橋本上等兵の死

夕方になり、曇り空の間に夕日が残る頃出発した。橋本君も皆とー緒に歩き始めた。日が 暮れてだんだん暗くなってきた。特に暗い夜で前の人について行かないと道がどうなってい るのか分からない。広いひろい草原で立ち木はなく、道といっても人が通ったので道になっているというもので、くねくねと曲がっている。路面は見えず、闇の中に前の人の姿をようやく写しだすようにして歩く有様だ。私は夜、目が他の人よりやや弱く苦労した。
いつも一番前を行く人はどんな良い目をしているのだろうか。
 .また、昼、偵察に行った人はこんな目印もない野原の中の道を覚えておき、夜間、部隊を誘導するのだが、素晴らしい方向感覚を持っている人だと感心し、不思議に思うことがしばしぱあった。
 二時間ばかり歩いて小休止となった。私も崩れるように地面に腰を降ろす。転がるように横に寝てしまう兵士もいた。しばらくして出発となり、闇の中に立ち上がり歩き始めたが、間もなく「橋本がいないぞ」と誰かが言いだした。
しかし、長い隊列は容赦なく暗闇の中を進んで行く。
私たちの小隊もこの流れのー部となって最後尾辺りを行くだけで、誰も止まるわけにいかない。
引き返し、先ほど休憩した所まで探しに行きたい気持ちはあるが、そうなると闇夜の中で方向を失い、自分も落伍者になってしまう恐れがあるので、どうにもならない。躊躇している頃、後方遠くで「ドーン」という手榴弾の爆発音がした。
橋本上等兵がやったのだろう。  誰も悲痛のあまりものも言わず黙ったままで闇の中を遅れまいとして歩いた。
私は最も仲良しの戦友を失ってしまった。「これまてにも何回か落伍しそうになった彼を浜田分隊長が激励し、皆で支え合い、彼もよくここまで頑張ってきたのに、とうとうこんなことになってしまった。惜しい人を亡くしてしまったが、どうすることもてきない。
 姫路貨物駅で親父さん、奥さん、幼い子供と別れを惜しんでいた彼の姿が思い出されてならない。戦争は大切な人を奪ってゆく。
彼は旧制で秀才の行く第六高等学校から東北帝国大学を卒業し大企業のエリート社員だったが、召集を受け入隊。
素晴らしい人材を失ってしまった。
戦争とは何だ!