− 四国冬子◆z5/LX/5n.U さんの恋愛話 −
| 昔、私はバイクの免許も無くペーパードライバーだったので、彼氏の車の助手席が指定席だった。休みの日には二人でよくドライブをした。
四国に住んでいることもありツーリングのシーズンには手をあげて車を追い抜いていくライダーや、道の駅や観光地でたくさんのバイクを見かけた。 私はバイクと、バイクから眺める風景に憧れを持っていた。 「バイクの免許取って遠くに行ってみたいなあ。」と私が言うと、バイクにはまるで興味のなかった彼氏はいつも 「バイクは危ないよ。行きたい所には車で俺が連れて行くよ。」と優しく言った。 そのたびに私は、そうだねーと(´・ω・`)と答えて口をつぐんだ。 今ではあの頃の自分をとても幼く感じてしまう。 季節が流れやがて別れがきた。彼は他の女性に心がわりした。 「嫌いになったわけじゃないけどごめん...。」 コンビニの駐車場に停めた車の中で、彼は鳴咽して泣いた。私も泣いた。 色んなことがあったし、お互いに苦しんだが修復はできなかった。 私たちは婚約していたので後の処理は大変な苦労だった。 私は眠れない食べない生活の末、急性胃炎と疲労で倒れてしまった。 また季節が移り変わり、一年経つと体は元気になった。だけど涙が出なくなってくると悲しみは虚しさに変わった。 旅行に出掛けても、お酒を飲んでカラオケではしゃいでも服を買っても、心にポッカリあいた穴はなかなか埋まることは無かった。 そんな冴えない日々を送っていた夏。私は自分を大きく変えてくれた人に出会った。 夕方、私は愛犬のナッツを連れて散歩に出た。 いつもの散歩コースの池のまわりはその年に工事があり、道が舗装されベンチが設置された。私は真新しい屋根のあるベンチに座り、持ってきたペットボトルの水を愛犬ナッツと分け合って飲んで休憩するのが習慣になっていた。 しかしその日、いつものベンチには先客がいた。 ジーンズに白いTシャツを着た男の人。そばには黒いバイクがとまっていた。 隣のベンチに座るのは何となく気がひけたが、ベンチは二つしか無いので隣のベンチに座った。 男の人は煙草を吸いながら地図を広げて見ていた。ちらりとバイクのほうに目をやると◯◯(北陸)ナンバーだった。 私はペットボトルの水を飲みプラスチックの器にナッツの分も注ぎ入れて飲ませた。遠くに釣り人が見えるだけであたりは静まりかえっている。 そこへいつも会うおじいさんが現れた。おじいさんは柴犬のモモ(仮名)を連れて散歩に来ている。 私はいつものようにおじいさんとコンニチワと挨拶をかわした。ナッツとモモも犬どうしの挨拶?をして尻尾を振って喜んでいる。 「アンタのバイクか?大きいなー。」 おじいさんは男の人に話しかけ、同意を求めるように私にも笑顔を向けた。その時私は初めてその男の人の方を真っ直ぐ見た。 眼鏡をかけた30代位の男の人は、 「そうですか。」と、照れ臭そうに言った。 それから男の人とおじいさんは話しをはじめた。 北陸から四国までバイクで3日前に帰省したのだけど実家にいてもすることがなくて、盆休みの間にブラブラとツーリングしようと思い、適当に荷作りして出て来たということ、今夜は友達の家に泊まること。おじいさんに聞かれるままに淡々と彼は語った。 私は曖昧に微笑みながら会話には加わらず、モモを撫でたりお手をさせたりしていた。おじいさんが行ってしまい二人だけになると気まずい空気が漂った。 しかし男の人がナッツを撫でると人懐っこいナッツはゴロンと寝転がり 「もっとナデれ」のポーズをしたのでギクシャクとしていた空気はすぐに和んでしまった。 私はバイク乗りに対してどことなくクールなイメージを持っていたが、彼にはシャイで穏やかな雰囲気が漂っていた。見た目を芸能人で言うとV6のイノッチが眼鏡をかけたといった感じだろうか。 「◯◯県(北陸)からバイクって、すごいですねー。」私は自然に話しかけていた。 「夏はだいたいバイクで帰省しますよ。帰省を兼ねたツーリングかなw。まあこの距離ならすごくもないですよ。」 私「へ〜そんなもんなんですかー。」 「ここ、バイクで走ってて煙草が吸いたくなったから何となく停まったんだけどきれいですよねー。」 「工事の前は、草がぼうぼうだったんですよ。私はその時の方が好きだったんですけど。でもベンチがあるのは良いですね。」 私がベンチの背にもたれると、彼も少し遠慮しながら隣に並んで座った。 ナッツを連れているからなのか私は不思議と緊張していなかった。 彼は自分のバイクがZZRという名前であることや、学生時代からバイク好きだったことなどを話した。 「バイクに乗ってみたいけど運動神経が無くてトロいし、原付も乗ったことがないからなあ...」と私が溜め息をつくと 「その気にさえなれば、誰でも免許取れますよ。全然大丈夫。なんなら...試しにオレのバイクにまたがってみますか?w」と言いだした。 私は驚いて最初は遠慮したが、本当は乗ってみたくてワクワクした。 私はナッツの紐を彼に預けて、そおっとバイクにまたがらせてもらい恐る恐るハンドルを握った。 彼は 「せっかくだからエンジンもかけようか。」と、ポケットからキーを出し、エンジンをかけた。ナッツは音に驚いて興奮したのか、跳びはねてキャン!と吠えた。 私は生まれて初めてバイクにまたがりエンジンの振動を体に感じた。嬉しくなって気がついたら顔が笑っていた。このまま走り出すことができたらどんなに楽しいんだろうか...。 その後、彼は北海道のツーリングの話をしてくれた。キャンプ道具を積んで夜に出発し船の中で寝る話。ピースサインの話。。 私は北海道に行ったことも無ければテントで寝たこともなかった。ピースサインというライダーの挨拶もその時に初めて知った。 