− 馬 さんの恋愛話 −

 うちの高校は少々特種で、一年生の時には学科クラスとHR用のMIXクラスとがあった。
 MIXは各学科クラスから数人ずつを集めた、まさに「全学科をミックスさせたクラス」だったな。
 俺は一年MIX一組、学科はR科一組だった。

 俺が始めてK子と会ったのは、入学してすぐだった。
 入学して一週間かそこらで宿泊学習に行くことになっていて、俺はクラスの宿泊学習係になった。
 その日の放課後に、宿泊学習係の集まりがあった。
 仕事内容を聞いてみれば、夜に行われるレクリエーションの司会進行とのことだ。
 クイズを二種類(○×クイズと何か、だっただろうか)行うことになり、係を二つに分けて取り掛かることになった。
 俺が担当した係で、リーダーに指名された。理由は「真面目そうだから」。
 そんな指名をしてきたのが、K子だ。
 K子は明るくて社交的な奴だった。手作りの名刺なんかを配っていたりして。
 高校入学直前に両親が離婚して落ち込んでた俺の心も、なんだか癒されるような笑顔で。思えばこのときには惚れてたんだろう。
 リーダーの俺とK子が司会を、他のみんながスタッフと言った形で俺たちの係は進めることになった。
 宿泊学習の日にちはすぐだった。入学直後の慌しい期間の中、先生方の協力と係の団結でなんとか準備を整え、出発した。

 宿泊学習は二泊三日だっただろうか。詳しいことを覚えていないのだが……
 ともあれ、レクリエーションの日が来た。
 若干緊張しながらも、K子と俺は最後に打ち合わせをして、本番に臨んだ。
 明るく、はきはきしたK子のフォローもあって、本来ならこういう場が苦手な俺もなんとか司会の大役を果たした。
 無事、俺たちの出番が終わった時のK子の笑顔は本当に綺麗で、可愛かった。

 宿泊学習が終わってから、俺はなんとかK子との付き合いをなくしたく無いと思った。そんなときだ。
 係のみんなで打ち上げと称してカラオケに行ったんだ。
 このときも俺はかなり青くて、今考えれば恥ずかしいんだがありったけの思いを込めてラブソングを歌うわけだ。
 そんな中、K子がとりわけ気に入ってくれたのが福山雅治のメッセージだった。
 何故気に入ったのかといえば、歌詞を間違えたからなんだろうが。

 このカラオケの時だった。K子と同じクラスの係のEが、俺を廊下に呼び出した。
「K子のこと、好きなの?」
 傍から見てばればれだったらしい。俺は照れながらも頷いてみせる。
「応援してるよ」
 と言ってくれたEは言葉どおりに、俺とK子が隣に座るように仕組んでくれた。
 話も盛り上がり、なんとなく上手くいきそうな気がしてた。K子が俺を気に入ってくれてると思えたし、俺もK子が好きだった。
 まあ、付き合うまで行かなくても本当に仲の良い友達にはなれそうだった。

 そんな俺たちも、別れの時(と言うのも変だが)が来た。
 K子がクラスメートと付き合っている、という噂を聞いたのだ。
 俺は怖くて本人に確かめる事が出来ず、ただなんとなく疎遠になっていった。

 付き合いがなくなってからと言うもの、K子に関して聞こえてくるのは悪い噂ばかりだった。

 クラスメートとはすぐに別れたと聞いた。
 違う人と付き合い始めたとも聞いた。演劇部の先輩と付き合い始めたとも聞いた。
 そんな噂が尽きず、実際にあいつは付き合ってたんだろう。
 そしてもう一つの噂があった。いじめ、だ。
 男受けする性格に、ちょっと整った容姿。僻みかは分からないけど、女子から嫌われていたらしい。
 そんな噂を聞きながら、俺はK子のことを忘れようとした。
 そして、恋を忘れるのに一番早いのが恋だと体感することになる。
 K子と付き合いがなくなってから半年近く経ったときだった。学科クラスが同じだったYさんと仲良くなり、
何度か放課後に残って話をするようになっていた。友人の力添えがなければ、ここまではならなかっただろう。
 二月の下旬、俺はYさんに告白した。そして、振られた。

