− DQN男爵◆4BaronIlV. さんの恋愛話(その2) −
| 夜も更けそろそろ寝床に就こうかと思った時、俺のケータイが鳴った。ミユキだ。 すぐに迎えに来てくれと言う。ミユキの住んでいるところに近いコンビニからだ。 何はともあれ俺はミユキをピックアップしに行った。コンビニの駐車場に停車し、 車の中へ入るように言った。 俺「どうした?こんな夜遅くに。」 ミユキは涙目でこちらを見る。 俺「まさか、襲われたとかじゃないよな?」 恐ろしい考えが頭を過ぎった。 ミユキ「違う。・・・お兄ちゃんのアパートに連れてって。」 俺「叔母さんが心配するだろ?」 ミユキ「・・・。」 俺「叔母さんに電話するからな?」 俺はミユキがそれを妨げると思ったがそういうわけでもなかった。 俺「とにかく、心配されても困るから電話しておくよ。」 ミユキを隣に座らせたまま俺は叔母さんに電話をした。叔母さんは、よろしくね、 としか言わない。これまた予想外だった。俺はミユキを乗せアパートへと向かった。 俺「何か飲む?」 ミユキ「いらない。」 俺はミユキの隣に座った。 俺「何があったの?」 ミユキは唇を噛んで黙っている。なんだか俺が説教しているようだ。 本当に女の子って不思議だ。わかりやすい反応を示すときもあれば今みたいに 全く状況を把握できないような態度をとる。俺の中の不安はこれでは消えるはずも無い。 俺「単刀直入でごめん、変な男とかに襲われたわけじゃないんだよな?警察沙汰じゃぁないよな?」 ミユキは小さく頷いた。俺はミユキの肩を抱き寄せた。落ち着けば話してくれるだろう。 しかしミユキは少し経つとすやすやと眠ってしまった。ベッドにミユキを寝かせた後、 俺もベッドに寄りかかって眠ってしまっていた。 唇へのひんやりとした触感で目が覚めた。まだ夜明け前だ。 俺「・・・眠れないの?」 ミユキ「何でベッドで寝ないの?」 俺「ミユキの寝相が悪くて落とされたんだよ。」 ミユキ「ごめんなさい。」 俺「いや、冗談だって、冗談。考え事してたらそのまま寝ちゃったんだ。」 ミユキがタオルケットに顔をうずめベッドの端に寄る。 ミユキ「一緒に寝よ。」 俺「ああ。」 そしてまた静寂が訪れた。部屋の中は加湿器のバックライトが反射して薄く青い光で包まれている。 そしてそれはまたジジジジジという小さな機械音も響かせていた。その幻想的な色に包まれた天井を見上げ、 その空間に響くノイズを聞きながらどれくらい経ったであろうか。ミユキの寝息はまだ聞こえてこない。 俺「寝ちゃった?」 小さな声で尋ねる。 ミユキ「起きてるよ。」 俺「今日は何があったの?」 ミユキ「・・・お父さんとお母さんが離婚しちゃった。」 今までもやもやしていた物が全てはっきりと繋がった。去年数年ぶりに会った時のミユキの雰囲気、 叔母さんが叔父さんの元へ通っていたこと、他にも思い当たる節はいくつかあった。 俺は何て答えて良いものか迷った。実は過去に俺の家でもそんな騒動があった。 結局は一度離婚してまた元に戻ったという奇妙な結末であったのだが。 そして当時の俺は実際"離婚"という言葉を聞いても特に何も感じなかった。 つまり子供なら泣くだろうし、普通の家族なら止めるだろう。しかしその時の俺は、 しょうがないね、というような言葉を発した程度であった記憶がある。 働けば生活費なんぞ稼げる年であったというのも大きな理由だと思う。 家族に精神的な繋がりがあれば離婚に対してもっと解決に向けての行動を何かしら 起こしたであろうと思う。しかし子供の頃から聞いてきた"誰が養ってやっていると思うんだ?" というセリフの積み重ねの前では親子の関係も希薄になるのが自然だと思う。 ともかく当時俺は何も衝撃を受けなかったと言うことだ。でもミユキは精神的に参っている様だ。 ミユキの手を握った。俺は考えた。離婚を止めてもらうことなど俺がどうこうして成せる事ではないし、 そもそも俺がすることではない。今出来ることは何か?俺が言う慰めのセリフなど安っぽくなりそうで 言えなかった。俺はミユキを抱き寄せた。そして頭をなでてやる。こうするとミユキは安心する。 ミユキもどうして良いかわからないのだろう。ただ両親が離婚したらそれは悲しいだろうことは俺にも分かる。 