− moto12 さんの恋愛話(その1) −
| 大学卒業してすぐ自由人(無職)になったころのことです。 おれはジェネシスに乗ってて、ツーリング帰りにはいつも イタリアンレストランに寄ってました。 いつの間にかその店はバイク乗りが集まるようになり、 店にとっちゃメーワクなんだろーけど、おれは毎日楽しかった。 その店には、こまりちゃんっていう女の子がよく出現する。 店の近所に住んでて、高校中退して金も乏しく、たまに店の 手伝いをしてはタダでケーキとコーヒーをもらい、 常連客(おれたち)と馬鹿な話で時間をつぶす。 このこまりちゃんってのがすごい美人なんです。 細身で尻がキュッとしまってて、ウエストもくびれてる んだけど胸はちゃんと存在感がある。 肩を少し越える髪、瞳の大きな目、やや厚めの下唇。 ミニスカートをはいてても、恥じらいつつもキビキビ動く。 乳首をきゅっとつまんだら背筋がキューンと弓なりになりそうな しなやかな姿態。 常連どもはおれも含めて、はっきりいって全員一目惚れをした。 彼女はバイクの後ろに乗るのがスキだったし、 彼女の存在ってのは、常連が常連になる求心力だったと思う。 自由人どもが集まっていたのでみんな時間をもてあましてた。 だから、深夜の葛西臨海公園に忍び込んでペンギンと遊んで(今は不可能) ムツゴロウさんごっこしようとか、そーいった突発的なイベントというか お出かけごとは頻繁にあった。 こうしたバカさ加減を誇るようなイベントを成り立たせていた 原動力ってのも、こまりちゃんの存在なんだろうと思う。 そしてこーいうとき、彼女は辰男先輩のニンジャの後ろに乗ることが多かった。 辰男はおれの1つ先輩で、自由人歴1年と少し。ヤツが一番バイク操るの上手い ってわけでもないんだけど、いつも自信満々に知ったかぶり等するので、 ヤツの後ろってのは安心感あったんだろう。 たまぁに、ごくごく稀に、こまりちゃんはおれのジェネの後ろに乗る こともあったけど、圧倒的に辰男の後ろの方が多かった。 (今のおれから見たら、辰男はそんなにライディングに優れてるわけじゃない。 悔しい話だね。当時もヤツより上手な仲間がいたけど、そいつはちょっと 格好が良くはなかったので、そいつの後ろには、こまりちゃんったら 1回乗っただけだった。世の中残酷よ) そして、ほどなくして彼女は辰男に惚れた。 もう、惚れているとしか思えないような言動が露骨に目立った。 おれは彼女に惹かれてはいたけど、そのときは別に、 おめでとさん、としか思わなかった。 でも辰男には彼女がいたんだよね。 その彼女とたまり場(イタ公リストランテね)に来たこともあり、 こまりちゃんも彼女の存在を認識してる。 ま、それでも恋に落ちたっつーんなら仕方ないやね。 辰男ったら、自分がこまりちゃんに惚れられてるってのは気づいてるんだけど、 ついでに今の彼女と別れる気なんかないんだけど、自分より7つも年下の 女の子からジャブの連打を喰らうのが嬉しいらしくってさ、 こまりちゃんと結構いちゃいちゃしたりするんだよ、ちくしょーめ。 なんとなくバイク乗りが集まった空間なだけに、 ついでにみんな若くてライディングのスキルもたかが知れてたこともあって、 いかにバイクやライテクについて利いた風な口が利けるかってことで その場にいた奴らの序列がなんとなくついていたように思う。 トップに君臨していたのは辰男だ。 こまりちゃんがヤツに惚れたってのは、そのへんしか理由が思い浮かばないよ。 でも、彼女が2番目に気安くしていたのはオレ。 別に、2番目じゃ嬉しくないけどね。 辰男がいないときは、こまりちゃんはおれの膝の上に座って、 「こーふんしてるんでしょ」とか言って腰をくねくねさせたりもする。 スキでもない男にそんなことするもんかね?と考え出すと、頭が混乱した。 これまでの彼女の言動や立ち振る舞いの中に、いろいろな暗号が見いだせる んだ。おれの前で辰男といちゃいちゃするのは、おれを嫉妬させ、奮起させる ためなんじゃないか、とか、その手の自分に都合の良い暗号が一杯見いだせる。 ま、妄想と言ってもいいんだろうね。1つ1つは他愛のない妄想なんだろーけど、 それにしちゃあ不自然なほど、都合の良い解釈が当てはまるものばかり。 へ、ばからしーや。と思っていたよ、自分でも。 だけど、深夜の日光江戸村の立体迷路に忍び込んで遊んだ帰りに みんなでファミレスに寄って、そこでの衝撃の展開でおれの脳みそは 麻痺してしまった。 そのときのメンバーは、男4人と女2人。 女はこまりちゃんとその友達(こまりちゃんと同い年)のミカちゃん。 で、車1台とバイク1台。 おれ以外はみんなイタリアンリストランテのご近所だからね、 深夜の長距離移動だしってことで、車をとってきたんだ。 車2台でもよかったんだけど、家賃1万円のボロアパートも 散在する大学衛星都市にジェネを一晩置いておく勇気が なかったので、おれはバイクで移動することにした。 そしたらさ、「あ、わたし12さんの後ろに乗りたい」って言い出したんだ。 ミカちゃんとは数回しか会ったこともないし、複数人でのバカ話の場を 共有することはあっても、しっかりした対話をしたことがなかった。 でも、何となくね、おれに好意を抱いてるんじゃないかって感じがしない こともないような雰囲気があって、適正な距離感を設定するのにちょっと とまどっていた。(いやぁ、自信過剰すぎて、書いてて恥ずかしいけどさ) 彼女、思ったことをかなり率直に口にするタイプなので接しやすいんだけど、 こまりちゃんのようにじゃれてくるでもないし、実年齢よりちょっと背伸び した感じに澄ましてるので、本当にうち解けるまでにはちょっとだけ苦労 しなきゃなんなそうな雰囲気だったんだ。 いやね、類は友を呼ぶってことなのかな。 こまりちゃんは同性のお友達少ないようで、しかも高校中退でやることのない 彼女にとって、イタ・ランテはかなり大切な場所なんだ。そーいうところに 連れてこられるだけあって、ミカちゃんも結構魅力的。というか美人。 おっと、いま気づきました、失礼。 12さんの後ろに乗りたいと言ったのは、そのミカちゃんです。 ほぼみんながそれを止めた。夏で暖かいとはいえ夜中にバイクの後ろで 長距離ってのは、気持ちよさよりも苦痛の方が多いに違いないから。 車が事故るよりも、おれがこける可能性の方がはるかに高いしね。 だからおれも止めた。「やめときなよ」と。 もし5人で窮屈なのがイヤなのなら、車をもう1台もってきて 2人の組みと3人の組みに別れればイイと提案もした。 2人の車が寂しそうだってんなら、おれのバイクを胃上モータース(当時 不覚ながらも一緒に遊び回ったこともある自動車修理(しない)工場)に 置かせてもらって、おれも車に乗るよ、と。 でもね、「ううん、12さんとバイクで行くのぉ」と、 普段取り澄ましてるミカちゃんが珍しくダダこねる風に言い張るんだ。 「夜なのに何時間もバイクの後ろがイイなんて、バカみたい」と こまりちゃんは非難めいた止め方をした。 なんだかこまりちゃんはストレスを負ってるように感じた。 ドラフト1位の辰男もいるってのに、どう考えても、おれと ミカちゃんが一緒にバイクで移動ってことに対して焼き餅を やいてるようにしか見えなかった。 情熱の赤い跳ね馬のように、セカンドドライバーに対しても 絶対的な影響力を保持したかっただけなのかもしれないけどね。 前置きが長くなっちゃったけど、ここでの本題は帰りによったファミレスだ。 なんとなくで座った席だったけど、おれの左には美佳ちゃん。