幕末の日本8
日本の芝居
この当時、芝居は庶民の娯楽でした。今の歌舞伎につながる芝居が盛んだったようです。ただし、外国人たちはこうした芝居にはあまり感心しなかったようです。
大坂の芝居
「劇場はかなりの広さの建物で、観客席には一面に敷物が敷き詰めてあり、天井が非常に高かった。普通ならば地震の恐れがあるので、これよりももっとしっかりした材料でできた屋根や耐久性のある屋根でも、こんなに高くはしないものである。平土間は、多くの小さな四角の区画から成り、各区画には六人ずつ座ることができるようになっている。両側の少し高くなったところには、ボックス席と思われるものが続いていて、入り口から舞台まで建物を縦断して伸びている高い壇(花道)によって、平土間と区切られている。この高い壇を通って、主な登場人物たちが舞台とは反対の方向から登場するのである。下段のボックス席の天井からおよそ20フィート上には、安い桟敷があり、そして各段のボックス席の続きの両端には、もっと高い料金の桟敷がある。」
「誰も皆くつろいで楽しんでいるようだった。それも秩序正しく楽しんでいた。あらゆる年齢の男女が入り混じっており、また明らかにさまざまの階層の人々がいた。」
「日本人が中国人と同じように芝居好きであることは明らかだ。客は、しばしば劇場で一日を過ごし次々といろんな芝居を見るか、あるいは昔の歴史に取材した長い芝居や、戦闘の場面のふんだんにあるものを見る。洗練された、あるいは精巧な舞台装置はない。にもかかわらず婦人の多くも胸の張り裂けるような恋愛や殺人の個所に息をこらし、はげしく涙を流しながら聞き入っている。」(大君の都)
淫らな芝居
大坂での芝居が野卑で粗野であるとしてオールコックやシュリーマンは批判しています。当時の西欧人にとって女性は高潔であるべきであって、淫らな芝居など見るべきではないと考えていたようです。
「少なくともこのような階級の人々の生活にはとても清浄かつ神聖なものが入り込む余地がないように思える。この階級の人々は、あらゆる年齢の男女が公衆浴場で混浴しているばかりでなく、若い娘やまともな婦人までがこのような芝居を見て楽しんでいるのである。」(大君の都)
「劇場はほぼ同数の男女の客でいっぱいで、誰もがこのうえなく楽しんでいるように見えた。男女混浴どころか、淫らな場面をあらゆる年齢層の女たちが楽しむような民衆の生活のなかに、どうしてあのような純粋で敬虔な心持ちが存在しうるのか、わたしにはどうしても分からない。」(シュリーマン旅行記 清国・日本)
長崎の芝居
「私が見た(仮設の)芝居小屋の内部は巧みに飾り付けられ、ヨーロッパの旅芝居に比べて少しも遜色がない。最近、長崎に木造の劇場が建築され、私はそのこけら落としを見た。婦人客が桟敷や枡に一杯いた。」
「私は腹切りの場面において沢山の見物人が涙を流しているのを見受けた。総じて日本人、とりわけ婦人は芝居が好きで芝居と言えば血眼になって評判をする。」(長崎海軍伝習所の日々)
回り舞台
「大坂では場面転換がかなり面白い方法で行われていた。舞台の中央が円形に切り抜かれていて回転できるようになっているのである。半円のそれぞれに異なった舞台装置が備えてあって半回転させるだけで舞台転換ができ、その装置に移動可能な背景を両側から継ぎ足せばそれで完璧になるという具合である。」(江戸幕末滞在記)
相撲
庶民の娯楽の一つであった相撲については、単なる太った男たちの見世物であるとして、多くの外国人は否定的なのですが、スイス人のリンダウは好意的に、的確に描写しています。
相撲(長崎)
「力士に関して言えば、こんなにも太ったそしてこんなにも肩幅の広い男は見たためしがなかった。まさに巨人であり身の丈六尺のバッカスたちで、最も痩せた男でも200ポンド、横綱にいたっては、誇らしげに言われるところによると340ポンドもある。」
「二人の力士はかすれた声を発して互いにぶつかり合い、それぞれに相手を負かしてやろうと思っている。ぶつかり合う音は凄まじいものであった。その音は桟敷全体にずしんと響き、力士の肉体は、それが触れ合った場所はたちまち鮮やかな赤味を帯びる。」
「しっかと組み合って、肩と肩とをくっつけ合い、胸と胸を合わせ、腕を絡め、股を開き、のしかかる重い体重をしっかりと支えている。腕も脚もこわばり、張り詰めた筋肉がくっきり浮かび出ている。どちらもまだ腰がくだけていない。突然、一方が相手のまわしに指を欠ける。片方の腕一本で相手を地面から吊り上げ、数秒間空中に置いたままにしてから、激しくこの肉体の塊を土俵の外に投げ出し、好奇の目で勝負の結末を見ている他の力士たちの中に転がすのである。大きく息を吐き、よろよろして、玉のような汗を流しながら、勝ち力士は土俵の真ん中に進み出て両腕を上げて挨拶を送り、限りない拍手喝采を浴びて退き下がる。」(スイス領事の見た幕末日本)
入浴民族
この当時においても、清潔好きな日本人は風呂が好きで一般庶民も毎日のように公衆浴場に通っていたようです。そして、外国人を困惑させたのは男女混浴です。女性も裸を見られるのを恥ずかしいとは思っていなかったようです。
男女混浴の公衆浴場
「日本人が世界で一番清潔な国民であることは異論の余地がない。どんなに貧しい人でも、少なくとも日に一度は町のいたる所にある公衆浴場に通っている。」(シュリーマン旅行記 清国・日本)
