李朝末期の朝鮮4
朝鮮の気候風土
英国の旅行家のイサベラ・バードは朝鮮の気候が気に入ったようです。たいへんほめています。その他、日本と違うのは猛獣の虎がいることです。毎年、犠牲者が出ていたようです。
気候
「気候は疑いなく世界で一番素晴らしく健康のためにも最適である。外国人でも気候の弊害に悩まされる事は何一つない。ヨーロッパ人の児童は朝鮮半島のあらゆる地域で健全に育てられている。」(朝鮮奥地紀行)
動物
「虎、熊、猪などの野獣は朝鮮には非常に多い。特に虎によって毎年多くの犠牲者が出ている。」(朝鮮事情)
「家畜は一般にヨーロッパに比べ劣っている。馬は小型であるが非常に頑強である。牛の大きさは普通である。」(朝鮮事情)
害虫
「朝鮮の動物については、昆虫とそれに害虫―虱、蚤、南京虫、油虫などを抜きにしては語れない。特に夏場はこれらの害虫のために、この国に滞在する外国人には非常に嫌な思いがつきまとう。」(朝鮮事情)
「ある地方では、暑いときには油虫に悩まされて室内で眠ることが現実に不可能なので、住民たちは近くに虎がいるのにもかかわらず、好んで戸外で寝ている。」(朝鮮事情)
水
「朝鮮の風土は健康にはかなり適しているが、しかし水はどこでもまずく、いくつかの地方ではいろんな病気の原因となっている。」(朝鮮事情)
伝染病
「ある種の病気は、朝鮮ではそれこそ災禍というものである。特に天然痘などは、その部類に属する。全国で天然痘にやられなかった人は、全国におそらく百人といないであろう。その勢いといったら、凄まじいもので、一つの地域で子供たちすべてが同時に天然痘にかかり、体が膿疱で覆われたり、不愉快な小膿疱疹で覆われたりすることもしばしばである。」(朝鮮事情)
「また、特に大人がよくかかる病気として、ある種のペストとチフスについて述べねばなるまい。この病気にかかって発汗しなければ、3、4日で必ず死ぬという。それに、病人を息苦しくさせたり即死させたりする原因となるものとして突然の消化不良があり、さらにごく普通にみられる癲癇(てんかん)、コレラなどがある。」(朝鮮事情)
朝鮮の人口
外国人たちは朝鮮の人口について様々な報告をしています。1,000万〜1,500万くらいの人口があったようです。
「現在の朝鮮の全人口は、どれくらいだろうか?正確な数字は知りがたいが、30年前の政府の公的統計では170万戸以上、およそ750万人を数えている。しかし、その統計は非常に粗雑で当てにはならない。」(朝鮮事情)
「各州の長官から3年おきに中央官庁へ寄せられる情報によると、2年前の朝鮮の人口は1,063万人であった。」(朝鮮旅行記)
「朝鮮の人口は、いまだかつて国勢調査が行われたことがないから、かなり大雑把な概数しか得られない。しかしながら、大方の研究者による人口推定値は1,000万―1,500万の範囲に収斂するから、この数値はそのまま受け入れても大過ないであろう。」(朝鮮旅行記)
「もし政府の算出した家屋数が正確ならば、その公正な平均をとると人口は1,200万人から1,300万人になる。」(朝鮮奥地紀行)
朝鮮人の容姿
朝鮮人男子の身長はイサベラ・バードの報告によれば165センチ近くあります。事実なら当時の日本人よりも10センチ近く背が高いことになります。
「朝鮮人はモンゴル系とつながりを持っているが、しかし中国人よりも日本人に似ている。おおむね彼らは、赤褐色の膚をしており、鼻は低くてやや平たく、頬骨が突き出て、頭と顔は丸く、眉毛は立派である。髪は黒いが、なかには栗毛や赤味をおびた栗毛の者もいる。髭を生やしている者はほとんどおらず、生やしている者もけっして濃くはない。彼らは中背で、力はかなり強く、疲労にはよく耐える。タタール地方と隣接している北部地方の住民たちは、さらにたくましくほとんど野性的でさえある。」(朝鮮事情)
「体格は良い。男子の平均身長は5フィート4.5インチ(約164センチ)である。女性の平均身長は確かめられていないが不相応に小さい。女たちの不格好な容姿は、この世で一番醜い服装によってその欠点が誇張され、ずんぐりして幅が広く下品である。」(朝鮮奥地紀行)
「朝鮮人の歩きぶりは素晴らしく申し分ない。貴族の歩き方は、ゆらゆらと体を揺すりどっしりしている。平民は仕事をしている時、ぐらつかせずせかせかと小股で歩く。」(朝鮮奥地紀行)
朝鮮の身分制度
朝鮮には厳格な身分制度がありました。王族の他は両班(ヤンバン)、中人、常民の3種類に分かれます。常民は農民や商人たちです。さらに、この下に奴婢(奴隷)や被差別階級も存在したようです。
両班
両班(ヤンバン)は不可侵の特権階級で、やりたい放題の身分です。科挙(試験)に合格して役人になるのが一般的ですが、仕事がなくとも決して体を使うような仕事はせずに一日中ブラブラしている人たちです。
特権階級
「誰もけっして両班の身体に触れることはできず、守礼(役人)でさえ、たとえ誤って彼の手に触れたとしても、厳罰を受けるであろう。両班の住居は神聖なものとされ、女性を除いて、その庭に入っただけでも罪となる。」(朝鮮事情)
「馬上の両班に行き会った時、馬に乗っている常民はすべて下りねばならない。普通、常民はすすんで馬から下りるが、時には無理やり下ろされることもあり、反抗でもしようものならゴミや泥の中にたたきこまれる。」(朝鮮事情)
「両班はすべて兵役簿に登録されていない。身体や住居に対する不可侵権、両班階級特有の表示である馬の尾毛製の縁なし帽を家の中でかぶる権利などいくつかの共通の権限を持っている。」(朝鮮事情)
収奪
「朝鮮の両班は、いたるところでまるで支配者か暴君のごとくふるまっている。大両班は金がなくなると、使いの者を送って商人や農民を捕えさせる。その者が手際よく金を出せば釈放されるが、出さない場合は両班の家に連行されて投獄され食物も与えられず、両班が要求する額を支払うまで笞打たれる。」(朝鮮事情)
「その肩に税の重荷が掛かっている人々つまり特権を持たない厖大(ぼうだい)な大衆が両班にひどく苦しめられているのは疑いのない事である。両班は代金を支払わないで人々を酷使して労働させるばかりでなく、さらに貸付金の名目で無慈悲な強制取り立て(収奪)を行っている。」(朝鮮奥地紀行)
