− みゅーる◆BSchryxtrk さんの恋愛話 −
| その日はちょっと急いでいたんです。本郷の職場から白金にいる上司の友人に とどけもの。「私はバイク便かよ」って思いながらもヒエラルキー色の強い 職場では逆らうこともできず、届けものをショルダーバックに入れてしぶしぶ承諾 しました。届ける時間を聞くとあと30分。もうまにあわないかも。ああ、ボスも もっと早く言ってくれればいいのに。 出発時はもやもやしていた気分も、愛車で走り出せばすぐにご機嫌(単純だね わたし)。愛車で右へ左へ車の間を縫うように走って行きました。 トラックの後ろについたので、左車線に進路変更。 ウインカーオン!、左後方確認、3速から2速へ、回転を合わせてクラッチミート。 エンジンのふけ上がる音大好き。 しかし、調子に乗っている私に天罰が。 ビジネス街の大きな交差点を直進しようとした私の前に、右折待ちしていた タクシーが不意に飛び出しました。 「あっ」って思った時にはもう手遅れで、タクシーの前部に正面衝突しました。 何故かぶつかる瞬間に「あ、タクシーってフェンダーミラーだ」などと 考えていたのが不思議です。ヘンですね。 迫り来る車の情景と大きな衝突音がした後は、何がなんだか判らなくっていました。 私は車を飛び越えて一回転しながら、交差点の真ん中に放り出されました(目撃者談)。 本人は全然どうなったか判らなくて、四肢もショックでうまく動かせない状態でした。 でもバイクのことが心配で、周りを見渡してみるとバイクが転んでいる(あたり前です)。 私はバイクに駆け寄り(這いずりが正解:目撃者談)、バイクを起こそうとしましたが 痺れた四肢ではうまく持ち上げられません。 そうこうしていると、私の周りに何十人もの背広姿のサラリーマンさん達が集まって きました。そして「大丈夫ですか?」「ケガは?」「私に掴まって」の大連呼!! 「あれ?こんなパラダイスの様な風景は何? 私、もしかして死んじゃった?」 って思うぐらいの状態。ヘルメットを脱がしてもらい(髪を引っ張ったら痛いよ) 歩道までみんなに担がれながら移動しました。 #ヘルメットを取った瞬間に、彼らが潮が引くように居なくなったら #死んでやるつもりでいた。 私が歩道に運ばれている間、一人のサラリーマンがわたしのバイクを起こして くれているのを、私は目で追っていました。でもバイクなんか乗ったことも無い様子で ハンドル側でなくタイヤ側から引っ張って起こそうとしていますが、それでは どんなに力のある男性でもバイクは起きません(バイク乗りなら常識ですね)。 ああ、そうじゃないよ。反対側から起こせばいいのに。私は心の中で思っていました。 どうにか起こすことが出来ると、彼はフロント部分が大破した私のバイクをよろよろと 私のいる歩道まで運んできてくれました。 私の周りには大勢のサラリーマンさん達が、私のことを心配して集まってくれ、さらに 救急車も到着して救急隊員のかたもきました。その時まで気がつかなかったのですが 右のジーンズの腰の部分が裂けて、血が流れていました。結構キズは広く深くは 無いですが大腿部まで切れていました。 救急隊員のお兄さんは、冷静な顔で「止血しますから脱いでください」って言います。 「えっ、ここでですか?」と問い返すとさすがに思いとどまってくれた様でした。 しかし、彼ははさみを持ち出し「では、切りますがいいですね?」って言って ジーンズとお気に入りの下着にはさみを入れました。 おい!「いいですね?」の「ね」を言った時にはもう切ってたダロー。いえ、私が 悪いんです。助けてくださいまして有り難うございます。 そんなことで、私の方もいっぱいいっぱいだったので、一人でバイクを起こしてくれた 彼にお礼の言葉も言えませんでした。 結局、体のケガは大したことなく、病院に運ばれた後は色んな検査をされた後に 夕方には開放されました。しかし、腰には大腿部までのキズと、それを上回る大きな アザができました。松葉つえを使うほどでは有りませんが、右腰をかばうように 歩きました。 警察は後日出頭、事故の当事者は双方の保険担当立ち会いの元で相談と言うことで 話し合いはスムーズに行きそうです。 ことずけられた品物は定時には間に合わなかったものの、破損は免れていました。 