キリスト教でなくパウロ教


  使徒パウロの業績は大きく2つが指摘されている。第一にイエスキリストの行いを解釈して、「キリストの教えの本質は救いにあり、救いはキリストに対する信仰のみによって無償に与えられる」としたこと、第二に当時新興だったキリスト教が、他の宗教でも良く見られるような旧守派の影響を完全に遮断して、「異邦人もユダヤ人と等しく、信仰のみにより、割礼等外的要因なしに与えられる」と断じたことである。
  この2点はキリストの教えが正しく理解されて世界宗教となり、旧来の民俗宗教に堕落する危機から救ったという点で決定的に重要であり、かつ現代に至るまでのキリスト教の規範、特に異端と正統を峻別する判断基準となっている。この意味でパウロの知性がもし神によって用いられなかったとしたならば、キリスト教は初期の段階で空中分解し埋没していたと言って良い。この一点のみをして、たとえそれ以後のキリスト教にいくつかの「問題」が生じたとしても、彼の役割をも否定することにはならない。
  しかしながらもう一方でパウロだって人であり、従って罪もあれば癖もあれば限界もある。パウロが一方でキリスト教を大きく変質させ観念化させたことは、専門書はもとより百科事典においても指摘されているところである。パウロは生前のキリストと会っていない。これは決定的なマイナスである。世の聖職者達はパウロがダマスコで主に直接回心を迫られたこと、及びその後「第三の天」に挙げられたことを根拠として、「パウロは生けるキリストに会った」と主張するがこれは詭弁である。なぜならばこれら事実によって彼の論理的思考が修正された痕跡もなければ、彼がその後生ける主や第三の天の神秘について一度も語っていないからである。
  彼が言ったことはただ一重に、論理によって(ここが重要)初期キリスト教徒に道しるべを与えたという点に留まっている。論理であるから理屈がましく、説教がましく、必然的に宗教と言うよりも倫理・道徳的である。この点において早くも「パウロはキリスト教を観念化し、変質させた」と十分に断じられる。言ってみればキリストという生ける教科書に対して「パウロ要約集」というレジュメ・虎の巻を作ったわけである。虎の巻は一般に速習や試験合格には向いているが、極めて味気なく日干しのように生気がない。そして分析一本槍で人の五感により感得する・感動すると言う要素を一切捨てきっている。パウロ書簡といえどもその例外ではない。だから新約聖書は、生きた主の足跡とその分析的な虎の巻が玉石混交して同等に並立しているまか不思議な構成を取っている。この並立構成が後世のキリスト教をして論理的所産に堕落させた。
  ここまででもパウロの功罪の内「罪」の面は十分なのに、加えて上記の新約聖書の「並立構成」によって、単にパウロの個人的な気質にすぎないものまで聖書解釈に入り込み、キリストの行いを益々ねじ曲げた。すなわち、勤勉至上主義、独身・禁欲の奨励、論理主義・還元主義の徹底と言った要素である。ここにいたってキリストのみずみずしさ、父なる神と同質である神秘性はほぼ完全に姿を消し、闇に葬られた。パウロが意図的にそうしたとは言わないが、結果的にそうなっている。パウロ以降のキリスト教は「キリスト教」と言うよりも「パウロ教」と呼ぶ方がよほどふさわしいほどに変質してしまっている。そして彼がキリストの意図に(結果的に)反して広めた還元主義は現代文明の基礎となっており、科学技術の発展を促した代わりに人の心を切り刻んでむしばむに至っている。
  こうして、パウロが地中海を3回半も行き来して伝道したのが「キリスト教」でなく「パウロ教」であることを理解するならば、彼の伝道旅行が十歳以上に持ち上げられているのも理解できる。彼が「鞭に打たれ、難破し、盗賊に会い、投獄され」と言っているのは事実であろうが、自分の教えを伝えるためのかような法難は古今東西の開祖の多くが味わっているものでありパウロに特有ではない。
  パウロが如何に「霊的でない」か、例を挙げよう。ヨハネによる福音書は次のように始まる:始めに言葉(ロゴス)があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。極めて高く霊的であるとともにどのような科学的真理よりも真理であり、かつどのような名曲よりも美しい。みずみずしさがしたたり落ちてくる。これを「パウロ語」に翻訳してみよう:天にましまし父なる神の右に座したまえるキリストを、子なる神、我らの祈りを取り次ぐものとしてあがめ奉り、キリストに気に入られるよう日々信仰と節制に励むようにしなさい。この2つの表現を比較すればパウロが如何にキリストの神聖を、表現上は奨励しながら実質消し去っていることが理解されるであろう。物事全ての時点でこうなのである。現代社会はこのパウロの還元主義極まれりという状態にある。人の心は切り刻まれており、人間疎外は目に余り、これを救うはずのキリストの霊力がパウロによって見事に遮断されている。
  以上を総括して言おう。パウロはその器の範囲で十分に活躍したが、あくまでもその器の範囲においてである。パウロの良い成果は今後もありがたく頂くが、彼が不用意にも汚染・遮断した部分については今こそこれらを取り除き、我らの新の救い主であるキリストに直接に立ち返り、キリストのみずみずしさによって私たちの刻まれた魂を回復してもらおうではないか。パウロには一旦降りてもらってキリストに直接触れよう。そして魂の回復を頂こう。そのための一手段として、新約聖書をキリストに直接係る部分とパウロの解釈に係る部分に分け、前者と後者の間に一段階差を付けても良いと思う。

