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妄想のセレブ 木嶋佳苗
首都圏連続不審死事件で死刑判決を受けた木嶋佳苗については、多くの報道がなされ書籍も出版されていますが、よく分からない部分が多すぎます。
生い立ち
木嶋佳苗は74年11月27日に北海道の中標津町に生まれています。その後、木嶋佳苗が小学校4年の時に近くの別海町に移って来たようです。
祖父は司法書士事務所を開設していて町議会議員を勤めた地元の名士です。 父親は中央大学法学部卒業ですが、弁護士にも司法書士にもなれなくて、祖父の司法書士事務所に勤める行政書士でした。洒脱で知的、料理好きで教育熱心だったとの周囲の評判です。 母親は別海町の西春別の出身で、近所の子供にピアノを教えるなどしていましたが、自立心が旺盛で化粧品販売の商売などもしていたようです。出たがりでPTAや婦人会の役員もしていました。 木嶋佳苗は長女で、3歳下の妹、6歳下の弟、8歳下の妹がいます。 小学校時代(81年〜86年) 木嶋佳苗は母親に習ったピアノが得意で、父親の影響で読書が好きで作文も優秀でした。 木嶋佳苗は小学校5年の時に問題を起こしたようです。詳細は不明ですが「妊娠」、「大学生」、「お金」といった言葉がクラスに飛び交ったそうです。 中学校時代(87年〜89年) 中学校時代には窃盗事件を起こしています。母親のピアノの先生だった医師のお宅から貯金通帳と印鑑を持ち出し300万円おろそうとしたようです。この時は母親と親しい家だったので事件にされずに済んだようです。 (この事件は佐野眞一の本によると、祖父の談として小学校時代とされています。) また、中学校時代の木嶋佳苗については、年上の男性とセックスをしているとの噂があったようです。 高校時代(90年〜92年) 高校は地元の別海高校普通科に進んでいます。しかし、母親との確執があり、わざわざ遠い西春別の母親の実家に移り住み、そこから高校に通ったようです。 高校では、ボランティアサークルに入り部長になっています。老人ホームや障害者施設を訪問し、入浴の介助や清拭を行っていました。木嶋佳苗は、後に年寄りと付き合ってお金を引き出していますが、あるいは老人の介助などが好きなのかもしれません。 高校の成績は普通で、周りの評判では、「真面目で上品なタイプ」、「どこか色っぽい感じ」、「仕草や物腰が上品で大人びて見える」といったようなものでした。真面目で上品なタイプという評価がある一方で援助交際の噂もあったようです。 そして、高2の時にも窃盗事件を起こしています。付き合っていた男の指示で中学時代の事件と同じ家から貯金通帳と印鑑を盗み出して金を引き出したようです。高校卒業後、この事件のために家庭裁判所で保護観察処分を受けています。本人の証言によれば父親が7〜800万円を弁償したそうです。
性格
アイデンティティ
木嶋佳苗は自分の生まれ育った家庭環境を自慢に思っていたようです。手記の中で次のように書いています。 「本格的なオーディオセット、ピアノとチェロとバイオリン、棚に並んだ多くの本とレコードと映画のビデオとLD。鍋や食器、大きなガスオーブンに調理道具。箪笥や食器棚、鞄と靴。思い起こすと、実家にあった印象深いものは、決して華美ではないけれど、そこには質の高い文化がありました。」 実家は祖父や父が司法書士事務所を経営しており、酪農中心の田舎町では名家だったようです。このことが、「ブス」として生まれ育った木嶋佳苗にとっては誇りであり、アイデンティティの拠り所だったのだと思います。 このアイデンティティの延長線上に、のちにセレブを演じて詐欺を繰り返す木嶋佳苗がいると思います。 