− ゆうこ さんの恋愛話 −

あれは十年近く前、初めて最北端に到達した日の事でした。
翌日、礼文島に渡るために稚内港から程近いキャンプ場にテントを張ることにしました。
混雑しているキャンプ場のはずれの方に開いているスペースを見付けた私は、
「すみません、ここにテントを張ってもいいですか?」 と隣テントの中の男性に声を掛けました。
男性は一瞬、悲しそうな瞳を取り繕い「どうぞ。」と吐き捨てるように返事をしました。
ちょっとカチンと来ましたが、考えてみればわざわざその男性に許可を得る必要も無かったわけで・・・

テントを張り、買出しついでに銭湯に入っていると、なぜか男性の吐き捨てる様でぶっきらぼうな口調が
頭の中で繰り返され、色々と考えてしまいました。
キャンプ場の片隅で孤独を満喫していたのなら申し訳ないことをしたかな?
けど何故、彼は一人になりたかったのだろう?
テントの前室に置いてあるゴミ袋にはお酒の空き缶がたくさん入っていたので、
彼は何日ここで過ごしていたのだろう?
そして何故にあんなに悲しそうな目をしていたのだろう?
もしかして自殺志願者?

そんな想像を繰り返しているうちに不思議と彼に興味を持ち始めている自分に気付きました。
それはまだ恋愛感情と言う大げさなものではなく、私に対して取った冷たい態度が何なのか知りたかったのです。

少しのぼせ気味になり、銭湯を出てコンビニでお酒を買い足してテントに戻り、
「良かったらご一緒しても宜しいですか?」と隣のテントでゴロ寝している彼に声を掛けました。
「どうぞどうぞ!丁度話し相手が欲しかったところなんだ。」
意外にも?快くテントの中の招き入れてくれました。
私は軽く自己紹介をして、買ってきたばかりの冷たいビールを彼に勧めると、
「さっきは考え事をしていたもので、ぶっきらぼうになってすみませんでした。」
と先程の件をお詫びしてくれたのも意外でした。

彼の名前は晃さん、隣の市に住んでいて北海道には何度も上陸しているとの事で、
初上陸の私に色々と見所などを教えてくれました。
お風呂につかりながら想像していた事は完全に取り越し苦労の大きなお世話だったのかな?
と、その時は思いました。
その夜は出入りしてるバイクショップや地元の話しで盛り上がったのを覚えています。
彼の話し上手で聞き上手なところに好感が持てたので、連絡先を交換して地元での再会を
約束してテントに戻りました。

翌朝、その後なかなか寝付けずに寝不足気味の目を冷たい水で覚ましてテントに戻ると、
コーヒーの良い香りが漂っていました。
「良い香りですね。」
「丁度良かった、ついでだからユウコさんの分も入れておいたよ。」
彼は微笑みながらマグカップのコーヒーを私に差し出しました。
「美味しい!」一口飲んで思わず声が出てしまいました。
ミルで粗挽きにし、丹念にドリップして手間隙かけたのが良く分かりました。

「そう、良かった。少しは(コーヒーの味に)自信があるんだ。」と彼は笑顔で言いました。
「良かったら一緒に礼文島に渡りませんか?」
「ごめん、急ぐ旅ではないけど礼文には3回渡ってるから・・・」
私は礼文島に彼を誘いましたが、断られてしまいました。
何故か物悲しい雰囲気でパッキングしている私に彼はメモを一枚手渡しました。
「縁があったらここで会えるよ。」
それは彼がベースにしているライダーハウスの地図でした。

どうしようかな・・・彼を追ってサロベツに行っちゃおうかな?
後ろ髪を惹かれる想いで一足先に出て行った彼を見送り、私は礼文島行きのフェリーに乗り込みました。
フェリーが港を離れた時、やっぱり彼と一緒に走ればよかったと、少し後悔しました。
一晩一緒に飲んで語らっただけなのに、彼に恋してしまったのかな?
そんなことを考えているうちに礼文島に着き、翌日は愛の八時間コースを歩きました。
一緒に歩いた男性から色々と声を掛けられましたが、晃さんの事が気になって仕方なかったので、
申し訳ないと思いましたが、愛想笑いするのが精一杯でした。

