東京

東京の人

東京のサラリーマンに出身地を聞いてみると、私もそうですが約9割は地方出身者です。(注1)大企業であれば、全国から社員を募集します。また、東京の大学には全国から学生が集まります。東京の人口は日本全体の約1割ですから、当然であるとも言えます。
ということは、朝晩の東京の通勤電車に乗っている人の多くは地方出身者ということになります。旅行者もいるでしょうから、乗客のほとんど全部が地方出身者なのかもしれません。 よく東京の人は冷たいだのとの評を聞きますが、それは東京の人のことではなく、東京で働く地方出身者のことを言っているのだと私は思っています。
では、東京の人は、どこに居るのでしょうか。私の狭い知見の範囲ですが、東京で生まれた人は、例えば信用金庫など地元の金融機関、自動車販売店など地元の企業に就職する人が多いようです。また、親の商売を継いで地元に残る人もいます。実家を出て独立する場合は、地方出身者と同様に、住宅価格の安い東京近郊の千葉県、埼玉県、神奈川県などに移り住むことになります。
大阪には、いかにもそれらしい大阪のオバチャンがいるようですが、東京には、東京のオバチャンはいないのでしょうか。あるいは、チャキチャキの江戸っ子はいないのでしょうか。個人的な感覚で正確ではありませんが、少ないながらも局地的に居ると思います。場所的は、浅草や深川など古くからの東京の下町です。ここら辺には、かなりの率で東京のオバチャンや江戸っ子が生存していそうです。おそらく、地元で商売を続けていたりします。東京の主要な繁華街の周辺は、住んでいる人も少ないので昔からの地元のオバチャンみたいな人は、ほとんどいないと思います。それどころか、渋谷や原宿は地方のからの観光客が多く集まる場所になってしまい、いつもゴチャゴチャしているので「東京の人」は寄り付かなくなっています。

