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http://www005.upp.so-net.ne.jp/shigas/HOMEPG90.HTM
志野原生ホームページより
京大出で民間企業に就職し、四国の高専教授を1997年に退官した人らしい。「時雨の記」の感想文が素晴らしかったので人生論を読んだ。志野原生はペンネーム。読者からはコメントとう何も出来ない。化学系の教授らしいが、文学・人生論にも長けている。
鵜飼俊男推薦
「君たち」に「むかつく」
新聞の投書欄を見ていたら、文相が中学生に「君たち」と呼びかけたことに「むかつく」と48歳の塾の女教師が書いていた。上司に「君たち」を使われると、それだけでもう聞く気がしないとも書いている。「あなたたち」と言えと仰せである。むかつくほど本質的な問題ではないと思うが、幾分気になる投書である。
我々は、英語ならyou一つで済ますところを何種類にも言い分けている。この言葉一つでもかなり微妙に相互の立場や意志のコミュニケーションをやれる。大和民族が何百年を掛けて仕上げてきた、繊細な表現力あふれる言葉を、私は大切に継承したいと思う。人の感性知性は連続的なのに対し、それを表現する言葉は不連続である。だからできる限り言葉を豊かにしたい。今流行のように外国語で日本語にないニアンスを表現するのも良い。一方で先祖から伝えた日本語の特徴も持ち続けるべきである。出だしには敬語丁寧語を使う。これは麻雀で言うなら仮親作りのルールである。
人の交際には利害関係対立関係があるのが当たり前である。うまく運用するためには取り仕切り人がいる。いつかは実力者がその機構の取り仕切りをやるのだが、はじめから誰が、どちらが取り仕切り人に適しているか分かっている場合など滅多にない。昔と違って、今の社会は開放的で出入りが激しくかつ急速に変化する。真の取り仕切り人に至るまでのルールを持っていないと、入り口からヤッサモッサになる。そのために仮親が要る。短い付き合いなら仮親のままで終わっても良いし、そんなケースも再々見かける。誰が仮親かは社会の暗黙の了解事項である。割と合理的にできている。生徒と先生では、取り仕切り人は文句なしに初めから終わりまで後者である。生徒は敬語を使ってルールを認識していると意志表示する。社会で無駄な摩擦から身を守る方法として非常に大切な学習である。
例えば「・・だろ(う)。」「・・だろ(う)が。」と先生に向かって話す学生がいた。彼に悪意はない。しかし初対面からである。その言い方が年少の頃から身に付いているようであった。先生には生徒と友人関係のような馴れ馴れしさで話し合える関係にあることで安堵感を持つ人もいる。だがそんな一体感は子供の成長に有害である。
ボスを殴って解雇になった青年がいた。入社時から危ない雰囲気を持った人であった。言葉づかいがぞんざいで、ボスの取り仕切りにいつも突っ張っているように聞こえた。高度社会では、飛び抜けた才人でない限り、周囲に、それも自分以上の人々に支えられてやっと飯にありつける。サル社会ですら、一員に数えてもらうために若ザルはボスザルにたいし懸命に毛繕いをする。「仮親」「親」は素直に受け入れなければならぬ。文相は教育上もやっぱり「君たち」でよい。そして「あなたたち」と呼ばれるように成長せよと教えるべきである。
NHKの金曜番組に「食卓の王様」というのがある。NHKの使う日本語は言葉としては、シチュエーションに応じて標準的で嫌みがないが、この番組の国井某というレギュラーの出演者が訪問先で使う言葉は耳障りである。訪問される人々はたいがいは年長者で、ごく自然に訪問者に敬語で挨拶する。ところがインタビューをする訪問者がしばしば「君たち」流の非敬語を口に出す。教えてもらうのに聞いてやるという言い方をする。香西かおりという歌手もインタビューでは危ない言葉づかいであった。ほか女子マラソンの解説に出てくる某教授も身内でもない選手を呼び捨てにするので耳障りだったが、いつの間にか敬称を付けるようになってほっとしている。
('98/03/23)
鵜飼俊男推薦 その2
心の統計
相次ぐ中学生の傷害事件にたいして、同じ世代がどう思っているかとアンケートを取る。結果は大変衝撃的で、たとえば女教師を刺殺した中学生に、心情的同情を感じているものが多数いると報告された。なぜそんな統計を取るのだろう。以前校長先生から聞いたことがある。文部省を説得するにはデータがいると。教壇の経験の無いお役人は、現場の発信する情報の重さを数字でしか受け止められぬ。マスコミについても同じことが言えるだろう。だからそれなりの意味はある。以前にも言ったが、好きでもない教科を、遊びたい盛りに教え込もうとする先生に、瞬間的にせよ、殺してしまえとかぶん殴ってやりたいとか、死んでしまえとか病気になりやがれとか、悪意反感を募らせながらいやいや学校に来る。繰り返しお説教した相手には特に悪感情を鬱積させている。これは今に始まったことではない。アッシリアの寺小屋あとから発見された粘土板文書を見たまえ。楔形文字の悪口がいっぱい出てくる?だから、無記名で悪感情の集計をしたら、キレた中学生への同情票はきっと多いだろう。驚くに当たらない。だが、この数字だけが一人歩きをすると、非情非行が市民権を得たような気分を醸して、未熟な頭を煽る結果になりはせぬか。卑劣さを理解し怒る正義感の養分となるように、「考える」アンケートを実施すべきであった。
