入って 来た。 タカシ「わりぃな 売り上げと金庫とが合わなくてな」 俺「ちょろまかしてんじゃないの?店長?」 タカシ「あほ 」 正直その日タカシくんに誘われて、俺は救われていた。 何も無くまっすぐ家に帰ると昼間の広美先輩の言葉を思い出し あれこれと余計な事を考えているはずだった。 タカシくんと飲みながら、いつものようにバカな話や 俺がショッピングモールでのバイトを辞めてから いろいろ変わった事なんかを喋っていた。 居酒屋で2時間くらい飲んだ頃、そろそろ出ようかと タカシくんが言った。 タカシ「この後どうする?きれいなコの居る店(ラウンジ)にでも 行くか?」 俺「そうやね 行きたいけど今日は持ち合わせがあんまり・・」 タカシ「そっか 俺もオゴってやりたいけど、つい最近2人目が 生まれてまだあんま余裕ねぇんだ」 俺「じゃ 俺が知ってるトコでよかったらそこ行く?」 タカシ「お?おまえ いろいろ遊びまわってるんだろ?」 俺「いや いや 会社の先輩に連れて行ってもらって知ったトコだよ」 タカシ「どんなとこだ?そこ」 俺「BARだよ」 タカシ「そっかぁ 女と飲みたくねぇか? バー」 俺「そりゃ そうだけど 今日は貧乏だし」 タカシ「俺の友達で前はお水で働いてたコがいるん けど今から呼んでそこで飲まねぇか?」 俺「いいよ 」 それからタカシくんは電話でそのコに連絡を取っていた。 タカシ「OK! なんか飲みに出てるらしくて30分くらい 後にまた連絡くれって」 俺「じゃ 行ってようか」 店を出て、いつもサオリさんと一緒に行ったBARまで 行く途中、タカシくんがさっき電話をしていた相手が 広美先輩だとは知る由もなかった。 タカシくんと店に着き、二人で少しの間飲んでいると、 タカシくんの携帯が鳴った。さっき連絡をしていたコ からだった。タカシくんは、しばらく話して電話を切った。 タカシ「今、近くまで来てるってよ もう一人一緒に飲んでた 友達連れてくるらしい」 俺「そうなん 」 5分くらいして店のドアが開く音がして、ドアを背に して飲んでいた俺が振り返ると、そこには会社の制服姿の広美先輩と サオリさんが居た。 タカシ「よぉ 久しぶり こっち こっち」 と手を上げて広美先輩を呼んだ。 広美先輩とサオリさんがテーブルの横まで歩いて きて初めて広美先輩は俺に気づいた。 広美「あれぇ? バー君?何でここにいるのぉ?」 サオリ「あっ? ホントだぁ バー君じゃん」 俺「えっ?タカシくんの友達って広美先輩だったんですか?」 タカシ「ん?知り合いだったんか バー」 俺「そうだよ 同じ会社の先輩だよ」 タカシ「何だ そうだったんかー 同じ職種だなぁとは思ったけど 一緒の会社だったんか」 少し驚いたままの雰囲気で2人と喋っていると、 タカシ「まぁ座れよ 久しぶりだなー 広美 あとサオリも」 広美「ひさしぶり 元気だった?」 タカシ「おお 全然 サオリも久しぶり 元気かー?」 サオリ「そうだね ちょっと疲れてるけどねぇ」 それから4人掛けのテーブルに、広美先輩はタカシくん の右隣に座り、サオリさんは俺の隣の席に着いた。 疲れているせいかサオリさんはたまに会話に加わる くらいであまり喋ってはいなかった。 俺「サオリさん あんまり元気ないですね やっぱり昼間の事ですか?」 サオリ「ううん それは大丈夫なんだけどねぇ あの後けっこういそがしく なってね その愚痴を仕事終わって、さっきまで広美と喋ってたのよ」 俺「そうなんですか 広美先輩とけっこう飲んだんですか?」 サオリ「そんなには飲んでないよ」 いつもより若干声も小さく、サオリさんの表情にも疲れの色が 出ていたのでその後は俺があまり喋りかけるのもかえって疲れ させるんじゃないかなと思っていた時 タカシ「こら バー サオリとばかり話してるって広美が 怒ってるぞ」 広美「うそ 怒ってないわよぉ 今日はサオリ、お昼大変だったもんね バー君」 俺「そうですね 」 タカシ「何?何かあったんか」 タカシくんがそう聞いた時 サオリ「やめて 」 と静かだったサオリさんがはっきりした口調で言った。 少しの間、その言葉に俺もタカシくんも黙り、そのテーブルから楽しい 雰囲気が消えた。少し間をおいて、サオリさんに話しかける事ができたのは 広美先輩だった。 広美「サオリ、ひやかすとかそういうふうに聞こえたのなら ごめん でもこうやってみんなで楽しく飲みながら 少しでもその事が和らげればいいかなと思ったの」 サオリ「広美がそういう意味で言ったんじゃないって事 はよくわかってるの 」 サオリ「でも・・・」 サオリさんは自分の考えを頭の中で整理しているように見えた。 でもすぐにみんなに微笑みながら サオリ「疲れてるのかな? 今日は帰ってゆっくり休むよ ごめんね なんか一人で・・・ 」 と言うとサオリさんはバッグに携帯をしまい帰る支度を 始めた。 広美「疲れてるのに引っ張り回してごめんねぇ 」 サオリ「ううん なんだか疲れてるの自分でも気づかないくらい だったみたい また体調整えて飲みに来るよぉ」 俺「車まで送りますよ」 タカシ「おお バー そーしろ 」 サオリ「ありがとう でもいいの すぐそこに車止めてるから ありがとね バー君 」 と言った後、またねと言ってサオリさんは帰って行った。 その後は2時間くらい3人で飲んで車まで一緒に歩いて別れて帰った。 俺は車を運転しながらとにかくいろんな事があったなと 思いに耽っていた。 仕事中に会った時、サオリさんはいつもの感じだった 広美先輩の話からしてもサオリさんと2人で飲んでいる 時も変わりなかったような口ぶりだった。 BARに来て昼間の事を話し出した時にサオリさんの雰囲気 が変わった。いやその前からあまり喋る事は無かったようだった。 どこまで考えてもサオリさんが疲れていたんじゃないかと 思う堂々巡りになっていた時、携帯が鳴った。タカシくんだった。 俺「もしもし」 タカシ「もしもし バー? もう帰ったか?」 俺「いや もう少しで家に着く」 タカシ「そっか、でも今日はサオリ疲れてたみたいだな」 俺「そうだね だいぶね」 タカシ「それよりさ ちょっと気になる事があるんだけどな」 俺「何?何かあった」 タカシ「おまえ サオリの事気になってるだろ?」 俺「え?何で」 タカシ「おまえがサオリと話してるの見てて思ったけど 違うか?」 俺「うーん 違わない」 タカシ「何だそりゃ?はっきり言ってみろよ」 俺「気になってるよ かなり」 タカシ「そっかー おまえ付き合うのか?サオリと」 俺「いや まだそこまで考えてないよ 俺の気持ちがサオリさんに 伝わってるのかどうかもわからないし」 タカシ「仕事は仕事で割り切ってからにしろよ」 俺「わかったよ てゆーかそれはきちんと割り切ってるつもりだよ」 タカシ「そっか じゃまた飲もうぜ 近いうちに」 俺「そうやね 」 電話を切り、サオリさんと話している時の自分はやっぱり 外から見るとうれしそうな雰囲気で、タカシくんにもわかった んだろうと思った。 タカシくんに聞かれたのもあり、もうサオリさんの事を想う時の自分 の気持ちに正直になるとその時決めていた。 今、サオリさんの事をどれだけ知っているのかなんて わからない自分がいた。でもサオリさんを想う気持ち にもう歯止めが利かない事だけはわかっていた。 相変わらずいそがい新店舗で俺は毎日時間に 追われながら仕事をしていた。俺が新店舗に配属され2ヶ月が経ち 仕事中はいつもスーツの上着は脱ぐくらいに暖かくなっていた。 いつものように広美先輩とケイコちゃんとサオリさんと俺の4人 で飲む事が何度かあった。 以前のようにみんなで飲んでいても、ちょっとしたサオリさんの仕草や 何気なく俺に喋りかける言葉にサオリさんを明らかに意識していた俺は もう抑えきれないくらいドキドキしていた。 ケイコ「バー君?聞いてる 」 俺「うん 」 ケイコ「うそ 今、話聞いてなかったでしょ?何話してたか言ってみてぇ」 俺「えっとね・・・ ごめん うそついた」 ケイコ「やっぱり ねぇ 最近なんかおかしいよ 何かあった?」 