− 熊男◆45HBJQcJTY さんの恋愛話 −

昔の事ちょっとだけ書きます。


ある年の秋、日帰りのソロツー途中に休憩しに寄った道の駅で、
250ツアラーにまたがり、ダブルのジャケットをカコヨク着こなした、
小柄で可愛いオニャノコに思い切って声をかけた。
俺は2stオフで林道フル装備、
見た目は185センチ95キロで人に言わすと熊みたいな大男。
更にメットを脱いだ顔は実にむさ苦しい体育会系。
んで最初彼女は明らかに引いていた、でもジャンルは違えどバイク乗り同士、旅や温泉の話題で小一時間盛り上がり、自然にアドと携帯を交換して別れた。

ここは雪国で冬の間はまず乗れないので、
一日おきくらいにメールの交換をした、
彼女は東京の人でふたつ年上、仕事の都合でこっちに来てると言う。
内容は春になったら一緒に走りたいねとか他愛の無い話が主だった。

春になると二人であちこちに日帰りで出掛けて、
当たり前のように付き合い始めた。
手を繋いでツーリング先の湖畔を歩き、木陰でキスしたりした帰りに初エチーした。

このもてない俺に初めて彼女ができた!
しかも夢にまで見たバイク乗りカポー、俺は有頂天だった。

身長で35センチ、体重は50キロ以上の差があるブサ顔の俺と小顔で可愛い彼女、
よくある言い方をすれば美女と野獣って感じだった。

俺たちは休みが合うたびにいろんな所にバイクで連れ立って出掛けた、
雨が降った日は俺の車でドライブ、
彼女は人の多い有名な観光地などにはあまり行きたがらない、
訳を聞くと、私は東京生まれの東京育ちなので人が多いのには飽き飽き、
とにかく静かな所がいいと言う。
それを聞いた田舎者の俺は、都会の人とはそんなものなのかなと、
深く考えずに納得した。
それに俺の方も静かな場所で二人きりになるのは嬉しいので、特に異存は無かった。
そんな訳で誰もいない海岸、辺鄙な場所にある森林公園などが定番のデートスポットだった。
んでチャンスがあればどこでもキスばかりしていた、全く見事なバカップルだ。

その内互いが読書好きの活字中毒なのも分かり、
バカデートするだけでなく持っている本の貸し借りもする様になった、
話題の新刊本を同時に読んで感想を語り合ったりした。

俺は彼女のことが好きで好きで堪らなかった。
付き合い初めてから二ヵ月間くらい、
まるで夢を見てるみたいだった。

夢見るような毎日でも、さすがに付き合い始めてから3ヵ月くらい経つと少しは冷静になってくる。
するとこれまでは気にならなかった彼女の行動や言動になにか違和感とゆうか、
不自然を感じる様になってきた。
たとえばデートはいつも昼間だけ、
晩御飯を食べに行こうと誘っても明日仕事が早いからとか、同僚と飲み会だからとか言って断られ続けた。
アパートで一人暮らしと言っていたが、一度も部屋には呼んでくれない。
訳を聞くと散らかっているからとか、今日は東京から友達が来るからとか言ってこれもまた毎回ダメ。
当然泊りのツーリングの誘いも断られる、キャンプツーが何より大好きな俺はこれが一番悲しい。
誰かに相談したかったが、俺の友人は俺と同じく体育会系の筋肉馬鹿ばかり、
この手の相談ではアテになりそうにない。

そして同じような事が何度も続くと、
俺の中にある不安が芽生えてくる。
図体はでかいが小心者の俺の不安は疑心を呼び込む、
それを放置しておけばいずれは彼女との間に暗鬼を産んでしまうだろう。
そうなる前に何とかしなければ・・・

梅雨が来た。
雪国の短い夏に向けた産みの苦しみの時期、俺はいつもの年より100倍暗かった、
原因は無論彼女の事。
悩みの種はズバリ『彼女は人妻なのでは?』
だった、そう考えると全ての辻褄が合う、
彼女の行動、言動、静かな場所が好みだと常々言っていた事までが疑わしい、
人込みが嫌いなのではなく、俺と一緒になのを見られるのはまずい人達の目から隠れるためでは・・・
それに当時女性と付き合った経験がほぼゼロだった俺がこんな事を言うのは何だが、
彼女の女としての立ち居振る舞いは、なんつーか、年齢に比して成熟しすぎているような感じがした。

その後も会うたびに、今度こそははっきりさせるぞと意気込むのだが、
・・・話せない、もし彼女が『隠しててごめんね、もう終わりにしましょう』等と言ったら俺はどうする?
某競技に打ち込んだ高校時代にはインターハイや他の大きい大会にも出場した、
どんな大舞台でも臆したことはない、
その延長で仕事にも打ち込み、ある程度の評価はされていた。
だが彼女を前にすると、俺は単なる低能筋肉馬鹿だ、今考えてもまったく情けない。