江戸っ子

下町といえば、おかずの貸し借りをしたりする義理人情のある街、というのが世間の通り相場ですが、必ずしもそうでもないようです。ひろさちやさんが「「狂い」のすすめ」という本で、永六輔さんの言葉として紹介しています。
東京の葛飾柴又で生れた香具師の車寅次郎、いわゆる寅さんを主人公にした「男はつらいよ」シリーズで、東京の下町の人情味あふれる人間関係が描かれていますが、あれは本当の東京の下町の風景ではない、というのです。永さんは東京は浅草の生れで、自分が生れ育った本当の下町の人間は、あんなべたべたした人間関係は持たない。あの映画が描いているのは、東京の田舎の風景だそうです。
たとえば、浅草であれば、ちょっと散歩をしていて、近所の人に、
「きのう、寅さんが死んだよ」
と教われば、
「あ、そう」と応じる、それだけだそうです。別段、「ご愁傷さま」とも言わないし(だって、その人は寅さんの身内ではありません)、お線香をあげに行くこともしません。そんな人間関係をつくらないのが江戸っ子だそうです。
永六輔さん自身も「おしゃべり文化 会う人はみんな僕の薬」で書いています。
たとえば、下町ではおいしいものを作ったら隣のうちに持っていって、一緒に食べようというような、そういうつきあい方をするのだろうと。
誤解です。
夜のおかずを分け合って食べる、なんていうのは、地方から出てきて浅草に住みついた人たちのする、田舎の付きあい方。我が家におかずが届いたことはありませんし、我が家から隣家へおかずを持っていったりという、よけいなお世話はいたしません。
ここなんです。下町っ子が大事にするのは。プライバシー。
相手の生活を尊ぶ、個人主義です。人情の有無ではなくて、もっと深いつながりがあります。
かなり、都会的ですね。東京の下町にもいろいろあるのかもしれません。
一方で、遊び好きで、オッチョコチョイで、お調子者な江戸っ子もいるようです。築地魚河岸仲卸の三代目である生田與克さんの「たまらねぇ場所築地魚河岸」には、そんな人物が多く登場します。落語の世界そのものです。
「昨日パソコンっての買ってきたよぉ。しかし重てぇモンなんだなぁ」
ここら辺が魚屋だ、重さも評価の対象となる。
「まぁ持ち運ぶわけじゃないんだからいじゃねぇか。それでインターネットは?」
「イクタさん言ったとおりに言ったら、明後日来て工事をやってくれるらしいよ」
「そりゃよかった。(興味本位で)ところで、なんて言って買ったの?」
「『おぉ、インターネットくれよっ“!』だよ。で、オレが何にもしらねぇのをいいことに、高ぇのおっつけられてもイヤだから『ウチで使うんだから、安いんでいいんだよっ!』とも言ってやった」
築地の岸壁で水死体らしきものを発見したKちゃん。
「だからぁ、オレは頭らしきモノが川に浮かんでいるのを見ただけだよ。で、さっきの野次馬連中にそう言うと、『なにぃ〜、全裸の女じゃねぇのかっ!騒がせんじゃねぇよ、この野郎!』って怒られるんだよ。だから今まで隠れてたんだ」
歌手でタレントのなぎら健壱さんは、木挽町(銀座)の生まれですが、そのとぼけた芸風は、どこか江戸っ子を感じさせます。なぎらさんの「酒にまじわれば」に書いてある話です。ある日、なぎらさんたちは、雨の中で花見を敢行し、噴水のある人工池で水中鬼ゴッコを行いました。
その様子が、夕方のテレビのニュースで流れた。
「雨の中、最後の花見を楽しむ若者たち」と。
それを偶然見ていた親父から、電話が入った。
「お前今日、花見やっていなかったか?」
「い、いや、別に・・・・・・なんで?」
「さっきな、お前に似たのが、池で泳いでいるのをテレビでやっていたぞ」
「俺じゃないよ」
「そうか。この季節、ああいう変なのが出てくるんだな、全く。親の顔が見てみたい」
東京には下町だけでなく、山の手もあります。その雰囲気を伝えているのが、林えり子さんの「東京っ子ことば」です。
でも、谷中、根津あたりにゆくと、 「それは、いんぎ(縁起)のいいことで」 と、老婦人が東京方言を頑固に使っている。東京っ子ことばは、まだ当分は、健在らしい。
林さんは、「東京っ子ことば」を書き始めるにあたって戸板康二さん(武家屋敷と寺院の多い芝の生れ)に次のように言われたらしい。
「えり子さんは本郷で生まれ育ったのだから、東京っ子でも山の手っ子だね。東京ことばというと下町のべらんめぇ調だと、大方は思っているけど、それだけじゃない。ぼくは池田君(故人の弥三郎氏、銀座の人)と仲が良かったけど、ことばだけは、肌が合わなかった。あなたが書くとなれば、山の手ことばに徹したほうがいいね」
東京の山の手といえば、文京区の本郷、谷中、根津あたりだったようです。でも、この「東京っ子ことば」は、東京で生活をしていても、普段は聞かれないことばになってしまっています。