「ある商人か農夫がある程度の金額を蓄えたと噂されるか知られると、両班または役人が貸付金を要求する。事実上それは徴税である。というのはもし拒否すると、その男は偽りの告発で投獄され、彼かその親類が要求された金額を支払うまで毎朝鞭打たれるか、或いは逮捕されてお金が届けられるまで両班の家でほとんど食事もさせられないで事実上監禁されるからである。」(朝鮮奥地紀行)
「貴族が家か畑を買う時、その代金の支払いは無しで済ませるのは、ごくありふれたことになっている。そして、役人がその代金の支払いを強制することもない。」(朝鮮奥地紀行)
貧乏
「朝鮮に居る朝鮮人の誰もが皆、貧乏が最良の防衛手段である事、そして彼自身とその家族が着たり食べたりする以上の物を何か所持していると飽くことを知らない堕落した役人に確実に取り上げられる事を知っている。」(朝鮮奥地紀行)
扶養義務
「両班が首尾よく何らかの官職に就くことができると、彼はすべての親戚縁者、最も遠縁の者にさえ扶養義務を負う。」(朝鮮事情)
「朝鮮の大きくて普遍的な災禍は大勢の強壮な男たちが、少しましな暮らしをしている親類か友人に頼るか「たかり」に耽る慣習である。それを恥としないし非難する世論もない。少ないけれども一定の収入がある人は多くの親類、妻の親類、大勢の友人、親類の友人たちを扶養しなければならない。」(朝鮮奥地紀行)
不労階級
「すべての両班に品階と官職を与えることは、現実的に不可能である。」(朝鮮事情)
「彼らは、商業や農業あるいは何らかの手工業によって真面目に生活の糧を稼ぐには、あまりに高慢であり貧窮と奸計の中で無為に世を送る。」(朝鮮事情)
「(ソウルの)この三本の広い通りでは白衣を着て黒い正装用のつば付帽子を被って動いている男たちの群れが衰えることは滅多にない。なんら目的を持たないもののように思われる。その多くが両班貴族である。彼らは厳格な作法によって公務か家庭教師の職業以外は、どんな仕事もすべて禁じられている。その多くの者は、少しましな親戚に寄り掛かって暮らしている。中流階級の若い男たちは、両班の無頓着と体を揺すって動く歩き方を見習っている。」(朝鮮奥地紀行)
「しかし、裕福な男たち、なかでも両班は、話し好きで無精である。彼らは時間をつぶすため、次々とあっちこっちの舎廊房に出入りし、新しい話に興じたり、作り話をしたりする。」(朝鮮事情)
国王
王族はもちろん世襲です。国王は、時々ソウルで派手な行列を見せる他は、王宮にこもっているので朝鮮社会では案外と影が薄いようです。なお、ソウルの王宮については、ほめる人とけなす人の両方がいます。
無能力者
「朝鮮では、王位についた者のほとんどは、怠惰な者か、堕落した者か、遊蕩者か、早老か、愚者か、または無能力者であった。若くして王位が約束されている不幸な王子には、ありとあらゆる気まぐれが許され、助言者もなく、12、3歳ころから宮中のハレムのなかで滑稽きわまる礼儀作法に縛られているというのに、彼がどうしてそれ以外の人物に成り得たであろうか?」(朝鮮事情)
「そのうえ、朝鮮でも似かよった環境におかれた他の国々と同様に腹黒い大官たちが常に横行している。彼らは、国王を政治から遠ざけ、自分が国王の名のもとに政治を牛耳るために、王の欲情につけこみ快楽の弊習によって彼を無気力にさせてしまおうと躍起になっている。」(朝鮮事情)
「王族とその子孫は、王家に属している限り非常にはなばなしい尊称を受けるが、決して重要な地位に就くことはない。」(朝鮮事情)
「王妃の一族についても同様である。国王の第一夫人は、常にある豪族の中から選ばれ、王妃の父親や兄弟は、この婚姻により高い品階を得たり、時には多額の金が入る地位に就いたりはするものの、実質的な権力を持つ官職に就くことはほとんどできない。」(朝鮮事情)
王宮
「朝鮮の王宮は、パリの少し余裕のある年金生活者でも住むのを嫌がるようなつまらない建物である。王宮は、女と宦官(かんがん)で充ちている。」(朝鮮事情)
「私には壮麗で荘重な建物がたいへん印象深かった。三つの部分から成っている御影石の階段で昇るとても高い雛壇の上に乗っている広大な謁見の殿堂、その建物の雄大な大きさ、複合している網目細工のある豊富に彫刻され赤青緑に塗装された天井。基部が白い赤色の巨大な円形の柱。薄暗くて広大な面積の中にある入り口に面している朝鮮の王座のぼんやりした輝き。簡明にして堅実ながらまた壮大なのが夏の宮殿もしくは祝賀の殿堂である。」(朝鮮奥地紀行)
中人
両班のうちで特定の専門分野で働く人たちを中人と呼んでいます。一般に朝鮮の学問レベルはひどかったようですが、医学についてはかなりレベルが高い人もいたようです。
専門分野
「精密な科学、言語、美術などを対象とする学問分野は、文学や哲学のように高い尊敬を受けるにはほど遠い。したがって、これらの学問に没頭する両班は僅少で、熱中する者も、それは本人の純粋な好奇心に発するのである。これらの学問は、朝鮮では別の一つの階級を成しているいくつかの家族によってほとんど独占されている。」(朝鮮事情)
「彼らは、両班と常民の中間に位置し、しばしば中人階級と呼ばれる。」(朝鮮事情)
「両班と厳密な意味での常民の間には中人階層というのがあるが、これは実際にはソウルにしかいない。この階層は、何代も前から政府付きの通訳官、天文官、医者などのある種の特殊な官職に従事する一族で構成されている。」(朝鮮事情)
学問レベル
「朝鮮では、ある種の科学研究は国家が保護しているし、またそれを奨励するため政府によって設立された専門の学校がある。にもかかわらず研究はほとんど取るに足らない。正式の天文学者は、毎年北京からもたらされる中国の暦を利用するに必要な知識を持っているくらいで、あとはばかばかしい占星術の決まり文句を知っているだけである。戸曹(大蔵省)の主要な計算官の学識は、簿記に必要な普通の算術計算の域を出ない。律学あるいは法律学校の学生の学問は、法文と王命を機械的に知っているに過ぎない。」(朝鮮事情)
医学
「朝鮮人は、中国医学を採用しながらも、それに改良を加える仕事に真剣に取り組んだようであり、朝鮮の有名な医書である「東医宝鑑」は、北京においてさえ堂々と印刷上梓されたくらいである。かつて他のいかなる朝鮮の本も、そのような名誉を受けたことはない。」(朝鮮事情)
