幕末の日本11
日本人の体格と容姿
幕末の頃の日本人は背が低かったようです。報告によれば男でも155センチ程度です。また、日本人の男の顔は醜いと多くの外国人は書いています。西欧人からは鼻の低い日本人は醜く見えたのでしょうか。その反面、日本の女性については美しいとも書いています。報告者が男性ばかりのせいでしょうか?
日本人の体格
「日本人は、一般に中背でゲルマン民族よりもはるかに低いが、イスパニア人および南フランスの住民と若干似たところがある。男子と女子の身長の差は、ヨーロッパにおけるよりも日本において比較ならぬほど、その差が大きい。長崎におけるオランダ代表部の医師だったドクター・マニケの観察によると、ここでの平均身長は5フィート1ないし2インチなのに、女は4フィート1ないし3インチである。日本人は均整がとれてないとは言えないが、頭部がやや大きく肩が低く、胴長で腰の肉付きが良く、膝は短く痩せており、足が小さく手が細く、ときどき目立って美しいのがいる。」(絵で見る幕末日本)
「男たちは一般に背が低い。下層の労働者階級はがっしりと逞しい体格をしているが、力仕事をしない上層階級の男はやせていて、往々にして貧弱である。」(江戸幕末滞在記)
日本人の顔
「全般的なタイプはシナ人とも蒙古人とも少し違ったところがあり、日本人の頭の方がより大きく、顔はやや長めで整っており、鼻もより高くて美しく、中には鷲鼻をしているものさえ少なくない。」(絵で見る幕末日本)
「一見したところ日本人は、好ましい外観をしているとはとても言えない。狭い額、突き出た頬骨、ペシャンコの鼻、おかしな位置についている両の目は嫌な印象を与えかねない。ところがそれも、栗色に輝く瞳から伝わってくる知性、顔の表情全体からにじみ出てくる善良さと陽気さに接して思わず抱いてしまう共感によって、たちまちのうちに吹き飛ばされてしまうのである。」(江戸幕末滞在記)
「概して醜い大多数の中、少数の例外は気高く人品の良さそうな顔つきをしているので、白人(コーカサス人種)の血が混じっているのではないかと疑われるほどである。」(江戸幕末滞在記)
女性の容姿
「日本女性は男たちの醜さからほど遠い。新鮮で色白そして紅みをおびた肌、豊かで黒い髪、愁いを含んだ黒い瞳と生き生きした顔は、もう美人のそれである。少なくとも中国人や安南人など近隣諸国の女と比べたら美人である。背は低いが体格は良く、首から肩そして胸にかけての部分は彫刻家のモデルになれるほどだ。また、手足の形が良く、びっくりするほど小さい。彼女たちを見ていると愛欲過剰な日本人の男の気持ちが分かり寛容になってしまう。」(江戸幕末滞在記)
日本人の皮膚
「皮膚の色は社会階級の相違によって変化があり、赤銅色やジャワ島住民の浅黒い色に始まって、蒼白いのや南欧の人々のように日焼けしたのもある。しかし、大部分は黒味がかったオリーブ色をしていて、いかなる場合にもシナ人の黄色とは異なっている。幼児や青年の顔の色は薔薇色をしており、首は紅色で一言にして言えば若さと健康の印であり、我々は自分の周囲にそれを見るのを楽しみにしている。女の顔の色は男よりも白い、上流社会やまた中間層にも真っ白な女がたくさんいる。」(絵で見る幕末日本)
「膚は色白だが健康で茶色味を帯びており、絶えず太陽と風雨にさらされている住民の一部では赤銅色の肌も珍しくない。しかし、大部分は我々北欧人と同じくらい色白と言ってよい。」(江戸幕末滞在記)
日本の女性
一般に外国人の日本女性に対する評判は良いようです。ただし、白塗りの化粧や結婚した女性のお歯黒などは評判が悪いようです。
女性の作法
「日本の女性はシナの女性と比べて作法や習慣がひどく違っている。後者は外国人の顔を見ると、すぐに逃げ出すのが常識になっている。日本女性はこれに反して、われわれに対していささかも疑惑や恐れを見せない。彼女たちは茶屋に笑顔でやって来て、客の周りに群がり、客の洋服に触ったり平気で握手したりする。彼女たちの作法はシナ人よりずっと自由であるとはいえ、私は彼女たちの行儀が海の向こうの内気な姉妹よりも劣っているとは思わない。」(幕末日本探訪記)
「追い越して行く時、「まっぴらごめんなさい」と言うのは聞くに値する。こんな風に邪魔でもない邪魔に許しを乞うのを聞いていると、日本国民は、そのあらゆる代表者を取り上げてみても、世界でもっとも愛想の良い、かつもっとも丁寧な国民であると納得するのである。」(スイス領事の見た幕末日本)