病院に駆け込んできた私の上司は、涙目になって私の安否を気づかってくれました。 「み・みゅーる。おおおお、よかったぁ。おおおおお」って、御爺さんちょい手前 ぐらいの年の男性ですが、本当に大慌てで、ちょっと笑っちゃいました。 ボスはいい人なんですけどね、ちょっと配慮が足りないのが玉にキズ。 大破したバイクは病院から電話してバイク屋さんに引き取ってもらうことが出来ました。 夜になって2chなどを見ていながらw、今日の事を考えていました。 「いろんな人に色々と助けてもらったな・・・」そして、バイクを起こしてくれた サラリーマンさんのことをボンヤリと考えていました。 「一生懸命、私のバイクを起こしてくれたっけ。バイクの起こし方も知らないのに。」 へっぴり腰で起こしている姿を思い出すと「クスッ」と笑ってしまいます。 でも、名前も会社名も判らないので、手がかりも無く、もう会えないだろうなと 思うと心が少し痛みました。 「目撃したことをいつでも証言するから」と助けてもらった多くのサラリーマンさん達から 頂いた名刺に、翌日ひとりひとりお礼のお電話をしました。みなさん私の体のことを 心配していただき、とても嬉しくなりました。 「バイクを起こしてくれた人のことも何か判るかも」と思いましたが何も手がかりは 得られませんでした。 翌々日から職場復帰しましたが、まだ体のあちこちが痛く、まるで全身筋肉痛のような 状態でした。どうにか仕事をしていると、職場にある分析機器のマークがふと目に付き ました。「あれ?このマークどこかで見たこと有る・・・」、・・・突然閃きました。 「そうだ、バイクを起こしてくれた人のかばんに、これと同じステッカーがあった!」 私は推理を働かしました。「大きなカバンだったから、工具かばんかな?」だったら 私の職場にきているサービス系の人かもしれない。じゃあ、あの付近でその分析機器の 営業所を探せば。。。 ビンゴでした。その交差点のすぐ近くにその機器のサービスセンターが有りました。 でも、名前も判らないし、確信もないし・・・・。 私は仕事をできる限り速く終わらせ、職場を後にしました。 手にはそのサービスセンターのあるビルの住所が書かれた紙をもって。 ビジネス街にあるそのビルにサービスセンターはありました。ビルの玄関が 見える位置に立ち、バイクを起こしてくれた彼がでてくるのを待ちました。 今から考えてみると、ほとんどストーカー行為ですが、私は彼にどうしても 会いたくてその場所(たまに位置を変えた)で彼が出てくるのを待ちました。 「一言、お礼を言う為だから。それだけ。」と私は私自身に言い訳をしていました。 時々、サラリーマン姿の人がビルから出入りしますが、彼ではありませんでした。 夜も遅くなりお腹も空いてきたので、すぐ近くにあった喫茶店に入りました。 そこでトーストなどを噛っているとすぐ後ろのボックスのサラリーマン達の会話が 聞こえてきました。 「この前、あの交差点でバイク事故あったよなー」 「ああ、おんながのったバイクがタクシーとぶつかった奴だろ」 ひえええ、その女は私です。私は小さくなって目立たないようにしていました。 「でも、○○もばかだよなー。名前ぐらい聞いときゃいいのに」 「バイク助けたってしょうがねーよなー。女助けろって。あははは」 ん?この会話は?もしかして私が探している彼の話? さらに聞き耳を立てていましたが、彼らの話題は変わってしまい それ以後、彼のことは誰も話さなくなりました。こっそり彼らのかばんをみると やはりあのステッカーが貼って有る。やった。私の推理は当たりだ。 名前も判った。 彼の名前は以下、ブーツとします。 彼らが店を出た後に私も店をでました。さっきまで待ち伏せていた所まで 戻ってくると、またビルの出口を伺いながら、いつまでも彼を待っていました。 そろそろ終電が近くなってきたので「今日は帰ろう」と思った頃、彼がビルから 出てきました。駅の方へ速足で歩いて行ってしまいます。 少し距離が離れた所に立っていた私は、彼に追いつく為に彼の後を追いました。 しかし、彼の歩みは速く、腰をケガしている私にはなかなか追いつきませんでした。 それどころか、だんだん離れていってしまいます。 