「本当に知識のある医者は、ソウルにしかいない。彼らは、好奇心から研究に進んだ何人かの両班、あるいは宮廷医の地位を得るために努力した中人階級の人たちである。さらに、地方でも何人かの有能な臨床医に出会うことはあるが、彼らは長い間の経験によって地方産の薬の本当の処方を心得ている。しかし、こうした人は例外とも言うべきで地方の大多数の医者は、研究心も良心もないイカサマ医師であり、どんな病気もいつも同じ特効薬で済ませるし、また治療している患者を診察することもほとんどない。」(朝鮮事情)
科挙
朝鮮では科挙(国家試験)に合格しなければ役人になれませんでした。ただし、この試験に参加できるのは両班だけです。
不正
「今日では、最も学識があり最も有能な人に学位免許状が授与されるのではなく、最も多額の金を持った者や最も強力な保護者のいる人々に対して与えられている。」(朝鮮事情)
行列
「この旅の路上のあちこちで、首都での王の御前での大競争(試験)から家に帰る村の学生に付き添う村人たちの行列がたくさん見られた。派手に盛装させた馬か驢馬(ろば)に乗った彩色された衣服を着ている学生の前を、音楽を奏する人と旗を持った者が行き、派手に着飾った友人たちが彼のかたわらを歩いて行く。村に近付くにつれてその学生は、旗と音楽、村長と村人、さらに彼を歓迎しに外に出ている派手な服装をした婦人たちとも出会う。この成功の後、その学生の家の正面に、上に龍を描いた高い柱を立てる資格が与えられる。しかしながら、この成功は大変な費用を伴う。しばしば、生涯にわたって負債の重荷がその首の周りに吊り下がるのである。合格によって、その学生は教育ある朝鮮人の唯一の大望である官職適格者になる。」(朝鮮奥地紀行)
役人の腐敗
李朝の朝鮮では上から下まで不正行為が横行していたようです。こうした横領によって朝鮮の官吏、小役人たちは生活していたようです。
官吏
「朝鮮では官職の任命が何らかの功績や能力によるのでは決してなくて単なる商行為に過ぎず、取引を望む者にとっては国庫に納める一定額のお金の代償として官職の入手が可能だからである。」(朝鮮旅行記)
「官職は明らかに支払った総額に十分な利子を付けて取り戻すという、あからさまな目的を持って獲得される。」(朝鮮旅行記)
「官吏の地位は公然と売買され、それを買った人は当然その費用を取り戻そうと努め、そのためには体裁をかまおうとさえしない。上は道知事から最も下級の小役人にいたるまで、徴税や訴訟やその他のすべての機会を利用して、それぞれの官吏は金を稼ぐ。」(朝鮮事情)
「役人どもの搾取方法の実例に南部のある村の場合を提示してみよう。電信柱が必要になった。そこの監司(役人)が全ての家から100銭徴収することにした。地区の郡守がそれを200銭に、その使い走りが250銭に増やした。そして、それが現に人々によって支払われた。使い走りは50銭、地区の郡守は100銭、そして監司が100銭を手に入れた。」(朝鮮奥地紀行)
捕卒(警察官)
「彼らには定まった報酬がないため、横領などで生計を立て、自分の気に入ったものは何でも百姓から強奪する。」(朝鮮事情)
「彼らは、泥棒などの犯人を見つけ出すのにかけては、信じられないほど巧みで目ざとい。彼らが本気になって捜したら、どんな人もそう長い間捜査の網を逃れていることはできない。」(朝鮮事情)
「いわゆる強盗や泥棒についていえば、この者たちは、ほとんどの場合、捕卒の密偵をつとめており、捕卒はやむを得ないときだけ、これを守礼(役人)に引き渡す。」(朝鮮事情)
正義
「朝鮮において、金もなく、保護者もいず、ただ自然の権利があるだけだといった者にとって、正義を獲得することがいかに困難であるかは、これまで述べてきたことから容易に推察できよう。」(朝鮮事情)
「理論上は、誰でも自由に守礼(官吏、裁判官)の前に出て訴訟できることになっているが、実際には法廷の門は衙前(下級官吏)や捕卒によって厳しく守られているため、いやが応でも彼らの手を経なければならず、またたとえ訴状を直接守礼に手渡せたとしても、その行為自体が守礼の配下の絶対的勢力を敵に回すことを意味するため、かえって何の利益にもならない。」(朝鮮事情)
軍隊
「朝鮮政府のほとんど唯一の軍隊らしい軍隊といえば、ソウルの四大軍営に分駐している1万人の兵士だけである。彼らは軍事訓練を少しだけ受けている。」(朝鮮事情)
「官設の倉庫の貯蔵は帳簿上に存在するにすぎない。ソウル近郊にある兵器庫は、少しは充実している。」(朝鮮事情)
「しかし、地方の兵器庫には、軍服も軍需品も武器も何ひとつ破損していないものはなかった。すべて、地方官たちによって売り払われ、代わりにいくらかのボロ服と使用不可能な古い鉄屑がしまわれていた。」(朝鮮事情)
下層階級
農民以外の職業の人たちは同業者組合を作り、自分たちの権利を守っていたようです。最下層の人たちとしては、白丁(ぺくちょん)や奴婢(奴隷)がいます。
同業者組合
「この種の同業者組合としては、たとえば棺製造業者、石工、行商人たちが成文法や規定によって自分たちの職業に対する独占権を形成している。自分たちの組合員以外は誰もその職業に決してつけないようにするために、一定の税金を国庫に支払っている。」(朝鮮事情)
褓負商(ほふしょう)
「最も強大かつ組織的な同業者組合は褓負商の組合である。ほとんどいつも人や牛馬の背によって行われている国内流通は、すべて彼らの手中にある。彼らのほとんどは男やもめか、あるいは貧しくて結婚できなかった者たちである。」(朝鮮事情)
「彼らは常民に対しては傲慢(ごうまん)であり、官吏たちさえも彼らを恐れている。彼らが何らかの侮辱や不正に対して不満の意志を表示すべきだと思うと、当該の地方や都市からことごとくいなくなる。彼らがいなくなると、商業は止まり商品が動かなくなるので、なんとか談判して彼らの条件を受け入れざるを得なくなる。そうなると、彼らは以前よりもいっそう驕慢(きょうまん)になって戻ってくる。」(朝鮮事情)
白丁(ぺくちょん)
「最も蔑視されている同業者組合は牛の屠殺業者のそれである。牛は耕作や荷の運搬に絶対必要な動物であり、はるか昔から国の許可なしに牛を殺すことは法によって禁じられており、一般の世論も法律と一致して牛を殺す行為を何よりも蔑視した。したがって屠殺業者は誰がみても奴婢よりもさらに低い別個の一階層をなしている。彼らは一般の村落内に住むことができないので、彼らを忌み嫌っている村人たちの圏外に住んでおり、自分たちの社会だけで通婚している。死刑執行人は彼らの中から選ばれる。」(朝鮮事情)
奴婢(ぬひ)