 落ち込みはしたけど、表面上はさすが俺だ、振られてもなんとも無いぜ! と強がって過ごしていた。
 そんな時期、K子と話をした。
 ちょっとすれ違ったか、その程度だったけど久しぶりの話だった。K子は変わってないように思えた。
 そしてそのまま三月、春休み前だ。お互い口にはしなかったが、同じクラスになれることを望んでいた。

 二年生からはMIXクラスはなくなり、HRも学科のクラスで受けることになる。
 一クラスしかない学科は自動的に決まるが、二クラスある学科はこの時のクラス分けで、残り二年間の学校生活が決まる。
 男子が学科全体で9人だったのが、8人に減っていた。探し出すのは簡単だったが
「離れちゃったね」
 と声を掛けてきたのがK子だった。馬鹿やろう、俺の楽しみ取るんじゃねえよ。っていうかなんで離れちゃったんだよ……
 など、色々な言葉が頭に浮かんだが、そっか、と素っ気無く返してしまった。

 二年生になった俺は、部活にのめりこんでいた。学校祭準備ではクラス企画に参加せず、
 日付が変わるまでステージセットの準備を進めた。
 とにかく走り回った一年間、K子とも友達づきあいが続いていた。
 季節が過ぎ去って、秋ごろだっただろうか。G科のFと共に聞いた、K子の話は衝撃的だった。
 (FもK子が好きで、二人でカラオケに行ったとき無理やり唇を奪った事があったらしい。
 K子はそのとき後輩と付き合っていたが)
 レイプされた、というのだ。
 そして、現在進行形でストーカーにあっているとも。
 話を聞かされてもどうしようもなかったが、とりあえず話すことで気が楽になるならと俺はK子の話を聞いてやった。
 ある日、俺はMと二人きりになって話をすることがあった。K子のことをどう思っているのかを確かめたかった。
「先輩は知らないかもしれませんけど、K子さんは何人かいるんですよ」
 Mはそう言った。
 昔から(小学生の頃からか?)いじめられていたK子は、いくつかの人格を持っているとのことだった。
 普段から切り替わっていたそうだが、K子以外の人格はK子として振舞うことを覚えていたらしい。
 事実を知っている人間の前でしか、素を出さないんだと。
 信じられるわけがなかった。

 ネタとしか思えない。心臓が弱くて体育も見学で、あちこち男に手を出してて、それで多重人格? ばかげてると思った。
 K子に会ったとき、俺はMに聞いた話を本当なのか確かめた。K子は首を振った。縦に、だ。
「いつもはK子っていわれてるけどね。今のわたしも違うんだよ」
 ネタとしか思えなかった。演劇部自慢の演技かとも思ったが、そんな状態のK子と付き合ううちにそれが
本当なんじゃないかと思い始めた。いや、K子を信じたかったのかもしれない。

 二年生の一大イベントと言えば修学旅行だろう。
 うちの学校は本来なら海外になるのだが、9.11テロの影響で国内に急遽変更となっていた。
 開校以来初の国内旅行の学年になるというのも微妙な気分だった。なにせ、パスポートはしっかりと作ったのだ。
 地元から空港まではJRを使った。本当ならば地元から直行バスを使いたかったのだが、K子から電話があったから予定を変更したのだ。
『どうやって行けばいいの?』
「S駅から快速出てるから、それに乗ればいいはず」
『……一緒に行かない?』
 空港までとはいえ、一人旅よりはいいだろう。俺は二つ返事で了承した。