右にはこまりさん。 こまりさんの正面が辰男。その他の脇役は余った席に座ってた。 おれとミカちゃんは結構疲弊してたけどね、長い距離一緒だったし、 加速や減速で身体が触れ合ったりもしたし、信号待ちでは、 寒くない?とか色々気を遣いもしたし、ストップの都度にとぎれ とぎれの会話もしたので、かなりうち解けた感じになってた。 正直いって、おれはこまりさんから美佳ちゃんへ目移りしてたと思う。 こまりさんのストレスは焼き餅っていうよりも、自分だけがアイドルだった 空間で、自分が招き寄せた友達が人気者になっていく、というか、 自分としたしかった男たちと親しくなっていく、もしかしたら自分以上に 親しくなっていくかも知れないってことがしゃくに障っていただけなんじゃ ないかって気もして、それは単なる憶測にすぎないんだけど、そーいう憶測 にも相手の魅力を上げ下げする不思議な力があるもんだね。 なんだか支離滅裂な一文になっちゃったけど。 でね、みかちゃんとながらく一緒だったもんだから、 ファミレスではおれとミカちゃん2人での会話が結構続いてね、 まぁ、こまりちゃんも辰男を中心にその他の男どもと楽しそうに話してたけどさ。 みんな話ばかりでなかなか注文がきまらないっていうか、メニューもろくに みてなかったような状況で、いくら夜中で客もほとんどいないからって そりゃぁ失礼だろうってことで、脇役が店員を呼んだ。 慌ててメニューを見て適当に注文するおれたち。 美佳ちゃんはケーキとトロピカル7色ドリンクとか、そんなような名前の 怪しげな飲み物を頼んだ。なにそれ、美味しいの?と訊くと、 「ううん、よくわからない。でも名前が魅力的」と笑った。 そのセンスの無いドリンク名は確かに笑える。 「みかちゃんと同じ飲み物ね」とおれも注文した。 それと、違う種類のケーキを。 長時間前屈みでバイクに乗ってると、腹は減ってもしっかりしたものを 食べようって気にならない。そーいう傾向って多分あるよね。 そしたらさ、続いてこまりちゃんが 「12さんと同じケーキと、12さんと同じ飲み物」って言うんだ。 それは何の暗号だよ、店員さんが何を注文されたかとまどってるぞ、 なんていうつっこみはできなかった。なんだか憤慨してる感じだから。 まず飲み物がならび、続いてケーキがきた。 おれと美佳ちゃんとこまりちゃん以外はしっかりした食事を 頼んだのでまだ時間がかかってる。 いや、ファミレスで「しっかりした」もなにもないだろうけどさ。 で、トロピカルなんたらってのは裏切られた。 見た目は麦茶色。なんとなく七色をイメージしてたんだけどね。 それでも、わーいい、トロピカル〜なんつって、やや盛り上がりもあった。 で、味はというとこれが絶妙なまずさ。そもそも王道を行くような味だとは 思っちゃいなかったけど、南国風のフルーティーな味を漠然と想像してた。 それがですね、ライチージュースと紅茶を足して水で薄めたような味なんです。 ライチーはスキだけど、よくあるライチージュースって露骨にまがい物 っぽいじゃないですか。科学物質だけでライチー風の味を造ってみました的な。 あれを更にまずくした感じなんです。 うぉー、まずーい、とオーバーアクションでのたうって、 それはそれで3人とも笑ってさ、そんなの頼む時点でチャレンジャーだぜとか いって周りも笑ってさ、辰男はふふんバカな奴らめってな感じで鼻で笑ってたな。 で、口直しを求めてケーキを一口。 どんなケーキだったか覚えてないけど、いわゆる普通の味だったと思う。 みかちゃんのケーキは純粋に美味しいらしかったけど、おれのはそこまでじゃなかった。 で、とりあえずウケを狙って、というかその場の流れもあったので、 またも「うげー、これまたひでぇー」とおれは顔を歪めた。 「わーい、12さんと同じケーキぃ」ってはしゃいでたこまりちゃんが ケーキの端を切り落とそうとしてたんだけど、フォークをもつ手が止まった。 「ナイス寸止めだ。そのままにしとイタ方がいいよ。トロピカルとの絶妙な ハーモニーで、口の中がなんというか喪中のような感じだよ」 もう、受け狙いってのではなくて、惰性というか、一貫性をもたせるだけの ための、何の意味もない発言だったけど、何かがこまりちゃんの機嫌を損ねた。 「何それー、12さんが悪いんだからねー」 彼女はざくざくざくと乱暴にフォークを押し当てて、ケーキをいくつもの断片に分解した。 「えー、そんなに不味いのぉ」とみかちゃん。店員に気を遣って小声だ。 「だったら一口どーぞ」と、自分のケーキの欠片を刺したフォークを おれの口元に付きだした。 すかさず後頭部を引き気味にして顎を先に付きだし、エサに飛びつく 鯉のような滑稽な調子でパクっとそれをいただいた。 周りを笑わせようっていう仕草だ。 その食らいつきかたはそれなりの効果を上げて、軽い笑いを引き起こした。 けど、こまりちゃんは笑わなかった。 それどころか次の瞬間、フォークを雑にテーブルに落として、そのフリーになった 右手で、自分のケーキを上からグシャっとつぶした。右手を勢いよく振り落とした というか、ケーキの上に叩き付けた格好。すかさず笑い声が収まった。 「もぅ、何なの、このケーキは」と憤懣やるかたない調子で吐き捨てると、 今度はつぶれたケーキをすくいとるような感じで、ゆっくりと右の手を 握りしめる。指の間からうにゅうにゅもりもりとあふれ出てくる さっきまでケーキだった物体。 みんな無言だった。おれも含めて、自分がどーいう事態に直面しているのか 理解できずにとまどっていたんだと思う。 ぐちゃぐちゃと握って開いてをしてからピンと張られたテーブルクロスに 手のひらを擦りつけてケーキの欠片をなすりつけ、それでも汚れている手を ぺろっと舐めて(つまりこびりついてるケーキを舐めたわけね)、 「うわ、不味い」と言って左手でトロピカルのグラスを取る。 実際ね、おれのケーキ(こまりちゃんと同じやつね)、そんな不味くはなかったよ。 そうした時空のひずみのなか、同時並行で、他の奴らの料理が運ばれて きていた。店員さん、かなりふけたというか、疲れ切った顔の中年男性。 目の前の異変に動じないで淡々と料理を並べては奥へ引っ込んでまた もってくる。 動じないっていうより、われ関せずというか、とにかく、 別に何でもないことだって感じに振る舞ってる。 おいおい、おれなんかコメカミの血管の活発さ具合を考えるに さっきから顔がひきつってるはずだよ。おれだけなのか、ぼーぜん自失なのは? 顔を動かさないようにして目だけでこっそり周囲をうかがうと、 やっぱりみんな引きつりぎみだった。まばたきする余裕もなく、 みんなの目が一心にこまりちゃんへ注がれてる。 いや、ミカちゃんは別に何でもないって顔してたな。 こまりちゃんを注視するでもなく、ケーキを口に運んだり、 トロピカルを飲んだり、タバコに火をつけたり。 で、こまりちゃんが飲んだトロピカルなんたら。 これは疑いようもなく不味い。 彼女は一口飲んで大袈裟に「うぇ」って言ってから、 そのグラスを傾け、水の入ってるコップにじょぼじょぼじょぼと注ぐ。 こまりちゃん、水なんか全然のんでなかったからね、あっという間に トロピカルが溢れてテーブルの上にびちゃびちゃっと流れ出した。 「おい!」と辰男がたしなめた。たった2音節だったけど、おいやめろよと続く 発言なのだ(緊急なので「おい」で言葉を切らざるを得なかったのだ)と分かる、 強い口調だった。 