ニューヨークシティマラソン1994 
第25回記念大会参加記

1994年11月6日 超一流ランナーと市民ランナー、そして市民ボランティアや観衆が
一体となって楽しみあうエキサイティングな大会、第25回ニューヨークシティマラソンンに参加。
←完走証
以下の参加記は、1994年11月にパソコン通信のNIFTYのフォーラムに
書き込んだもの(一部修正)に、画像を付けたものです。

(参考)

ニューヨークシティマラソンの公式ホームページ
大会の概要やコースなどはこのページをご覧ください

KEIKOさんのNYシティマラソン参加記
参加した旅行社のマラソンツアーでご一緒になった女性ランナーkeikoさんご夫婦の楽しい感想です。



さて、とにかくすごかった11.6の第25回 NYシティマラソンについて、思い
ついたところを書き込んでみますので、関心のある方、ご参考にしてください。
<参加者数 約3万人 うち日本人438人>


日の丸ってどこの国?−国際親善朝食ラン
 海外106カ国からの約12,000人の参加者のために、レース前日の11.5に国際親善朝食ランが
行われました。コースは、国連ビル広場から中心街を通って、セントラルパークまでの
約6kmのジョギング大会です。朝早くから国連中庭にぞくぞくと各国の参加者が集まって
きます。陽気なメキシコの人たちは、手を掲げてカタカタ鳴る鳴り物を振っています。
日系人を含めたブラジル人も大騒ぎしています。国旗を持ったり、国名入りユニホームを
着ているのですが、国名がわからない国が多い。スロベニアって?フランスやイタリアの3色旗が
横縞だとどこ?赤地に紺十字ってどこ?ツアーのスタッフが日の丸だけでは日本とわからない
米国人が多いと言っていた意味が理解出来ました。ダライ・ラマの挨拶等があった開会式後、
さみだれスタート。ビル街に響くかけ声、歓声そして延々と続くお祭り気分の人の帯。
レース前日にして、もう、もう大興奮です。紅葉美しいゴールのセントラルパークで
パン朝食を味わいました。もう少し国際親善すべきだったなあ。



世界最長の小便器
(レース説明書の表記による)
 スタート会場(米軍基地)に、うわさの、この名物がありました。雨樋式で100m近くあった
でしょうか。世界の男性陣は大満足でした。(私は、控えめに斜め後ろより撮影しましたが、
ツアーのある女性参加者は、正面から撮影していたといううわさでした。)
女性陣もほとんど行列せぬほどトイレ数があったようでした。
約3万人の参加者ながら、待機テントあり、無料パン、コーヒー等の
食べ物あり、またバンドが来て、楽しませてくれたりとランナーにうれしい限りでした。



巨大吊り橋が揺れた

 スタートは、ナローズ海峡をまたぐ二層道路の巨大吊り橋の手前。10:50のスタート号砲を
待っているとおっと号砲が鳴った。まだ10:47ではないか。レース説明書にも、10:50
AM SHARP! RACE STARTS!と書いてあったが、例年こんなもんだと。さすが米国流。
約1分のスタートロス。3グループ分けされた約3万人が車線毎に吊り橋に走り込む。
上空には何台ものヘリコプターが舞い、下の海面には船が虹色の放水をしてくれている。
しかし、足元が柔らかくもあり、うわついた感じがする。一気にこんなに荷重がかかったら、
巨大つり橋でも力学的に、やはり揺れているのでした。



マラソンにはロックがよく似合う

 天候うす曇り一時小雨。気温20度、湿度78%。私には心地よい。マラソンコースは、
ニューヨークの全5区を走りまわる片道コース。まず、ブルックリンの商店通り、
住宅街を走る。コースは最後まで、ゆるく長いアップダウンがある。連なる見物人や所々の
ロックバンド、マーチングバンドが元気づけてくれる。もっとハードに!日本でもこういうの
やってくれないかなあ。おっと、乗せられてラン・スプリットが早すぎた。



