トースト


「可愛いよなぁ、みなとちゃん」

「お前、そればっかりだよな」

 とある休み時間
 俺、葛葉慎吾は友人である裕也といわゆる恋バナというものに花を咲かせていた。
 ちなみに俺はかつて恋バナを「恋するバナナ」の略かなにかと思いレンタルDVDで探してみたことがあるが内緒だ。

「でもな、かわいいだろ。鳳林みなと……古風な名前で一見お嬢様っぽいかと想像させといて明るい近頃の萌えっ子キャラ」

「俺はその「萌え」ってリアル人物に使うの初めて聞いたよ……」

「2-D所属 出席番号女子5番所属は合唱部、好きな動物は猫で前回の中間テストでは34位、お風呂で最初に洗うのは」

「ごめん、俺今お前が無茶苦茶恐くなった…」

「え、そう?好きなこのことをリサーチするのは基本じゃね?」

「お前のは世間一般ではストーカーという」

 呆れられた。

「まあ、そう呆れるな。長きに渡ってみなとちゃんを遠くから見ていただけの俺だがそろそろ次のステップに進もうと思ってな」

「そうか。警察に捕まったら一応、真面目で明るいいい奴だったんだけど……とか言っておくよ」

「おいおい、俺がまるでみなとちゃんの家に侵入して突撃ラブハート的な告白してとかそういうあれを考えたんではないのか?」

「俺が思うに絶対そのアイデア思いついてたよな」

 実は初期プランだったが内緒だ。

「ふふふ、悲しい。悲しいぞゆうちゃん」

「母親みたいな呼び方止めてくれねぇか」

「てかお前母親から「ゆうちゃん」って呼ばれてんの!?それ凄くウケるんだけど!」

「人間止めてくれないかな」

 裕也の額に青筋が浮かんでるんでこのネタはそろそろ止めておこう。

「ふふふ、では説明しよう。聞いて驚くなよ」

 翌日、俺は彼女がいつも使う通学路で待ち構えていた。
 ここ半年のリサーチによると彼女はいつも同じ時間に行動しこのルートで学校へ行く。
 トーストを口にくわえて…
 名前からして和食派に思える彼女だが意外にも朝はパン派だ。
 しかもトーストを口にくわえて走るという古典的というか本当にする人間が存在するのだなというツッコミが入りそうな行動をとる。
 口にくわえて走るということは古来より遅刻しそうということなのだが何とも不思議だ。
 その考えで行くといつも同じ時間に通る=いつも遅刻しそうになっているということである。
 しかしながら遅刻したことは一度もとしてないし起床時間も決して遅くはない。むしろ実際のところ走る必要はないが走っているのだ。

 そのミステリアスさがまた魅力的でもあるのだ。
 さて、俺が考える次のステップへ進む方法。
 それは古典的なトーストを加えた少女と曲がり角でぶつかるというものだ。
 そこからあちらも俺を意識し恋が始まる。
 完璧すぎる理論だがそれを聞いた裕也は頭を押さえながら保健室へ行っていた。
 体長が悪いのだろうか?体調管理はとても重要だと俺は思う。
 さて、彼女が来るまで約5分。
 鼓動が荒波のごとく波打っているものだ。
 そんな俺の背後で、何やらシャリっと音がした。




 少女だった。
 頭に被った帽子には黒い羽根飾りがついていた。
 少女は手にトーストを持っていて……

「あなた、面白いカタチだね」

「な…」

 少女は何処から取り出したのか茶色いジャムをトーストに塗っていた。

「正確にはジャムじゃないよ」

「え?」

「そもそも「英語のジャム(jam)の語源は「ぎっしり詰め込む」というもので形も凝固したものなの。それに対しこれはコンフィチール。これはフランス語でジャムの事を差すんだけど果肉とかが残ってるのがこれにあたるかな。ちなみにこれはチョコレートと桃のコンフィチール」

 シャリっとトーストをかじりながら少女は笑った。
 なるほど、中々博識な子だ。

「ていうか君は」

「普通じゃ考え付かない型破りな恋愛ステップ、いいと思うよ。百人いれば百の恋があるからね」

 あれ、もしかしてこの子は俺の完璧な作戦を知っている?
 裕也の知り合いか?
 妹がいたとは聞いていない。彼女とか?
 そう考えるといつの間にか少女は新しいトーストを手にしており別のジャムを塗っていた。
 待て、どこから出していつ焼いた?
 ていうかジャムは何処から来た!?