「一般に婦人たちの特徴になっているのは、穏やかな女らしい慎み深い表情と挙動であり、男たちの中でも身分の卑しくない者は、その態度にある種の洗練さと優雅さがうかがえる。一方、下層階級の人々でさえ、常にたいへん礼儀正しく、他人の感情と感受性に対する思いやりを持ち、他人の感情を害することを好まない。」(大君の都)
女性の地位
「日本では婦人は他の東洋諸国と違って、一般に非常に丁寧に扱われ、女性の当然受けるべき名誉を与えられている。もっとも婦人は、社会的にはヨーロッパ婦人のように出しゃばらない。男よりも一段へり下った立場に甘んじ、夫婦連れの時でさえ我々がヨーロッパで見馴れているような、あの調子で振舞うようなことは決してない。」(長崎海軍伝習所の日々)
女性の化粧
「私は日本美人の礼賛者という訳ではないが、彼女らの涼しい目、美しい歯、粗いが房々とした黒髪を綺麗に結った姿のあでやかさを誰が否定できようか。しかし、いったん結婚すると、その美しい歯も忽ち「おはぐろ」で染めて真黒にする。その上、着物も地味となり、着物は体にピッタリ喰い付いて、大股に歩くことができないでソロリソロリと小刻みに前へ進んで行くような恰好である。また、両脚はひどく内輪に曲がっている。」(長崎海軍伝習所の日々)
「女は下層階級の者でも一般に淑やかで、その動作は外国人と付き合う場合の態度でもすこぶる優雅である。」(長崎海軍伝習所の日々)
「女は自然によって与えられた肌に満足しているようだ。その肌は多種多様な色合いのオリーブ色で、時たまほとんど真っ白なのも見かける。私は、私の国の婦人たちに劣らぬほど美しく、健康そうな血色に頬を赤く染めた多くの婦人を見た。ただし、健康そうな血色が頬に現れているというのは洗い立ての顔で、頬や唇に化粧して顔や首を米粉で塗りたくる前のことである。化粧してしまったとなると、彼女たちは練り粉と白鉛粉を塗った顕現日の前夜祭の女王たちに似てくる。歯に黒いニスのようなものを塗り直して眉毛をすっかりむしり取ってしまった時には、日本の婦人は確かにあらゆる女性のうちで、人工的な醜さの点で比類ないほど抜きん出ている。」(大君の都)
「結婚している女たちは、化粧が非常に厳格で髪には何の飾りも付けず、着物は派手なものを避けて地味な材料を選び、顔には紅を用いた形跡は全然なかったが、歯は黒く染めていた。これが日本では結婚した婦人によく似合うものとされているのである。反対に若い娘たちは、唇に口紅を濃く塗って歯の白さを目立たせている。頬に紅をさし、濃い黒髪に明るい緋色の縮緬の布を巻き付け、それに劣らず明るい色の幅の広い帯をしている。子供の服装は雑色の着物と、同じような帯を締めていて、髪は結わずに垂らしているのもあれば、一つのまとめて束ねているものもあり、年恰好によって違っていた。」(絵で見る幕末日本)
「既婚の女性は習慣に従って眉を剃り、お歯黒にしているが、これは我々の目には美しいどころの話ではない。反対に娘さんたちは規則上この野蛮な風習を認めていないので魅力的である。彼女たちの歯は世界中で一番美しいし、目は優しく、眉は黒く弓型になっている。きれいな卵型の顔に、すらっとした背丈、しとやかな体形、素朴で時には著しく上品な物腰が混じり合っている。この娘さんたちが、深々とお辞儀をし、優しい笑みを浮かべて近づいて来るのは見ものである。」(スイス領事の見た幕末日本)
博多の美人
「女子は美人で聞こえている。たぶん奥地ではそうであろうが、町ではその名声は当たらない。彼女たちは余りに頭髪に手を入れ過ぎている。ただ時折、輝くような眼を持ったイタリア美人を思わせるような、愛らしい顔に出会わす。」(長崎海軍伝習所の日々)
小倉の美人
「若い女の見物人の中には、多くの美しい顔が見られた。紅や白粉をつけてはいるが美しいことには変わりなく、その顔には慎み深い内気さが珍しい人間を見たいという強い好奇心と争っているのが読み取れた。」(大君の都)
越前の美人
「私は、まだ他のどこをおいてもこんなに大勢の美しい娘たちのいる所を見たことはなかった。」(一外交官の見た明治維新)
日本の娼婦
多くの外国人が違和感を持ったのが娼婦の地位です。世間から差別されるどころか年季が明ければ普通に結婚もできるという制度は、彼らには理解不能だったようです。