社会は人が人を評価し査定し裁く修羅場である。小錦流に言うと、喧嘩の場である。にこやかに笑みを浮かべながら毎日喧嘩をする。家を一歩出ると10人の敵が待ちかまえていると古来から言うではないか。その日のために、先生と生徒は真剣に毎日喧嘩の学習をすべきである。だが校内では、非暴力、平和平和といって腕力沙汰は一切を御法度とし、代わりに言葉で戦ったら、あの言葉もこの言葉も差別語で禁止とくる。だいたい喧嘩をするのに差別語は必需品である。ののしり語は鬱憤を晴らす良薬で、できるだけ暴力に至らないための予防薬である。喧嘩の手段を禁じてきれい事に終わらすように縛ってあるようなものだ。もやもやが溜まってしまう。大人の入り口に姿を見せたばかり子供たちである。まだ動物性に富んでいる。角を矯めて牛を殺すことはない。とげとげしい雰囲気を避けよう、その場をともかく丸く収めよう、何とかところてん式に送り出してしまえ、めんどいことはお断りだ、なんて思っていると相手もそう思ってくる。人は偉いもので、年に関係なくこちらの気持ちを正確に読みとって同じ程度の気持ちをこちらへ返してくる。不信感の原因である。
曽根(曽野?)綾子さんの時世評論には、胸のすく思いをさせてくれるものがある。一昨日の毎日新聞に載った、「人権」を論ずる前に、なぜ「愛」を語れないのかもその一つであった。人権擁護推進審議会のメンバーになって、100の「人権」を聞いたが、「愛」を語る人は1人もおらなかったのが不思議千万だった。愛が人間関係の基本です。愛のある人は差別語など少しも気にしていないと。見せかけの学内「平和」を論ずる前に、なぜ「喧嘩」の必要を語れないのか。
('98/03/17)
以上2編が特別推薦。次からは通常の評価
義務教育年数の短縮を
中二の少年を恐喝で自殺に追いやった十七才が少年院送りになった。中学の先輩で、共犯に
同校三年の二人がいたという。恐喝の理由は賭の負債である。
高専にいたとき何人かの退学を言い渡した。遅刻欠席あるいは試験不合格の課業が多くて進
学ができず、留年も規定年数をオーバーしてしまった学生たちであった。厳密には退学相当
であっても、教育的配慮の可能な学生には救済の道はある。そのときは私は担当した学生の
中から、一人だけだけれども、条件付きながら退学を進級会議で免れさせることができた。
退学後の進路が決まって一安心していたある日、その一人の親御さんが挨拶に見えた。それ
まで私には見えなかった内輪話がいろいろ出た。トランプだったか麻雀だったか花札だった
かその種類は忘れたが、負けが込み、取り立てがやかましくなった。親は先方の親を相手に
交渉し、負債の1/3ほどで妥協したという話であった。負債金額は自殺した中二より一桁多か
ったと記憶する。相手は同じクラスの退学組と中学時代の悪友達であった。本人は人の良さ
そうなどちらかというと気弱な印象の学生であった。退学後は遠くの専門学校に入学して、
里を離れた。
分からぬものである。本人は担当の教官である私にいろんなサインを送っていたのかもしれ
ないし、そうでなかったかもしれない。私は低学年に講義を持たなかったので、クラスの殆
どとその年度になって初めて顔を合わせた。退学組は突然その年になって急変したわけでは
なく、低空飛行は以前から続いていた。多分サインは出さなかったろうが、それでも切羽詰
まったときは何かを訴えようとしたのかもしれない。
会社勤めをしていた頃に似たような事件を経験した。好景気に沸いていて人手不足が深刻な
時代の話である。入社後何年も経っていない金の卵の大卒社員が突然やめた。同年入社の仲
間に聞くとやめそうな雰囲気はとうに感じていたという。そんなサインを見逃していたかと
でも言いたげな同期生の言い方であった。でも上司には誰も分からなかったのである。
退学生の親御さんは立派だったと思う。事実をしっかり掌握なさったこと、解決に直に相手
の親と談合されたこと、退学後の進路決定に最善と思われる道を見つけられたこと。彼はい
い家族に守られて踏み外さなくて済んだ。だが、これが当たり前ではなくなってきた。
直系血族の扶養に対する考え方がどんどん変化している。親を同居扶養介護しない人は子供
にそれを期待しない。彼らは子供の養育に使う努力を、親の扶養と同様に、代償のない我が
身の犠牲と感じるようになるだろう。子供への関心が薄らぐのも避けられない。人口減少の
本当の理由である。これからは生んでも生みっぱなしと云われる時代へと進むだろう。
子供にも以前ほど住み良い社会でなくなっている。子供は自分で自分を守る算段をいつも心
懸けておらねばならぬ。その自覚を早い時期に教え、身に付けささねばならない。特に中学
時代を一律の教育で、しかも落第も退学もないぬるま湯の中で過ごすことは大変問題が大き
いと思う。もう今の形の中学校は義務教育から外すべきである。
('98/05/13)
国会図書館