「奴婢(奴隷)の数は今日では昔よりはるかに少なくなっており、なお減りつつある。中部地方の有力な両班(ヤンバン)の家以外では、もう奴婢をほとんど見かけることはない。」(朝鮮事情)
「奴婢となる者は、その母が奴婢であった者、自身あるいはその両親がその身体を奴婢として売った者、そして誰かに拾われて育てられた孤児たちである。しかし、最後の場合は奴婢としての身分は一代に限られる。」(朝鮮事情)
乞食
朝鮮に乞食はいないとイサベラ・バードは言っていますが、反対の報告もあります。乞食は目立たなかったのかもしれません。
「朝鮮の住民は器用であり、人をよくもてなす民族である。朝鮮には乞食階級はいない。」(朝鮮奥地紀行)
「また、いわゆる乞食もかなりいる。彼らは病弱者、身体に障害のある身寄りのない老人たちである。人々は、彼らに少しばかりの米といくらかの小銭を与える。ソウルには、首都のさまざまな区街ごとに分かれて、毎日家ごとに喜捨を仰いで歩く女乞食の組合がある。この女乞食たちは、その意地悪さと無礼が災いして一般に軽蔑されている。しかし、大人しい住民たちは乞食から悪戯されるのを恐れてやむなく醸出するので、彼女たちは豊富な施し物を手に入れる。」(朝鮮事情)
朝鮮の女性
朝鮮では女性は差別され隔離される存在だったようです。特に上流階級の女性は外出することもままならない状態でした。法律的な権利も責任さえもなかったようです。
女性の差別
「女性はなんら知的訓練を受けない。あらゆる階級でひどく劣っている等級の者と見なされている。」(朝鮮奥地紀行)
「この国には少女用の学校は一校もない。上流階級の女性は、この国特有の文字(諺文:ハングル)を読むことを学ぶが、その文字を読める女性の数は千人中二人と見積もられている。」(朝鮮奥地紀行)
「それにもかかわらず朝鮮の女性は、生まれながらの陰謀家であるのに加えて、特に母親として姑としてその子供の結婚の手筈を整えるのに、ある種の直接的な影響力を行使していることには疑いを入れる余地はない。」(朝鮮奥地紀行)
女性の名前
「女には名前がない。大部分の若い女性は何らかの異名をもらい、年長の親戚や一族の者は、彼女が子供の間はこの異名で呼ぶ。しかし、彼女が結婚適齢期に達すると、両親だけがその名前で呼ぶことができ、一族の誰もが他人と同じように、誰それの娘とか、誰それの姉といった遠回しの表現をする。結婚後には、この異名もなくなる。たいていの場合、実家の親戚は彼女の嫁入り先の土地の名で、また婚家先の親戚は彼女が嫁に来る前に住んでいた土地の名で表現するのである。」(朝鮮事情)
女性の隔離
「上流社会では、幼い男女は八歳もしくは十歳から席を同じくしないことが礼儀とされている。少年は男たちが起臥する外房に出入りするようになる。彼らは、そこで時を過ごし、勉強し、寝食をとる。男子が内房に出入りすることは恥ずべきことであると、繰り返し教え込まれるので、まもなく少年たちは内房に足を踏み入れないようになる。逆に少女たちは、内房に閉じ込められ、そこで教育され、読み書きを学ばねばならない。彼女たちは、兄弟たちと遊んではならず、男の目に映るだけでもはしたないことだと教えられる。」(朝鮮事情)
「7歳以後、少年と少女は席を同じくしない。娘は結婚の期日まで父親と兄弟を除く男性は一人も見ないよう厳格に管理されている。結婚後は自分の親類と夫の近しい親類の男性しか見ることができない。」(朝鮮奥地紀行)
「女の子は、ひどく貧しい者でさえも見事に隠されている。やや広範に亘った朝鮮旅行中、私は女部屋で無邪気にうろついていたのを除いて、一度も6歳以上の娘を一人も見なかったほどである。元気な少女が社会生活に寄与している明るさは、この国では知られていない。」(朝鮮奥地紀行)
両班夫人
「結婚した後も、両班(ヤンバン)夫人に近づくことは許されない。彼女たちは、ほとんどいつも自分の部屋に閉じ込められていて、夫の許可なしには外出することも戸外に視線を投じることもできない。」(朝鮮事情)
「彼女(上流階級の女性)らは部外者には姿を見せず、通りに現れる時は密閉された輿(こし)に乗るか、徒歩で行く場合も頭から爪先まで白い覆いで包まれているからである。私が見かけたのは庶民の既婚女性だけであるが、ありあわせの衣服を繕って厳しい労働のために一切の女性的魅力を喪失していた。」(朝鮮旅行記)
「朝鮮の女性は非常に厳しく隔離されている。おそらく他のどこの国の女性よりも、もっと完全に隔離されてことであろう。首都にはたいへん奇妙な取り決めがある。八時頃に大鐘が、男たちに家に退去するよう、女性たちには外に出て楽しみ、友だちを訪ねるよう知らせる。」(朝鮮奥地紀行)
夜間の外出
「松脂のように黒くて暗い通りが、ただ提灯を持ち運ぶ召使を連れた婦人たちに占用されているという奇妙な光景を呈していた。その取り決めの施行に当たっては、盲目の男、役人、外国人の召し使いと薬屋に処方箋を届ける人は取り除かれることになっている。」(朝鮮奥地紀行)
「12時に大鐘が再び響き、女性は退去し男たちは自由に外出する。高い地位にいる貴婦人が私に語ってくれた。日中のソウルの通りを見たことは一度もなかった、と。」(朝鮮奥地紀行)
「上流階級と中流階級の女性の場合、その隔離は可能な限り徹底したものになる。完全に密閉された駕籠(かご)に乗って外出する以外は、昼間は決して外出しない。夜間、婦人と提灯を持った召使に付き添われ頭を覆って人妻は外出して女友だちを訪問するかもしれない。しかし、夫の許しなしには決して外出しない。夫は、訪問が実際になされたという証拠を要求するかもしれない。」(朝鮮奥地紀行)
治外法権
「法律は女部屋には及ばないことになっている。妻の部屋に身を隠した貴人は、反乱罪を除くどんな罪によってでも逮捕されない。」(朝鮮奥地紀行)
法律的な責任
「女性は、いかなる社会階級に属する者でも、どんな違法行為を犯しても、彼女たちの行為に責任があるとは認められないし、法廷に召喚されることもほとんどない。だから、女性は誰の家にも自由に出入りでき、いつでも、夜でさえもソウルの街路を歩きまわる権利を持っているが、これに反して男子は、鐘の音が通行禁止を知らせる夜九時から朝二時までは、絶対に必要な場合以外は、誰も外出することはできず、仮に違反すれば莫大な罰金を払わねばならない。」(朝鮮事情)
無作法な女性