今はミユキが落ち着けるように振舞おう、そう思った。しかし俺の心配など余所にミユキは小さな寝息を 立てて寝てしまった。そして俺はまた天上を見つめた。次第に部屋に小さく機械音が聞こえ、 再びそのBGMはフェードアウトする。俺はまどろみの中へと落ちていった。 ミユキ「おはよ。」 俺「・・・うん、おはよう。」 ミユキ「冷蔵庫に何も料理できるもの無いよ。」 俺「まぁな。」 ミユキ「ガスコンロの上にも色々載っていて使えないよ。」 俺「すげぇだろ?」 ミユキ「ちゃんとご飯食べてるの?」 俺「いや。」 ミユキ「スーパー行こうよ。」 俺「今日、仕事なんだけどな。」 ミユキ「あ、そうか。ごめん。」 俺「今日の予定は?」 ミユキ「お兄ちゃんと過ごせると思ってた。」 俺「仕事が終わったら電話するよ。それと、鍵渡しておくから合鍵作って来いよ。暇つぶしになるだろ?」 ミユキ「いいの?」 俺「夜中とかには来るなよ。叔母さん心配するから。」 ミユキ「うん、ありがと!」 昨日の悲しい顔はもうどこかへ行ったようだ。 俺「部屋の掃除はしなくていいからね。」 ミユキ「何で?」 俺「話すと長いんだけどこだわりがあるんだよ。」 ミユキ「えっちな本?」 俺「いや、前にも言ったけど持ってないから。まぁもし掃除するんならお風呂とか台所なら 逆にやってもらいたいもんだ。っていうかやって下さいって感じ。」 ミユキ「ふふっ、わかった。運転気をつけてね。」 俺「あ、そうだ・・・。」 ミユキ「何?」 俺「昨日みたいに・・・。」 ミユキ「ごめんなさい・・・。」 俺「いやいやいや、違うから!」 ミユキ「?」 俺「嬉しかったんだよ。ミユキに頼りにされたことがさ。これからも何かあったら相談してくれな? 結局ミユキにはいい言葉をかけてあげられなかったけど・・・。」 何も言わずに抱きついてくるミユキに、俺は一瞬手持ち無沙汰になった両腕を彼女の腰に回した。 ミユキは俺の胸に顔をうずめる。 ミユキ「ありがと。一緒にいてくれるだけで安心したよ。」 俺「よかった。じゃぁ、行ってくるよ。」 ミユキ「いってらっしゃい、パパ」 俺は綻んだ笑みをミユキに向け、会社へと向かう。これで背広でも着てミユキが赤ちゃん抱いていたら・・・ なんて考えてしまう。俺が背広を着るなんて日は来ないだろうが、赤ちゃんだけは抱いていて欲しい。 日常の繰り返しである単調な仕事も、たった今の時間のおかげでやる気も出る。毎日どこでも見られる ありきたりの光景に、こんなにも大きな意味があるなんて新鮮だった。 しかしながら、幸せであるはずのその瞬間に違和感も感じていた。 ふと携帯を覗くと待ち受け画面がミユキの顔になっていた。とりあえず恥ずかしいので デフォルトに戻して着信メロディなどを変更しているとメールが届いた。ミユキからだ。 夜ご飯に何を食べたいかとかそんな内容だ。何でもいいっていうのは良くない答えだと 聞いたことがあるので、豚のしょうが焼きとか適当に返信した。こんな時また考える。 こんなに素晴らしい時がいつまで続くのか、と。そしてまた考えた。こんな薄給の仕事を 続けるわけにはいかない。1人で暮らすには問題ないがそれでも貯金さえできない。 ミユキと一緒に暮らすにはちゃんとした仕事に就かなければならない。その日は仕事中 ずっと転職について考えていた。しかし手に職の無い30手前の高卒にそれなりの給料を 貰える職種などありそうにもなかった。仕事が終わると寄り道もせずに帰宅した。 アパートに着きバイクを止めると、ミユキがベランダから窓越しにこちらへ手を振っているのが見えた。 軽く笑顔で手を振り返し玄関へと向かった。ドアノブに手をかけるとドアは開き、エプロン姿のミユキが出てきた。 ミユキ「お帰りなさい。」 俺「・・・かわいい。」 ミユキ「でしょ?この柄が綺麗だから買ってきたの。」 エプロンじゃなくてエプロンを着たミユキがかわいいと言ったのだが 天然らしい返事が返ってきた。軽くキスをしてミユキは台所へ戻った。 といっても台所と玄関は1mしか離れていない。狭かった台所は 小さいながらも小奇麗になっていた。そしてまた綺麗に掃除された風呂場で シャワーを浴び、部屋へ戻ると夕食ができていた。 俺「おいしそうだね。」 ミユキ「おいしいよ。