反社会性 木嶋佳苗の家は周りからは、仲の良い理想的な家庭のように思われていたようですが、両親の不和は木嶋佳苗が小学校高学年の頃から始まっていたようです。 高校生のころには木嶋佳苗自身が家を出て母親の実家から高校へ通っています。また、次女が進学のため長野へ行くと、母親はその次女と一緒に長野で暮らし始めています。残された父親は弟と三女の面倒を見るのが大変だったようです。 子供の非行原因として家庭内の不和があげられることが多いのですが、木嶋佳苗の反社会的性向も、こうした両親の不和から始まっているのだと思います。 また、中学・高校時代の窃盗事件は母親のピアノの先生のお宅で起こしています。これらの事件は、母親への面当てだったのかもしれません。 家族関係 木嶋佳苗は母親との軋轢をかかえていたようですが、妹や弟たちは木嶋佳苗を慕っていたようです。妹たちは一時期、東京で佳苗と一緒に暮らしています。 05年に父親が交通事故で亡くなると木嶋佳苗は浅草に父親の墓を建てています。この時には祖父はまだ存命で、母親は北海道で生活しています。木嶋家における佳苗の存在感を感じさせる出来事です。 恋人 デブでブスな木嶋佳苗ですが、常に付き合っている男がいたようです。 高校時代からの付き合いの男は10歳年上で神奈川県在住の建設会社勤務。彼とは98年(佳苗24歳)まで交際していたようです。 98年には愛犬サークルを通して2歳年下の上智大学生と付き合っています。この彼とは、彼が02年に京都大学大学院に進学したため別れることになったようです。 逮捕されるまで付き合っていた10歳ほど年上のSとは98年に知り合っています。恋人関係になったのは02年(佳苗28歳)からのようです。 Sに対しては吉川桜という偽名で、ヤマハのピアノ講師を名乗っています。父親は弁護士、母親は事業をやっていると詐称しています。大出嘉之さんから470万円をまきあげた際には「父親がイギリスにゴルフに行って成田に帰ってきた、2、3日都内で休んでから湯河原に戻る。父親からは400万円貰った。」と帯封付の現金の写真を付けてS宛にメールをしています。 つまり、「恋人」に対しても虚構の付き合いをしていました。あるいは、木嶋佳苗にとっては「恋人」というのは、単なる商売抜きのセックスの相手だったのかもしれません。 友だち 木嶋佳苗には女性の友人がいたという話が出てきません。女性の友人がいないというのは、子供のころからなのかもしれません。おそらくブスとして迫害され、そうした世間にあらがって生きてきた孤高の存在である木嶋佳苗にとって、友人というのは不要だったのかもしれません。というより、持てなかったのだと思います。
就職
93年に高校を卒業すると木嶋佳苗は日本ケンタッキー・フライド・チキンに入社し、目黒区祐天寺で暮らし始めます。父親は大学進学を望んでいましたが勝手に就職先を決めてきたようです。進学せずに就職したことについては同級生なども驚いたようです。木嶋佳苗には東京への憧れがあり、何よりも早く実家を離れて好きなように暮らしたかったのかもしれません。
しかし、会社は3ヶ月で辞めています。高卒で就職しても給料はおそらく十数万円程度です。家賃10万円では暮らしていけません。 その後はピアノ講師として働いていたと言っていますが、疑問があります。多少ピアノが上手くとも正式な教育を受けていない人をピアノ講師として雇ってくれるとは思えません。また、もし雇ってもらえたとしても一人で暮らしていけるほどの収入があったとは思えません。 木嶋佳苗は、どうやって生活していたのでしょうか。おそらく当時流行り始めていた援助交際をしていたのだろうと、私は想像しています。18歳で、多少ブスでも、どこか上品な感じのある木嶋佳苗は案外と売れたのかもしれません。
デートクラブ
94年(佳苗20歳)に、木嶋佳苗は渋谷で池袋のデートクラブにスカウトされたようです。その時のいきさつを木嶋佳苗は次のように裁判で証言しています。
