− 612 さんの恋愛話 −
| ちょっと古い話だけれど。 ある有名なツーリングスポットのパーキングで休憩していたときのこと。 そのスポットってのは結構楽しい峠道で、地元民の車も多い。 ウォオー! グゥオー! と大声でわめきながら蕪がパーキングに入ってきた。 乗っているのが女性であると遠目でも分かったので、どうしたんですかと声を 掛けてみようかなと思った。自然な感じの出会いだ、こいつはラッキーだ、と。 おれは自分のバイクの正面でタバコを吸っていた。 近くにはむさいバイク乗りどもが数人いる、こいつらはライバルだ。 蕪はどの辺にバイクをとめるだろうか。 さりげなくそこに一番に近づかなければ。 そう考えていたら、蕪はおれの方に走ってきた。 騒音がどんどん大きくなる。ほんとに騒音だ。 なぜこんなに絶叫しているのだろうか。しかも男みたいなドラ声で。 「どうしたんですか」なんて平然と声を掛けるのも変かもしれない。 なにやら非常事態なのかもしれない。関わり合いにならない方がよいのかも。 大陸の葬式で求められるらしい泣き女の慟哭。そんな感じだ。 すると、蕪はよたよたと停車位置を模索した挙げ句、おれのバイクの横に 滑り込んできた。グオーグオーと慟哭しながら。うるさい。ほんと煩い。 心の準備ができておらず事態の把握も不完全だったおれの意識としては、 突然横に来られた、という感覚だ。 ハッと横を向いた瞬間、右手の袖をその女性に捕まれた。 女性は下を向いて、グアーグアーと大泣きしている。 おれの手にすがりついて。 蕪はギアがニュートラルに入っているけどエンジンは 回りっぱなし。スタントは跳ね上げられたままで、 車体は両足で支えている。 まず、それが不安だった。なにやらわけが解らないけど、 おれのバイクの方に蕪が倒れてきたらやだなぁと思った。 (ごめんよ、人情薄くて) さっと周りをみると、おれのそばでボケぇっとしてたバイク乗り どもは、いつのまにやらおれとの位置関係を修正している。 ちょっと離れたところから爆心地を眺めるってな感じで、 何ごとかと興味深そうにこっちを見ている。 泣いてばかりいる子猫ちゃんは、犬のお巡りさんが何を 言っても答えてくれない。というか会話が成立しない。 とにかく号泣。号泣しながら、合間合間に、くそーとか、 車がーとか、詩ヌーとかわめく。 おれも困ってしまってワンワン鳴きたい気分だった。 その子猫ちゃん。下を向いているので顔は分からない。 小柄でややぽっちゃりな印象。 不思議な事態だけど、とにかくおれは周囲に対しても 自分に対しても相手に対しても、何の衒いも言い訳も 必要とされない出会いを手に入れたのでした。 周囲からの注目度満点。 普通の声で話しかけても彼女の耳に届かないから、 「で、一体どーしたんですかぁ!」と、おれも大声になる。 一体どーしたのか。見物人達も興味津々だろう。 嗚咽混じりの彼女の返答も大声で、みんなの要望に応えてくれている。 「恐かったのー」とか「こっちが小さいからってー」とか、 こみ上げてくるくやしさのせいで彼女の言葉は断片的だったから あまり要領を得ないんだけど、なるほど、言いたいことは分かった。 えらく負けん気の強い女だ。 そーいうの嫌いじゃない。 おれも学生時代は蕪だった。 アクセル目一杯回しても、平道で55キロくらいの時速だから、 流れの速い2車線国道とか夜の山道なんかでは、車どもに さんざ恐い目に遭わされた。 端っこ走ってると、びゅーんびゅーんと追い越されて、 結構恐い。たまにかなり近くを走り抜けていく車もいるし。 で、恐いからって車線の真ん中を走ってたら当然煽られる。 だから、彼女が味わった恐怖とか悔しさは理解できる。 号泣までされると、共感はできないけどね。 