次第に足がもつれて、私は転んでしまいました。 遠ざかってしまう彼、私は感極まって地面にひざをついたまま、彼の後ろ姿に むかって名前を呼びました。「ブーツさぁん!」。彼はくるりと振り返りました。 怪訝そうな顔から、彼が笑顔になるまでの数秒間、私は何か裁判で判決を待つ被告に なった様な気がしました。 彼はゆっくりとこちらの方に歩いてきました。私はひざをはらい、髪を直し、話しかける 言葉を探しました。「あっ、あの、こんばんは。出てくのが見えて。それで、あれ?」 さっきまで名探偵気分で張り込んでいた私でしたが、彼の前に立った途端、いかに 自分が不自然な事をしていることに気がつきました。まるでストーカー? そう思った途端、猛烈に恥ずかしくなり、言葉がうまく見つからなくなってしまいました。 「あの、カバンのステッカーを頼りに探して・・・同じ機器がうちにもあって。 いや。あ、あの。その・・・」もう、しどろもどろです。 「お体は大丈夫でしたか?」上ずっている私に、彼は声を掛けてくれました。 私はお礼を言うことを忘れていることに気がつきました。 「あ、はい、あの時は有り難うございました。体の方は何とかブーツさんのおかげで・・・」 自分の腰にできた大きなキズとアザを思い出して、私は更に赤面したと思います。 「そう、それは良かったですね。わざわざお礼を言いに来てくれたのですか?」と彼が 聞きました。 「あ、はい、ここで待っていればブーツさんに逢えるかとおもって・・・」 「わざわざ、すいません。でもなんで僕の名前を知ってるのですか?」 「そ、それは、さっき喫茶店で同僚の方が、ブーツさんの話をしていたのを聞いた・・・」 「そんな事までしてたのですか?」 「#$”!#$%(’&#$=〜|」 さらに赤面して、しどろもどろになっている私に、彼は「もう夜も遅いから」と 言いました。会話がおわる気配です。 このまま別れてしまったら、もう会えなくなってしまいそうと思いました。 「こ、今度、また会ってお礼をさせてください」私は、勇気を出して言いました。 「いや、そんな大層なことはしてないし・・・」 「お。お願いします。ぜひ。」涙ぐみそうでした。 彼は名刺をさしだしました。私は卒業証書をもらうみたいに名刺を受け取りました。 私は名刺など持っていないので、急いで手帳のページを破り、名前と 電話番号を書いて手渡しました。 「私、電話します。」彼は微笑んでくれました。「では、おやすみなさい」と いいながら駅の方へ歩いて行きました。私は名刺を両手にもったまま最敬礼を するようにお辞儀をしました。 「はい。おやすみなさい!」 その夜、私は猛烈な自己嫌悪に苦しんだのは、言うまでもありません。 私は一人部屋に帰ってきてから、ものすごい後悔にさいなまれました。 「ああ、絶対に変な女と思われた」と何度、机に頭をぶつけたことでしょう。 「彼がもう一度会うことを快諾しなかったのは、変な女と思ったからだ」とか 「きっと私は彼の好みのタイプではない」とか、そんな事を考えるたびに、 ため息が出てしまいます。 一方「でも、もう一回会ってくれそうだ。」とか「名刺くれた」と思い 出すたびにニヤニヤしていました。誰かが私を見ていたら、それこそ変な女です。 もらった名刺を眺めていると、ただの紙切れが特別な物の様に思えてきます。 コルクボードにピンで止めようとした時、名刺に穴があくことに 軽いためらいを覚えました。そして、この気持ちが恋と言うことだと 自覚しました。 こんな時にバイクがないので、一層切ない思いが募りました。 それから数日間、私は携帯電話を眺めては、ため息をつく日々でした。 「電話します」って言ったものの、いつ電話をしたらいいかずっと 考えていました。 「すぐ掛けたら、また変だって思われるかも」とか「すぐ電話しなきゃ 本気って思われないかも」って考えたり・・・・。私の電話番号もお知らせ したから、「ひょっとしたら電話をくれるかな?」という気持ちも ありました。でも、電話は鳴りません。 数日後、意を決して彼の携帯電話に電話をかけました。 呼び出し音が1回、2回。心臓がどきどきします。 3回、4回、「がちゃ」「も・もしもし!」 「こちらは○TT ○コモ、留守番電話サービスです・・・」 「アレ?