だがやがて夏が来て、俺にとっては唐突なある事が起こった。

夏が来た。
とはいってもその年は毎日雨ばかりだったな、思うようにバイクに乗れないイライラ、忙しすぎる仕事、
そしてもちろん彼女に関する心配事、とにかく欝だった。
そんなある八月の雨の日、俺は彼女とドライブに出掛けていた。
その日は珍しく、人の集まるデパートに買い物しに行きたいと言い出す彼女。
今までそんな事は一度も無かった、『え・・・・?』と馬鹿みたいな反応をする俺。
何故かいつになく明るい今日の彼女、一緒に手を繋いで並んで店内を歩き、あれこれ見て回って結局何も買わないw
出会って以来初めて、と言っていい普通のデート。鬱な気分はいつまにか消し飛び、
心行くまで楽しみながら俺は、もしかして彼女が人妻なんてのは俺の嫉妬から来る勘繰りに過ぎなかったんじゃないかな、などと楽観的な事を考えていた。
楽しい時間はあっという間だ、いつもなら彼女が帰ってしまう時間が近くなって来たとき、さりげなく彼女が言った。

『ねえ、これから私のアパートに遊びに来ない?』

なんと初めて部屋に誘われた、やはり彼女は人妻などではなく、今まで都合が悪かっただけなのだ!
と、瞬時に都合よく解釈した俺、もちろん『行く!!!』と即答した。

待ち合わせ場所の公園に俺の車を置き、彼女の軽に乗り込み部屋に向かった。その車内では彼女はほとんど口を開かず、会話の無いまま商店街の近くにあると言うアパートに向かった。
なんだか口を開かないと言うより、運転に必死で口を開けないような感じだった。それでも十分程でアパートの前に到着、建物は新築ではないが小綺麗な感じ。
彼女の後に付いて部屋に向かうと、ドアの横に見慣れた250ツアラーが置いてある。間取りは1DKで、いかにもな一人暮らしの部屋。家具はほとんどなく、ベッド、小さな本棚、14型のテレビ、PS2。後は冷蔵庫と洗濯機があるくらい、これで全てのシンプルな部屋だった。
冷蔵庫を開けながら彼女が『ビール飲む〜?』と聞いてきたので、
俺『いや運転が・・』と言おうとして気付く、これは泊まっていってくれと言う事か!?
そうだ、そうに違いない!
ちらりとベッドを見ると枕が二つ!もう間違いない!
こうして止まらない妄想列車に乗った俺、明らかに落ち着きが無くなっていたw

両手に缶ビールを持って、近づいてきた彼女が片方を俺に差し出した。俺はビールを持ったままの手首を掴んで、そろそろと片手で引き寄せる。
妄想の勢いに任せて力一杯引っ張りたい所だが、何せ体格が違いすぎる。壊れ物を扱うように優しく、あぐらを組んだ膝の片方にひょいと顔をこちらに向ける格好に座らせた。
彼女『何すんのよ〜プンプン』などと言っているのだが、顔中で笑っている。ここで初めてビールを受け取り、プルタブをカシュンと開けて乾杯。安い発泡酒だったが、とても美味く感じた。よく覚えている。

そこから暫しの間は、スレ違いなので(ry

・・・・俺の腕枕で微睡む彼女、俺は幸せだった。頭の中からはさっきまでの疑惑など、きれいに忘れ去られていた。

浅い眠りから覚めた彼女は、『ねぇ、泊まってくでしょ?』。俺は即座に『うん!』と答えた、よっしゃ〜初めてのお泊りだ!
翌日は仕事で、職場までは車で1時間半の距離だが気にしない。朝いつもより、早起きすればいいだけの話だ。
それから二人で近所のスーパーに買い物に行き、二人で親子丼を作って夕食。食の細い彼女は茶わんで一杯しか食べなかっが、丼で三杯食った大食いの俺をみてすごいすごいと大喜びしていた。
食後はPS2で対戦格ゲーに熱中、彼女がかなりのゲーマーであることも判明したw 彼女は対戦で負けると、口をへの字にして悔しがる(-へ-#)。まあそんなこんなで夜も更けて、ベッドに入って彼女を腕枕し(ry
・・・んで翌朝、当然の様に寝坊〜遅刻〜居眠りの3連コンボ。先輩や上司に一日中怒られっぱなし、でかい図体を小さくして恐縮していた。

でも心のなかでは(・∀・)ニヤニヤ

それからは休み前の晩から泊まりに行き、仕事が始まる日の早朝に帰る生活が始まった。

週末同棲とでも言えばいいだろうか、そんな生活が始まって一ヵ月くらいたったある日の晩の事。 彼女の部屋でゲームをしていると、どうも彼女の様子が普段と違う。
気になって『どうした?』、と尋ねてみると『ううん・・何でもない』と言う答え。俺は彼女の方に向き直り『何でもない顔じゃねえぞ、何でも聞いてやるから言ってみろ!』と、やや強い口調で言った。
すると彼女は、これ以上ない位言いにくそうにしながら。
彼女『あのね・・・実は言わないで済むのならそうしたかったんだけど』
俺『・・・・』
彼女『やっぱり、熊男さんには嘘をつけない、好きな人に隠し事出来ないよ・・・』
俺『・・・・』
彼女『あのね・・・結論から言うね、・・・・あたし、離婚する事にした』