「朝鮮の下層階級の女たちは躾が悪く無作法である。日本の同じ下層階級の女性たちの優雅、あるいは中国の農婦たちの遠慮と親切からは遠く隔たっている。」(朝鮮奥地紀行)
「(宿屋で)群集は戸口の中に押し入り、私と私の道具で占められていない小さな空間を満たした。女の人と子供たちは山のようになって、私の寝台の上に座った。私の衣服を調べた。ヘアピンを抜いた。髪を引き下ろした。スリッパを脱がした。自分たちと同じ肉や血なのかどうかを見るために、私の着物の袖を肘まで引き上げて、私の腕をつねった。私の帽子をかぶってみたり、手袋をはめてみたりしながら、私のわずかばかりの持ち物を詳しく調査した。」(朝鮮奥地紀行)
「(女性たちの)憎らしいなれなれしさ、がやがやいう人声と、気温華氏80度(摂氏27度)での汚い衣服の臭いには我慢できなかった。」(朝鮮奥地紀行)
洗濯女
「彼女たちの衣類はひどく汚い。あたかも朝鮮の男たちが絶え間ない洗濯屋の仕事の独占権を握っているかのようである。その仕事は、至る所で行われている。夜中もずっと続けられている。あらゆる小川の端の平らな石の上には、汚れた衣類を水に浸してうずくまっている洗濯女がいる。汚れた衣類をしっかり丸めて束にして、平らな石の上に置き平らな櫂(かい)のような洗濯棒で叩いている。この過程は木の灰で作った洗料に漬けることで成り立つ。光り輝く太陽の下で漂白し、米の糊でごく軽く艶を出す。棍棒の形をした選択棒で木製のローラーの上でとんとんとんとんと短く速く長時間叩かれて普通の白い綿布が鈍くて白い繻子(しゅす)のように見え、目もくらむばかりのまぶしい白さを帯びてくる。」(朝鮮奥地紀行)
農婦
「朝鮮の農婦には楽しみは何一つないと言えるかもしれない。単調でつらい仕事を少し息子の妻に任せるようになるまで奴隷のように働かされる人以外の何者でもない。30歳で50歳に見える。40歳でしばしば歯がなくなる。個人的に身を飾る女性の強い好みさえも、しごく若い年齢で彼女の生活から衰えている。」(朝鮮奥地紀行)
一夫多妻制
「法律的には朝鮮人の家庭生活は一夫一妻制に立脚するものの、事実上は多妻制が広く行われている。財産のある家では、本妻の他に数人の妾が本妻と同一の権利の下で同居しており、これは法律も世論も禁じてはいないので、法律上の妻は彼女たちと仲良くやってゆかねばならない。」(朝鮮旅行記)
妾と売春
「既婚者であれ独身者であれ、男はみな甲斐性のある分だけ妾を囲うことができる。女性が村にやって来ると、彼女はとにかく身を落ちつける所を探す。その女性の面倒をみるだけの余裕のある者がいない時は、人々は順番にその女性を自分の家に連れて来ては、何日かのあいだ食物を与える。一人旅をしている女性が旅宿で夜を過ごしたりしたら、見知らぬ者の餌食(えじき)になることは間違いない。」(朝鮮事情)
「売春が白昼いたるところで行われ、男色やその他の自然に反する犯罪が、かなり頻繁にある。街道筋では、いたるところの村の入り口に身分の低い娼婦が米焼酎の瓶を手にしており、それを旅人に供する。」(朝鮮事情)
教育
朝鮮の子供は我儘放題で育てられるようです。学校はあるようですが上流階級と常民とでは、教育が違っているのかはっきりはしません。識字率は高かったようです。また、イサベラ・バードは朝鮮人の知力の高さをほめています。
子供の甘やかし
「教育にも、それほど注意は向けられない。朝鮮で教育とは、普通、子供のすべての意志を受け入れることだと思われている。特に息子の場合は、その我儘をすべて許してやり、彼のあらゆる欠点や悪癖についても、それを直すどころかにこやかに笑って済ませている。」(朝鮮事情)
「それより幼い子供が他にいない場合、母親は乳飲み子に7、8歳まで、時には10歳から12歳まで母乳を飲ませる。この種の不快な慣わしは、この国では当然のことのように思われているから公然と行われており、ほとんど自分の母親くらいに大きくなった子供が乳房を握っていても、誰も眉をひそめはしない。」(朝鮮事情)
学校
「部落とは区別される漢江上の村々に学校がある。しかしその学校は民衆に開放されてはいない。家族連合同好会が協力して教師をひとり雇う。生徒は学者階級の者だけである。文理にある中国の学問(儒学)だけが教えられる。これは、あらゆる朝鮮人の大望である官職への手段になっている。」(朝鮮奥地紀行)
識字率
「朝鮮における識字率はかなり高い。どんな小村にも学校があり、読み書きのできない朝鮮人には滅多にお目にかかれない。夕方になると、しばしば子供たちが鮨詰めになって思い思いにうずくまる、ほの暗く照明された小屋から2、3音よりなる摩訶不思議で単調な節回しの猛烈な歌声が響いてくる。」(朝鮮旅行記)
「諺文(おんもん:ハングル)は軽蔑され教育ある階級の書き言葉には使われない。しかしながら私は川上に居る下層階級の非常に多くの男の人たちが朝鮮固有の筆記文字(諺文)を読めることに気付いた。」(朝鮮奥地紀行)
朝鮮人の知力
「朝鮮人は優れた知力を気前よく授けられている。特にスコットランドで「判りが速い」といって知られている類の生まれつきの才能がある。外国人教師は朝鮮人の機敏さと物分かりの良さについて喜んで証言する。朝鮮人には天分があって言語をとても速く習得し、中国人や日本人よりも流暢(りゅうちょう)に、またずっと良い発音で話せる。」(朝鮮奥地紀行)
朝鮮人の性格
外国人たちは朝鮮人の性格について多く報告しています。これらの性格は現在でも変わらずに続いているのかもしれません。
朝鮮人について従順な性格であるとの報告がありますが、これは上位者や年長者には絶対服従するという朝鮮の「儒教」的な教えのせいでしょうか。
半未開性
「朝鮮人は、一般に頑固で、気難しく、怒りっぽく、執念深い。それは、彼らがいまだに浸っている半未開性のせいである。異教徒のあいだには、何らの倫理教育も行われていないし、キリスト教徒の場合も、教育がその成果をあらわすまでには時間がかかる。」(朝鮮事情)
怠惰
「朝食後に農作業が始まるが、どんな仕事でも正午には終わって、再開は決まって翌朝である。午餐を済ませると男たちは昼寝をするか、あるいは街頭に繰り出して、長いキセルをくわえながら互いの間で、あるいは通行人と話を交わしつつ夕食まで時間を潰す。」(朝鮮旅行記)
「とある居住地に近付くと、遠くから大勢の人の話し声、騒音、喧騒、賑やかな笑い声が聞こえてくる。そこへ入って行くと大群衆が旅人の周りに殺到して、先に述べたような延々と続く質問攻めと検査が始まる。」(朝鮮旅行記)
