ソ連崩壊の原因

かつてのソ連は米国と覇権を争う超大国でした。科学技術において、軍事力において米国に対抗できる力を持っていました。宇宙開発においては、初の人工衛星、初の有人宇宙飛行をなしとげ米国を悔しがらせたものです。
そんなソ連の弱点は、民生部門でした。国民の生活において西側諸国に勝てなかったのです。自動車や家庭用電気製品までは、なんとかついていきました。しかし、80年代以降に日本が世界中に普及させていった家庭用ビデオ、CD、テレビゲームなどのような製品は作られることはありませんでした。おそらくソ連の家庭生活は60年代からほとんど進歩がなかったのです。
日本のような企業間の競争もないため経済も停滞していました。それが、ソ連崩壊の大きな原因だと思います。その点では、日本がソ連を崩壊させたと言ってよいかもしれません。

日本の電子機器

電子機器を中心とした日本の工業製品は世界中の家庭に浸透し、その生活を豊かにしています。こうした商品は企業間の激しい競争により開発・改良されていきました。
電卓(電子式卓上計算機)
電卓は、60年代には、重く大きく価格も高いものでした。まだ、手回し計算機や計算尺が活躍していた時代です。それが、70年代に入ると小型、軽量化が進み価格も急速に下がっていきました。日本のメーカー同士で激しく競争した結果でした。
ラジカセ(ラジオカセットレコーダー)
70年代からラジカセは手軽に音楽を楽しめる機器として普及しました。80年代に日米貿易摩擦が問題になった時には、米議員による日本製品をハンマーで叩き壊すデモンストレーションで日本製ラジカセが壊されたのを記憶しています。
ウォークマン
ソニーが開発したウォークマンも世界中で受け入れられました。既存製品を小型化し従来とは違った需要を喚起しました。製品を小型化する技術は日本の独壇場でした。
家庭用ビデオ
基本特許は日本ではありませんが、家庭用の製品として安価に売り出し世界を席捲したのは日本のメーカーです。この分野でも日本のVHSとベータマックスの両陣営間で激しい競争が製品の性能向上と価格低下に寄与しています。
CD(コンパクトディスク)
やはり基本特許は日本ではありませんが、ソニーが製品化しました。CDが普及したため従来のレコードは次第に売れなくなり消えていきます。一方でパイオニアが同じ技術を使いレーザーディスク(LD)を製品化しました。レーザーディスクはDVDが出て来るまでは、高品質のビデオ機器として一定の地位を築いていました。
ファミコン(ファミリーコンピュータ)
80年代に発売された任天堂のファミコンも世界中の子供たちに受け入れられた製品です。この分野でも任天堂に対し、セガなど日本の競合メーカーが激しい競争を繰り広げました。そのため、米国にもアタリ社などのゲーム関連の企業がありましたが、いつの間にか消えてしまいました。
パソコン(パーソナルコンピュータ)
パソコン分野では米国の会社が強く、日本の企業は国内での競争に留まっていましたが、東芝が発売したラップトップ・コンピューターは世界中で受け入れられ、現在のノートパソコンの基礎となっています。東芝は現在でも世界で第五位のパソコンメーカーです。
自動車
電子機器ではありませんが日本の自動車も独自の取り組みで、世界でシェアを獲得していった製品です。70年代の石油危機の際にはホンダが他に先駆けて米国の排気ガス規制法に対応したシビックを発売しました。80年代には低燃費でコンパクトな日本車は米国で売れたため日米の貿易摩擦という政治問題も起こっています。当時の米国の車は大きくて燃費も悪くデザインも古臭かったので、次第に売れなくなっていたのです。

ソ連の対応
ソ連など社会主義国は計画経済です。生活に必要な製品を計画通りに生産し供給します。科学技術の発達で新製品が開発される可能性はありますが、日本のような企業間の競争は期待できません。結果としては、昔ながらの製品が惰性的に作られることになったのだと思います。
西側諸国との格差に気づいたソ連は、ペレストロイカ(改革)政策により政治・経済を立て直そうとしましたが、結局ソビエト連邦は崩壊し、それぞれの独立国に戻ることになりました。その後、ベルリンの壁崩壊で共産圏の東ドイツも事実上消滅し、東ヨーロッパの各国も共産主義を放棄し自由化されていきました。

日本のバブル崩壊
80年代後半の日本は、いわば絶頂期でした。日本の工業製品は世界一だと国民も思っていました。そして豊かな経済力を背景に米国の不動産を買いあさっていたのが、このころです。そのため日本人は傲慢、不遜とさえ思われた時代です。
しかし、バブル崩壊とともにその様子も変わってきます。日本の経済は停滞を余儀なくされ、90年代には台湾や韓国が新興してきました。現在では、日本の企業は韓国に遅れをとる事態にまでなってしまいました。

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2011.3.9 野沢 清 kiyoshi_nozawa@yahoo.co.jp