「ツーリングから帰ると遊び過ぎた子供みたいにヘトヘトになる。もういいかげんいい年なんだけど、バイクは降りられないねw。」「今、おいくつなんですか?」 彼は私より11才年上だと言う。年齢よりずっと若く見えたがそう言われてみると低い静かなトーンで話すせいか落ち着いた雰囲気もあった。 日が沈みかけた頃、私は腰をあげた。 「バイク、ありがとうございました。」 彼は慌てたように 「こっちこそ。」と立ち上がり財布から一枚の名刺を差し出した。 「もし本当に免許を取ってバイクに乗るんなら、わかんないことがあったら連絡下さい。ちょっとは役に立てるかも。」 名刺の会社は聞き覚えのある会社だった。名刺には ...部...課「○○ 春樹」と書かれていた。(※仮名です) 私はびっくりしたが「ありがとうございます。」と言って名刺受け取った。 春樹さんは名刺の裏に 「会社のメールでもいいけどオレの個人用のも書いとくね。」 と言って携帯番号とアドレスも書いてくれた。私の携帯番号やアドレスは聞いてこなかった。 私は近くの神社のそばに住んでいること、0Lをしていることなどを話した。 「バイクは面白いよー。」別れ際、春樹さんはそう言ってニコッと笑いナッツを撫でた。 ナッツはグローブをした手が気に入ったのか気に入らなかったのか春樹さんのグローブにじゃれて噛み付いた。 「コラッ!...スミマセン(汗)」ナッツを叱ると春樹さんは 「散歩の邪魔してゴメンなー。」 とナッツの顔を両手で包んだ。メットで目しか見えなかったが優しい目をしていた。 黒いZZRにまたがり走り去っていく春樹さんの姿は、あっという間に見えなくなった。私は名刺を手に持ったまま突っ立ってボーっと見送った。 夏の間、何度も春樹さんの名刺を出して眺めたが連絡はしなかった。 街でバイクを見掛けると目で追って春樹さんを思い出していた。 私には免許を取りに行く勇気も、連絡する勇気も、無かった。私は自分に自信が無く、婚約者に振られてからは自分のことが嫌いになっていた。 赤皮のパスケースに春樹さんの名刺を入れて毎日持ち歩いた。 このまま春樹さんのことを忘れてしまえば、名刺はただの紙切れになってしまう。。 9月の終わり頃。会社の所属の課でミスがあった。早くやり直さないと提出期限には間に合わない。 課長は「任せるよ〜頼むよ〜。」 を繰り返しさっさと帰ってしまう。私は連日ひとりでパソコンに向かい続けた。 夜中、会社を出ると芯から疲れきっている。 トボトボと歩いてタクシー乗り場へ向かった。 今年も夏が終わったなあと思いながら空を見上げると月が綺麗だった。 (私、何をやってるんだろう...。) 無性に春樹さんに会いたいと思った。 一度しか会っていないのに、春樹さんの存在が私の中で大きくなっていた。 10月。私は意を決してATMでお金を下ろし、自転車をこいで教習所に向かった。 お金さえ払ってしまえばもうやるしかなくなる!...そんなヤケに近い気持ちもあったかもしれない。 家族や友達に言わずにコッソリ申し込んだのは、「無理」「危ない」とか言われて気持ちが揺れるのが怖かったからだ。 受付で申込みを終え、順番があべこべなのだけど見学をさせてもらった。 車の免許を取りにきた時はじっくり見たことも無かったが、二輪の教習場は意外に狭く、バイクが大きいように感じた。見たところ転んでいる人はいない。 (こんな難しそうなことがトロい私に出来るのかな??) テニスをすればホームランか空振りばかり。スケートは私だけが最後まで滑れ無かった。。そんなトロい歴史が急に蘇る。 不安にかられた私は、リュックからお守りのように持ち歩いていた春樹さんの名刺を取り出し、春樹さんの携帯アドレスにメールを送った。 緊張して打つのに時間がかかった。 【...覚えてますか?冬子です。...(中略)実は今日、ついに教習所に入校しました!緊張して不安だらけです(>_<)...】 返信が無かったらどうしよう...。あれから1ヵ月以上は経っている。ポケットの中で携帯をそっと握った。 10分位するとポケットで携帯がブルブル震えてメールが返ってきた! 【久しぶり!メールありがとう。 やっぱり免許を取ることにしたんだね!そんな気がしてました(^-^)。 心配しなくても必ず乗れるようになるよ大丈夫!...】 春樹さんのメールには靴や服装のアドバイスも書かれていた。 【...転んでも怪我しないような服。ジーパンとか持ってるかな?靴は底が滑らないヤツ。出来れば足首まで隠れる靴がいいね。...ガンバレ!】 帰り道、自転車をこぎながら鼻歌を歌っていた。 止まっていた時間が動き始めたような気がした。 入校はしたもののバイクに乗ることは簡単ではなかった。(特に私には。。) 驚いたのはバイクの重さ。400ccでこの重さならば春樹さんのバイクはどれくらい重いんだろうと思った。 最初は慣れることで精一杯。エンストしてはフラフラ転ぶ。クラッチは話にならないほど使えない。 怖いと思うとどうしても見てはいけないほうを見てしまう。 8の字の時に8の丸の中に突っ込んで行き、他の人がぐるぐる回っているから出られない事も一度や二度ではなかった(゚-゚; 足は青アザだらけになり、スカートがはける状態ではなくなった。会社の制服はスカートだったが、アザを隠すために黒や紺色のタイツを穿いてごまかした。 私は今更ながらバイクのことを何も知らないことに気がつき、慌ててバイクの雑誌を買って猛然と読み始めた。 乗る事を楽しむ余裕はまだまだ無かったが、乗り方のコツやわからないことを春樹さんにメールするのが楽しみになった。 春樹さんに毎日メールした。 【...転んだらバイクを起こすのに時間がかかって、乗る時間が他の人より少ない気がします(T-T)...