歴史における三世代(神武天皇〜武烈天皇)

江戸時代の有名な川柳に「売家と唐様に書く三代目」というのがあります。一代目が苦労して始めた商売を二代目が発展させ三代目が潰してしまう。唐様に「売家」と書いてある貼紙に三代目の趣味と教養が偲ばれるというお話です。
歴史上の政権にも同じようなことが言えるのではないかと思います。政権の第一世代が建設した新体制を第二世代が発展させますが、第三世代が潰してしまう。そんな傾向があるように思います。
今回は神武天皇から武列天皇にいたる神話と伝説時代の歴史を検証してみたいと思います。

神武天皇と欠史八代

神武天皇
九州から東征し大和の地に政権を樹立した言われる初代の天皇です。
綏靖天皇
安寧天皇
懿徳天皇
孝昭天皇
孝安天皇
孝霊天皇
孝元天皇
開化天皇
綏靖天皇から開化天皇までは、欠史八代と言われる実在性の疑われる天皇です。

崇神王朝(伝説の時代)

この王朝については四道将軍の派遣や日本武尊の東征の記事もありますが、目立つのは日本武尊の熊襲征伐と神功皇后の九州での熊襲や新羅の征討の物語です。この時期の王朝は九州にあったのかもしれません。
また、この時代の天皇・皇后は実在の人物というよりも伝説を仮託された存在だと思います。
第一世代
崇神天皇(前148〜前30)在位(前97〜前30)開化天皇の子
御肇国(はつくにしらす)天皇という異名があり、事実上の初代天皇とも言われています。天皇は四道将軍を北陸道、東海、西道(山陽道)、丹波に派遣して従わないものを討伐させたようです。
年表
 前88四道将軍を派遣
第二世代
垂仁天皇(前69〜前70)在位(前29〜70)崇神天皇の子
起源譚の事績ばかりで、実在性が疑問視されることもある天皇です。
年表
 57倭奴国王、後漢に朝貢
第三世代
景行天皇(前13〜130)在位(71〜130)垂仁天皇の子
日本書紀によると天皇は自ら九州を平定しました。そして、皇子の日本武尊(倭建命、小碓尊)を派遣し再び反抗した熊襲の征伐を行っています。日本武尊は、その後、東征し蝦夷をも平定しました。ただし、古事記には天皇による九州平定の記事はありません。
年表
 107倭国王帥升、後漢に生口160人献上
主要人物
 日本武尊(72〜113)景行天皇の子
第四世代
成務天皇(14〜190)在位(131〜190)景行天皇の子
古事記に事績はほとんどありませんが、国々の境を定め県主や国造を定めたとの記事があります。
第五世代
仲哀天皇( ? 〜200)在位(192〜200)日本武尊の子
天皇は穴門豊浦宮(下関市)、筑紫橿日宮(福岡市)に居たことになっています。これは神功皇后とともに熊襲討伐に向かったためとされています。
神功皇后( ? 〜269)在位(201〜269)
熊襲と新羅を征討したという伝説の皇后です。九州で皇子(応神天皇)を産み、仲哀天皇の崩御後に摂政として政権を運営したことになっています。
皇后が皇子を連れて九州から大和に戻る際に、皇子の異母兄弟の香坂皇子と忍熊皇子が反乱を起こしますが、武内宿禰らの働きでこれを平定しています。まるで神武東征と似たような話になっています。
また、神功皇后の時代は、魏志倭人伝の卑弥呼の年代にちょうど合わせてあるようにも見えます。このころ神功皇后は福岡の筑紫橿日宮(香椎宮)に居たようです。古事記、日本書紀の作者は魏志倭人伝を意識していたのかもしれません。
年表
 239卑弥呼、魏へ遣使
主要人物
 武内宿禰(84〜367)大臣

応神王朝前期(270〜456)

