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涙の本質
涙の理由
涙を流す、泣くという行為は、人間のもっとも激しい感情の表出だと思います。悲しいから泣くだけでなく、嬉しくとも泣きます。悔しくて泣く場合もあります。涙には、人間の本質的な部分が隠されていると思います。
承認の涙
何かに一生懸命に打ち込んで、それがようやく認められたような場合に泣くことがあります。たとえば、高校野球で優勝できたような場合です。おそらく、優勝が当たり前のような状況ではなく、苦労してようやく優勝できたような場合です。
高校野球の選手の場合、その生活のほとんど全ては野球を中心に回っています。少なくとも、その時期においては、野球が彼の人生の全てと言ってよいほどになっていることでしょう。 スポーツでなくとも、苦労して自分自身をかけて推進してきた研究や仕事が、ようやく認められたような場合にも泣くことがあります。その研究や仕事は彼自身と言ってもいいほどになっているような場合です。
屈辱の涙
逆に、全身全霊を打ち込んでやってきた仕事が貶められたような場合、泣くことがあります。ちょうど、仕事が認められて泣く、うれし涙の逆のケースです。悔し涙です。仕事が貶められたのではなく、自分自身が貶められたように感じるのだと思います。
感激の涙
男性の場合、あまりないかもしれませんが、憧れスターに会えて泣く女性もいます。嬉しさのあまり感極まって泣くケースです。おそらく、会えた相手は、自分にとっては生きがいのような人で、ある意味で、その人のために多くの努力や犠牲を払っています。会えたことで、自分の努力が認められたような気分になるのだと思います。
喪失の涙
親族が亡くなっても意外に泣かないものです。天寿を全うしたお年寄りが亡くなったような場合、あまり泣かないことも多いと思います。しかし、ご主人が亡くなった奥さんや、子供を失った親などは、泣くことが多いはずです。親は子供の成長や教育などを最優先で考えています。子供のために、あらゆる犠牲を払う覚悟を持っています。親にとって子供は、生きるための糧となっています。また、奥さんは、ご主人や子供を中心とした生活をしています。奥さんにとって、家族は自分の全てかもしれません。その生きがいの喪失は涙につながります。
親を亡くした場合など、子供の側が泣くポイントがあります。たとえば、遺品などで自分に関連した物を見つけた場合などです。つまらない物でも亡くなった親の思いを感じた時には泣けます。親は、子供のことを思い日々生活しています。そのことを感じられた時に泣くのだと思います。これは、子供を育てるのに一生懸命な親の側ではなく、子供の側の悲しみです。そういう点では一種の感情移入かもしれません。でも、その子供しか分からない具体的な絆による感情移入です。 たとえば、同級生が亡くなった時などは、その人の思いなどを感じた時に泣くのではないかと思います。しかも、それに自分も関連していたら、なおさらだと思います。自分自身の思い出も、自分の一部なのです。いってみれば、自分の一部を失くした悲しみだと思います。 また、大人では、ないかもしれませんが、大事にしていた物を失くした場合でも、泣くことがあります。その子が大事にし、一緒にすごしてきた日々を喪失する悲しみです。その日々は、その子にとって自分自身の重要な一部ではないかと思います。
挫折の涙
長年にわたって努力していたことが開花せず、だめになってしまった場合などで泣くことがあります。丹精こめて育ててきた果実が、台風で全部落ちてしまった。苦労して続けてきた仕事や研究を中断せざるを得ない。ようやく建てた新居が、災害が壊れてしまった。自分の人生の多くの部分を失うような悲しみです。これは、喪失の涙と同じかも知れません。
感情移入
映画やテレビドラマを見ていて泣くことがあります。あるいは、小説などを読んでも泣くこともあります。他人の人生、他人の話なのに、泣くことがあります。人は、そのお話の中で、自分自身のことのように他人の人生を追体験し泣くことができます。
泣かせる映画をつくるのに、よく使われるのが、子供と動物です。たとえば泣いていい場面などで、必死に涙をこらえる子供などは、見ている人の涙を誘います。また、主人が亡くなったのに、毎日迎えに来るハチ公のお話も、その健気さが人々の涙を誘ったのだと思います。
涙もろい
笑いは感情が高揚している場合に起きやすくなります。反対に気分が落ち込んでいる場合に涙もろくなるように思えます。落ち込んでいる時の方が、無力感を感じるのかもしれません。つまり、努力が報われない感じです。または、生きがいを持てない状況なのかもしれません。
また、男性より女性の方が泣くことは多そうです。男性優位の社会では悔し涙が多いのかもしれません。
子供はなぜ泣くのか
赤ん坊は不快な時に泣くようです。他の手段で意思表示できないので、泣くことでコミュニケーションをとっています。
子供は、大人より泣きやすいように見えます。怒られたり、何かを禁止されたりして泣くようなことが多いと思います。これは、自分自身を否定されたように感じるからだと思います。おそらく悔し涙のケースが多いのだと思います。いるはずの親がいなかったり、不安になったりした時にも泣きます。似たケースですが、何かが襲ってくるような怖さを感じた時も泣きます。子供は大人より繊細ですから、自分自身の存在にかかわるような場合に泣くのだと思います。
人間の本質
人が涙を流す第一の理由は、自分が一生懸命に打ち込んでいた何かに触れた場合だと思います。それは、スポーツだったり、仕事だったり、子供だったり、家族だったりします。少なくとも、ある時期においては、自分の生活の中心だし、生きることの目標だったりします。人間存在の本質は、こうした具体的な目標や行動にあるのだと思います。こうした、具体的な目標や行動は、複数あるかもしれませんが、それらが、その人のアイデンティだし、ある意味、その人自身なのだと思います。そして、その本質的な部分に触れた時、人間は泣くのだと思います。
感動の涙
めったにはないことだと思うが、感動のあまり泣くこともあります。たとえば、大自然の素晴らしい景色、神々しい景色に感動して思わず涙が出てくるような場合です。また、ベートーベンの交響曲9番の喜びの歌で、思わず涙を感ずる人も多いと思います。一種、宗教的な感激です。大自然の前で、神の前で、自分自身をさらしているような感覚です。自分自身の存在が大自然に、神に認められたような安心感に包まれるのだと思います。そして、これが涙の本質を最もあらわす現象であると思います。
2011.2.2 野沢 清 kiyoshi_nozawa@yahoo.co.jp |