留守電だぁ。」ほっとした様な、残念な様な。 昼間だったので仕事中だったかなぁ。いろいろ悩んでいた割には そんな事にも気がつきません。「また、後で掛けよっと。」と思った時に 私の電話が鳴りました。 「はい。みゅーるです。」 「ブーツです。ごめんなさい。もうちょっとで電話出られなかったんです。」 「あ、私こそお仕事中すいません。今いいですか?」 「いいですよ。」 「あのう、こんどまたお会いして、お礼が言いたいのですが・・・。」 「お礼なんていいですよ。僕が勝手にした事だし。」 「いえ、違うんです。もう一度会いたいんです。お願いします。」 本当はどう言うか散々予行練習したのに、全然台本と違う流れになっていました。 もう、なんて言うか、いきなり直球の「懇願モード」です。 「じゃあ、お礼とか別で食事にでも行きましょう。」 「はいっ!!!!!!」 「来週なら東京に戻ってるので、○曜日いかがですか?」 「○曜日は、私、夕方は白金の研究所にいます。」 「私も、その日は白金で作業ですから。では○時に売店で待ち合わせましょう。」 「はいっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 この時は、約束を取り付けた喜びで目を固く閉じ、何かに感謝したい気分でした。 しかし例のごとく、夜になると「なぜ一回断ったのかな?」とか「でも、 向こうから食事って言ってくれた。」とか考える度に、一喜一憂をするのでした。 でも、何かが始まりそうな予感は確かに私に力を与えました。 決戦は来週だ! 早かったような遅かったような一週間が過ぎ、彼に会える日になりました。 この一週間の私は魔法にかかったように、私には全てのことが輝いてみえました。 同僚の友達にも「良い事あったの?」とか「事故の後遺症?」とか聞かれるほど。 私はこの約束を機会に変わっていたのでしょう。 白金での仕事は順調に終了し、予定時間の30分前には待ち合わせの売店の前に きました。もう何度も鏡を見直して、身だしなみを整えたのに、すぐに髪や スカートのしわが気になり出します。 彼は約束の時間前に現れました。私はぺこりとお辞儀をしました。 よし、今度は台本どおりにできた。駆け寄って飛び跳ねたりしなかったぞ。 それぞれ、軽く自己紹介をしました。彼は外資系分析機器メーカ勤務。 私よりちょっと年上。でも、もっと年上みたいに落ち着いた感じの人。独身! 立ち話では落ち着かないし、人目もあるので、レストランに移動することに しました。私は雑誌で「白金のお洒落なお店」を調べてありましたが、彼の 「良く行くお店」を提案してくれて、そちらに行く事にしました。さすが 会社員はこういう所に慣れているんだな、って思いました。 ちょっと歩くと彼は言っていましたが、二人で話しながら歩いていたらすぐに 着いてしまいました。もっと一緒に歩きたかったな。 坂を下った所にあるお洒落なレストラン。「わぁ、ステキな所ですね」と 言うと、彼は照れ臭そうに笑いました。 料理はとてもおいしくて、私はたくさん食べました。 彼もだんだん打ち解けてくれ、スパゲッティソースが彼の眼鏡にとんだのを ひょうきんに私に見せてくれて、二人は大笑いしました。 色んな事を二人は話しました。彼が扱っている機械を私も使っているので お互いの仕事の事も理解し合えます。 意外だったのは、彼がオートバイに全然興味がなかったのかと思っていたのに いろいろと知っていた事。 「これからは寒くなるから、辛くなるね。」 「私、冬乗る時は、マスクつけて乗るんですよ。ふふふ」 「鼻が赤くなるからね。」 「そうなんですよ。ヘルメット脱いだら恥ずかしい。」 「あのオートバイなんしーしー?」 あ、ナンシー君だぁと思いつつ「○○○ ccですよ。」と答えました。 「女の子なのに凄いね。道理で重たいはずだよなぁ。」 「ブーツさん、オートバイ乗らないのに良くご存じですね?」 「あ、うん、知り合いにオートバイ好きがいたからね。後ろに乗せてもらった事が 何度もあるよ。」 食前酒が入った事もあり、少し大胆に聞いてみました。 「それって彼女ですかぁ?」 「ちがう、ちがう。ははは。」 私はちょっと安心して、はしゃいで言いました。 「そうですよね。