− ヤマハの人◆V4/xGh2fZU さんの恋愛話(その1) −
| 俺は当時、渋谷で一人暮らしをしていた。仕事が終わり、帰宅した後に RZVでツーリングというか、散歩みたいな感じで、夜の街を軽く流して 寝るというのが習慣だった。 ある春の日の夜のこと。 彼女に出逢ったあの日は、軽く雨が降っていた。こんな日は夜ツーはや めておこうと思い、駅を出てまっすぐに、センター街にある中華料理店 に向かった。 メシを食って、さあ帰るかなと席を立った時、一人の女と目があった。 その女は、女二人でメシを食いにきていた。その時は、こいつらもジャ ッキーのファンなのかなと思っただけだった。 雨は相変わらず小降り。路面は軽いウェット。こんな感じじゃ、やっぱ り走りたくないなと思い、なんとなくゲームセンターに入った。少し遊 んでいると、さっきの女が入ってきた。女たちはプリクラを撮っていた。 プリクラなんて、どこがおもしれーのかなと思い、なんとなくそいつら を見ていた。よく見ると、優香に似ている。すると、女が俺に話し掛け てきた。「一緒に撮ります?」と笑う女(以下、優香)。 「ん?何で俺と?」と訊くと、んー、なんとなく。と笑った。優香の友 人らしき女も笑っている。プリクラは苦手だからと、断ったんだけど、 勢いに押され、プリクラを撮る事に。軽く話をしてみる。女たちは東京 観光に来ていて、翌日の午後に京都に帰るとの事。 京都が好きで、京都には何度かツーリングで行った事がある俺は、京都 人と話す事が嬉しくて、彼女達の京都の話が楽しかった。京都弁が好き な俺は、彼女達の話す言葉が嬉しかった。お返しに俺は、地元で見かけ た芸能人の話をしてあげた。 突然優香が「やっぱり似てるよねぇ」と俺に言う。「何に似ているんだ ?」と訊くと「物じゃなくて、人だよー」と。彼女達が言うには、大沢 たかおに似ているそうだ。優香はその男のファンらしく、俺に話し掛け てきたのも、そのせいだったようだ。 「ジャッキーズ・キッチンにいたから、ジャッキー・チェンのファンだ と思っていたよ。それで話し掛けてきたのかと思ってた。」と言うと、 特にファンでは無いと笑っていた。自分では、パッとしない顔だと思っ ていたけど、芸能人(俳優か?)に似ていると言われた事は、悪い気分 じゃなかった。 ゲーセンで話し始めて小一時間程経った頃、雨は上がっていたみたいで、 外に出ると、路面も乾き初めていた。「お、これは寝る前にひとっ走り できるかな」と独り言を言う俺。 優香の友人らしき女(以下、出川)が、「ジョギングですか?」と、力の 抜ける事を言う。「いや、バイクで散歩するんだよ。」と苦笑する俺。 優香は「わー、いいなぁ。バイクって楽しそうですよねぇ。」と言うか ら、「京都にツーリングに行った時に偶然逢えたら乗せてあげるよ。」 と言うと、「えっ、いいんですかー?約束ですよぉ。」と笑う。 幸い、出川は何も言わない。なんでだ?でもまあよかったな。と安心す る俺。後になって優香が話してくれたんだが、出川には、バイク乗りの 彼氏がいるそうだ。世の中捨てたもんじゃないなと思った。 その日はお互いのメールアドレスを交換して、俺は自宅へ、彼女達はホ テルへと帰っていった。結局その日は走りには行かずに寝た。 翌日、目が覚めると優香からメールが来ていた。「昨日は楽しかったよ。 ありがとう。約束、忘れないでね♪」と、こんな感じ。いきなりタメ口 かよと苦笑する俺。当時の俺は23歳。優香は19歳。まあ俺は体育会系で もないし、そういうのはあまり気にしないタチだったから、気にしてな かった。 とりあえず「ああ、俺も楽しかったよ。久しぶりに、大好きな京都弁が 聞けて、嬉しかった。帰りは気をつけてね。」とメールを返す。すると すかさず返信が。「京都へは、いつ来るんですか?」だって。何故か急 に敬語になる優香に、少し笑った。「気が向いた時に行くよ」と返信し て仕事に向かう。 