意外な事に俺は冷静だった、お互いにしばらく口を開かず沈黙が続く。

彼女『驚かないって事は、やっぱり気付いてたのね?』
その質問で沈黙を破った彼女。
俺『まあ・・・ね』

それから、彼女の長い告白が始まった。

少しずつ、絞りだすように話しだした彼女。
長い夜が始まった。

彼女『あたしは高校を卒業して、○○○○(社名を言えば誰でも知っている家電メーカー)に就職したのね。それでね、製品の検査をする部署に配属されたの。入社して1年くらいは、仕事を覚えるのに精一杯。免許を取ってバイクに乗り始めたのは仕事に慣れて、少し余裕が出てきた2年目の春だったの』
俺『今のバイクはその時に?』
彼女『ううん、最初は中古のアメリカンだった。でも凄いカスタムしててね、ぶらさがるようなハンドルでベタベタにローダウンしてたの。 すんごく乗りにくかったから、半年くらいで売って今のツアラーにしたの。イージライダーって映画知ってる?あれに憧れててね(ry』
俺は話がそれて来ても何も言わず、話したいままに話させていた。そんな訳で彼女は、しばらくハーレー・ダビッドソンへの憧れに付いて熱く語っていた。

ハーレー話が一段落すると、また話が元に戻った。
彼女『でも周りにバイク乗る人が誰も居なくてねぇ、いつも一人で走ってた。バイクは楽しいんだけど、仲間と楽しそうにしてるバイク乗り達を見てるとちょっと寂しくなったりもしたよ。』
俺『(うんうん)無言で頷く』
彼女『そんなときに、あたしの部署に新人が配属されたの。地方出身の男の子、二つ年下でひょろりと背が高い子。そう、熊男さんと同い年。その子が高校時代に原付乗ってたって言ってたのね、大きいバイクにも乗りたいとか言っててね。二人でバイクの話ばかりしてたわ、それでそのうち自然に付き合うようになって・・・・それがいまの夫』
俺『・・・・・』
彼女『付き合い初めて、すぐ彼も免許とって。二人であちこち走ったわ、そのまま付き合い初めて何年か経った。』
彼女『んで、一昨年プロポーズされた。田舎に戻って家業を継がなきゃならない、俺と一緒に来てくれって・・・悩んだけど、去年の春結婚してこっちに来た。』
彼女『彼の実家近くのアパートで、暮らし始めたんだけど・・・』
そこからは、特に話すのが辛そうだった。
彼女『楽しかったのは最初だけ、一ヵ月もすると様子がおかしいのに気付いたわ。 私がいる時には携帯の電源を切るようになって、パチンコしに行くと言って頻繁に出掛けるようになった』

彼女『でも去年の夏に、あいつが風呂に入ってるときに携帯のメールを調べてみたの。たまたま電源切るの忘れてたみたい、
すんなり見れたわ。そしたら出てくる出てくる、浮気の証拠なんてもんじゃないわね。』
彼女『二人の将来を真剣に考えたいとか、奥さんには申し訳ないんだけどとか・・・
なんか浮気って言うより・・・本気で私と別れさせて一緒になりたいみたいだった』
彼女『風呂からあがってすぐに問い詰めたわ、するとあいつ即座に土下座して私に謝ったの。ただの女友達なんだ、本気になられて俺も困ってる、もう絶対会わないし連絡もしないから信じてくれって私に言ったわ』
彼女『それで、今回だけは許すって事にしたの。でもそれから夫婦仲がぎくしゃくしはじめて・・・また一人でバイクに乗ることが多くなったの、そんな時に一人で道の駅にいる私をナンパしてきた、おっかない顔した大男が熊男さん・・・』
俺『うぅ・・・ナンパのつもりでは無かったのだが・・・』
彼女『いえ、間違いなくナンパされましたw』

彼女『女一人でバイク乗ってるとね、男の人に声かけられるなんて事はしょっちゅう。でも連絡先教えたのは熊男さんが初めてだったのよ、なんかこの人いいなあ〜って思ったから。』
俺『光栄ですw』ちょっとおどけて言うと、彼女の表情が少し柔らかくなったような気がした。
彼女『でもその後も夫婦仲は相変わらずね、良く言えば淡々と、でも今考えると惰性で一緒に暮らしてるような感じだったわね。でもその時はね、別れる気は全然無かったの。
・・・・(言いにくそうに)だって好き合って一緒になって、こんな遠くまでおヨメに来たのよ。』
俺『それはまあ・・・そうだろな』
彼女『だから熊男さんの事は気になってたんだけど、会わないでただのメル友で居ようと思ってた。また会っていっぱい話せば好きになっちゃいそうな気がしたし、好きになると今よりもっと辛くなるから・・・何より熊男さんに悪いと思ったし、でも結局はこうなってるんだけど(苦笑)。何より今はぎくしゃくしてても、夫婦でお互いに努力してれば、また昔みたいに仲のいい二人に戻れると信じてたから・・・・』
ここでふと時計を見ると十二時を回った所だった、俺は無言で立ち上がって台所に行った。やかんで湯を沸かし、なんて事無いスーパー産ブレンドのコーヒー豆を取出す。
カフェイン中毒の俺と彼女、かなり濃いめにいれたコーヒーをゆっくり飲んだ。夜はまだまだ長くなりそうだった。

カップを脇に置き、再び彼女が口を開く。
彼女『冬の間は何も起こらなかったわ、でも雪が溶けてこれから春って時だったんだけど・・・あたし、見ちゃったのよ。』
俺『何を?』