嘘と誇張
「私たちが無礼千万と思うのが当たり前な性質の、お互いの商売、仕事や金銭の取引、それから最新の情報について互いに際限なく尋ね合う。可能なすべての情報を聞き出すか作りだす。それがあらゆる男たちの仕事になっている。聞き出した事は嘘と誇張で潤色する。朝鮮は気狂いじみた噂の国である。」(朝鮮奥地紀行)
「ペール・ダレによると、朝鮮人は正直さに全く欠けているばかりでなく慎みの意味も知っていない。」(朝鮮奥地紀行)
喧騒
「朝鮮では人々が非常に高い声で話すので集会は特に騒がしい。できるだけ高い声で叫ぶことは、物腰が上品である証左となる。」
「朝鮮人が喧騒を好むのは先天的である。彼らの考えでは大騒ぎしてはじめて物事は正されるのである。」(朝鮮事情)
熱情的
「朝鮮人は男女とも生まれつき非常に熱情的である。しかし真の愛情はこの国には全く存在しない。彼らの熱情は純粋に肉体的なものであって、そこにはなんら真心がない。彼らは、自分自身を満足させるため、手に届く対象には何にでもやたらと飛びつくあの動物的な欲望、獣的本能以外は知らない。従がって風紀の腐敗は想像を絶し「人々の過半数は自分たちの真の両親を知らない」と大胆に断言さえできるのである。」(朝鮮事情)
怒りの爆発
「大人が不断の怒りを笑って済ませるから、子供たちはほとんど懲罰を受けることもなく成長し、成長した後は男も女も見境のないほどの怒りを絶え間なく爆発させるようになる。この国では、ひとたび決心するとこれを証明するために自分の指を刺し、その血で誓いを記す。怒りが爆発したりすると、人々は不思議なほど安易に首を吊ったり、投身自殺したりする。些細な不快や一言の蔑視、ほんの何でもないことが、彼らを自殺へと追いやっている。」(朝鮮事情)
復讐心
「彼らは、怒りっぽいが、それと同程度に、復讐心に満ちている。50の陰謀のうち49までが何人かの陰謀加担者によって事前に暴露される。これらは、ほとんどいつも個人的な恨みを満足させるためのものであったり、かつての少し辛辣(しんらつ)な言葉に対する仕返しのためであったりする。敵対する者たちの頭上に懲罰を加えることができるならば、自分が罰せられることなど、彼らにとっては何でもないのである。」(朝鮮事情)
弱い軍隊
「しかし、不思議なことに軍隊は概して非常に弱く、彼らは重大な危険があるとさえ見れば、武器を放棄して四方へ逃亡することしか考えない。たぶん、それは訓練不足か組織の欠陥のためであろう。有能な将官さえいれば、朝鮮人は素晴らしい軍隊になるだろうと、宣教師たちは確信している。」(朝鮮事情)
金銭感覚
「朝鮮人は金儲けには目がない。金を稼ぐためにあらゆる手段を使う。彼らは財産を保護し盗難を防ぐ道徳的な方法をほとんど知らず、まして遵守しようとはしない。しかしまた、守銭奴はほとんどいない。いるとしても富裕な中人階級か商人のあいだにいるにすぎない。」(朝鮮事情)
「私の案内人の方君は食わせ者であることが判明した。旅の間中、彼は私を見物した料金と称して群衆からお金を巻き上げてきた。このため我々は数ヵ所も余分に停止した。」(朝鮮旅行記)
「この国では現金の2、3万フランもあれば金持ちだといわれる。一般に、彼らは欲深いと同時に無駄遣いも多く、金を持てば余すところなく使ってしまう。金さえあれば豪勢な暮らしをすること、友人をよくもてなすこと、自己の気まぐれを満たすことだけを考えている。そして、再び赤貧に身を落としてもそれほど不平も言わずにこれを甘受し、運命の歯車が回り回って、また良き日がやってくるのを待っている。」(朝鮮事情)
好奇心
「性格的には、朝鮮人は自らが模倣に努める中国人よりも、日本人によく似ている。朝鮮人は機知に富み活発で感受性も好奇心も旺盛である。」(朝鮮旅行記)
「私がある村に姿を現したとしよう。すると、たちまち私は数百人の群衆に取り囲まれてしまう。私は雨霰の如き質問攻めに遭い、見知らぬ地方についての情報を提供し、私の手元にある品物のそれぞれについてその意味使用法を解説せねばならない。」(朝鮮旅行記)
「彼らにとって全てが目新しいのだ、人々は優れた品物がこんなにもたくさんあることに驚き、それらが今まで未知であったことを嘆くのであった。」(朝鮮旅行記)
従順な性格
「朝鮮人に固有と言える特徴は、温和、善良、従順である。1100万人の大衆は、軍隊の関与や戦闘がなくとも、ただ官吏の命令一下で統治されている。私は当局者のいないような極めて草深い村々も訪ねたが、秩序が乱れた記憶はない。到る所に平穏と沈黙が君臨しており、朝鮮人はこれらを乱すのを犯罪と心得ている。」(朝鮮旅行記)
暴食
「朝鮮人のもう一つの大きな欠点は暴食である。この点に関しては金持ちも貧乏人も両班も常民も、みんな差異はない。多く食べるということは名誉であり、会食者に出される食事の値打ちはその質ではなく量ではかられる。したがって食事中はほとんど話をしない。ひと言ふた言を言えば、食事のひと口ふた口を失うからである。」(朝鮮事情)
「朝鮮人は空腹感を満たすためにではなく、満腹感を享受するために食べる。この満腹感を享受する訓練は、私が数回観察したところによると、ごく幼い年齢から始まっている。母親が幼児にご飯を食べさせる。直立の姿勢でそれ以上食べれなくなると、もっと詰められるかどうか確かめるために膝の上に仰向けに寝させて、時に平たい匙(さじ)で腹を軽く叩きながら再びご飯を食べさせる。」(朝鮮奥地紀行)
「成人の朝鮮人は、満足したようすで辺りを見回しながら、げっぷを吐き出し、唾をぺっぺっと吐くような音を立て、腹をぴしゃりと打ち、満足気に唸り声を発して満腹の望ましい段階に到達したことを示す。炊くと大変な量になる1リットルほどの米が労働者の一食分である。しかし、この他にまずいご飯をおいしくする何枚もの皿がある。その皿のなかには、粉にした唐辛子の実、醤油、実にいやな臭いのする様々な土地固有のソース(コチュジャン)、一種の酸っぱい塩漬け蕪(かぶ)であるキムチ、海草、塩魚、練り粉で油揚げした塩漬けした海草などがある。ひどく貧しい者は一日に二食だけとるが、ゆとりある者は三食、四食ととる。」(朝鮮奥地紀行)
「裕福な家では牛肉と犬肉が大きな木皿に盛って出される。」(朝鮮奥地紀行)
