− ヤマハの人◆V4/xGh2fZU さんの恋愛話(その6) −

遠いところに旅立っていった彼。
「それじゃあまた。元気で。」と笑って旅立っていった彼。
「またね」という言葉は時に残酷な言葉になるということを、俺は知ってい
た。けれど、言わずにはいられないときもある。

「うん、またね。ばいばい。」

手を振る彼女を背に、彼は振り返らずに行ってしまった。ゆっくりと旋回す
る飛行機。それを見上げる彼女。彼女は、飛行機が見えなくなるまでずっと
空を見上げていた。

「元気出せよ。一生会えないわけじゃないんだしさ。」
「大沢くんは寂しくないの?」
「んなーに言ってんの。お前の彼氏でもあるけど、あいつは俺の親友でもあ
るんだぜ。寂しくないわけないじゃん。ばかか。」
「ばかって言わないで。」
「ばーかばーか」と、俺は彼女のほっぺをムニューと引っ張った。

「行こうぜ」
まだ目の赤い彼女を促して、俺たちは空港を後にした。

彼からは、時々メールが届いていた。俺も、ツーリングの写真や、彼女の写
真を撮って、彼に送っていた。彼女も、携帯で撮った写真を、彼に送ってい
たようだ。男と女の感情の違いはあるにせよ、遠距離の辛さはよくわかって
いたから、俺には彼女の気持ちもよくわかっていた。

パソコンを持っていない彼女に、俺は、以前自分が使っていたノートパソコ
ンをプレゼントした。彼女は断ってきたが、「もう使ってないやつだし、パ
ソコンがあればあいつとメールするのも楽になるし。それにパソコンだと文
字入力もラクだよ。しかも写真も動画も送ってもらえるぞ。」と、彼女にノ
ートパソコンを渡した。
「ありがとう。でも、やっぱ悪いよ。」
「じゃあ女紹介してよ。」
「今フリーの子いないもん。」
「なんだよ。じゃあ缶コーヒーでいいや。」
「あはは。うん。わかった。」と、なんだかんだ言いつつ、彼女は喜んでい
たようだった。

彼女は俺のパソコンにもメールをくれるようになった。「昨日、彼からこん
なメールが来た。」とか「今日は写真を送ってくれた。」とか。缶コーヒー
じゃ、やっぱ安かったかなーと、ほんの少し後悔したが、ま、あいつも彼女
からメールが来れば喜ぶだろうし、彼女も喜んでるし、まあいいか。と、俺
はいつもの夜ツーに出かけた。

夜ツー、バイクでの夜の散歩には、ほとんど都内を走っている俺だったが、
その日はなんとなく北へ向かった。

東北道、栃木I.Cを降りて、山に向かう。以前、3人で流星群を見に行った山
だ。鹿に出迎えられ、峠道を走る。誰もいない頂上の駐車場で、タバコに火
をつける。少し曇りがちな天気で、天の川には所々に雲がかかっていた。ゆ
っくりと流れる雲の中から、白鳥座が姿を現した。

白鳥座のデネブ、琴座のベガ、鷲座のアルタイル。この3つの星を繋げると、
夏の大三角形になる。「あいつらが織姫と彦星なら、俺はデネブってとこか
な。」なんてキザなセリフも、誰もいない山の中だから言える事だった。
でも、俺が白鳥なわけないよなあ。そんなきれいじゃない。と苦笑いしつつ、
山の麓で買った缶コーヒーを飲み干した。

山からの帰り道、高速のサービスエリアで休憩している時に、携帯電話にメ
ールが来ているのに気づいた。メールは、彼女からだった。
ここ数日、彼から連絡が無いのだという。俺は、仕事が忙しいんじゃないの?
と軽く返した。すると彼女から電話が掛かってきた。彼女は泣いていた。

「大丈夫だって。そんな、何日かメールが来ないぐらいで泣くなよな。あい
つだって遊びで行ってるわけじゃないんだしさ。」
と言いつつも、俺は考えていた。どうして、好きな人同士、離れなくてはな
らないのか。離れて暮らす事に、何の意味があるのか。ひとつだけ確かな事
は、彼女の、彼を想う気持ちは、彼が旅立ってから1年以上経った今も、まだ
少しも薄れていないという事だった。