冬子】 【...腕の力だけじゃなくて腰の右側をしっかり車体に当てて押すようにしたら楽に起こせるよ。女の子は腕の力が弱いから大変だと思うけど要は慣れだよ(^-^)...春樹】 春樹さんは仕事が忙しいらしく家に帰るのが遅い。 私のメールが負担にならないように長めの文を書き、最後におやすみなさいと書いてチャット状態にならないように気をつけた。 お互いに携帯番号を知ってもどちらも電話をしようとはせず、メールだけのやりとりが続いた。 でも私はメールが返ってくるのが嬉しくて、メールがだけで十分満足していた。 教習所に通い始めてしばら経った頃。帰りの駐輪場で「冬子姉ちゃん?」と呼び止められた。振り向くと幼なじみのアキオ(※仮名)が立っていた。 一学年下で年がさほど違わないのに小さい頃からアキオは私の名前に姉ちゃんを付けて呼んだ。 「アキオ?ナンデー!?」 地元の高校を卒業して大阪の専門学校にすすんだアキオとはいつしか疎遠になっていた。 アキオとは家が近く、中学まで一緒。親同士が仲が良くうちもアキオの家も共働きだったので、うちの姉妹とアキオの妹の4人でよく遊んだ。 アキオは小さい頃から女の子みたいな可愛い顔をしていて、ささいなことですぐ泣くのがちょっと面倒だったが、他の男のコと違ってアキオは女の子に優しかった。 「オレ東京で就職してたんだけどやめてこっち帰ってきた。」 アキオの髪はツンツン立ち、細身のパンツをさりげなく着こなし、手にはシルバーアクセサリーが光っていた。 「なんかアキオ見違えた。お洒落になったね。背もいつのまにか高くなったし。」 アキオ「オレ、車の免許取りに来てんだ。」 私「嘘!?今まで免許なしだったの?..私もペーパーだけど。。」 私の街では大型店は中心から離れた郊外に固まっていて、車を持っていないほうが珍しがられる環境にある。 アキオ「ウルセ〜w、忙しかったし向こうじゃ経費かかり過ぎだし、車無くても困らないもん。...冬子姉ちゃんは?」 「うん。中型バイク。」 「マジで!なんでまた?」 「ん〜何となく...。」 アキオは不思議そうに私を見たが追及もしなかった。 「へぇ〜バイクが好きとは知らなかったな。でもカッコイイ!...あ、二人とも免許取れたらお祝いに飲みに行こうよ。」 アキオはシートからスポンジが飛び出た赤い原付にまたがった。 「これからバイト。そこのビデオ屋でバイトしてるから今度来てよ。」 「うん、じゃあね。」(アキオなんか感じが変わったかな〜やっぱり東京に住むと垢抜けるのかな) 教習所ではみんながどんどんハンコをもらって行く中、私はカメ並の遅さではあったが徐々にコツを覚えて行った。 しかし慣れてきたと思った矢先、スラロームの最中に派手に転倒。。 怪我も無かったのに、それからはスラロームが出来なくなってしまった。焦れば焦るほど体が硬くなりクランクも一本橋もガタガタと失敗してしまう。コロコロ転がっていくパイロンが憎たらしく思えて自分が情け無くなった。 その日も克服出来ないままに教習を終え、がっくりしながら事務所に寄るとアキオに会った。 「さっき教習受けてるの見てたよ。スンゲーカッコ良かったーやるね♪」 「ちょっとー。こっちは真剣なんだからね〜。」 「ごめん。マジだってば。本当にそう思ったんだってばー、ルパン三世のフジコって感じ?。」 「えーいウルサイわ〜。」 それから二人で家の近くのお好み焼屋に行った。 ハフハフお好み焼きを食べながら、アレコレ他愛もない話をした。 やはり教習所の話しになり、コワモテの先生の奥さんは元教習生で今もラブラブとかそんな話をした。 私がなかなか上達しないと愚痴をこぼすと、アキオは急に真面目な顔になり 「そっか...。でも冬子姉ちゃん見てたらさ、カッコイイなー頑張るなあーって。マジで思ったよ、オレ。なんていうか必死こいて頑張るってタイプじゃないと思ってたからさ。」 私は何だか急に泣きそうになってしまい、ヘラヘラ笑いながら水を飲んでこらえた。 店を出て何となく私は自転車を、アキオは原付バイクを押して歩き出した。 「アキオは何で仕事やめたの?」 「うーん。オレ、○○(大手通信系列会社)に出向してたんだけどさ...」 アキオはプログラマーをしていたが、あまりの残業の多さや嫌味な上司に嫌気がさし、ノイローゼになりかけたのだそうだ。 「すっげぇビルで、ハンパじゃないの社員の数が。最初は誇らしかったんだけどな...。」 アキオは隣の部署の人が鬱病になった末に自殺をしてしまったのを機に、辞めるとキッパリ決めたそうだ。 「オレ、まだ死にたくないねぇし。」 うちは母親しかいないしな〜とアキオはポツンと言った。 アキオのお父さんはアキオが小4の時、ガンで亡くなった。おじさんのお葬式の日、泣き虫だったアキオが妹のアッコちゃん(※仮名)と並び、目を腫らして参列している姿を私は思い出していた。 家が近づいて分かれ道の角が来た。 「じゃ〜なバイク頑張りなよ♪」 アキオが四国に帰ってきた本当の心のうちを、その時の私は知らなかった。 教習所に通い出して1日置きに春樹さんとメールをやりとりしていた。 私は春樹さんからメールが来ると嬉しくて、携帯を取り出しては何度も読み返した。 教習のことやバイクのことを手紙のような感じで夜に書いて送ると、春樹さんから翌日に返信が返ってくるのがパターンになっていた。 【元気ですか?今日は小雨が降る中の教習だったので急制動が怖かったです(>_<)! 最近は少し落ち込み気味かな...やっとうまく行きかけたのにまた逆戻りして下手になった気がします。。(-.-;)(略)冬子】 春樹さんに今日のメールを送信し、足にベティキュアを塗った。これが乾いたらそろそろ寝よう〜と思いながらバイク雑誌をめくる。 