それは手遅れで、トロピカルのグラスに入っていた氷も、既にテーブルの上に 転がっており、何人かはおしぼりを付きだして自分のところにトロピカルな 液体が押し寄せるのを防いでいるって状態だったけど、それでも先陣切って この異常事態に向き合った点で、やっぱり辰男はおれたちのなかで トップに君臨する(?)風を装うだけの何かはあるんだな、と思った。 なんというか、まともな思考回路をもっているであろう人間の声を 久しぶりに聞いたような気がして安心した。 「おい」と言った辰男、それに淡々と給仕を続けていた店員さんも立派だったと思う。 それに比べて、おれは何とふがいなかったことか。 辰男が説教を始めてくれることを願い、そーしたらこの店員さんに「おれたち 全員がキチガイってわけじゃないんだよ」って分かってもらえるだろうなんていう 都合のいい空想が頭をよぎるにまかせ、そう、ただただ辰男の説教開始を待つ 以外にはなにもできないままでいた。 しかし、「ご注文の品はこれでおそろいですね」と店員が言い、端にいた脇役が 平静を装って「はい」と答えて、店員さんが背を向けても、まだ説教は始まらなかった。 店員が背を向けたとき、こまりちゃんは水とトロピカルの溢れてるコップを 持って、「すいませーん。お水おかわり」と、閑散とした店内に響くような 大声を張り上げつつ、そのコップを腰の下へ持っていってひっくり返し、 ザパッっと中身を床にこぼした。 なるほど、これで空のコップができあがって、お水をもらって、それを飲んで ようやく口直しができるってわけだね。と、その行動を理解することはできた。 床に水をぶちまけた音は、こまりちゃんの大声にかき消されて 店員には聞こえなかったんだろうか。 「当店は、お水はセルフサービスになっておりますので」と、いたって普通の声音。 いや、聞こえてたかもしれないな。でも、その現場を見ていたにしても 知らん顔していそうな人だったし。働き過ぎで、立ってるだけで精一杯っていう 感じなのかな。働いて生きてくってのは大変だよね。 で、こまりちゃん。 セルフサービスって聞いてご不満そう。 ガン、と空のコップをテーブルに叩き付けた。 そのままうつむいて静かになる。 彼女が下を向いたから、ようやくおれたちは一息つくことができて、 互いに顔を見合わせた。これからどうするよ、とほとんどの人の目が そんな言葉を発信してたけど、目は口ほどにものを言わない。どうするかに ついての誰かしらの発信を読みとることは誰にもできなかったようだ。 こまりちゃんが静かになったものだから、ようやく端の脇役(身を乗り出さなければ こまりちゃんの目の届かないところに収まることも可能かもしれないって位置関係の 脇役)が飯を食い始め、やがて他の奴らも食い始め、なんとなく普通の食事のような 雰囲気もでてきた。 とはいえ、誰もが無言で咀嚼音が聞こえてくる不気味な空間でもあった。 そもそも、みんなすきっぱらで飯を目の前にしていながらも金縛りに あっていたわけだし、一体これば何の冗談なんだよ。 こーなると手持ちぶさたなのはおれだけだ。他の奴らは飯を食うという 立派な目的があって、それを遂行している。みかちゃんは、わたしは全然 普通よっていうオーラを発しつつ、タバコをぷかぷか。 おれもようやくタバコを吸うだけの余裕を取り戻したけど、一心不乱に 吸い続けるワケにはいかない。だって、隣でミカちゃんが平然としてるから 何か会話もしなきゃなんないだろうし、でもそうするとうつむいてるこまり ちゃんも隣にいるって野にその存在を黙殺することになってしまう。 あれだけ激しい何かの爆発があったのに黙殺するってのは、もう彼女の存在を まるまる殺してしまうようなものだろうと思えた。 かといって、こまりちゃんにどう接すればいい? なんと話しかけたらいい? は!っと気づいた。こまりちゃんの正面の辰男も、右隣の脇役も飯を食ってる。 それは腹が減ってるからであって、こまりちゃんを黙殺しているわけではない。 すると、おれが彼女に対して何らかのアクションをおこさなきゃならないってわけだ。 うーむ、どうするよ。 そうだ。とりあえずこまりちゃんを何とかするのが第一だ。 そーいうわけで彼女の空のコップをとり、 「水、飲みたいんだろ」と席をたった。 いったんテーブル離れることで流れを変えたかったというか、 単純に逃げたい心に突き動かされたのかもしれない。 で、水を注いで席に戻る。 「ありがと」とこまりちゃんが一口飲む。 ようやく顔があがった。 もしかしたら泣いてるんじゃないかとも思ったけど、 普段通りの美しい顔だった。 どうやら荒らしが過ぎ去ったらしいと感じてほっとしたところ、 こまりちゃんがコップをがたっと落として「痛!」と言った。 おれは慌てて手を出しコップを立てたけど、中の水はほとんど テーブルの上を流れていた。 ぶちまけられた水はしょせん水だから大した被害はないけどね、 テーブルクロスを伝って辰男の膝元を濡らしたその水は ケーキのクズをすくって汚く変色していたので、 「マジかよ、何だよ」とヤツは呻いていた。 辰男、結構口のまわるヤツなんだけど「マジかよ」って つぶやきは余りにも凡庸。あぁ、こいつの脳みそも現状に 対処できていないんだなぁと思うと、おれの心も少し落ちつく。 と、また「痛ぁい」と言ってこまりちゃんが右手をおれにかざす。 中指の付け根からほんのちょっぴりだけど血が出ていた。 何かの拍子に傷つけたんだろう。で、そこに水が染みたってことか。 「ちょっとゴメン」と、水の被害を受けていなかったミカちゃんの おしぼりを取って、おれはこまりちゃんの指に当ててやった。 これが適切な処置とは思わないけどね。おしぼりから雑菌だって 入るだろーし。まぁでも、まったくモーマンタイで放っておいても 気にならない程度の外傷だから何でもいいや。 そんなことより、彼女の指の根っこをおしぼりで包んで、そのまま 小さな手をぎゅっと握りしめていたかった。 こまりちゃんは甘えたような仕草をして、もう完全に落ちついた ようだったけど、しっかり手を握っていたかったんだ。 そうしている間は、先ほどの現実を考えないで済みそうだと分かっていたから。 そのままずっと手を握り続けていても良かったけど、そうもしていられない。 みんな食事が終わってタバコも吸ったから、とっとと退散しましょうって ことになった。テーブルの上はさんさんたる有様で、もう座っているだけで お店の方々に対して申し訳ないとの思いで一杯になってしまうしね。 結局、さわぎがおこって以降、みかちゃんとはろくに口を利けなかった。 水を汲んできた後はこまりちゃんにかかりっきりだったし。 まぁでも、これはやむを得ないことなんだって、解ってもらえるでしょう。 いつものイタリアンレストランでは各自がしっかり会計してるけど、 こーやって余所でメシを食ったときは、なぜだか男達だけで割り勘する ことになってた。高校生と高校中退は貧乏だしね。 おれたちは自由人ばかり(一部社会人)だけど、失業保険もらったり バイトしたりで金欠ってわけじゃない。 で、おれの払うべき額に検討つけて、それよりやや多めの金を レシートを引っこ抜いた辰男に渡した。正規の会計分だけじゃなくて いくらか渡して「済みません」くらい言わなきゃなんないだろうと 思ったから。 もともと支払いを当てにされてなくて支払うつもりもない女たちは すたすたと出口へ向かって歩いていく。金を渡し終えたおれはその 後に続いた。 「結局、おれたちだけ食えなかったな」と、こまりに声をかけた。 (おれもケーキは一口しか食ってないんだ。マズイ発言で暴発に つながっちゃった以上、食えやしなかったんだ) 「でも、12さんが悪いんだからね」とこまりちゃん。 