「逢いたい。逢いたいよぅ。」と電話越しに泣く彼女に、俺は何もしてあげ
られなかった。彼女はひとしきり泣いたあと、口を開いた。
「ごめん。なんかさ、逢いたいなーって思うと、止まらなくて。もう少し、
強くならなきゃいけないのにね。」

「いや、逢いたくてしかたないっていう気持ちはわかるよ。前に話した事が
あったと思うけど、俺も遠距離の経験あるからさ。」
「そっか。そうだったね......。」沈黙する彼女。
電話越しに、かすかにショパンのノクターンが聴こえてくる。ゆるやかなピ
アノの音が心地いい。そういえば前に付き合っていたコも、ショパンが好き
だったなあと、ふと思い出した。

軽く夢見心地気味になっていた俺に、唐突に彼女が言った。
「ねえ、織姫と彦星は、一年に一度逢えるんだよね?」
「ん?ああ。そうだよ。」
「でも私と彼は一年経っても逢えない。これって不公平じゃない?おかしいよ、
絶対。うん、おかしい。」
ぶつぶつと呟く彼女の言葉に、俺は何だかおかしくなって笑ってしまった。

「お前、急に冷静になるなよな。」
「いいじゃない。泣いたらすっきりした。それよりさ、織姫の星と、彦星の
星と、あともうひとつの星を繋げると、三角形になるって、知ってた?」
「ああ、白鳥座のデネブだろ?」
「つまんなーい。」
と即答する彼女。

「ああ、いや、知らない。俺は何も知らない。で、それで?あともうひとつ
の星がなんだって?」
「あはは。うん、あのね、織姫と彦星が私と彼なら、白鳥座の星は、大沢く
んかなーって思ったの。ほら、ちょうど3人で、ぴったりじゃない?」
「いやそれはちょっと。どうみても白鳥ってガラじゃないだろう。」
山の中で思っていた事を彼女が言うなんて。心の中で、おまいは俺か、とか
(・∀・)人(・∀・)ケコーンとか思いつつも、軽く笑い飛ばした。

「そっか。ちょっとメルヘンだったかな。」
彼女はくすくすと笑った。

「そういえば大沢くん、今どこにいるの?家じゃないでしょ?」
「ああ、今はね、高速のサービスエリア。ちょっと散歩中でさ。」
「あ...ごめん。っていうかそれを早く言ってよー。」
「言う暇があったと思うのか、この泣き虫が。気づくの遅せーよ。ていうか
もう電池切れ寸前なんだけど。」
「あ、ごめん。じゃ、ね。おやすみ。」
「うん。おやすみ。いい夢見ろよ。」
電話を切り、俺は自宅へとバイクを走らせた。長電話のおかげで、家に着い
たのは明け方近くだった。

――彼が旅立ってから、2回目の秋がきた。
彼女は相変わらず、時々泣きながら電話をかけてきた。それでも、友人と一
緒に出かけたり、ピアノ教室に通ったりして、彼女なりに寂しさを紛らわせ
ているようだった。そんなある日のこと。彼からメールが届いた。11月には、
日本に帰ってくるという事だった。そしてその日、彼女から電話がかかって
きた。

「大沢くんあのね、」
「ああ、帰ってくるんだってな。その事だろ?」
「うん。それでね、さっき、彼から電話がきたの。」
「へー、何だって?」
「あのね、帰ったら、一緒に暮らさないかって。」
「なんだってー(AA略」
「うふ。んふふふふ。」
「お前、変な笑い方すんなよ。」
「だって嬉しいんだもん。ずっと待ってたから。」
「そうだよなー。よかったじゃん。よかったな。うん。おめでとう。」
「ありがとう。」


またね、という言葉は、彼と彼女には現実のものとなった。本当に良かった
なあと思いつつ、俺はふたりを祝福した。

そんなわけで、彼は無事に帰国して、今年の2月に結婚式を挙げました。
彼女はライダーではないけど、彼と一緒にタンデム生活を幸せに暮らしてい
ます。ちなみに披露宴ではずっとショパンの曲が流れていました。



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