山手線

山手線で10年間通勤していましたが、その雰囲気は地下鉄と比べるとかなり違っています。地下鉄の場合、通勤・通学の乗客がほとんどですが、山手線の場合、何をしているのか何処へ行くのか、よく分からない風体の人も多くいます。朝の通勤時間帯でも、若い学生風の私服の人も多くいます。もちろん、旅行客風の人や東京に出張で出てきたサラリーマン風の人もいます。地下鉄の乗客は、いつもの通勤・通学ですから比較的整然とした感じがしますが、山手線は、多少雑然とした雰囲気があります。何処となく混雑する都会の電車に乗りなれてない人も多いように感じます。
そこで、山手線社内での様子を例にとって、都会の電車になれている人と、そうでない人の比較をしてみたいと思います。以下の文章では便宜上、次のよう表現します。
「東京の人」:都会の電車になれた人
「田舎の人」:都会の電車になれてない人
東京で生活する人の多くは地方出身者です。ですから、違いは都会の電車になれているかいないかの違いだと思います。以下はおもに新宿、品川間の車内での経験をもとに書いてみたいと思います。
まずは、私の利用していた朝7時半くらいの山手線のようすについて説明します。新宿駅で品川方面に行く先頭車両に乗り込みます。新宿駅では半分以上の人が入れ替わります。まわりの人とぶつからなく済む程度の混雑状況です。ここでは、見たことのある人は1割程度です。代々木駅ではほとんど乗降客はありません。あっても車両で1、2人程度です。原宿駅では数人の入れ替わりがあります。渋谷駅での入れ替わりはそれほど多くはなく、まわりの数人が降り、数人が乗って来ます。恵比寿駅での乗降客は少なく数名程度。目黒駅は、車両位置がよいのか割りと多くの人が乗ってきます。いつも見かける人も多く数名程度がひとつのドアから乗って来ます。次の五反田駅では乗り換えに便利なのか、かなりの人が入れ替わります。いつもの通勤・通学客といった雰囲気で見た顔も多い。混雑度はかなり増します。大崎駅では、埼京線からの乗り換え客か、数名がひとつのドアから乗ってきます。代わりに降りるのは1、2名程度です。混雑度はさらに増します。押し合うくらいになることも珍しくありません。そして、品川駅に入ると大勢が列を作って待っています。ここで、私も含めてたくさんの人が降ります。日によって多少の違いはありますが、私の乗っていた朝の山手線の車両のようすです。
では、そんな車両での「東京の人」と「田舎の人」の比較をおこなってみたいと思います。
1.コンセプトの違い
「東京の人」は人のじゃまにならないように、人に迷惑をかけないように、が基本的なコンセプトです。大勢の人が乗り降りしますから、そのじゃまになったら自分も移動しなければなりません。そこで、いつも乗っている電車だと、どの辺に立ったらじゃまにならないか、いちいち移動しなくて済むか、分かっています。
「田舎の人」の基本コンセプトは、「権利の主張」のように見えます。ここは、俺の場所だ、何が悪いんだよ的な雰囲気です。人のじゃまになっても、あまりよけようとしない傾向があります。
2.座席の座り方
「田舎の人」は浅く腰掛けます。その結果、足が前方に出てくるので、その前に立つ人にとっては微妙にじゃまになります。地下鉄などは、車両の幅も狭いので、なれた人は足が前に出ないよう深く腰掛けます。地下鉄の乗客の方が何となく整然と見えるのは、このためだと思います。
また、腰掛ける際の位置取りもあります。都会の電車の場合、すぐに誰か乗ってくるので、席が空いていても次の人のことを考えて位置取りするのが「都会の人」です。
3.立ち方
「田舎の人」は、斜めに立つ傾向があります。膝を曲げて体が少し「くの字」になる立ち方です。足の間隔も少し広げることになります。これは、押し合うほど混雑した電車では無理な立ち方です。正しい立ち方は、肩幅程度に足の間隔を取りまっすぐ立つことだと思います。
吊り革は、片手でつかむのが普通ですが、両手でつかんでいる場合は「田舎の人」と思って間違いないと思います。吊り革を2個つかんでいる場合は、酔っ払いか「田舎の人」です。
また、ドアのそばの座席の横に立つ場合、「田舎の人」の足は、かなり前方に出てくる傾向があります。これが、極端になっていくと床に座り込むことになります。時々、田舎の電車で見かけることがありますが、高校生の男の子などが取る体勢ですね。
4.立つ位置
「東京の人」は慣れているので、乗車したら奥の方に入って行きますが、「田舎の人」はドア付近に溜まる傾向があります。奥が空いているのに次に乗ってきた人が、奥に入れずドア付近だけがますます混雑します。
なかには、最後に乗ってドアに貼りつく趣味の人もいます。でも到着駅で降りてから急ぎもしないのは不思議です。
5.吊り革
最近の電車はドア付近に吊り革があります。また、ドアから通路に入っていく所、つまり通路上にも吊り革があります。さほど混んでないのに、これらの吊り革につかまりたがるのは「田舎の人」の特徴です。山手線は、吊り革がなくとも踏ん張れる程度しか揺れません。「東京の人」なら、通路上やドア付近で吊り革をつかまなくとも立っていられます。
「田舎の人」は、ドア付近の吊り革をつかむと自分の場所を確保したと勘違いするのか、その場所を動きたがりません。そのため、乗降客のじゃまになっていることもよくあります。
また、通路上で遠くから手を伸ばして吊り革をつかむのも「田舎の人」の特徴です。人の頭に触れながら吊り革をつかまれるのは少し不愉快です。
6.車内での暇つぶし
車内で新聞を読む、あるいは読書をするのは当然と思っているのは「田舎の人」です。立った状態で人のじゃまになりながら新聞を読むのは、迷惑な行為です。また、耳にイヤフォンをつけている人を見かけると、「田舎の人」だと思ってしまいます。なぜ自分の世界にこもりたがるのか不思議です。もちろん、あの音漏れは不快ですし大変迷惑です。
立ったままでの、携帯電話のメールや携帯ゲーム機で遊ぶのも微妙にじゃまです。別の路線ですが、わずか2、3分の移動時間にも携帯電話で落ち物ゲームをしているのをよく見かけます。そうまでしなければいけない心情は理解できません。
山手線の場合、そんなに長時間乗るはずもないので、迷惑な暇つぶしは避けるのが「東京の人」だと思います。混んだ車内で許せるのは、せいぜい学生の試験勉強くらいです。
7.通路の歩行
駅構内の通路、あるいは都心の広い歩道などでもそうですが、たいていは左側通行です。場所によっては、そこの管理者があえて右側通行にしてあることもありますが、原則は左側通行です。こうした場所で、あえて逆らって右側を歩く人もいます。たぶん「田舎の人」です。
これが、極端になったのが今の渋谷、原宿だと思います。何処を歩こうが勝手だろ、という「田舎の人」が集まった結果が、今のカオス(混沌)状態だろうと思います。