なんだか含みのある発言だなぁと感じた。 おれと同じものを頼んで、それがことごとく不味かったから、 2人とも何も食えなかった。”おれが悪い”のはそれについてなのか? でも、このときはそれ以上考えないようにした。 考え出すと、かなり拘泥してしまってバイクでこけてしまいそうだと 思ったから。この発言はじっくりいろんな角度から検証するに値しそうだ。 だからあとで、ベッドに横になってからじっくり考えよう。だから今は 考えるのをやめよう。 そう思ったら、その通り考えるのをやめにできた。できるんだ、おれは こーいうのが。気になりだしたら止まらなくてモヤモヤしたものが そのまま脳みそにいついてしまうなんてことがない。 こうした切り替えって多分特技と言うこともできるんだろうな。どーでもいいけど。 で、帰り道。 来たときと同じようにミカちゃんがおれの後ろに乗った。 来るときと違って話すことがない。あんなことがあったんだからね。 こまりちゃんのご乱心ぶりに頬被りして他の話をするのは不自然だ。 「大丈夫、寒くない?」との問いかけも、彼女を心配してのものではなくて、 単に話題がないから出てくる空疎な言葉にすぎなかった。 結局、何でもいいからちゃんとした会話しなきゃイカンだろうと決心した。 ミカちゃんをほったらかしてこまりちゃんの手を握り続けていたことを 謝って、それからでないと普通な会話はできなかった。おれの心境としては。 で、そのためにはまずこまりちゃんのご乱心ぶりを俎上に乗せるのが自然だった。 それに当たって、いかに自分がとまどったかってのを正直に話すのは、 こまりちゃんの手を握り続けたことの言い訳としてうまい伏線をはってくれる だろうと思った。 みんなの地元(おれの地元だけがそこからバイクで20分くらいだけど)が 近づいてくると信号で止まることが多くなってきた。太陽が顔を覗かせ始めた ばかりだけど、あたりはもう明るい。 「あのさ、さっきのこまりのことだけど・・・」とおれ。 とりあえずみかちゃんがあの出来事(とそれへのおれの対処)をどのように 捉えているのか知りたかったので、わざと言葉を続けないで彼女の反応をうかがった。 「あ、あれね」と平然とした声。 「驚かなかった? そーいえばみかちゃんは何だか平然としてたようにも見えたけど。 おれはもう何がどーなってんだかサッパリ解らなくて、もうどーしていいもんだか」 (と、さきほど思い描いたとおりに、自分は適切な判断力を欠いてたよってことを言い連ねた) 「べつに。こまりはいつもあんなじゃないの」 「え、そう? そんなことないよ。あんなの初めて見たよ」 「そうなの? でも、いつもあの子はあんなふうだよ」 「ウソだぁ、それは信じられない。彼女に何かあったんじゃないの? でなきゃあ、あんな振る舞い普通はできないよ」 以上の会話は信号待ちの度に繰り返された断片たちの再構成です。 みんなのたまり場であるイタリアンレストランは当然閉まってたけど、 そこに戻って解散となった。 みかちゃんはおれが帰るのと同じ方向なので、歩いて数分の距離だけど、 そのままバイクの後ろに乗り続けた。 ミラーからみんなの姿が消えると、おれはスピードを落とし、ややクビを ひねって彼女との話を再開した。「いつもあんなだ」ってのが引っかかってたから。 「ねぇ、こまりってさ、おれは初めて発狂を見たんだけど、そんなに いつもあんなふうなの?」 「だから、そーだってば」 「なんか、そう言われてもいまいちリアリティないなぁ。今日はなんか 特別いやなこととか、何かあっただけなんじゃないかな。だって、 いつもあんなふうだったら、生活できなくない?」 「だから中退したんでしょ」 「うーん、なんかピンと来ないんだよね」 とっくにみかちゃんの家の前に着いていた。 エンジンを切って、おれたちはタバコを銜えていた。 そーいや、ほったらかしのことをみかちゃんにあやまってない。 そのうえ、延々とこまりちゃんのことを話題にしてるのは みかちゃんに対して非常に失礼なんじゃなかろーか、と気づいた。 でも、もう謝るべきタイミングを逸してしまっているようにも思える。 とりあえず、今日のメンバーのなかで一番こまりちゃんのことを知ってる であろうミカちゃんから、おれがあとでじっくり考えるこまりちゃん 暴走の理由について、何かしら有力な参考意見を引き出したかった。 おれの頭の中では、それが最優先になっていた。 「もしあれがいつものことだとしてもさ、そのいつものご乱心には、 いつもそれなりの理由があるんでしょ。でなきゃさ、何の理由も なく、あんな大暴れってできないもんだと思わない」 「知らない」 「何か心当たりってない?」 「わかんないってば」 「でもさ」 「ケチャマンだったんじゃないの。つまんないからもう帰るね。お休み」 ミカちゃんが家の中に消えると、迷惑にならないように少しだけバイクを 押してからエンジンをかけた。 独りで乗っているとバイクが軽快だ。後ろに気を遣わなくていいってのが 心も軽快にさせてくれ、幸い車もいなかったのでスラロームなんかしながら、 みかちゃんのナゾの言葉を考えていた。 独りならね、走りながら考え事したって、そうそう転ぶような気もしないし、 もし転んでも自分の責任で自分だけが怪我をするのなら、まぁ納得できる。 ナゾの言葉。そう。ケチャマンだ。 ケチャマン、ケチャマン、ケチャマンとつぶやいていて、ハッと気づいた。 なんという下品でおぞましい表現だろう。こんな表現をみかちゃんが 発明したとは思わないけど、どーしてこんな汚らわしい表現を口に できるのか。 おれも口は悪い方だけど、それでもケチャマンだなんて、そんな単語は 口にできないよ。なんつーか、沢山ある表現のなかからその言い回しを 選んでしまったときの、その背後にあった心情がさぞ汚らしいんだろうな と思えてしまってやりきれない。 (ま、おれも若すぎたってことで許してください。なぜそんな表現を 彼女が使ったのかってところまで思い至る心のゆとりはなかったんです) で、問題はこまりちゃんの発狂だ。 生理で片づけるのは乱暴だと思った。 いや、生理でもいいけど、それは火薬の蓄積にすぎない。 それに着火した原因は一体何なのだろうか? おれか? おれが原因なのか? 「でも、12さんが悪いんだからね」ってのは、つまるところ焼き餅なのか? 焼き餅だけであそこまでの発狂があるというのもにわかには信じがたい。 それに、こまりちゃんのドラフト1位は辰男だ。 辰男を前にして、後順位のおれのためにあそこまで発狂できるだろうか? とはいえ、他に思い当たる原因はない。 それに、時間の経過と出来事を整理しても、やっぱりおれの何かしらの 言動が引き金だったのは間違いないように思える。 でも、単なる焼き餅であそこまで? 到底理解できない。 おれか? おれが原因なのか? (冒頭に戻る) こんなふうに思考がぐるぐるループした。 で、これ以上考えないことにした。考えることを保留にした、が正確かな。 結論は、彼女の発狂についてはさっぱり理解できません、てところだ。 自分のことを回想的に書くと、テーマがテーマだけに自惚れ屋のような 印象を与えてしまうだろうけど、実際のおれは、恋愛関係については かなり謙虚だ。 何度ジャブをくらっても、相手がおれに恋愛感情を抱いてるっていう 確証が掴めるまでは、(更におれもその相手に恋愛感情を抱いていな ければ)適度な距離を保ったまましらばっくれてることが多い。 