− ネコ足 さんの恋愛話 −

短い恋でした。いえ、今も忘れられずにいます。
でも知っているのは彼のバイクとヘルメット越しの眼差しだけ。
もう逢えないんだろうな。

久しぶりに有給休暇を取って一人でツーリング。平日の伊豆の山中は
車もバイクも少なく、とても快適でした。
しかし、お昼過ぎになると急に雲行きがあやしくなり、次第に雨が降り出し
ました。周りは暗くなり、雨はどんどん強くなっていきます。
何処にも雨を避けるところはなく、激しく叩きつける雨の中、私はずぶ濡れで
峠道を走っていきました。

雨具なんて持ってなかったので(天気予報は晴って言ってたじゃん)、そのまま
ノロノロ走っていると後ろから大型バイクが追いついてきました。彼も雨具も
着ずずぶ濡れで走ってきました。横に並んだ時、ピースサインとヘルメット越しの
笑顔。まるで「おまえもよくやるな」って私に言ってるように。

激しい雨の中、私は彼についてノロノロと走っていきました。時々彼は
ミラーで私の様子を気づかってくれていることは走るペースで判ります。

しばらくすると、山から流れ出した濁流が道を横切るように流れている場所が
有りました。15m位の長さで、泥水なので深さは判りません。

彼は濁流の前で止まり、片手を上げて私に止まれのポーズをしました。しばらく
流れる濁流を眺めていました。バイクで渡れるか様子を見ていたのでしょう。

彼はステップに立ち、中腰になり、バイクを濁流の中に進めていきました。
深くなっているところではエンジン下部が濁流に触れてしまいそうです。
ゆっくりと彼はバイクを進めていきます。彼が無事に濁流を渡りきった時、
あまりの緊張に私は息をとめて見ていたことに気づきました。

「次はお前の番だ」と言いたげに彼は振り返って私を見ています。
こんなところを走ったことがない私は恐怖心でなかなか走り出せません。
彼は私を諭すようにとうなずくと、こっちを向いて手招きをしています。
私は勇気を出して、彼と同じようにステップに立ち上がり、濁流の中に
入っていきました。

思ったより濁流の流れにハンドルがとられてフラフラしてしまいます。流木が
タイヤに当たると転んでしまいそうです。やっと濁流を渡りきると彼が
大げさに拍手のまねをして私を褒めてくれました。私もガッツポーズを返して
声援にお応え。

それから峠を抜ける間も私は彼の後ろをついて走っていきました。一緒に雨の中で
走っていると、まるでおしゃべりしてるみたいでとても楽しかった。
ずっとこの時間が続けばいいと思っていたのに、雨は止み、そして峠から町中に
戻って来てしまいました。高速の入り口が近づくと彼は左手を上げて私に
挨拶をしてICに入っていきました。

ICを上がっていく彼の後ろ姿を見送ってたら急に胸が苦しくなり、この気持ちが
恋心だと気づきました。もう何もかも手遅れなのに。

私の一人の思い込みだけの短い失恋話でした。



戻る