古代天皇の推定年代

古代の天皇は超人的に長生きしたとされています。初代の神武天皇は127歳まで生きていたと伝えられています。その他の天皇も100歳を超えて長生きした天皇は珍しくありません。
  神武天皇 127歳  崇神天皇 119歳
  孝昭天皇 114歳  成務天皇 107歳
  孝安天皇 137歳  応神天皇 111歳
  孝霊天皇 128歳  仁徳天皇 143歳
  孝元天皇 116歳
  開化天皇 111歳
日本の歴史書である古事記や日本書紀には、こうした非現実的な年齢を基にした年代しか書かれていないため、古代の天皇が実在したとしても、その実際の時代を確定するのが難しくなっています。そこで、年代が信用できそうな時代からさかのぼって、古代の天皇の年代を推定してみたいと思います。
天皇一代の平均治世年数を仮定して時代を推測する試みをする人もいますが、これはあまり当てにならないようです。それよりも、天皇の世代から平均年数を割り出す方がより確実だと思います。

天皇の一世代の治世の平均年数
日本の古代の年代が、比較的に当てになるのは継体天皇以降です。このころには朝鮮半島との交流も活発になり、百済など暦のしっかりした国の歴史書からも史実が確認できるからです。そこで、継体天皇から天武天皇の時代で、天皇の一世代の平均年数を求めてみます。

第1世代 @継体天皇
       │
       ├─────┬─────┐
       │     │     │
第2世代 A安閑天皇 B宣化天皇 C欽明天皇
                   │
       ┌─────┬─────┼─────┐
       │     │     │     │
第3世代 D敏達天皇 E用明天皇 F崇峻天皇 G推古天皇
       │
       │
       │
第4世代  押坂彦人大兄皇子
       │
       ├───────────┐
       │           │
第5世代 H舒明天皇        茅渟王
       │           │
       ├─────┐     ├─────┐
       │     │     │     │
第6世代 L天智天皇 N天武天皇 J孝徳天皇 I皇極天皇(K斉明天皇)
       │
     M弘文天皇(大友皇子)

継体天皇〜天武天皇
継体天皇から天武天皇の在位年数の合計は179年ですので、6世代で割ると一世代の平均は約29.8年となります。
  継体天皇の在位 507〜531年
  天武天皇の在位 673〜686年
  (686−507)÷6=約29.8年/世代
参考のために、各天皇の生没年から次世代の天皇が生まれた年齢を計算すると次のようになります。
 継体天皇 生没年450〜531
 欽明天皇 生没年509〜571 継体天皇59歳の子
 敏達天皇 生没年538〜585 欽明天皇29歳の子
 舒明天皇 生没年593〜641 敏達天皇55歳の孫
 天智天皇 生没年626〜671 舒明天皇33際の子
 天武天皇 生没年???〜686 天武天皇の生年は不明
欽明天皇は継体天皇が59歳の時の子供になります。ありえないことではないのですが、疑わしいのも事実です。また、天武天皇の生年も実は不明です。本当に舒明天皇の子供なのかも怪しく思えてきます。
継体天皇〜天智天皇
天武天皇を外して、継体天皇から天智天皇で計算してみると、一世代の平均年数は約27.3年になります。
  継体天皇の在位 507〜531
  天智天皇の在位 668〜671
  (671−507)÷6=約27.3年/世代
欽明天皇〜天武天皇
疑わしさの残る継体天皇を外して、欽明天皇から天武天皇で計算してみると、一世代の平均年数は約29.4年となります。
  欽明天皇の在位 539〜571
  天武天皇の在位 673〜686
  (686−539)÷5=約29.4年/世代
欽明天皇〜天智天皇
さらに天武天皇を外して、欽明天皇から天智天皇で計算してみると、一世代の平均年数は約26.4年となります。
  欽明天皇の在位 539〜571
  天智天皇の在位 668〜671
  (671−539)÷5=約26.4年/世代
平均世代年数26.4年
出自などに疑わしさのある継体天皇や天武天皇を排除した、欽明天皇から天智天皇で計算した平均年数の約26.4年/世代が信頼できそうです。
継体天皇〜天武天皇 約29.8年/世代
継体天皇〜天智天皇 約27.3年/世代
欽明天皇〜天武天皇 約29.4年/世代
欽明天皇〜天智天皇 約26.4年/世代
つまり、26〜27歳で次世代の天皇を生み、53歳前後で亡くなり、次世代の天皇がやはり26〜27歳で即位するのが当時の天皇の平均的な生涯だったようです。ちなみに、この時代の男子天皇の没年齢は次のようになります。平均の寿命は52.2歳です。
  欽明天皇 没年齢63歳─┐
  敏達天皇 没年齢48歳 │
  用明天皇 没年齢48歳 │平均寿命52.2歳
  舒明天皇 没年齢49歳 │
  孝徳天皇 没年齢59歳 │
  天智天皇 没年齢46歳─┘