食べて。」 俺「いただきます。」 本当においしかった。俺はマザコンではないがやはり手料理を食べると 母の料理と比較してしまう。何十年も主婦をしてきた母の料理と遜色ない、 むしろそれ以上にうまい料理だった。 ミユキ「おいしくない?」 俺「え?あぁ、うまい、うまい。すげーうまいよ。あまりにおいしいから感想言うの忘れてたよ。」 ミユキ「ホント?」 俺「うん、本当だよ。こんなの毎日食べられたら幸せだなぁ。」 ミユキ「じゃぁ、毎日作ってあげる。」 俺「大学始まったらそうはいかないだろ。」 ミユキ「学校終わったら作りに来るよ。」 俺「いや、サークルとか部活とかやったほうがいいよ。友達たくさん作ってさ。」 本当はミユキの言うように毎日学校終わったらすぐにでも会いに来て欲しかった。 でも自分のために大切な大学生活を犠牲にして欲しくないのも事実だった。 友達のいない自分にとって友達を作ることの大切さも感じていたからミユキには この大事な4年間を楽しんで欲しかった。 ミユキ「毎日来たら邪魔?」 俺「ミユキ。」 ミユキ「ん?」 俺「一度もミユキのこと邪魔だなんて思ったこと無いよ。できることなら 一緒に住みたいしもっと一緒の時間を作りたいんだ。」 ミユキ「私も。」 俺「今日はちゃんとお家に帰るんだよ。叔母さん心配しているだろうから。」 ミユキ「何で突然そんなこと言うの?」 確かにその通りだった。俺にはこういうことがよくあった。話が途中で飛んでしまう、 またちょっと突き放したような言い方をしてしまう。前の彼女ともそんなことで よく喧嘩していたので今回もすぐにやってしまったな、っていう感じがした。 俺「あ、いや、連泊したらまずいよ。一人娘なんだから。」 ミユキ「なんか、お兄ちゃん私から距離とってるみたい。」 俺「ごめん、そんな意味じゃないんだ。・・・ごめん。」 ミユキ「待ち受け画面も元に戻してるし。」 俺「それは、同僚にからかわれたんだよ。」 嘘だった。でも嘘も方便で済まされる嘘の範囲だ。ミユキは黙った。 俺は黙々とご飯を食べた。食べ終わるとミユキは無言で食器を引き上げ、 洗い始めた。俺は何を言えばいいのだろう?ミユキの俺への愛情表現には 危うさを感じていた。10代の恋愛と20代の恋愛は大きく違うと思っている。 また20代の恋愛と30代の恋愛も大きく違うだろう。打算的な恋愛は 汚くもあるがわかりやすい。しかし盲目的な恋愛、しかも経験の少ない人間の 恋愛は難しいと思う。ミユキの愛情は束縛にあると思う。ただ問題なのは "俺の方こそ"彼女を束縛するであろうはずだったのに現実は逆であった ということだ。可愛くて、健康的で、何でもそつなくこなす、こんな出来た女の子には 男が黙っているはずないし、毎日通学して学校を歩き回っていればたぶん毎日のように 男どもが声をかけるだろう。それくらい魅力的な女の子だし、毎日見ていても色あせることは無い。 そんな子の俺に対しての愛情表現が幼いのがずっと引っかかっていた。 ミユキが自分の魅力に気付いたとき、いやもう気付いているのはわかる、 ただ女子高生活と違い大学や社会に出ると俺よりもずっといい男が ミユキに言い寄ってくるだろう。普通の人間がそんな待遇に会い果たして 俺を愛し続けられるのだろうか?しかしそんなこと考えても仕方ないことはわかっている。 最悪の結果を避けるために俺が努力すればいいだけのことだから。 ミユキ「帰るね。」 片づけが終わりエプロンを脱いだミユキが俺の前に立っていた。 俺「だめ。帰さないよ。」 ミユキ「どうしたの?」 俺「ミユキが好きだから、帰って欲しく無いだけ。帰りたい?」 ミユキ「そんなわけないよ。」 俺「おいで。」 屈んだミユキを強く抱きしめた。 ミユキ「・・・どうしちゃったの?」 俺「俺さ、ホントはすごいヤキモチ焼きなんだよ。ミユキとデートしてて、 ミユキが男の店員と会話しているのを見ているだけでも辛いっていうか。 たぶん大学で男の友達とかできるんだろうけどそういう奴らと楽しそうに 話しているのを考えるだけでも耐えられない。」 ミユキ「よくわからないよ。」 俺「嫉妬とか束縛とかは嫌われると思ってしないようにしてきた。 でも好きだから、離れたくないから、ミユキのこともっと・・・。」 