日本人の集団主義

日本人のチームワーク

80年代に日本の電気製品や自動車が世界中に売れるようになり、日本の生産性向上は各国の注目を浴び、研究されることになりました。日本製品の素晴らしさや生産性の向上の背景には、工場でのQC活動や改善活動がありました。外圧により日本の自動車工場などが米国などに進出せざるを得なくなり、工場の生産活動の手法も外国に輸出されることになりました。QC活動や改善活動を各国も学ぶことになったのです。そして、外国人が見出したのは、日本独特のチームワークでした。
米国などでは、各個人が勉強してスキルを向上させ競争を勝ち抜くことが当たり前で、個人のノウハウを他人に教えるなどというのは、基本的に考えられないし、業績が個人にではなくチームに帰属するなどということは考えにくいことだったようです。おそらく、こうした個人主義は現在でも米国などでは普通の考え方だと思います。チームよりは、個人がヒーローとして讃えられる社会です。
一方、日本ではチーム中心主義が当たり前です。高校野球で優勝した場合でも、チームで頑張った結果であると、みんな考えています。ヒーローとなるべき中心選手も、どこか遠慮気味にチームの勝利だと言います。米国で活躍している野球選手の松井秀喜がサムライと評されることがあります。素晴らしい一打を放っても他の選手と違い喜びを表さず、淡々とした表情をしているからです。チームのために当たり前のことをしただけという雰囲気が、感情を抑えたサムライに見えるからです。

富国強兵の学校教育

日本のチーム中心の考え方は、どこから来るのでしょうか。これを日本人は農耕民族だからとか、江戸時代以前からの共同体の意識に求めるのは少し違っているように思います。世界の各国に純粋な工業国などというのはないだろうし、遊牧民族や牧畜国家も少数派だろうと思います。まして、相手に向かって狩猟民族などと言ったら怒られることは必至です。なぜなら日本でも狩猟採取の時代から農耕の時代へと歴史は進化して来たのです。狩猟民族ということは、原始人と言うのと同じくらい馬鹿にした表現と取られかねないからです。
日本の集団主義は、明治以来の学校教育にあると、私は考えています。明治の教育は歴史でも習ったように根底に富国強兵の考え方があります。学校教育も一種の軍事教練の場として考えていたように思います。 日本では幼稚園でも、子供を整列させ行進させることを訓練します。さらに、小学校に入ると、これを徹底し、毎日朝礼などで「前習い」や「気を付け」で整列を訓練することになります。典型的に分かりやすいのは、運動会です。綺麗に整列させ、整然と行進させます。昔ならヒトラー式の敬礼まで行ったと思います。軍事教練そのものです。さらに、運動会は全員参加で、チーム毎に得点を競ったりします。騎馬戦、棒倒し、玉入れなど全員参加で戦うのが原則です。おそらく米国などでは、考えられない形式です。代表選手でチームを作るのではなく、全員参加を原則として競技を考えています。
授業でも、チームで協力する訓練を行います。チームでの討議や制作を行わせますが、問題が起こればチームの連帯責任とされます。教育の一環として行われるクラブ活動では、さらにこれが徹底されます。誰かが起こした不祥事でも、連帯責任として無関係な人まで罰せられることに疑問を持つ人は少なく、当たり前として受け止められています。 こうした学校教育で集団行動の訓練を受けてきた人材が、日本の高度成長期の経済発展を支えてきました。会社のために、自分たちのチームのために懸命に働いてきました。そして、日本はジャパン・アズ・ナンバーワンと言われるまでに発展・成長してきました。これは、集団的な訓練を受けてきた、日本の普通の人たちが成し遂げた成果でした。

集団主義の欠点

一方で、日本の集団主義的な教育には欠点があります。強力なリーダーが現れにくいのです。集団主義では、集団全体を優先することになり、個人の主張は、一種のわがままとして抑えられ気味になります。ある意味では、帰属する集団によって洗脳されることにもなります。まわりと意見が一致していることで安心しているように見えます。外国人からは、日本人は会議の場で意見を言ったり、自己主張したりすることが少ないように見えるようです。また、まわりのようすを見てから行動することも多く、自分から行動することが少ないようにも思えます。政治の世界でも、顔の見えるような個性的な政治家は少ないのが日本の実情です。下手なことを言って叩かれるのが嫌なのでしょうか。失言する政治家は多くいますが、小泉元首相のように個性的な識見を押し通せる政治家は少ないのが現実です。

バブル後の日本

日本は世界に追いつき、追い越せで高度成長期を走り抜けて来ました。欧米諸国を目標に走って来ましたが、世界のトップグループになった結果、バブル崩壊を招くことになってしまいました。集団主義は目標が見えている時には力を発揮します。付和雷同的であっても全員が一斉に同じ方向に走りだします。でも、バブル崩壊後は目標を見失ったように見えます。欧米諸国は、もう目標ではなくなったのです。
第一次世界大戦のころ、米国は新興国でした。当時は植民地を持っていた英仏などが世界の中心でした。でも、第二次世界大戦が終わるころには、米国は世界一の大国となっていきます。自動車や電気製品などで世界一の工業国になり、軍事力においても世界一の国家になりました。しかし、70〜80年代に米国の工業は日本に追い上げられ、不況に苦しむことになります。日本との競争に勝てなくなった工場がつぶれていったのです。その後、米国はインターネットや金融で成長して行くことになります。
現在の日本も、台湾、韓国、中国に追い上げられて苦しんでいます。今後、日本は復活できるのでしょうか。

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参考文献
「世界の日本人ジョーク集」早坂隆(中公新書ラクレ)
「奥様はニューヨーカー See you later,alligator.」岡田光世、島本真記子(幻冬舎文庫)

2011.2.13 野沢 清 kiyoshi_nozawa@yahoo.co.jp