何十年ぶりかで国会図書館へ行った。昔、地方から出てきた教授が、国会図書館が試験前の
大学生に占領されているのを嘆いて、外国のどこかのように大学院生以上に制限して、研究
重視を貫けと云ったのを憶えている。今度見た国会図書館は箱も環境も立派になり、コンピ
ュータ管理が行き届き、入出庫検索複写いずれも面目を一新していた。
一次資料は閉架式、辞書、年鑑、抄録等の二次資料は開架式で使い勝手がよい。閲覧室はも
とより検索室、軽食堂、休憩室どれをとっても広々と天井の高い居住性の優れた構造である
。館員もてきぱきと事務的で、初めてに近い私でも目的に到達するのにそう時間は掛からな
かった。その日は11時頃に入り4時過ぎに出た。午後は9割方席が埋まった感じだった。20歳
以上の年齢制限で十分機能しているようであった。
建物や蔵書もさることながら、図書館の印象を決定するのは館員の利用者に対する姿勢であ
る。私はあちこちの図書館を利用する。大抵はいい印象なのであるが、母校京大のある学科
の図書室、千葉大の中央図書館、今治市立図書館の三館室にはあまりいい印象を貰っていな
い。いずれも女性館員の対応ぶりから来た悪感情である。三人ともとうの立ったお年頃の女
性であった。
退官以降、専門書専門雑誌の調査の道が途切れておった。特に専門雑誌の調査をここでは直
に手に取りながらできるのは大きい。専門雑誌は結構高価で自費で購入するのはしんどい。
だから現役のころもインターネットでタイトルサービスから資料調査をやり、見つかるとコ
ピーサービスを受けるというやり方だった。コピーサービスは学校間のネットワークにより
スムースに処理してくれた。だが退官後はタイトル検索はできなくなり、コピーのネットワ
ークも使えなくなった。
首都圏にいる恩恵は大変なものだと実感した。その反対に地方にいる研究者のハンディをも
考えた。彼らのために、せめて雑誌だけでも国会図書館と同じだけの内容の図書館を先ず旧
帝大圏に一つづつ設置すべきである。旧帝大といったのは、そこが過去から今日までずっと
その地域の研究者の中心であり続けたからである。大型計算機センターがそうなっている。
国会図書館の雑誌がどれほどの予算を食っているのか知らない。まあ年間10億円程度だろう
。後5カ所で50億円である。
この金額は、防衛費が世界第二位の我が国にできないほどのものではないはずである。我が
国の防衛費は冷戦構造崩壊後もレベル維持した結果、世界的に非常に目立つ額面になった。
ロシア並にするだけでたっぷり浮くのである。あるいは地方住まいでたっぷり見せて貰った
無駄な公共投資を、少し研究者に振り向けるだけで出来るのではないか。優れた未来投資に
なるはずである。
('98/05/31)
年金と人口減少
世界一の長寿国で、人口再生産率が最も低い部類の國となれば、年金を支える就労年齢の人
々の負担はますます重くなる。いま厚生省では、負担の増加と支給金の切り下げについてい
ろんな試算がなされているが、どれもが憂鬱な内容である。
私の親の代は生涯の掛け金の10倍は貰えるという試算があるそうだ。昨年からの私の代は倍
だそうである。しかし我が子の代は原資だけで云えば半分、孫の代ならもっと少ないだろう
。年金を支えて行く若い層から見れば、これは不条理にも見えよう。
しかしこのシステムには社会構造の変化の歴史ががっちり絡み合っている。親の代までは子
が年老いた親の面倒を見るのが当然であった。金銭面だけでなく、終末に至る介護の世話ま
でやっていた。家族の中に流れる情愛の深さ−絆−がそうさせるのかもしれないが、世話す
る方−大抵は外から来た嫁−の努力忍耐は並大抵のものではない。
私の代では個人が尊重されるようになった。嫁の犠牲で親の幸福に奉仕するスタイルが終わ
った。そのかわりに10倍の年金を贈って自由な老後を楽しんでいただく方式にした。家から
の開放である。親の世代がこの解放に積極的でなかったら今の自由気儘な生活は生まれなか
った。
私らは日本の経済を10倍に押し上げた。よく比較に出す数字だが、私の昭和33年の入社当時
の学卒者の給料は、今の高専卒業者の初めての月給の1/10ほどだったのである。酷い年功序
列で収入は新入りは定年者の数分の一程度だったと思う。今ではぐっと縮まって2-3分の1だ
ろう。経済を10倍に押し上げた原動力は技術革新である。しかし、当時の改革を担った若者
層は十分支払われなかったと云える。今の経済一流国を築いた功績ある世代が、積み立ての
倍の年金をもらうのはまあ当然といえる。
我が子の代は年金負担問題を自身の責任で切り抜けなければならない。ではどんな手でと思
う。もう我が国だけが世界一の活況を引き寄せるなんて話は流行らないし、世界的に見て危
険な思想である。我々の現役時代に云われた、人の三倍働いて倍の収入を得る、というのも
もう時代遅れであろう。だが、一つある。それは人口再生産を正常に戻す方策を打ち出すこ
とである。生物は有限の命を無限にするために生殖を発明した。生きる目的は子孫を生み育
てることである。これは今更地球40億年の歴史を問うまでもなく永遠の真理である。日本人
だけがこの例外ではない。
子孫を作りたがらない理由は次々に取っ払わねばならぬ。その方策は別の議論として、年金