恋愛関係で自信過剰なヤツを数人知ってるけど、端から見てて 醜く感じられるからね、その反動でおれはかなりすっとぼけになってる。 自分を偽るとかじゃなくて、自然な脳内のからくりとして無自覚なまま すっとぼけるようなことも多く、「お前は恋愛について完全にバイアス が掛かってるよ。それって、却って良くないよ」と指摘されたこともある。 発狂の原因について考えるのを保留したってことは、 こまりちゃんの発狂を半ば忘れてしまうことでもあって、 おれとこまりちゃんは何ごともなかったかのように接していた。 でも、他のヤツは、現場に居合わせなかったヤツも含めて 彼女に対してちょっと距離を取ったようでもあった。 ひとりを除いてね。 NSR250に乗る身長160cm、推定体重120キロの男がいたんだ。 仮名を胃上としておこう。 みかちゃんがたまり場に入り浸ることが多くなり、 こまりちゃんの人気にかげりが見え始めるにつれ、 胃上がこまりちゃんにまとわりつくようになった。 いや、まとわりつくってのは悪意のこもった言い回しだなと思うけどね。 どうもこまりちゃんは迷惑そうにしてたようなので。 なんだろね、一体。株価が落ちたからいまが買い時だってことなのかね。 胃上の心理はよく解らないや。 ファミレスの発狂から1か月後くらいの22時ごろ。 胃上が美味しいカレー屋を発見したってーので、急遽みんなで行くことになった。 (イタリアンレストランでさんざダベって遊んでいて、カレー屋へ行こうってんだから、 イタレスのマスターには悪いことしたなぁと反省してます) その日は車が2台。バイクが2台。バイクはおれとビラーゴのビラオ。 こまりちゃんはおれとビラオのそばにいた。 おれの後ろに乗りたくて、誘ってくれるのを待ってた、とは言わない。おれは謙虚だから。 彼女、本当にバイクの後ろに乗るのがスキらしいんだ。 だからどっちの後ろでもいいから乗りたかったのだろう。 「乗る?」って、声を掛けようとしたら、それよりはやくみかちゃんが 「わたし12さんのバイクぅ」と言っておれの横にきた。 「じゃぁ、こまりちゃんはこっちの車に乗りなよ」と胃上。 女に対してはなかなかに引っ込み思案なヤツだけど、 こまりちゃんは株価暴落中だからか、彼女に対しては近頃やけに 積極的で、「こんなの乗れる機会滅多にないよぉ」 それは客から車検で預かったポルシェだった。 ポルシェの何てやつかわからないけど、古い方の、よく漫画なんかに 出てくるいかにもポルシェなカタチのポルシェ。 試乗と称して結構乗り回して、給油はレギュラー入れて、 あれぇ、やっぱレギュラーだとふけが悪いなぁなんていってやがった。 「や。わたしバイクがいいんだもん」おれをちらっと見てから、 「ビラオさん、乗せて」と言って、ヤツの返事も待たずに後ろに跨って 半キャップをかぶった。 カレー屋ね、1時間くらい走ったかな。 結構いい雰囲気の店でさ。 おれは学生じゃなくなって日が浅かったのでそーした店に行ったことが なかったからかもしれないけど、インド人シェフのカレー屋ってのは 初めてで、ちょっと感激した。いまじゃそーいう店なんてめずらしくない けど、当時は少なかったんじゃないかな。インド人なんて町中でも見かけなかったし。 うん、カレーもうまかったよ。特にナンが美味かった。 タージマハールしか知らないおれにとっては、感動で泣いてしまいそうなくらい 美味かった。 いや、でもカレーの前にね、その前に、まずタンドリーチキンを胃上が注文したんだ。 人数分の肉片をね。 「これが最高なんだよ」って言ってさ。 鳥っていったらケンタッキーしか知らないおれにとって、 タンドリーって言葉が、意味は分からないけど中東的な雰囲気で、 もう聞いただけでヨダレが出る思いだった。 で、どんな経緯だったかよく覚えてないけどね、 こまりちゃんに対する最近の胃上の態度変化が露骨だったこともあり、 誰かが口火を切って、2,3人がふたりを茶化したんだ。 丁度こまりちゃんと胃上が並んで座ってたってのもあったんだろうね。 (ちなみにおれはその対角線の、こまりちゃんから一番遠くにいた。 っていっても、長くはあるけど同じテーブルについてたから、 ちょっと大きい声にすれば充分会話は可能なくらいの距離だったけど) で、茶化しが結構続いたんだ。 こまりちゃんは本当に迷惑そうな顔をしてたけど、胃上はにこにこしてた。 やつ、こまりちゃんより一回り年上なんだよ。で、多分今まで彼女なんて 呼べる存在はなかったと思う。 そのくせさ、全然照れていないんだ。いやね、こまりちゃんに惚れてたと 思うよ。客観的に、そうとしか見えなかった。 それなのに、ウブであるだろう胃上が顔を赤らめもせずニコニコしている って事実がおれには感動的だった。いや、感動したわけじゃないけどね。 なんつーのかな、とにかくインパクトあったんだ。 おれが意中の相手の隣にいてみんなから茶化されたら赤くなったかもしれないな と思ったよ。 で、丁度タンドリーチキンの大皿が2つテーブルに並んだ直後だった。 自分の発見を、おれはいくばくかの衝撃を受けた発見を言わずにおれなかったので、 「胃上さんさ、さっきからすんごく嬉しそうだね」と言ってしまった。 ぜんぜんイヤミな発音じゃなかったよ。茶化すっていうより、 ヤツをちょっと讃えるような心持ちでの発言でもあったし。 だけど、次の瞬間タンドリーチキンが飛んできた。おれをめがけて。 そいつを手で掴んでおれに投げつけたのはこまりちゃんだ。 すばやい動きだった。 胃上の方を向いて発言したところだったので、彼女の動きが見えてたし、 おれは手をふってタンドリーチキンを跳ね落とすことができたけど、 手に当たった瞬間、香辛料が顔と服にとびちって、いくぶんかが 目に入ってすごく染みた。防衛本能は反応できたけど、おれの思考回路は、 何がおこったのかすぐには理解できなかった。 おれが目をこすっていると、「今のチキンは12さんの分だからね」との こまりちゃんの声が聞こえた。 (そのチキンは食ってない。床に落ちたからね。それ以来タンドリーチキン は食わず嫌いだ) この日はそれだけ。おれは情けないことに、怒りが湧いてこなかった。 それよりも、投げるに至った彼女の動機を考えるのに夢中で黙りがちになった。 ファミレスと比べたら発狂ってほどじゃない。 いや、手づかみでタンドリーチキンというその場の誰もが期待していた 胃上お勧めの食い物を投げつけるって行動は、やっぱり異常だとは 思うけど、ファミレスの一件と比べたら軽い爆発ってところだろう。 しかし、これで2回こまりちゃんの異常行動を見てしまった。 もうサンプル数は充分だろう。 この前保留していた思考を再開させなきゃならない。 彼女の異常行動、その原因は、理由は、望みは、一体何なのだろうか。 そうそう、書き忘れ。そのカレー屋のときは辰男はいなかった。 いや、辰男なんかどー^でもいい。 もうね、結論から言うと、こまりちゃんはおれのことをとっても スキなんじゃないかとしか思えなかった。だからあそこまで狂うんだ。 はてな? スキだとあんなに狂うものか? いやね、しかしだよ、本当に他の理由は何も思いつかない。 カレー屋では、おれはいたってソフトというか、あからさまに彼女と胃上を 茶化してたやつは一杯いた。でも、おれの発言に彼女は反応したわけだ。 つまり、おれは狂うほど好かれてる、と。 おれもこまりちゃんのことは嫌いじゃない。惹かれてたこともある。 今も惹かれてるかもしれない。 いやしかし、彼女、発狂する女だよ。 いやいやしかし、そうさせてしまったのがおれなのであれば、 おれの取るべき路は1つなんじゃないか? 