プライド!JAPAN

 応援の看板をもっている観戦者が多い。「GO!名前」とかが多いけど「YOU CAN」「YOU DO IT」
そして「PRIDE!」などもあった。我々は、ツアースタッフのノウハウにより、胸に日の丸と赤大文字の
JAPANと書いた名札を付けたが、時々声援がかかり、思わずガッツポーズしたり、THANK YOUを言ったり、と。
ありがとう様さまです。自分の名前を書いたり、貼ったりするともっと効果的とか。



私設エイドステーション

 オフィシャルには、1マイル毎の水、医療所、2マイル毎のスポーツ飲料GATORADEと十分あります。
オフィシャルかどうかわかりませんが、ハーフ付近右手と32km付近左手に食料エイドを
見つけました。チョコ、バナナ、パワーバー、パン等があり、生き返りました。
他にも、見物人がレモンやキャンディ、そしてトイレットペーパー(鼻紙用?)を
提供してくれていました。親切さに大感激です。



あなたに脱帽
 
 最初の難関、約25kmのクインズボロー橋にかかりました。イーストリバーの橋を渡るだけ
と思っていたら、頂点までが遠〜い。マンハッタンのビルを見て走っていて、思わず下を
見たら、まだ川の手前の陸地でした。でも前を見ると障害者が頑張って歩いている
のではないですか。ハンディキャップの方のレース参加者もあるようです。(翌日の新聞
に完走者?のリストが載ってました。) 皆が激励の言葉をかけています。我を忘れて、
感激しました。「今、ガンと戦っている」と表示した参加者も見かけました。



気分はアメリカンヒーロー

 橋を渡ったら、1ST AVE(一番街)。鈴なりの見物人が両側にびっしりと観戦しているビル街の繁華街を
まっすぐ突き抜ける。紙吹雪こそ舞わないが、ヒーローパレードもこんなかなと思ったりして。
うきうき気分で走るが、はるか彼方までまっすぐ、選手の帯が見える。おー遠そう。



ハーレムへ立ち入りOK

 観光客は行ってはいけないと言われるハーレム。ここもマラソンコースです。落書きの多い
廃虚?ビル街の中を走ります。35kmを迎え、疲れもだいぶ出てきた。見物人もやや少なく、
ガマンガマンの辛抱しどころ。

ハーレムを抜けて、アッパーイーストサイドの高級マンション横を走る



ゴールするのが残念だ

 最後の約5kmは、セントラルパークの中と周囲です。小刻みにアップダウンがあり、
走りにくいが、なにせ細い道路の両側に観衆が鈴なり状態。大いに声援されるので、
疲れなど見せられない。ひらき直ったら、まだ余力が出てきて、快調にゴールイン。
もうフルマラソンが終わってしまうのと思ったのはこれがはじめて。3時間38分。自己
NO.2の記録でした。ゴール後のサービスも万全でした。防寒にスペースラップという
アルミシート、またパンと果物の入った袋をくれました。女性ランナーには、
さらに赤いバラが渡されていました。余韻を楽しみ、ボランティアのかわい子ちゃんと
写真を撮りました。待ち合わせの人とは、パーク内の大芝生広場で出会います。



リボー・スピリッツは永遠に

 今年10月に亡くなられたNYシティマラソンの創始者フレッド・リボー氏の銅像が
ゴール左手に建てられました。ゴールタイムをストップウォッチで見ているような姿です。
NYの新聞・TVを見ていて、彼の人望の厚さがつくづく感じられました。
このマラソンは、民間のニューヨーク・ロードランナーズ・クラブが実施しています。
大満足のレースをありがとう。



これからNYに行かれる方に

 レース主催のNY ROAD RUNNERS CLUB(NYRRC)のレースカレンダーをいただきましたが、
それによるとセントラルパーク等でほぼ毎週5マイルや10km等各種レースを行っているようです。
いつNYに行っても、楽しいレースに参加できそうです。
 NY ROAD RUNNERS CLUBのホームページへリンク 



最後に

 本当に感激したレースでした。大会関係者の御苦労と声援の市民に大いに感謝します。
 また、長い拙文を読んでいただいたあなたにも感謝。


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