彼女『日曜だったんだけど、あいつ急ぎの仕事があるから行ってくるって言って出掛けて行ったわ。あたしは一日ゲームしてるつもりだったのだけど、外見たらすんごくいい天気だったわけ。だからね、寒いの我慢してちょっとだけバイクに乗ることにしたの。』
彼女『冬の間もまめにエンジンかけて整備もしてたからすぐに走りだせたわ、その辺一回りしてすぐ帰るつもりで出掛けたの。でもホントお日様が気持ちいいんだよね、だからちょっとだけ遠乗りしようと思ったわけ。』
彼女『それでバイパスの入り口の交差点で右折しようとして信号で停まったら、隣の直進レーンにあいつの車が停まってたの。バイクに乗ったあたしには気付いて無いみたいだった、見ると携帯で誰かさんと話すのに夢中でね。』
彼女『その顔がね・・・、仕事の話しする顔には見えなかったの。あたしピーンと来たわ、だから少し離れて後を付けてみたの。・・・・ずっと電話しっ放しで、あたしには全然気付いてなかったみたいね。それから後は予想どおり、ここと同じようなアパートの部屋に入って行ったわ。』
俺はもう口も相槌も何も挟まない、いや・・挟めない。固唾を飲んで、悲しそうに話す彼女の口元辺りを見つめていた。

彼女『その時はもちろんメチャメチャ腹が立ったわ、でもそれよりも・・・ああ〜やっぱりもうダメなんだな〜っていうあきらめの気持ちの方が大きかったわ。今思うとね、あの時あのアパートの前で別れる事に決めてたような気もするわ。』
俺はずっと、彼女の口元の辺りを見ながら話を聞いていた。もちろん俺には、彼女がそんな辛い時期を過ごして居たなんて事は知る由も無かった。
だがそれでも他愛の無いメールのやり取りに一喜一憂していた自分、それが情けなく真っすぐ目を見れずにいた。
彼女『あいつの車の前に立って電話したらすぐに出たわ、車の前を見ろって短く言って部屋の方を見た。すぐに例の部屋のカーテンが少し開くのが見えて、電話の向こうでなんかバタバタやってるのが聞こえた。』
彼女『それから部屋の前に行ってブザーを鳴らして・・・・後はお決まりの修羅場ね、この辺はあまり話したくないなぁ・・・ごめんね。』
俺『いいよ・・・、話せる事だけで。』
彼女『うん・・・、ありがと』
もう彼女の声は、静かな真夜中でなければ聞き取れない程に小さかった。
部屋の空気は重く、もう彼女に話の先を促すのは酷すぎると思った。
時計を見ると3時少し前、後もう少しで夜が明ける。そう思った時、ふと思い付いた事があった。

俺『なあ、ちょっと車で外に出てみないか?』
彼女『今から?、どこに?』
俺『さあ?、出てから考えたらいいでしょw』

その数分後には車中の二人、コンビニで飲み物とおやつを買い込んで真夜中のドライブ開始だ。
だんだん部屋から遠くなるにつれて、俺も彼女も口数が増えて来た 。
話題はほとんどがバイクの事だった、北海道の真っすぐな道、旅、林道、キャンプ、そしてハーレーの事。
なんとなく山に向かうことにして走っていると、だんだん空が明るくなって来た。
ここいらで一番高い山の中腹ににある駐車場の隅に車を止め、手を繋いで薄暗い遊歩道を歩きだす。
数分で海が見えて素晴らしく、見晴らしがいいはずの東屋に着いた。だが残念ながら、濃い朝霧で何も見えなかった。
俺は霧で濡れたベンチに構わず座り、彼女を片膝に座らせる。彼女はにっこりと笑い、ありがとうと言った。

その後しばらくは二人とも無言だったが、不意に彼女が淡々とした口調で語りだした。
・・・その後はもう夫とはほとんど会話が無かった事、そんな中で二人が別れる方向で話し合いを始めた事。
彼女『別れると決めたら、もうあなたの事が気になって仕方なかった・・。
あなたが居なかったらあの時絶対実家に帰って、二度とこっちに来なかったと思う。』
俺『そうだったのか・・・』
彼女『その後はお互いの両親も交えて何度か話し合って、しばらく別居して二人とも頭を冷やせという事になったの。
それで住んでたアパートを引き払ってあいつは実家に、あたしは改めて一回り小さい部屋を借りる事にした。』
俺『それが今の部屋ってわけか・・・』
彼女『あたしってずるい女だよね、大事なことを全部隠してあなたと付き合ってた。
・・・新しく部屋を借りる事にした時ね、もしかしてこのまま何も話さないで済むかもって勝手な事まで思ってたの。』
俺『・・・・』
彼女『その後は特に何も無かったから、もうあなたも知ってる通りよ。今年中には元の姓に戻るつもり、
・・・これで全部話したわ。もうあなたに隠し事は一つもない、これからも絶対にしないわ。』
彼女は真っすぐ俺を見て、『いままで隠してて本当にごめんなさい、・・・こんなあたしでも一緒に居てくれる?』と聞いてきた。
俺は今までの疑念が一つ一つ腑に落ちていき、同時に心が晴れ晴れとしていくのを感じてた。
もちろん俺の返事は一つしかなかった、でも照れ臭いので明後日の方向を見ながら小さく頷いただけだったが。やはり何も言わず寄り添ってくる彼女、静かな時間が流れていった・・・。
周りは何時の間にかすっかり朝になっていたが、相変わらず霧が濃くて何も見えない。
彼女と手を繋いで車に戻りながら、そういえばもう夏も終わりなんだなあと思っていた。