携帯がブルブル震えた。 春樹さんからのメールだった。 【今、電話してもいいですか?春樹】 私は「ちょっと〜☆?」とか「キャー♪!」とか枕に顔をうずめて奇声?をあげながら足をバタバタし、しばらくひとりで興奮した。半乾きのベティキュアはヨレて塗り直し。。 それまで春樹さんと電話で話した事は一度も無かった。 毎日メールしているとはいえ内容は色気のないバイクの話ばかり。。 春樹さんは私に「彼氏いるの?」とは聞かなかったし、私も春樹さんに「彼女いるんですか?」とは聞けなかった。 聞いてしまったら今の状態が変わってしまいそうで不安で、怖かった。 もっと正直に言うと、もし彼女がいたとしても、せめて免許を取るまでは知りたくないという少々ズルイ気持ちも、確かにあった。 (...全く。私は何を期待してるんだろ。。しかも◯◯県(北陸)と◯◯県(四国)じゃ簡単に会えもしないのになー。。) 【電話大丈夫ですよ(^^)冬子】 返信を送ってからしばらく、携帯をじっと見つめ続けた(._.;)。携帯がブルブルと震える。 「もしもし。冬子ちゃん?」 「あ、ハイ。こんばんはー。」 あの日と同じ春樹さんの低い優しい声。私の脈がどんどん早くなった。 春樹「ここんとこ落ち込んでるようなメールだったから気になって。大丈夫?」 冬子「あの、スラロームがうまくいかなくて。どうしても下ばっかり見てしまって...」 春樹さんは運転中の目線の話や肩の力を抜くこと、タンクをしっかりと足で挟むことなど丁寧に教えてくれた。 私は雑誌を読んだりバイク屋さんに足を運ぶうちにどのバイクを買おうか、迷いに迷っていた。 春樹「んー、自分の好きなバイクに乗るのが1番だと思うよ。だって冬子ちゃんが乗るんだもんねw? と言うか、それってスゴイ幸せな悩みだよw」 考え過ぎた脳みそに春樹さんのシンプルな言葉がストンと落ちて楽になった。 しかしせっかく電話で話せたのに、会話はやっぱりバイクの話。 免許を取ったらどこに行きたいか...そんな話しをした。鳴◯スカイライン、◯◯岬、淡◯島... まだ免許もバイクも無いのに、私の頭の中は春樹さんと一緒に海岸線を走る絵でいっぱいになる。 「色々ありがとう。長話して春樹さん迷惑じゃないですか?」 「全然。話してるとなんかこっちまで新鮮な気分になるし楽しいよー。」 「私もなんか元気になってきたかも。」 「良かった。冬子ちゃんからのメール楽しみにしてるからね。」 「本当ですか?良かったー。負担に思われてたらどうしようって心配だったんです。明日は教えてもらったとおりにやってみます。」 しばらく話を続けたが春樹さんの声が眠そうに聞こえたのでそれじゃあそろそろ...おやすみなさいと言って電話を切った。 切ってから今度はいつ頃帰えるのか聞けばよかったなと思った。でも電話で話せたことで満足だった。 きっと、免許が取れたらもっと...そう思った。 11月になると仕事が急激に忙しくなり、教習所に通うのが難しくなってきた。 やっとつかんだコツを忘れそうで焦りを感じた。 毎日イメージトレーニングをして、頭の中では教習車のホンダCBに死ぬほど乗りまくり、会社の昼休みにコッソリ会議室にこもってコースを覚えたりしながら、合間をみては教習所に通った。 トロくて人より長く時間がかかったが、ようやくバイクに乗るのが楽しく、面白いと思うようになった。 教習所に通うようになって変わったのは、それまでは不眠気味だったのに、まるで電池が切れるようにぐっすり眠るようになったことだ。 春樹さんと出会った夏から季節は秋になり、空は抜けるように遠くなった。 誰かを好きになると見慣れた風景もフィルターを通したように綺麗に見えたり、胸にせまるように目に映る。 私は会社のビルの窓から毎日見ていた夕焼けも、特別にきれいだと感じるようになった。 夜、布団に入り目を閉じている時、お風呂で湯舟に浸かっている時、バイクのエンジン音が遠ざかっていく時、、、春樹さんのことを想った。。。 11月の終わり。ついに卒験。前の晩、春樹さんに電話した。電話で話すのはこれで二度目だった。 電話をするのはドキドキしたが、卒検の前に春樹さんの声がどうしても聞きたかったのだ。 ライン取りが甘くコーナーで膨らみやすい。スラロームのタイムぎりぎり。 ...心配はいくらでもあった。春樹さんはひとつひとつアドバイスをくれながら優しく励ましてくれた。 私「春樹さんお父さんみたい...。」 ハルキ「オレ?ひどいな〜。せめてお兄さんにしといてよw」 私「スミマセンお兄さんでしたw!...お兄さん。試験に受かったら、一緒に走りに行ってくれますか?」 ...どさくさ紛れにふざけた言い方ではあったが、ほんとは真剣も真剣。 ハルキ「ん!もちろん!ルート考えるのは任せて。明日、落ち着いてやれば絶対受かるから頑張りなよ?」 私「...春樹さん、お正月は...四国に帰ってくるんですか?」 ハルキ「正月ねー、友達に旅行に誘われてて迷ってるんだよね。...だからもし正月に帰らないとしたら、そっちに帰るのはゴールデンウイークか夏休みになるかなー?」 私「......。(明るく)そうなんですか〜。..明日の事考えると今からお腹痛いです。とにかく、頑張ります。。」 (ゴールデンウィーク...と、遠いな(T-T)..) 試験当日は平日だったので会社を休んだ。 朝から体は緊張でガチガチ。自転車に乗って教習所に向かいながらイメトレをした。気がついたらクネクネ蛇行運転をしていて信号待ちの背広のおじさんに変な目で見られていた。 ...ポケットで携帯が震える。。春樹さんからだ... 【おはよう!ニーグリップ忘れないでね!リラックスしてガンバレ(^-^)v春樹】 う、嬉しい...