彼女の切れ切れの発言によると、どうやら30キロで走ってたらしいし。 「こっちは制限守って」って言ってもね、30キロが車線中央にいたら 車の方にその気が無くても結果として煽りに近い状況にはなるだろうし、 車としては十分なスペース開けたつもりでも、追い越された側は恐く 感じるってのもあるだろーし。 「うんうん、そりゃ恐かっただろうね。ったく。ヒドイ車が多いんだな」 とでも言ってあげるべきだったんだろうけどね。 しかしどうも、その台詞はおれの心とはかなりかけ離れてる。 正直、ここに蕪で来て30キロで走ってたらそうなるよな。 しかもきついコーナーの連続だし、おっかなびっくり走ってたんだろうな、 なんてことを考えてしまいもした。 彼女はとりあえずおれに憤懣をぶちまけ終えたようで、 ふたたび号泣に専念しはじめた。 だから、おれが何かを言わなきゃいけなくなった。 しかし、慰めの言葉なんて出てきそうもない。 思いつきはするけど、こんなどーでもいい場面で自分を騙したくない。 「ま、仕方ないよ。原付と車は、市街地でしか共存できないからね」と言ってみた。 彼女、鳴き声を抑えておれの言葉を聞いてくれたようだったけど、 あいかわらずうつむいたまま。極端に言えば無反応。 たぶん慰めとか車への怒り的な言葉を予期していたんだろう。 だから、おれの発言をどう理解していいのかとまどってるんじゃなかろうか。 彼女の反応がないから、おれがしゃべり続けるしかなかった。 「蕪でここに来たら恐い思いするのは仕方ない。 今日は恐い思いしか記憶に残らないだろーけどさ、 でも、こんど免許とってオートバイでここに来てみなよ。 そしたら、車なんか恐くない。ここの楽しさもよく分かるし、 たぶん世界が広がるよ。とってもイイ方に」 おれの言ってること、よく分からなかっただろうな。 おれもどんな反応を求めて何をしゃべっているのか しっかり整理できないまま、とにかく間を持たせようとしゃべってただけだし。 で、彼女が顔をあげておれの方を向いた。 両目を手で押さえつつ。 苦湯女重心の変化で蕪が倒れるんじゃないかと慌ててハンドルに 手を伸ばしたけど、そうはならなかった。でも手を伸ばしたついでに 蕪のキーを回した。 「ほら、いつまでもエンジン付けっぱなしにしないで」とキーを抜き、 ハンドルを抑え、「あそこにトイレあるから、顔でも洗いなよ」と 彼女を立つように促し、彼女がバイクから離れたのでようやく念願を 達成した。 それは蕪のスタンドをたてること。ふぅ、これで一安心だ。 「あのぉ」と彼女。 とりあえず号泣は収まっていた。 「さ、顔洗ってきなって。話はあとで付き合うよ。 ジュースでも買ってきておく。ノド乾いたでしょ」 彼女はニコっと笑ってから、おれに背を向けて歩き出し、 立ち止まって振り向いてもう一度はにかんだように笑ってから トイレの方へ歩いていった。 ほんと僅かな時間だったけど、疲れた。 タバコに点火。美味な毒煙を吐き出し、自分の対応を採点するかのように 反芻しながら売店の方へ歩き始めると、そこでようやく周囲が視界に入った。 おれもいつの間にか必死になってたようで、周りにいたバイク乗りが目に入って いなかったようだ。 そりゃそうだろうけどね、大勢と目が遭ったんだ。 大勢がおれを注視してやがった。 で、例外なく、みんな気まずそうに目を逸らす。 なんだよそれ。 ニヤニヤっと笑ったり、サムアップしたり、そーいう 亜メリケン映画のような反応が欲しかったよ。 悪いことしたなって感じに目を逸らされるとさ、 こっちまでなんだか後ろめたくなっちまう。 ま、そんなの気にしないように努力しつつ、別になんでもねーぜ って感じで売店へとタバコ銜えて歩いていったんだけど。 |