自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。ミユキをまた力強く抱きしめていた。 ミユキ「お兄ちゃん、痛いよ。」 俺「ごめん、・・・変だよな、俺。」 ミユキ「今日ね、お兄ちゃんが仕事している間にお家帰ったんだよ。」 俺「そうだったんだ・・・。」 ミユキ「ちゃんとお母さんにまたお泊りしてくるかもしれないって言って来た。」 俺「叔母さん心配していなかった?」 ミユキ「お兄ちゃんにあまり迷惑かけちゃだめだって言ってた。」 俺よりミユキのほうが社会生活への適合性に関してはずっと上なのに叔母さんは 俺を信頼しているようだった。 俺「時々変なこと言っちゃうことあるけど、ミユキのことに関しては真剣に考えているから 俺のこと見捨てないでくれな?」 ミユキ「うん、最近お兄ちゃんの変なところ良く見えるようになった。少しずつ慣れてきたよ。」 俺「ははは。」 ミユキ「なんか頼りになるときもあれば、子供みたいに放っておけないときもあるよね。」 10代の女の子に言われてしまった。特に後半だが両親にも 言葉に出しては言われないがいつも心配されている。 兄貴や弟はそういう心配はされないのにな。 まぁ2人とももう結婚しているから大人として扱われているのかもしれない。 しかし、ここまで俺のこと見抜いているということはもう俺の性格など ほとんど理解できているのかもしれない。 ミユキ「シャワー浴びてくるね。」 俺「あ、うん・・・。」 試験を受ければ落ちることを考え、バイクに乗れば事故ることを考え、 こんな楽しいはずのひと時に俺はどんな形で2人は引き裂かれるのかを考えていた。 俺はヤクザに絡まれたときや、初対面の人と話す時は動揺しまくって冷静な判断ができない。 しかしながら、冷静であってはおかしい状況で怖いくらいに冷静な時がある。 例えば、事故った瞬間や、大きな地震が来た時、そして今のような幸せの時が流れている真っ只中で。 俺は数年ぶりに訪れた生きている楽しみに没頭できないでいる。 たぶんこれは、失敗の積み重ねによる経験が俺の性格を捻じ曲げてしまった結果だと思う。 今度はどんな不幸が待っているのだろうか?そんなことを予め想像して 来るべき痛みに耐えようとしているのかもしれない。 今わかる解決方法はできるだけ多くミユキとスキンシップをとることだった。 ミユキと手を繋いだり、キスをしていればその間は不安は消えてくれる、 抱いていればやはり不安のかけらさえも俺の目の前に出ることは許されなかった。 しかし現実は厳しいもので、もう数日も経てばミユキと会える時間は極端に減ることになることに俺は気づいていた。 4月に入るとミユキの大学生活も始まり、平日に会えることも少なくなった。 寂しい気もするがしょうがないことだ。しかし俺を取り巻く環境は少しずつ動いていた。 そしてある日来るはずも無いメールが届いた。ミソラからだった。 4月から新しい会社に就職したということだった。どういう心境でこのようなメールを 送って来たのだろうか。友だちとしてならツーリング後にメールの何通かよこしても よかったのに。それとも彼女にとってそれは別に気にすることでは無いのか。 あるいは別に俺を避ける必要も無いと判断したのかもしれない。ミユキのことには触れずに、 素直に就職に対するお祝の言葉を返信しておいた。そしてメールは再び途切れた。 ミユキと会えるのはほぼ土日のみとなった。毎週のようにいろいろなところに連れていった。 当然と言えば当然なのだが会話の内容は大学での出来事が多かった。そしてついに 男友達とかいうものもできたようでそんな彼の話も聞くようになった。情けない話だがマジで辛い。 自分の大切な人から異性の話など聞かされてニコニコ笑っていられる程大人じゃぁなかった。 怒りはしないが上の空で相槌を打つのが精一杯だった。自分に自信が無いからか? それとも絶対的なミユキの愛情を得られていると言う確実性が無いからか? こんな時どうしたらいいのだろうか?拙い恋愛経験しかもたない自分にはただただ苦痛であった。 ミユキ「お兄ちゃん、聞いてる?」 俺「え?ああ、聞いてるよ。で、その彼がなんだって?」 ミユキ「その話はもう終わったよ。」 