7月
○農地法実施されたるふるさとは青田匂ひて7月來たる
2006.6.21 撮影 秦野市菩提
『夕暮遺歌集』「昭和25年作「青田」
注 農地法―農地改革。第二次世界大戦後の農地解放
煙草の葉
一本の太い煙草の木、眞青の廣い楕圓形な葉が二十四五枚、ぎつしりと根から莖の尖きまでついてゐる。丈は七八尺である。花がぽつりうす紅く咲きかけてゐる。
それを私は畑から根こぎにする。一面青波のやうな煙草畑から一本丈引抜いてみると、青さはさらに眼ざめるばかりだ。
私はそれを肩に引き擔(かつ)いだ。ずつしりと重い。
煙草特有の強い匂いが、私の着物を通して軆に浸潤して行くほどだ。おまけに、朝露でびつしよりぬれてゐる葉が、露出した私の手、足、頸、顔に粘りつく。
私は露と、匂と、やにとで、軆も着物もぐつしよりとなる。
私は、坂道をた、た、たと駈けおりる。
煙草の葉が背の方でゆらゆらと揺れる。
私は、坂道を前のめりに、駈けおりる。
青田から吹きあげてくる朝風が、さつと私の軆にふれると、煙草の葉が一齊に空の方へ吹きあふられる。
私は、家に歸つて、軒近くその煙草を植えて、水をバケツに二三杯かける。
植ゑられた煙草を見ながら、すき腹に朝餉の炊飯(すいはん)を何杯もかき込むのである。

『緑草心理』「私の少年時代」より
出典 郷土文学叢書 第15巻
「前田夕暮 ふるさとのうた上」〜詩歌歳時記 生い立ちの記〜 村岡嘉子編著 53p
発行 秦野市立図書館
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