翌日、利尻島に渡り、利尻富士に登りました。
昨日一緒に八時間コースを歩いた男性達もコースが一緒だったのか?付き纏われていた(自意識過剰?)のか?
三人が一緒に登ることになり、少しうんざりしながら歩いていたのを覚えています。
その夜、ユースで一緒に登山した三人の中の一人から告白され、困惑気味にお断りしました。
その男性達とは稚内港まで一緒でしたが終始気まずい雰囲気だったのが印象に残ってます。

稚内を後にしてサロベツ原野を南下、例の男性達がミラーに写ってないことを確認して内陸部に入り、
旭川を目の前にしたところで急にエンジンの回転が上がらなくなりました。
私はガソリンを入れることくらいしかメンテナンスが出来ないので、チェーン脱着所で小一時間途方に暮れました。
何台か通り過ぎて行くバイクがありましたが、助けを求めることが出来ませんでした。
途方に暮れた私は我に帰り、何とか旭川まで騙し騙し走ることにしました。
最高速度40kmで何とかバイク屋さんまで辿り着き、見てもらうと、
燃料系の何とか?って言う部品が壊れていて、金額的には大したことないけど、
取り寄せに時間がかかると言われました。

直さなければ行くことも帰ることも出来ないので、私はバイクを預けて宿を探しました。
それから三日間、旭川に足止めになり、安いビジネスホテルを拠点にレンタサイクルで市内観光や
映画を見たりして過ごしました。
その間も晃さんが何処で何をしてるのかがとても気になり、とにかく早く合いたいと思いました。

バイクが直り、気持ちが既に帯広を向いていた私はひたすら最短距離を走ったのですが・・・
足寄の手前でまさかのガス欠をしてしまい、約二時間バイクを押す羽目になってしまいました。
途中、軽トラックの農家のおじさんが、親切に芝刈り機用のガソリンを分けてくれたのはラッキーでした。
スタンドを見付けガソリンを入れた頃には日が傾き始めていたので、「急がば回れ」と思いキャンプ場を探しました。

キャンプ場に辿り着いたのですが、少々ガラの悪い人達がテント村をつくっていて、
私が入っていくと・・・
「おっ、今日は女が来たぞ!!」
と大声を出していたので、思いっ切り引いてしまい、その場を去りました。
もうこうなったら行ける所まで行くしかないと思い、コンビニで地図を広げていると、
一人旅の女性ライダーに声を掛けられました。
彼女はこれから池田町の民宿に泊まると言っていたので、民宿の電話番号を聞いて空きを確かめ、
一緒に走る事にしました。
何とか暗くなる前に宿に辿り着き、湯上りのビールで彼女と乾杯!
同泊の人達と語らい、楽しい夜を過ごせました。
あのままキャンプしてたらどうなっていたのだろうと考えると、今でも少しゾッとしますね。
そして明日の午前中には晃さんと再会できる・・・何故かほっとしました。

翌朝、のんびりと朝食を済ませ宿を発ち、二度三度道を間違えながらも目的のライダーハウスに到着しましたが、
彼のバイクや私物はあるものの、彼の姿がありませんでした。
私物がしっかり片付けてあるからしばらく帰ってこないのかな?
そんな事を考えながら荷解きをしていると、寝癖だらけの髪に不機嫌な顔をしてポカリスエットをラッパ飲み
しながら彼が戻って来ました。

「ここを拠点にしてるって聞いたから来ちゃった。」
彼は少し慌てた様子で必死に髪を撫で付けていました。
私が今までのルートや、トラブルで足止めされたこととかを話し始めたら、
「ごめん、二日酔いで頭がガンガンするんだ、寝かせてくれないかな・・・」
と彼は不機嫌な顔をして私に背を向け横になり、すぐに寝息を立てました。

せっかく苦労して?会いに来たのに・・・これって少し酷くない?
そんな事を思いながら私はコインランドリーを探してバイクを走らせました。
けど私でも二日酔いだったら不機嫌になるよね・・・別に彼が悪い訳じゃない。
それに会いに来たのは私の勝手だし、苦労したのも彼に責任なんて無い。
洗濯物が乾くと、そうめんを買ってライダーハウスに戻りました。
その日は九月だと言うのに30度オーバーしてたと思う?暑い日でした。
暑い日にはそうめん!気が利く私を演出してみようかと思いました。

何故かジャケットを着てシュラフに包まって寝ている彼を背にそうめんを煮始めると、
程なく彼が目を覚ましました。
「ごめんなさい、起こしちゃったかな?」
「いや、暑くて目が覚めた。」
彼は汗だくの顔を拭きながら微笑んだ。
「そんな格好で寝るからでしょう?」
「二日酔いには汗かくのが一番だからね・・・ 大分抜けたみたいだよ。」
「そんなに飲んだの?」私は少し呆れ顔で微笑みました。

