戦友の落伍
















 夕方になり出発となった。平田上等兵が、「もう駄目だ、ついて行けない」と言って立ち上がってこない。
「そんなことではいかん、シッカリセンカイ」と浜田分隊長が叱った。彼はスゴスゴとやっと立ちあがった。もう 小銃も持っていなく帯剣も外していた。持ち物は飯盒と水筒だけで杖をつきながらトボトボと歩きはじめた。
西の空が夕焼けしている。子供の頃、「ゆうやけ こやけで ひが〜くれて〜 や〜まあの〜おてらの かねが なる・・」と歌ったことを思いだすような美しい夕焼けだ

  しかし、この夕焼けはそんな牧歌的なものではない。今夜も夜通し歩く厳しい行軍が待っているだけである。敵に追われ、その目を潜りながら逃げる時の夕焼けである。その真 っ赤な夕焼けの中を平田上等兵は力なく歩いていたが、ついに道端に崩れるように体を投げ出してしまった。
「コラ、しっかりせんかい」と分隊長が強く気合いを入れた。
「許して下さい。放って、行って下さい」と答えた。見上げた目には、キラリと光るものがあった。涙した目、赤い夕日がその雫を真っ赤に照らしていた。
私は、彼が姫路駅を出るとき列車の中で、父が持って来てくれたぼた餅だと言って、私にも分けてくれた時のことが思い出され、そのお父さんが彼の今の姿を見られたら、どんなに悲しまれることだろうかと胸が痛んだ。
 だが、部隊は容赦なく前進をしていくのだ。われわれも部隊の流れに押されて、夕闇の中を声もなく歩くのみだ。
ザブザブと小川を渡り進んで行く。そのうちに、どちらに進んでいるのか分からなくなったが、イラワジ河のカマの渡河点を目標にして闇の中を歩いていることだけは確かであった。
 こんどは、「萱谷上等兵が落伍してしまった」と言う。
 彼も連日の強行軍と先日の敵陣地攻撃で疲れ果て、ついて歩くことができなくなり、闇の中に残ってしまったのだ。
 闇夜の落伍はいつの間にか姿がなくなっている。行軍の流れに押されて、前の人に遅れまいと歩いて行ったり止まったりしているが、落伍した戦友を探すために引き返すことはできない。隊列を離れると、方向が分からず自分も行方不明になってしまうから仕方のないことだ。
 萱谷君も召集を受け、新兵として入隊以来、苦労してここまてよく頑張ってきたのに残念でならない。
 こうして原稿を書いている今も、彼のやや丸顔で、やや唇が厚い感じや、着ていた服が何故か緑色の濃い目の物だったことなどが鮮明に思い出されてならない。
やがてー人、二人、三人、四人と同じ小隊の人が落伍し減っていき、残念で悲しいことが続く。
とり残す人、とり残される人、行く人、止まる人、誠に悲惨な光景である。