に関しては、子孫を作り育てる成人と子孫のない成人に明確な差をもうけるべきである。次
の世代が我々の年金を払うというのに、次の世代を生みもせず養いもせず育てもしなかった
人たちが、生命活動のかなりの部分をそのために当てて年取った人々と同等に扱われるべき
ではない。
今専業主婦も年金積み立てをせよという議論があるという。年金積み立てをする働く女性に
比較して不公平だという。専業主婦が子のない有閑マダムで遊び呆けているのならその議論
もよいが、専業主婦は大抵は子育てに専心するための選択である。誰が支えるのかを考えた
ら、子孫に努力を払わなかった人々が、より多くを負担するのが当然という視点が一番正し
いように思う。
('98/05/06)
親の責任
中教審が「親の責任」にポイントを置いた「幼児期からの心の教育の在り方」中間報告を出
した。「親の責任」は少年少女の事件を取り上げる度に、このホームページでも触れてきた
最大の問題である。教育現場よりも10年は遅い認識である。教育制度だけいじくっても効果
が薄いことにやっと気付いたかという印象だった。
環境問題の時は「製造企業をたたけばうける」、教育問題の時は「学校当局を責めればよい
」と云った単純パターンが定着していた。10年経過して周囲を見渡すと、内海湖沼は富栄養
化のために死滅寸前になり、中学生の凶悪事件に戦々恐々としなければならぬ社会となった
。現場は判っていた問題である。前者は農家と消費者の一人一人に、後者は親に重い責任が
あると。いずれも個人の義務責任に関する問題で、それを指摘するとおそらく新聞の売り上
げ、得票数に影響する性質のものである。
「最近の利己的で責任感に欠けた社会風潮の悪影響」(毎日新聞)とはよく言ったものだ。
その代表がマスコミであり、議員さん方お役人方である。誰も潜在的には自分には責任がな
いと思いたいのに悪のりして、自分の売り上げと人気に専念してしまった。暴力的映像を選
別するV-チップの導入について、民放の親玉は相も変わらず「表現の自由」という呪文を唱
えて、責任感に欠けたマスコミを代弁している。
日米中の高校生の規範意識という比較表があった。先生、親に反抗することは本人の自由で
よいとした回答が、中国米国は10数%であるのに対し、日本はその5倍であった。際だった差
である。先生、親を除いて誰が親身に将来を指導してくれるのか。幼い頃よりの反抗に対す
るしつけの甘さが、こんな結果を生むのだろう。世間の辛さと対称的な内輪の甘さが、真の
味方を区別出来なくさせているのではないか。
図書館に行ったら、女子高校生が大声でけらけら世間話をしている。「うるさいよ」と注意
した瞬間は声が低くなったが、通り過ぎたらまた大声になった。休日だったので、ほぼ満席
だった。彼女たちの周囲は当然迷惑に思っていたろう。しかし私が声を出しても誰も「静か
にね」とも云わないのである。やくざ相手ならともかく、服装も整った女子高校生にすら何
もよう云わないで、何がインテリかとガッカリする。大人は、自分の子供に対するのと同じ
姿勢を、他人の子供に対しても取るのではないだろうか。
中教審報告は昔の教育勅語的立場をねらっているのか。スーパーなどに行くと、禁止札に「
警察のご指導により・・」などと権威を傘に書いてある。自分の店の中で自分の責任でなぜ
ノーが言えないのだろうと時々思う。そんな「社会的風潮」の中では、教育勅語的権威が必
要なのかもしれない。私はいやだけれど。
('98/04/02)
キレる少年少女
男子中学生が、現に教育を受けている女性教師を「キレ」て刺殺した事件は、まことに衝撃
的であった。キレるというのは、日頃の「むかつき」の鬱積が、ある日ある時、何かのきっ
かけで突然爆発する現象である。
爆発の対象になった相手は、むかつきの鬱積の最大の原因ではない。たまたま爆発の引き金
を引いてしまった人である。この事件の場合は、被害者は加害者に遅刻の非を悟るように窘
めただけであった。加害者が特別の悪感情を日頃被害者に抱いていたようではなかった。報
道だけからの印象だが、被害者はハキハキした明るい好かれる性格のように思える。
またまた「有識」者の教育論が紙面を飾った新聞もあったが、もうだれも教育者と教育体系
だけのせいとは思っていまい。彼が簡単に恩師をナイフで刺殺した最大の背景は、遺伝と家
庭の環境履歴だと思う。それに付属的要因として社会の環境履歴があり、その一部として教
育のそれらがある。だが人権との絡みがあるためか一番知りたいところは報道されない。
むかつきはいつの時代でも人が社会を作っている以上避けられない。私についていうと、引
退して個人的なむかつきはだいぶ少なくなったが、反対に社会的なむかつきは増大している
。むかつきとは生きて行くための原動力として必要悪なのではないかとさえ思う。むかつか
なくなったら悟りの境地であって、死が近いのではないかと。
鬱積は和らげる方法がいくつもある。吐いてしまえば心が軽くなるという。刑事が犯人を落
とすのに使う手である。訴える相手がおれば、鬱積を爆発寸前の臨界状態まで積み上げるこ
