マイムマイム逐語訳


マイム・マイム(音楽)

(1)はじめに
  「マイムマイム」はほとんど誰もが小学校の時に習う、日本人に最も知られたフォークダンスです。ですが、ここに入っている歌が分からない人が多く、昔は「マイマイ・デベソー」などと歌っていたなどと言う笑い話もあります。最近はこの辺についてもかなり知られてきて、本歌の正確な歌詞や、それがヘブライ語であって旧約聖書からの引用であることを正しく記述しているホームページもいくつか見えてきました。ここでは単に歌詞を丸暗記するだけではなく、この歌詞を通してヘブライ語についてかいま見てみることにしましょう。

(2)歌詞
  まず歌詞とその訳及び引用元を書いておきます。
歌詞:"usha'avtem mayim besason mima'yney hayeshuah"
(カタカナで):ゥシャアヴテム マイム ベサソン ミマアイネイ ハイェシュアー
意味:そしてあなた方は救いの井戸から喜びをもって水をくむであろう。
引用元:旧約聖書(ユダヤ教の聖書)イザヤ書12章3節。
イザヤ書のこの部分は、キリスト教にあっては余り引用されませんが、砂漠の地イスラエルに於いては水のありがたさを表現した箇所として、キリスト教の場合よりも実感をもって受け取られています。

(3)ヘブライ語について
  ヘブライ語は英語等印欧語族と異なり、セメ・ハム語族セム語派に属する言語です。他のよく使われているセム語としてアラビア語があります。従って現在イスラエルとアラブは仲が良くないですが、元は兄弟の関係にあります。   ヘブライ語もアラビア語も、英語と異なり右から左に書きます。アラビア語は基本的に「連続して」書きますが、ヘブライ語を記述するヘブライ文字はローマ字のように単語内でも区切って書きます。ヘブライ文字は特殊な字体です。次行にその例を示します(ブラウザによっては文字化けして見えません)。
ברוך הבא אל המכומנו ,סליחה ,רק היפנית
ヘブライ語のアルファベット(「アレフベート」と言います)は英語の26文字に対して22文字しか有りません。これは、ヘブライ語に於いては(アラビア語に於いても)母音は原則として表記されないためです。ですから例えば"t-n-ch"と表記されていれば「この場合は"tanach"だな」と文脈等から推測する必要があります。どうしても母音を示したい(例えば外人の名前など)時は、補助的な記号をつけて示します(日本語のルビのような物です)。
  さて、どの国の言葉もそうであるように、ヘブライ語にも古典ヘブライ語(旧約聖書ヘブライ語)と現代ヘブライ語があります。ただ、ヘブライ語の場合、ユダヤ人が2000年に渡って散らされていたという歴史的事情から、現代ヘブライ語は古典ヘブライ語から人為的に作られた物であり、その差異は他言語ほど大きくありません。そして、マイムマイムの歌詞は古典ヘブライ語で書かれています。

(4)歌詞解説
  それではマイムマイムの歌詞を詳しく見てみましょう。
(4-1)"usha'avtem"
  この単語の語幹は"sha'av"の部分です。これは動詞で「汲む」という意味です。一般にヘブライ語の動詞は3文字から成り、原型としての母音は"a-a"です。ですから、ヘブライ語でここの部分は、文字としては"sh-'-v"と記され、そこに母音を補って"sha'av"と読みます。この表記で"'"で表したのは、単独では音のない文字(従って母音のみになる)をローマ字表記した物です。
  古典ヘブライ語には現代の西欧諸語にはないいくつかの特徴があります。まず「動詞の態」という概念です。先に動詞の語幹は"a-a"だと記しましたが、これは厳密には"pa'al"態と呼ばれる基本的な態の場合です。ヘブライ語にはこのほかに、"nif'al"態、"pi'el"態、"po'al"態、"hif'il"態、"hof'al"態、"hithpa'el"態と、都合7つの態があり、順に、「基本形」「その受身形」「強調形」「その受身形」「再帰形」「その受身形」そして「相互形」の態になります。ですから、"sha'av"が「汲む」であったのに対し、"nish'av"と書けばこれは「汲まれる」という意味になります。
  もう一つ重要な点として、古典ヘブライ語の場合(そして多くの古典語がそうなのですが)、「過去形―現在形―未来形」という時制の概念はありません。その代わりにあるのが、「完了体―未完了体」という2つの「体」です。ですから、未来のことであっても、文脈に於いて、その未来時点で完了していれば完了体、過去のことでもその過去の時点で完了していなければ未完了体を使います。ヘブライ語のこの性質は、旧約聖書で預言及びその実現を記述するのに有効に使われています。なお、現代ヘブライ語では完了体が過去形に、未完了体が未来形に、そして現在分詞が現在形に流用されています。
  さて、以上ちょっと長くなりましたが、これらの知識を元にして元の歌詞に返ると、次に大切なのは"tem"の部分です。これは「あなた方は○○した(し終わっている)」と言う意味を示します。現代英語であれば"you (have) drawn"と単語を分けて書くところを古典ヘブライ語では接小辞を付加することにより1単語で表します。そして、未完了体なら語幹の先頭に、完了体なら語幹の後尾に小辞を付けます。ですから"sha'avtem"で、「あなた方は汲んだ」の意味になります。もし未完了体なら"tesh'av"(あなた方は汲むであろう)となります。
  ここで変だと思いませんか?"sha'avtem"は完了体であるのに、先頭の訳では「汲むであろう」と未完了体で、預言として訳されています。これは古典ヘブライ語に特有の現象で、「連続のワウ」(Waw-consecutive)と呼ばれます。つまり、動詞の前に「ワウ」(この場合は「ウ」と発音し、「そして」の意味)が付くと、完了体と未完了体が交換して、完了体は未完了体に、未完了体は完了体になります。世って以上合わせて、"usha'avtem"は1語で、「そしてあなた方は汲むであろう」の意味になります。

