− ヤマハの人◆V4/xGh2fZU さんの恋愛話(その10) −
| あの頃の僕らは、誰でも心の中に宝物を持っていた。だけど、ひとつ年齢を重ねるた
びに、ひとつ、またひとつと、その宝物を失っていった。いつのまにか、嫌な大人にな ってしまって...。 友人達は「そんなことないよ」と言ってくれるけど、僕はこんな自分が嫌いだった。純 粋な昔の自分を取り戻したくて、僕は小さな頃によく遊んだ公園へとバイクを走らせた。 しかし住宅地の間にポツンとあった公園は今はもう無く、そこには想い出のかけらす ら無かった。 少し冷たい秋の風に吹かれながら歩いていると、一軒のコンビニエンスストアがあっ た。「確かここは駄菓子屋だったはずだけど...。」中を覗いてみる。やはり昔の面影な ど、あるはずも無かった。無機質に働く店員を見て、僕はやるせない気持ちになり、 逃げるようにそこを立ち去った。 公園の駐輪場にバイクを停めたまま、あても無くぼんやりと歩いていたら、昔通って いた小学校にたどり着いた。大人になった今では、随分と校舎が小さく見える。広か ったはずのグラウンドも、何故か狭く感じてしまうのは、やはり僕が大人になってしま ったからなのだろうか。 (もう、あの頃の気持ちには戻れないのだろうか。僕はもう、汚れてしまっているのかな...。) 空はどこまでも高く、僕は流れる雲を追いかけていた。雲は様々な形を作り、時が経 つのを忘れさせた。ひとつの雲が人間の顔のように見える。その雲に、かつて好きだ った女の子を重ねてみる。僕の初恋の人。小学校を卒業したあと、それぞれ違う中 学校に通っていたし、彼女は引っ越してしまったために、それっきり会っていない。 (懐かしいな。元気でいるかなあ..。) その時、不意に後ろから声をかけられた。 「あれえ?何してるの?こんなところで。」 振り向くと、一人の女性が僕を見て微笑んでいる。その優しい瞳には見覚えがある。 この小学校で同じクラスだった女の子だ。名前は確か...。 「わたし。真紀よ。忘れちゃった?」 「ああ、やっぱり。久し振りだなあ、元気でいるか?」 「うんっ。わたしは元気。あなたは?何だかショボーンとしていたみたいだけど。」 ――昔から勘のいい子だったけど、今でもそれは衰えてはいないようだ。 「うん、ちょっとね。」 「え〜?ちょっとお?なによー。わたしでよければ話を聞くわよ。それに、わたしも色 々と話したい事もあるし。」 半ば強引な彼女に連れられて5分ほど歩くと、小さな神社に着いた。神社の隣には、 小さな公園がある。 「ここは...。」 「覚えてる?昔、ここでよく遊んだよね。」 ブランコに乗り、僕達は話し始める。彼女の話は、まるで子守り歌のように僕の身体 にゆっくりと染み込んでゆく。疲れきっていたのだろう、彼女の話にうなづきながら僕 は眠りに落ちていった。 どれくらい眠っていたのだろうか。目が覚めると僕はベンチの上で彼女のハンドバッ グを枕にしていた。彼女の姿は無い。 「真紀のやつ、何処に行ったんだろう。」 ハンドバッグがここにあるのだから、そのうちに戻ってくるだろう。それよりも、女の子 一人で僕をここまで運ぶのは大変だっただろうに..。僕は公園内を見回した。あれか ら15年経った今でも、ここは変わっていない。全てがあの頃のままのような気がする のは、今日、真紀に出会えたからなのだろうか。本当は、変わってしまったのは僕の ほうなのかもしれない...。その時、不意に後ろから手が伸びてきて僕の両目をふさい だ。 「だーれだ?」 「おう、何処に行ってたんだよ、真紀。」 振り向くと、ほっぺをふくらませた彼女がいる。 「なあーんだ、つまんないの。」 ふてくされたフリをする彼女。僕は思わず吹き出してしまった。 「あははっ、だって、二人しかいないのにわからないわけ無いじゃない。」 「そうだけど..。でも、少しは驚いてくれてもいいんじゃない?もう、いい物買ってきたの に。もうあげないから。」 あどけない笑顔。ああ、昔と変わらないな、と、僕は改めて思う。 「えー?何を買ってきたの?見せてよ。」 「どうしようかなあ。ねえ、覚えてない?この公園で、昔よく飲んだ...。」 「そうか、あのラムネだ!」 「あったりー。はいっ、どうぞ。」 ブルーのビンを受け取る。一口飲む。甘い炭酸水が口の中いっぱいに広がってゆく。 一口飲むたびに、だんだん昔の自分に戻っていくような気がして、僕は一気に飲み干 した。気付くと、彼女が僕を見て微笑んでいる。 「やっと、いい顔になったね。」 彼女が嬉しそうに言った。突然の彼女の言葉に少し戸惑いながら僕は彼女に聞き返 した。 「本当に?いい顔してる?」 「うん。あの頃と同じ。無邪気なキミよ。」 「そうか..。」 僕は思わず彼女を抱きしめた。 「ちょ、ちょっと、どうしたの?急に。」 「おまえのおかげだよ。今日、真紀に出会えたから、俺は失くしてしまっていた大切な 物を取り戻す事ができた。真紀、ありがとう。」 「何だかよくわからないけど、わたしが何かの役に立てたのなら嬉しい..。」 僕は今日までの出来事をひとつひとつ話していった。彼女は時々うなづきながら黙っ て僕の話を聞いてくれた。全てを話し終えた後、彼女はゆっくりと僕のことを見上げる。 「実は、わたしも。何か、今のままではいけない気がして...。今の気持ちのまま、大人 になってしまうのが嫌だったの。想い出のかけらを探しに、あの小学校に行ったの。 そこに、あなたがいた。あなたも同じだったなんて..。これは偶然?」 なんという事だろう。同じ気持ちを持った二人が、15年経った今、再び出会った。本 当に偶然なのだろうか。いや、きっと違う。今日、僕と真紀が出会えたのはきっと偶然 なんかじゃない。僕はそう願った。 |