 JRの中、座れる席もなかった俺たちは入り口のところで立って他愛も無い話をしていた。
 そこへ見るからにヤンキーなにいちゃんねえちゃんがやってきた。
 舐めるような視線を向けられ、目が合わないようにしつつK子を後ろに隠した。ヤンキーにいちゃんが俺に一歩、近づいてきた。
「お前、Hじゃねえ?」
 見れば中学時代の同級生だった。
「あー、Tか! 久しぶりだな! 学校通ってたんだ」
「おう。そっちの姉ちゃんはこれか?」
 そう言いながら小指を立てるT。俺は苦笑しながら「違うよ」と答えた。
 ヤンキーのTも関西方面だと言う。俺たちは昔話を交えながら駅に着くのを待った。

 急遽変更になっただけあり、修学旅行の日程は適当そのものだ。
 初日は奈良観光。二日目の京都自主研修。三日目は関西地区自主研修。
 俺は学科の男子8人で自主研修を回っていた。三日目は5人がアメリカ村で買い物をしていて、半日を潰された。
 ひたすら待ってるだけの時間が苦痛でならなかった。
 最終日はUSJを予定していた。
 俺の周囲の人間はUSJを「ユニバーサル」と言っていたが、お前らそんなにユニバーサル言ってるんじゃねえよと。
 USBだったらどうするんだよとかわけの分からないことを考えつつ、USJも学科男子で回るつもりでいた。
 大阪自主研修を終えて、ホテルに戻った俺はK子と会った。
 どこを回ったとか、誰が何をしたかという他愛も無い話が続いた。
 俺は目を見て話せなかった。K子とだけではなく、他人と目を合わせる事が怖かった。
 それなのに、あいつは俺の顔を覗き込んできて目を合わせてきたのだ。
 修学旅行という、特別な時間。人気の無いところで二人きり。
 このときにはすでに、K子のことはタダの友達だと思っていた。それなのに胸が高鳴った。頭の中は真っ白だった。
 真っ白な頭が思い出したのはMの存在だった。
「Mとは続いてるの?」
 K子は答えをはぐらかそうとした。が、俺の追及に「んー」と曖昧に頷いた。
 このとき、ノーと言われていたら付き合おうとか言ってたかもしれない。けど、答えはイエスだった。
「Mがいなくて残念だったね」
 俺がそう言うとK子は笑って言う。
「Hがいるから寂しく無いしね」
 Mの存在を知らなければ間違いなく抱きしめるくらいしてた。煩悩の塊の高校二年生だった俺はそれでも何とか自我を保ち続けた。
 我慢してると言うのに、K子はこんなことを言うのだ。

「明日、誰と回るの?」
「男子で回ると思う、けど」
 今思えばなんて大胆な発言だっただろうか。けど、の後に続けた言葉は。
「明日一日だけ、俺と付き合わない?」
「付き合う?」
「一日限りの恋人同士ってことで」
 K子は頷いて、そして部屋に戻っていった。
 部屋に戻り、同室の男どもと靴下でキャッチボールをしていると消灯時間が過ぎた。
 アラームをセットしようと携帯を見ると、メールが来ていた。
『Hと一日だけ恋人同士』
 なぜかその文面だけで嬉しそうなK子の顔が浮かんだ。

 USJだ。当時は開園して間もなく、あちこちが綺麗だった。
 案の定男子で回ろうぜと言われ、俺は勢いに押されてうんと言ってしまった。だが、三百人以上が一斉に入場しようとすれば混乱が生じる。
 あっと言う間もなく俺は男子とはぐれた。
 ひとり途方にくれながらもK子の姿を探していると、学科一組の担任の先生がいた。若くて綺麗で関西弁のこの科学教師に俺は憧れていて、
迷わず「一緒に写真を!」と頼んでいた。先生は喜んで引き受けてくれて、カメラを近くにいた生徒に渡した。K子だった。
「H、なんでそんなうれしそうなの?」
 非難めいた口調のK子に俺は迷わず言った。
「綺麗なお姉さんが好きだからさ」
 俺は先生にたたかれた。

