− ヤマハの人◆V4/xGh2fZU さんの恋愛話(その2) −

一度行って、すっかり好きになってしまった、あの坂道。
群馬県の赤城南面千本桜。道の両側には大きな桜の樹があって、ピンク
色のトンネルを作っていた。はらはらと舞い下りてくる花びらたち。
手で受け止めることは意外と難しくて、ひらりひらりと身をかわして、
俺の手をすり抜けていく。


俺は、一人で花びらを掴まえようとしていた。しかし、花びらは、俺
の手をすり抜けていく。そんな様子を見て、彼女は笑っていた。


彼女と出逢ったのは、去年(#この話の中での、去年のこと)の、俺の誕生日
の前日だった。いつものように、一人でツーリングに行って、いつものよ
うに、一人で帰って来た。バイクをしまい、部屋に戻る前に、ちょっと
買い物しに行こうと思った。

「まだ明るいし、ちょっと歩こうかな」
そう思い、駅に向かって歩いていたら、雨が降ってきた。ちょっと強めの
雨に、うわあ、傘持ってくりゃよかったなチィキショー。と思いつつも、食料が
なかったはずなので、小走りに歩道を進む。すると後ろから「ズサー」と
いう音がした。

驚いて振り向くと、一台のバイクが横たわっていた。ライダーは
「イテテテテ」というような仕草をしていたが、どうやら怪我はなかった
みたいだ。ほっとしつつライダーに駆け寄り、大丈夫ですか?と声をかけ
つつバイクを起こしてあげた。

道路には、空き缶が転がっていた。だから渋谷は嫌いなんだと思いつつ、
道路の端に寄せて、バイクをチェックしてみた。幸い、タンクの傷と、
軽いへこみだけで、レバーは軽く曲がった程度だった。

「すみません。ありがとうございます」
いや、俺もライダーなんで。放っておけなくてね。とりあえず無事で
よかったねと言い、じゃあこれで。と買い物に行こうと思ったら、
待って(# ゜Д゜)ゴルァ!!と彼女に言われた。なんだなんだと思いつつ、
足を止める。


自分は青森に住んでいる。今、ツーリングの途中だ。目的地は無い。
渋谷に一度来てみたかった。東京タワーも見たい。お台場にも行って
みたい。実は失恋して、ヤケクソでツーリングに出た。しかし地図も
持たず、道もわからず、やっとの思いでココまで来たら、空き缶が転が
ってきた。そしてズサー。

彼女は一気にまくしたてた。呆気にとられていると、「あっごめんな
さい。あなたには関係ない話なのにね。ライダーだって言うから、つい」
と謝ってきた。いや、別に謝らなくてもいいですよと、俺は笑った。

レインウェアを着ていない彼女は、ずぶ濡れだった。もちろん俺も。
……とりあえず、風邪ひくよ。早く宿に行ったほうがいいんじゃない?


彼女は宿を予約していなかった

「このままじゃ風邪ひくし、とりあえず俺んちで着替えれば?俺も着替
えたいし。あ、でも食料買いに行かなきゃいけないから、先にシャワー
使うけど。」見ず知らずの男に、いきなりこんな事を言われても、来る
やつなんてフツーはいねぇよなと思っていたんだが、彼女はあっさりつ
いてきた。

「うわあ、広いですねー。あっ、革ツナギ。サーキット走るんですか?
きゃーっ、猫!猫!きゃー」などとはしゃぐ彼女。バスタオルを渡し、
てきとーにくつろいでていいから。と言い残し、シャワーを浴びる。

「着替えはあるの?」と訊くと、みんな濡れてしまったと言う。
そんなんでよくここまで来れたなーと、正直思った。

Tシャツとトランクスと、あとジーンスしか無いんだけど。何も着ない
よりはマシだろうから、とりあえず着なよ。と彼女に渡す。じゃあ俺、
食料買いにいくけど、自分のもの洗濯したいなら、勝手にやっててい
いよ。乾燥機もあるからさ。と、そそくさと部屋を出る。


ふと、アイツ実は泥棒だったらどうしよう、と不安になり、急いで
部屋に帰ったら、彼女は猫と遊んでいた。「あ、おかえりなさい。
シャワーと着替え、ありがとう」と彼女は笑った。

今夜の宿は探したのか?と訊くと、探していないと言う。
ウチに泊めるわけにはいかないから、宿が見つかったら早く出てっ
たほうがいいよ。俺も一応オトコだしさ。と言うと、「うん。そう
ですね。一応、私もオンナですし。」と言って笑った。

宿が見つかり、彼女の着替えも乾いた。メシも食ったし、眠くなって
きた。「じゃあ、私、行きますね。今日は本当にありがとう。レイン
ウェアまで貸していただいて…」と言い、彼女が出ていこうとする。
マンションの下まで見送りにって、レインウェアは返さなくていいよ。
気をつけてね。と言い、彼女を見送った。

部屋に戻り、彼女が着ていた服を洗濯カゴに入れようとした時、
ジーパンのポケットから、何かがはみ出しているのを見つけた。
「……? なんだコレ」それは彼女が書いたメモだった。
「さっきはありがとう。嬉しかったです。お礼をしたいので、連絡
下さい。“ズサー女@ドコモ”」と、確かこんな感じの事が書いて
あった。