  宗教改革は教科書にも載っていて良く知られている。カトリック教会の腐敗、ローマ教皇の世俗に至るまでの支配等に対してこれらを憂う者達が起こした一連の宗教的リバイバルであり、その旗印はエバンゲルズム、つまり「聖書に帰ろう」運動であった。その運動の方向は間違っていたとは思わないが、何と行っても直接キリストに触れたことのない人々の運動であり、「群盲象をなでる」の傾向は否めない。加えて彼らが互いに認識を共通にする最終的規範は、印刷物でありはるか昔から存在している「聖書」という書物に成らざるを得なかった。宗教が時代を経るに従ってその神が次第に遠ざかっていき、最後には語録とその文献学的解釈に堕していくのは、なぜか分からないし残念なことでもあるが、どの宗教でも多かれ少なかれ見られる現象であるところ、キリスト教では特にそうであった。
  かような流れにあって当時の宗教改革者が取った手段は、「エバンゲリズム」の免罪符によって返って居直って文献解釈に徹することであった。当時としては仕方なかったとは言え、この文献解釈に居直った時点で、自らは宗教であることを放棄することを代償に、新教は旧教のくびきを取ることに成功したと言える。この傾向はカルバン主義に特に顕著であり、「全てをいわゆる善意で読む」ことを聖書の読み方と規範することにより、神秘主義を全くの背反事象とし、結局のところ幼稚園生のお行儀レッスンに堕してしまっている。宗教であることを放棄した「宗教」とそれをありがたがって聞く聴衆。滑稽そのものである。
  しかしこのカルバンの居直りはカルバン自身がペテン師だったからと言うよりは、パウロ主義を完膚無きまで忠実に徹底した、パウロ教を虎の巻にたとえるならば「虎の巻の虎の巻を作った」だけである。私はカルバンをペテン師呼ばわりしなければならないほどに彼が取るにたる大物だったとは全く思っていない。

  こうして現代に至る。新教が宗教生を放棄してそれでもなお「宗教だ」と言い続けてくれたおかげで現代の科学技術の長足の進歩がある。その意味で現代の科学技術は怪我の功名であるが、同時にそろそろその限界が見え始めている。人間疎外、心の病、矛盾等である。そろそろ人類が本物の宗教を取り戻すときが来ているのではないだろうか。
  最後にパウロについて総括したい。彼は「私に従いなさい」と述べている。この言葉の真意は、「主をあがめる態度において私を模範例としなさい」という意味であって、キリストが12弟子に言われた「私についてきなさい」とは全く異なった意味である。神の言葉と人間の言葉であること、パウロは主に対して謙遜であったことからこの違いは明かである。であるからキリストの信徒たる我々も、パウロを崇拝する(多くの教会で実質的にこうなっている)のではなく、主のあがめ方として力量ある先輩格であるパウロのやり方に学ぼうではないか、の意味に取りたい。この点をはっきりさせることにより本論の終わりとする。(以上)