 売店の値段が法外だとか、あのサメすごい迫力だなとか言いながら園内を回る。
 フリーパスを全員に配られていたが、K子はアトラクションに乗ろうとはしなかった。
 しばらく経って、携帯がなっていることに気づいた。滅多に着信の無い俺の携帯に珍しいことだと思い出てみると、同じクラスの男子Oだった。
『H君、いまどこにいるの?』
「あーごめん。迷った」
『〜〜にいるから。あ、でも移動すると思うけど近くだったら早く来いよ』
 無言で通話を切ってしまう。
「どうしたの?」
「Oから。合流するべって」
「するの?」
「しないよ」
 K子の手を取って、再び歩き始める。それからは携帯が鳴っても気にしないようにしていた。
 K子と一緒にホットドッグを食べたり、ジュースを二人で飲んだり。デートのような一日を過ごし、夕方。
 時間より早く集合場所に着いた俺たちは少し離れたベンチで座っていた。
 K子が俺の手を取って
「手、冷たいよ」
 と両手で包み込んでくれた。
 これで恋人同士なら、キスの一つでもするんだろうか。
 ふと目があった。キスしてしまおうかと思った。たぶん、K子は拒まない。
 でもそこで、やっぱりMの顔が浮かんだ。
 やめよう、そう思って、俺は冷えた手をK子の背中に入れた。
「つめたいー!」
 楽しそうにK子は嫌がった。

 帰りの飛行機にトラブルが起こったらしい。出発が大幅に遅れたが、そのおかげで一つだけいいことがあった。
 抽選で一クラス弱の人数がファーストクラスに乗れるという。
 高校の修学旅行でファーストクラスだ。信じられないことだが、あまり期待してなかった。改札に搭乗券を通すと、
抽選に当たった印がついていた。
 クラス四十人中、三十人くらいがファーストクラスに当たった。他のクラスの人間はいなかった。
 快適な空の旅を楽しみながら、Oはサービスのリンゴジュースを何杯もお代わりした。
 俺は客室乗務員のお姉さんと写真を取って「H君ってそんな人だったんだ」と女子連中から冷たい視線を浴びせられた。

 空港について、解散だ。
 俺はK子を探した。K子も俺を探していた。
 帰る手段は、空港から地元の駅までの直結バスがあった。だけど俺はK子と一緒に帰りたくてJRで帰ることにした。
 帰りは座れた。四人掛けのボックスではなく、壁に向いた二人用シートに隣に並んで座った。
 K子は眠たそうだった。色んな事があって、K子は不眠症気味だったから「寝てていいよ」といい、肩を貸す。
 K子はしばらく俺の肩に頭を預けていたけど、眠らなかった。
「Hと一緒にいると安心するけど、一緒にいる時間が勿体無いから」
 憎いことを言ってくれた。
 それでも、疲れで俺たちの言葉は少ない。少ない中で、俺は好きってわけでもないK子とどうしてこんなに一緒にいられるのだろうかと考えた。
 答えは出なかった。

 快速がS駅に到着した。S駅で俺は下りるが、K子はT駅まで乗って行く。
 荷物を持ってホームに降りた俺を、K子は泣きそうな目で見ていた。
「下りる?」
 冗談めかして聞いたのに、K子は返事をしなかった。
 気まずい無言の中、K子が先に口を開いた。
「ホテルとか、USJで……あたしにキスしようとしてたでしょ」
「……ああ、思ってたけど」
 やっぱりばればれだったらしい。そりゃあ、当然だったのかも知れないが煩悩の塊がそんな事を分かるはずもなく、
ばれてたことを恥じて俯いてしまった。
 そんな俺の頭に、K子の手が乗せられた。
「いい子いい子」
「何がいい子なんだよ」
「踏みとどまれたんだからね」
 顔を上げてK子を見ると、俺が一番好きな笑顔を見せていた。
 何か言おうとした俺を遮るかのように、警笛がなった。
「……じゃあね、H」
 バイバイ、と手を振るK子と俺の間を、自動扉が無常に遮った。

