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![]() 私とー緒にニ月に召集を受げ、同じようにこの野戦部隊の金井塚隊に転属してきた戦友の小林君や山田君が自決したとか、大井君がポウカン平野で敵弾に倒れたとの悲しい知らせが風の便りに次々に耳に入ってくる。あのしっかり者の小林君、あの機転のきく大井君, 入隊した頃、美人の妹さんが大井君のもとへ面会に来ていたのを見たことがあるが、それももう昔の夢となってしまった。 、現実に直面して茫然とするのみてあり、 しんみりと弔う時間も落ち着いて悲しむ余裕もなく皆、元気になり病気が治れば、本隊に必ず追い着こうと思っているのだが、実際はー度皆から遅れ山の中に残ると、もう追いつくことはできない。 |
「落伍してはいけない、必ず追及するのだ」と決心はするものの、体かどうにもならない。 僅かな米を持っていても数日分しかない。そこで飢え死にするか、ある時期に自決するかである。このようにしてー人、二人、三人と落伍してゆく。 彼らはその後どうなったか、実のところ分からない。ほとんどの人は、その地に朽ち果てたのではなかろうか 取り残され、動けず、次第になくなるー握りの米を眺め、自分に残された命の日数を数えることが、どんなに大変なことか。 望郷の念耐えがたく、息を引き取って逝かれた将兵の心中やいかに。 敢えて言うならば、最後に手榴弾を抱いて自決した人にしろ、自決する判断力すら失い餓死した人にしろ、敵の弾丸に当たりー瞬にして死ぬのに比較すると、考える時間があり過ぎるほどあったはずで、一層哀れである。 内地の土をもうー度踏みたい、父や母の顔を何回も何回も思い出し、一度でよいから会いたいと念じたことだろう。妻子のある人は、写真を出して頬摺りをして別れを惜しんだことだろう。残酷な時間が継続したのだ。あまりにもあわれで悲惨なことである これが戦争で負け戦である。地獄である。 、笠原上等兵は、私とー緒に馬の作業をい、わたしの輜重車が脱輪し引き上げるのに困ったとき助けてくれたことがあった。 軍隊では共同作業が多く、助け助けられるのである。落伍する彼が最後に「小田、わしはもう動けない、少し休んで行くから」と寂しく弱々しい声で言って道端にうずくまってしまった。 細い雨が降り、雨霧が辺りの山々を包んでいた。彼の顔と山河の光景が網膜に焼き付いており、歳月は流れても忘れることのできない悲しく遠い日の出来事である。 |