俺「そうか、ちょっとボケてたみたいだ。ごめんな。」 ミユキ「ミソラさんのことでも思い出してたんじゃないの?」 俺「え?」 俺は強い反応を示し過ぎた。実際彼女のことなど考えていなかったが疑われるには充分な反応をしていたと思う。 ミユキ「本当にミソラさんのこと考えていたの?」 俺「いや、ミユキに男友達がいること聞いて複雑な気持ちになっていただけだよ。」 思ったままを答えた。なるべく隠し事はしたくなかったし、嘘もつきたくなかった。 実際、嘘をつき通せる程器用じゃない。ミユキは俺の瞳を覗き込んだ。 俺「やめてくれ、嘘はついていないし見つめられたら目を逸らしちゃうのは知ってるだろ?」 ミユキと見つめあうと恥ずかしくてよく目を逸らした。実生活でも人と話すのに これでもかってくらいよく目を逸らす。昔から悪いことはしていないのにいたずらなどの 犯人探しの現場に居合わせるとまるで自分が犯人のような挙動を示したもんだ。 いわゆる損をするタイプだった。でもミユキはわかってくれた。こういう時、 何十年も一緒に住んだ両親よりも俺を理解してくれていると感じる。本当に良い子だ。 ミユキ「不安?」 俺「うん。」 ミユキ「嫉妬してるの?」 俺「たぶんね。」 ミユキ「そっか、お兄ちゃん私にベタボレだね。」 俺「うん。」 ミユキ「じゃぁキスしてあげる。」 最近大胆な行動が多くなって来た。これはミソラから俺に移ったものだし、 俺がミユキに移したものだ。俺に愛情が向いている間は問題ないがこの愛情表現が 他人に向くことを想像しただけでもまた不安になってくる。この不安は消せるものなのだろうか? もしかしたらこういう不安を消すために結婚を決意する人もいるのかもしれない。 結婚したことのない俺にとっては推測の域を出ないのだが。 ミユキ「安心した?」 俺「とりあえず。」 ミユキ「また不安になったらしてあげるからね。」 俺「ありがと。」 この先もうまくやっていけそう、そう思った。その時はすごく安心できた記憶がある。 そしてその後も毎週似たような週末を過ごしていった。しかし、五月も終わりに近付いた頃から 毎日のようにあったメールや電話が途切れはじめた。そこに突っ込むのは野暮かと思い自分からは その"異変"に言及することはしなかった。俺自身メールを打つのは苦手だし電話も苦手だったというのもある。 好きだからといって毎日連絡を取り合う理由は無い。…そうは言ってもやはり俺のような人間は邪推してしまうものだ。 何気ないメールや電話の内容がミユキの私生活を窺うものになっていった。他に好きな男でもできたのだろうか。 俺は何を思ったのか、寂しさを紛らわすためだったのだろうか、ミソラへメールをした。 こちらからはしないように心掛けていたがそんな意志も消えていた。仕事の内容や まだ同じ場所に住んでいるのか、バイクの調子はどうなのか、そんな内容のメールを送った。 すぐに返事は来なかった。ミユキのメールよりもミソラからのメールの返信を心待ちにしている自分を ダサいとは思ったが、そう感じてしまったのだからしょうがない。実際返事の来る夜まで何度もケータイを 確認したものだった。そして相変わらずの寂しい100円ショップ夕飯を終えた頃メールが届いた。 すぐにケータイを開くとミソラだった。たぶん部屋の中でたった一人すごい笑顔だったと思う。 ごく簡単で短い返事だった。 "金曜日に仕事終わったら19時に横浜駅のスタバで待ち合わせね。来なかったら絶交だよ(笑)"。 笑い事では無いと思った。とりあえず会社には金曜日は残業できないことを予め伝え、金曜日を待った。 当日仕事を早めに切り上げ、一度自宅に帰りシャワーを浴びてから服を選ぶ。 ファッションセンスの無い俺は以前ミユキが選んでくれた洋服を身に着けた。 若干心が痛むが別にデートするわけじゃないと合理化した。そしてバイクで横浜駅まで 向かった。トイレで整髪料をつけ、精一杯格好つけた。そしてスタバの前へと向かった。 ミソラ「アキヒロ?」 俺「あっ、ミソラ…。」 言葉が続かなかった。ミユキといると目が肥えて他の女性を品定めするようにジロジロ 見てしまう癖がなくなりつつあったし、可愛い子に耐性がついていたはずだった。 でもミソラには意味が無かった。