けど緊張でお腹が痛くなってきた。。(あー試験が終われば...試験さえ、終われば...) 私の試験の順番は最後から二番目。人が試験を受けている様子を見ていると緊張するので見ないでコースを繰り返しイメトレした。 とうとう私の番になり試験が始まった。が、頭が真っ白で試験中のことはほとんど記憶になし。 あるのは途中で一回ふらついて足を付いてしまい危ない!と焦った事だけ。 私は冷や汗を流しながらも無事に完走した。 短い注意説明の後、淡々と告げられる。 「はい、合格です。」その日は全員合格だった。 私はフーッ息を吐いた。 早く知らせなくちゃ...春樹さんに。。。頭の中でZZRに乗った背中を想い、追い掛けていた。 合格を春樹さんに電話で知らせようとしだが、今日が平日の午前中だということを思い出してメールを打った。もどかしかった。 【合格しました(T-T)!春樹さんのおかげです。春樹さんがいてくれたので頑張ってこれました。ありがとうございました!また詳しく電話で話しますネ(^-^)冬子】 春樹さんはやはり仕事中らしくメールは返ってこない。私は携帯が気になりソワソワしながら待ち続けた。夜、待ち切れなくて携帯に電話をした。 春樹「もしもし。冬子ちゃん?合格おめでとう!今電話しようかと思ってたところ。受かってよかったね!。今日オレも朝から落ち着かなかったよw。」 私「ありがとう。。もう嬉しくて!嬉しくて!ほんと春樹さんのおかげです。バイク買うから一緒にツーリング行って下さいね。」 春樹「頑張ったもんね。うん、冬子ちゃんよく頑張ったよー。バイク買ったらツーリング行こうね。」 それからしばらくは試験の話や免許の写真などの話で盛り上がった。そして。。 私「そういえば....」 春樹「ん?」 私「...春樹さんって彼女いるんですか?」 私は免許を取ったら聞こうと決めていたことをついに口にした。顔がカァっと熱く、脈が早くなった。 とうとう、聞いてしまった。。電話の向こうが一瞬静かになった。 春樹「......。いや、いないよ。」 いないよ...と言う前にあった「間」。。後から思えば私は春樹さんのことを何も知らなかった。。 私「...そうなんですか〜。」(ヤッ...タ〜!!!) 春樹「冬子ちゃんはいないの?彼氏。」 聞いて欲しかった質問キターー!!。ドキドキ... 私「い、いません。彼氏...。」 春樹さんの次の答えを待つ。しかし。。 春樹「そっかぁ。...うん。まだオレよりずっと若いもんなあ...。きっとまだまだいい人が現れるよ...。」 私「(えっ...!!)あ、ウン、そうですよねー。でもいい人いなくってアハハ...」 その後もしばらく話した。でも何を話したのか覚えてない。声を立てて笑った記憶はあるのに内容が思い出せない。 電話を切ってからも「まだまだいい人現れるよ。」という言葉がリフレインしていた。好きな女の子に向かってそんな言葉をかけるひとはいない。。 メールいっぱいくれたし、励ましてくれたし、あの日名刺をくれたから...もしかしたら...なんて甘いことを考えていた気持ちがパチンと弾けた。 12月。私は中古の400ccのバイクを買った。春樹さんと同じカワサキということも選んだ理由だったかもしれない。 新しいメットを被りバイクにまたがると嬉しいというより、身が引き締まる思いがした。 初めて走った朝のことは一生忘れない。朝の冷たい空気に響くエンジンの音。 興奮して12月の風の冷たさも感じなかった。走り出せば狭い教習所とは全く違っていた景色がそこには広がった。 バイクに乗るということはどういう感じ(´・ω・`)?。ずーっと知りたかったその思い。 実際に乗ることでしか得られない答え。その答えにやっとたどり着いた。。 しかしそこまで導いてくれた人に告白出来ないままに気持ちは空中分解し、行き場を無くしたまま、また時間が止まった。 12月の日曜日の夕方。一人でスーパーで買い物していたら近所のおしゃべりで有名なオバサンと目が合った。(あ、嫌な予感。。) オバサン「ねぇー、聞いたんだけど、冬子ちゃんが婚約してダメになったあの男のコ、先月結婚したらしいわよ。それがねぇ...」 私はオバサンの言葉を遮った。 私「もう、私とは関係ないんです。(笑顔)」 オバサンはハッとしたように、気まずそうに笑いながら逃げるように去って行った。 私はスーパーの中をカートを押して移動し、商品を手に取ったりした。でも心は別の事を考えていた。 婚約していた元カレとは高三の時から付き合った。制服で自転車で二人乗りして帰ったこと。初めて手をつないだこと。彼が免許を取って中古の車でドライブしたこと。バレンタインにトリュフを作ってあげたこと。。 可愛い小さな思い出が浮かんでは消えた。二人だけの思い出。一緒に思い出して笑い合う人はいない。。 スーパーを出ると駐車場のライトに照らされたバイクが私を待っていた。(キレイだな。。) 馬鹿みたいだが本気で自分のバイクに見とれた。たまらなくバイクが愛おしく感じる。 エンジンをかけて走り出す。どこも行くアテがないけど帰りたくない。。 私はアキオのバイト先のレンタルビデオ店を目指して走り始めた。 ビデオ屋の駐輪場にアキオの赤い原付があった。 厚着してもやはり12月は寒い。バイクを停めて震えながら店に入る。新作のコーナーにアキオの姿をみつけた。 私「アキオ〜」 アキオ「オゥ!いらっしゃいませ。あ、アダルトはあちらですw」 私「アハハ。バカでしょw」 アキオと話していると私はいつのまにか笑っている。。 私「気分がパっと明るくなるような笑えるビデオないかな?」 アキオ「どした?なんかあった?」 私「...まあ。色々ありますわなあw」 アキオはしばらく顔を見つめていたが、どこかに行き、すぐにバタバタと走って戻ってきた。 