− カワサキの人 さんの恋愛話 −
| 会社帰りの電車の中で、携帯電話をいじってる(メール打ってる)女性にヒトメボレした。 相手は、それまで自分では”好み”だと認識していなかったタイプ。 真ん中分けしたストレートのショートヘア。上目がちの、灰色 というか銀色に近い淡い瞳。細くて高い鼻。半開きの薄い唇。 「逝くときの表情みたいな顔だなぁ。実際に逝くときは、口がもっと大きく 開くのだろうか」不謹慎だけど、最初に思ったのはそんなことだった。 瞳の色は日本人じゃないみたいだけど、雰囲気はなんとなく日本っぽいよな。 携帯をちらっとみたところ、日本語で漢字変換しているし。 そんなふうに彼女のことをチラチラと観察していた。 おれのアパートよりも1つ手前の駅で彼女は電車を降りた。 その瞬間、ほんの7,8分で恋に落ちてしまったことを悟ったおれは、 彼女を追って電車から降りた。にわかストーカーの誕生だ。 (おれの名誉のために言っておくと、こんなの初めてだ。よい子のみんなはマネしないように) 駅から、ゆっくり歩いて徒歩7分の一軒家。犬がいるようだけど特に吠えるでもない。 表札には、家長と妻のほかに、男と女の名前が書いてあった。柊京子さん、かな。 そうです。ついつい家まで来てしまいました。最後に一本脇道へ入ったけど、 ずっと人通りの多い道を通っていたし、それなりに距離をあけていたから、 怪しまれることはなかったと思う。彼女も、後ろを警戒しているそぶりはなかったから。 その翌日から、仕事の行きも帰りも、1つ隣の駅を使うようになった。 一駅分歩く。もちろんそれは健康のためです。もちろんです。 そして2ヶ月ほど経ったある日の夜、駅の方へ向かって歩く京子さんと すれ違った。一目でわかった。彼女とすれ違う瞬間、胸が苦しくなった。 まいったな。やっぱりおれはホレてしまったようだ。 立ち止まってタバコに火を付け、ふーっとひと吸いしてからさりげなくUターン。 彼女はレンタルビデオ屋に入った。これは、おれも行くしかないな。でも、どうしよう。 偶然同じビデオに手を伸ばせばいいんだろうか。そして、「はっ!」と互いに手を引っ込めて そのビデオを譲り合おうか。そんな稚拙な手法しか思い浮かばない。ダメだろ、そんなのじゃ。 しかしあれこれくよくよ考えてここに立っていても仕方がない。店頭の灰皿に煙草を投げ入れ、 おれも店内に。 大股で、とはいえゆっくりした足取りで店内をざっとチェック。彼女の姿がどこにも 見当たらない。もう一周。やはり見当たらない。あと可能性としてはアダルトコーナーしかない。 彼女はあの暖簾の奥なのか? しかし、そんな場所で同じビデオに手を伸ばすのは気まずいだろう。 と、視界の端で何かが動いた。「お疲れさまでーす」と聞こえた。 エプロンを着けた彼女が奥の小部屋(?)からカウンターに出てきた。 ほっとしましたよ。アダルトコーナーへ足を踏み入れてなくてよかった。 そうか、このビデオ屋でバイトしてたのか。となると、おれはここに入会 して、「あ、この人いいな!」と思われるような映画を借り、自分を印象 づけるのがいいだろう。ドラマ、恋愛、アクション、ホラー、何がいいのか 店内をうろうろしながら考えた。アクションとホラーは論外。恋愛ね。 いつも恋愛映画を借りる男ってのはどーなんだろ。変かな。 いろいろ考えた末、これまでに見た映画のなかでとびきりマイナーなんだけど ひどく心を打たれた名作を借りることにした。 会社帰り、3日に1回はマイナーな名作を借りた。その翌日の会社帰りに返却。 出社途中に自動返却口に放り込むなんて無粋なことはしなかった。 借りたのは過去に1度以上見たことのある映画ばかりだったから、 一度も見ないで返すことも多かった。 京子さんは遅番らしい。夕方から日付が変わる前後までという勤務体系のようだ。 それから2ヶ月。すっかりおれは常連さん。 「いらっしゃい、また来てくれたんですね。映画好きなんですね」 「いや。キミを好きなんだよ」 そんなふうな視線のやりとりのできる仲になっていたけど、 実際に口を利くのは「一泊ですね」「ええ。お願いします」 坊や、それが現実ってものさ。 いいや、おれはめげないよ。 京子さん、土曜日はバイトを休んでいるようだ。いつも土曜はいない。 そこでおれは土曜日に早起きし、バトルスーツに身を包み、ヘルメットを かぶり、サングラスを掛け、ニンジャに跨って隣の駅へ。 彼女の家から続く路地と大通りが交差する地点。その駅とは反対側で エンジンを切り、メットを脱いで、ニンジャに跨ったままポーズを決めた。 そのままトキが流れる。 通行人からの視線がイタイ。 「ライダーだ」 「ライダーだ」 と小学生たちにはやしたてられたときは、涙が出そうだった。 ガキ共の囃子声に乗じて、通行人どもが無遠慮な視線をぶつけてくる。 しかし、耐えた。ポーズを決めたまま。痔になるかと思った。 一日中ここに突っ立ってることになったら、明日からは外を歩くときに 変装しなきゃなって思った。でも、努力はむくわれるんだ。 左手に持った缶コーヒーの中身が常温になって久しく、そろそろ発酵するんじゃないか という頃、京子さんらしき女性が路地から出てくる。