− ヤマハの人◆V4/xGh2fZU さんの恋愛話(その5) −

俺の名は大沢たかお。バイクが大好きで、給料の大半をガソリン代
やサーキット代、バイクのメンテナンス代に使っているビンボー人
だ。そんな俺だが、一時期、俺は何故かケーキにハマっていた。
街でケーキ屋を見つけると、とりあえず入ってみる。そして、イチ
ゴのショートケーキを買う。

そんな事を繰り返していても全然太らなくて、友人たちには、お前
は痩せてていいよなーと言われていた。妹にも、おにーちゃん、も
う少し太った方がいいよと言われていた。一応、筋肉はついている
つもりだったのだが。

ある日、なんとなく地元のケーキ屋に行った。商店街にあるそのケ
ーキ屋は、店内に椅子とテーブルがあり、買ったケーキをその場で
食べる事ができるお店だった。メニューにはコーヒーや紅茶もあり、
ちょっとした隠れ家みたいな雰囲気で、俺は時々ケーキを食べに来
るのだった。

久しぶりにその店に入ると「いらっしゃいませ」と、明るい声。
ふと見ると、酒井法子みたいな女がいた。かわいい人だなーと思い
つつ、「コレ下さい」とイチゴのショートケーキを買った。
「店内で食べてくんで」と言い、追加で紅茶を注文。

んー、やっぱりイチゴショート最高だよなと思いつつ、ケーキを
食べていると、酒井法子みたいな女(以下、法子)が俺に話し掛けて
きた。「ケーキが好きなんですね」と笑っている。「ああ、いや、
その……好きです」と何故か照れる俺。

法子との会話はそれだけで、俺は黙々とケーキを食べ、紅茶を飲ん
だ。「ありがとうございました」と法子に見送られ、店を出る。
ああ、緊張した。なんであんな人がいるんだよ。いつもはおばちゃ
んなのに。などと思いつつ、その日は家に帰った。

それからも、ツーリング先で見つけたケーキ屋や、遊びに行った先
で見つけたケーキ屋に入っては、イチゴのショートケーキを買って
食べていたのだが、ふと、また地元のケーキ屋のケーキが食べたく
なり、俺はケーキ屋に足を運んだ。

「いらっしゃいませ」と、明るい声。あの人だ。
「あ、こんにちは」と法子が言った。一度だけなのに、顔を覚えた
らしい。「あ、はい。こんにちは」と、少々キョドりながら返す。
そしてまたイチゴのショートケーキを買い、紅茶を注文した。
なんとなく緊張したけれど、それでもケーキはおいしかった。

それから何度かケーキ屋に通ううちに、「こんにちは。イチゴショ
ートと紅茶、ですよね」という感じで、すっかり覚えられてしまっ
た。その頃になると、あまり緊張することもなくなり、俺の他に客
がいない時には、雑談をするようになっていた。

最初は、当り障りのない天気の話や、ニュースの話などをしていた
んだが、そのうち、好きな歌手の話や、休みの日には何をしている
のか、などという話をするようになった。

法子は24歳で、実家で家事手伝いをしながら暮らしていて、仕事は
ケーキ屋のバイトだけと言っていた。19歳と言ってもわからない位、
法子は若くみえた。実際、24と聞いた時、俺は随分驚いた。そして
法子に怒られたんだが。

そんなある日、俺はバイクで出かけていて、その帰宅途中に法子が
歩いているのを見つけた。俺はバイクを停めて法子に声を掛けた。
法子は警戒している様子だったが、ヘルメットを脱いだ俺の顔を見
ると、ほっと安心したような表情をした。

買い物をして、これから家に帰るところだと、法子は言った。法子
は、俺がバイクに乗っているのを知って驚いているようだった。
「い、家まで送らせて下さい」と、俺はバイクを降りた。
「送り狼、ですか?」と法子が笑った。

「かわいいバイクね」と法子が言う。その時に乗っていたのは、ミ
ニバイクレースで使っていたバイクだった。「これなら私でも運転
できるかな」と言う法子。俺は思わず、「乗ってみます?」と言っ
てみた。しかし法子は免許が無かった。「じゃあ、後ろでよければ。
今度乗ってみますか?」と言うと、法子は少し俯いて、考えていた。

「ん…うん。乗せてもらおうかな」……マジっすか。

素直に嬉しかった。バイクに興味を持ってくれたのが嬉しかったの
か、法子とタンデムできるのが嬉しかったのか、この時はよくわか
らなかった。

法子の家は、商店街を挟んで俺んちと反対側にあった。
「あ、ここでいいです」と、家から少し離れたところで法子は言っ
た。「あの角の家が、私の家なんですけど、親に見つかるとうるさ
いから」
やっぱり男と一緒のところを見つかるとやばいのかな?と思い、
「あ、はい。じゃあ、またお店で」と言い、俺は家に帰った。

何故その時に約束しなかったのかというと、俺がまだまだ青い小僧
だったからだ。まあ、それはともかく、その日はなんだか嬉しくて、
なかなか眠れなかったのを憶えている。法子への淡い恋心が、この
時芽生えていたのだろう。それからまた何度かケーキ屋に行き、
俺は法子とタンデムで出かける約束をとりつけた。