「道玄坂の楽器店の向かいにある喫茶店で、音楽教室で使う楽譜を買ったので広げて見ていたら、40歳前後の上質なスーツを着た銀行員のようなまじめな雰囲気の男に声をかけられ、あなたのような人が好きな男性がいるので紹介したい、相手は身元が確かで一流企業の役員など社会的地位の高い人ですと言われスカウトされました。」 この話は、おそらく木嶋佳苗の創ったファンタジーストーリーです。渋谷で援助交際をしていた際に知り合った男に紹介されて池袋のデートクラブに登録したのが実際だろうと思います。 「94年から01年までの間に関係を持った人数は20人弱で、企業の役員や会社経営者、学者、医師、弁護士など社会的な地位の高い人です」と木嶋佳苗は証言しています。しかし、木嶋佳苗に一流の男は似合いません。今回の裁判で明らかになった被害者を含めて木嶋佳苗と付き合った人たちには、失礼ながら一流と思える人はいません。 後に木嶋佳苗は、「全日本愛人不倫クラブ」、妊婦系サイト、ぽっちゃり系サイトなどに登録して稼いでいます。むしろ、こうしたエゲツなさが木嶋佳苗の本質ではないでしょうか。 また、木嶋佳苗は自分のセックスについて裁判で証言しています。 「今まで(セックス)したなかで、あなたほどすごい女性はいない」、「テクニックよりも本来持っている機能が高い」などと言われたと証言しています。反証する人がいないのをいいことに、好き勝手を言っている感じがします。 木嶋佳苗のこの証言を信じてしまった人もいるかも知れませんが、だまされてはいけません。木嶋佳苗は詐欺師です。虚言癖のある木嶋佳苗を簡単に信用してはいけないと思います。
愛犬サークル
98年(佳苗24歳)に木嶋佳苗は板橋区のマンションに移り、妹(次女)と暮らし始めますが、このころに愛犬サークル「カインド」を始めています。ブリーダーの仲介を行っており年間数百万円の利益があったと言っています。売春生活を止めて新しい生活の方法を模索していたのかもしれません。
なお、01年には私立音楽短大に合格した別の妹(三女)とも暮らしています。
小犯罪時代
木嶋佳苗は99年(佳苗25歳)から01年にかけて小犯罪を繰り返しています。生活が苦しかったのでしょうか?衝動的な犯罪が目立ちます。
99年1月 化粧品を万引きして目黒署に検挙される 00年3月 本を万引きして新座署に検挙される 01年5月 銀行のATMで現金を窃盗して高島平署に検挙される 03年3月 2年前のネットオークションの詐欺罪で逮捕される 03年6月 懲役2年6ヶ月、執行猶予5年の判決 釈放後に睡眠障害治療を受けていますが、この時には睡眠薬は使用しなかったと本人は証言しています。そして、05年3月にうつ病と診断され睡眠導入剤「レンドルミン」など3種類を入手しています。その後、睡眠導入剤の「ハルシオン」や「サイレース」も処方されています。こうした睡眠薬は、後の事件で使われることになります。 いかにも精神的にタフな木嶋佳苗が睡眠障害やうつ病だとは信じられません。睡眠薬を手に入れるための詐病だったのでしょうか。 そして06年11月には薬の調剤目的で専用の乳鉢を購入しています。誰かに睡眠薬をこっそり飲ませる目的だったのだと思います。
福山定男さん不審死事件
福山定男さんは千葉県松戸市などでリサイクルショップ5軒を経営していました。