応神朝の推定年代
第1世代 @応神天皇
       │
第2世代 A仁徳天皇
       │
       ├─────┬─────┐
       │     │     │
第3世代 B履中天皇 C反正天皇 D允恭天皇
       │           │
       │           ├─────┐
       │           │     │
第4世代  市辺之忍歯王     F雄略天皇 E安康天皇
       │           │
       ├─────┐     │
       │     │     │
第5世代 H顕宗天皇 I仁賢天皇 G清寧天皇
             │
第6世代       J武烈天皇

この王朝の最後の世代である武烈天皇は実在性に疑問があり治世が9年と短いので、この武烈天皇の即位年を基準に一世代27年と26年のピッチで応神天皇まで逆昇ってみます。
           即位年   27年/世代 26年/世代
 第1世代 応神天皇 270    363    368
 第2世代 仁徳天皇 313    390    394
 第3世代 履中天皇 400    417    420
 第4世代 安康天皇 453    444    446
 第5世代 清寧天皇 480    471    472
 第6世代 武烈天皇 498    498    498

崇神朝の推定年代
第1世代 @崇神天皇
       │
第2世代 A垂仁天皇
       │
第3世代 B景行天皇
       │
       ├─────┐
       │     │
第4世代 C成務天皇  日本武尊
             │
第5世代       D仲哀天皇

応神天皇の年代を基準に逆昇って計算すると次のようなります。この時代の天皇は古事記、日本書紀によると長命な人物が多く非現実的な年代になっていましたが、計算で求めた年代は現実的になっているように思えます。たとえば卑弥呼が亡くなったとされる248年頃は、崇神天皇の治世に当たることになります。
           即位年   27年/世代 26年/世代
 第1世代 崇神天皇 前97    228    238
 第2世代 垂仁天皇 前29    255    264
 第3世代 景行天皇  71    282    290
 第4世代 成務天皇 131    309    316
 第5世代 仲哀天皇 192    336    342
  次世代 応神天皇 270    363    368

神武天皇と欠史八代の推定年代
第1世代 @神武天皇
       │
第2世代 A綏靖天皇
       │
第3世代 B安寧天皇
       │
       ├───────────┐
       │           │
第4世代 C懿徳天皇        磯城津彦命
       │           │
第5世代 D孝昭天皇 E孝安天皇  和知都美命
       │           │
第6世代 F孝霊天皇        倭国香媛(孝霊天皇妃)
       │           │
第7世代 G孝元天皇 H開化天皇  倭迹迹日百襲姫

欠史八代では、孝昭天皇と孝安天皇、孝元天皇と開花天皇の二組を同一世代と仮定しました。磯城津彦命〜倭迹迹日百襲姫の系譜と比較すると世代的に矛盾するためです。孝安天皇や孝元天皇は架空の存在かもしれないと考えています。
倭国に大乱のあった2世紀後半は、孝霊天皇の前後になります。孝霊天皇妃の倭国香媛が現れ倭迹迹日百襲姫(卑弥呼)が生まれた頃です。
           即位年   27年/世代 26年/世代
 第1世代 神武天皇 前660    39     56
 第2世代 綏靖天皇 前581    66     82
 第3世代 安寧天皇 前549    93    108
 第4世代 懿徳天皇 前510   120    134
 第5世代 孝昭天皇 前475   147    160
 第6世代 孝霊天皇 前290   174    186
 第7世代 孝元天皇 前214   201    212
  次世代 崇神天皇 前97    228    238