可愛いと美人は違うんだ。北海道ではまともに私服姿は 見ることができなかった。見られたのは革パン姿の"かっこいい"ミソラだった。 そして私服のミソラは当然のように美しかった。今目の前にいるミソラは北海道で対等に 話していたミソラには見えなかった。俺は自分とのギャップに苦痛を感じた。 ミソラ「見違えるほど爽やかになったわね。声かけようか迷ったわ。」 俺「君こそ。」 ミソラ「夜御飯食べた?」 俺「いや。」 ミソラ「じゃぁ、食べられるところでお話しましょ。」 ミソラ「ひさしぶりね。」 俺「うん。」 ミソラ「ミユキちゃんは?」 いきなり核心だよ。 俺「こっちの大学に通うために家族でこっちに引っ越して来たんだ。」 ミソラ「ふ〜ん。」 俺「ミソラは彼氏できたの?」 やばい、と思った。俺こそ核心というかとんでもないことを聞いてしまった。これじゃ勘違いされてしまう。 ミソラ「いないよ。」 俺「会社どう?楽しい?どんなお仕事?」 焦りつつ俺は話題を変えた。 ミソラ「楽しいよ。派遣だけど社員登用とかもあるからやる気も出るし。横浜駅から歩いてすぐなの。 引っ越しもしたのよ。駅から近い方が良かったんだけどバイク置けないから隣駅から徒歩五分くらいのところにした。」 俺「そうだったんだ。最寄りの駅はどこなの?」 ミソラ「T駅。」 俺「もしかしてM町?」 ミソラ「違うよ。」 俺「そうか。」 ミソラ「M町には何があるの?」 俺「俺の会社。」 ミソラ「そうなんだ〜。アパートは前と同じ?」 俺「うん。あそこ気に入ってるんだ。」 ミソラ「で、本題は?」 俺「は?」 ミソラ「悩みあるんでしょ?」 俺「え?」 ミソラ「あれ?違った?突然メール来るし、内容もとってつけたようなものがずらずら並んで 気持ちが入っていないような気がしたからもしやと思ったんだけど。」 たしかに言われてみればそうだ。俺は悩んでいたのだろう。自分よりミソラのほうが俺の心を 理解できてしまっているのは驚きだった。しかしミユキのことを相談するわけにもいかない。 俺「ちょっと話したかっただけだよ。」 ミソラ「ふふ、まぁいいけどね。お酒飲む?」 俺「弱いから少しだけね。」 ミソラ「たくさん飲ませて酔わせちゃおうかしら。」 俺「大丈夫、少しだけで酔うから。経済的でしょ?」 ミソラ「じゃぁ私も同じくらい酔うようにいっぱい飲も。」 俺「そんな無理しなくてもいいじゃん。」 ミソラ「片方しらふじゃつまらないでしょ。」 たしかに酒を遠慮しがちな俺は飲み会でテンションの高い人を相手にするのが苦手だった。 バイクで来ていたけど飲むことに決めた。乗る前に酔いを覚ませばいいだけだ。 何よりゴールド免許を失うのは勿体無い。とかいいつつ俺は数カ月間のうちに二度程違反をしていた。 右折レーンの直進と駐車違反だ。ただそれぞれ3ヶ月経過したので履歴からは消えるようなことを 警察官に言われた。ゴールド免許は便利だ。まぁそれはさておき、その後は酔いのせいもあり 話題作りの下手な俺も適当に会話を続けることができた。あまり飲み過ぎるとかえって不快になるので 抑えようとした記憶があるが目の前の酔っ払いのせいで飲まざるを得なかった。 お互いに"トイレ行って来るね"という会話を何度交わしたか忘れた頃には店の閉まる時間になっていた。 ミソラ「ごめんね、もう電車無いよ。」 俺「明日は休みだし、バイクだから大丈夫だって。」 ミソラ「飲酒運転はだめだよ。」 俺「大丈夫、酔いを醒ましてから帰るから。」 ミソラ「よしよし。」 俺「やっぱミソラといると楽しいよ。今日は逢えて良かった。ありがとね。」 ミソラ「私も楽しかったよ。」 俺「ミソラはタクシーで帰るの?」 ミソラ「歩いても20分くらいだから歩いて帰る。」 俺「気をつけて帰りなよ。変質者とか多いからな。」 ミソラ「ちょっと怖がらせないでよ。」 俺「男だって襲われる世の中なんだぜ。」 ミソラ「じゃぁ家まで送って。」 俺「え?」 ミソラ「襲われたらどうするの?」 俺「…そうだね、わかった。酔いも醒ませるだろうし。」 俺「うわぁ、会社から五分もないよ、ココ。」 ミソラ「じゃぁ簡単に会えるね。」 俺「でも俺が会社にいる間はミソラは横浜で、俺が家に帰ったらミソラがここにいるんだよな。