「たった一回の食事時間に、皮をむかないで20個から25個の桃か小さな瓜が消えてなくなるのを見るのは、極めてありふれたことである。」(朝鮮奥地紀行)
暴飲
「一つの行き過ぎが他の行き過ぎを誘うように、暴食は当然暴飲を伴う。したがって、この国では大酒飲みは大きな名誉とされる。たとえ理性を失うほど米酒を飲んでも誰も彼をとがめない。守礼や高官、大臣でさえも食事の後に床の上に寝転がっても異とされない。静かに眠らせて、彼の酔いをさまさせる。列席者は、そのような不快な光景に眉をひそめるどころか、彼がかかる大きな楽しみを得ることができるほど裕福であることを心から祝福する。」(朝鮮事情)
盗み
「(南大川村の宿で)夜中に、私は鼠が床をかじるような物音で目覚めた。私にはこれが十分不審な音に聞こえたが火を点けて見ると、私の隣に寝る主人が私の頭越しに、ほかの朝鮮人へ渡した乾パンと砂糖を私の袋から取り出しているのが目に入った。袋をしっかり結わえておかなかったことを私はいたく後悔した。乾パンはたっぷりと目減りしていた。朝鮮人らはこの作業を、もう長いこと続けていたらしい。」(朝鮮旅行記)
町の風景
外国人たちは役人の行列や庶民の服装について報告してします。不潔さは朝鮮の特徴のようです。
役人の行列
「朝鮮の役人は馬にまたがって行くが、その様子は以下の通りである。役人が馬に乗ると、下僕の1人が馬もしくは驢馬(ろば)の轡(くつわ)を持ち、1人もしくは2人の下僕は馬の後を追いかけて、馬に鞭(むち)を当てつつも手を尽くして主人を支え、同時にまた通行人に道を空けるよう叫ぶ。けれども、このように乗馬で行くのは小役人だけであって、高官は常に輿(こし)で運ばれる。その場合は、200歩ほど先を数人の男が交代で走りつつ、道払いせよと叫ぶ。輿の後と両脇にもおびただしい数の従者が行列する。」(朝鮮旅行記)
不潔な衣服
「衣服は、白衣ということになっているが、ちゃんと清潔さを保っているのはとても労力のいることなので、たいていの場合は濃厚な垢のため色変わりしている。不潔ということは朝鮮人の大きな欠陥で、富裕の者でも、しばしば虫が付いて破れたままの服を着用している。」(朝鮮事情)
婦人の服装
「常民の婦人は、思いのままに外出できるようにスカート(チマ)を足の上で留めているが、両班(ヤンバン)の婦人は、内房から出られないのでチマは広くて地面を引きずっている。未亡人は、いくら若くても、いつも白衣か灰色の服を着なければならない。」(朝鮮事情)
「常民の婦人は、ほとんどいつも裸足で出かける。婦人たちは髪を編んで頭の上に巻く。それは、ふだん水甕(みずがめ)その他の重い物を頭に載せて運ぶ時の支えのクッションの役目にもなる。」(朝鮮事情)
朝鮮人の自然破壊
朝鮮ではおもに燃料として使うために町の周辺の樹木が伐られ尽くしていました。植林をしようというような知恵はなかったのでしょうか。
貧弱な植生
「(ソウルから元山の)谷間および山の周辺の植生は貧弱である。ただわずかに松林があちこちに見え、極めて稀には灌木(かんぼく)や草も目につく。この地方はほぼ全域にわたり地表が露出している。草さえも燃料のために刈りとられるからである。」(朝鮮旅行記)
森林破壊
「高峻なる摩天嶺の峠に登り、北を振り返ると旅人の眼前に雄大な風景が開ける。それは彼の記憶に永遠に刻み込まれるだろう。しかるに興奮が収まると直ちに以下のような疑問が頭をもたげる。ここで人間は樹林に対して何ということをしでかしたのだろう。この自然の贈り物をかくも無分別かつ浪費的に横領し破壊しえたのは、また自らの住まう大地の面をかくも野蛮かつ無慈悲に裸にし、汚し得たのはいったい何故かと。」(朝鮮旅行記)
「ここでは、樹林がとうの昔に破壊されてしまっている。辛うじて生き残ったのは到達するだけでも容易でなく、伐採した材木の搬出がもはや不可能である山間僻地の樹林のみ。」(朝鮮旅行記)
「屋外に炊き口を持ち床下に煙道を這わせるという朝鮮独特の家屋暖房装置が結果として招来する放漫かつ非生産的な燃料消費、厳しい冬、稠密な人口、森林伐採の国家的監視ならびに規制の欠如は、たちまちのうちに由々しい結末をもたらした。」(朝鮮旅行記)
材木の不足
「即ち、本来が商港である元山は全体として、つまり家屋も商店も倉庫も、すべて日本から搬入された資材で建設されたのである。」(朝鮮旅行記)
「私が通りかかる少し前にツホ・ウォン村が焼失した。住民は焼け跡で孜々として再建工事にいそしんでいたが、支柱や梁、側柱や桁組にどんな資材を用いていたかを目にせねばならなかった。それは2−2.5ヴェルショーク(10cm前後)の曲がった丸太だったのだ。」(朝鮮旅行記)
「ソウル近郊の木が伐られて裸にされた丘、海岸、条約港、そして主要幹線道路などは印象的であるが、この国に大変好ましくない感じを与えている。南部朝鮮の多くの地域にある材木貯蔵所は閑散としている。
しかし、北部と東部地方の山々には、特に豆満江、鴨緑江、大同江、漢江の水源地を囲む地方には、まったくのところかなりの原始林がある。そこでは、毎年たくさんの木材がこれらの河を筏(いかだ)で運ばれているけれども、今日まで樵(きこり)は明白な痕跡をほとんど残していない。」(朝鮮奥地紀行)
「この日の止宿地は、咸興から30露里(約30Km)、海からも同じ距離にある村であった。咸興の一つ手前の宿泊地からは車道が始まった。海辺にもやはり車道が走っている。咸興の手前で私はたくさんの牝牛を見かけたが、これらはわが国(ロシア)の中国人が木材や草を運搬する修羅を曳いていた。ここは退屈きわまりない土地で、山は禿山で植生はほとんど見られない。」(朝鮮旅行記)
朝鮮の風景
人々も国土も悲惨な状態にある朝鮮ですが、そんな中でもイサベラ・バードは美しい風景を発見して楽しんでいます。
済物浦からソウル
「田舎の様子は一般にがらんとしていて単調である。果樹やひょろ長い松を除いて木はない。風景にある種の品位を与える門や壁のような美しい形や特有なものは何もない。以上が私の第一印象であった。しかし私が後ほど旅行して分かったように、朝鮮の冬の比べるもののない素晴らしい大気によって美化され理想的なものにされる時、単調な風景さえ美と魅惑が見られた。」(朝鮮奥地紀行)
ソウル