まとめ
歴代天皇の推定治世は、一世代を26年と27年の中間くらいと仮定すると、次のようになります。なお、履中天皇以降については日本書紀の年代が、ある程度は正確だと思いますので省略しました。
もちろん、この推定年代は誤差がありますので、下記の数値は目安です。
 @神武天皇  47〜 73
 A綏靖天皇  74〜100
 B安寧天皇 101〜126
 C懿徳天皇 127〜153
 D孝昭天皇 154〜166
 E孝安天皇 167〜179
 F孝霊天皇 180〜206
 G孝元天皇 207〜220
 H開化天皇 221〜232
 I崇神天皇 233〜259
 J垂仁天皇 260〜285
 K景行天皇 286〜312
 L成務天皇 313〜338
 M仲哀天皇 339〜365
 N応神天皇 366〜391
 O仁徳天皇 392〜418

(参考)徳川将軍一世代の在職年数
第1世代 @家康
      │          (紀伊)     (水戸)
      ├───────────┬───────┐
      │           │       │
第2世代 A秀忠          頼宣      頼房
      │           │       │
第3世代 B家光          :       :
      │           :       :
      ├───┬───┐   :       :
      │   │   │   :       :
第4世代 C家綱 D綱吉  綱重  :       :
              │   :       :
第5世代         E家宣  :       :
              │   │       :
第6世代         F家継 G吉宗      :
                  │  (一橋) :
                  ├───┐   :
                  │   │   :
第7世代             H家重  宗尹  :
                  │   │   :
第8世代             I家治  治済  :
                      │   :
第9世代                 J家斉  :
                      │   :
第10世代                K家慶  :
                      │   │
第11世代                L家定  斉昭
                 (紀伊)     │
第12世代            M家茂     N慶喜

初代の家康は2年間だけの将軍職でしかなく、実質の初代将軍は秀忠であると考えて良いと思います。また、最後の将軍の慶喜は途中で辞職(大政奉還)しています。
そこで、秀忠から家茂の11世代で計算してみると、一世代の在職平均年数は約23.7年になります。病気がちで虚弱な将軍が多かったからでしょうか?古代天皇の平均年数より少し短くなっています。
  秀忠の在職 1605〜1623
  家茂の在職 1858〜1866
  (1866―1605)÷11=約23.7年

では、徳川将軍は短命だったのでしょうか?歴代将軍の没年齢から平均寿命を求めると約51.4歳となります。
ただし、秀忠から家茂までの平均寿命は約47.7歳となります。初代の家康と最後の慶喜が特別に長生きだったようです。また、上述の平均在職年数の23.7歳の倍になっているので、辻褄が合います。
さらに、秀忠から家茂の13代から短命だった家継(8歳)と家茂(21歳)を除いて平均寿命を求めると、約53.7歳となります。実は、古代の天皇の平均寿命とあまり変わらないようです。
つまり、徳川時代でも、幼少で将軍になるようなことがなければ、一世代の在職年数は53.7歳の半分の26.9年くらいになったと思われます。
  家康 75歳  家宣 51歳  家斉 69歳
  秀忠 54歳  家継  8歳  家慶 61歳
  家光 48歳  吉宗 68歳  家定 35歳
  家綱 40歳  家重 51歳  家茂 21歳
  綱吉 64歳  家治 50歳  慶喜 77歳
 平均寿命
  家康〜慶喜 51.4歳
  秀忠〜家茂 47.7歳
  秀忠〜家茂 53.7歳(家継と家茂を除いた場合)

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参考文献
「日本書紀」日本古典文学大系 岩波書店
「古事記」倉野憲司校注 岩波文庫
「歴代天皇・皇后総覧」新人物往来社
「一目でわかる江戸時代」小学館

2014.03.30 野沢 清 kiyoshi_nozawa@yahoo.co.jp