天皇の外戚として葛城氏が活躍したと思われる時代です。ただし、古事記や日本書紀には、葛城氏の事績について特には書かれていません。
第一世代
応神天皇(200〜310)在位(270〜310)仲哀天皇の子
伝説の神功皇后が九州遠征中に産んだとされる天皇です。河内王朝(応神王朝)の祖とみなされています。この神功皇后・応神天皇の時代に有力豪族の葛城氏が現れます。
主要人物
 葛城襲津彦( ? 〜 ? )葛城氏
第二世代
仁徳天皇(257〜399)在位(313〜399)応神天皇の子
巨大な前方後円墳の仁徳天皇陵と「民のかまどの煙」とで有名な天皇です。葛城襲津彦の娘である皇后の磐之媛は次代の履中・反正・允恭天皇を産んでいます。
主要人物
 磐之媛  ( ? 〜 ? )皇后、葛城襲津彦の娘
年表
 391倭、百済・新羅を破る
第三世代
履中天皇( ? 〜405)在位(400〜405)仁徳天皇の子
即位時に住吉仲皇子の乱がありましたが、安定した治世だったようです。
年表
 399住吉仲皇子の反乱
主要人物
 住吉仲皇子( ? 〜 ? )履中天皇の弟
 黒媛   ( ? 〜 ? )后妃、葦田宿禰の娘
 葦田宿禰 ( ? 〜 ? )葛城襲津彦の子
 蘇我満智 ( ? 〜 ? )蘇我稲目の曽祖父
 物部伊莒弗( ? 〜 ? )大連
 葛城円  ( ? 〜 ? )大使主(おおおみ)
反正天皇( ? 〜410)在位(406〜410)仁徳天皇の子
記事が少なく実在が危ぶまれる天皇と言われています。
允恭天皇( ? 〜453)在位(412〜453)仁徳天皇の子
臣下の虚偽を判定するため盟神探湯(くがたち)を行ったようです。また衣通姫(軽大娘皇女)の伝説が伝えられています。
この代に葛城襲津彦の子(孫?)の玉田宿禰が謀反を起こそうとしたとして粛清されています。
年表
 416玉田宿禰を粛清
 421倭王讃、宋に遣使
 438倭王珍、宋に遣使
 443倭王済、宋に遣使
主要人物
 忍坂大中姫( ? 〜 ? )皇后、安康・雄略天皇の母
 木梨軽皇子( ? 〜 ? )允恭天皇の皇子、近親相姦で失脚
 軽大娘皇女( ? 〜 ? )允恭天皇の皇女、衣通姫、伝説の美女
 玉田宿禰 ( ? 〜416)葛城円の父、葛城襲津彦の子(孫?)
第四世代
安康天皇(401〜456)在位(453〜456)允恭天皇の子
天皇は根使主(ねのおみ)の讒言を信じて大草香皇子を殺害しましたが、後年その話を聞いた幼い目弱王(眉輪王)に刺殺されました。
年表
 454大草香皇子、誅殺される
 456安康天皇、目弱王に殺される
主要人物
 大草香皇子( ? 〜454)仁徳天皇の皇子
 目弱王  (450〜456)大草香皇子の子

応神王朝後期(456〜506)