全部吐き出して緊張感が切れたせいだろう、彼女は部屋に戻る道中ずっと可愛い寝息を聞かせてくれた。
俺は歯を食い縛り睡魔に耐えつつ部屋に辿り着き、一緒のベッドで泥の様に眠った。
夕方頃起きだして二人で買い物に出る、まず中古ソフト屋のワゴンセールでイージーライダーのビデオを買った。
スーパーで晩の食材を揃えた後、彼女にせがまれてバイク屋にハーレーを見に行く事にした。
彼女は店員を引きつれて、あれこれ跨がったり俺に跨がらせたり質問したりしていた。
どうやら彼女は俺を洗脳してハーレー乗りにさせたいらしい、買ったらあたしにもたまに乗らせてねとか言ってるし・・・。
俺『でもそんなに乗りたきゃ、自分で買って乗ればいいんじゃないの?』
彼女『だって・・・、あたしにはもうあの子(彼女のバイク)が居るもん』
俺『俺だって(ry』
彼女『だって熊男さん、オン車も一台欲しいなってこないだ言ってたでしょ。』
俺『そりゃー、確かにそうは言ったけどさ・・・』
彼女『熊男さんが乗ればかっこいいだろ〜な〜(はぁと)』
とまあ下心丸出しで口説かれていたのだが、俺と彼女では鈴鹿4耐でのグン&ヒデヨシ組以上に体(ry・・・まあ色々試してみた。
その結果あるモデルなら、無理すれば何とか二人とも乗れそうな感じだった。
だが当時の俺は、前の年に四輪を買い替えたばかり。下手な四輪より高価なバイクを買う余裕なんて無かったし、彼女には悪いが全く欲しくもなかった。
粘る彼女の首根っ子を引きずりバイク屋を後にした、その小さい手にはしっかり見積もり書が握り締められていたのだが。

部屋に帰って缶ビールを飲みながら夕食、片付けおわると並んで座ってイージーライダーを見た。
『アメリカってテント無しで野宿しても平気なのか!?』『おおっ!ジミヘンの曲も使われてたんだな〜俺好きなんだよ!、おまえパープルヘイズって曲知っ(ry』、
筋とはあまり関係ない部分にばかり気を取られつつ見終ったが、その時は正直あまり面白くないなと思った。
でもだだっ広いアメリカ大陸を楽しそうに走る映像を見ていると、何年か前に一度だけソロでツーリングした北海道が思い出されてくる。
北海道のあの真っすぐな道を、キャプテン・アメリカとビリーの様に。
彼女と二人で笑い合いながら走る姿を思い浮べ、俺は少しだけニンマリした。
そんなこんなで夜も更けて、明日の仕事の為に床に就いた。もちろん彼女と一緒だ、俺は彼女を抱き寄せて(ry

・・・・それまでの俺の人生の中で、一番長く感じた日がようやく終わろうとしていた。

秋の日は釣瓶落としと言うが、雪国では秋そのものが釣瓶落とし。
短い秋が終わればすぐ冬だ、そうなればもうバイクは強制的に春まで冬眠になってしまう。
走りだめと言わんばかりの頻度で、休みの度に二人でツーリングに行った。
そして時にはかなり遠くまでキャンプをしに行く事もあった。
野宿初体験だった彼女、最初は何をしたらいいかわからず、現場ではおろおろするばかり。
だが二回三回と回数を重ねて行く内に、だんだん要領が良くなってきた。
そして雪国の短いシーズンが終わる頃には、テントの設営から撤収までスムーズにこなせるいっぱしの野宿ライダーに成長?していた。
そしてやがて冬が来る、雪国で冬の遊びと言ったらスキー・スノーボードだ。
毎週のように二人でゲレンデに通いつめ、バイクに乗れない時期もそれなりに楽しく過ごせていた。
その為さほどバイクに乗れないストレスを感じる事なく、バイクシーズンを目前に控えたていた頃の事。突然俺に、ある転機が訪れた。

実は当時の俺にはバイクの他に、もう一つのめり込んでいる趣味がある。(登場人物の特定を防ぐため、内容は伏せさせて頂きます)
自分で言うのも何だが、俺はその世界では結構名が通った実力者だった。
そして何の世界でもそうだが、趣味の世界には必ず専門誌があるものだ。
俺は以前その趣味専門誌の編集長とイベントで話した事があり、その時別れ際に名刺を交換していた。
だがここんとこ色々有った俺はもうそんな事はすっかり忘れていたから、その編集長からメールが来た時はびっくりしたものだった。
『ご相談したいことがありまして、いま電話してもいいですか?』、不思議に思いながらも特に断る理由もないので了解の旨を返信するとすぐ携帯が鳴った。
かなりの長電話だったが、要約すると以下の通り。
編集長『熊男さんに是非、〇〇○の〇〇についての原稿をお願いしたいのです!』
俺『えええええ!何でまた俺に、無理ですよそんなの・・・』
編集長『誰に伺っても、○○なら熊男さんしか居ないとおっしゃいますよ!』 俺『・・・少し考えさせてください。』
編集長『よいお返事をお待ちしております!』
ざっとこんな感じだった、しばらく考えたがさっぱり考えがまとまらない。
こんな時には誰かに相談するに限る、俺は夜遅いのにも構わず彼女の部屋に車を走らせた。

