6月
○足さむしからださむしといひませし母のみ墓は雨にぬれつつ
『原生林』「帰省雑詠」大正10年作
○坂路あがると烟草畠空にもりあがり、富士の頭すれすれに青く
『烈風』「路」昭和13年作

秦野のたばこ
田の畔
燐寸のレッテルの赤い外光のなかを、燕がちらり、ちらりととぶ。眞菰の葉のにほひのする田の畔(くろ)に、私と作男の福さんと傳さんと、それから日傭(ひよう)とりの常さんと、雇女のおみよと五人並んで、中食の握り飯を食べてゐる。
私は握飯をたべながら、ぽちゃぽちゃと畔から足をぶらさげて田の水を敲いてゐる。足のすぐそばに青い蛙が浮かんで來たが、つと濁り水のなかに沈んで行く。
6月の日の光が眞上から降つて、畔の草が泥でよごれてゐる。
副さんは烟草のにほひがする。
傳さんは泥鰌のにほひがする。
常さんは青瓜のにほひがする。
おみよはやつぱり杏子のにほひがする。
田面(たづら)には、植ゑられたばかりのうす緑の稻が、風にひよひよとなびいてゐる。
『烟れる田園』「夏」
出典 郷土文学叢書 第15巻
「前田夕暮 ふるさとのうた上」〜詩歌歳時記 生い立ちの記〜 村岡嘉子編著 35p
発行 秦野市立図書館
前田夕暮歌碑めぐり 前田夕暮の散文
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