 秋が過ぎ、冬。
 年末の大イベントと言えば、クリスマスだ。
 K子のことは好きじゃなかったはずなのに、俺はアクセサリー屋でプレゼントを選んでいた。
 バイトをしていたとはいえ、男三人家族で借金にまみれている俺には大した小遣いも無い。
 昼食代もバイト代から出していたくらいで、金欠の時には食パンだけのこともあった。
 それなのに、女のためにアクセサリーだ。今から考えても信じられん。
 散々悩んで、銀色の、かわいらしいネックレスを買った。
 クリスマスの朝、俺はK子を廊下に呼び出した。
「これ」
「プレゼント?」
「そう。……あー、恥ずかしいから誰にも言うなよ?」
「うん!」
 何度かありがとうと言ってK子は教室に戻っていった。
 次の休み時間、K子と親しいAさんが俺に話しかけてきた。ニヤニヤしている。嫌な予感がした。
 案の定、プレゼントのことをばらしていた。
「……あー、」
 俺はそれしか言えず教室の中に逃げ込んだ。
 次の休み時間。K子を捕まえて問い詰めた。
「嬉しかったんだもん」
 その笑顔の前に俺は
「……あー、」
 それしかいえなかった。俺の好きな笑顔の前で、俺は何も言えない。
 妙に照れくさくて俺はやっぱり教室の中に逃げ込んだ。
 それがK子の笑顔を見た最後だったと思う。

 話は前後するが、K子は学校を休みがちだった。病気もあるんだろうが、一番大きかったのはいじめだろう。
 男子からはそうでも無いが、女子からの不人気具合はいっそ清々しいほどだった。
 そして、R科は女子の花園だ。四十人中、男は4人しかいない。つまり、残りは生物学的には女と分類される生き物だ。
 半分以上は女と認めたくは無いが。
 修学旅行に来たK子が、俺とUSJを回った理由もここにあったんだと思う。K子と親しくしている子もいたが、
同じグループにはK子を嫌うのがいた。そりゃあ、楽しくもないだろうし先生もついててやるだろう。
 学校に来なくなったのは、修学旅行後だったと思う。
 たまに学校に出てきたときは、話をした。
 話があるからと呼び出されて、放課後の誰も無い地歴教室で話をしたこともある。
 そのときは泣き出したK子が俺のブレザーを涙で濡らしていった。
 話を聴く事が俺に出来ることだと信じていた。けど、俺はK子の力になれなかった。
 K子は留年した。

 K子とはいつも廊下で話をしていた。その廊下にはK子の姿はない。
 なんて言えばいいのか分からず、携帯で連絡もあまり取れなかった。
 原因は何個かあったと思う。だけど、大きかったのはそのうちの一つだ。
 K子の人格の一つに、俺が告白されていたのだ。そのときはMと付き合っていたK子だった。
 K子はMの事が好きらしい。だけどその人格は俺を好きなんだと言う。
 どうしたものかと、事情を知っているAさんと頭を抱えた。結局返事は保留した。
 保留しているまま、K子が留年してしまったのだ。
 話をする機会も減り、なんとなく話をしたいなと思いながら春は過ぎさっていた。

 六月。最後の遠足だった。三年生は遊園地。
 場所柄、K子とUSJに行ったことを思い出さざるを得なかった。そのことをなるべく忘れるように、無理に楽しんだ。
 暑い日だった。学校に戻った頃には汗だくになっていた。
 風も強く自転車通学だった俺は必死でペダルをこいでいた。
 10km近い通学路も、八割がた過ぎたころ。携帯がなっていた。
 誰だろうかと思いながら液晶を見てみると、K子だった。
「もしもし?」
 呼びかけても、声は聞こえない。聞こえるのは、鼻をすする音。
「泣いてるのか?」
『……H?』
 蚊の鳴くような声で、K子は言った。『会いたい』
 学校を挟んでまったく正反対の場所に住んでいるK子がそう言った。
 8km近い距離を20分で飛ばし、さらに6km程ある慣れない道を飛ばした。
 全力で走った。もう汗だくどころの騒ぎではない。
 K子の家に着いた。だが、K子はいないようだった。
 電話してみると、すぐ近くの河川敷にいると言う。俺はそこまで自転車を走らせた。
 土手の上にあるベンチにK子が座っていた。

