アニメの家族史

テレビアニメに登場する家族は、そのアニメ/マンガが作られた時代の家族像が反映されています。しかも、そこで提示される家族像は、その時代を象徴するような、ひとつの理想ともいえるような家族へと作られていきます。
そのような各時代を象徴するアニメの家族を、時系列で並べ分析してみると、日本の社会の変化、歴史を見て取ることができます。

サザエさん(50年代)

サザエさんの家族は変則的な3世代により構成されています。波平とフネの両親のもとにサザエ、カツオ(小5)、ワカメ(小3)の子供たち。そしてサザエの夫のマスオさんと、その子供のタラちゃん。今の都会では珍しい合計7人の大家族です。
時代背景は主に50年代です。会社勤めの波平は帽子をかぶって会社に通っています。これは当時の成人男性にとっては普通の服装です。三河屋さんが御用聞きに来て注文の品を届けてくれます。今ではなくなってしまった当時の風習です。
磯野家では自家用車は持っていません。50年代ですから当然ですね。また、スポンサー関係からか、一応、茶の間にテレビは置いてありますが、あんまり見てはいないようです。電話は、もちろん廊下に黒電話が置いてあります。また、茶の間には当然ですが丸いちゃぶ台が置いてあります。
さて家族関係ですが、家族の序列がはっきりしており、波平はカツオやサザエを叱りつける頑固親父の一面を持っています。現代に放送されていることもあり、かなり柔らかくなっていますが、本当は無理を通してしまうような、かなりの頑固親父のはずです。母親のフネは頑固親父の波平をたしなめつつ、子供たちをリードします。年の離れた姉であるサザエはカツオ、ワカメにとっての事実上の母親の役割を果たします。そのため、波平・フネの両親は事実上の祖父母を演じるという構造にもなっています。
このテレビアニメは現在でも高い視聴率を誇る人気番組です。一家そろって安心して見ることのできる定番の番組ということだと思います。こんな昔の時代背景と人間関係のアニメがなぜ人気なのでしょうか。おそらく日本の家族のひとつの理想として描かれているからだと思います。これだけ現代でも人気があるのは、単なるノスタルジーではないでしょう。波平の頑固親父は、今でもひとつの理想として生きているのではないでしょうか。現在の日本の家族の原点です。

巨人の星(50年代)

サザエさんの波平よりも、もっと理不尽で頑固なのが「巨人の星」の星一徹です。今ではお笑いのギャグにもなっている、すぐにちゃぶ台をひっくり返す星一徹です。息子の星飛雄馬は、そんな父親の理不尽な指導に従い天才的な野球投手として成長していきます。飛雄馬の母親代わりの姉の明子は、そんな親子を影から見守っています。
この漫画とアニメは60年代に作られていますが、当時の軟弱になった時代風潮に反発したのか、作者はアナクロと言ってよいくらいに古い父親像、頑固一徹の父親像を描いています。つまり、作られた時代は60年代ですが時代の雰囲気は50年代以前の古い父親像です。
また、主人公の一家や重要な脇役として登場する左門豊作一家のマンガチックな貧乏の描写には作者の一つの主張が感じられます。当時の豊かになってきた日本には無くなってしまった歯を食い縛って頑張る根性が必要だと言うような主張がそこにはあります。

ドラえもん(60年代)

ドラえもんの時代背景は60年代です。原っぱや空き地があり、そこに土管が置いてあるような東京の郊外が舞台です。
お話は、ドラえもんと野比のび太、そしてのび太のクラスメートで友達のジャイアン、スネ夫、しずかちゃんを中心に展開するので、のび太の両親は脇役としてたまにしか登場しません。
主人公の野比のび太の家庭は核家族です。のんびり者でグータラなのび太、すぐ小言をいう母親と温厚そうな父親を含めた三人家族です。父親には頑固さなどは感じられません。母親は父親を立てるような典型的な60年代の都会の核家族と言ってよいと思います。
この家族には、昔の家父長たちにあったような理不尽さはなく、何かあったら話し合うような民主的な雰囲気が漂っています。

天才バカボン(60年代)

天才バカボンも60年代のマンガ/アニメです。この一家は東京に住む核家族です。
突拍子もない行動をするバカボンのパパですが、少し頑固で最終的には物分りの良い父親です。バカボンのママは、変わったパパと子供たちを見守る優しい母親です。父親は変ですが、息子のバカボンとハジメちゃんは常識的で優秀です。
この家族で一番えらいのはパパで、それを補佐するのがママ、そして息子たちがそれに従います。内容やストーリーは、かなり破天荒なマンガ/アニメですが、60年代以前にあった古典的な家族のスタイルを持っています。ただ、「おとうさん・おかあさん」や「とうちゃん・かあちゃん」ではなく、「パパ・ママ」と呼んでいるところが昔と違っている点です。