とは無くせる。訴える相手とは一般的には、まずは父母兄弟祖父母などのいる家庭である。
少年少女の年頃では、時間を共有しているという意味で家庭の持つ比重は圧倒的である。だ
から責任も圧倒的に重い。次は先生友達先輩など家庭の外で自分を取り巻く人たち。ご近所
のおじさんおばさん。パソコン通信で相談相手を持つことだってできる。
だが、本心を訴えられるか。近頃は大切な相手にほど、きれい事の関係にとどめたいとする
傾向がある。ケラケラ、チャラチャラした軽い会話ぐらいの関係で、いつまでも細い、互い
に干渉はしない関係でいたい。私が教職にあった頃幸いにしてキレた子はおらなかった。し
かし本心を訴えた子もごくまれであった。こちらから踏み込むと殆どは逃げた。本気で語る
姿勢は、本人が幼少の時に、親が本気で怒り本気で喜ぶ姿を示して、体で覚えさせておかな
くてはならぬ大事であると感じた。そのためには親が日頃子供の側におらねばならぬ。より
よい生活のための共働きなどは小さい子供を抱えている家庭では考えてはならぬ。
爆発するときになぜ弱いものばかりを対象にするのか。それには、かって沖縄でアメリカ兵
が日本の少女に集団暴行を加えたときに言った言葉、日本人はピストルを持たないから、が
当てはまるのではないか。女性、幼子、老人それから教師も暴力には反撃を禁じられている
と理解されている意味で、彼らには安全な暴行対象である。教師も男より女の方が暴力を加
えやすい。キレたと言いながら自身はちゃんと身の安全を計っている。犯罪は全部卑怯な行
為だが、この事件は卑怯この上ない。
多価値観になって道徳規準もぼやけかかっている。高尚な方にぼやけるのなら良いが、低き
へ低きへ流れている。タガを締め直す一つの方法は、今誰にでも受け入れ可能な覚えやすい
道徳標語を一つ、お題目に皆で唱えることである。社会共通のお題目にするには、新しい概
念よりも昔から馴染んできた概念の方がよい。私は卑怯を道徳の中心に取り戻したい。卑怯
にはunfairという意味も含まれる。卑怯者は、司法だけではなしに、社会を構成する人々全
員が何かの形で参加するような強い制裁を被るような雰囲気を回復したい。
('98/03/02)
交通違反で捕まる
この春に定年退職し官舎を引き払って関東の我が家へ引っ越した。今日はそのときのお話で
す。
何事も予定どうりには行かぬもの、引っ越しなどことにそうなのは分かっていたけれどもや
っぱりそうなって、出発は午後もおやつの時間になってしまった。荷物に合わせてこちらも
我が家に到着しておらねばならぬ。長距離の自動車旅行である。中継点に大阪のホテルを予
約した。
四国の高速道は車もまばらで快適である。万年赤字のことはある。幹線道を走る車の利用料
に負んぶしていると思うと何か申し訳ない気がするが、これからは私も関東人に戻ってその
いらいら幹線道の利用客になるので、チャラということになる。皆さん、せいぜい地方の高
速道を走って車の楽しさを味わってください。もっともあちこちが片道1車線の対面通行で
80km/hの制限があるからそれほど快いとは云えぬかもしれません。
この速度制限がくせ者であった。淡路島で捕まったのである。片道2車線で104km/h
だから速度制限違反だと交通切符になった。たった4km/hのオーバーで、前にも後ろに
も車が見えない道路でちょっとおかしいのではないカエとパトカーのお巡りさんに云ったら
24km/hのオーバーだという。この淡路島の高速道は片道1車線の場所も2車線の場所
も全部80km/hに制限しているのだそうだ。四国に長く住んだといっても分かっている
高速道は伊予あたりだけだから同じに思っていたのが運の尽きであった。交通標識に気づい
たのはそれから後である。
お巡りさんは人の良さそうなお方で「免停でなくてよかったですね。」といった。25km
/hを越えると免停だそうである。本当は120km/hぐらいの時もあったらしいが、速
度が下がるときまで計測しなかったらしい。ともかく15000円の余計な出費であった。
忌々しかったが、ただ一つほっとした瞬間は職業を聞かれたときである。私は胸を張って「
無職です。」と答えた。伊予はまだ飲酒、当て逃げが、先生の場合は、新聞種になる土地柄
である。人の模範にならねばならぬ人と云う通念が生きている地域であった。関東では今は
どうなっていますか。
('97/05/01)
よい大学とは
現代化学誌12月号にTu先生の掲題の記事が出ていた。留学に役立つ手引きと言う副題である
。丁度サンデー毎日の12/8号にわが国の医学部歯学部受験参考記事が出ていた。サンデー毎
日が予備校のだした偏差値一本槍での比較であるのに対し、アメリカの大学比較はとても多
角的で面白いと云うよりぜひ受験生を送り出される諸先生に真面目に考えて欲しい内容であ
る。
大学の評価に定量性を与える試みもあって、グラント総額、発表論文数、論文引用数、卒業
一年目の年俸、ノーベル賞の数、各アカデミー会員数などがそれに使われると云う。それと
は別にいろいろの評価が独自に発表されていると云う。サンデー毎日の受験記事は歴史があ
りそれなりに方向を示しているデータではある。しかし偏差値は受験生の人気投票のような