擦れ違いじゃん。」 ミソラ「細かいなぁ。そんなこと説明しなくていいの。」 俺「はいはい。」 ミソラ「ここよ、あがって。」 俺「いや、帰るよ。」 ミソラ「顔まだ赤いよ。お茶くらい出すから飲んでいきなよ。」 俺「う〜ん、男友達をそんな簡単に家に入れたらまずいとか思わないの?」 ミソラ「私そんなに軽い女に見える?」 俺「いや、見えないからこそ気になるんだよ。」 ミソラ「外見はちょっと良くなったけど、中身は変わらないのね。」 俺「…なんだよそれ。」 ミソラ「ムスッとしないの、中身は以前と同じで私の好きなままってこと。とにかくあがって。」 返事もせずにミソラの部屋に入った。とりあえず小さな座ぶとんの上に座った。 運動不足の俺にとって20分のウォーキングは堪えたようだ。すごく気持ち良かった。 何を飲むか聞かれたような気がしたがそれを待つ間に眠ってしまったようだ。 しかし、1,2時間もすると自然と目が覚めた。部屋のあかりはついたままだったが ミソラはベッドで寝ていた。俺は床に寝ていたようだ。テーブルの上にある 冷めたコーヒーを飲んだ。まずい、ブラックだ。どうしようか考えた。勝手に帰ってしまうことも 考えたが女性の一人暮らしの玄関を鍵もかけずに帰るわけにはいかなかった。 家の鍵も玄関には見当たらなかった。しょうがないからミソラの寝顔をぼけっと見つめていた。 どのくらい見つめていたのだろうか。視線はミソラにいっているが頭の中では今の状況がぐるぐると 回っていた。 ミソラが起きないことには帰れないので適当に時間を潰すことにした。 テレビは音がでるからまずいのでタンスを…じゃなくて、ケータイでもいじることにした。 ・・・そこにはミユキからの着信が入っていた。 ミソラ「待ち受けに彼女の笑顔使うなんて愛よね〜。」 俺「うわぁ、起きてたの?」 ミソラ「寝られないの?」 俺「なんか、目が覚めちゃった。もう帰ろうかと思うんだけど。」 ミソラ「本当にミユキちゃんのこと好きなのね。」 俺「…タイミング悪過ぎだよ。」 ミソラ「タイミング?」 俺「ミソラは本当に魅力的だよ。たぶん今後の人生において君以上の女性に出会うことは無いと思う。 これは嘘でもお世辞でもないんだ。心の底からそう思う。」 ミソラ「嬉しいわ。ありがと。」 俺「ミユキも同様に俺にとって一番なんだ。99点と100点なら100点を選ぶよ。でも満点と満点じゃ 甲乙つけられない。何で同時期に二人に会ってしまったんだろう。」 ミソラ「アキヒロが選んだ道は最良の道なの?」 俺「いや、ベストじゃないと思う。」 ミソラ「それは後で後悔するんじゃない?」 俺「俺もそう思う。ただ一番良いと思った選択肢は絶対に採れないようになっているんだよ。」 ミソラ「どういうこと?」 俺「俺が採りたい道は君もミユキもどちらも愛することなんだよ。」 ミソラ「ふたまた?」 俺「世間一般じゃそう言われているね。」 ミソラ「そんなの許されるわけ無いじゃない。」 俺「そう。だから一人を選ぶしか無いんだ。でも二人とも好きな気持ちは嘘じゃ無い。 どちらとも付き合いたいのも嘘じゃ無い。どちらとも結婚したいほどに愛しているのも嘘じゃ無い。 そして俺は二人を同時に愛するという気持ちは汚いものだとは思っていないんだ。 これって世の中の二股をかける男たちと変わらないのかな?」 ミソラ「わからないわ。でも女からしたら納得できるものじゃ無いことは確かよ。 その気持ちや行動が二股じゃないと証明できるの?できないと思うわ。 そしてそれができないのならただの我侭なんじゃない?」 少しの間ミソラの言葉をひとつひとつ噛みしみて理解していった。ゴルゴ13程では無いが 客観的に自分を見つめようと自分なりに冷静に考えた。確かに女性を納得させるだけの フレーズを作ることはできない。 俺「ミソラの言うことはいつも的を射ているよ。君の言う通りこの気持ちを 相手に納得させるだけのものは持っていない。」 ミソラ「ミユキちゃんとうまくいってないの?」 俺「いや、別に。」 ミソラ「ホント変わらないわね。」 俺「え?いや、ちょっと俺が気にしすぎなだけなんだよ、たぶん。」 ミソラ「お姉さんが聞いてあげるから話していきなさいよ。」 俺「…気持ちだけもらっておくよ。今日はやっぱ帰るね。」 