− ヤマハの人◆V4/xGh2fZU さんの恋愛話(その4) −

「もう、夏も終わるんだな。」
俺はキーをオフにして、バイクを降りた。

茨城県大洋村。
真夏には海水浴客で賑わっていた海も、今日は誰もいない。夏の
終わりに、もう一度だけ、この海に来たかった。この海じゃなけ
ればだめだった。彼女と約束した、この海じゃなければ……。

「また一緒に来ような。」
俺はそう言ったけれど、俺達は別れてしまった。


『恋愛は掛け算である』と、誰かが言ってた。そう、相手がゼロ
では意味がないんだ。どんなに愛情を注いでも、どんなに相手を
愛しても、相手がゼロでは、愛は成立しない。これはそんなお話。


彼女は、バイクには全然興味を示さなかった。かといって、車の
ほうも、(´・ω・`)知らんがな という感じだった。それでも俺
はバイクが大好きだったから、晴れた日のデートには、バイクで
彼女を迎えに行った。

出逢ったきっかけは、妹だった。まだ家族みんなで暮らしていた
時に、妹が彼女を家に連れてきたのだ。最初は、かわいいコだな
と思うだけだった(またかよ)。

俺よりふたつ年下の彼女は、それから数回、家に遊びにきた。う
ちはわりとフレンドリーな家族だったからか、兄妹間の仲もよく
て、3人で遊びに行くことも、何度かあった。そんな事を繰り返す
うちに、俺は彼女を好きになっていった。

いつしか、車で彼女を家まで送るようになった。彼女の両親は、
俺の妹の兄だから、安心ねと言っていた。妹のやつ、わりと信用
あるんだなと思った。

さて。好きになったものの、どうしよう。けっこう仲良くなれた
けど、彼女は俺のことを、“友達の兄”としか見てくれていない
だろう。当たり前の事なんだろうけど、やっぱり寂しい。

彼女は自分から積極的に何かを発言したり、行動する性格ではな
かったみたいだから、とりあえず押してみる事にした。幸い、俺
の気持ちに気付いた妹も協力してくれる事になったから、情報に
は困らなかった。

ディズニーランドが好きだと聞けば、早速誘ってみたり、猫が好
きだと聞けば、二子玉川にある“ねこたま”に誘ったりした。彼
女の家にも、何度も遊びにいくようになり、付き合ってくれと告
白し、モジモジしながらOKをもらう。それから何回目かのデート
の日に、初めて体を重ねた。俺も、彼女も、初めてだった。とて
も幸せな日々だった。


そんなこんなで月日は経ち、彼女とも、彼女の両親とも、かなり
の仲良しになっていた。しかし、何かが足りない。一緒にいると
嬉しいし、楽しいし、とても幸せな気持ちになれる。しかし、何
かが足りないんだ。俺は、車で海ほたるに行った時に、うっかり
「なあ、俺の事どう思ってんの?」と訊いてしまった。

――ノリで言ってしまった。今は反省している。


彼女は困った顔をして俯いてしまった。俺は慌てて、ああ、ごめ
んごめん。今の言葉、忘れていいよ。と言った。しばらくの沈黙
ののち、彼女が小さい声で、俺にこう言った。「あなたは私にと
って、一番そばにいてほしい人だけど、好きとか、そういう気持
ちは、今はわからない」と。

やっぱりそうか、と思った。感じていた違和感は、これだったん
だな、と思った。その日はふたりともほとんど話さずに家まで帰
った。

それから2週間ほど経った頃、妹から、彼女の誕生日が近いとい
う事を聞いた。思い立ったが吉日。早速京都に八橋を、じゃなく
て、彼女へのプレゼントを買いにいった。しかし、その頃の俺は
チャンバーを買ったばかりだった。貯金なんかもほとんど無く、
手持ちの金もかなり少なかった。

結局、安いシルバーのリングを買ってきた(ほんとはプラチナが
良かったんだけど)。

幸い、彼女がリングをつけていた時に、かわいいね、ちょっと見
せてと言って、自分の指につけてみた事があった。俺の左手の小
指で、ちょっときついぐらいサイズのリングを買えば、彼女にぴ
ったりだという事はわかっていたから、どのサイズなんだろう?
と迷う事はなかった。

そして彼女の誕生日当日。
仕事を終えて、まっすぐ彼女の家に向かう。チャンバーの音がう
るさいから、家の手前でエンジンを切って、押していく。すると、
彼女が家の前で出迎えてくれた。部屋に入り、紅茶を入れてくれ
る彼女。

誕生日おめでとうと言い、リングを渡す。彼女は喜んでくれたけ
ど、ほんの少し、寂しい表情をしたような気がした。それを俺は
全然気にしなかった。気のせい気のせい、みたいな感じ。彼女が
楽しんでいたかは、今はあまりよく思い出せないんだけど、俺に
とっては楽しい、彼女の誕生日だった。

そして翌月は、俺の誕生日の月だった。例によって、仕事帰りに
彼女の家に行き、紅茶をごちそうになった。誕生日のケーキは、
彼女が焼いてくれたものだった。これはすごく嬉しかったな。

バイクは寒いから、と彼女はマフラーをくれた。最高の誕生日プ
レゼントだった。最高の誕生日だった。この時までは。

今でも、なんでそうなったのかよく思い出せないんだけど、彼女
と話をしているうちに、また“俺の事どう思ってる?”みたいな
話になったんだと思う。それが、いつのまにか別れ話にまで発展
していった。当然俺はゴネた。思いっきりゴネた。だって俺達は
これからジャマイカ。

しかし、やはりだめだった。これが、一方通行ってやつなんだな
と、改めて思った。彼女の気持ちは、変わらなかった。あとにも
先にも、これが、彼女が強く自分の意思表示をしたことだった。
普段、ほとんど意志表示をする事がなかった彼女だった。何をす
るにも俺が決めていた。どこに行くにも、俺が決めていたから、
こういう、意思表示をする事は喜ばしい事なんだが、今思えば、
なんだか皮肉だなと思う。

最後の言葉は彼女に言ってもらった。俺は彼女のことを愛してい
たし、結婚するつもりでいた。だから、俺からは別れの言葉は言
えなかった。最後に、彼女に貸していたCDを受け取ったとき、
その重さに泣きそうになった。やっぱり別れたくない。彼女を抱
きしめたかった。ずっと一緒にいたかった。

『運命は不思議だね…』

最後に彼女の部屋でかかっていた曲。街で耳にするたびに辛か
ったけど、時間の経過と共に辛い思いも薄れていった。この歌
の歌詞のように、錆び付いていた時間が動き出した気がした。


「好きな人ができた。」と、たった一言だけ、彼女に告げた。
そして今日、俺は彼女と果たせなかった約束を果たしに、この
海へとバイクを走らせた。彼女に、さよならを告げるために。

果たせなかった約束。それを果たすためにここに来たけれど、
俺の心の中に、彼女はもういないということに気付いた。あん
なに愛していたのに、不思議だなと思う。時は確実に流れてい
るんだろうなと思った。
彼女と過ごした思い出は、やさしく、そしてあたたかい、夏の終わりの太陽みたいだなと思った。


おわり


いやー、もう本当に大好きで、彼女の両親にも気に入られてい
て、もう結婚するしかないなと思ってたけど、別れってのは
突然やってくるんすね。こうして約2年半ほど続いた恋愛は終
わりましたとさ。('A`)



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