通い慣れたアパートの部屋に着いて、驚いた顔の彼女に事情を説明した。
俺『どうしたらいいと思う?』
彼女『絶対やった方がいい、やるべきよ!いや〜やってください!お願いしますw』
俺『何だよそれ、おまえは編集長の回し者か!』

彼女『だって〜、自分の文章が紙に印刷されて本屋で売られちゃうのよ、素晴らしすぎるわ!』
俺『だっておまえ、俺がDQN工業高校卒の馬鹿だって知ってるだろが・・・』
彼女『そんなのあなたの趣味の事書くのに関係ないわよ、ああ〜んもう!あたしが代わりに書きたい位よw』
俺『是非やってください、お願いしますw』
彼女『おまえは編集長の(ry』
とまあ夫婦漫才のようなやりとりをしながら、俺は思っていた『・・話が来ただけでこんなんだ、実際の記事になったらどんなに喜ぶんだろうなあ・・』
もっと喜ぶ顔が見たい、もっと喜ばせてあげたい。
人に読んでもらう文章に自信はなかった、でもこのチャンスに新しい事にチャレンジしたい気持ちはもちろんある。
こうして彼女の笑顔に後押しされた俺は、翌日編集長に電話して依頼了解の旨を伝えた。

かの有名なプロレスラー前田日明は、新UWF旗揚げ戦の挨拶で『選ばれし者の恍惚と不安、共に我に有り』。
と確かこう言ったものだが、依頼を受けてから原稿に手を付けるまでは俺もそんな感じだった(・・・馬鹿)。
記事の打ち合せの為こっちに出張してきた担当の編集は俺と同い年だった、挨拶もそこそこに企画書なるモノを取り出して説明し始める。
編集『え〜と熊男さんには、○○特集の中で○○○の事を掘り下げて書いて頂く事になります』
その時初めて知ったのだがその雑誌の記事は、編集部内の会議の段階でかなり細かい内容まで決めてられてしまっていた。
だから極端な言い方をすれば俺のやる事は、渡された粗筋を膨らませて色を付けて清書する作業に過ぎないとも言えた。
俺の中では物書きと言えば薄暗い部屋で、机の上の原稿に向かっていている様が脳裏に浮かぶ。そして産みの苦しみに髪の毛を掻き毟って身悶えする、明治の文豪の様なイメージが有った。
だが少なくともその趣味の雑誌に関してはそんなことはなく、課題に対して提出するレポート程度の物であるような印象を受けた(半日後には覆る)。
一時間程度で打ち合せを終え、その足で図書館に行き必要な調べ物をした。調べおわるとすぐ家に帰り、早速パソコンに向かい原稿を書き始めた。

だがいくら粗筋(企画書)があると言っても、俺はDQN工業卒の筋肉馬鹿に過ぎない。本を読むのは大好きだが、読むのと書くのは大違い(当たり前だ)。
何行も書かない内に机の前には、見かけだけは明治の文豪の様に頭を抱える筋肉馬鹿。実に大変な事を引き受けてしまったと、今更ながらに愕然としてしまっていた。
だがそれでも俺には引き受けた責任がある、何回も何十回も書き直しをして一応の形を整えた。
まずはその原稿を、編集やその世界の仲間に見せて意見を聞いてみた。きつい意見も多かったが、手直しを繰り返す内に何とか見れるようになって来た。
ちなみに一番意見がキツかったのは彼女だったのだがw、原稿に編集長のOKが出た時に一番喜んでくれたのも彼女だった。
その後に記事用の写真撮影があり、さらにその一ヵ月後に雑誌が発売された。

そしてついにXディがやってきたw

発売日にはわざわざ仕事を休んで朝から彼女と二人で開店前に本屋に並び、二人で二冊ずつ買って帰った。
俺なりに魂を削った原稿に十数枚の写真、なんとビックリ俺の記事は巻頭特集のトップを飾っていた!
部屋に帰り彼女と二人で並んで奇声を発しながら、雑誌のページをめくっていく。
他の執筆者はみな満面の笑顔の写真だが、俺だけ試合前の前田日明ばりの鋭い顔で写っていた。
俺『うわあ・・・なんて顔で写ってんだよ俺、やっぱ歯を見せて笑えば良かったかなあ?』
彼女『そんな事ないよ!、いい年こいた男のくせにヘラヘラしてる他の連中よりよっぽどいいよ!・・・いい男だね!(はぁと)』
俺『やっぱりそうか、そうだよな!』
彼女『よく頑張ったね、お疲れさま・・・惚れ直しちゃったw』
その日の晩は彼女が洒落た居酒屋に予約を入れてくれていた、二人で祝杯をあげて飲んで飲んで飲みまくった。
実にいい酒だった、普段あまり飲まない彼女もたくさん飲んでいる。
その結果彼女はきっかり3時間後に酔い潰れた、小さい体をおぶって歩いて部屋に戻る。
その姿を見た通りすがりの連中は、眉を潜めたりくすくす笑ったりしていたが俺は何も気にしない。
今俺が感じている達成感や満足感は、絶対に他人には分からない。それを分け合えるのは、今俺の背中にいる泥酔女だけだ。
部屋に帰ってベッドに寝かせ、となりに潜り込む。