俺「いや 何も 昼間、新店が相変わらずいそがしいからかな?」 ケイコ「ふ〜ん 」 と言いながらケイコちゃんはわからないなぁという表情を浮かべて ちょっと考えていた。少し間を置き、俺にしか聞こえない声で ケイコ「ねぇ バー君 彼女か好きな人できたんでしょ?」 俺「!」 俺「え?なんで?」 ケイコ「やっぱり!そうなんでしょ 彼女できたのぉ?」 俺「違うよ いないよ」 ケイコ「隠さなくてもいいよぉ 私ね友達とかでもけっこうわかるんだぁ」 とケイコちゃんは俺に目配せのような感じでサオリさんに目をやった。 俺はもう言い訳してもしょうがないと思い 俺「いつ 気づいたの?」 ケイコ「一緒に飲んでる時 バー君少し怒って一気でお酒 飲んだ時あったでしょ あの時くらいからかな」 俺「そっか でも付き合ってるわけじゃないよ」 ケイコ「そうなんだぁ 」 「2人でさっきから何の話してるのぉ?」 とサオリさんが話しかけてきた 俺「いや 大した事じゃないですよ」 サオリ「なに〜?気になるなぁ」 ケイコ「バー君がサオリさんと同じ店舗じゃなくて良かったよねって」 サオリ「ちょっとぉ それどういう意味?」 サオリ「バー君 ちょっとこっちに来て座って」 俺「いや 俺そんな事言ってないじゃん」 とケイコちゃんを見たが少し舌を出しておどけていた。 その後はサオリさんの横に俺が座り、広美先輩はケイコ ちゃんの隣に移動して、店を出るまでサオリさんの 追求をはぐらかすのに精一杯だった。 サオリさんに顔を近づけられて話しをしているとあやうく自分 の気持ちを今ここで吐き出して楽になってしまおうか という考えも浮かんでくるくらいだった。 今、考えるとケイコちゃんの狙いがそうだったのか なとも思えてくる。 もう11時を回りそろそろ出ようかと広美先輩が言った。 広美「明日はみんな休みだっけ?」 ケイコ「休みですよ」 サオリ「私もぉ 連休取ってる」 俺「明日は仕事です。明後日が休みです」 広美「じゃ 店代えて飲みに行こっか?」 俺「いや 俺、仕事なんですけど」 広美「ダメ 今日はサオリをいじめたから 店長命令だからね」 と微笑みながら広美さんが続けて 広美「そんなに遅くまでは飲まないから、少しだけだから いい?」 俺「いいですよ」 広美「やった ねぇ サオリとバー君とで前に飲んだ店に行こうよ」 サオリ「いいよぉ 」 BARまで歩いて行く途中、サオリさんは明後日 俺と休みが重なるなぁと居酒屋での言葉が 頭の中で何となく気になっていた。 明日が休みという事があり店に着いてから 俺以外の3人はけっこう早いペースで飲み始めていた。 中でも広美先輩はかなり酔っているようだった。 広美「ねぇ バー君 いつも仕事終わってから何してるの?」 俺「普通に帰るか、友達とメシ食べに行ったりしてます」 広美「そう 彼女は?」 俺「いや いないですよ」 広美「うそぉ? いるって言ってなかった?」 俺「言ってないですよ」 広美「じゃあさぁ もしここの3人で付き合うとしたら誰と付き合う?」 俺「かなり酔ってませんか 広美先輩?」 広美「酔ってないわよぉ ねぇ誰?」 サオリさんが隣に座っていて俺がこれから 言う言葉を聞いていると思うと、俺はかなり困惑して、 どう答えるべきかわからなくなっていた。 俺「そういう目で見た事がないから、正直わからないです」 広美「それじゃあ 答えになってないよぉ」 広美「あ、わかったぁ 答えられないのは誰か気になる からでしょう?」 とっさに 俺「違いますよ そういうわけじゃないです」 広美「どっちなのぉ?ケイコちゃん?サオリ?」 ケイコ「え?私なの?気づかなかったよぉ バー君」 ケイコちゃんは広美先輩の隣に座っていて、見えないよう にウィンクして俺を助ける?サインを出していた。 サオリ「そうなんだぁ ケイコちゃんいいコだもんねぇ」 ケイコ「そうですよぉ いいコですよぉ かわいいし」 広美先輩は笑いながら 広美「自分で言ったなぁ 」 ケイコ「言いましたぁ」 ケイコちゃんのおかげで広美先輩の質問から なんとか逃れる事ができた。でもサオリさんに 俺がケイコちゃんの事が気になってるような 感じを植えつけてしまってるんじゃないかと思っていた。 その後、1時間くらい飲み、もう0時を回っていた。 ケイコちゃんが帰る支度を 始め、広美先輩もケイコちゃんの車で広美先輩の車 の所まで送って帰る事になった。 広美「じゃ帰ろっか サオリはどうする?」 サオリ「ん、もう少し飲んで帰る 明日は休みだし」 広美「そっか じゃバー君サオリをよろしくね」 俺「え?俺も帰るんですけど」 広美「こら 女をこんな時間に一人で帰したら危ないでしょ サオリを送って帰ってあげて」 その後小声で 広美「さっきはごめんねぇ ちょっと酔ってたから」 俺「え?」 広美「じゃ おつかれぇ ちゃんと送って帰るのよぉ」 返事をすると広美先輩とケイコちゃんは帰って行った。 2人が帰ってから、4人掛けのテーブルから俺とサオリさん はカウンターに移動して飲んでいた。 サオリさんと飲みながら、帰り際の広美先輩の言葉 が気になっていた。ひょっとして広美先輩は俺がサオリ さんの事が気になっているのをわかっていてそういう 質問を投げかけてきたんじゃないか?それとなくサオリさん の前で言わせようと思い俺に聞いてきたんだろうか? と少しの間黙って考えていると、 サオリ「連休取ったはいいけど明日から何しようかなぁ?」 俺「どこか行かないんですか?」 サオリ「友達と泊まりで買い物行く約束してたんだけどねぇ 友達の都合が悪くなって休みが空いちゃったのよぉ」 俺「そうなんですか」 サオリ「とりあえず明日は部屋の掃除をしようかぁ でもお休みもう1日あるよぉ」 俺「どこ行く予定だったんですか?」 サオリ「ん、○○(地名)だよぉ 行きたかったなぁ」 それはこの街から車で1時間くらい走ったところで この街に比べ、かなり拓けている街で俺も休みの日には たまに日帰りで買い物に行ったりしていた。 ちょっとがっかりした顔をして隣で飲んでいるサオリさんを 見て、俺は何とかできないかなと思っていた。 それからはほとんどサオリさんの休みが予定どうりだったら友達と 行くはずだった、店の話をサオリさんは俺にしていた。 サオリさんはかなり飲んでいたのもあり、少し残念そう にいつもよりよく喋っていた。 俺「買い物、ほんとに楽しみにしていたんですね」 サオリ「そうなの 今年のねぇ カッコイイ夏服を揃えようと思っていたのよぉ」 俺「そうなんですか サオリさんカッコイイ服って似合いそうですね」 サオリさんは微笑みながら 「ありがとう バー君 何か愚痴聞いてもらってるみたいに なっちゃった ごめんねぇ 明日仕事なのに」 俺「いいですよ そんなに飲んでないし」 サオリ「そっかぁ 明日行ったら休みだしねぇ」 俺「そうですね 俺も休みの日は時々○○(地名)の街に 買い物行ったりとかしてますよ」 サオリ「そうなのぉ? どこのあたりによく行くのぉ?」 買い物に行く時の、街の話をしていると、街自体が狭い事もあり、 よく行く店が2、3軒カブっていた。サオリさんは、 少し、はしゃぐように笑顔で俺に店の事を喋っていた。 その笑顔を見て俺はその時、サオリさんを誘おうと決めていた。 俺「 明後日の休み、ドライブがてら○○(地名)まで一人でバイクを 見に行こうと思ってるんですよ」 サオリ「ほんとぉ いいねぇ」 サオリ「バー君 ついにバイク、買うのぉ?」 俺「すぐには決めないですけど、欲しいバイク は頭の中にあるんでじっくり見ようかなと」 サオリ「そうなんだぁ ねぇバー君、私とした約束憶えてる?」 俺「『一番最初に後ろに乗せる』でしょ」 サオリ「ちゃんと憶えててくれたんだぁ 」 俺「 サオリさん」 俺の口調が少し変わり、サオリさんはちょっと不思議そうに 「何?」 俺「明後日、時間空いてたら、○○(地名)まで 買い物とバイク見に一緒に行きませんか?」 サオリ「え?」 俺は酒の勢いを借りようと 思っていたがサオリさんを誘う言葉を言うのが精一杯で グラスにはほとんど注がれてそのままの 焼酎が残っていた。 