アキオ「これ。オレのイチ押し!オレ、眠れなかった時、いつもビデオばっかり借りて見てたんだ。何でも聞いてよ♪」 私「へぇー『サボテンブラザーズ』...面白いの?」 アキオ「つまんなかったら金返すってw!...来週飲みに行くか?ホラ、免許取ったし。お祝い。」 私「うん。。そうだね。」 私は来た道よりもずっと温かい気持ちでバイクを走らせて家に向かった。 アキオが優しいのは大人になってもちっとも変わらないないなあと思いながら。。 クリスマスソングが街中に流れ出す頃。ナッツの散歩中にアキオの姿を見かけた。 私「アキオー!」 アキオ「おぉ!」 アキオとは前の週に飲み会で会っていた。免許を取ったら二人で飲みに行く約束は、アキオの提案で飲み会になった。 近所の同じ小学校からの仲間やアキオの妹や妹の彼氏など10人ほどが居酒屋に集まった。プチ同窓会のようで懐かしくて楽しかった。。 私「この前盛り上がったね〜アキオは最後かなり酔っ払ってたけど覚えてる?w」 ア「...おぼろげにw。」 二人でホットの缶コーヒー片手に池の回りを歩きながら、色々な話しをした。話はいつしか恋愛の話になっていった。。 私はずっと心にひっかかっていたことをアキオに聞いてみた。 私「誰かと付き合ったとして、いつかその人の気持ちが変わってしまうんじゃないかとか、アキオは不安になったりとか、ある?」 アキオ「んー確かに絶対に変わらないとは、言い切れないよね...。けどさー先のこと心配してもしょうがないんじゃない。」 アキオの言い方がいつもと違ってそっけない感じがした。 私「アキオは東京で彼女いたの?」 ア「...いない。仕事しか頭になかったから。けど...大阪にいた時はいたよ。」 私「もしかして、遠距離になったから別れたとか?」 私の言葉に、アキオの動きが止まった。 アキオ「別れたんじゃなくて.....事故で死んだ。オレの彼女。」 私はハッとして固まった。 私「...ごめんね。知らなくて...。」 アキオ「...違う。謝るなよ。オレ...」 私「無理して言わなくていい。余計なこと聞いてごめん...。」 私は自分に腹を立てていた。婚約が破談になった時、好奇心で話を聞きたがる人がいた。好奇心や下手な同情ほど人を傷つけるものはないと痛いほど知っていた。 だけど今、自分は同じような事をしてアキオを傷つけたのではないだろうか...。 アキオ「いや、冬子姉ちゃんに聞いてほしい。東京では誰にも言えなかったから...。」ポツリポツリとアキオは語り出した。 アキオが大阪にいた頃付き合っていた年上の彼女は、仕事の帰りに車にはねられて亡くなった。ほとんど即死状態だったそうだ。 アキオ「オレ、自分も死ぬかと思ったよ。苦しくて、苦しくて、苦しすぎて...。それで変な話しだけど、なんか自分の中でオレは一回死んだように感じてる。。」 アキオは彼女を亡くしてしばらくは大阪で自暴自棄の生活を送り、大阪を離れ東京に就職したのだった。 私はアキオが車の免許を取らなかった本当の理由をこの時に初めて知った。。 アキオ「こっちに帰ってきてやっと彼女のことを落ち着いて思い出せるようになったんだ。それまでは思い出すのもつらかったよ。。」 アキオの言葉を聞きながら私は先週の飲み会を思い出していた。 二次会でアキオは、ふざけた曲ばかりカラオケで歌って場を盛り上げた。なのに一曲だけマジメな顔でブルーハーツの「ラブレター」を歌った。 その顔がいつもと違っていて印象に残っていた。。(あの時アキオの目が赤かったのはお酒のせいだけではなかったんだな。。) アキオの話を聞くうちに私は押し込めていた感情の蓋が開いた気がした。 私はアキオに自分のことを話し始めた。婚約していたこと、ずっと虚しい気持ちだったこと。バイクに乗り始めたきっかけの春樹さんの話。告白出来なくてモヤモヤした気持ちも。。 アキオは頷きながらじっと聞いてくれた。 アキオ「オレ、最近思うんだけどさ。好きだって気持ちをぶつける相手がいるってスゲー幸せなことなんだと思う。。 好きな人がいたりフツーに付き合ったりとか。誰もありがたがったりしないし、オレも彼女が死んで自分の前から消えて思うようになったんだけどさ。。 気持ちが変わることは人間だから、しかたないかもしれないけど。大事なことは、今を後悔しないように大切にすることなんだと思う。。 オレ、ずっと免許取ることも彼女を思い出すことも逃げてたけど...。もう逃げんのは、やめたよ。。」 私はアキオと話しているうちに涙が止まらなくなり、被っていたニットの帽子を鼻のあたりまで思い切り引っ張った。 しゃがみこむとナッツが心配そうに私に寄ってくる。私はナッツに顔を埋めてまた泣いた。 アキオ「泣くな!ナッツに鼻水がつくだろーがw」 私が泣きながら、えへへと笑うといつもどうりの空気が戻ってきた。 アキオ「オレさー...いや、やめとこw」 私「ナニナニ?言ってよ〜。(鼻声)。」 アキオ「や、、、オレの初恋、冬子姉ちゃんだからな。」 私「!...嘘デショ?」 アキオ「(謎の微笑)」 アキオは片手をポケットに突っ込んで手を振って見送ってくれた。 その姿に小さい時のアキオが重なって見えた。 アキオ、昔は泣き虫だったのに、いつのまにか立場が逆転してる。。 「好きだって気持ちをぶつける相手がいるってスゲー幸せなことなんだと思う。。。」 アキオの言葉が私の頭の中でグルグル回る。 ふられてもいい。ふられてもいいから春樹さんにちゃんと言おう。じゃなきゃ前に一歩も進めない。。 一時停止していた時計がまた動き出そうとしていた。。 とうとう春樹さんに、電話することにした。告白する、決心で。。 私は溜め息を何度もついてようやく携帯の発信ボタンを押した。