秦野町の水道(神奈川県中郡)
秦野の水道は明治23年3月に給水を始めました。日本では北海道函館、横浜に次ぐ3番目に完成した水道です。コレラの流行した秦野では土管の水道管で水道を完成させました。土管は愛知県常滑の陶器です。
曾屋神社(井之明神社(いのみょうじんしゃ)の水源と秦野町の水道










そのため「秦野の土管はおいしい」などと、秦野の水道の代名詞として「どかん」が使われました。
曾屋神社古より、現在の境内より清水が湧き出ていたため、明治までの社名は「井之明神社(いのみょうじんしゃ)」でありました。地域住人は、その湧水の御陰を被り、よって長い間厚い信仰が受け継がれると共に、町の発展にも大きく寄与しました。この湧水を使った、秦野の上水道の整備は、函館・横浜に次ぎ、全国でも3番目という歴史があります。明治6年、近在の神社を合わせ祀り、「曽屋」の地名を取り、「曾屋神社」となりました。
曾屋用水 秦野の水道1 秦野の水道 (大正大震災) 秦野の水道 秦野たばこ耕作
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