サオリさんは少し驚いた顔をしたが、すぐに 「ほんとに〜?行きたいよぉ いいのぉ?バー君」 俺「いいですよ 」 サオリ「やったぁ すごいうれしい〜」 隣で無邪気に屈託のない笑顔を浮かべて、喜ぶサオリさんを見て、 俺はすごくうれしくなっていた。サオリさんを誘う までは、かなりドキドキしていた胸の鼓動が、 うれしさでもうどこかに吹き飛んでいた。 その日は細かい事は決めず、明日、俺の仕事が 終わってから連絡を取ろうという事になり、 帰る途中、車を運転していると じゃあ、また明後日ね〜 おやすみというメールがサオリさんからきた。 うれしくて、うれしくて、他に何も考えられなかった。 部屋に帰ってからサオリさんを誘った時のドキドキが体中に急に甦ってきていた。 その日はその幸せな気分のまま眠りについた。 あの時、サオリさんが買った薄いブルーのサマーニットは、 今でも鮮明に思い出せる。 夏の真夜中の雨に打たれて 殴りあった日、激しい雨に打たれながら、 確かにサオリさんはその服を着ていた。 次の日の仕事は夕方くらいまで特に変わった事もなく 終わりに近づいていた。お客の流れも落ち着き、俺は 整理する書類に目を通しながらバックヤードで朝淹れて、 少し苦くなったコーヒーを飲んでいた。ポケットで携帯が鳴り見るとサオリさんからメールがきていた。 ≪おつかれ〜 店はいそがしい?今日の夜9時くらいに電話するね≫ と 俺は≪店はそうでもないですよ。わかりました。今は何してるんですか?≫と返信 し終わった時、店の自動ドアの開く音がして、接客につき、それからは1人 帰っては、また別の接客の繰り返しが閉店まで続いた。 店を出て車の中で時間を見ると8時30分を回っていた。 サオリさんの返信のメールを見ると毛がフワフワのネコと笑顔のサオリさんが一緒に 写っている写メールと一緒に≪今はこのコと遊んでた〜。≫というメッセージが入っていた。 帰る途中の運転はサオリさんのメールで少し うれしくなっていた。家に着き前に送られてきた サオリさんの画像や今日のネコとの写メール を見ていると電話が鳴った。 サオリ「もしもし バー君?仕事はもう終わったぁ?」 俺「ええ さっき部屋に帰ってきました。」 サオリ「そっか おつかれぇ ねぇ明日の事なんだけどさ」 俺「ええ」 サオリ「○○(地名)まで私の車で行かない?」 俺「え?いいんですか?俺、車出しますよ。」 サオリ「いいの 私、最近休みの日はあまり車動かしてない し、少し長い距離運転してみたいの。」 俺「そうですか わかりました じゃあ乗っけてもらって いいですか?」 サオリ「いいよぉ そのかわり助手席で怖くなっても降ろさないからね〜」 俺「まじですか?カンベンしてください。」 電話口の向こうでサオリさんは無邪気に笑っていた。その後も 2人が行きたいところを出し、行く店はだいたい決まった。 待ち合わせは俺の家から歩いて行けるという事もあり 朝10時にサオリさんの店舗の近くのファーストフード店という事になった。 次の日少し早めに着き、俺が窓際で店の前の道を眺めながら 店内でコーヒーを飲んでいると 白い車体にいろいろなカスタムをしてある車に乗ったサオリさん の車が俺の見ている道を横切って来た。 サオリ「バー君 おはよぉ 待った?」 俺「さっき来ました。」 俺の座っている席まで歩いて来るサオリさんは スラっとした長い脚にブーツカットのジーンズと 白のパンプスがよく似合っていた。髪はいつもと 少し違うのに気づいた。 俺「あれ?サオリさん、パーマかけましたか?」 サオリ「へへぇ ちょっと違うでしょ カーラーがうまくいったのぉ」 ちょっと得意な顔でと肩くらいまである長さの髪の毛先を指で触りながら サオリさんは言った。 すぐに店を出て、サオリさんの車に乗り出発した。 車の中はいつもサオリさんのつけている香水の 香りがして、改めてサオリさんと2人でこれから 出かけるんだと思っていた。 ○○(地名)に行く途中の車の中では 最近あった事やこれから行く店の話しをしていた。 平日という事もあって渋滞も全然なく、ちょっと予定より早めに着きそうな感じで走っていた。 サオリ「けっこう早めに行けそうだねぇ」 俺「そうですね」 サオリ「お昼ごはん、どうしよっか?」 俺「サオリさん何が食べたいですか?」 サオリ「そうだねぇ う〜ん」 と少し真剣な顔で考え、 サオリ「お好み焼きが食べたい! 昨日テレビで 見ててね すごくおいしそうだったのよぉ」 俺「少し遠回りになるけど、おいしいお好み焼きの店 知ってるんでよかったらそこ行きません?」 サオリ「ほんとに?いいよぉ まだ早いしねぇ」 サオリさんと向かっていた街に、俺は学生の頃、1人で 2年間暮らしていた。その頃、よくツレと一緒に(1人でも)バイクに乗りいろいろ な場所へ出かけては遊んでいたのもあり、おいしい食べ物屋や楽しかった 遊び場は頭に残っていた。 朝から晴れて天気も良く、全てが自分に味方してくれてるような 感じさえしていた。 その時の事を思い出すと今でも懐かしさやうれしさで少し胸が締め付けられる時がある。 でもそれは俺の知らない所で サオリさんとの関係が少しづつ変わっていった日でもあった。 店に着き、時間を見るとまだ11時過ぎだった。 少し昼ごはんには早い事もあり、店内には 人もまばらで空いていた。 俺が勧めたその店のスペシャルのお好み焼きを サオリさんも注文した。 少しサオリさんと話をしていると、ふいにサオリさんの バッグの中で携帯が鳴った。 サオリ「もしもし、あ、うん」 電話で相手と話しているうちになんだかサオリさんの表情が少し づつ曇っていくように見えた。 2,3分話した頃サオリさんは少し口調を強めに 「だから そういう日もあるから・・ うん 無理なのよ うん、わかったから じゃ」 電話を切り、 サオリ「ごめんねぇ なんか友達が急に遊ばないかって 電話してきてね」 俺「いや 全然 でも今日約束か何かがあったんですか?」 サオリ「ううん 違うのよ 突然なのよぉ だから気にしないで、バー君」 話していると、注文したお好み焼きがテーブルに運ばれて きた。サオリさんが一口食べて、俺も食べたが、すぐにどうかなと 気になって、サオリさんに目をやった、 サオリ「おいしい〜 ねぇ、バー君」 俺「ほんとですか?よかった」 サオリ「すごくおいしいよぉ このお店連れてきてくれて ありがとね 」 俺「大げさですよ サオリさん」 サオリ「いや でもねぇ 昨日テレビで見た後から、おいしいお好み焼き がほんとに食べたかったのよぉ なんだかうれしい〜」 俺「そう言ってもらえると俺もうれしいですよ」 その後はとりとめの無い話をしながら、2人でお好み焼きを食べて 店を出た。車に乗り込みさっきまでと変わらずサオリさんと 喋りながら移動していたが、俺の頭の片隅では店でのサオリさんの 電話が気になり始めていた。 サオリさんと話しながらも、俺の頭の中はさっきの電話の事を 考えていた。俺は以前、広美先輩とタカシくんと4人で飲んでいた 時、サオリさんが突然不機嫌になった時の事を思い出していた。 でも、それは店に来たお客に対しての不満だったんじゃないか? と自分に問いかけていた。 さっきの店で電話で話している時も、少しそれに近いような感じがした。 考えても、運転をしながら俺に笑顔で話しかけてくるサオリさんを見ていると わからなくなっていた。 運転しながら、少し右に顔を向けてサオリさんが話しかけてきた 「ねぇ バー君 ここ知ってる?」 俺「なんですか?」 サオリ「このビルの時計台ね 深夜0時ちょうどにすごくきれいに光るの」 サオリ「それとね 時計の盤のところからいろんなかわいい人形が 出てきて踊ったり、楽器を弾いたりしてかわいいのよぉ」 俺「そうなんですか 時計台があるのは学生の頃から知ってたけど、それは 知らなかったです。」 サオリ「ここにね 深夜にカップルでそれを見に来るとね うまくいくって言われて るんだってぇ」 俺はふ〜ん、そっかと思いながら、サオリさんがなんでこの街の そんな話をしってるんだろう?と何となく思っていた。 