もう後戻りはできない。。 私「こんばんは。」 春樹「あー久しぶり。冬子ちゃん元気だった?」 私「はい。今、話しても大丈夫ですか?」 春樹「いいよー。今、帰ってきてちょうど晩メシ食ったところ。コンビニ弁当だけどw」 私「お疲れさまですね。忙しいんですか?」 春樹「そうでもないよ...。バイクの調子どう?」 しばらくは他愛のない話しを続けた。ひとくぎりついたところで私は話しを切りだした。 今日を逃したらもう言えない気がする。 私「話しが、あるんです。」 春樹「...なに?」 目を閉じて覚悟を決めた。 私「あの。一回しか会ってないのに、こんなこと言うとびっくり、するかもしれないけど...。 私、初めて会って名刺を貰った日からずっと春樹さんの事を考えてて、バイクに乗れるようになったのも春樹さんのおかげだしホントすごい感謝してて...何て言ったらいいのか... うまく言えないんだけど、春樹さんのことが...好きなんです。」 しばらく静寂が続いた。その数秒がとても長く感じる。。 春樹「...気持ちは嬉しい。嬉しいけど...冬子ちゃんとは付き合えない...。」 私「...遠いからですか?」 私はそれだけ言うのがやっとだった。 春樹「いや違う...。言わなきゃいけないことがある。」 春樹さんは、あきらめたように溜め息をついた。 春樹「言わなきゃいけないと思ってたんだけど...。オレ、結婚してるんだ。」 私「......。」 春樹「騙すつもりじゃなかったんだ。なかったけど、いや、やっぱり嘘ついたし騙したんだな、オレ。。」 私「お盆にひとりでバイクで帰えるって聞いたから独身だとばっかり思いこんでた...。」 隠していた春樹さんに対する怒りよりも、結婚してると思いもしなかった自分を情けなく思った。 私は春樹さんのことを何も知らなかった。私にとっての春樹さんはバイクに乗った年上の優しい人。それしかなかった。 春樹「俺がうちに帰ってくるのが遅いのは仕事が忙しいのもあるけど、違う理由がある...。」 春樹「うちのヤツは今、入院してる。結婚する前からの病気があってね。専門の病院に移ったからオレの会社から少し遠くなって。だから病院に寄ると家に帰るのが遅くなるんだ...。 オレは一人息子で、うちの親は最初からカミさんが気に入らなくてね。結婚も猛反対。 なんとか結婚したんだけど、会うたびにうちの親が子供の話をするから、うまくいかなくてね。うちヤツは薬のせいで子供が望めないから...。 だからオレは何年も前からカミさん連れて実家へ帰えるのやめたんだ。でもやっぱり親だし。もう親も年だしね...。 オレは少しでも実家に帰る時に気持ちが軽くなるように、ひとりでバイクで帰るようになったんだ。。」 私は春樹さんが、「カミさん」「うちのヤツ」と口にするたびに、チクリと胸の奥が痛んだ。 春樹「冬子ちゃんに会ったあの日は、実は親とケンカみたいになってね。年を取ると同じことを何度も言うんだよね。。 また子供の話を持ち出されてイライラして黙ってバイクで実家を出たんだ。バイクで走れば嫌な気持ちも消えるような気がして...。」 私「それで、私と出会ったんですね...。」 春樹「冬子ちゃんに出会ってから初めてメールもらって、すごく嬉しかった。最初は冬子ちゃんを妹みたいに思ってたけどいつの間にか...。 もし冬子ちゃんとやり直せたら...って勝手なこと思ったりもした...。」 私は何も答えることが出来なかった。 春樹「けど、カミさんがね...。」 また電話の向こうがシンとなる。 私「奥さんに私のこと...」 春樹「話してない。けど感づいたのかな。あいつ『離婚してもいいよ。』って。。オレの目を見ずに。そんなの本心じゃないのバレバレなのに...。 ゴメン。こんな話しするつもりじゃなかったのに...。」 私「...私、春樹さんがいなかったら免許、取れなかったと思う。春樹さんと一緒に走りたいから頑張れたし...。けど...」 春樹「オレも冬子ちゃんと走りたい。でも...会ってツーリング行ったりしたら、自分を押さえる自信はないよ。 もっと傷つけてしまうかもしれない。。」 しばらく二人とも黙りこんだ。 私「本当はメールだけでもいいから続けたい。でも、やめます...。甘えてしまいそうだから。」 わざと明るく言った。言いながら自分に言い聞かせていた。そして。。 私「春樹さん元気でね、バイク気をつけて。。」 春樹「うん、ありがとう。冬子ちゃんもね。ほんとゴメンね。。」 私「謝られるとツライなw。でも会えてよかった。。」 春樹「オレも。。」 私「...サヨナラ。。」 電話を切っても不思議と涙は出なかった。これでよかったんだと何度も自分に言い聞かせた。。。 春樹さんとの12月の最後の電話の後、私は携帯の番号も、アドレスも変えた...。 変えなければ決心が揺らいでメールをしてしまいそうだった。。それから、 もしかして連絡があるかも...と、どうしても期待してしまう日々が辛かったからだ。。 まだ寒い三月、私は一人で一泊の傷心旅行ならぬ傷心ツーリングに出掛けた。 私は春樹さんと一緒に走りたかった岬を目指して走った。。 そこに何が待っているわけではない。でもどうしてもそこへ行きたかったのだ。 春樹さんには、もう二度と会えないのだろう...。そう思うと、走りながら涙が溢れた。。 拭いても拭いても流れ落ちる涙。。しかしシールド越しに春の日に照らされ、涙は次第に乾いていく。。 岬に着き、空が少しずつ染まって太陽が沈むまで私は海を眺め続けた。。 バイクに乗れるようになったのも、今、ここでこの景色を見ているのも、みんな春樹さんと出会ったから。。。 私は心の中で春樹さんにアリガトウ.....と呟いた。。 ...