自分が何を望んでいるのかよく分からなかった。 義務感なのか欲望なのか判然としないけど、 でも、何をどう考えても、おれは彼女に告白しなけりゃ いけないんじゃないかと思った。 このまま発狂が続くってのは、絶対的に悪いことに違いない。 その晩はなかなか寝付けなかった。 こまりちゃんの発狂の理由、おれの取るべき道。 何度考えても新しい発想には巡り会わなかったけど、それでも 延々と考え続けた。身体は疲れてたけど、もっともっと 考えることが山積みなんじゃないかって気がした。 で、翌日はビラオのアパートへ行って、自分の考えを話した。 こまりちゃんの発狂をヤツがどう分析しているのかを訊きに。 そして、おれの考えている行動を宣言しに。 おれはこーいうことを人に相談することはない。大事なことはいつも 全部自分で決めなきゃ気が済まなくて、自分の決定にはかなり固執して、 その決定についての他人の意見にはほとんど耳を貸さない。 だけどビラオのところに行ったってのは、これしかないと思っていつつも 義務感が勝っているような気がしてなんだか乗り気になれない「取るべき道」 について、その話をして勢いをつけて、ついでに後戻りできなくするためだった。 そーいう効果を狙っているんだってことを最初から自覚していた。 「どー思う? やっぱり原因はおれ以外に考えつかないでしょ」 「そーだろーけどね。それであんな風になるってのはヤバイんじゃないの」 「おれが付き合ってくれって言ったら、それで付き合うようになれば 収まるんじゃないかと思うんだけど」 「つきあえるの? 何日続くと思ってるの? だって、あれ、キチガイだよ、どーみても」 「だからさ、なんつーか、使命感みたいのを感じてるというかね。 おれが告白しなきゃいけないんだろうって思うんだよ」 「それはおめでとう。で、キチガイさんと楽しくお付き合いできるわけね」 「ありがとう。そーいう冷静な批評ができる点、おれはビラオを信頼してるよ」 「それはどーでもいいけど。それでキチガイさんと付き合えるの?」 「わかってる、それはもう言わないでくれ。おれも不安なんだけど、 でももう後戻りできないだろ。おれはそー思うんだ」 「そーかな。なにをそんなにせっぱ詰まってるんだか」 「このままだとどんどんキチガイっぷりが悪化しそうじゃない」 「12さ、お前、告白するのはいいけど、ドキドキしてる? 高揚してるの?」 「ナイスな質問だ。使命感を勝手に感じちゃってるだけかもしれないけどね、 でももう決まったんだ。規定路線なんだ。突き進むしかないんだよ」 「あらかじめご冥福をお祈りしておくよ」 翌日、こまりちゃんに電話をかけて、たまには2人で遊ばないかともちかけた。 彼女は快く応じてくれた。考えて見りゃ、彼女とふたりきりでどこか行くって のは初めてだ。 移動はもちろんバイク。車は好きじゃないしね。好きだったにしても買う金ないしね。 で、こまりちゃんにちゃんとしたヘルメットをあげたいと思った。 彼女、いつもいつもたまり場の近所の常連さんたちに、ボロイ半キャップを 借りてるんだけど、あからさまにボロくてね。安全性なんて望むべくもない。 みんなでじゃなくて2人で遊びいこうってことなのに、他の仲間から 半キャップを借りるってのもイヤだった。 おれは告白しなきゃなんないしね、その前に冷やかされたりして 変な雰囲気になるのもイヤだったんだ。 なので、こまりちゃんとはゆとりを持って15時に会うことにして、 まずひとりで上野へ行って、上等なメットを購入した。 しかしね、こまりちゃんにメットを渡す段階では、おれたちはまだ 付き合っていない。そんな状況で、しかもおれはいくばくかの好意を 相手に対してもっていて、そんななかで何かをプレゼントするってのは、 相手をモノで釣るような気がして、どうもイヤだった。 もちろん、付き合うことになった直後にプレゼントってのもイヤだ。 おれが偏屈なだけかもしれないけど、特別な関係の相手にモノを渡すって 好意は、束縛と裏腹なように感じられて・・・。 ま、おれが若造だったってことなんだろーけど。 なので、新しく買ったメットはおれのものにした。 それまでかぶっていたメットは、アスファルトに押しつけて軽くこすってキズを付けた。 ウソかホントか知らないけど、キズついたメットは買い換えなきゃならないっていう メット屋が喧伝しているだけなのかもしれない神話があるね。 あまり信じちゃいないんだけど、理屈付けに利用させてもらいました。 つまり、 「メットがキズついちゃったから、念のために新しいのを買ったんだ。 でも、キズっていってもたいしたことないし、まだまだ使えるだろーから こまりにあげるよ。シールドついてるし、半キャップなんかよりは マシなはずだからさ」って言って彼女に渡しました。 おれはね、捨てるにはもったいないし、丁度こまりちゃんと一緒にバイク 乗るんだから、まぁ偶然みたいなもんだけど、よかったらあげるよ、 ってな感じの、なんでもないふうを装ってたけど、彼女は結構喜んでくれた。 だからその日は、かなりいい感じでのスタートになった。 「どこ行こうか。何も考えてないんだけどさ」 「どこでもいいよ」(12さんと一緒なら、って言葉が続きそうな語調) 「じゃ、適当に動いてみよっか。右と左どっちがいい?」 「うーん、左」 「よし」と、ギアを入れる。 「しゅっぱーつ」 ああ、ほんとイイ感じだったな。最初は。 おれたちはでたらめに走りつつ、なんとなく都心へ向かっていた。 あー、あたし行きたいところがある、とこまりちゃんがおれを 導いたのは、何とかっていうブランドもののブティック。 かわいいかわいいとはしゃぎながら、彼女は店内を嬉しそうに歩き回る。 おれは苦痛だった。女の買い物に付き合うってのはいいんだけどね、 高級ブランドってのが好きになれないんだ。 そもそも買い物じゃぁない。何を買うってわけでもないんだよ。 きゃーきゃーはしゃいで見て回ってるだけ。 同じよーな店を何軒もハシゴして、おれは本格的にゲンナリした。 ちっとも楽しくない。 バカみたいにひきずりまわされてニコニコできるような大人じゃなかったし。 こんなつまらない時間の使い方して、そーこーしてるうちにバイクが イタズラでもされてたら目も当てられない。 そんなことを考えてると、顔にでちゃうんだろーね。 「いいよ、先に帰っても。わたし帰りの電車代くらい持ってるし」と言われてしまった。 なんでこんな雰囲気になっちゃったんだろーな。 なんだか、こまりちゃんもいじになってるようで、 それがややエスカレート気味で、小発狂と形容してもよさそうだった。 しかしとにかく、先に帰ってイイなんて言われて帰れやしないよ。 もうね、告白なんてどーでもいいやと思ったけどね。 そんな気分になれないし。 でも、不快なままこの日を終わりにしたくなかった。 このまま帰ったら、あとで情けない心持ちになるんだろうと解ってたしね。 でね、こまりちゃんはおしゃれな都会の人混みをかわしかわし、 ぐんぐん1人で歩いてく。 もうつきまとわないでよっていう無言の声が聞こえないでもない。 でも、おれは必死であとを追いかける。このまま人混みで彼女を 見失ってしまったことにして帰ってしまいたい。 そんなことを思い、何度も足を止めかけた。 彼女はこじゃれたブティックへ入っていく。 なぜ、おれはこんな苦行に身を投じているのだろうか。 そんな自分を呪いつつも、結局おれもあとについて その店に入る。 延々そんなことが続いた。 ようやく疲れたのか、こまりちゃんが落ちついた。 