もので、理解力のある大人の見る評価とは違っている。一見公正なようだけれども長い目で
みた受験生の指針にはなっていない。偏差値動向も受験生はぜひ知りたいデータであろうが
、本当の大学の実力はこうだと詳細に受験前に教えるべきである。
日本の識者は角の立つ言い方を好まない。それなら大学評論家を育てて、アメリカのように
化学系の順位はこう、物理系はこう、薬学はこうと分かりやすく順番をつけるべきである。
とかく第三者による評価が育たないのがわが国で、それがお手盛りとひとりよがりを育てて
いる。受験生だけでなく大学の教官にとっても、順番付けは大変な刺激になることは間違い
ない。私はこの世界だけでなく、すべてに第三者の評価が横行する社会を国際化の条件と考
えている。
('97/03/07)
花も嵐も寅次郎
「人呼んでフーテンの寅と発しやす。」と真似てみせるのがここ10数年来の付き合いのさる
ご仁の隠し芸である。私もこの人の影響か、男はつらいよシリースが掛かるとよく見に行っ
た。この間TVで「花も嵐も寅次郎」をやった。それを見ていてあっと思った。舞台は九州の
秘境、湯平温泉だったのである。
たまたま私が泊まった湯平の温泉宿に寅の素人写真が飾られていたので、理由を訊ねたが女
中は知らなかった。何年も以前の話である。その記憶が甦った。'82年の作品で、寅シリーズ
の中ではまあ出来の良い方である。マドンナが田中裕子で沢田研二が競演していると言えば
その筋書きはある程度想像出来るであろう。
臼杵の小さな八幡さんのお祭、私も祭の日に立ち寄ったが映画ほどは賑やかではなかった。
石仏が出て、びろうな話で恐縮だが、野ぐそを思い出す。急に腹いたを起こしたが、便所と
て無く垣根を飛び越して林の中で用を足す羽目になったのだった。杵築の町並み。でも名物
の城下カレイは出てこなかった。その地方だけに取れるカレイでふぐの刺身のように薄く花
びらのように開いて喰うのである。今では高級魚になってしまったから庶民派の寅には縁の
無いくいものだったんだ。
二昔三昔以前だったら、寅の家庭はごくごく平均的な人情が息づく身近な存在だったと思う
が、今は希少の懐かしい情景である。我々の少年野球は味方のエラーには平気平気ドンマイ
ドンマイと声を掛けた。今のチームでは「おめーのために負けたんだぞ」といたぶるそうで
ある。学校にあってもクラスと言う最小単位の社会が成り立ちかねている現状を見ると、時
代の変化を体に感じる。
今日男子学生のカンニングが発覚。教室では何か孤独な感じの学生だった。
('96/07/09)
大衆車
マークIIをカローラに乗り換えた。理由は色々あるが、先生になってから収入が落ちたのが
最大原因である。わが町の、農道を舗装した程度のぐにゃぐにゃ道には、小回りの利く車の
方がよいからでもある。
エンジン容積は1500MLに落ちたので、加速が悪くなったのは当然として、クラスごとに色々
機能差を付けていることに気付く。マークIIではスピードが20KM/Hを超すとドアが自動的に
ロックされたが、その機能はカローラにはない。フォグランプがオプションになった。前席
用の室内ランプがない。鏡も付いてない。自動速度調節のオプションもない。だが時代を反
映してか、エアバッグが運転席には標準装備してある。同じクラスの他社製品では助手席に
もエアバッグが付くようになっていた。冬にならないと本当のところは分からないが、静電
気トラブルはまだ起こらない。
私はマイカー族の草分けである。寮に2-3台しかマイカーがなかった頃から乗っている。手取
り1万円(月当たりですよ)しかなかったころで、一人では維持できず数人で組合を作って経
営していた。車の買い替えに販売店を訪れたとき偶然卒研生が店に来た。やっぱり新車に買
い替えるのである。どこから金が出るのかしらんが、隔世の感である。この豊かな日本を、
我々の世代に比べればはるかに苦労を知らぬこの若い世代は背負いきれるのであろうか。楽
しく楽して卒業させてはならぬ。どうにもならぬ学生と話す。学校は居心地の好いところら
しい。親は学校に行く限り学資は出してくれるし、遊び相手には困らず、周囲も直接の利害
関係がないから当たらず触らずである。卒業率を上げようと手取り足取り、挙げ句の果ては
下駄を三重に履かせて、ところてん式に卒業させる学校は大学、高専、高校など正規の名前
を付けるのはおこがましい。
今回ABS機構を装着。山道のカーブで、濡れ落ち葉により車がスリップして、崖にぶっつかっ
た経験からABS装着を決めた。買った頃はオプションだったが、今は標準装備になっているそ
うな。着けたのは歳と共に運転が下手になってゆくのを感じているからでもある。ついでに
云うと、安全運転に関しては、わが町の年寄りどもの横着運転ぶりは目に余る。老いの甘え
というのか、町に恐い兄ちゃんが少なくなってから急に目立つようになった。60才を過ぎた
ら運転免許の再試験を受けさせるべきである。
('96/03/20)
吹田キャンパス
北大、岩手大、東北大、筑波大、埼玉大、千葉大、東大、東工大、豊橋技科大、名大、名工
大、三重大、京大、阪大、徳島大、愛媛大、九大、大分大、熊本大、鹿児島大。これらは私