街の中心に着き、車を降りてアーケード街を2人で 歩きながら主に服や雑貨なんかを見て買い物をしていた。 2人で東急ハンズの雑貨を見ていた時、サオリさんが 「ねぇ バー君これ見て かわいいよぉ」 と緑色をしたまりものマスコットが着いた、携帯ストラップを手に とって俺に見せていた。 俺「珍しいですね まりもって」 サオリ「ほんとねぇ いいなぁ これ〜 」 サオリさんはそのストラップを手にとって少し見ていた。 サオリ「ねぇ バー君もこれ付けない?」 俺「え?俺はいいですよ サオリさんどうぞ」 サオリ「え〜? なんで かわいいよぉ 」 と少しふくれていた。俺は以前サオリさんが俺を飲みに誘って 執拗にねだられて、最後は俺が折れた のを時の事を思い出していた。 少し残念そうに手にストラップを持ったままのサオリさんに 俺「いいですよ 今、俺ストラップ付けてないし」 サオリ「ほんと?じゃ買ってくるねぇ」 と言ってサオリさんはすぐにストラップを2つ持ってレジで会計を済ませて 来た。 レジから帰ってきたサオリさんに 俺「いくらですか?」と聞いた。 サオリ「ん、いいの これ」 と言って東急ハンズのロゴ入りの袋を差し出した。 俺「いや、よくないですよ 払わせてくださいよ。」 サオリ「ほんとにいいのよぉ 今日バー君に付き合ってもらって ほんと助かったから そのお礼だよぉ」と言って、 その後もサオリさんはお金を受け取らず、俺の言葉を遮って、 サオリ「それよりバー君 ストラップ付けてよねぇ 今度うちの店に来た時 にチェックするからねぇ」 と言ってサオリさんは少しうれしそうに微笑んでいた。 それからはバイクショップに行く途中で、予定にはしていなかった店 やCDショップなんかに少しブラブラと寄ってあまり買い物はせず、 見ている時間が多くなっていた。 俺「サオリさんまだ他に行きたい店ありますか? そろそろバイク見に行こうかなって思ってるんですけど?」 サオリ「ううん もうほとんど行きたい店は見たし、帰りにもう1つだけ 香水のお店に行きたいくらいかなぁ」 俺「じゃ ここから近いしちょっと見に行っていいですか?」 サオリ「うん いいよぉ 行こう」 店に着き、軒先に展示してあるバイクを見ながら少しサオリさんと 話していると店員が話しかけてきた。店内に入り、俺は店員と2人で喋って いた。出た当時まだ学生で実物を見た事がなかったのもあり、 俺は店員とR−1の話をしたり、4者のビッグネイキッドの話を聞いたりしていた。 10分くらい話した頃、店の外からサオリさんが 「ねぇ バー君 これは何ていうバイクなのぉ?」 とシルバーに輝く新車のタンクを指差して、話し掛けてきた。 サオリさんの脇に立っていたそのバイクはシルバーのXJR1300だった。 俺は店員との話を中断して、サオリさんの所まで歩いていき 「XJR1300 ヤマハのバイクですよ。」 サオリ「そうなんだ」 サオリ「何か ここに並んでるバイクの中でこのバイクだけ 少し変わってるよね」 俺「そうですか?これ(隣のバイクのカウルを指して)がない からですか?」 サオリ「それもなんだけど 何かうまく言えないなぁ」 とサオリさんはXJR1300の車体全体を見ながら少し 考えていた。 俺「学生の頃、俺このバイクの400ccに乗ってたんですよ」 サオリ「え?そうなの? バー君このバイクに乗ってたんだ」 俺「ええ このバイクよりは小さいですけど、3年くらい乗ってましたね」 サオリ「ねぇ バー君ちょっと乗ってみてよ」 サオリさんに促され、一応店員の方を見て、了解を取って 跨ってみた。 跨ってみて、どっしりとした車体と以前乗っていた同じ車種 ではあるが、しばらくバイクに乗っていなかったのもあり、 全く違う感じがしていた。 サオリ「あ、何かバイク乗ってた感じ出てるねぇ バー君」 俺「そうですか?」 店員「いい感じですね 乗ってみて感じはどうですか?」 俺「しばらくバイク乗ってなかったんでまだよくはわからんですね」 俺がバイクに跨ったまましばらく店員とXJRの話をしていると、 「よっ」 後ろから声が聞こえて、サオリさんがバイクの後ろに跨り、俺の腰に 手を回してきた。 一瞬、何が起きたかわからず怯んでいると、 店員「彼女さんもお似合いですよ XJRどうですか?」 と言われ俺はどう答えていいものかわからず少し困惑していた。 サオリ「すご〜い バイクの後ろってすごく高いんだねぇ」 サオリ「これで走ったら気持ちいいだろうなぁ 」 うれしそうにはしゃぎながらサオリさんは店員に何か質問していた。 服の上からでもわかるサオリさんの細い腕が俺の腰にまかれて いて、俺の鼓動は早くなり、さっきまでと同じように振舞う事ができなくなっていた。 それから他のバイクに跨ったり、見て、何台かのカタログをもらい バイクショップを出た。 サオリ「初めてバイクのお店行ったよぉ、あんなにたくさんのバイク 見たの初めて ちょっとびっくりしたぁ」 俺「サオリさん あのXJR気に入ってましたね」 サオリ「あのシルバーのバイクねぇ XJRって言うんだぁ 何かすごいキラキラしててキレイだったぁ バー君あのバイク似合ってたよぉ」 俺「前に乗ってたのも同じで、色はシルバーだったんですよ」 サオリ「そうなんだ 私、バイクの事はわからないけどあのバイクは すぐ気に入っちゃったよぉ」 排気量は違うが、俺が前に乗っていた同色で同車種のバイクを サオリさんが気に入ってるのを聞いて不思議な気持ちだった。 帰り際にサオリさんがバイクショップに行く前に言っていた香水の 店に寄っていた時、俺のポケットの中で携帯が鳴った。 着信を見ると、タカシくんからだった。 俺「もしもし」 タカシ「もしもし おー、バーか?今何してるんだ?」 俺「今は○○(地名に買い物に来てるよ」 タカシ「そっか なんだデートかぁ?」 俺「うん そんな感じかな どしたの?タカシくん」 タカシ「いや おまえ今晩ヒマか?ヒマなら飲みにでもと思ってな」 俺「たぶん 9時くらいにはそっちに戻ってるとは思うけど」 タカシ「そうだよな あんま邪魔してもワリぃからヒマなら 連絡くれるか?」 俺「いいよ ダメでも一応連絡は入れるから」 タカシ「おお ワリぃな じゃな ガンバレよ」 俺「うん じゃまた後で」 電話を切ってサオリさんを探して、見ると棚に置いてある 香水の匂いを試していた。 サオリ「電話もういいの?」 俺「ええ タカシくんからで、遊ぼうって」 サオリ「そう 」 と言ってサオリさんはまた香水を選んでいた。 サオリさんはその店で1つ香水を買って、店を出た。 駐車場まで2人で歩いて車に乗り込んで帰りの道 についた時は7時を回っていた。 サオリ「今日はけっこう買ったねぇ 」 俺「そうですね サオリさんいつも、これくらいは買うんですか?」 サオリ「ん、そうだね 季節の変わり目には買うけど今日は 特別多いよぉ すごく楽しかったよ バー君」 俺「俺も楽しかったですよ」 サオリ「今日はありがとう バー君 ほんと助かったよぉ でね、そのついでにお願いがあるんだけどねぇ」 俺「何ですか? とんでもないのはカンベンですよ」 サオリ「あのね・・・ またお互い休みが合ったらさ こんなふうに2人でどこか出掛けたりしない?」 俺「いいですよ また行きましょうよ 」 サオリ「ほんと?じゃさ広美になるべくバー君を多く休ませるよう 言っておくから」 俺「いや それはカンベンしてください 広美先輩に俺がやる気ないように 思われるじゃないですか」 サオリ「冗談よぉ 」 と運転しながらサオリさんは笑っていた。 だいぶ地元に近づき見慣れた景色の道を走っていた。 サオリ「もうすぐ着くねぇ バー君これからタカシと遊ぶの?」 俺「特に約束してるわけじゃないんでどうしよかなぁって」 サオリ「そっか 行っておいでよ 一日私に付き合って疲れたでしょ? だから男同士で遊んで発散させるといいよ」 俺「ええ サオリさんがそう言うなら 」 俺「でも 嫌々付き合ったわけじゃないですから サオリさんと一緒に○○(地名) に行きたかったから今日、誘ったんです」 自分でも口をついて出た言葉に、言った後自分自身驚いていた。 