01年6月に木嶋佳苗(当時26歳)は「事務手伝い、副業手伝い、家事が上手で昼食を作れる方」という条件に応募して、福山さん(当時64歳)に採用されています。 木嶋佳苗は、国立音大卒でヤマハ勤務、ケンブリッジ大学に音楽留学、皇太子妃雅子様の遠縁、という作り話をしていますが、福山さんはこれを信じていたようです。そして、福山さんは木嶋佳苗に年間一千万円以上の援助をしていたようです。福山さんと木嶋佳苗は草津温泉や玉川温泉、沖縄などに旅行に行っていたようです。木嶋佳苗は、性的関係はなかったと証言していますが、実態は不明です。 福山さんは07年8月31に風呂場で全裸のまま泡を吹いて死んでいたそうです。享年70でした。 この件は事故として処理されてしまいましたが、木嶋佳苗は8月23日に練炭を注文し8月26日に受け取っています。一連の練炭を使った殺人事件の先がけだったと思われます。 なお、木嶋佳苗は結婚詐欺師のように言われることが多いのですが、この場合は明らかに援助交際の延長、あるいは愛人関係です。 福山定男さんの死後、収入のなくなった木嶋佳苗は売春生活に戻ったようです。前述しましたが、「全日本愛人不倫クラブ」、妊婦系サイト、ぽっちゃり系サイトなどに登録して稼いでいたようです。
第一次婚活サイト時代
08年5月、33歳の木嶋佳苗は婚活サイト「マッチ・ドットコム」に登録しカモを探し始めます。そして、結婚を匂わせながら同時に4人の男性と付き合いながら金を巻き上げていきます。
Mさん詐欺事件 08年8月に長野県松本市在住のMさん(当時50歳)は婚活サイトで木嶋佳苗と知り合います。木嶋佳苗は音楽教室の講師で、大学院で栄養学を専攻していると自称していました。 木嶋佳苗は学費援助のためとして金を要求し、Mさんは8月から9月にかけて合計130万円を木嶋佳苗に振り込んでいます。そして、08年9月6日に木嶋佳苗はMさんの住む松本市を訪問しています。 08年12月29日にMさんは木嶋佳苗と池袋のラブホテルに行きますが、ホテル内で意識を喪失します。睡眠薬を盛られたようです。Mさんは、この事件で不審感を持ち、09年3月7日に同じように木嶋佳苗と池袋のラブホテルに行きますが、またホテル内で意識喪失し、目を覚ますと財布がなくなっていたそうです。 Mさんは、こうした一連の不審な出来事を調べてもらうために探偵を雇うことも考えたようですが、面倒になりやめたそうです。 なお、この事件のホテル内でのことについては、なぜか木嶋佳苗は証言を拒否しています。 Kさん詐欺事件 08年8月に静岡県在住のKさん(当時47歳)も婚活サイトで木嶋佳苗と知り合っています。木嶋佳苗は女子栄養大学大学院の学費滞納という名目で資金援助を要請しています。また、この時は静岡大学か静岡県立大学への就職を考えているという餌もまいています。 08年10月4日にKさんと木嶋佳苗はデートし、池袋のデパートで昼食を取っています。そして、この後Kさんは合計190万円を木嶋佳苗に振り込んでいます。 08年12月27日にKさんは木嶋佳苗とザ・リッツ・カールトン東京に宿泊しますが、その夜にKさんはコーヒーを飲んで意識を失っています。 09年1月10日にはKさんは木嶋佳苗とホテル・メトロポリタンに宿泊しますが、今度はココアを飲んで意識を失い、Kさんが目覚めると5万円がなくなっていたそうです。木嶋佳苗は、この時にKさんから暴言を吐かれたと言いがかりをつけ二人の交際を終了しています。 Kさんは睡眠薬を飲まされお金を盗られたとして警察へ行きますが、この時は事件性がないとして相手にされなかったようです。なお、Kさんはこの時の証拠品のココアパウダー、泡立棒、茶筅を保存していました。 Mさんの時と同様に、ホテル内でのことについては、木嶋佳苗は証言を拒否しています。 寺田隆夫さん殺人事件 08年6月に東京都青梅市の寺田隆夫さん(当時52歳?)は婚活サイトで木嶋佳苗と知り合い交際を始めました。木嶋佳苗はピアノ講師を自称し、女子栄養大学の大学院に通っていると言っていたようです。 寺田さんは裕福だったようで、かなりの金額を木嶋佳苗に振り込んでいます。 