彼がオートバイ乗らないのに、彼女がバイク乗りなんて 聞いた事ないですよねー。」 言ってから凹んだ。自分で自分の気持ちを踏みつけにした気分。 メインも終わり、デザートが運ばれてきました。アイスクリームがおいしい。 大人の男の人らしい、楽しい話題で、彼も私を楽しませてくれました。 話題はまたオートバイの話になりました。 「ブーツさんが私のオートバイを起こしてくれたのが、すごく嬉しかったのですよ。」 「だって、あんなに激しく転んだのに、オートバイを起こそうとしているんだもの。」 「結局、一人で起こせませんでした・・・。」 「みゅーるさんの周りに人だかり出来てたものね。でも。ああ、この人は機械を 大事にしているなって思ったんですよ。」 「憧れて、憧れて、手に入れたオートバイですから。」 「ちょっと感動したな。僕は機械屋だからね。」 「体は大丈夫?けっこう大変だったでしょう?」 「はい、いまでも足が痛いのですが、走らなければ大丈夫です。来週になれば オートバイが直ってくるので、その時はお見せしますね。」 「そんな思いまでして、まだ乗るんだ・・・」彼の声のトーンが沈みました。 「私、子供の頃からオートバイで走るのが夢だったんです。」 私はこの時を逃したら、もう気持ちを言えるタイミングがないかも知れないと おもって、勇気をだしていいました。 「私の事、もっと知って欲しいです。そしてブーツさんのことも知りたい。」 彼は何も言いません。目を伏せてなにか考えるように黙ったままです。 彼は私に向き直り、諭すように言いました。 「僕たち、もう会わない方がいいよ。」 「どうしてですか?ブーツさんも私の気持ち、気づいていますよね。」 「だから、・・・僕も君の事が好きになりそうだ。その前に・・・」 「好きなら、どうしてですか?」泣いちゃだめだ。頑張れみゅーる。 彼はひと呼吸おいてゆっくりと話し始めました。 「さっきの話、僕をオートバイに乗せてくれたのは4つ年上の兄なんだ。その兄を 14年前に僕はオートバイ事故で亡くしている。」 「君が交差点でバイクを起こしている姿は、大好きだった兄の姿に重なったよ。」 「きっと、僕が君の事が好きになって、今度は君を失うんじゃないかと恐れる様に なるだろう。そうやって暮らすのはきっと耐えられない。だからこのまま 会わなくなる方がいいよ。」 私は事故で死なないって言いたくても、目の前で事故を起こした姿を見られては そんなことは言えません。バイクを辞めるか、彼をあきらめるか、私はどちらかを 選ばなくてはいけなくなリました。 免許をとってからの十年近くの日々を思い出します。色々なことがあり、それらの 大切な出来事が、私自身を育ててくれたと私は信じています。そして出会った人達の 顔が思い浮かんできます。 「私がオートバイに乗っている限り、お別れなんですね。」 私は彼の言葉を待ちました。 「僕はもう大事な人を、オートバイで無くしたくないんだ。」 彼の言葉が私の胸に突き刺さりました。でも、何か言わなきゃ。 「わたしは・・・・」それ以上言葉がでません。 涙があふれて流れていくのが止められません。私はせめて顔を伏せずに 彼の顔を見つめていました。 「そう・・・それが答えなんだね・・・」 彼は静かに立ち上がり、清算を済ませて店を出て行くようでした。 私は振り返らず、彼が座っていたイスを見つめていました。ドアが開く音が聞こえます。 ドアの閉まる音が聞きたくなくて、私は耳を両手で塞ぎました。 追いかけたかったけど、追いかけたかったけど。 私は私以外になれないもの。 それからしばらく私には、眠れない夜が続きました。彼に言われた事を 思い出すたびに胸が苦しくなり、何度も泣いてしまいました。 オートバイに乗ってきて、こんな悲しい思いをしたのは初めてですが、 私は自分の選択を後悔はしてませんでした。多分、後悔してないと思い込み たかったのでしょう。 先週と変わって、私は職場でも沈み込んでしまいました。 私の様子がおかしい事は、同僚のみんなも気づいているようでしたが、みんなは 気を使ってくれたのか、誰も何も聞きません。みんなそっとしてくれました。 彼と会ってふられた日から、ほぼ一週間が経ち、オートバイの修理がそろそろ 終わる頃になりました。