俺『みんなおまえのおかげだ、ありがとう・・・』
彼女『ゔェえ゙ぇ・・・ZZZzz』


最高の一日だった。


俺の記事の評判は上々だった、雑誌発売と同時にその世界の友人たちからひっきりなしにGJ!のメールが届いていた。
フィールドに行けば知らない人に声を掛けられたり、一緒に写真に写ってくれと言われたりする様にもなった。
中には初対面の用具メーカーの人から用具サポートの話しまであった、舞い上がった俺は当然の様に二つ返事で話しを受ける事にした。
そして長年愛用した道具を物置に仕舞い込み、誰もが欲しがる最新のウェアとギアを身に纏ってフィールドに出る様になった。
そして俺はこの頃から、この世界の仕事で食って行く事を真剣に考え始めていた。
今考えれば、只の勘違い大馬鹿野郎だ。スター気取りとまでは言わないが、当時の俺は有頂天だった。
だがそっち方面に力を入れるようになると、愛車の2stオフにまたがる時間は殆どなくなる。
たまにはツーリングに行きたいなと彼女と話しつつも、いつしか愛車はチェーンから赤錆が吹く程の間放置されてしまっていた。
その後も俺には毎月のように記事の依頼があり、日々の会社勤めと原稿の締切に追われ超多忙な日々を過ごしていた。
それでも毎日楽しそうにしている俺に、彼女は何度も笑顔で頑張ってねと言ってくれていた。
彼女は何時でも俺の事を思いやってくれていた。

十六歳で初めて原スクにまたがった俺、それ以来初めてとなるバイクに乗らない夏を迎えていた。彼女はそんな俺に痺れを切らし、仕方なしにまた一人でツーリングに出掛けるようになっていた。
そんな夏のある日の事、彼女は俺に一冊のタウン誌を開いて俺に聞いてきた。
彼女『ねぇ、ちょっとこれ見てくれる?』
俺『何だこれ?・・・女性限定のツーリングクラブ設立に伴いメンバー募集中、現在のメンバー三名・・・入りたいのか?』
彼女『うん・・・だって熊男さん忙しくてなかなかバイクに乗れないし、あたし一人だとトラブルが有った時大変だし。』
俺『確かにそれはそうだな・・・う〜んわかった!楽しんできな!』
彼女『ありがと!、女の子だけだから安心してね!』
こうして彼女はツーリングクラブなるものに入ることになり、毎週の様にクラブの仲間と走りに行く様になった。
俺はと言うとメーカーから用具をサポートされている関係から、イベントの手伝いやら発売前の用具のテストなどにも駆り出されるようになっていた。
あまりの忙しさにいつしか彼女と合う時間も回数も減ってきていたのだが、その時の俺はそんなに寂しいとも思っていなかった。
そして秋がくる頃には10日以上も連絡を取らない期間がある様になった、それでもまだ俺は呑気に構えていた。
俺も彼女も充実した日々を送っていて、ちょっとお互い忙しくてすれ違っているだけだと思っていた。・・・いや違う、思い込もうとしていた。
それからの短い二ヵ月程の秋の間、週イチ程度で連絡は取っていたものの俺と彼女はまったく会っていなかった。
そしてその年も釣瓶が落ちきり冬が来た頃、ある週の頭の晩に彼女から一通のメールが俺の携帯に届いた。

題名には『大事なお話です。』、とあった。
急に改まってなんだろう?、とにかく読んでみない事には始まらない、・・・内容は確かこうだった。
『こんばんは熊男さん、しばらく会ってないけど元気ですか?あたししばらく考えてたことがあるので、その事を伝えたいと思います。』
『最近ずっと会えてないよね、熊男さんは寂しくないのかな?あたしはずっと寂しかったよ、でも熊男さんが充実してるのはあたしも嬉しかったから我慢できてたわ』
『でもあたし考えたのね、熊男さんが雑誌とかの仕事を続ける限りはずっとこうなんだなって。あたし今はまだ我慢できてるわ、でもこんな寂しいのがずっと続くかと思うと・・・。』
『あたし、もうこれ以上寂しいのは嫌だなあ。とにかく一度会ってきちんと話し合いたいと思います、今週の土曜日の晩うちに来て下さい。』
突然の長文メール、いくら鈍い俺でも彼女が何を言いたいかは察することが出来た。
すぐに電話したのだが、電源が切られていているらしく通じない。メールを送ってもみたが、待てど暮らせど返事が来ない。
どうやら電話で済ます気は無い様だった、だがすぐアパートに直接行こうと思えば行けた。
しかし俺は行かなかった、例によって原稿の締切が迫っていて身動きが取れない状態だったからだ。

俺みたいな素人にでも書ける様な原稿なんて、すぐに放り出せば良かった。
つまらない名誉欲や自己満足も、金さえ出せば誰にでも買える最新のギアやウェアなんぞ全て捨てても構わなかったのに。
すぐに体一つで彼女の所に行ってごめんなさいと言えば良かった、そして強く抱き締めればそれで全て解決していたかも知れないのに。
余計なものばかり背負っていっぱいいっぱいだった俺には、何が本当に大事で何が俺に必要か。
大事な人が側に居てくれると言うこと、大事な人の側に居てあげられるという事。
それらがどれほど大切な事か、その時の俺は何も解ってはいなかった。
そして馬鹿な俺の無駄な時間はその週も淡々と流れて行く、そしてついに土曜日の夕方がやってきた。