ちびまる子ちゃん(70年代)

ちびまる子ちゃんは70年代前半の地方都市に住む家族のお話です。これまでのアニメの家族と違い一家団欒の中心がテレビになってきています。
この家族は、祖父母と父親、母親、姉と本人の6人による三世代で構成されています。70年代になったせいか、まる子の「我がまま」が通りやすくなっています。次第に子供中心の家族になって来たように見えます。
一家の男性陣には頑固さはなく子供に優しい大人たちです。祖父の友蔵には家父長の威厳はなく、どことなく頼りない年寄りです。それでも家族には長幼の序列があり、年寄りは大切にされています。

荒れた80年代

60年代末の学生運動が沈静化し大学が「正常化」されると、70年代後半には高校・中学が荒れ始めます。校内暴力やイジメが増加しました。また、暴走族やツッパリが流行った時代です。そして、不良少女による家庭内暴力も社会的に衝撃を与えました。家族像もゆれた時代です。
しかし、こうした風潮も80年代後半には沈静化していきます。長いスカートのスケバンが消え、女子高生のスカート丈が、いつの間にか短くなってしまいました。

らんま1/2 (80年代)

荒れた80年代を代表するような家族アニメはありませんが、擬似的な家族アニメ/マンガならあります。「らんま1/2」です。
舞台となる天道家には父親・早雲とかすみ・なびき・あかねの三人の娘が居ます。そして、天道家には居候の早乙女玄馬・乱馬の親子も住んでいます。ここに時々、現れるのが天道早雲と早乙女玄馬の師匠にあたる助平なおじいさんの八宝斎です。
これらの人たちによって擬似家族が構成されています。祖父に相当する八宝斎、父親の早乙女玄馬と天道早雲、そして乱馬とあかねたちの三人娘の子供たちが擬似的な家族として暮らしています。
この家族の多くは格闘家であり、家族間の序列や互いの尊敬などはなく、実力によって物事を決めるルールに従って運営されています。派手なバトルが常に繰り広げられている家族です。大人たちは、それぞれの欲望に従って行動しています。また、女性も男性相手に戦える強さを持っています。
このアニメ/マンガは荒れた80年代の過渡的な家族像を象徴しているように思えます。

クレヨンしんちゃん(90年代)

バブル経済の90年頃に「クレヨンしんちゃん」が現れます。一家は核家族で、父・ひろし、母・みさえ、幼稚園児のしんのすけ、0歳児のひまわり、飼い犬のシロによって構成されています。
この家族にも、かつてのような家族間の序列のようなものは感じられません。父親だから家長だから尊重されるような雰囲気はなく、互いの関係がフラットです。家族のそれぞれが自分自身の役割を演じているように見えます。過渡的な80年代を通ってきた結果の家族像という感じがします。
おそらく、父親と母親の役割を部分的に交代できるような現代的家族です。たとえば、母親が外に出て稼いで、父親が家にいて子育てと家事を行うような現代的な形態も取りうる家族ではないでしょうか。ただし、父親には男の沽券のような伝統的な考えも、まだ残ってはいるでしょう。
また、飼い犬が家族に入っているのが現代的です。かつてのアニメになかった家族のスタイルです。

サザエさんのアニメは今でもトップクラスの高い視聴率を持っています。また、ちびまる子ちゃんも、それに準じた視聴率を持っています。これらのアニメにあるような三世代家族も田舎にはまだまだ残っていると思います。しかし、50年代アニメにあるような頑固親父は少なくなっているのが現実だと思います。
家族間の序列とそれに基づくルールのある方が家庭は安定すると思いますが、おそらく現実はフラット化した家族が増えているのだろうと思います。
フラット化しつつある家族がサザエさん一家に、ひとつの理想を見ているのが現在の状況でしょうか。

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参考文献
「「つながり」の精神病理」中井久夫 ちくま学芸文庫
「積木くずし[完全復刻版]」穂積隆信 アートン
「ヤンキー文化論序説」五十嵐太郎編著 河出書房新社

2011.11.11 野沢 清 kiyoshi_nozawa@yahoo.co.jp