車内には少しの間、オーディオの音だけが流れ、 俺はもうサオリさんに自分の気持ちを今、全て言ってしまおうと 想いを言葉にしようとした時、サオリさんが 「私、バー君の事好きよ」 俺の頭の中は今サオリさんに言おうと思っていた言葉がグルグルと同じ 所を回っていた。 しばらく、サオリさんの車の少し低めのエンジン音とオーディオだけが 車内には流れて、俺もサオリさんも無言のままだった。 俺の頭の中にはもう何も言わず、すぐにでもサオリさんを抱き寄せる 事しか考えられなかった。 車は、朝サオリさんと待ち合わせをしたファーストフード店 の駐車場に着き止まった。 俺は運転席のサオリさんの腰にゆっくり自分の右手を回して サオリさんを自分の方へ引き寄せた。 サオリさんも逆らわず俺の腕に体を預けていた。 じっとお互い見つめ合いながら唇を近づけた。 目を閉じて、サオリさんの唇の感触を確かめようと 近づけると、俺の鼻のアタマに「チュッ」とやわらかい 唇が触れた。とっさに目を開けてサオリさんを見ると、 サオリさんは真剣なまなざしで俺の目を見つめていた。 サオリ「バー君・・ ケイコちゃんの事は気になるの?」 吐息まじりで、ささやくようにサオリさんは言った。 サオリさんは言葉の後、 真剣だけど少しだけ不安そうな目に変わっているように見えた。 その問いかけに俺は目の前のサオリさんがひどくいとおしく 切ない気持ちになりながら、 「俺が好きなのは今、ここにいるサオリさんだけです」 両手でサオリさんの肩と腰を抱き寄せて、俺に体を預けたままゆっくり目を 閉じたサオリさんにキスをした。 唇を重ねて、ちょっとだけ求め合って離れて、 2人とも吐息がかかる距離でうつむきあってさっきの余韻に 浸っていた。 サオリさんはうつむいていた顔を少し上げて、 「バー君 私、本気になっちゃうかもしれないよ」 とぽつりとつぶやくように言った。 俺「一緒に飲んでた時も仕事中に会ったときも」 「俺はサオリさんといる時はずっと本気でした」 正面にいるサオリさんの姿しか目に入らなかった。もう一度サオリさんに キスをしようと俺の両腕は無意識にサオリさんを自分の方に抱き寄せていた。 「ダメぇ 」 と言ったサオリさんの制止の言葉も聞かず、両腕に 力を入れて半ば強引にサオリさんの唇を奪おうとしていた。 サオリさんは俺の二の腕のあたりにゆっくりと手を掛けて、 やさしいけど、しっかりとした口調で サオリ「だめだよ バー君 今は一時の感情でこんなふうに なっちゃったけど・・・」 「私もバー君も、戻れなくなっちゃうよ」 俺「サオリさん、俺は戻るつもりは・・」 と言うとサオリさんはその言葉を遮って、 サオリ「私の気持ちを伝えて、バー君も同じ気持ちで いてくれて私、今すごくうれしいの」 サオリ「でもね・・・ 」 サオリさんは少し頭の中で次の言葉を選んでいる感じだった。 俺の頭の中はサオリさんと食べていた時の電話の事と、広美先輩の言ってた 彼氏の存在が思い浮かんだ。ここでその事を口にしようかとも 思った。でも言ってしまうと全て崩れてしまうんじゃないかと思うと 口には出せなかった。 そう言うとサオリさんはニコッといつもの笑顔になり、 「行っておいでよバー君 タカシも電話待ってると思うよぉ」 俺「わかりました 」 俺「サオリさん 俺、戻るとかそんな気持ちはないですから」 と言ってサッとすぐにサオリさんを抱き寄せた。 サオリさんも予想してなかった俺の行動で少し驚いていた。 でもすぐに俺は体を離して、両手でサオリさんの肩をやさしくつかんだ。 俺「じゃ また」 サオリ「うん 後でメールするね あ、ストラップちゃんと忘れず着けてよねぇ」 運転しながら俺に手を振るサオリさんに手を上げて、出るのを見送った。 俺はすごくうれしい反面、切ない気持ちに駆られていた。 さっきのサオリさんの「でも・・」の後の言葉を聞きたいけど その先の言葉を聞くのが怖かった。 サオリさんを見送った後、歩いて帰りながらタカシくんに 電話をかけた。 俺「もしもし タカシくん?」 タカシ「おお バーか どうだ 行けそうか?」 俺「うん 大丈夫だよ 行こうよ」 タカシ「おお 今どこだよ?」 俺「今は家まで歩いて帰ってる 家まで10分くらいかな」 タカシ「そっか 俺も今、家にいるから とりあえず家に着いたら また連絡くれるか?」 俺「わかった じゃまた後で」 少しだけ坂を登って家に着き今日、サオリさんと一緒に 買い物をした荷物を置いて、すぐに車のキーを取って 家を出て、車の中でタカシくんに電話をした。 時間が少し遅かった事もあり、あまり多くは飲まないつもりだったから 店はサオリさんの好きなバーでタカシくんと待ち合わせをした。 店に着き、ドアを開けると見慣れたタカシくんの 背中がカウンターにあった。 タカシくんの隣の席まで歩いて行き、声を掛けた。 俺「おつかれ タカシくん 待たせた?」 タカシ「いいや まだ注文もしてない 今座ったとこだ」 俺「そっか」 タカシくんの横の席に座り、注文を済ませて、とりとめの ない会話を始めていた。 30分くらい話をしていた時、タカシくんの様子がいつもと違うなと 感じていた。ふつうに喋るのはいつも変わらない。でも何か歯切れが 悪い感じだった。 俺「どうしたん?タカシくん 何かあった?」 タカシ「ん?いや 大した事じゃねーよ それよりバー今日は、突然誘って悪かったな うまくいったんか?」 俺「うん まあ・・・ 」 俺の頭の中では隠すつもりではなく、何となくタカシくんに今日サオリさんと 一緒に買い物に行っていた事やサオリさんとキスをした事を言うのを ためらっていた。 俺「 まだ2人きりで逢うのは今日が始めてだったし」 タカシ「そっか 相手はサオリか?」 俺「!」 俺「なんで?」 タカシ「ん?何となくな 当たりか?」 俺「うん そう」 そう言った後、少しの間、2人ともグラスの酒を黙って飲んでいた。 タカシくんが一杯目のグラスを空けて、おかわりを注文した。 店員がタカシくんの酒を作り出すのを見ていると、 タカシ「なぁ バー」 俺「何?」 俺の顔を見て、話し掛けるタカシくんの表情は さっきより真剣な顔つきになっていた。 タカシ「前にもちょっと話したけどホントに仕事に 差し支えはないか?」 俺「サオリさんの事で?」 タカシ「ああ」 俺「全然ないと言ったらウソになるけど、サオリさんと同じ店舗じゃないし その事が原因で前と比べて、仕事ができなくなったなんて事はないよ」 タカシ「それならいいんだよ ただ少し気になってなぁ」 タカシ「前にお前がバイトしてた頃、ちょっとあっただろ」 俺がタカシくんの働いているショッピングモール内のテナントで バイトしていた頃、俺のバイトしていたショップは店長がいて、 あとはバイト3人がローテーションで勤務していた。 俺がそこでバイトを始めて1年くらい経った頃、俺より2コ年上の 女の人がバイトで入ってきた。2、3ヶ月くらい経った時、仲良くなり 俺が、その女の人に興味を持たれているのがわかった。 俺もその時は悪い気はしていなかった。 でもそのコはあまり勤務態度が良いとは言えず、遅刻や 店長が居ない時にサボったりというのが目立っていた。 初めは注意していた俺も、しだいにそのコのペースに 流されていた。 ある日、遅刻してきたそのコに見かねた店長が強く注意をして、 そのコは泣いてしまった。 その場に居た俺は反射的にそのコを庇って、いつもは 仲の良い店長と言い合いになってしまった。 そのコはその日一言も口を利かず昼までで早退して、 俺もこんな形になってしまった以上、辞めるつもりでいた。 その日の閉店時間、店長に(辞めるつもりで)一応最後の挨拶をして 時間も経ちだいぶ頭も冷えていた事もあって、 謝りの言葉を言った。 その時に店長が 「よし わかった。 今日の事は気にするな、また明日から 頑張ってくれよ バー」 と言ってくれた。 昼間お互い怒っていて必要最低限の事しか口を利かなかった のにその言葉を聞いて頭に「?」がついていた。 