土曜日の夕方から車を走らせる、彼女の部屋に通じるこの道もずいぶん久しぶりだ。国道のバイパスから県道に降りて、商店街方面に向う小道に右折する。
24時間営業スーパーの駐車場に車を停め、そこから五分程歩くと部屋に着く。チャイムを鳴らすと彼女が出てきた、彼女『・・・いらっしゃい、どうぞ入って。』。
彼女の表情は硬く青白い、笑顔は無かった。俺は無言で部屋に上がり、あぐらをかいてテーブルの前に座った。
彼女もπの字状に膝を崩して座り込み、テーブルを挟んで二人が向かい合う形になった。先に口を開いたのは彼女、ぎくしゃくと口が開き始める。
彼女『久しぶりね、少し痩せたんじゃない?』
俺『そうかもな、ここんとこずっと寝不足だったし』彼女『やっぱりあれ?雑誌の仕事で・・。』
俺『ああ、毎月大変だよ。』
彼女『そっかあ・・・熊男さんはあたしと居るよりそっちの方ががいいみたいね』
俺『いや、それとこれとは別の話で・・』
彼女『ううん気を遣わなくていいよ・・・、でももうこれ以上寂しいのはあたし嫌だなあ。』
俺『・・・・・』
彼女『今日来てもらったのはね、相談ていうか・・・ずっと考えてたことがあったの』
俺『・・・どんな事?』
彼女『あたし・・・東京に帰ろうかと思ってるの』

俺は驚かなかった、彼女が別れを切り出すために俺を部屋に呼んだことくらいは察していたからだ。
それから彼女は自分がとても寂しがり屋で、これ以上俺に会えないことが耐え切れなくなりそうだと言った。
会えないくらいなら一人のほうがまだいい、東京に帰って何もかもやり直したい気持ちがあると俺にはっきり言った。
・・・この時が本当に最後のチャンスだった、今考えればやり方はいくらでもあったんだと思う。会社勤め+雑誌の仕事と彼女との付き合い、いくらでも両立出来たはずだ。
二人で都合のいい場所に別の部屋を借りても良かった、思い切ってウチに嫁に来てくれと言えば来てくれただろう。
二人で力を合わせられれば、どんな事でも乗り越えられたんだろうなと思う・・・。
俺だって彼女と別れたくはなかった、だがその世界で生きていくつもりでいた当時の馬鹿な俺。
もう雑誌の連載とスポンサーの事で頭がいっぱいいっぱい、何よりも大事な彼女を想う気持ちは心の隅に追いやられていた。
そして数時間にわたる話し合いの結果、俺たちの関係は今日この場で終わりにする事になる。
その冬最初の大雪になる夜、ふたりが出会ってから二年と二ヵ月の時が過ぎ去っていた。

話が済んだ後の彼女は、小さい顔にかすかな笑みを浮かべていた。
彼女『じゃあ・・・お別れね』
俺『ああ・・・・』
彼女は部屋の隅から一抱え位の段ボール箱を持ってきて俺の前に置いた、中を見ると俺が持ってきていた本、CD、着替え等が整然と納められている。
俺はそれを見た時、頭の真ん中から出た何かが背筋を通じて体中を急激に冷やしていくのを感じていた。
それは俺が初めて感じるリアルな別れの感触だったと思う、どうしたらいいか解らず黙って彼女を見つめていた。
彼女『名残は惜しいけどね・・・もう行かなきゃダメだよ熊男さん・・・』
俺『・・・。』
彼女『お願いだから・・・まだあたしが笑っていられるうちに出ていって・・・』
それでも俺はその場から動けないでいた、この部屋から出たら彼女と会うことはもう二度と無いだろう。その圧倒的な事実、それに打ちのめされていた。
彼女『・・・ぅうゎ・・ああああああ゙あ゙あ゙あ゙ーん!』
ついに堪え切れなくなった彼女は、いきなり大粒の涙を流して大きな声で泣き始めた。
彼女『だから゙ぁ゙・・早く出てい゙ってって行ったのに゙ぃーー!あなたにだけは絶対にこんな顔見せたくなかったのにーー!!熊男のバカーーー!!』
その時の俺は彼女のその姿に、すっかり気負されてしまっていた。無力な俺は無言で段ボール箱を抱え、靴を履いてドアを開ける。
最後に部屋のまん中で泣きじゃくる彼女にサヨナラと声をかけ、外に出て静かにドアを閉めた。
中からバタバタとドアに向かう小走りの足音が聞こえ、ガチャリと鍵を掛ける重苦しい音がした。聞き慣れていたはずのその音は、俺の中の何かをグサリと突き刺した。
その後このドアが俺の為に開く事はもう二度と無く、その音が終わりの日の終わりを告げる合図だった。

俺と彼女との話は、一応これで終わりです。
そのうち俺に時間が出来たら、彼女と別れてから今に至るまでの事を少し書こうと思ってます。



戻る