「日本人の清潔好きはオランダ人よりはるかに発達していて、これは家屋だけでなく人物一般についても言えるのである。仕事が終わってから公衆浴場に行かないと一日が終わらない。公衆浴場で何時間も湯を浴び、下着を洗って、おしゃべりの欲求も満足させる。浴場は日本人の社交場で、そこでは顔見知りの一人や二人に必ず会うことができる。公衆浴場から聞こえて来る、入り混じってうなるような人の声には、かなり遠く離れた所にいても耳をつんざかれるほどだ。天井の低い蒸気であふれた部屋に入ると生まれた時とほとんど変わらぬ恰好をした裸の男女が何人も地面を掘って石で固めた所へ湯を張った浴槽につかっている。麻縄が境界線として使われていて、二つの浴槽、男と女を隔てるのに板の衝立を使うことなどほとんどない。男も女もお互いの視線にさらされているが、恥らったり抵抗を感じたりすることなど少しもない。」(大君の都)
「浴場はひじょうに明るくて、格子の桟と明けはなたれた入り口の扉越しに、男女の群れが数学的に二つに分離されて互いに反対側にいるのが見える。」(大君の都)
入浴民族
英国公使オールコックは箱根で次のような感想を述べています。
「入浴民族である日本人は、入浴するために非常に遠くの方からやってくる。実際に、先に述べる機会があった浴場は、日本における一つの重要な施設である。それは、ローマ人における浴場、フランス人におけるカフェのようなもので、堂々たる娯楽場である。日中の終わりに、日没後の数時間以内に、夏の江戸の市街を通ってみると、100歩ゆくごとに浴場を見かける。開けっ放し入り口や窓から出てくる湯気や、一大合唱ともいうべき低音や次中音などたくさんの声の雑音のことは、先に述べた通りである。ここでは、近隣や町のすべての噂話が十分に論じられることは否定すべくもない。湯に入れないほど貧乏な者は一人もおらず、少なくともこの贅沢が得られないほど悲惨な者もいない。ここでは、仮に彼らが何か心配事を持っていたとしても、この湯気の雰囲気の中においては、それらをすべて忘れているように見え、考える限りのもっとも奇妙な会合を形づくっている。」(大君の都)
男女混浴
「なんと清らかな素朴さだろう!初めて公衆浴場の前を通り、3、40人の全裸の男女を目にした時、わたしはこう叫んだものである。わたしの時計の鎖に付いている大きな奇妙な形の紅珊瑚の飾りを見ようと、彼らが浴場を飛び出して来た。誰かにとやかく言われる心配もせず、しかもどんな礼儀作法にも触れることなく、彼らは衣服を身に着けていないことに何の恥らいも感じていない。その清らかな素朴さよ!」(シュリーマン旅行記 清国・日本)
「父母、夫婦、兄妹、すべての者が男女混浴を容認しており、幼いころからこうした浴場に通うことが習慣になっている人々にとって、男女混浴は恥ずかしいことでも、いけないことでもないのである。」(シュリーマン旅行記 清国・日本)
「日本女性は慎み深さを欠いているとずいぶん非難されているが、西欧人の視点から見た場合、その欠け具合は並大抵ではない。とはいえ、それは本当に倫理的な意味での不道徳というよりは、むしろ自然な稚拙さによる。自然から与えられたものを隠す理由が何もないからなのであって、その点では西洋人が出現するまではエデンの園での我々の祖先が同じ格好をしていた数多くの原始的な民族の観点と共通している。」(江戸幕末滞在記)
「ところで西洋の厳格な道徳家たちは、男女混浴は徳義の理念に反するものとして非難するに違いない。一方では、この混浴の習慣は人類の堕落以前のエデンの園に生存した人間と同様に、無邪気で天真爛漫な表現に過ぎないと言う者もいる。わたしはこのような入浴の方法は日本の習慣だと言うことができる。」(幕末日本探訪記)
女性の裸
公衆浴場だけでなく、当時の女性は裸を恥ずかしいものと考えていなかったようです。自宅で行水を浴びる時でも特に隠すことないし、化粧する場合などは上半身裸だったようです。
行水
「この上なく繊細で厳格な日本人でも、人の通る玄関先で娘さんが行水をしているのを見ても不快には思わない。風呂に入るために銭湯に集まるどんな年齢の男も女も、恥ずかしい行為をしているとは、いまだ思ったことがないのである。」(スイス領事の見た幕末日本)
化粧
「同じことは、鏡台の前に座って肌を脱ぎ、胸をはだけて、細部まで念入りに化粧をしている女たちにも言える。全神経を集中させてしている化粧から一瞬目をそらせ、たまたま視線が通りすがりの西洋人の探るような目に出合ったとしても、頬を染めたりすることはない。」(江戸幕末滞在記)
慎み深さ
「日本女性が自分の身体の長所をさらけ出す機会を進んで求めるような真似は決してしないことは、覚えておいて良いだろう。湯を浴びるとか化粧をするとかの自然な行為をする時に限って、人の目をはばからないだけなのである。それだけでも甚だしく慎み深さを、欠いているのかもしれない。けれども私見では、慎み深さを欠いているという非難は、むしろそれらの裸体の光景を避ける代わりにしげしげと見に通って行き、野卑な視線で眺めては、これはみだらだ、叱責すべきだ、と恥知らずにも非難している外国人の方に向けられるべきであろう。」(江戸幕末滞在記)
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2014.11.26 野沢 清 kiyoshi_nozawa@yahoo.co.jp