毎日、傷心にさいなまれていた私は、愛車が帰ってくるのが とても待ち遠しく思っていました。 「オートバイが帰ってきたら、眠れない夜は走りに行こう」と思いました 数日後の夜、一人で部屋にいると携帯電話に電話が掛かってきました。修理をお願い しているオートバイショップからでした。 「みゅーるさん。こんばんは〜」いつも明るい店長さんでした。 「・・・こんばんは。」 「あれ、声に元気ないですね。まあいいや、バイク出来たから取りに来てよ。」 「はい。でも、今からでもいいのですか? 9時過ぎですよ。」 「あー、いいよ、いいよ。すぐ来て。・・・あー、あとね、ちゃんとしたカッコし てきてね。」 「?、ちゃんとした格好ってなんですか?」 「ホラ、いいかげんなカッコじゃなくてサ。久しぶりに乗ると危ないからね、 新しく買ったあのジャケットなんていいんじゃない?あの、カッコいい奴。」 「そうですね、判りました・・・」 いつもなら8時前で閉店なのにどうしてだろうとも思いましたが、私が早く 愛車に乗りたいのを察してくれたのかと思いました。 ヘルメットとグラブを持ち、バイクショップに歩いていきました。家から すぐそばなので10分も歩けば着いてしまいます。 ショップに着くとシャッターが半開きになって、私のオートバイがアイドリングを していました。 「わたしのオートバイ・・・」 この音を聞いただけで、彼に言われたことを思い出して胸が痛くなります。 しかし、この音が私に「元気だせよ」とも言っているようでした。 「おー、みゅーるさん来たね。まあ、バイクは直ってるから乗ってみてよ」 「ええ、はい。」 「それとね、オプションが有るから・・・転ばないように補助輪みたいなもんだ」 「?」 「おーい」と店長はシャッターの中に声を掛けました。 「??? !!!」・・・中からブーツさんが出てきました。 私は驚いて、店長とブーツさんの顔を交互にみました。訳がわからないでいる 私に店長さんは言いました。 「まあ、みゅーるさんも彼の話聞いてあげてよ。やっと、ここ探したらしいし。 じゃ、またねブーツさん。」 店長さんは言うことだけ言うとシャッターを閉めて店の中に入ってしまいました。 私とブーツさんがその場に残されました。 「みゅーるさん。僕もストーカーしちゃったよ。オートバイの車種を覚えていたから みゅーるさんの家のそばにある系列の店をさがしたんだ。すぐ判ったよ。」 「・・・・・」 私は驚いたままで何も言えませんでしたが、彼が照れ臭そうに話すのを見ていると 自然に私も笑顔になります。 「あれから、僕は兄のことと君のことをずっと考えていたんだ。そして僕は昔の アルバムを見返したんだ。そこにはオートバイにまたがって笑っている兄の姿が あった。・・・・・オートバイの事を話す君の顔とそっくりの笑顔だった。」 彼は私の顔をじっと見つめ、語り続けます。私はただうなずくだけでした。 「兄はきっと幸せだっと思うよ。僕は君からその幸せを取り上げようとしたんだ。 ご免なさい。まだ許してくれますか?」 「・・・・そんな、許す、許さないなんて・・・私こそわがまま言い通して・・」 彼は続けます。 「でも、この前話したように君だけを無くす心配はしたくないんだ。だから これを買った。」 彼は真新しいヘルメットを持っていました。私と色違いのヘルメット。 「みゅーるさん、これからは僕を後ろに乗せて欲しい。それなら何があっても 君だけが居なくなることはないから、君がオートバイを辞めることはないよ。」 彼は笑って言いました。そして彼は私の手を握りしめていいました。 「みゅーるさん、僕は君が好きだ。君の事をもっと知りたいから、お付き合いして下さい」 私は「はい」って言おうとしましたが、涙がでてきて声になりませんでした。 彼は私が泣きやむまで肩を抱いててくれました。 すごく寒い夜でしたが、抱かれた肩はとても暖かで柔らかな気分でした。 私が落ち着くと、彼は早速、夜のツーリングに行こうと言いました。 私と彼はオートバイに跨がりました。私の腰に回した彼の手がちょっと恥ずかしい。 私は彼に言いました。「では、行きます。」 ガチャン! 夜の街にギアを入れる音が響きました。今オートバイも私たちも一速に入った ばかりです。 |