− ジュウザ さんの恋愛話(その3) −

「ここも変わったな・・・」
俺は数年振りにOB会で母校を訪れた帰りに思い出の場所に立ち寄ってみた。
そこは町を一望できる高台にある小さな公園で人影はほとんど無い。
18年振りに街を見下ろすと、まるで違う場所に来てしまったか?と思うような変わり果てた景色が広がっている。
俺は煙草に火を点け、当時を思い出してみた。

通勤ラッシュの国道を左折すると高台の途中にある高校までは一本道だ。
AM8:04、俺はバイクを路肩に停止して彼女が歩いてくるのを待つ。
彼女は大抵、8:05に十メートル先の十字路から出てくるはず。
十字路から出てきた彼女の横顔、学校に向かって歩く後姿、それを追い抜きミラー越しに見る彼女の笑顔。
これが俺の毎朝の楽しみだった。

彼女とは同じクラスの弥生(仮名)、教室でも見ることは出来るのだが、
シャイ?な俺には本人や周囲に気付かれることが照れ臭くて出来なかった。
弥生は地味で、友達はほとんど居ないタイプでいつも一人で居ることが多い。
俺は進学校の中では少数派の茶髪でクラスでは浮いていたが、2〜3人の仲間と交友はあった。
そんな彼女に惚れてしまった理由は一枚のハンカチだった。

一年生の夏休みに試験場で中型免許を取り、バイトで小銭を貯め親ローンで愛車を手に入れたのは冬休みだった。
隠れてバイク通学をしていたが、毎朝、原付に乗って通学している先輩を追い抜いていくのが気に触ったらしく、
放課後に呼び出しがかかってしまった。
せいぜい2〜3人だろうと思い一人で指定場所のこの公園に行くと・・・
相手は6人、さすがの俺も敵う訳が無く、あっという間にボコボコにされてしまった。

口や鼻から血を流しながらバイクに戻ると、心配そうな顔をした弥生が立っていた。
「原田君(俺)、大丈夫?良かったらこれ使って。」彼女はそう言いながら真っ白なハンカチを差し出した。
「ありがとう、でも何でここにお前が居るわけ?」俺は口元をハンカチで押さえながら聞くと、
「美術の課題の風景画がココだから・・・」と答えた。
彼女は美術の課題の風景画の写真を撮りに来たら偶然、ボコボコにされた俺を見掛けたそうだ。
「大丈夫?何で2年生が大勢で原田君を殴るわけ?」
「俺が単車に乗ってるのが気に触ったらしいよ。」俺は口の中の血反吐を吐き出しながら言った。
彼女はバンドエイドをくれたり鼻血を止めるティッシュをくれたり、色々と気遣ってくれた。

俺は帰り道で何故か胸騒ぎを覚えていた。それはむしろ殴られた痛みより大きかった。
家に帰ると俺は必死で借りたハンカチを手洗いしたが汚れが完全に落ちなくて少し鬱になってしまったのを覚えている。
その夜、俺は胸が張り裂けそうなくらいドキドキしながら弥生の家に電話をした。
最初は母親が出たのだがクラスメイトと言う事ですんなりと取り次いでくれた。
「あ、今日はどうもありがとう。ハンカチの汚れが落ちなかったから、新しいの買って返すよ。」
「いいよ、そんな・・・ けど、原田君とは同じクラスなのに話をするのって今日が初めてだよね。」
「あ、考えてみればそうだね。」
「ちょっと怖い感じがしたけど話してみれば普通なんでちょっと安心した。」
電話だと話しやすいのか、取り留めの無い話を15分くらいして受話器を置いた。

嫌われてた訳ではないと思うが、クラスメイトの女の子に優しくして貰ったのは初めてだった。
それにマジマジと彼女の顔を見たのは初めてで、実は好みだと言う事にも気付いた。