08年6月 265万円 08年7月 83万円 08年9月 150万円 08年11月 137万円 08年12月 50万円 09年1月 1167万円(9日40万円、25日1127万円) 09年1月11日に寺田さんは木嶋佳苗と東京ドームホテルに宿泊し、寺田さんは婚約指輪代わりにカルティエのブレスレット(73万円)をプレゼントしています。 09年1月30日に木嶋佳苗は寺田さんの自宅を訪問しています。この日の木嶋佳苗の行動は次のようになります。 午後2時半過ぎに板橋サティで買い物 午後7時ころベンツで青梅シティホテルにチェックイン 午後8時ころ寺田さん宅で宅配便の荷物(練炭など)を受け取る 午後8時半ころ帰宅した寺田さんと合流 そして、木嶋佳苗は寺田さんにイチゴ、練乳、紅茶などを飲食させ、睡眠薬で眠らせてアイマスクを着用させています。その後、練炭に点火し玄関ドアを施錠して立ち去っています。 寺田さんの遺体は2月4日になって発見されました。享年53でした。 木嶋佳苗は寺田さん殺害後の2月1日に461万円で赤いベンツを購入し、2月2日には代官山の高級フランス料理学校「ル・コルドン・ブルー」に73万4千円の支払い、そして家賃と駐車場代金10ヶ月分の前払い(たぶん270万円くらい)を行っています。 なお、木嶋佳苗は、寺田さんの自宅を訪問した際の印象として「トイレや浴槽が汚く、不衛生だった。泊まることはできないと思った。」と証言しています。事実かどうか分かりませんが、何か死者をおとしめる無神経な発言に聞こえてきます。木嶋佳苗の異常さの一端でしょうか。 安藤建三さん殺人事件 08年6月千葉県野田市の元運送業で年金生活の安藤建三さん(当時79歳?)は婚活サイトで木嶋佳苗と知り合っています。 08年6月17日には安藤さんは木嶋佳苗と池袋のラブホテルへ行っています。その後、学費の援助として安藤さんは木嶋佳苗に50万円を振り込んでいます。 08年6月30日には二人は舞浜のホテル・ユーラシアに一泊。7月11日に安藤さんはローンで30万円を工面して木嶋佳苗に振り込んでいます。 08年10月27日に安藤さんは木嶋佳苗と一緒に行った舞浜のホテル・ユーラシアで意識を喪失していますが、この時には木嶋佳苗は安藤さん宅に行き絵画を持ち出しています。 08年12月16日に木嶋佳苗は安藤さん宅を訪問。安藤さんのカードを使い13万円をキャッシングしています。これは、安藤さんには無断でのキャッシングのようです。木嶋佳苗は金欠だったのかもしれません。 08年12月26日に安藤さんは木嶋佳苗と池袋でデートをしますが、安藤さんは帰りの電車で意識を喪失します。一方、木嶋佳苗は安藤さんから盗んだカードで買い物をしたようです。 09年3月6日に木嶋佳苗が安藤さん宅を訪問中に、安藤さんは意識を喪失しています。この時には、木嶋佳苗は安藤さんのカードを無断使用し2万円をキャッシングしています。木嶋佳苗は、よほど金に困っていたのでしょうか。そして、そのころ安藤さんは「正式に司法手続きを取ります」と木嶋佳苗にメールをしています。木嶋佳苗の悪さに怒ったのでしょうか。でも、その後も二人の付き合いは続きます。 09年4月17日に木嶋佳苗が安藤さん宅を訪問した際にも、安藤さんは意識を喪失しています。そして、この時には、木嶋佳苗はATMで安藤さんの口座から30万円を引き出しています。 09年5月15日に畳替えを手伝う名目で木嶋佳苗は安藤さん宅を訪問しています。そして、木嶋佳苗は、安藤さんを睡眠導入剤で眠らせ、コンロの練炭に火を付けて安藤さんを殺そうとしました。結果的には、安藤さん宅は火事になり、安藤さんは焼死しています。享年80でした。この時に、木嶋佳苗は安藤さんの銀行口座から188万円を引き出しています。 木嶋佳苗は、老齢で年金生活者である安藤さんをなぜ狙ったのでしょうか。