「よっ」
 思ったより明るい声だった。
「遠足だったんでしょ?」
「ああ。そっちは?」
「行ってないよ」
 妙にあっけらかんと答えたK子だった。
「吸っていい?」
 そう言いながらもタバコを取り出し、火をつけていた。
「吸ってるんだ」
「最近ねー」
 紫煙を吐き出しながら、遠い目をしながらK子は呟いた。
 久しぶりに会った俺だったけど、何を話せばいいのか分からなかった。
「あたしねー、家出してきたんだ」
 耳を疑った。が、予想していなかったことではない。
 K子は学校でも、家庭でもうまく行っていなかったらしい。そのことはK子自身から聞いていた。
 訥々と話をするK子に耳を傾けていると、やがて声が湿り始める。
 俺はK子を抱き寄せた。放課後の地歴教室で泣かせた日のように。
 声を上げてなくK子の髪を撫でてやりながら、俺は周囲の視線を気にしていた。
 夕暮れの河川敷だ。犬の散歩をするおっさんがいたりする。すごい気まずい。
 やがて顔を上げたK子の目はすこし腫れていた。
「大丈夫?」
 俺が尋ねると、うん、と小さく頷いてそして俺の目を見つめてくる。
 しばらく、そのまま見つめ合っていた。

「何考えてる?」
 俺が尋ねると、
「Hにキスしたらどうなるかなって思ってた」
 理性が飛びかけた。そして、なんとか堪えた俺の唇がK子に塞がれていた。
 俺は中学の頃に後輩と付き合っていて、キスしたことは何度かあった。それは唇を押し付けあうだけのものだった。
 だが、K子は違った。触れ合ったと思った瞬間、舌を差し込んできた。
 たまげた。何が起こっているのかわからない俺の口の中を、K子の舌がはいずりまわる。
 そして、顔を離したK子は悪戯っぽく笑う。
「ファーストキスだった?」
「……いや、違うけど。……びっくりした」
「でもキスしなれてなかったよ?」
「キスって、ちゅっていう……」
「それはキスじゃないよ。ちゅーだよちゅー。やった、Hのファーストキス奪っちゃった」
 嬉しそうに笑うK子だった。でも、その笑顔には少し翳りが見えた。
 今度は俺からキスした。拙かっただろうけど、精一杯の心は込めた。
「……Hのしたいようにしていいよ」
 そう言われたので、煩悩むき出しでエロゲーをやっていた高校三年生は、ゲームの知識を元にK子にHなことをした。
 三擦り半だった

 帰らないでというK子を諭し、家に帰るよう説得して家に戻った。顔がにやけているのは隠しようがなく、兄貴に
「お前キモイ」
 と言われた。
 次の日、K子からメールが来た。
『後悔してない?』
 このときは後悔していなかった。
『……また会おうね?』
 もちろん、会いたかった。
 Hしたからというのも嫌な話ではあるが、K子に対する情は確かにあった。
 それにもともと、K子のことは好きだったのだ。初めて会った宿泊学習係で、俺は半ば一目ぼれに近かったから。
 K子に会ったのは、これが最後になる。