が一度は訪れた国立の大学である。キャンパスを複数持つ大学があるので、各校の全キャン
パスを知っているわけではない。阪大吹田キャンパスは今回初めて訪れた。広大な丘陵地帯
に適度に建物が分散配置された美しいキャンパスであった。大学病院はゆったりと落ち着い
た印象の建物で、頻繁に往来するバス便の乗客の大半はここで降りた。大学本部の建物も緑
の中に良く溶け込んでいた。私の見た国立のキャンパス中ではピカ一だと思った。ちょっと
前に高分子学会が同じ地域の関大キャンパスで開催され、その時はそのキャンパスの素晴ら
しさに目を奪われたが、この阪大のキャンパスはそれ以上であった。関大はキャンパスは良
いが、そこへのアクセスが悪い。
すったもんだの末筑波学園都市に移転した筑波大学の近年が、東京教育大学にしがみついて
あのキャンパスのままだったらやってきただろうか。阪大も思い切った移転で成功を納めた
例なのであろう。私は都心のごみごみした大学の育ちなので、つくづくこのキャンパスをう
らやましく思った。年ごろの子弟にはお勧めの大学と実感する。母校にときたま帰ると、狭
いキャンパスが車で溢れ、訳の判らぬ立て看板が余計に全体を醜悪にしている。ここならの
びのびと英気を養える環境だ。
研究都市、学園都市はあちこちで店開きしている。関西学園都市はその先端の例である。京
都の大学は次々キャンパスを郊外に求めて移転している。竜谷大学。同志社大学。立命館は
戦後いち早く衣笠山麓に居を張り今また滋賀県へ。しかし一番ごみごみした京大は音無しの
構えである。大学100年の計から云えばもうとっくに臨界点を突破した此の大学が、真っ先に
移転しても良いと思うのだが、いっこうに神輿が上がったと云う風説は聞こえない。大学の
中はどんな認識でいるのか問うてみたい気もする。
('95/12/10)
('97/07の京大学生新聞に一人あたりのキャンパス面積が載っていた。国立大学最低級で狭
い東大の2/3だそうである。関西学園都市への大学院移転も論じてあった。京都市は反対と言
う。でも市が用地を提供するとは載っていなかった。)
関大キャンパス
秋の学会で関大北千里キャンパスを訪れた。小高い丘一帯をキャンパスにしている。早稲田
に行ったときはその緑の無さに呆れたが、ここにはまだ緑が残っていた。それでもあちこち
で工事が進んでいてその内にコンクリートのお城になってしまうのかも知れぬ。建物には教
育研究の場にふさわしい落ち着きがある。学生を大勢収容できれば良いといった造りでは無
いのが気に入った。美観を損ねる張り紙も見あたらなかった。
キャンパスの周辺環境は良くない。電車の駅から正門まで畦道か農道の延長のような道がつ
ながり、その脇に学生相手の店が無秩序に並んでいる。町の美しさなんぞ誰も考えた事がな
いようである。キャンパスの中と好対照である。
例によってものすごい数の研究発表がある。何となく判った気にさせる発表は聞いていて楽
しいが、むやみやたらに難しく話す人は苦手である。不思議なもので先生が発表下手だと、
弟子も下手である。図を見せて話すのはいいが、図の縦軸も横軸も説明しないし、どんな意
味かとんと要を得ぬ話がけっこうある。その話が自身の専門分野に入っていても、同じ研究
をしているわけではないから、判らせる工夫の無い発表は困りものである。
結局レビュー講演がいちばん無難である。岡大の宍戸先生の人工蛋白合成の話、京大化研の
某先生(お名前忘れたー佐藤 理英さんが堀井先生だと教えてくれた)の固体NMRの話など秀
逸であった。研究者でなければ出来ない先端研究の交通整理を聞かせて頂いた。
帰ってから前期試験。惨憺たる成績。今に始まった事ではないが40%は落第点。レベルに達し
ない学生は卒業させないと云ってもアァー。
('95/11/25)
時代遅れ
中学生相手の公開講座を今年も開講。引き受け手がないので、結局私ほかの、いいだしっぺ
が世話をする。実験を伴う講座やコンテストは結構負担になる。四月頃から材料作りに取り
掛かり、予備実験にテキスト作りといろいろやった。奇をてらった実験など何も必要ない、
参考書だってこんなに多いし、実際東京中心にこんなのがやられていますよと誘うのだが、
手を挙げてくれぬ。又来年も一層奮励努力することになりそう。総論賛成で、応援団までは
やってくれるけれど。
理工系の危機感なんぞ親方日の丸ではこの程度である。だから国公立は全部私立にすべしな
んて議論が出てくる。確かに小さな政府という意味では、教職員は真っ先に公務員から外す
べきである。などと思いながら受講生から出てきたアンケートを眺めていた。あれだけ一生
懸命準備してバッテンが出たら不思議である。アンケートをやろうとか、賞品を出そうとか
は、大抵は応援団側におられる先生方の発想である。そのアイデアの中に講座の卒業証書を
出そうと言うのがあった。
証書の受け取り方を眺めていた。名前を呼ばれたら別に礼をするでも無し読み上げる先生の
顔をじろじろ見ている。小学校中学校と表彰慣れしているのではないかと思っていたのに予
想と違っていた。始めて来た学校の始めて出会う先生方、こんなシチュエーションのために