水で冷やしたそうめんを彼に差し出すと、
「なかなか気が利いてるよね。」って喜んでくれたのが印象に残っています。

食後に私のバイクのチェーンを張ってもらいました。
またしても汗だくになった彼は今だから言いますが、少々匂いました。
ただ、その汗の匂いが不快に思えなかった私はもはや完全に彼に恋してました。
汗を流して私のために何かをしてくれている彼の大きな背中は今も目に焼きついてます。

「この前聞いた海の見える温泉に行きたいな。」
「いいねぇ、三日風呂に入ってないから丁度いいや・・・ だけどカッパ持参だよ。」
後で思うと「カッパ持参だよ。」と言った時の彼の表情に少し曇りがあったように感じました。
「三日も入ってないの?私なら考えられない^^ けど何で天気がいいのにカッパ?
「これだけ暑いから夕立が心配だし・・・ 苦い思い出もあるから・・・」
ここでまた彼の表情が曇ったのを私は見逃しませんでした。

見通しの良い農道を彼の大きな背中を見ながら延々と走る。
所々思い出したように交差点やコーナーが現れるのですが、彼が早め早めのアクションで
動いてくれるので予測が付きやすく、快適なペースで走ることが出来ました。
このままずっと彼の背中を見ながら走っていられたら・・・
そう思った頃、目的の温泉に到着しました。

「晃さんからテントの中で聞いた海の見える晩成温泉に行った。
浴室のガラスの向こうにキラキラ光る太平洋が見えてとても気持ちが良かった。
時間を忘れて一時間半も入浴してしまった。
晃さんをロビーで一時間も待たせせてしまった。ゴメンナサイ。」
当時のツーリング日記より抜粋。

「ごめんなさい、待った?」
「大丈夫、ここで待たされるのには慣れてるから。」
ロビーを出てバイクのエンジンを掛け、アイドリングが安定してきたところであご紐を締め、
さあ出発!と言うときにタンクに一粒、また一粒と大粒の雨が落ちてきました。
雨粒の落ちてくる感覚が次第に小さくなってきたので晃さんに視線を向けました。
彼は私に「ロビーに非難だ!」と訴えているようでしたので、頷きカッパをタンデムシートから
引き剥がしロビーに駆け込みました。
駆け込んだとたんにバケツをひっくり返したような雨が叩きつけてきました。

「もしかして気象庁にお勤めですか?」<実際にはこれが正しかったと思います。
私は叩きつける雨と苦笑いする彼の顔を交互に見ながら悪戯っぽく言いました。
カッパで完全武装?して帰路につきました。
彼はブーツカバーと手袋を持ってこなかった様子で、急激な気温の低下に苦労したことだと思います。
実際に体感温度では十度以上下がっていたように思えました。

ライダーハウスに戻ると彼は荷物をひっくり返して使い捨てカイロを握り締めていました。
「カッパ準備までは良かったけど、詰めが甘いんだから。」
私はお湯を沸かしながら彼に言いました。
そんな彼の少し抜けたところも完全無欠の独裁者よりは断然理想の私がそこに居ました(笑)

彼のドタバタ劇で忘れておりましたが昨夜民宿で同泊したチャリダーのご夫婦が先に到着してました。
この土砂降りで非難してきたそうです。
近所に住んでいる晃さんと顔見知りのおばさんがラム肉を差し入れして下さったので、
その夜はジンギスカンを囲んで宴会になりました。
チャリダーのご夫婦が嬉しそうに宗谷岬で指輪の交換をして地元に帰ったら入籍するって話しているのを
聞いた彼の表情が一瞬曇り、すぐ元に戻りましたが私は何故か気になってしまいました。

「明日早いから寝ますけど、気にせずに飲んでいてください。」
チャリダーのご夫婦はそう言うと奥の部屋に引き上げていきました。
数分後、ご夫婦の夜の営みの音が聞こえたので、私達は気まずそうに顔を見合わせました。

