− 943 さんの恋愛話(その1) −

北海道をひとりツーリングした夏。
直前に告白、玉砕。で傷心を癒すため、というか自分に反省させるため旅を決意。
あえて自分を厳しい状況に置く、という意味を込めて、キャンプ道具満載の50ccを駆り出発。
どんな過酷な状況でも「野宿」にこだわる、という修行僧のような旅だった。
雨が続いても、暑い日も、大風の日も、野宿。
キャンプ場はほとんど使わず、たいていはひとけのない公園を設営地に選んだ。

夏が終わりに近づく頃、まだ北海道を半周したくらいで、層雲峡に着いた俺。
顔中髭、ボサボサ髪、心はすさみ、北海道の自然のなかを、
この50ccでただ先に進むことだけが、目標になっていた。
層雲峡はさすがに観光地で、大型の温泉宿が立ち並ぶ。
近くに宿営に手ごろな公園などなく、
夕方になっても温泉客のやかましさがある山奥だった。気温も冷える。
ひなびた雰囲気ある温泉場、という俺の勝手な想像と違う。
もっと静かな場所に行こう。そう思ったとき、背後から話しかけてくる声。

「あの、こんばんは! あたしです、○○です!」」
元気ではあるが、訴えかけるような口ぶりだった。
振り返ると、埼玉から来たという、女性ふたり組だった。
何度かくりかえすが、やがて、人違いだった、と謝る。
あるヒトに俺がとても似ていたので声をかけたらしい。
2人とも齢は俺より2,3若い感じだろうか。片方が健康的に黒く日焼けしている一方で、
片方はとても白い肌が印象的だった。

人違いではあったが、どこかひとなつっこく、照れ隠しか、さらに話してきたのを覚えている。
思えば、俺がそのとき旅の達人的な風体だったので、観光地ではない現地の生の情報を知りたかったのではないだろうか。
層雲峡のまわりの観光地情報を交換するあいだに、いつしか10分ほど話し込んでいる。
彼女たちは飛行機+レンタカーの旅で、埼玉から来たという。
黒いほうはサーファーで、北海道の夏を知りたかったという。一見、財前直美風、仮にクロちゃんと呼ぼう。
白いほうはライダーで、実家の京都では同じリトルカブに乗っているという。一見、伊藤美咲風、こっちはシロはんと呼ぼう。
第一声、声をかけてきたのはシロはんで、見慣れた小さなバイクでロングツーリングしているのに驚いたという。
夕暮れ時、寒い道端で立ち話もなんだし、とダメもとで誘ってみると、2人に楽しそうにokされ、
拍子抜けしたのは俺のほうだった。
バイクをその場に停め、近くの小料理飲み屋に3人で入る。
俺はそのとき、自分の旅の目的は忘れいていたように思う。

俺と同じく、何かの目的があって、2人は意識的にひとを絶っていたのかもしれないな、と思った。
2人ともとてもひとと話したそうだった。特に、シロはんは。そして、いろいろ話してくれた。
シロはんは埼玉の大学4年生。俺を見間違えたのは元彼だという。
クロちゃんも本当に似ている、といい、まだ信じられない程だという。
自分に似た人間が世の中に何人かいるというが、そんな不思議な体験はこれまでない。
俺は続けて、シロはんからいろんな話を聞く。

2人は大学の同級生、シロはんは元彼からバイクに乗ることを教わったこと、
元彼は半年前に北海道に夢を追って消え消息不明なこと、
シロはんはそんな北海道という場所を一度でも見たくて来たこと、
今回の旅はシロはんがひとりで来るつもりだったのを、
旅なれたクロちゃんがのっかってついて来たこと、
シロはんは今でも元彼を愛していること、
でも今回会えなければあきらめなきゃね、とカラカラと笑いつつ
シロはんの一瞬の憂いのしぐさが俺の目は見逃さなかった。

さっき会った人間とここまでディープに話すか?と思いつつ、
まっすぐな瞳で見つめながら話す彼女に不思議と安堵を覚える。
思えばその北海道旅では、ひとと喋っていなかった自分が、
積極的に喋りこそしないものの、相手の話をじっくり聞いている滑稽に気づく。
俺の酒のペースが進む。

