ある日の夜中に馬の啼き声がおかしい。馬は本能的に虎の気配を感知するようだ。
馬当番の兵隊は、馬の様子から虎が近くに来たのではないかと感じて、当番兵二人の内のー人が薪を燃やそうとしてしゃがんだ。
そのとたん、虎は後から隙の出来た笹山一等兵の首に一撃をくらわした。気絶したか即死したか分からないが、虎は彼を口にくわえて逃げていった。一瞬の出来事であった。
明くる日、私達十名ばかりが銃を持ち、その後をたどり死体収容に行った。野
原の草に血がポタリ、ポタリと滴り、虎は兵隊をくわえたまま二メートルもある崖を跳び上かり跳び降り、谷川を渡っていた。
ビルマの虎は大きく子牛でもくわえて逃げると聞いていたが、人間の一人やそこら軽々と猫が鼠をくわえたぐらいに走っていた。
虎は山を登り谷を跳び越え、密生した雑木の中を潜り抜けていた。
昼間は人間も目が見える上に十人も目があるからと思ったが、それでも不気味だった。
大きい山をニつ越えて行くと途中に彼の着けていた巻脚半や被服の破れが潅木に引っ掛かっていた。
雑草が踏み倒され通った後ははっきり分かった。
竹薮を通り抜けその奥の茂みの中に無残に食いちぎられた笹山清 一等兵の死体があった。
彼は私の隣の班で精勤に働いていたのをよく見かけていた。
肉が裂け、血が流れ出て余りにも悲惨で見ていられなかった。我々は泣きながら彼の遺体を携帯テントに包んで持ち帰り火葬にした。
私達は虎をやっつけ様といろいろの方法を採ってみたが、闇夜に目が見える虎と、目が見えない人間ではどうすることも出来ず、やられるだけで、私達の中隊では虎をやっつけたと云う武勇伝を聞くことはなかった。
虎は本当に恐ろしい夜の魔ものであった。