間違いない。 めずらしくミニスカートだけど、あの体つきと襟足は京子さんだ。 正直、気後れもあったけど、これまでじっと待っていた苦労を無にするわけにはいかない。 神秘的な彼女の瞳をのぞき込みながら「こんにちは」と声を掛けた。 彼女が戸惑ったので、おれはサングラスを外し、あらためて「こんにちは」 「あ、こんにちは。いつも、どうも」 しまった。続く台詞が思い浮かばない。待ってる時間があんなにあったにもかかわらず、 おれは何も考えていなかった。いや、考えてはいたけど、すぐおれの変な格好とか バイクの話題になるだろうと楽観視していた。しかし、現実はそんなに甘くないようだ。 ビデオ屋で何度も顔を合わせているからといって、偶然道ばたで会った名前も知らない 2人が、いきなり打ち解けた会話なんかするものか。 なぜニンジャに乗って、しかもバトルスーツ姿でストークしたのか? それは、バトルスーツこそがバイク乗りの正装だからです。当たり前だ。 というのはウソです。また、バイク乗りであるというアピールがプラスの 作用として働くなどという妄想を抱いていたわけでもありません。こんなの むしろマイナスに決まってる。 バイクの話題なんていう色気のない会話に引きずり込みたかったわけでもない し、「今度後ろ乗せてくださいよ」なんていう発言を夢見てたわけでもない。 おれが狙ってたのはインパクト。彼女の記憶に鮮明に残ること。 後日、ちゃんとした会話を交わすきっかけになるように。 しかし、実のところ勢いだけがおれのすべてだったようで、 「どうしたんですか、そのカッコ」という当然あり得べく 問いかけを受けて、どう返事したものか悩んでしまった。 この変態的な格好で町中にたたずんでいたことについて、 筋道立ったどのような理由があるというのだろうか。 「いや、峠。ちょっとバイクで出かけて。そう峠行ってきて。」 観察者がいたら腹筋に後遺症が残ってしまうくらい笑えるひと幕だったと思う。 おれはしどろもどろで「で、帰ってきて。あ、おれこの近所で。この格好は 峠へ行く人には当然で。それでちょっと一休みしてて」 彼女は、もう途中からおれの説明を理解しようという努力を放棄しているようだった。 だからおれも説明をやめた。ま、結果オーライ。ずっと待ってたなんていう疑念を 与えずに済んだに違いない。 もう潮時だ、と感じた。とゆーか、この場からはやく逃げたかった。 酔った勢いで阿修羅原を闇討ちしようと出かけたら、本物に遭遇し、 ビビって小便漏らしてしまった。そんな感じだった。 「じゃ」といっておれはメットを被った。しかし彼女は立ち去らない。 おれの発進を見送るつもりらしい。 やむなくエンジンを掛け、右手に空き缶をもったままアクセルを丁寧に あけて発進。彼女はミラーの中で小さくなりながら手を振っていた。 ・その後ビデオ屋で、彼女と「こんばんは」てな挨拶かわすくらいな仲にはなった。 ・とはいえ基本的にカウンターは2人体制。サラリーマンどもの帰宅時間にクソサラリーマン であるおれも店に行くから、彼女は大概忙しそうで、まれにカウンターで1人でも、 話なんかしてるヒマはなさそう。1人が返却中でカウンターに彼女だけだとなお忙しい。 ・でも進展もあった。視線と視線が絡み合うことはよくあった。去り際の「ありがとうございまーす」 といわれたときは、いつもおれは目礼を返し、それに彼女も目礼を返す。 今度こそ視線による会話が成立していたに違いない。これぞストーク効果だ。 (わざとらしくイージーライダー」を借りてみたりもした。これまで借りていた ビデオと明らかに路線がちがってた。 ・そうこうしてるうち、去年の夏休み。北海道から帰ってきてみたら彼女がいない。 それ以降、そのビデオ屋で彼女を見かけることはなかった。 今年の頭。まだおれは隣の駅を使ってた。もう、なんとなくの習慣だ。 そして彼女に会った。当然か。家がその駅の徒歩圏内だから。 思わず呼び止めてしまった。そしてしばし会話。 そう、はじめて会話が成立。「突然いなくなって寂しかった」等々、 あんたあたしの何なのよと言われそうな発言もおりまぜちゃったけど、 いい感じに立ち話して、しかし場所を移してまで話す時間がないってことで PCのメールアドレスを交換。おれはケータイ持ってないから。 メールのやりとりはノンビリ。おれは2日くらいで返事出してるんだけど、 彼女は2月に3本ペース。おれは、好意持ってるよというのがよーく読めば 行間からにじみ出てくるような感じのジャブをまれに盛り込んだ。何回かね。 で、さきほど彼女から久しぶりに届いたメールに、「近々、仕事帰りに カフェでお茶しましょうか」と書いてあった。 そうそう、彼女は純都心に職を得ていた。おれは新宿。 彼女に会うのは、今年の初旬に偶然会って以来のこと。 彼女の職場のある駅では、おれは一度も降りたことがないので、 店選びと、会う日時の選定を任せる旨、次のメールがいつになるのか 知らないけど、2,3日先の日時を指定してほしい旨を書いて彼女に 送った。それがついさっきのこと。 |