騙し易いと思ったのでしょうか、それとも年寄りが好きだったのでしょうか。木嶋佳苗の祖父が佐野眞一の本のインタビューで、木嶋佳苗には子供の頃から盗癖があって苦労していたと語っています。木嶋佳苗が比較的小額の金を年寄りの安藤さんから盗んでいるのは見ていると、祖父から金をくすねる不良少女のようにも見えてきます。木嶋佳苗は、年寄りの安藤さんを実は好きだったのではないかと思えてきます。 一方の安藤さんは保健師の女性に木嶋佳苗の写真を見られて「俺の彼女」と紹介しています。また、安藤さんはED治療薬の処方を受けていました。祖父と孫娘の禁断の関係だったのでしょうか。 木嶋佳苗は、安藤さん宅には介護ヘルパーとして通っていると妹に語っており、安藤さん宅はゴミ屋敷だと言っていました。実際にゴミ屋敷だったかどうかは分かりませんが、寺田隆夫さんの家の中が汚かったと証言しているのと何か符号しているようにも思えます。 年末年始 08年の年末から09年の年始にかけて、木嶋佳苗は驚くほど精力的に活動しています。当時の4名の被害者とほぼ連日会っています。 12月26日安藤建三さんが池袋でデートの帰りに電車で意識喪失 12月27日Kさんがリッツカールトンで意識喪失 12月29日Mさんが池袋のラブホテルで意識喪失 12月30日寺田隆夫さんと池袋でデート 1月1日〜5日恋人Sさんと裏磐梯へ旅行 実は12月は収入が少なかったので必死に工作していたのかもしれません。でも、そのおかげか1月には寺田さんから大金の振り込みを得ています。
第二次婚活サイト時代
木嶋佳苗は、5月に安藤建三さんを始末した後、再び婚活サイトを使って新たな獲物を探し始めます。しかし、今度は稼ぐのに案外苦労しています。
大出嘉之さん殺人事件 09年7月13日に神田神保町の自宅ビルに住む大出嘉之さん(当時41歳)は婚活サイトで木嶋佳苗と知り合っています。大出さんは駐車場管理会社に勤めるサラリーマンです。趣味はプラモデルで相当の腕前だったようです。 木嶋佳苗は介護の仕事をしていると自称。そして、料理学校を卒業し教室を開きたいとして学費の支援を要請していました。 大出さんは木嶋佳苗の自宅を訪問した際に「弁護士」だった父親の位牌が置いてあるのを見て、大出さんは木嶋佳苗を信頼したようです。 7月23日には大出さんは木嶋佳苗の自宅を訪問し、その後ホテルへ行きセックスをしています。 7月24日に木嶋佳苗は神田駅で大出さんに会い借用書を作成し、大出さんは学費名目で470万円を振り込んでいます。 7月25日に木嶋佳苗は386万円の借金を返済しています。しばらく収入がなかったので木嶋佳苗も生活が大変だったはずです。 8月5日に木嶋佳苗は埼玉県富士見市の駐車場のレンタカー車内で練炭を燃やし、大出さんを殺害しました。大出さんは2泊3日の予定で婚前旅行に行くつもりでした。 Iさん詐欺未遂事件 神奈川県小田原市のIさん(当時56歳)は、木嶋佳苗に高級料理学校の学費の立替を要求されますが、断ったようです。その際に木嶋佳苗はIさんに次のようなメールを送っています。 「おカネを立て替えてもらえないのであれば、私に対しての愛情や誠意がない証拠だと判断せざるを得ません。今後のことは私も考え直します。」 脅しとも取れる強い調子ですが、結局、Iさんは騙されませんでした。 Kさん詐欺未遂事件 長野県佐久市のKさん(当時53歳)は婚活サイトで木嶋佳苗と知り合っています。 09年8月31日に池袋で木嶋佳苗はKさんと会い140万円の援助を要求しますが、断られています。 Sさん詐欺未遂事件 埼玉県在住のSさん(当時38歳)も婚活サイトで木嶋佳苗と知り合っています。 09年9月1日にSさんは木嶋佳苗と池袋のデパートのレストラン街で食事をし、その後、すぐに池袋のラブホテルでセックスをしています。木嶋佳苗にしては、珍しいことです。