彼は何でカッパの話と結婚の話で表情が曇ったのだろう?
ご夫婦の行為が終わりイビキが聞こえるまで私はずっとその事について考えていました。

ただ、ストレートに問いかけてみるのも彼の心の奥に土足で足を踏み入れるような気がして
少し気が引けたのですが、彼の心の奥にある悲しみを彼が好きだから知りたいと思う気持ちが
強かったのでしょうか?ストレートに問いかけてしまいました。
「晩成温泉カッパ持参と宗谷岬で指輪の交換って何かトラウマでもあるんですか?」
今考えると本当に失礼だな!って反省してます。けれど衝動的に言葉が出てしまいました。

意外にも彼は素直に心を開いてくれました。
このライダーハウスで昨年事故で無くなった奥さんと出会った事、
晩成温泉の帰り道で雨に降られ酷い目にあった事、
指輪の交換を宗谷岬でした事を彼は気丈に淡々とした口調で語りました。
一通り話が終わると私は涙を流していました。
拭いても拭いても後から後から涙腺が壊れたように涙があふれ出てきました。

「ごめんね・・・ 嫌な事聞いちゃって・・・」
私はかすれた声で謝る事しか出来ませんでした。
「気にすることは無いよ、淡々と語れるから話す気になったんだから・・・」
彼は笑顔で私の涙を拭いてくれました。
思い出を探しに来たのではなく思い出を返しに来た。
一年間の引き篭もりで事実を認識した。
と語っていましたが、話の途中で不覚にも眠りに落ちてしまい、
大変申し訳ないことをしてしまったと反省してます。

翌朝、チャリダー夫妻が土砂降りの中を出て行こうとする音で目が覚めました。
彼が「もう少し天気の様子を見たら?」と助言をしていましたが、振り切って出発しました。
時計を見るとまだ五時でしたので私達は寝なおしました。

昨夜の彼の話が気になったせいか、土砂降りの空模様のせいか?
同じ屋根の下に居ながらほとんど会話をせず、その日は刻々と時間だけが
流れて行ったような気がしますが、何故か息詰まるような雰囲気ではなく、
和やかな時間だったと私は思いました。
この人と一緒なら退屈さえも幸せな時間に思えました。

翌日の昼過ぎ、窓の外を見つめる彼の顔がほころびました。
「何をニヤニヤしてるの?」
「南の空を見てみなよ。」
窓越しから見上げた空の南側が明るくなっていました。
雨雲が北へと流されて行き、あっという間に天気が回復しました。

時間的に晩成温泉往復かな?と思った私は一つ企みを覚えました。
彼のバイクの後ろに乗ってみたい。そこで私は彼に提案しました。
「ねぇ、タンデムで温泉に行こうよ。」
「何でタンデム?」彼が怪訝そうな顔をしました。
「じゃんけんして勝った方が湯上りのビールを飲めるから。」
私は咄嗟に言い訳をしたが、タンデムを嫌っている様子の彼がよく納得したな・・・って思いました。

「雨上がりの道を彼の大きな背中にしがみつきながら走った。
行く先は晩成温泉!彼が背か高くて前が全然見えなかったけど怖くなかった。
彼の鼓動を感じてコーナーで右へ左へと体を傾ける。
バイクを通して一つになれた気がして嬉しかった。
帰りもこうしていられたらいいなと思っていたらジャンケンに勝ってしまった。
行き帰り運転ご苦労様でした。」
<当時のツーリング日記より抜粋>

ライダーハウスに戻ると異臭を放つ男性二人と女性一人のドリカム編成な旅人達が到着していました。

「夢のような時間が終わると、最低な奴等がRHにいた。
挨拶できないし不潔で図々しい、粗末な露出狂!弛んだ腹なんか見たくない!
晃さんのお腹はどうなんだろう?
お気に入りのタオルを勝手に使われた。洗って返しますよって?いりませんよーだ!!」
<当時のツーリング日記より抜粋>

彼等が隣の部屋へ引き上げて行ったので、私は彼に話しかけました。
「明日はどうするの?ピョウタンの滝を見に行きたいな。」
彼は一瞬言葉を詰まらせ、
「明日はここを出るよ。明日の朝お別れだね。」
今度は私が言葉を詰まらせる番でした。

私、何か彼を怒らせるような事とか嫌われるような事したかな?
もしかして過去を聞いてしまったからかな?
それとも一人になりたくて私の存在自体が邪魔なのかな?