ミソラ「せっかくの土曜日なのに残念ね。」 俺「また会える?」 ミソラ「全然問題ないわよ。あっ、バイクのところまで送ろうか?」 俺「いや、悪いからいいよ。運動不足だから歩きたいし。」 ミソラ「遠慮してばかりね。いいから乗せてあげる。断ったらもう会わないわよ。」 俺「あぅ、じゃぁお願いします。」 ミソラ「じゃぁヘルメットそこにあるから。」 俺「何で二つ持ってるの?」 ミソラ「気になる?」 俺「うん、まぁ。」 ミソラ「今度会った時に話してあげる。」 俺「じゃぁ今日の夕方にでも会いに来るか。」 ミソラ「あはは、待ってるわ。」 俺「ミソラはマフラーとか変えたりしないの?」 ミソラ「ノーマルがいいの。アキヒロは?」 俺「町中だけ走るんなら車にアピールできるからいいと思うんだけど、高速巡行すると逆に煩くて 疲れるんだよね。それに排気音よりエンジン音の方が好きなんだ。カムギアの音っていいと思わない?」 ミソラ「カムギア?何それ?」 俺「知らないの?じゃぁ今度会った時に話してあげる。」 ミソラ「真似するんじゃないの。」 俺「会う愉しみが増えるでしょ?」 ミソラ「ふふ、そうね。」 俺「レプリカの後ろって怖いね。」 ミソラ「抱きついてもいいわよ。」 俺「かっこわるいからグラブバー掴んでおくよ。すぐ近くだし。」 ミソラ「運転してみる?」 俺「いや、こけたら嫌だからやめておくよ。」 ミソラ「大型持っているんだから大丈夫でしょ。」 俺「大型持っていたってこけるし、事故るもんだよ。」 ミソラ「いいから運転しなさいって。」 俺「わかったよ、わかった。ちゃんと掴まっててよ。」 ミソラ「傷物にしたら責任取るのよ。」 俺「意味深長な言葉だな。」 ミソラ「そういえば北海道で傷物にされたわね。」 俺「おいおい、今から運転するんだから動揺させないでくれ。」 ミソラ「はいはい、準備OKですよ。」 俺「じゃぁ出発するよ。」 ミソラはグラブバーではなく俺にしっかりと抱きついてきた。夜明けの道路を横浜駅に向けて ゆっくりと走った。道は空いているとはいえギアをトップまで使うこともなく到着してしまった。 二人ともヘルメットを脱ぎミソラのバイクについて少し話した。 俺「じゃぁ帰るよ。」 ミソラ「はい、ちゅっ。」 俺「何するんだよ。やばいって。」 ミソラ「ほっぺだからいいでしょ。あら、顔赤いわね、まだ酔ってるの?」 俺「ミソラがキスするからだろ。」 ミソラ「中学生じゃないんだから。」 俺「大人だって照れるよ。」 ミソラ「フェリー乗り場じゃ照れてなかったよ。」 俺「いや、久しぶりだし。それに…。まぁいいや。気をつけて帰れよ。睡眠あまりとってないんだから。」 ミソラ「アキヒロもね。」 俺「うん、じゃ!」 女の子とえっち無しで一晩過ごすと大人になった気がする。もうすぐオヤジな年齢のやつが そんなこと言うもんじゃないという声が聞こえてきそうだが素直な気持ちだ。余裕って大事だと思う。 まぁ余裕があったわけじゃないけどね。気分はすごく良い。ヘルメットの中でニヤニヤしながら帰宅した。 バイクにカバーをかけ玄関へ向かう。しかし、一気ににやけた顔が消え、体が硬直した。 ドアにはスーパーの袋がかけてあった。急いでメールを確認した。 さっきはミソラの突っ込みがあったので内容を確認していなかったのだ。 そこにはミユキのメールがいくつも入っていた。 せっかく来てくれたのに部屋には誰もいない、ケータイの連絡もつかない、 心配しただろう。まだ早朝だったのでメールに返信しておいた。 しかしすぐに電話がかかってきた。 俺「ごめん。」 ミユキ『お兄ちゃん?大丈夫?』 俺「え?」 ミユキ『事故にあったとかじゃないよね?』 胸が傷んだ。この子は朝帰りを疑うよりも俺の体を心配してくれた。 逆に俺は朝帰りの言い訳を必死に考えていた。最低だ。 俺「大丈夫だよ。ミユキはずっと起きてたの?」 ミユキ『寝てたよ。』 俺「そうか。」 寝ていたのにそんなにすぐに電話に出られるわけないだろうに。 ミユキ『今日会えるの?』 俺「もちろんだよ。お昼頃迎えに行くから今はちゃんと寝るんだよ。」 ミユキ『今会いたい。そっちで寝る。』 俺「わかった。叔母さん起こさないようにね。」 ミユキ『うん、気をつけてきてね。』 |