Sさんが他の被害者に比べて若かったからでしょうか?そして9月3日にもデートをしています。 Sさんは、木嶋佳苗に学費70万円の援助を要求されますが、結局払いませんでした。 Yさん:最後の被害者 Yさん(当時46歳)は千葉県野田市に住んでいました。焼死した安藤健三さんの近所に住む人です。 09年9月にYさんは木嶋佳苗と婚活サイトで知り合いました。Yさんは、木嶋佳苗にお菓子教室を開くための資金援助を要求され合計464万円を渡しています。 9月19日に木嶋佳苗はYさんと同居を始めます。この頃、警察の捜査が木嶋佳苗へ及んで来ていたので、木嶋佳苗が池袋のマンションから逃げ出した格好になっています。Yさんも、それを承知で木嶋佳苗をかくまったようです。 9月23日に木嶋佳苗は練炭と練炭コンロを注文しています。後日、Yさんの家の火災報知機が全て取り外されてことが判明します。木嶋佳苗はYさんも殺害する予定だったようです。 9月25日にYさんの家で、木嶋佳苗は警察に逮捕されます。おかげ、Yさんは一命を取り留めたのかもしれません。 Yさんは警察に被害届を出しましたが、受け取ってもらえなかったようです。一時期、Yさんは木嶋佳苗の共犯者として警察に疑われていたようです。 なお、Yさんは木嶋佳苗と肉体関係はなかったと証言しています。木嶋佳苗は相手によってセックスをしたり、しなかったりしています。いったい、どのような基準があったのでしょうか?
妄想のセレブ生活
木嶋佳苗は多くの男性から大金を騙し取って贅沢な生活をしていました。そうした「セレブ」生活をブログで自慢していましたが、いくら金を使ってもセレブには成りきれませんでした。その辺の所を鋭い女性たちは指摘しています。
「旅行へ持っていくバッグとして2つのバッグが写真に収められている。ひとつはクレージュの赤いボストンバッグ、そしてもうひとつはエルメスのバーキン、それも限定色だ。だが、そのバッグが置いてある場所がスノコの上なのである。このアンバランス感が木嶋の特徴とも言えるだろう。」(高橋ユキ、木嶋佳苗劇場より) 木嶋佳苗には、おそらく女性の友だちはいません。まして、本物のセレブの知り合いなどいなかったと思います。木嶋佳苗は妄想上のセレブを演じて、ブログで自慢し、そして男性を騙して大金を稼いでいたのだと思います。
クヒオ大佐
84年に結婚詐欺で逮捕されたジョナ・エリザベス・クヒオ大佐を名乗る男がいました。米軍特殊部隊のパイロットで、父はハワイのカメハメハ大王の末裔で母はエリザベス女王の双子の妹を自称していました。背は低いのですが鼻が高く髪を金髪に染め、外人っぽい怪しげな日本語を使い米軍のパイロットを演じていました。
このクヒオ大佐は、本名を竹内武男といい、北海道出身です。実は、木嶋佳苗の実家からさほど遠くない道東の出身です。竹内武男の実家の近くに、当時は米軍の部隊が駐屯しており、竹内は子供ころから戦争ゴッコが好きだったようです。それが高じてか、大人になってからは半ば本気でクヒオ大佐を演じて結婚詐欺を繰り返していました。妄想の世界に生きていたともいえます。 木嶋佳苗も妄想のセレブの世界に生き、詐欺を繰り返しています。北海道の道東の地には、こうした妄想を育む風土でもあるのでしょうか? なお、クヒオ大佐が逮捕されたころ、木嶋佳苗は10歳くらいです。地元なので、大きく報道されたと思います。木嶋佳苗はクヒオ大佐の事件を知っていたかも知れません。
参考文献
「別海から来た女」佐野眞一 講談社
「毒婦。」北原みのり 朝日新聞出版 「木嶋佳苗劇場」宝島NF 「木嶋佳苗手記」朝日新聞 「別冊宝島391 超コギャル読本」宝島社 「クヒオ大佐」吉田和正 幻冬舎アウトロー文庫 2012.06.26 野沢 清 kiyoshi_nozawa@yahoo.co.jp |