もう日が落ちてあたりが暗くなっていたけどね。 「行こーか」とこまりちゃん。 「ああ、いこう」とバイクに跨った。 来るときとは対極の気分だった。 もう、はやく彼女を家に帰したかった。 それからどーしようかと、楽しい妄想に浸って自分を慰めた。 あっつーい風呂にこころゆくまで漬かるか、ビラオのアパート行って こまりちゃんの傍若無人な振る舞いとおれの惨めさをこめかみの血管 ぴくぴくさせながら語り尽くして、騒音公害でヤツが辟易するのを 楽しもうか。 とにかく、こまりちゃんをとっとと送り返そう。 それは彼女を誘いだしたおれの義務に違いない。 しかし、走り出してしばらくすると 「あ、ねぇねぇ、晴海よってこーよ」と彼女。 晴海埠頭ね、常連メンバーたちと何度か行ったことがある。 別に面白い場所とは思わなかったけど、うんいいよ、とそこへ向かった。 もうこまりちゃんと2人でどこかへ行ったり何かしたりってのは ないと思う。もう沢山だって感じるから。だから今日が最後。 そう思うとね、まぁ晴海埠頭に寄ってくくらいお安いご用だ。 丁度そのとき走ってたとこから、そんなに遠くなかったし。 おれがつまらなそうにしてたのがいけなかったのかな。 ご希望通り埠頭についたってのに、こまりちゃんはご機嫌斜め。 発狂の原因とまでは言わないけど、原因の一部に、彼女の異常なまでの 気分屋さん加減ってのがあるんだろーな、と思った。 ほんと、なんて一日だ。 会う前までは告白しようと決意を固めてたってのに、一緒にいればいるだけ 彼女のことが疎ましくなっていく。 「あーつまんない」と彼女。 よくそーいうこと言えるよな、と人間心理についてちょっと感動した。 一般化ってのはほぼすべてが間違いだと思うけど、でもあえて一般化させて もらうと、こーいうとき不満を漏らして責任を相手にだけなすりつけるのって 女だよなーって考えてしまう。社会が女に媚を強要しているように、男には 道化を押しつけているのかな。 「カップルばっかりでつまらないー」と、またも不満の声。 「ま、そーいう場所だからね」 「カップルが座ってるベンチの端に座っちゃおーか」 「やめとけよ」 「なんで? 12さん、つまらない」 「なんでもなにもねーだろーが。ひとの幸せそうな雰囲気壊すのが楽しいのかよ」 「じゃぁさ、カップルゴッコしよーよ」 こまりちゃんが手を差し出したので、おれはその手を握った。 るんるんるん、と彼女はつないだ手を振り回しながら歩き出す。 楽しそうだ。メットをあげたときとおなじくらいの笑顔。 なんだか、ついてけねーやと思った。ほんと着いていけないというか、 しょーじき言って付き合いきれない。 でも、彼女の笑顔を見ていると、なんかこっちもニコニコしてくる。 肩に腕を回したり腰に腕を回されたり、腕を組んだり、そーいうのより 断然手をつなぐ方がいい。なんか、心がうきうきしてくるんだよね。 別れ話の寸前まで、腕を組んで寄り添って歩くことはできる。 でも、手をつなぐと、別れ話なんて消し飛んでしまう。 もうお仕舞いだっていう相手とも、手をつないで歩くと、 まだまだ先が開けているかのように思えることもある。 おれはそのくらい、手をつなぐのが好きなんだ。 だからおれの顔もだんだんと朗らかになっていったと思う。 すぐに軽口も復活し、いつもの2人のような雰囲気になり、 それを超え、「ゴッコ」以上のムードになった。 彼女、海沿いの方へとおれを導く。 そういや、おれは告白しにきたんだ。 やっぱこーやってるとこまりちゃんは可愛いというか綺麗というか ともかく魅力的だし、言うべきことを言うのだったら今かな、と そんなことを考えていると、空いているベンチもあるってのに 彼女はわざわざカップルの座ってるベンチの前までいって 手を離した。 そこのベンチも確かに5分の3ほど空いてはいるけど、 それは中央寄りに腰を下ろしていた女性が端っこに座る彼氏の方に 身を預けて熱烈なキスをしているから。 この2人は、周囲の少々の異変にも気付くまい。 でも、だからといってわざわざ異変を持ち込むこともあるまいに。 「ねー、座ろうよ」とこまりちゃん。 「ばか、なんでココなんだよ。いーから行こーって」 そのカップルがキスを止めてとまどいながらコッチを向く瞬間に怯え、 謝罪の言葉を考えながら、おれはこまりちゃんに手を差し出した。 「さ、もーちょっと歩こうよ」 びたーん! と、その手が払われた。というか、リックフレア級の バックハンドブローがおれの手のひらを打ち据えた。 「なんでよー」と、こまりちゃんが声を荒らげる。 隣のカップルが唇を離し、速い動きでクビを向けて 声のした方(こまりちゃん)を見、それからカップルの視線は ゆっくりおれへと戻った。 なんか、この状況はピンチだ。 「あ、ごめんなさいね」と軽く謝った。 そりゃー、とりあえず謝るものでしょう。それが礼儀だ。 とはいえ丁寧すぎる謝罪は相手に低く見られてしまうだろうし、 言葉上は謝りつつも、実のところあんまり気にしてなんかいないよ、 文句があったら掛かってきなさい的なニュアンスを「あ」と「ね」に込めた。 いやね、本当に申し訳ないとは思ったよ。 でも、そう思うべきなのはおれではなくてこまりちゃんだ。 何故おれが謝らなきゃならないのかという不満も少しはあったと思う。 そーしたいろんな感情や計算の結果の、ここで採るべき謝り方としては かなり正解に近い言動だったと思う。 「なによー、それ」と抗議の声。 しかしこまりちゃんは、おれの発言がお気に召さなかったようだ。 なによじゃねぇよ、まったく。 おれの謝罪が彼女の行動を悪いことと断定してしまったっていうのか? それが不満なのか? それとも、わたしはあなたの所有物でもなんでも ないのだから、わたしのことで勝手に謝らないでってことか? ふざけやがって。何にしてもこまりが平然としてるからにはおれが謝るしか ないじゃないか。不満な顔したいのはこっちだよ。とは思いつつもね、 被害者はおれじゃなくてカップルさんなんだろーけど。 「ねーねー、別にマリはあなたたちの邪魔なんかしてないよねー」 同意を求められたカップルは、わけがわからなそうでとまどっている。 いい雰囲気を邪魔された上に、見知らぬひとから馴れ馴れしく話しかけられて。 痴話喧嘩するのは勝手だけど、おれたちを巻き込まないでくれよ、ってとこかな。 「いーから、もう行こう」と、強引にこまりちゃんの腕をひっぱった。 彼女はちょっとよろけたけど、おれに引きずられて歩かざるを得ない。 「キャー、助けてぇー! チカーン! ゴーカンマァー!」 驚いたね。声のでかさもそうだけど、その発言内容に。 なんだなんだとやって来ておれを取り押さえようとするようなヤツはいなかったけど、 それでも何ごとなのかを見極めようとしているのか、付近にいたカップルどもの 視線が全部おれたちに注がれたような気がした。 もともと辺りは静かで、カップルどもは小声でアイを囁きあってたんだろうけど、 こまりちゃんの絶叫を境に一団と静かになったような気もした。 おれは怯んだよ。そりゃー怯むさ。 無理矢理腕をひっぱられて、それに抗議するってのは理解できる。 でも、ほんのちょっとでも想像力があるなら、発言内容にはもっと気を遣う ものだろうさ。彼女の発言を真に受けたヤツがいて、おれが交番にでも 連行されたらどーするんだよ。そーいう可能性を秘めた恐ろしい絶叫だってこと、 口にする前に普通気付くべきものだろーに。 で、おれは怯んで、彼女の腕を握る手から力が半減。 