翌日、仕事から帰った俺は、ズサー女にメールをしてみた。下心が
あったわけじゃなくて、また転んでんじゃないかと、単純に心配だ
ったからだ。しばらくすると、彼女からメールが来た。
「メモ、見つけてくれたんですね。昨日は本当にありがとうござい
ました。何かお礼をしなくちゃと思うんですけど、今日、会えませ
んか?」
今日は誕生日だし、せっかくだから祝ってもらおうかなと思い、彼
女に返信した。「じゃあ、缶コーヒーでもおごってくれない?」

昨日の雨は上がっていた。

その後、彼女は無事ツーリング(家出じゃねーのか?)を終えて、
帰宅したという。あれから転倒する事は無かったようだ。
それからも時々メールのやりとりをしていた。彼女は古風というか、
手紙が好きみたいで、手紙を書きたいから住所を教えてくれと俺に
言ってきた。メールに書いて送ると、数日後、手紙が届いた。


そして冬が終わり、桜の季節になった。

「桜を見にいきませんか?」と彼女からメールが来た。
彼女は青森。俺は東京。じゃあ、中間地点で会おうか?と提案
するも、「あなたのお気に入りの場所がいいです」と返事が来た。


花見ツーの前日に飛行機で行くから、タンデム出来るようにして
おいて、とメールが来ていたから、面倒くせぇなと思いつつも、
タンデムステップをつけ、ノーマルシートに戻しておいた。

そして彼女は来た。渋谷のホテルに泊まるから、夕方、少し案内
してほしいと言う。案内と言われても、渋谷は特に観光地という
わけでもないし、どうすっかなと困った。

猫に会いたいというから、とりあえず俺んちに来た。
ひとしきり猫と遊んで、せっかくだからメシでも食いにいこうぜ、
と、部屋を出た。公園通りからスペイン坂へ抜ける。「何食おう」
「何でもいいですよ」「んー」

そうこうしているうちに、なんとなくセンター街のはずれまで
来てしまった。そういえばこの辺の地下に中華料理屋があったな
と思い出し、そこでメシを食って、その日は帰った。

翌日、天気は曇り。ホテルまで彼女を迎えにいくと、彼女はヘル
メットを持って、待っていた。タンデムの経験は?と訊くと、
「ないです。どうすればいいですか?」と彼女が言った。
視線のことやコーナーでのこと等を軽く説明して、いざ出発。


下で行くのはダルイなあと思いつつも、たまにはこんなのも悪く
はないか。と自分に言い聞かせる。何度か休憩をしながら、
目的地である赤城山に到着した。彼女もライダーだからか、タン
デムにもすぐに慣れてきたけど、あまり回転数を上げられなかっ
たから、少々カブり気味になっていた。サイレンサーからは、
オイルがタラーっと垂れてしまっていた。ああ、ごめんな、と
心の中で呟く。バイクを駐車場に停めて、ふたりで坂道を歩いた。

「うわー、すごーい。」
「見て見て。ピンク色ー。かわいー。」
「桜の花のトンネルみたいね。」

彼女はご機嫌だ。
思えば、最初に会った、あの日、彼女は必死な目をしていた。
今は、とても優しい目をしている。元彼のこと、吹っ切れたの
かなあ。よかったなと思いつつ、生温かい目で彼女を見つめる俺。

「なに?どうしたの?」
彼女が俺の視線に気付いた。「いや、前に会った時と表情が違う
なーと思ってさ。」「えっ?どこかヘンですか?」と顔を赤く
する彼女。「いや違う違う。明るくなったって事。」
「なぁんだ。よかった。私、明るくなったかな?」
「ああ、なったと思うよ。」それだけ言って、俺は落ちてくる
桜の花びらをキャッチしようと彼女から目を逸らした。


「あれっ、こんにゃろ。チィキショー。」
なかなかうまく掴まえられない俺を見て、彼女が笑っている。
ああ、笑っている彼女はかわいいな。素直にそう思った。
「ねぇ、どうしてそんなに夢中で花びらを掴まえようとしてる
んですか?」と彼女に訊ねられた。

「ああ、いや、別に深い意味は無いんだけどさ。願い事を思いな
がら、うまくキャッチする事ができたら、願い事が叶うって、俺
が勝手に決めたジンクスというか、おまじないというか……」
「えっ、そうなの?じゃあ私もやってみようかな」
「いや、だから俺が勝手に決めた事だから……」と言おうとした
ら、「きゃー!やったあ!見て見てー」

彼女は見事に、桜の花びらを掴まえた。すげえなおい;゚д゚)

花見ツーから数日後、仕事から帰ると彼女から手紙が届いていた。
中には、ピンク色の便箋と、桜の花びらが一枚、入っていた。
『お花見ツーリング楽しかったです。とてもいい思い出になり
ました。実は私、結婚する事になりました。親が決めた事なん
ですけど、うちは古い家だから断れなくて。でも相手の方は優
しそうだし、きっと幸せになれると思います。』
手紙には、こう書かれていた。

そして最後の一行には、
『あなたと出会えて、本当によかった。ありがとう。この桜の
花びらは、あなたが幸せでいられますようにって思いながら掴
まえた花びらです。』と、こんな事が書かれていた。

彼女の優しさに、胸がキュンと鳴ったような気がした。
なんとなく、くすぐったいような、不思議な感じだった。

おわり



今、彼女とは連絡をとっていません。きっと、幸せに暮らして
いると信じています。もしかしたらバイクには乗っていない
かもしれないけど、東北ツーリングに行った時に、偶然会う事
ができたら、缶コーヒーでもおごってやろうと思っています。
ちなみにこの話は、京都のコに出会う少し前の話です。



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