(4-2)"mayim"
  これは普通名詞で「水」のことです。特に格変化等しておらず何も言うこともないのですが、一つ面白いのが、この単語がすく名ことも形の上では「双数形」をしていることです。現代の主要言語で残存しているのはロシア語程度ですが、古典語の多くには「単数」と「複数」の他に「双数形」が存在していました。これは、手"yad-yadayim"とか足"regel-raglayim"とか眼"ain-einayim"とか、2つで一組になる物を表現する形で、ヘブライ語の場合複数は単数名詞の後に"im"(女性名詞に於いては"ot")を付けるのですが、双数の場合には語尾に"ayim"を付けます。このような例として他には"shamayim"(天)が有ります。なぜこれらが双数形なのかは分かっていません。

(4-3)"besason"
  まず"be"ですが、これは「中に」という意味の前置詞です。ヘブライ語の場合前置詞もそれが前置する単語と一体化します。ヘブライ語にも名詞に不定形と定形の区別があり、英語では"the"を付けて区別するようにヘブライ語では"ha"を前置して定形であることを示しますが、これに更に前置詞が付きますと、"be-ha-sason"とはならずに、"basason"となります(母音の違いなので表記上は違わない)。この歌詞では"besason"となっているので不定形です。
  次に"sason"ですが、これは「喜び」という意味の普通名詞です。そしてこの名詞は「喜ぶ」という動詞"sas"の名詞形です。ここで変だと思いませんか。先に、「ヘブライ語の動詞は3つの子音からなる」と説明したはずですが、"sas"は子音が2つしかありません。これは、この動詞の不定形が実は"s-y-s"なのですが、これは"ayin-yod"型の動詞であるため不規則変化をして、語幹(今まで語幹と表現してきましたが、より正確には3人称男性単数完了体のことで、これが実用上単語の基本になります。不定形は"le-siyis"のように分子として用いられるときのみ現れます)が"sas"という「短縮形」となるのです。ヘブライ語にはこのような不規則変化のパターンが十数個有りますが、いずれも発音の便宜上生じた物で、「不規則の中にも規則あり」と言ったところで、覚えるのにさほどの苦労はありません。

(4-4)"mima'yney"
  この後の中心部は"may'an"で、これは「泉」という意味の普通名詞です。ただ、この語は男性名詞であるにもかかわらず、複数形は"ma'yanot"と女性形に変化する珍しい単語です。同様に"yonah-yonim"(鳩)のように女性名詞("ah"で終わる名詞はたいてい女性名詞)であるにもかかわらず男性名詞型の複数形を取る名詞もあります。で、ここでも"ma'yan"(泉)は複数なので、後に"hayeshuah"という修飾句が付かなければ"mima'yinot"となったところなのですが、この修飾句のために「弱形」と言われる複数形の変化をして、結局"ma'yiney"という本来男性名詞型の弱形複数となりました。
  この前に付いている"mi"ですが、これは「〜から」と言う意味の前置詞で、先の"be"と同様に名詞に膠着します。

(4-4)"hayeshuah"
  ここで"yeshuah"は「救い」という意味の普通名詞です。イエス(キリスト)のヘブライ語本来の名前も"yeshuah"です。その前に付いた"ha"は、先にも説明したように定冠詞です。ここでヘブライ語が他の言語と異なるところは、多くの場合は修飾句を連結した場合修飾句の方が付随的な位置づけとなって格変化をするのに対し、ヘブライ語では修飾される名詞の方が付随的となって弱形に変化するところです。したがってこの場合の"ha"は"of the"という感じになります。

(5)まとめ
  以上でマイムマイムを例としたヘブライ語入門講座を終わります。その一端を覗いていただき感謝です。これをきっかけとして興味を持たれた方は、小久保ソロモン先生に問い合わせてみてください。(終わり)



 
トップ