翌朝、登校したけどクラスの連中の前では話なんてする度胸もなく、
その日に買ったハンカチもカバンの中にしまったままで終業式を迎えた。
春休みに彼女の家に電話して最寄り駅でハンカチを渡すチャンスがやって来たのだが、
二言三言で会話が終わり、バイクのエンジンを掛けた時に、
「今度も同じクラスだったらいいね。そうだったら学校でも話しかけてね。」
と、言ってくれたのがせめてもの救いだった。

新学期、幸運にも彼女と同じクラスになれたけど、照れ臭くて話しかけられず、
何の進展も無いまま7月を迎えた。

期末テストが終わった夜、彼女から一本の電話があった。
「バイクの後ろに乗せて欲しい。」受話器の向こうで彼女がそう呟いた。
「え、マジで!」俺はびっくりして大声を出してしまった。免許取得後一年経ってないことはこの際気にしないw
「私なんかじゃ駄目かな・・・」
「全然OKじゃん!日曜日はバイトだから夏休みに入ってからでいいかな?」俺は声が裏返っているのに気付いた。
「夏休みは遠くに行くから駄目なんだ・・・明日なんてどう?」
「え、俺は別に学校なんてサボっても構わないけど・・・ 鈴木(弥生の苗字)はヤバくない?」
「試験が終わったんだから羽を伸ばさないとね。」
ちょっと元気の無かった弥生の声が急に明るくなったのを覚えている。
その夜、バイク仲間からヘルメットを借り、翌日着ていく服を丹念にチェックしている俺は有頂天だった。

翌朝、いつもと同じ時間に家を出て、弥生の最寄り駅から学校とは反対側の隣駅に到着し、
コインロッカーに学生服を押し込み彼女を待った。
電車が到着して暫くすると彼女が改札から出てきた。
私服だったので始めは分からなかったが、ジーンズとTシャツをラフに着こなす彼女に惚れ直した。
「ごめんね、急に変な事頼んじゃって。」
こんな笑顔の弥生は見たこと無いって言うくらいの笑顔で彼女が言った。
「だから、全然OKだって電話で言ったじゃん。」
俺も釣られて笑顔で答えた。

「で、何処行く?」俺は彼女のヘルメットの顎紐を締めながら言った。
フルフェイスじゃなければ息がかかるくらいの距離で目が合ってしまったけど、俺は何故か目を伏せてしまった。
「海が見たいな。」
「わかった!乗りなよ。」ヘルメット越しに会話するとつい声が大きくなってしまう。
弥生はタンデムシートに座り、言われた通りに俺の腹に手を回した。
緊張してるのだろうか、彼女の胸の鼓動が伝わってくるような気がした。
「しっかり掴まってろよ!」
俺はゆっくりとクラッチを繋ぎ、進路は海へとバイクを走らせた。

海に向かう国道を走りながら俺は思った。
何故、優等生タイプの弥生が学校をサボってまで俺のバイクの後ろに乗りたいと思ったのか?
何故、昨日の今日なのか?
しかし、初めてのタンデムで理由を考えている余裕は無かった。
ただ一つ言える事は、「告白するなら今日しかない。」と言うことだけだ。
所々で休憩をしながら昼前には海に辿り着いた。

遊泳禁止の区域なので海水浴客は無く、平日のせいかサーファーもまばらだった。
「潮風が気持ちいいね。」
弥生が長い黒髪を潮風になびかせながら微笑んだ。
「そうだね。」俺は高校生の分際で煙草に火をつけながら答えた。
すると・・・
「煙草を吸わないでとは言わないけど、ここで吸ったら潮の香りが台無しでしょう。」
と俺に微笑んだ。
それから小一時間、2人は肩を並べ、無言のまま海を見つめていた。

何だろう?話したい事が沢山あったはずなのに、こうしているだけで気持ちが満たされているような
不思議な感じがしたのを覚えている。
会話をしていないのに何故か会話をしているように弥生の存在感が訴えているようにも思えた。
期末試験が終わって、羽を伸ばしたくて、昨日の今日の約束で、夏休みは遠くへ行く・・・
まさか転校?
俺は勝手に解いた方程式の回答を弥生にぶつけてみた。