エスカレータの右側歩行

東京でのエスカレータの右側歩行は自然発生的に定着しました。私がエスカレータで歩くようになったのは、有楽町線が新木場まで延伸した1988年ころです。有楽町線市谷駅ホームでは、乗り換えのための階段やエスカレータが当時は一ヶ所しかありませんでした。上り2本、下り2本のエスカレータに狭い階段が併設されています。電車が到着すると乗客が一ヶ所のエスカレータに殺到し大変な混雑状況になり、上に行くのに相当待たされることになります。すると、急ぎたい人は、当然エスカレータを歩いて登り始めます。すでにエスカレータに乗っている人は、歩いて登ってくる人に気づくと左側によけるようになりました。登りのエスカレータは左側にあります。つまり、歩きたくない人は、外側によけたのです。これが、エスカレータでの歩行が右側になった理由です。
それ以前にも地下鉄にエスカレータはありました。私が利用していた例では、日比谷線の銀座駅に少し長いエスカレータがありました。ここでは、真ん中に階段、その左右に上り下りのエスカレータという構成です。急ぎたい人は階段を使いますので、ここではエスカレータを歩く必要はありませんでした。
エスカレータ歩行を始めた当初は、設備の管理者側からの異論が聞こえてきました。エスカレータは歩行を前提に設計してないので危険である云々。最近は、この習慣が定着してきたので、こうした意見は、ほとんど聞かなくなりました。
なお、上り下りのエスカレータがある場合、左側通行で設置されているのが一般的です。蛇足ですが、電車も左側通行が普通です。山手線では、上り下りではなく外回り内回りと呼んで電車の行き先を区別しています。外回り内回りでは分かりにくいのですが、左側通行ですから外回りの場合は時計回りの方向に走ることになります。

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注.1 OLについては、地元採用も多いので首都圏出身者が多いかもしれません。

参考文献
「「狂い」のすすめ」ひろさちや(集英社新書)
「おしゃべり文化 合う人はみんな僕の薬」永六輔(講談社+α新書)
「たまらねぇ場所 築地魚河岸」生田與克(学研新書)
「酒にまじわれば」なぎら健壱(文春文庫)
「東京っ子ことば」林えり子(文春文庫)

2011.1.20 野沢 清 kiyoshi_nozawa@yahoo.co.jp
2011.1.25 改訂