「不毛の険しい山々が時々見られる。その尾根は黒いごつごつした険しい岩山と峰になっており、しばしば捩じれた松の木の間にそびえ立っている。華麗で壮観な夕暮れに、険しい峰々がすべて石竹色の半透明な紫水晶のように光る時、その影はコバルト色になり、青空は黄金色に輝いている。早春のソウル周辺は余りに綺麗である。その時、優美な青い靄が丘を覆う。山々の斜面は木立瑠璃草、躑躅(つつじ)でぱっと赤くなる。燃えるように輝く李(すもも)、赤い桜桃、震えている桃の花が思いがけない所に出現する。」(朝鮮奥地紀行)
松都
「素晴らしい天候に愛でられて、私は朝鮮の古都(松都)を出立した。その日の旅は綺麗な田舎、小さな谷間と絵のように美しいでこぼこした円丘を通るものであった。その丘の草木は、どれもイギリスのヒースの花のように豊かで紫色に変わっていた。一方、青く薄暗い松の木が枯れかかっている木の葉の燃え立つような赤い色を際立たせていた。」(朝鮮奥地紀行)
漢江の舟旅
「春はその初期の美しさに満ち、木々は最高の鮮やかな緑色、赤色、金色に彩られていた。花と花の咲く灌木は輝き、農作物の一番魅惑的な時期であった。小鳥たちは藪のなかで歌をうたっていた。豊かな芳ばしい香りが水上に漂っていた。」(朝鮮奥地紀行)
「田園地帯のあちこちは繁栄している様子を呈していた。その無事平安なさまは、みごとな栗や柿の木の深い影の下に立っている、高く隔離している垣根のある人里離れた農家がしばしば現れることで示していた。」(朝鮮奥地紀行)
「済物浦(さいもっぽ)とソウルの間のむき出しで貧弱な、木が伐られた山腹と違って、この道筋に沿っているたくさんの斜面には樹木が生い茂っていた。多くの場合、針葉樹と落葉樹の両方が植わっていた。その中にときおり高野槇(こうやまき)の絵のように美しい木立があった。」(朝鮮奥地紀行)
「美しい野葡萄が春のもっとも新鮮な緑色と微妙な赤色に包まれて、木の幹を隠しながら枝から垂れ下がり、その優雅な葉でありとあらゆる崖や岩を覆っていた。自由気儘に成長して巻き付いて昇る赤色と白色の薔薇の変種が、背の高い木すらも占有して路上にかぐわしい花綱を垂らしていた。」(朝鮮奥地紀行)
「稲田では壮麗な鶴、白鷺と羽に春の濃い溌剌さを見せている桃色の朱鷺(とき)が珍しくなかった。」(朝鮮奥地紀行)
加平
「二日間の厳しい作業の後に綺麗な所に位置している加平の町に到着した。加平は、漢江の小さな支流の谷間に散在している。」(朝鮮奥地紀行)
「小麦畑の鮮やかな緑が、あたかも庭師に整えられたかのように針葉樹と栗のみごとな木立の黒ずんだ緑に変わっていた。川沿いの並木が魅惑的であった。」(朝鮮奥地紀行)
タレ
「そこでは村が果樹園と栗や桑の木の木立のなかに半ば隠されていた。そこの収穫高は大量で、朝鮮で富とみなされている生活必需品が大量にあるのが通例になっていた。小奇麗な繁栄している場所であり、果樹園と素晴らしい農作物を産出している雛壇式の山腹に在る住民240人のタレは、川で形成された村の標本である。」(朝鮮奥地紀行)
金剛山
「確かにその11マイルの美しさは地球上のどこにもないものである。巨大な絶壁、そびえ立っている山々、森林と微かに光る灰色の峰々。松や楓(かえで)が根を張っている裂け目は、上の青空が細長い一片に狭められる程しばしば縮まっている。40フィートと50フィートの高さの桃色の花崗岩の丸石。山の頂上の松と岩の割れ目の中の羊歯と百合。桃色の花崗岩のすべすべした表面を滑り下る前に周りで渦を巻き、深い桃色の淵の中にしばらく休み留まっている綺麗な澄みきった水は、きらりと光る金剛石の輝きを持っているエメラルドグリーンよりももっと色鮮やかである。岩とそして絶壁から突き出た岩棚の上を水晶のような流れが、漂っている泡沫に向かって突進している。」(朝鮮奥地紀行)
平壌
「平壌の最初の光景は、私を大いに喜ばせた。その都市、平壌は素晴らしい場所に立地し、しかも多くの技術を活用して建てられていた。遠くから望むと堂々としたという形容詞に値する。大同江が曲がりくねっている豊かな平原を帯状に取り巻いている低い山の連なりがすべて青く菫色していて青い靄(もや)に溶け込んでいた。」(朝鮮奥地紀行)
「平壌は、川面から急に立ち上がっている高い地面に建てられている。その上の立派な城壁が不揃いに、しかし常に高くなりながら絵のように美しくそびえ立ち、大同江に張り出している丘の松の木のなかに消え失せている。大きな二重屋根の大同門、城壁上の飾り付けられた楼台、監司の衙門(観察府)のどっしりと反った屋根、高台にある大きな寺院仏閣と立派な軍人廟(関帝廟)など遠くから目立つものが、ありふれたみすぼらしい朝鮮の都市とはまったく別のものを予想させる。」(朝鮮奥地紀行)
首陽洞
「首陽洞を越えたところで田舎が実に美しくなった。ずっと大きな谷間がとりわけ魅力的であった。そこには、山腹の黒い松の木の下にある果実の生る木やその他の落葉樹が豊富にあった。たくさんの大きな村々が全般的に繁栄している様子を見せていた。そのあらゆる物が、衣類を含めて通常の物よりずっと綺麗であった。」(朝鮮奥地紀行)
ロシアの朝鮮人
イサベラ・バードは朝鮮人を人種の滓(かす)とまで言い切っています。でも彼女はロシアで成功している朝鮮人の農夫を見て、朝鮮人の未来についての希望を見出しています。
「朝鮮では、私は朝鮮人を人種の滓(かす)と考え、その状況を希望の持てないものと見做すようになっていた。しかし(ロシアの)プリモルスクで、私は自分の意見をかなり修正する根拠となるものを見た。自らを富裕な農民階級に高めた朝鮮人、またロシアの警察官や開拓者や軍の将校から等しく勤勉と善行の持ち主だという素晴らしい評判を受けた朝鮮人たちは、例外的に勤勉で倹約する質朴な人ではないことを心に留めておかなくてはなるまい。彼らはたいてい飢饉から逃れて来て飢えに苦しんだ人々であった。そして、彼らの繁栄とその全般的な振舞いは朝鮮に居る同国人が、もしもいつか正直な行政と稼ぎの保証がなされるならば、徐々に人間になれるであろうという希望を私に与えてくれた。」(朝鮮奥地紀行)
李朝末期の朝鮮3
李朝末期の朝鮮1
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参考文献
「朝鮮事情」シャルル・ダレ 東洋文庫
「朝鮮旅行記」ゲ・デ・チャガイ編 東洋文庫
「朝鮮奥地紀行」イサベラ・バード 東洋文庫
「朝鮮史」梶村秀樹 講談社現代新書
2014.12.28 野沢 清 kiyoshi_nozawa@yahoo.co.jp