それから毎日のように、優香からメールが来た。時々京都弁で書いてあ るメールに萌えたりしながら、俺は優香とのメールを楽しんでいた。そ して7月になった頃、急に八橋が食べたくなり、俺は京都に行く事を決 めた。八橋なんて通販でも買えるし、横浜の大黒パーキングに行けばい つでも買えるんだが。 思い立ったが吉日、早速週末に出発する事にした。 早朝、まだ暗いうちに自宅を出る。東名高速をひた走る。2回ほど休憩 して、いざ京都へ。高速を下りて、とりあえず清水寺へ。団子を食べて いる時に、ふと優香の事を思い出した。携帯を取り出し、メールを打つ。 が、返事は無い。ま、いっか。偶然会えたらって約束だしなと思い、 RZVを走らせる。 八橋を買い、何箇所か観光地を廻る。目的も果たしたし、早めに帰ろう かなと思い、エンジンを掛けようとしたその時、メールの着信音が鳴った。 なんだよめんどくせぇな。 渋々グローブを外し、メールを見る。優香からだ。 「大沢くん(俺の事)、今こっちに来てるの?どこにいるの?会いたいよ。」 今、渡月橋の近くだよと返信する。優香は用事があって、学校に来てい るらしい。そこまで行くから待っててと言われたが、俺が行く方が早い から待ってなよとメールを送る。 京都御所にほど近い大学の入り口に、優香はいた。毎日メールのやり取 りをしていたからだろうか、それほど久しぶりのような気はしなかった が、とりあえず、久しぶり、と頭を撫でる。優香は俺の腰にガバーっと 抱きついてきた。バランスを崩して、危うく立ちゴケするところだった。 俺のメールの返事が遅いとか、あまり写真を送ってくれないとか、色々 文句を言われた。とりあえずヘルメットを脱ぎ、グローブを外す。 「猫の写真は喜んでたジャマイカ。」と言うも、 「猫は猫、大沢くんは大沢くんなの」と優香。ああ、そうなの。 俺は、優香とメールのやりとりをしているうちに、優香の事を好きにな っていった。優香は毎日写真を送ってくれていた。俺は、自分の写真は 送らずに、地元で撮った写真や、夜の散歩の時に撮った風景写真、夜景 の写真を“時々”送っているだけだった。 一度しか会っていないし、メールのやりとりだけで好きになる恋なんて、 おかしいよなあ、と思っていた。しかし、優香への想いは、日を追うご とに大きくなっていた。そして、その想いに気付いてはいたものの、や っぱりおかしいよなあ、と言い聞かせている自分がいた。 この日、京都で優香に再会して、一気に想いが膨れ上がっていくのを感 じた。それは優香も同じだった。のかは知らんが、優香の目には、うっ すらと涙が浮かんでいた。「今日はこれからどうするの?」と訊かれて、 「ん。もう帰ろうと思ってたところだよ」と答える俺。 「えー!ゆっくりしていきなよぉ。せっかく来たんだし。色々案内するよ」 「今日はどこかに泊まるんじゃないの?日帰りなの?」 「バイクに乗せてくれるって言ってたじゃない。やーくーそーくー。」 と、少しむくれた顔をする優香。 「しょうがねぇなあ。まあ、明日も休みだし、今夜はどこかに泊まるか な」と言うと、優香の表情が明るくなる。「んー、うちには泊まれない から、一緒に宿を探すよ」と、公衆電話があるところに案内してくれた。 なんで公衆電話?と思っていたら、そこにはタウンページが置いてあった。 ああ、なるほどな。オマイ、頭いいなと心の中でつぶやきながら、ふた りでページをめくる。観光案内所とかに行けばすぐに紹介してくれんじゃ ねーの?とも思ったけど、ふたりで宿を探すという行為が妙に楽しくて、 その言葉はしまっておいた。 何件も電話をかけたが、週末で、夕方だったせいか、なかなか空き部屋 がない。ようやく見つけたのは、琵琶湖の近くのビジネスホテルだった。 俺も疲れているし、宿に行くにも迷うだろうから、明日ゆっくり会おう なと、優香に携帯の番号を教えて、ホテルに向かった。 翌日、優香に言われるままに、桂という駅に向かった。