「俺もおまえを辞めさせたくはないんだ 昼間はただ頭に血が 上っていて気づかなかったからな 」 「それとタカシにお礼を言っとけよ」 その時は全く意味がわからなかった。後日店長から その日の夕方の休憩の時、タカシくんがその話を聞き、 俺の店の店長と喫煙所で一緒になった時、俺のこと を許してくれるよう説得してくれたらしい。 その事が頭をよぎり、改めてあの時はタカシくんに助けられた なぁと思いながら、 俺「大丈夫だよ ありがと。 何か心配してもらって」 タカシくんは少し笑いながら、 「別に心配はしてねぇけど おまえは危っかしいからなぁ」 タカシくんの笑う顔を見ると、いつもと変わらないけど やっぱり何か表情は少し曇っていた。 俺「やっぱ何かあった?タカシくん 今日は何か話しが あったんじゃない?」 タカシ「おお まぁな・・・」 少しの沈黙の後、タカシくんはグラスに残っていた酒を 飲み干して、黙って煙草に火を点けた。 煙草の煙をくゆらせながら灰皿に一度、灰を落として タカシくんはぽつりと 「バー 俺、今の女房と別れるかもしれねぇ」 俺は正直何て言葉をかけたらいいのかわからなかった。 タカシくんも右手の指に煙草をはさんだままグラスを 持って見つめていた。 それからはタカシくんからはあまり喋らず、なぜ別れるのかも 言わなかった。ただ誰かに別れるかもしれないという事 を言いたかったんじゃないかと俺は自分の中で解釈して 「なんで?」という言葉だけは避けていた。 あまりグラスも空かず、もう帰ろうかとタカシくん が言った。会計を済ませようと、タカシくんが財布に手をやった時、 どこかで見た事のある、見覚えのあるシルバーのリングが光っていた。 その時はたいして気にも留めず店を出て、タカシくんと別れ、 車に乗り込んだ。運転しながらさっき見たシルバーのリングの事 が引っかかっていた。 そのシルバーのリングはサオリさんがいつも手首に 着けていたリングと同じものだった。 車を駐車場に止めて、自分の部屋に戻り、冷蔵庫から 水を出して飲みながら、自分の頭の中を一つ一つ整理していた。 タカシくんの手首にあったシルバーのリングとサオリさんの いつも着けているシルバーのリングは確かに同じものだった。 自分の頭の中に極端すぎる考えが浮かんでいた。 「サオリさんの彼氏はタカシくんじゃないか?」 でもすぐにその考えを打ち消す言葉が出てきていた。 ただ同じものを身に着けている事はよくある事だし、それだけで 決め付けてしまうのは変じゃないか?それにタカシくんは結婚していて 子供だって2人いる。 しばらく何も考えず、ただペットボトルの水を口に運んでいた。 ふっとタカシくんと広美先輩とBARで飲んだ時の事を 思い出していた。 あの時、昼間、店でサオリさんに絡んできたお客の話をした時、 タカシくんが何の事かと問いかけてから、サオリさんは急に 嫌悪感を示した。 ただ、そういうタイミングで聞かれた事がサオリさんの 気に障ったのか?でもその考えは俺の中で何かしっくりと こなかった。 『俺とタカシくんを目の前にして、タカシくんには 知られたくなかったんじゃないか?』 その日の帰りの電話で俺がサオリさんの 事が気になっている事にすぐに気づいていたのもタカシくんだった。 いろんな考えが頭の中をよぎり、俺は部屋の中で1人、 テーブルに両手を置いてただ座っていた。 30分くらいそうして答えの出ない葛藤と自問自答を 繰り返していた。 何度もタカシくんとサオリさんを切り離して考えても 自分の納得する「答え」までは辿り着けなかった。 割り切れないまま、もう寝ようと思い着替えを済ませ、 電気を消して、無理矢理横になった。 もう考えまいと思いつつも、頭のどこかにちらついて なかなか寝付けずにいた。 真っ暗な中で横になったまま目を閉じていると、 何も考えていないはずの頭に1つの疑問がわいた。 待てよ!? タカシくんが離婚するって もしかしてサオリさんの事が原因じゃないのか? そう考えると、タカシくんがなぜ俺に別れる理由を言わなかった のかうまく説明がついた。 「言わなかった」んじゃなくて俺には「言えなかった」んじゃないか? 自分の中の憶測と思い込みにしかすぎなかったが、 現実味を帯びている感じは拭えなかった。 それから2週間くらいはいつものように新店舗でいそがしい日々に追われていた。 季節はまだ初夏だったが、いつもより気温が 高いと毎日の天気予報で言っていたとおり むし暑い日が続いていた。 俺はあの日から、タカシくんとサオリさんの関係が気になって いたが、できるだけその事を考えないように避けて過ごしていた。 その日の仕事も終わりに近づき、パソコンで本社にメールを 送っていると、グラフでまとめた月間の個人成績を見ながら、 広美「バー君 今月調子いいじゃない 何か良い事あった?」 俺「いや 特に何もないですよ 」 広美先輩は微笑みながら、少し目を細めて、 広美「うそぉ? 彼女ができたんじゃないのぉ? 最近は飲みに誘ってもあまり行きたがらないし」 広美先輩に何度か4人で飲もうと誘われた事があったが サオリさんに会って何を喋ってしまうか自分をコントロール する自信がなく臆病になっていた。 俺「そんなんじゃないですよ 」 と言った時、ポケットの中で電話が鳴った。 着信を見ると、タカシくんだった。 広美「ほらぁ 話しをしてるとかかってきたね」 俺「違いますよ タカシくんです」 広美先輩は少し残念そうに俺と席を代わるように 促してパソコンの前に座り、顧客リストを打ち込み始めた。 そのタカシくんからの電話は今も忘れられない 『その日』が始まるきっかけに過ぎなかった。 俺「もしもし」 タカシ「もしもし バーか?今は大丈夫か?」 俺「うん もうすぐ終わりだし 少しなら」 タカシ「そっか バー 今度の日曜の夜ヒマか?」 俺「その日は休みだし 何も予定ないからヒマだよ」 タカシ「おお そっか 飲みに出ねぇか?夜」 俺「いいよ」 タカシ「OK じゃ店決めたらまた連絡するわ」 俺「わかった」 それから日曜の昼は特に何もせずボーっと して過ごしていた。 夕方になり、タカシくんから電話が入った。もう店に居るから 出て来いよという電話だった。呼び出された店は、今まで俺が行った事 もないショットバーだった。 そこに見たことのない表情をしたサオリさんが一緒に いるとは知る由もなかった。 店の近くに着き、初めての場所で少しウロウロして 探しているとその店はあった。今では珍しい、少し古い木造の建物の 木の階段を上がった2Fだった。ドアを開けて、 少し店内を見渡すと、 一番奥の4人掛けのテーブルに隣り合って座る タカシくんとサオリさんの姿を見つけた。 俺が側まで歩いて行くと、 タカシ「おお バー 遅いじゃねーか 座れよぉ」 俺「おつかれ タカシくん」 サオリ「おつかれぇ バー君 休みだったの?」 俺「ええ 」 不思議とサオリさんが居ることに何ら違和感は感じていなかった。 席に着きながら、2人を見ていると、 俺の頭の中に部屋で1人、考えていた事が否応無しに 甦ってきていた。 注文を済ませ、2人と話していると、サオリさん のグラスのお酒がいつもと違うなと気づいた。 グラスに注がれているお酒は今まで俺と飲んでいた 時には見た事のないものだった。 俺「サオリさん 何飲んでるんですか?」 サオリ「ん?あ、これは レッドアイだよ」 サオリ「おいしいよぉ 」 タカシ「バー カクテルとか飲むか?」 俺「いや あんま飲まないね」 タカシ「それよか今日は飲もうぜ バー なぁ 」 時間が経つと、タカシくんが既に、かなり飲んでいる 事に気づいた。俺が来てからも、ハイペースでグラスを 空けていた。 俺「タカシくん どんくらい飲んでんの? 大丈夫なん?」 タカシ「だいじょーぶ たいじょーぶ まだボトル1つしか 空けてねぇし なぁ?サオリ」 と少し困った表情を浮かべながら、 サオリ「飲みすぎだよ バー君も付き合っちゃだめよぉ」 赤いカクテルを飲むしぐさや、少し困った表情を 浮かべながらやさしくタカシくんを気遣う俺が見た事のない サオリさんがそこに居た。 