「勝手な予想だけどさ、転校するのか?」
背中で動揺を見せ、俺に振り向いた弥生の顔が曇っていた。
「・・・」
「何となく昨日の電話を推理して行ったらそんな気がした。」
弥生は俯いて今にも泣き出しそうになっていた。

「黙っててごめんね、引っ越す前に原田君との思い出が欲しくて・・・
地味な私とちゃんと話してくれたのは原田君だけだし・・・
私、原田君の事・・・」
「もういい!やめろ!」
俺は涙交じりの弥生の言葉を遮り、こう言った。
「その後は俺が言う。」
弥生が顔を上げ真っ白なハンカチで涙を拭きながら俺の顔を見たので、
「いつだっけ?公園で傷の手当をしてもらったときから俺、弥生の事が好きだった。」
と、半年間伝えられなかった想いを打ち明けた。
「ありがとう。私も入学した時から気になってて、公園で会ってから・・・」
そう言うと弥生はまた涙を流し、感極まりながら状況を話し始めた。

終業式の後、父親の仕事の都合で隣の県に引っ越すとの事。
引っ越し先から今の学校までは交通機関を使うと4時間かかってしまうので、転校する事になったらしい。
明日からは引越し準備や手続き等で忙しくなるのでほとんど登校出来ないので、本日の大英断に至った事。

「で?これでお別れなの?」
弥生の話が一通り終わったところで俺が尋ねた。
「・・・・」 弥生は黙ったまま俺を見ている。
「電車バスで4時間でもバイクなら2時間かかるかかからないかって所じゃん。」
俺はそう言いながら弥生の肩を抱き寄せ、彼女の次の言葉を待った。

「会いに来てくれるの?」短い沈黙の後、弥生は目に涙を溜めて問いかけてきた。
「毎日って訳には行かないけど、出来るだけ時間を作るよ。約束する。」
暫く見詰め合った後、彼女が瞳を閉じたので、俺は唇の震えを隠しながら弥生にキスをした。

その後、ファミレスで昼食を取り、来た道を引き返した。
道中、俺は初めてのキスの感覚を何度も思い出していたのを覚えている。
朝に待ち合わせた駅に戻り、別れ際に弥生が言った。
「原田君、ありがとう、これからも宜しくね。」
「俺も楽しかったよ、落ち着いたらまたどこかへ行こうよ。」
「お願いがあるんだけど・・・」
「何?」
「そのバンダナが欲しいな。」
彼女は俺がヘルメットの下で海賊結びをしていた赤いバンダナを指差した。
「え、これ?汗臭いよ・・・」
「洗濯はするけど、原田君だと思って大事にするから。」
「じゃあ代わりに涙を拭いたハンカチをくれる?」
「いいよ、じゃあ交換ね。」
彼女は照れ臭そうにポケットのハンカチを取り出し、俺に差し出した。
俺も頭からバンダナを外し、弥生に手渡した。

それから一年半、週に二、三回の手紙と電話のやり取りを続け、
月に2〜3回は往復4時間かけて会いに行ったり、途中で待ち合わせしたりして交際を続けたが、
卒業を目前にして連絡が途絶え、卒業後に自宅を訪ねてみると・・・
会ったはずの弥生の家が取り壊され、更地になっていた。
施工主の立て看板があったが、苗字が違っていた。
向かいの家の人の話ではどうやら父親の借金で一家離散状態になったそうだ。
俺はやりきれない気持ちでバンダナと交換したハンカチを庭の小枝に結びつけ家路に就いた。

初めてタンデムした夏から数えて5回目の夏の終わりに弥生から一通の手紙が届いた。
住所は書いてなかったが、消印は四国の某市のものが押してあった。
高校卒業前に両親が離婚、弥生と母親は四国の母親の実家に身を寄せ、就職先で知り合った男性と
来月籍を入れると言う事と、突然居なくなった事へのお詫び混じりに綴ってあったと記憶している。


こんな事を思い出しながら一本の煙草を吸い終え、後ろを振り返ると愛車DS11の傍に・・・
弥生が立っている訳など無いな・・・と苦笑いしながらエンジンをかけ、ゆっくりとその場を去った。



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