ここにきて思っ たのだが、俺のRZVはバックステップにシングルシート。ヘルメットも、 俺の分しか無い。優香を乗せる事なんてできねえじゃん_| ̄|○ しかし優香は、そんな事はわかっていたらしく、白いワンピース姿で俺 を迎えてくれた。優香の家まで、バイクを押して歩く。優香の家は、駅 から5分位だった。言われるままに、庭にバイクを停める。その時、優 香の父と思われる人物が現れた。 「君が大沢くんか?娘がよく君の事を話しているものでね。いつも世話 になってすまないね」「あ、いえ。こちらこs『おとーさん!そんな 格好で出てこないでっていつも言ってるでしょ!』ます。」父上はラン ニングシャツにトランクスという出で立ちで、いかにも“とうちゃん” って感じだった。まあ、こんな感じで挨拶を済ませて、再び駅へと歩いた。 よく晴れた日曜日だった。優香の希望で、清水寺に行った。八坂神社で は、お守りを買ってくれた。祇園の街をのんびり歩いた。夕方になると、 芸妓さんとか舞妓さんが歩いてるのよ、と教えてくれた。その後、京都 駅の屋上に連れていかれた。のんびりし過ぎたせいで、辺りは薄暗くな っていた。京都駅の屋上は、薄い黄色のランプがきれいだった。「私の 家は、あの辺かな」と、優香が指を指す。「カップルばかりだね」と、 少し照れた様子がかわいい。 もうそろそろ帰らなければいけない時間だったんだが、一日一緒にいた せいか、なかなか離れ難い。俺は改めて、優香への気持ちを確信した。 優香の気持ちも、俺に伝わっていた。軽く抱き寄せて、くしゃくしゃっ と頭を撫でる。ついでに、ほっぺをムニューと引っ張ってみた。優香は 笑いながら俺を叩いた。 唐突に、「なあ、優香。俺達付き合わないか。」と言ってみた。優香は 「えっ」と俺を見上げた。「メールは毎日してたけど、実際会うのは2 回目だし、遠距離だし、いつまで続くのかわからないけど。それに、 優香がOKって言ってくれるかもわからない。だけど、それでも俺は優香 の事が好きなんだ。好きになってしまったんだよ。」と、一気に言っち まった。 少しの沈黙ののち、優香は「ありがとう」と言ってくれた。その日から、 俺達の遠距離恋愛が始まった。月に2回は必ず逢いに行った。北山にあ る、おいしいケーキ屋を教えてくれた。祇園の路地裏に、おもしろい石 の置物がある事を教えてくれた。 優香の家の近所の路地には、十二支の名前がついている事を教えてくれ た。新京極においしいクレープ屋がある事を教えてくれた。雑誌に載っ ていない、地元の人がよく利用するお店も、教えてくれた。苦手だった プリクラも、好きになった。 ノーマルシートに戻し、バックステップも外していた。彼女を乗せて、 街中を走った。京都駅の屋上にも、何度も行った。俺は、屋上から見る 景色が好きだった。レモンイエローの明かりの下、手を繋いで京都の街 をずっと眺めていた。 夜、泣きながら電話を掛けてくる事もあった。そんな時はRZVに乗って 逢いに行った。ほんの少し一緒の時間を過ごし、東京へとんぼ返りなん て事も、何度もあった。RZVの距離計は、みるみる伸びていった。高速 代やガソリン代も、ばかにならなかった。そんなある日の事。 仕事帰りに、友人とラーメンを食いに行った時に、「俺、京都に住もう と思うんだけど」と、俺は友人に打ち明けた。「ちょっと飛ばせばフォー 時間もかからないで行ける距離だけど、やっぱ帰りが辛いし、なかな か好きな時に会えないし、金だってかかる。それなら京都に住んだほ うがいいと思うんだよ。あっちでアパートは押さえたし、仕事も決ま りそうだしさ」 友人は、寂しくなるなと言いながら、応援してくれた。 彼女にはまだ話していなかった。次の週末、嵐山に紅葉を見に行く時に、 話そうと思っていた。しかし、その週末は来なかった。 急に、彼女の態度が変わったのだ。冷たい口調になり、明らかに、俺 に嫌われようとしているな、という態度だった。昨日、友人に決意を 誓ったばかりなのに。