2人を見ながら、俺の中では タカシくんとサオリさんは付き合って いるのは間違いないだろうなと確信めいたもの を感じていた。 じゃあ今日タカシくんに誘われたのはなぜだろう? 店に来るまでサオリさんが居る事は俺に知らされて なかった。俺が来てからも、タカシくんが酔っているせいもあるが 当然のように3人で飲み始めていた。 俺の頭の中に浮かぶ答えは1つだった。 タカシくんが俺にサオリさんと付き合っているという 事を見せるため。 だった。 飲みながらタカシくんを見ているとかなり酔いが回って いるせいか言葉も呂律がうまく回らず、聞き取り づらい言葉も多くなり、少しヤケを起こしているようにも見えた。 タカシ「なぁ バー」 俺「何?」 タカシ「俺ぁ ダメだよ なぁ」 俺「は?何が」 タカシ「だからな・・・」 「いいんだ もう一軒行こうぜ なぁバー」 と言うとタカシくんは椅子の背もたれに深く寄りかかり 頭を傾げたまま、目を閉じてしまった。 サオリ「ちょっと寝ちゃったみたいだね」 と言うと、サオリさんはテーブルの上に置いてある俺の 携帯をゆっくり手に取った。 サオリ「あ、ちゃんとストラップ付けてくれたんだぁ 」 と言って、サオリさんは少しだけ黙り、微笑みながら 俺の携帯の緑色の小さな、まりもの人形を指で触っていた。 サオリ「ねぇ バー君」 俺「何ですか?」 サオリ「私もね、同じストラップ付けてるよぉ ほら」 と言って、サオリさんはバッグから携帯を出して、 俺とサオリさんの携帯を並べて置いた。 サオリ「ね?」 サオリさんは少し憂いを纏った表情で 俺の目を見つめていた。 その表情は確かに、以前サオリさんとBARで飲んでいた時 に見たそれだった。 少しの間、サオリさんに見つめられ、サオリさんは 俺に何かを訴えかけている事に気づいた。 俺「サオリさん、俺はこのストラップを外すつもりはずっと無いです 」 サオリさんはさっきのままの表情で微笑みながら黙っていた。 グラスを一度口に運び、 サオリ「バー君 私ね・・・」 と言った時、 タカシ「ん? あぁ、寝てたか?」 とさっきまでの体勢で目だけを開けて、 タカシくんが目を覚ました。 タカシ「わりぃ バー 寝ちまって 」 俺「いいよ どうする?水でも飲む?」 タカシ「いや ちょっと店代えねぇか おまえを連れて 行きたいとこがあるんだよ」 いつもは見た事が無いほど飲んでいる。 タカシくんが飲みすぎなのは明らかだった。 その店を出て、3人で次の店に向かう途中でも タカシくんは少し足にきていた。 そんなふらついているタカシくんを少し困り顔で 支えながら歩くサオリさんを見て、俺の胸は 痛んだ。 以前タカシくんと飲んでいた時、サオリさんとは サオリさんがこの会社に入る前からの知り合いで もう8年くらいになると聞いた話を思い出していた。 さっきの店での2人の雰囲気や、タカシくんを介抱とまで はいかないが、支える姿を見て、2人の過ごしてきた 時間は俺が考えているより深いだろうなと揺れる心を 無理に抑え、冷静に見ていた。 店に近づいている途中で、パラパラと小雨が 振り出し、急いで少し足早にその店に入った。 サオリ「雨、振り出しちゃったね 」 俺「帰るまでにやめばいいですけどね 」 2人の会話も気にせず、 タカシ「よーし 飲もうぜ バー ここな、ちょっと 高いけどうまい酒を出すいいとこなんだよ」 俺「いいけど 飲んでマジ大丈夫なん?」 タカシ「だいじょーぶ 構わねぇよ オゴリだから好きなの頼めよ」 その店のマスターとタカシくんは知り合いらしく酒を注文 してはタカシくんはいろいろと何か話しをしていた。 でも、1時間もしない内にタカシくんはテーブルに前のめりになって 潰れてしまっていた。 潰れたタカシくんをソファに横にして寝かせ、 少しの間、サオリさんと2人で飲んでいた。 軽い寝息をたてながら眠るタカシくんを どうしようかサオリさんと話していた。 サオリ「私、近くに(車)止めてるから持って来るね バー君今日はどこに止めてるの?」 俺「今日は○○(そこは無料で少し遠い)の駐車場に止めてます。」 サオリ「そうなんだ 遠いねぇ じゃさ 雨も降ってるだろうし 一緒に乗って行きなよぉ 」 俺は正直、もう帰るつもりだった。その時点で サオリさんの車で2人が来た事に気づいたのもあり、これ以上2人を 見ているのに耐えられなくなっていた。 サオリさんが今、何を思っているのかもわからず、 頭の中はいろんな感情が入り乱れ混乱していた。 俺「いや タカシくんを運んで車に乗せたらちょっと 用事があるんで帰ります。」 サオリ「え〜?なんで? 帰っちゃうの?」 聞きなれたサオリさんのねだるような「なんで〜?」 という言葉を聞くのもそれが最後だった。 俺「今日は外せない用事なんで 」 語気を強め、サオリさんの目を見ながら、 ゆっくりと諭すように言った。 その雰囲気を悟ってか、サオリさんは 「わかったわ 」 サオリ「じゃ すぐに車を取ってくるから ちょっとだけここで待ってて」 俺「店の前まで来たら俺の携帯にワンコールだけ ください。タカシくんを起こして出るんで」 サオリ「うん わかった」 と言って、バッグを持ってサオリさんは 店を出て行った。 タカシくんを見ると、さっきのまま軽い寝息をたて ソファで寝ていた。 俺はグラスに残っている酒をテーブルに 置いたまま、サオリさんからの電話が鳴るのを待っていた。 俺の心の中は複雑な迷路のように入り組んで 自分でもどう対処していいのかわからなくなっていた。 サオリさんに対しての好意、2人に対して少なからずある嫉妬心 、これまで先輩として仲良く付き合ってきたタカシくん。 全ての事柄が俺を疲弊させていた。 もう終わりにしよう。 俺の中で整理をつければ、それでこれまで通り 同じように過ごせるはずだ。 格好ばかりをつけて本当に欲しいものを素直に 「欲しい」と言わない 今思うと若すぎる自分がそこに居た。 望んでいるもは 『本気』 で欲しがらないと 手に入れられないと、俺の横っ面を殴って 気づかせたのはタカシくんだった。 テーブルに置いていた携帯が2、3秒鳴り、 バイブが止まった。 俺「タカシくん 帰ろうや 」 と言って、タカシくんの肩を揺さぶった。 タカシ「・・・」 全然反応の無いタカシくんの肩をさっきより も強めに揺さぶった。 俺「帰るよ 起きてタカシくん」 タカシ「ん?んん・・・ あぁ」 俺「起きた?帰ろうや 肩貸すよ」 面倒そうに目を擦り、 タカシ「おお また寝ちまってたか サオリは?」 俺「車を取りに出て、今、表に来てる」 タカシくんに肩を貸して、店を出ると雨はかなり ひどくなっていた。サオリさんの車は店を出て、 すぐ前に横付けしてあった。 サオリさんの車のドアを開け、後部座席に タカシくんを乗せて、 俺「サオリさん じゃ気をつけて」 サオリ「ほんとに帰っちゃうの? 雨ひどいよ」 俺「大丈夫です さっきの店で傘でも 借りて帰ります」 「じゃ」と言って体を車外に出そうとすると 俺の腕をタカシくんが引っ張っていた。 タカシ「なんで帰るんだ? バー 一緒に乗れよ」 俺「ちょっと用事があるから また飲もう タカシくん」 タカシ「いいから なっ とりあえず乗れって」 乗る、乗らないでタカシくんと揉めていると、 ひどい雨で車内に雨が入ってきていて、俺の 髪も少し濡れ始めていた。 いつもは帰るといえば引き止めたりしないタカシくん がその日はかなり強引に俺を引き止めた。 俺「わかった じゃ駐車場まで一緒に乗っけてって」 と言うとタカシくんの腕から力が抜け、俺も タカシくんの隣に乗った。 サオリさんの車で5分ほど走り、俺の車を止めて いる駐車場に着いた。 その間、車内ではタカシくんは少し辛そうに座席に 身を沈めて目を閉じていた。 俺「じゃ サオリさん どうもでした。」 サオリ「うん 気をつけてね バー君」 「また飲みに行こうねぇ」 サオリさんの車のドアを開け、さっきより少し弱くなった雨の 中を自分の車まで足早に歩いていた時、 後ろで車のドアの開く音がした。振り返り見てみると タカシくんが肩膝をつき、サオリさんの車の 横に出てきていた。 