葛城氏の滅亡と、その後の混乱の時代です。
第一世代
雄略天皇(418〜479)在位(456〜479)允恭天皇の子
安康天皇が目弱王に殺されると、雄略天皇(大泊瀬皇子)は目弱王が逃げ込んだ葛城円(つぶら)の屋敷を攻撃し、目弱王と葛城円を殺害します。また雄略天皇(大泊瀬皇子)は、政敵の市辺之忍歯王らをも殺害しています。この事件で天皇の外戚にもなり有力な豪族であった葛城氏は滅ぼされてしまいした。蘇我氏が滅ぼされた乙巳の変と同じような政変があったのだと思います。天皇は激昂し権力を思いのままにあやつる大悪天皇とも言われています。
その後、天皇は吉備氏らの反乱を鎮圧し大和王権を確立したと言われています。また、宋に遣使した倭王の武が雄略天皇に比定できるとされています。
雄略天皇に殺された市辺之忍歯王の夫人で葛城蟻の娘の荑媛は、後の顕宗天皇と仁賢天皇の母です。
なお、葛城氏の一族の名前に蟻(あり)や荑(はえ)が出てきます。何をしたのか分かりませんが、この人たちは当時の政権に相当恨まれていたのかもしれません。
年表
 462倭王興、宋に遣使
 463吉備氏の反乱
 478倭王武、宋に遣使
 479星川皇子の乱
主要人物
 葛城円  ( ? 〜456)大臣、玉田宿禰の子
 市辺之忍歯王(? 〜456)履中天皇の皇子、母は葛城氏の黒媛
 葛城蟻  ( ? 〜 ? )葦田宿禰の子、黒媛の兄弟
 荑媛   ( ? 〜 ? )市辺之忍歯王の夫人、葛城蟻の娘
 葛城韓媛 ( ? 〜 ? )夫人、清寧天皇の母、葛城円の娘
 平群真鳥 ( ? 〜 ? )大臣
 大伴室屋 ( ? 〜 ? )大連
 物部目  ( ? 〜 ? )大連
 星川皇子 ( ? 〜479)雄略天皇の子
第二世代
清寧天皇(444〜484)在位(480〜484)雄略天皇の子
皇后もなく皇子もなかったと言われている謎の多い天皇です。子がいなかった天皇は父雄略天皇に殺された市辺之忍歯王の遺児(後の顕宗天皇と仁賢天皇)を皇子としています。
飯豊皇女( ? 〜484)在位(484〜484)履中天皇の皇女
清寧天皇の崩御後に市辺之忍歯王の妹の飯豊皇女(飯豊青皇女、青海皇女または忍海郎女)が一時的に皇位にあったとされています。次代の顕宗天皇と仁賢天皇の叔母にあたります。なお、正式な天皇としては認められていません。
顕宗天皇(450〜487)在位(485〜487)市辺之忍歯王の子
天皇は2年ほどで退位しています。なお、在位期間も短く即位にいたる物語性に富むこの天皇の実在性を疑う意見もあります。
仁賢天皇(449〜498)在位(488〜498)市辺之忍歯王の子
事績の少ない天皇ですが、皇女の多くが後の天皇の皇后になっています。
主要人物
 春日大娘  ( ? 〜 ? )皇后、雄略天皇の娘
 手白香皇女 ( ? 〜 ? )皇女、後の継体天皇の皇后
 春日山田皇女( ? 〜 ? )皇女、後の安閑天皇の皇后
 橘仲皇女  ( ? 〜 ? )皇女、後の宣化天皇の皇后
第三世代
武烈天皇(489〜506)在位(498〜506)仁賢天皇の子
日本書紀に悪逆非道のように書かれている天皇です。ただし、古事記には特にそのような記事はありません。
後嗣がなく次代は応神天皇の五世孫と言われる継体天皇が継いでいます。
年表
 498平群真鳥・鮪、誅殺される
主要人物
 平群真鳥  ( ? 〜498)大臣
 平群鮪   ( ? 〜498)平群真鳥の子
 大伴金村  ( ? 〜 ? )大連
 物部麁鹿火 ( ? 〜536)大連

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参考文献
「古事記」倉野憲司校注 岩波文庫
「日本古典文学大系 日本書紀」坂本太郎他校注 岩波書店
「別冊歴史読本 歴代天皇・皇后総覧」新人物往来社
「葛城と古代国家」門脇禎二 講談社学術文庫
「謎の大王 継体天皇」水谷千秋 文春新書
「蘇我氏の古代史」武光誠 平凡社新書
「魏志倭人伝 他三篇」和田清・石原道博編訳 岩波文庫
「倭国伝」宮崎正勝監修 青春新書
「日本史小事典」坂本太郎 山川出版社

2011.6.4 野沢 清 kiyoshi_nozawa@yahoo.co.jp
2011.6.7 一部追記