いったい彼女に何があったんだ?俺、何かやっ ちゃったか? そして会いに行くと言っても、「忙しいから」と断られる事が続いた。 俺は、わけがわらなかった。 彼女は、車の教習所に通っていた。そこの若い教官がすごく親切で、 よくメールや電話で、その教官の事を話していた。その教官に、遠距 離恋愛である俺達の事について、相談にのってもらっている事も、 以前、俺に話してくれていた。……これか。 一方的に別れを告げられ、俺は日々、放心状態だった。決まりかけて いた京都の部屋も、仕事も、キャンセルした。友人は怒り狂っていた が、「まあ、遠距離だったし、ぐに会えないやつより、近くにいてく れるやつの方がやっぱりいいんだよ」などと、妙に冷静な自分もいた。 それでも、数ヶ月は落ち込んでいた。大好きだった夜の散歩も、全然 しなくなった。友人がツーリングに誘ってくれたりもしたけど、バイ クに乗る気がなくなっていた。 そしてまた夏が来た。 その頃になると、気持ちも落ち着いてきていて、また夜ツーに出かけ るようになっていた。ふと彼女の事を思い出しても、チクリと胸が痛 む程度になっていた。そんなある日の週末。ふと、八橋が食べたくな った。八橋なんか通販でも買えるし、横浜の大黒パーキングに行けば いつでも買える。しかし、やっぱ産地に行かなきゃだめだろ。って事 で、京都に行く事を決めた。 思い立ったが吉日。その週末には、京都に立っている俺がいた。八橋 を食べて、軽く観光してみるも、ああ、ここはあいつと来たな、とか、 ここでケーキ食ったんだったな、とか、鴨川に行けば、ああ、この土 手で、カップルの行列に混ざって、一緒に夕日を見たなあ、とか、思 い出すのは彼女の事だけだった。街中が、彼女との思い出で溢れていた。 俺は京都駅の屋上に行った。何を思ったか、消せなかった優香の番号 をプッシュしている俺がいた。「今、駅の屋上にいる」と、たった 一言だけ告げて、電話を切った。来るわけないよな。ストーカーみ たいで気味わりーしな。などと思いつつ、ポツポツと明りがつき始め た街を眺めていた。 不意に後ろから声を掛けられた。優香だった。まさか来るとは思って なかったから、かなり不意打ちをくらった気分だった。それでも平静 を装って、なんとか声を絞りだした。 「お、おう。久しぶり」 「…久しぶりやね」 もともと痩せていたが、優香は以前よりさらに痩せていた。 ぽつり、ぽつりと、優香は話しだした。遠距離が辛くて、寂しかった 事。相談に乗ってくれていた教官を好きになってしまった事。 俺を裏切った事が、ずっと胸に引っかかっていて、辛かった事。 何度も何度も、ごめんと繰り返す彼女に俺は切れた。彼女を引き寄せ て、頭をクシャクシャと撫でる。「気にすんな。もう終わった事だ。 これからは、お前の幸せだけを考えて生きて行けよ」 「今までありがとな。お前と一緒にいた時間は、すごく幸せだったよ」 「俺はもう少しここで夜景を見ていくから。お前は一人で帰れるよな?」 「じゃあな」 彼女はじっと俺を見つめている。突然、優香は泣きながら俺の胸に飛 び込んできた。「ごめんね、ごめんね」と繰り返しながら。 「お前なあ、早く帰れ。泣けねーだろうが」と冗談っぽく言うと、 「…ん。うん。ごめんね。」と最後までごめんねと言いながら、長い エスカレーターを下りていった 俺はまた京都の街を見下ろした。何度も通った、彼女の家の方角を 見つめる。「これでやっと終わる事ができなかなー」と、小さく呟い て俺は京都をあとにした。 今でも俺は京都が好きで、八橋が好きだ。ふと食べたくなると、京都 までバイクを走らせる。RZVはもう売ってしまって、今は違う愛車 だけど、今ではもう、彼女の事を思い出しても、京都に行っても、 胸が痛む事は無い。ああ、懐かしい思い出だなあと、なんていうか、 生温かい気持ちで振り返る事ができる。そして最後に一言。 彼女が今でも、そしてこれからも、幸せでありますように。 |