それから、私はツーリングクラブにも入らず、週末になるとひとりでバイクで走った。天気の良い日に一人でのんびり走るのは心地良く、心が癒されていった。 しかし走っていて綺麗な景色に出会うたびに、誰かとこの景色を眺めることが出来たらいいのになあ...と思っていた。。。 六月の早朝、携帯電話が鳴った。眠くて無視していたが電話はひつこく鳴り続ける。寝ぼけたまま仕方無く携帯に出た。 私「...ハ..イ」(怒) アキオ「おはよ!ちょっと窓開けて外を見てみ?」 私「ふぇ?(つД`)〜」 カーテンを開けると、バイクにまたがった得意そうなアキオが手を振っていた。 私「!?」 現状が飲み込めないまま階段を駆け降りて玄関から走り出た。 アキオ「おはよ!免許取っゾ!じゃじゃーん!(免許証を見せる。しかも大型...)どうよ?オレの愛車は♪」 寝癖のついたボサ髪で立ち尽くす私。。 私「うそー...」 『バイク』よりも『オートバイ』という言葉が似合いそうな単車...。磨いたらしく、朝の光に照らされてピカピカ光っていた。 私「こ、こういうの、アキオ、好きなんだったっけ..?」 アキオと目の前のバイクが結びつかなかった。 アキオ「オレ、昔、いとこの兄ちゃんに借りて『バリ伝』読んでたからなw。 これ、教習所通ってる時にバイク屋で一目ぼれして頼み込んで安くしてもらったんだよね。 ジャケットとか色々買ったから今月もう金がねーよw。」 私「....。.....ばりでんって...ナニ?」 アキオ「いいからいいからw。タイヤの皮むきに付き合ってよ。15分待つから、その寝癖を直してツーリングの用意してきて下さいw」 この日からアキオと私は二人で走りに行くようになった。。。 アキオが地元の会社に再就職し、私と休みが合うようになっていたので、週末は二人でよくツーリングに行った。。 ある時、山道を走っていると突然雨が降って来た。 峠道はコンビニどころか雨宿りする場所も見当たらない。雨はだんだん強くなり土砂降りになってきた。 私は夏の雨なのですぐに上がるだろうと思っていたし、レインウェアを持って来ていなかった。 前を走っていたアキオが突然、道の脇にバイクを停またので私も慌てて脇にバイクを寄せて停まった。。 アキオ「コレ、着な。」 アキオは持っていたレインウェアを私に差し出した。 私「いいよいいよーw」 私は笑いながら押し返そうとしたが、アキオはレインウェアを私に押し付けた。 アキオ「いいから!...さっさと着ろ。」 アキオは雨音にも負けまいとするかのように強い口調で言うと、さっさとバイクに戻っていく。。 私はアキオの少し大きめのレインウェアを着て走った。。 雨はその後すぐに止んだが、この時から私はアキオを意識するようになっていったと思う。。 その夏はツーリングだけでなく、アキオの妹や妹の彼氏と4人で花火を見に行ったり、アキオと友達たちみんなで海に泳ぎに行ったりした。にぎやかで、楽しい夏が過ぎた。。 私はアキオが私のことをどう思っているのか気になっていた。 そして『その瞬間』は突然やってきた。。 九月。二人で海沿いに走りに行った。バイクを停めて岩場に降りることにした。 足場が悪かったのでアキオは私に 「気をつけな。なーんかトロいから転びそうw」 と言いながら手を差し出してくれた。 「ありがと。」 私はアキオの手を支えに岩場を降りた。 しかし岩場を降りてもアキオは私の手を離そうとはせず、そのままゆっくり歩き出した。 (*´`)......。私はアキオの手を、そっと握り返した。。 手を繋いだまま、二人で黙って浜を歩いた。アキオと二人でいて、それまでで一番ドキドキしていた。 浜辺のコンクリートの階段に二人で座る。 アキオ「夏の終わりって毎年寂しいなー。」 私「...そうだねー。祭のあとって感じ。。」 あまり人気がない場所なのか、季節が過ぎたからか、人影はない。 アキオ「...オレさあ、もう誰も好きになれないかもなーとか思ってたんだけど..すごい大事にしたい人が、出来たんだよね...。」 私はうつむき加減にコクンとうなずいた。 「冬子...」 アキオは初めて私の名前を呼び捨てで呼んだ。そしてぎこちない手つきで私を抱き寄せた。。 私の唇に、アキオの唇が、重なった...。。。 長いキスの後、唇が離れるとお互いに目を合わせ、照れて苦笑いした。 アキオ「大事にする。泣かさない...好きだから。。」 私「ワタシも...。」 翌年、◯◯寺にアキオと初詣に行った。元旦もだいぶ過ぎていたので参拝者は少ない。 ロープウェイで上に登る。山上は雪が残っていて寒かった。 たくさんの仏さんが並んだ参道を手を繋いで歩く。 「この仏さんたちみんな顔が違うねー。」 などと言い合いながら真っ白な雪道を踏み締めて歩いた。 お参りを済ませて元きた道を歩き出すと、アキオが雪をぶつけてきたので、じゃれ合うように雪をぶつけあった。 私「こんなところで遊んでたらバチが当たりそうだからやめようよーw」 また手を繋いて歩き出す。 アキオ「なあ、冬子...」 私「ん?」 アキオ「...オレと一緒に住むか?」 私「...いいよ。」 淡々としたプロポーズだった。 アキオ「じゃ、いいものあげるから手を出して。」 そう言うとアキオはキンキンに冷えた指輪を、私の手の平に乗せた。 ラッピングも箱もない剥き出しの指輪。。びっくりして嬉しくて目がうるんだ。 私「アリガトウ...。」 その時に見たアキオの笑顔。アキオの後ろに広がる真っ白な雪。この瞬間をずっと覚えておこうと、私は懸命に目に焼き付けた。 私たちはその年、籍を入れ結婚した。いつかは二人で四国遍路をバイクで廻ろうかと話している。アキオの亡くなったお父さんとそれから亡くなった彼女にも、幸せにやってますと伝えたい。。。 |