「私、何か気に触ることしたかな?」
何故か涙声になっていたのを覚えています。
「はっきり言うよ、明日別れれば友達のままで居られる、ズルズル引きずったら・・・」
えっ?ズルズル引きずったら私の事を好きになってしまうって言う意味?
それならば付き纏ってしまおうか?そんな考えも脳裏を横切りましたが、
彼の背負っている重たい過去の悲しみを考えるとそれは出来ないと思いました。
「忘れるにはまだ早いよね。私が入り込む隙間なんて無いよね。」
この言葉で彼は沈黙してしまいました。
どれくらい時間が経ったか分かりませんが、隣の部屋から情事の声が聞こえてきました。
彼等には常識や理性が無いのでしょうか?
ただ、ある意味では彼等のお陰でこんなことが言えたのかもしれません。

「何も望まないから(過去を)忘れられるまで貴方のそばに居させて。」
「(過去を)忘れられたときに貴方の側で笑っているのが私じゃなくてもいいから。」

それは偽りの無い本心でした。
お付き合いしたいのは勿論ですが、何よりも彼に悲しみから這い上がって欲しかった。
私は側に居て彼を助けることが出来たらそれだけで幸せだと思いました。
軽い女なら「私が忘れさせてあげる。」とでも言って体を合わせるのでしょうが、
もしかしたら今夜ならそんなことも出来たと思いましたが、彼はそんな事を望む人ではないはず。
逆に望む人であれば、私はお付き合いすることなんて出来ない。
そんな事を考えていると・・・
「時間が欲しい。」
彼は真っ直ぐに私の目を見つめ、私の両手を握り締めてくれました。
「いつまで待てばいいの?」
そんな言葉が喉から出掛かりましたが、急いで飲み込みました。

浅い眠りに何度も目が覚める度、彼の左手を握り締めながら、いつの間にか朝を迎えました。
隣の部屋の人達が出て行く気配も無いので、彼と相談して南に向かうことにしました。
賛否両論あると思いますが、彼はバイクにレーダーを装着してそれなりのスピードで
私を気遣いながらペースを作ってくれたのでとても走りやすかったことを覚えています。
襟裳岬を回り、新冠を過ぎたところで彼が突然スローダウンしました。
どうやら海側に曲がる道を探している様子でした。

程なく獣道の様な細い砂利道を見付け、入っていくと20メートルくらいのがけをスイッチバックで
下りて行く軽自動車が1台やっと通れる位の道?がありました。
「まさか、ここを下りるの?」
海辺のキャンプ場に泊まるとは聞きましたが、まさかこんな所だったとは・・・
「大丈夫!いい所なんだから、気に入らなければ他を探そうよ。」
そういうと彼はバイクで急なスイッチバックを下っていきました。
私も恐る恐る下っていくと、そこにはコンクリートで出来た船着場と100mくらいの小さな入り江がありました。

「綺麗なところだね。」私は少し驚きながら彼に言うと、
「多分、昔は昆布か何かの水揚げに使っていたんだと思うけど、すぐそこに湧き水もあるし、
キャンプするには充分でしょ?」彼が得意そうに答えました。

彼は適当な場所を選び素早くテントを張ると、彼は荷物の中から釣竿を取り出し、
テントを張っている最中の私を背に、ワンカップを片手に釣りを始めました。
別に一つのテントに寝てもいいのに・・・と思いましたが、
「君の気持ちを知ってしまった以上、俺の理性なんて当てにならないから・・・」
と彼が言ったので、私は渋々テントを張ることにしました。
別に下心があって一緒のテントが良い訳ではなくて純粋に側に居たかったからなのですが・・・
確かに彼の理性のタガが外れてくれればって思ってなかったと言えば嘘になりますが(笑)

私がテントを張り終えた頃、彼が魚を一匹釣り上げました。
カレイみたいな魚で揚げて食べたらとても美味しいとの事で、早速私が捌く事になりました。
流木を集め火を起こし、その夜は波の音を聴きながら釣った数匹の魚を読みの通り肴にしました。
火を間にして彼の顔を見ると、初めて会った頃より少し顔付きが穏やかになったような見えたので、
「そっちに行ってもいいかな?」そんな言葉が自然に出て来たのを覚えています。
「どうぞ。」彼は初めて言葉を交わした「どうぞ。」とは明らかに違うトーンで答えてくれました。
流木の上に肩を寄せ合って座り、焚き火を見つめていると何故か不思議な気持ちになれるものなのでしょうか?
翌日彼から聞いたのですが、酔った勢いもあり、理想の男性像や家庭像を熱く語っていたとの事でした。