軽く振り払うこともできただろーに、こまりちゃんはおれの腕を思いっきりひっかいた。 痛かった。マジで痛かったので腕を放し、引っかかれた部分を確認。。 肉がえぐれてたよ、ちょっとだけどね。本気でひっかきやがった。 血も出ているのが夜目でも確認できた。 もうイイや、さっきからおれは一体何やってるんだろう。 そう思って、バイクを止めてある方へ(こまりちゃんをひっぱって 行こうとしていた方へ)ひとりで歩み進んだ。 「ばーか、ばーか」と後ろからこまりちゃんが声を張り上げる。 甘えを含んだような声だった。 なので安心した。 おれを痴漢かもしれないと思った奴もいたかもしれないけど、 今の「ばーかばーか」で、「あぁ、痴話喧嘩か」と納得してくれたことだろうから。 または、疑わしいままだけど、とにかく彼女が危機を抜け出したようなので 解決したんだろと思って、カップル作業を再び開始するだろうから。 でもね、あまり腹が立たなかったよ。 もう最初のファミレスの発狂でもそーだったけど、おれの感情がね、 こまりちゃんの巻き起こす状況変化の激しさについていけてないんだ。 ただ、疲れと虚しさを感じていた。虚無感に包まれていたと言ってもいい。 早く帰って眠りたかった。 でも、バイクに戻るとさ、そこにメットが2つあるじゃない。 このまま帰っちゃったら、こまりちゃんはどーすんのかな、と考えてしまうのさ。 だって人間だもの(みつる) んでね、エンジンはさほど冷めちゃいなかったけど、 だらだらと暖気がてらタバコを吸っていると、こまりちゃんがやって来ました。 「や、乗ってく?」 うつむいての小さい声だったけど「うん」という回答があったので、 メットを渡した。 「でもわたし、怒ってるんだからねー」 「そりゃぁ悪かった。・・・のかな。まいいや、疲れたから帰ろ」 そして、バイクに跨って走り出す。 なんだかね、このやりとり、おれってカッコイイなーというか、 寛容だなーというか、我ながらほれぼれするような雰囲気 醸し出してたような気がしないでもない。 ドラマのエンディングみたいだって思いもしたような。 ま、若造の感性なんてそんなものだってことでご容赦ください。 「あー、トイレトイレ」とこまりちゃんが騒ぎ出したのは、 走り出してすぐだった。 「なに、ピンチ?」 「まだ少しは我慢できそうだけど、結構危険。おしっこが危ないよー」 車の流れる速度で走りながらの会話だから、声は大きくならざるを 得ないんだけどね、ケチャマンさんにしてもこまりちゃんにしても、 なんつーか言語表現が露骨と言うかありのままというか。 ま、いーんだけどね。それはそれでおれにとっては新鮮な魅力で あったりもするし。 で、道沿いのファミレスに緊急避難。 じゃぁ、茶でも飲んでくか、ということに。 ファミレスに入ると席の案内も待たず、こまりちゃんはすかさずトイレへ。 その間にコーヒーを2つ注文しておいた。 結構腹も減ってたけど、緊急避難で寄っただけで、なんというかその日は いろいろなことがあったし、このまま2人で食事しようとは思わなかった。 せめてケーキくらい頼んでおこうかと思ったけど、それはいやな記憶を 再現させないまでも、露骨に思い起こさせることになるので、それも避けた。 結果、コーヒー2つだけっていう、貧乏っぽい注文になってしまった。 こまりちゃん、トイレから戻ってくる。 コーヒーを啜る。 タバコを吸う。 「ふー」っと煙を吐く。「なんか、つまんないねー」 「そーだね」 おれもタバコに火をつける。 「ふー」っと煙をはく。「なんだか疲れたなー」 「うん、疲れた」 沈黙。 「なんか、つまんないねー」 「ん、そだね」 だって、話すことなんか何もないじゃねーの。 何かを話したいよーな気分になれないよ。 手紙を書くという好意は、光を求める心によって生じるってなことを 書いてる人がいたけどね、会話ってのも、何かそーしたよいものを 求める心によって生じるんだろーな、と思った。 だからおれは今、なにも話したくなんかないんだ。 んでね、そーだ!と気付いたんだ。 おれには話さなきゃいけないことがあったじゃないか、と。 「あーもう、なんなのよ。今日の12さんはツマラナイィ」とこまりちゃん。 「もー、帰りましょ」 「ん、ちょっと待って」とおれ。 こまりちゃん、一体何よっていう顔つき。 「あのさー」 「なに?」 「あのね」 「うん」 「なんとゆーかさ」 「もー、だから何よ」 「あのさ、おれと付き合わない?」 「え、なに?」 「いやさ、だから、おれと付き合わないか、と」 「え、何それ。何のこと?」 「だからさ、もしよろしかったらおれと 付き合っていただけませんかって言ってるんだけど」 「え、え? あたし? あたしが12さんと?」 「頼むよ、何度も言わせないでくれって」 「だって、なんであたしなの? それに、そーいうこと言う流れじゃなかったじゃない」 「うん、まったく。こーいうこと言うには最悪の雰囲気だけどね、 それよりさ、おれは言うこと言ったんだから、それをほったら かして、他のこと話すってのはなんつーか、しんどいよ」 「あ、そーよね。うーん・・・」 「あ、そーよね。うーん・・・」と考え込むこまりちゃん。 「12さんはわたし好きなのね」 「ん、そりゃそーだよ」と反射的に答えたけど、ほんとにそうなのかなと混乱した。 ところで、この問答はなんなんだ。彼女は現状認識に手間取ってる。 おれから告白されるってのがまったくの想定外だったようで、 それについてはとてもショックだった。 だってさ、発狂は焼き餅が原因だったんだろ。 だったら、おれがもしこまりちゃんに惚れてるようなそぶりを まったく見せなかったにしても、告白したりされたりって空想の1つでも あってよさそうなもんじゃない。 そーであれば、もっと早く反応できるものでしょ。 てな感じでぱぱっとよぎった危惧が当たった。 「それは嬉しいんだけど・・・、ごめんなさい」 「あ、そう。うん、別にいいよ。謝らなくて」なんだかすごくホッとした。 どーしてこんなにって驚いてしまうほど安堵した。おれも現状を認識できてないのかもしれない。 「ごめんね」とpまたも謝る。 「本当に嬉しいの。でも、わたしいまキチガイだから・・・」 え、キチガイ? そう認識したうえであーいう行動があるの? そもそも「いま」ってなによ? なんというか、その日初めて、脳細胞が新鮮な刺激を受けた。 よどんでた空気が告白によってやわらいだ。 取り繕おうっていうことかもしれないけどね。 わりと普通の会話が戻ってきた。 キチガイ発言について色々と食い込んでみたかったんだけど、 いくら雰囲気が持ち直したからって、それはできなかった。 だって、おれはいまふられてしまったばかりだから。 で、別れ際。 「あのね、さっきのことはミカちゃんたちには内緒にしておくからね」 「ん、いーよ、そんなに気を遣わなくても。なんかギクシャクしちゃう よ−なら、おれがあの店に近寄らなきゃぁイイってだけのことだし」 「なんでー、12さん、もう来ないつもりなの? もうわたしと会いたくないの? 付き合うっていうのを断られたら、もう好きじゃなくなっちゃうものなの?」 「いや、そんなことはないんだろーけど」 「じゃあ、また明日ね」 結局、彼女とはいまもいいお友達だ。 キチガイ(?)という踏み越えられない一線があったせいで、 友達以上親密になることがなかったので、友達の関係を維持できていて、 おれにとっては今やたった1人の女友達。 おれのすべての歴代バイクの後ろに乗ったことがあるのも彼女だけ。 老後はハーレーでタンデムでもするかな、って感じです。 |