3人で飲み屋を出た頃には、深夜になっていた。酒も話も久しぶり、すっかり酔っていた。
旅の出会いということが、不思議だった。俗世から解脱して、楽しく飲めたことが不思議だった。
だが、俺はこの時間で何を得たのだ?と自問が始まる。
俺の古傷はまだ深い。ここまで楽しんでおいて、すれっからしな自分に反吐が出そうだった。
俺は停めていたバイクの前で2人に別れを告げた。
飲酒運転はするなよとクロちゃんがたしなめる。わかってる、押していくよと答える。
これからどこに行くの?とシロはんが聞く。決めていないと答える。
俺は店を出て数分で、我にかえっていた。自分にこんな状況を楽しむ理由があるのか?と
自分を責め始めていた。軽く手を振り、別れた。
シロはんの「きをつけて」という声を覚えている。俺は振り向けなかった。手だけ振った。

それから1kmほど下ったところの国道待避所までリトルを押して行き、その道端でテントを張る。
飲酒運転できないわけではなかったが、苦労して押していきたかったのだ。
テントはペグを打つことなくズボラして設営し、死ぬように寝た。しこたま酔った自分を呪いながら。それがいけなかった。

翌日の早朝、風雨が北海道を襲う。

後で知ったことだが、熱帯低気圧にならないまま北海道に上陸した台風は、
ニュースになるような災害を起こしていた。
俺は早朝、テントごと風でひっくりかえされて、起こされた。
そして、状況を把握するのに数分かかったと思う。
テントから出ると、烈風と轟音、強雨。周囲に明け方の明るさはあったが、空は水色に近い雨雲。
道路にはクルマなど1台も通らない。
リトルはもう風でぶっ倒れていて、荷物はいくつか散乱していた。
とにかく立て直さないといけない。本能的に、動き始めた。ヤバイと思った。
俺はずぶぬれになりながら、テントの再設営を終えた。
すっかり濡れて冷えた体をコンロで温めていると、水をはねる車の音がした。
そして、テントの前で止まった。
轟雨の音のなかで、俺の名前を呼ぶ声。シロはんだ。
テントの入り口を開くと、彼女がクルマの窓をあけ、こっちを見ている。
聞けば、風雨のすごさで起きたところ旅館が停電騒ぎで動転し、
クロちゃんを置いて探しにきたという。
俺は今のびしょぬれの状況を話し、一旦テントを捨て、レンタカーに乗せてもらった。
びしょぬれの体はどうしようもなく寒い。
ふるえが止まらないでいると、ただヒーターをつけてくれた。
だんだん暖かまる俺。
俺のアタマも活動をはじめて、シロはんを見る余裕が出てきた。
彼女は前を見たまま、すこし伏目がちにしている。目がすこし潤んでいるように見えた。
改めて彼女の行動力に舌を巻く。
旅先で会った馬の骨を、ここまで心配するな、変な情けはかけないでくれ。
と、それまでの俺なら、逆ギレてたところだ。
だが、一言「危ないだろ」とだけボソリと俺は言った。それしかいえなかった。
ありがとうというべきなのに。ヒーターの風を前にぶるぶる震えながら。
彼女は「ん。・・・ごめん」と言って、表情は変えなかった。

外は暴風雨。彼女はパジャマに1枚はおっているだけだ。よほど急いで出てきたようだ。
なぜ俺に? 元彼ににているからだけなのか? それとも。・・・
彼女はそれからふっと、俺を包んでくれた。雨がやむまで俺をあたためてくれた。

俺は、濡れた体も心も乾いたようだった。
雨がやんだあと、テントは中の荷物ともども、どっかに飛んでいってしまった。
リトルは芝生に転がっていた。
そして俺は旅を続けることをあきらめ、北海道を足早に去った。

それから先、何度かメールで連絡をとっている。
そして今度はじめて、関東圏で再会することになった。
彼女との距離はすこしずつ縮まっているように感じる。



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