この場所が気に入ったので三連泊してしまいました。
撤収の朝、私は小さな疑問を覚えていたので彼に聞いてみました。
「ずっと聞こうと思っていたんだけど、何でこの場所を見つけたの?」
「一昨年来た時に急に腹が痛くなって出す場所を探して脇に入ったらここが見えたんだ。」
と恥ずかしさを隠しながら虚勢を張って答えたのが可愛かったのを思い出しました。

「すごく綺麗・・・」私はそう言うと彼の腕にしがみつきました。
あれから室蘭、積丹とキャンプをして函館に到着、道内最後の夜は湯の川温泉に宿を取り、
私達は函館山の山頂から薄暮の街を見下ろしている。
明日はフェリーに乗り青森から東北自動車道で家に帰る、彼とも暫くお別れ・・・
そんな事を考えると綺麗な夜景が物悲しく思えました。

宿に戻り、食事を終えると仲居さんが布団を並べて敷いてくれたのですが、
お風呂から戻ると彼は別の部屋に布団を移動してテレビを見ながらビールを飲んでいました。
少しショックを受けた私は、「随分嫌われたものね・・・」と皮肉を言いました。
「そろそろ俺も男だから、狼になるかもしれないからね。」彼がすんなりと流します。
「是非なって欲しいものね。」気持ちを打ち明けてしまった私に怖いものなどありませんでしが・・・
冗談が過ぎたようです。
「本当にゆうことヤッちゃいそうだから困ってるんだよ!」
彼はグラスのビールを飲み干し続けました。
「沙智子(前妻の名)への義理も確かにある、俺は優子のことを好きになりかけてる、
いや、もう好きになってる・・・ だけど・・・ 沙智子が残ってるんだよ!
逆に聞くよ。
こんな状態の俺に抱かれて幸せなのか?」
確かに彼の言う通りでした。

私にとって彼に抱かれたいと思う気持ちは性的な欲求ではなく「彼を自分のものにしたい。」
と言う精神的な欲求だったと思います。<表現力不足ですね。
それなのに彼の気持ちが完全に私に向いていないのであれば私が惨めなだけです。
彼の言葉から私に対する優しさが感じられたのが嬉しく思えました。

「一つだけ聞いてもいい?」
私は思い切って彼の背中に問いかけてみました。
「何?」
「これからどうやって晃さんに接すればいいの?
友達として?恋人候補として?それとも・・・ 恋人として付き合い始めたと思っていいの?」
彼は少し背中に動揺を見せましたが、すぐに居直り私の目を見つめました。
まるで私の心の中を見透かすかの様な何とも言えない冷たさの無いクールな視線?でした。

「難しいね、何て言えばいいんだろう・・・
ただ一つ言える事は、俺の気持ちはゆうこに向かって走ってるよ。
この旅で思い出を返すことが出来たと思う・・・
気持ちは決まってる、恋人とかそう言った表現じゃないけど、
今現在も、この先も一番大切な女性として付き合っていけたらと思う。
あとは時間とタイミングの問題だよ。」
そう言って彼は照れ臭そうに微笑み浴衣の私の肩をポンと叩きました。

「一番大切な女性」答えになっていないような気もしましたが、私にはそれで充分でした。
何故か笑顔がこぼれてしまった私に、彼がビールを注いでくれました。
「お互いの立場の事は、今は深く考えないことにしようよ。」
「うん、待ってるだけで良いんだもんね。そう考えれば気が楽。」
私はそう答えると飲みかけのビールで乾杯しました。

「じゃあもう別の部屋で寝なくても大丈夫だよね。」
私が彼の布団を自分の布団の横に並べながらおどけて見せると・・・
「だから、頭で考えてることと下半身は別なんだよ。」
「一番大切な女にそんな軽はずみなことが出来るの?」
「分かった、もうこの話題に触れるのはやめよう。」
彼は観念したかのように布団に潜り込みました。

あれから仙台で一泊し、東北道のサービスエリアで昼食を取った後、彼が言いました。
「じゃあ、ここで・・・」
「今度はいつ会える?」
「2人とも仕事に就いたらかな。まずは社会復帰しなきゃ。」
「そうだね、頑張って仕事を見付けるね。」
彼はこの足で沙智子さんの墓前に向かうとの事でした。
「先に出て。」
「分かった、じゃあまた。」
彼は握手をするとサービスエリアを後にしました。
心境的に彼に見送られるより見送った方が後ろ髪を惹かれなくていいかと思いました逆でした。
一人取り残された私は胸に穴が開いたような、喪失感?孤独感を覚えました。



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