当時の西欧人は特に女性に関しては聖母マリアのような純潔を求めていたので、娼婦などは論外だし妾の制度なども認めたくはなかったのです。
娼婦
「法律の定めるとおりに一定の期間の苦役が済んで自由の身になると、彼女たちは消すことのできぬ烙印が押されるようなこともなく、従がって結婚もできるし、そしてまた実際にしばしば結婚するらしい。夫の方ではこのような夫人の方が、教育があり芸のたしなみもあるというので普通の婦人よりも好ましいわけである。」(大君の都)
「年季を終えた彼女たちが結婚すると、実直な婦人として普通人の仲間入りをした。彼女たちの過去の生活の罪は決して彼女たちに負わすべきでなく、もっと真面目な暮らし方を考えずに幼い彼女たちを売った両親や縁者に罪を帰すべきである。さらに彼女たちは、普通よく仕込まれているので夫を見つけるのに困りはしなかった。」(幕末日本探訪記)
「太夫(娼婦)は法律的にも一般の日本人と同じ保護をうけ、そのうえ他の女性たちから敬意さえ払われている。これを今ヨーロッパの売春婦と比較して見よ、売春婦たちはいったんこの淵に陥ったが最後ほとんど再び更生することは不可能といっても過言ではあるまい。」(長崎海軍伝習所の日々)
長崎の芸妓
「その娘たちの何人かはたいそう美しかったが、顔の特徴よりももっと私の心を打ったのは、娘たちの徳を高めている謙虚な態度であった。この娘たちがこのように憶病で控えめであるのを見ていると、彼女たちを商家の立派なお嬢さんと見なすこともできたろう。」(スイス領事の見た幕末日本)
妾と娼婦
「しかし美しき性、女性に対する愛となると話は別である。」
「法律は一人の妻しか認めていないが妾を持つことを禁じてはおらず、天皇を筆頭に裕福な日本人はたいてい何人もの妾を抱えている。」
「既婚の男も気晴らしを求めて茶屋を訪れており、それは残念ながら日本人の倫理観の根本に抵触することはないのである。」(江戸幕末滞在記)
日本の子供
日本では可愛い子供たちが幸せそうに育っていると外国人には好評でした。
子守り
「子供は歩けるようになるまでは、母親の背中に結びつけられているのが常である。」
「だが、幼い子供の守り役は、母親だけとは限らない。江戸の街頭や店内で、裸のキューピッドが、これまた裸に近い頑丈そうな父親の腕に抱かれているのを見かけるが、これはごくありふれた光景である。」(大君の都)
子供の教育
「イギリスでは近代教育のために子供から奪われつつある一つの美点を日本の子供たちは持っていると私は言いたい。すなわち日本の子供たちは、自然の子であり、かれらの年齢にふさわしい娯楽を十分に楽しみ大人ぶることがない。かれらはひょうきんな猿を背負った旅芸人を追っかけて行くし、そのような楽しみから得られるような幸福より重厚な幸福は望まない。」(大君の都)
健康な子供たち
「まだ小さいうちは男の子と女の子を見分けるのはまず不可能。女の子が少し大きくなって、娘たちの着物と同じだが形だけ小さいものを着るようにならないと区別は難しい。けれどもみんな黒い目が笑っており、頬が赤く白い歯が光っている。どの子もみんな健康そのもので、生命力と生きる喜びに輝いており、魅せられるほどに愛らしく、子犬と同様、日本人の成長をこの段階で止められないのが惜しまれる。」(江戸幕末滞在記)
幸せな子供たち
「日本人は多産な民族である。そこいら辺じゅう子供だらけで、その生き生きとした顔、ふっくらした身体、活発で陽気なところを見れば、健康で幸せに育っているのが直ぐにわかる。まだ小さくて歩けない時は母親や兄姉が背中におぶい、とてもよく面倒を見る。」
「少し大きくなると外に出され、遊び友達に交じって朝から晩まで通りで転げまわっている。好きな遊びのひとつは紙で作った凧を飛ばすことで、天気の良い日には横浜の天高く何百もの凧が浮かんでいる。」
「女の子は羽根つきが好きで、非常に器用について遊んでいる。」
「祭りの日になると、子供たちは男の子も女の子もそれぞれ綺麗に着飾る。女の子たちは大人の娘と同じくらい厚化粧で、その日に限ってずっと真面目な顔つきをしている。大人と違うのは髪型だけである。」(江戸幕末滞在記)
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2014.11.27 野沢 清 kiyoshi_nozawa@yahoo.co.jp