そしてその日がやってきた。友人から借りたヘルメットは俺が使い、
俺が使っていたヘルメットを、法子に使ってもらった。バイクを走
らせて、葛西臨海公園に行った。公園には人工渚があり、誰でも、
そこを散歩することができる。

法子は楽しそうに笑っていた。そんな法子を見て、俺も笑った。
どちらからともなく、手を繋いでいた。手を繋いで、渚を歩いた。
ドキドキした。法子の顔をちらりと見る。法子はそんな俺に気づか
ずに、まっすぐ前を向いて歩いている。

ふいに法子が言った。
「こんなにのんびりするのは久しぶり。このままずーっと、こうし
ていられたらいいのになー」と法子は空を見上げた。
「明日はバイトじゃないですかー。それに、そろそろ帰らないと遅
くなっちゃいますし。また連れてきてあげますよ」と無粋な事を言
ってしまう俺。法子は「......そうだね」と寂しそうに笑った。
法子とタンデムしたのは、これが最初で最後だった。

その後、何度ケーキ屋に行っても、法子には会えなかった。法子の
家に行ってみたりもしたが、チャイムを押す勇気は無かった。
そのまま何もできずにいたヘタレな俺は、いつしか法子の事は記憶
の片隅に追いやっていた。

それから1年ほど経過したある日の午後、俺は意外なところで法子
を見かけた。ウチからふたつ離れた駅の近くで、車椅子の老人を押
している法子。「法子さん!」バイクを停めて、俺は走った。法子
は驚いていた。どうして急にいなくなってしまったのか、俺は理由
を訊いた。

「色々あってねぇー......」と、法子は溜息をついた。
「今、仕事中なんだけど、もうすぐ時間だから。少し待ってて。駅
前の喫茶店で待ってて?」

俺は法子を待った。小一時間ほど待った頃、法子が現れた。法子は
今、家を出て介護の仕事をしながら、アパート暮らしをしていると
いう。何も言わずに姿を消した理由は......

――法子はひとりの男に付きまとわれていた。友達に紹介されて付
き合いだしたら、実はその男は暴走z...いや珍走団だったのがわか
った。しかし、何度別れようとしても、決して別れることはできな
かった。何度も殴られた。顔は殴らず、腹や胸、脚などを殴ってき
た。俺と知り合ってからも、その男とは別れる事はできず、家にま
で押しかけてくる事もあった。警察に相談しても、まともに相手に
してもらえなかった。無理やり集会に連れ出された事も、何度もあ
った――


こんな具合だったから、俺に危害を加えられないようにと、彼女は
俺の前から姿を消したのだという。俺は怒っていた。彼女にではな
く、相手の男に対して。そいつの居場所を教えろと言っても、法子
は首を横に振るだけだった。「もう、終わったことだから」

終わったこと?......それってどういう事だ?
訊ねると、今は、その男とは別れる事ができたらしい。男は、障害
事件を起こして捕まったそうだ。
「そうだったんだ......」
「うん......」

――沈黙の時間が、ふたりの間に流れた。

カシャカシャカシャチーーー(・∀・)!ーーーン
調子のいい話だが、ケーキ屋に通っていた時の、あの頃の気持ちが
蘇ってきた。あの日繋いだ手の温もりを、思い出した。
「法子さん、あの、俺......」
言いかけた時、法子が口を開いた。
「大沢くん、あのね......私、子供を産んだの」

――脳天をハンマーで殴られたような衝撃が走った。

「殴られるから言いなりになるしかなくて。それで、妊娠した事が
わかったら、あの人、堕ろせって言ってきて。私、このままじゃ殺
されるって思って、友達の家に逃げ込んで......」

望んで出来た子供ではなかったが、法子は、小さな命を消してしま
うことはできなかった。そして妊娠した事が両親に発覚し、両親、
特に父親が激怒。家に居ることも出来なくなり、法子は家を出た。
法子は、淡々と話してくれた。そして、いつか行った臨海公園の話
を始めた。

「楽しかったなー、あの日。ほら、臨海公園に連れてってくれた
じゃない。あの時ねー......」

――法子は、あの日、いかに楽しかったかを俺に語った。

「それでね、あの日拾った貝殻......」

「もういい。もういいよ。法子さん、俺とつk」
「無理よ......」
「どうして。だってあの男はもう......」
「あの人の子供を愛する事ができる?」

その言葉に、俺は固まった。

「もう、大沢くんとは会わないつもりだったし、もう、会えないと
思ってた。でも、今日、偶然また会う事ができて、嬉しかったよ。」
「私を見つけて、声をかけてくれたことが、嬉しかった」
そう言いながら、法子は涙を流した。
「ごめんなさい。私、もう行くね。大沢くん、ありがとう」

そう言い残し、法子は喫茶店を出て行った。俺は法子を追いかける
ことはできなかった。俺の、淡く、幼い恋は、こうして終わりを告げた。



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