すぐに運転席からサオリさんが出て、タカシくんの 側へ寄りそった。 タカシくんはサオリさんを制して、大声で 「バー 話しがある ちょっと来いよぉ」 さっきよりも弱くなっていた雨はまた少し 雨足を増していた。 タカシくんは立ち上がりふらふらと駐車場の端 にある植え込みの方に歩いて行った。 俺も追うように、同じ方向に歩いて進んだ。 タカシくんは歩きながら、 「サオリ 車に乗ってろ」 と言った。 そのタカシくんの言葉を聞いても、サオリさんは雨に打たれて、 何も言わず立ち尽くしていた。 雨の中、サオリさんは俺と買い物に行った時に買った 薄いブルーのサマーニットを着ていた。 植え込みの側まで行くと、タカシくんは 尻餅をつくように力が抜け、その場に座り込んだ。 俺が反射的に手を貸そうと差し出すと タカシくんは酔いにまかせて、その手を払いのけ、 「いいんだ 俺に触るな」 ここに来るまでの事も重なって、 その行動と言葉で俺はかなり怒りが湧いた。 俺「何?タカシくん 今日はおかしいよ 俺、もう帰るから 」 サオリさんもいるし、自分でも歩けるくらいに なったのを見て、放っておいても大丈夫 だろうと俺は思っていた。 タカシ「待てよ バー おまえに言いてぇ事がある 」 「俺の前に来て座れ」 俺はタカシくんの言葉に渋々ながらも、無言で タカシくんの目の前にしゃがみ込んだ。 俺「何?」 しばらくタカシくんは、うつむいたまま 沈黙を保っていた。 しばらくして、タカシくんが顔を上げた時、 目が潤んでいるのに気づいた。 始めは雨のせいかとも思ったが確かに目には 涙が浮かんでいた。 タカシ「バー おまえ、サオリと2人で帰れ」 俺は無言のままタカシくんの目を見ていた。 タカシくんの目を見つめながら 俺「何 言ってんの?」 「タカシくんをこの雨の中放っておいて・・・ 」 と途中まで言った所でタカシくんの 拳が飛んできて、右頬を殴られた。 酔っていたのもあり、痛みはそれほど感じなかった。 でも口よりも早く、俺の手は動いていた。 「なんだぁ オラぁっ」 と、俺の左腕はもうタカシくんの襟元を 掴んでいた。 そのまま右拳でタカシくんの顔を殴った。 怒りにまかせてタカシくんを殴ったが、 掴みかかった時にタカシくんの体からは 力が抜けて、ぐたっとなっている事にすぐ気がついていた。 しゃがんだまま俺は掴んでいた左手を離した。 タカシくんは後ろにあった植え込みの木に すがり、 タカシ「俺ぁ もうダメなんだ」 「もういいんだ バー」 と小さな声で呻くように言った。 俺は無言のまま、少し痛みの残っている 右頬を気にしながら、タカシくんが 何の事を言っているのかわからず聞いていた。 タカシ「おまえ 本気じゃねーのか」 と言った後、俺の顔を見て、すぐに大声で 「サオリの事本気じゃねーのか 」 俺はタカシくんの言葉を受けて、無言のまま サオリさんの方にゆっくり振り返った。 降り続く雨の中、そこには離れた場所で 俺とタカシくんの様子をじっと、立ち尽くして 見つめているサオリさんが居た。 タカシ「 バー 俺はサオリと付き合ってる」 雨に打たれたまま、俺は振り返り タカシくんの方に体を向き直していた。 それはわかってはいたはずなのに俺の心はどうしようも ないほど動揺した。 タカシ「おまえがサオリと同じ会社に入社して しばらくしてからサオリの様子が変わっていったんだ」 タカシ「サオリは前のように俺と会う事は少なくなった 」 タカシくんの口から出てくる言葉を真剣に、何も言わず 俺は聞いていた。 タカシ「前に俺とおまえとサオリでBARで飲んだ時 サオリの目に映ってるのは、おまえだと気づいた」 俺は、タカシくんとサオリさんと飲んだ時の帰りの電話の 事を思い出していた。あの時、タカシくんが俺に 電話して、俺の気持ちを確かめたのは、サオリさんの気持ちに 気づいたからだった。 タカシ「おまえがサオリと○○(地名)にサオリと 2人で買い物に行ったあの日に俺はサオリと逢う 約束をしてたんだ」 俺「え?」 サオリさんをBARで誘った時、サオリさんは 約束がダメになったからと確かに俺に言った。 タカシくんのその言葉を聞いて、俺はその時の サオリさんとした会話を思い出していた。 約束がダメになったと先に話しを始めたのは サオリさんだった。それを聞いた俺が何とか できないかなとサオリさんを誘った。 サオリさんはその日、タカシくんと約束していたけど 俺と休みが重なるのを知っていた上で、 俺に誘われるのを待っていたんだ。 それが俺の頭の中でわかった時、自然に 言葉がこぼれた 「うそ?」 タカシ「その日、サオリから何の連絡も無くて、 俺から電話したけどほとんど相手もされず 切れちまった。 」 タカシ「俺は何となくサオリがおまえと逢ってるんじゃ ねーかと思っておまえに電話したんだ」 俺は自分自身で顔の表情をコントロールできない くらい心は動揺していた。 ふっとその日にタカシくんと飲んだ時の 事が頭を過ぎった。 タカシくんに誘われて飲みに行ったBAR でその日何となくサオリさんと逢っていた事を 聞かれ、タカシくんが離婚するかもしれない事を。 タカシ「バー サオリと一緒に帰れ」 下を向き、うなだれたままタカシくんがぽつりと言った その言葉には重みがあるように感じた。 今、思うとその時の俺はただ格好つけたかっただけかも しれない。 目の前にいる男が離婚して、全てを曝け出し、全部 無くす覚悟で、自分の付き合っている女と俺に 一緒に帰れと言う本気の姿に 俺は本気で応えるのを恐れていたんだ。 俺「帰らないよ」 タカシくんは顔を上げ、 「何だと?」 俺「俺は前から全部知ってた」 「タカシくんがサオリさんと付き合ってた事も」 タカシ「嘘つけ 」 「おまえ そんな事があるか」 と声を荒げた 俺「知ってたよ だから俺ぁ一緒に帰らねぇ 」 「俺じゃねーんだよ 一緒に帰るのは」 とタカシくんよりさらに大声で荒げた。 俺がその言葉を発して俺とタカシくんは しばらく睨み合っていた。 タカシ「早く行けよ バー 俺はもういい」 俺は睨み合っていた顔の力を抜き 俺「帰ろうや タカシくん」 といつもの口調で言った。 すぐにタカシくんに近寄り、右側に回り タカシくんの腕を俺の肩に乗せて肩を 組もうとした。 タカシ「やめろや バー」 と腕を引き抜こうとするタカシくんの 腕を掴み、俺は無理矢理肩を組んで 立ち上がった。 まだ少し足元がおぼつかないタカシくんの抵抗を 強引に力で歩かせるのはそれほど難しくはなかった。 歩きながら俺はタカシくんの腕を掴む力を 思い切り強めた。 その力に諦めたのかタカシくんも何も言わず黙って 俺と肩を組んで雨の中を一歩づつ歩いた。 サオリさんの待つ車まで。 タカシ「バー おまえ、それでいいんか? 本当にそれで」 俺は黙って歩いた。 俺「着いたよ」 俺はサオリさんの車の後部座席の ドアを開けて、 肩にかけているタカシくんの腕を離して タカシくんの体を車に押し込んだ。 タカシくんの顔を見ると、目から涙が 溢れていた。 それを見て、立ち尽くして見ていた サオリさんも運転席に乗り込んだ。 俺「じゃ サオリさん、タカシくん よろしく」 サオリさんは悲しそうな少しだけ泣いてしまい そうな瞳をしていた。 その表情のままで少しの間、俺の目を見つめた。 その短い時間が俺のサオリさんへの恋が 終わった瞬間だった。 サオリ「わかったわ・・・ バー君 じゃ」 俺「じゃあ 」 サオリさんの車のドアを閉めた。 車のブレーキランプが赤く光り、 雨の中をゆっくりと走り出した。 俺はサオリさんの車の白い車体を 雨の中、1人で立ち尽くして見送っていた。 これでよかったんだ。 何も変わってない。元のままだ。 そう自分に言い聞かせるように思いながら、 俺は雨の中の駐車場で 1人立ち尽くしていた。 もう雨に濡れて体は冷え切っていた。 それでも止めている自分の車にも向かわず 俺はずっと立ったまま、1人で涙がこぼれるのを 抑えきれなかった。 俺の服に微かに残るサオリさんの香水を感じながら それが俺の頭の片隅に今も埃をかぶったまま 残っている少しだけバイクが関わる話。 |