 うちの高校は七月になるとすぐ学校祭がある。
 本来ならば部活の方で駆けずり回るはずだったが、二年生の終わりごろに起こった事件によって俺らの学年は煙たがられていた。
 結局は部長だった俺がしっかりしていないからなんだが。
 ともかく、部活のしがらみがなくなった俺は掛け持ちだった応援団に精を出していた。
 団員の中で一番キャリアが長いってことで、団長は俺だった。
 そして、クラスでは副委員長。精力的な時代だったのは、おそらく最後の学年だったからだろう。
 副委員長としてクラス企画に参加していた。企画はステージの幕間だったが、一番初めの幕間で、俺は応援団長として企画を押し付けられた。
 全校生徒の前で、学校祭の成功を祈ってのエールを送るのだ。
 さらに、人手が足りないと言う事でショートコントにも参加。サザエさん一家殺人事件の、被害者(波平)役だった。
 あろうことか、体育で1を取ったことのある、リズム感の無い俺がダンスもさせられた。

 男が少ないから仕方ないのだろうが。男子四人しかいないせいで、一番身長のあった俺は女子の一番身長の低い子の股の間をくぐらされた。
 屈辱だった(本番ではスカートの中に頭を突っ込むと言う失敗を犯した。まあ、貴重な経験だが……後頭部にパンティってのは)。
 一番力を入れていたのはダンスだった。
 学校に残れる時間は限られている。そして、その中で一番時間を必要としていたのはダンスだった。
 ダンス班は公園やリーダーの家に集まって練習をした。その、リーダーの家でだった。
「H君、携帯鳴ってるよ」
 Oが俺の携帯を指差して言った。踊るために邪魔だったため、ポケットに入れていた携帯を外に出していたのだ。
 慌てて携帯を取り、BGMの聞こえない場所まで出る。
 K子からの電話だった。
「もしもし、K子?」
『……H?』
「うん。俺だよ」
『……今までありがとう。もう、連絡しないね……サヨナラ』
 目の前が真っ暗になった。
 最後に会った日から、一週間か二週間か。それしか経っていないのに。
 サヨナラを告げられた俺は、その場でK子の番号を携帯から消した。
 K子が好きだったから。だから腹がたった。
 恋を忘れるには、何かにのめりこむのが一番だった。だから、俺はダンスに気合を入れた。

 学校祭で、幕間担当クラスとして始めて最優秀賞を取った。それは、R二組にとっての初めての賞でもあった。
 表彰式の壇上で、委員長と共に賞状とトロフィーを受け取った俺はクラスのみんなに向けて「やったぞおおおおお!」と叫んでいた。
 獲ったどーの浜口以上の声を張り上げて叫んでいた。

 K子からの連絡は、夏が過ぎても、秋が過ぎてもなかった。
 俺も連絡を取りたくとも、消してしまったものは戻らない。
 就職活動を始めた俺は、K子のことを考えなくて済んだのが幸いだった。

 俺は年が明けて、内定をもらった。ギリギリの追加合格だった。
 そして三月一日、卒業式の日の夜だった。
 携帯が鳴った。液晶には名前が表示されなかった。
「もしもし」
『……H?』
 K子だった。サヨナラを言ったはずの、K子だった。
『卒業おめでとう』
「ありがとう」
 少しだけ進路の話をして、ふと俺は言ってみた。
「付き合ってる人、いるの?」
『いないよ』
「俺と付き合ってみる?」
 一年生の時、同じ係になって好きになったあの時言えなかった言葉だった。あの時は両思いだったらしいが、俺がK子に対して「好きだ」という意思を見せていなかったから、K子は諦めてしまっていた。そして、同じクラスの男と付き合ってしまった。
 そのときの言葉を俺は口にしていた。
 答えは、
『……うーん。どしよっかなあ』
 冗談めかして言ったK子だった。
 そして、俺たちはそのまま電話を切った。K子の声を聞いた最後だった。

 就職した俺は、借金取りに追われた親父と共に引っ越して、生活が落ち着いてから中型二輪の免許を取った。
 俺は今でも、青のバリオスを走らせK子と抱き合ったあの河川敷に行く。
 福山雅治のメッセージを歌いながら、バイクを走らせる。
 また会えるかなという期待を込めながら。

以上で、高校の頃の話は終わりです。
就職して何年か経つけど、やっぱりK子のことは今でも思い出します。
生きていると良いなっていうのが、一番大きいですが。



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