「これはたけのこジャムだよ」

「聞いてない!ていうか、たけのこジャム!?いや、それが何か気になるが今気になっていることは」

「説明できないことなんてたくさんあるよ。気にしない方がいいかな。うん、そうだね。気にしなくていいよ」

 疑問を遮られた。

「と、とりあえず俺は完璧な作戦を遂行する義務があるんだ。邪魔するならあっちに行け」

 しっしっ、と手で追い払うしぐさをするも少女は変わらぬ笑顔で話を続ける。

「大丈夫、人の欲望は無限大。あなたの欲望、きっと叶うよ。余計なことは考えないでね」

 少女はそういうとすっと消えていった。

「!?」

 幽霊!?
 いったいあの子は何だったんだろうか。
 いや、それよりも今は……



 少女が消えてすぐ、目標は姿を現した。
 いつも通り口にトーストをくわえ……
 俺は曲がり角に姿を隠す。
 あと十数秒
 そこから俺とみなとちゃんの物語は始まる。
 ふと、先ほどの少女を思い出した。
 色々とジャムを塗ってたな。
 みなとちゃんはジャムは塗らずマーガリンのみなのが好みだ。
 すなわち、マーガリン・オンリー派
 それにしても……冷静に考えればみなとちゃんにくわえられているトーストって幸せだよな。
 あの可愛らしい口にくわえられ舌で転がされて最後にはみなとちゃんとひとつに…
 あれ、何かエロっぽい雰囲気だな。
 やべぇ、何かトーストに殺意沸いてきた。
 うらやましい。
 
「あのトーストになりてぇなぁ」
 
 そんな風に考えてたら運命の瞬間まであと数メートル、1秒未満
 いかん!!
 俺は反射的に飛び出していた。
 いざ行かん、運命の時に!!




 青空が見える。

「だ、大丈夫ですか!?」

 慌てる彼女の声が聞こえる。
 いかんな、これは。
 予定では俺が声をかけて助け起こす手はずだ。
 だがこれくらいならば想定内。
 さあ、みなとちゃん、俺に手を差し伸べてくれ。
 そこから俺たちの物語は始まるのだ。

「ちょっと、大丈夫!?しっかりしてください!」

 あれ、いつまで経ってもみなとちゃんが俺をのぞき込まない?
 セリフから察するに覗き込んでいてしかるべきであり……ていうか体が動かない。
 打ち所が悪かったのか?
 ていうか何だろう違和感を感じる。
 何か身体が窮屈だしマーガリン臭いし
 え、これいったいどういう状況!?
 そんな俺の視界にあの少女が映った。




「余計なこと考えちゃだめだって言ったのに……」

 少女はみなとの口から離れたトーストのそばに立ち「それ」を見下ろしていた。

「トーストになりたいなんて願ってるから、入れ替わっちゃったんだね」

 少女はため息をつく。

「ぶつかって入れ替わりも古典的だけど度が過ぎたよね。古典的+古典的=斬新って感じかな」

 少女はトースターを手に取ると宙へと放り投げた。
 トースターは空中で何かに刻まれたようにバラバラに千切れ……
 そこへ何処からともなく現れたカラスたちが思い思いに切れ端をついばみ飛び去って行った。

「あなたの物語はここで終わり」

 少女は空っぽになった男の体を揺さぶりパニックを起こす少女を眺め目を細めた。

「面白いカタチだね……」