礼儀作法と云うのがあったのだが、今は過去の話か。別段昔流のBOWINGを懐かしんでいるの
ではない。全く違った、価値判断のつかない立場に置かれたとき、スムースに自分の椅子を
見つける技術を年少の時の教育に盛り込むべきであると言っている。しかしお別れの時に最
後の二人が、元気良く先生有り難う、さよならと言ったので救われた。
夏休みに入って、都会からの海水浴客が増えた。温泉客が目に見えて増加している。浴場の
底が砂でザラザラしているときがある。先日はびっくりした。大学生ぐらいの年齢の若者が
、隠そうともせず、一物をぶらぶらさせながら、それも複数更衣室をうろうろしている。な
るほど若者のそれは精気に満ちてまことにうらやましい。しかしこんな前を隠すという基本
的な作法が何で守れないのかしら。ホウ立派ですネと声を掛けようかと思ったが、どうせ通
じないだろうとヤメにする。ひょっとしたら今都会の流行かな、とすれば私はとんだ時代遅
れだ。
('95/08/29)
いじめ自殺の愛知の中学校の渦中の担任は小学校から替わったばかりの女子教員だったそう
な。前後の事情の解らぬ学校でいきなり担任では顔と性格を覚えるだけでかなり時間が掛か
るだろう。信頼関係が醸し出されぬ間は生徒は本当のことを打ち明けないだろう。体力に物
を云わす生徒が居たら女子教員では手に余ろう。「二十四の瞳」にも代用女子教員をイモ女
とバカにした表現が出てくる。三尺下がって師の影を踏まずの時代でも小学校高学年にもな
れば、隙あらば、おなご先生を泣かせて喜ぶのである。中学はことに腕力を含む総力戦の修
羅場である。あれは私には教職員採用にまで遡らねばならぬマネージメント上の失策である
と思える。
親兄弟も無策である。暴力が原因なら熱い戦争も辞さぬ決心を相手に解らせねばならぬ。学
校に云っただけで収まる相手でないことは大人なら誰でも知っている。今の学校は手を縛ら
れ足を縛られ又それをよいことに全くの官吏になりきっている。裁判所よろしく民主的手続
きのためにたっぷり時間を掛け、結果が愛知の場合と違って被害者の言い分を認めるもので
も、学校としてやることは一通の通知書ぐらいだと思わねばならぬ。出来たら自身の手で暇
がないならガードマンでも私立探偵でも雇えばよい。それからもっと大切なことは本人に自
衛心を持たせることである。そのためには例えば武道の道場に通わせたら良かった。たとえ
終局的にはかなわなくても魂を見せつけられるとそう容易にはいじめられないものである。
自殺した子は大きな声も立てられずに死んで行ったのではないか。転校を繰り返すのも良い
。孟母三遷の教えと云うではないか。
教育委員会に提出されたというその担任の悔悟の言葉も奇妙な印象だった。教育のプロとし
て主張すべきは主張すべきである。一人で罪をかぶっては将来の契機にはならぬ。あの文で
安堵した諸氏の方が問題なのだ。カンぐるに(そろそろ私の品性が出てきますが、)あれば
ババ掴みの結果である。口には出さぬが教員全員が分かっていたのである。だから何も知ら
ぬ転任早々の先生にババを引かせて皆本年の無事を祝った結果である。それにつじつまを合
わすには校長は気配もなかった、いじめグループの仲間だと思っていたとでも云うより仕方
がない。ぼろぼろ週刊誌に出てくる傍証にどう反論するのだろう。
意見がまとまったので勇んで閣下をお迎えする。でもその筋のご下問はなかった。肩透かし
。閣下は幾人かの中小企業の社長さんらをつれてらした。産学共同研究のあり方が主題のよ
うだった。色々おっしゃったが、施肥も草抜きもせずに豊かな収穫を要望するような話で寒
々しかった。同伴者を意識しての話だろうが、媚びを感じるほど中小へのリップサービスが
滑らかだった。大企業は地域文化に貢献しないとも云った。私からみれば、大と云われた企
業はもう世紀にわたって他の地域が羨むほどに地域振興に力を入れているのである。
わが校はその文化に貢献しないと非難の対象にされている企業に毎年学生を採用してもらっ
ている。推薦されるのは選りすぐった学生の場合が多い。ご意見どうりなら推薦など滅多に
出来たものではない。出席の教授連は私よりは皆古いから過去のしがらみから云って当然反
論すると思ったが、全然お説拝聴だけなのである。官立の教官はときどき思うのだが非常に
恵まれた強い立場にある。企業人だったら議員様に正面から云うのは難しいだろうが、教授
なら何とでも云えるはずだ。しかし本当にそう思っていたのかどうか知らぬが、異論は何も
なかった。とうとう私一人で大企業の肩入れをする羽目になってしまった。心から信じてい
るのなら良いのである。だが官立の教官クラスまでが地頭に絡まれるのを嫌がっては、いじ
めばっこの下地十二分と云わざるを得ない。その恐れがかなり現実に近いのを危惧する。
母校の学長は私が修了の時「丸い人間になるな」と訓示された。平凡な言葉とは思ったが、
その先生の輝かしい履歴が云わせた訓辞と今まで忘れずにいた。先生は戦前に軍閥官僚に対
し学部全教授が辞任して抵抗の意志表示をした事件の中心人物である。残念ながらあれだけ
の節操を持った大学は他になかった。学長なら議員先生に意見を云うぐらいが何故出来ない
のと不思議がるだろう。