12_04.jpg12_05.jpgウエブページ読み歩き

成瀬巳喜男監督「稲妻」

高峰秀子主演を繰り返し見た。ウエブページ読み歩きをしたら良い文があった。原作と映画の両方見た人の文はレベルが高いことが多い。

稲妻」は確かによく出来た脚本ではあるが、原作があまりにすばらしいので追いつけなかった。

「稲妻」は原作ではラスト、「みつくち」(鵜飼俊男註 顔面奇形の一。先天的に口唇が縦に裂けているもの。欠唇。兎唇(としん)。)の清子(映画では高峰秀子)が「自分は死んで生まれた方がよかった、こんな体だから学問をすることで忘れたい」と次姉の光子に泣きながら言う。外は豪雨で、白い稲妻が遠くで走る、で出てくる。

映画では間借りした清子の所へ、母の浦辺粂子が訪ねて来る。そこで父親の違う子供を何人も産んだ母を責める清子。やがて広い東京の空が暗くなり、2階の窓に腰掛けている清子の後ろで稲妻が光る。秀逸なシーン。この後、駅まで母を送っていく場面での二人のやりとりはとてもいい。原作にはなくて気になる場面があった。清子が葡萄を食べながらその種を庭にぺっぺっと吐き出すところ、下品で嫌だったな。何の目的でこの場面を書いたのだろう
鵜飼俊男の感想


東京の観光バスガールをする清子(高峰秀子)は勝気な美しい娘。母おせいは結婚、離婚

を繰り返し、四人の兄妹の父は皆違うという複雑な家庭。長姉縫子(村田知英子)、次姉光

子(三浦光子)、兄嘉助(丸山修)。次姉光子の夫が急死したことから保険金をめぐって兄

弟間でトラブルが起きる。嫌気がさした末っ子の清子は家出をする。いやな男(小沢栄)や

好男子(根上淳)なども登場するが、あくまで娘と母親との和解で物語りは終わる。戦後、

適齢期の男はほとんど戦争で死んで、男1人に女28人の時代。女が一人で生きていくことが

難しい時代だった。

バスガイドの清子は、全員父親の違う2人の姉と1人の兄を持つ23歳。長姉の縫子から縁談を

持ち込まれるが、清子はいやでしょうがない。清子は2人の姉や母親の姿から、常から結婚に

幸せを見出せないでいた。

なんだか地味で暗くて殆ど何も解決されないのに、最後はとても爽やかで明るい気持ちにな

りました。なかなか素敵な映画です。現代で売り出されるとしたら“女性映画”てやつでし

ょうか。主人公の清子は、浮かない顔で「つまらないわ、女って」とため息をつきます。50

年前の女性たちの失望や希望、共感できる点も多いと思います。林芙美子の原作も読んでみ

たいと思いました。

そんな面白い映画だったのですが、二次的に私が印象を受けたのは、高峰秀子の二の腕です

。高峰秀子はいわゆる美人女優。確かにちょっとぷっくりした感じが可愛いのですが、その

二の腕のたくましさには度肝を抜かれました。棍棒です。ありゃ棍棒ですよ。(しかも、新

体操のやつでなく、野人がもってそうなほうですよ。)しかし、「そんなに太くても、いい

んだ!」とポジティブに捉える事が出来たのは、高峰秀子の美しさゆえでありましょう。

●『稲妻』原作・回想
私生児として生まれた主人公の清子。
清子は『自分は生まれてから一度も幸せだったことなど無い』と、姉・光子の前で激しい感情を爆発させる。
「あたしなんて、あたしなんてっ・・・死んで生まれればよかったのよ!」
(ん・・・?なんとなくスルーしそうになったけど、こういう場合は普通『生まれてこなければよかった』じゃないか?え、死産希望?なんで??ヘタに古い文学全集からだと、細かい部分でいちいち何か意味持たせてそうで妙に勘ぐっちゃうんだよなぁ・・・これだから純文学ってヤツは・・・)

鵜飼俊男の感想

「「みつくち」なんていや!いっそ死産のほうが良かった」という意味ではないか?『生まれてこなければよかった』に近いが、もっと切実。石坂洋次郎氏の小説「あいつとわたし」で暴行された女子学生が「だれか私の子宮を剃刀で切り取って?」と叫び泣き崩れる場面があるが、「女に生まれなければ良かった」より切実。このウエブページ筆者は男で、心が未熟なのだ。しかし向上心がある。59歳になったら、私より遥かに良い心になっているでしょう。


清子は下宿への帰り道で、隣に住む青年・國宗(なんて読むか未だに分からない)と偶然出

会う。

「良く冷えた瓜が3つ、4つ、あるんですよ・・・果物屋で買ってきたヤツなんですけどね。よ

かったら上がって行かれませんか」
「まァ、ありがとうございます」

(・・・やっぱりスイカじゃなくて瓜だったのか。果物屋さんで普通に買えたのか。それにして

もすべての漢字が旧字だから読みづら過ぎるんだよ・・・「國」宗ってなんだよ。いや、それ以

上に「真實」ってのには参った。真「実」ってさ。いやいや「本当」が「本當」ってなって

たり・・・大体この漢字変換で旧字の出し方調べるためにネット検索しちゃったじゃないか。ま

ったく、こんな夜中に何やってんだろうね私は・・・)


●「http://tubukari.cocolog-nifty.com/blog/猫嫁のつぶやき&週末の過ごし方in香川」より
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・・・林芙美子原作もんが多いので、貧乏、どうしようもない男に惚れる。まともな男に惚れれれても恋愛に発展しない。家族はこれまたどうしようもない人間ばかり(特に男)。主人公の女はいつも家族に金を無心されている。とまあ、うんざり設定なんだけど、主人公が悪態つきながらもタフなものだから面白い。
ちなみに、相方は「林芙美子は、よっぽど、男にうらみあるんやなー」っていうてます。猫嫁は、登場人物の男を罵りながらみてます
ちょっと、食傷気味ではあるけれど、ゲップがでるまで見続ける予定。
特にお勧めは「浮雲」

●のちに「放浪記」や「浮雲」につながる林芙美子原作、成瀬巳喜男監督、高峰秀子主演のはじまり。自意識のしっかりした女性が、周囲のずるずるした家族関係や男女関係、いわゆる日本的な因習から抜け出そうとする話。高峰だけでなく出演俳優がすばらしいので、とても楽しい映画になっています。とくに姉役の三浦光子がいい。木暮美千代のようです。いやでしかたない自分の周囲と異なり、幸せいっぱいの香川京子兄妹との対比がすべてです。最後の稲妻は、暗い自分の部屋(母とのけんかと号泣)と、ピアノが聞こえる明るい彼女たちの部屋(香川京子の満面の笑み)をつなげる、可能性としての一瞬の光。ものすごい感動します。偶然の、一瞬だけの光に未来の可能性を見て明るい結末になる、とても幸せな映画でした。それにしても、成瀬監督が撮る高峰秀子は歩き方がいい。「女が階段を上る時」もそうでした。この映画はポスターが、ずばり、歩く高峰。歩くシーンがそんなにたくさんあるわけではないのに、数少ないそのシーンがすべて印象的です。

他の方がもうたくさんレビュー(鵜飼俊男註 批評記事。文芸・芸能などに関する評論。論評。また、評論雑誌。「ブック―」 ) を書いているので、この映画の話の内容は割愛しますが、ラストの、末娘の清子(高峰秀子)と母親(浦辺粂子)の激しい親子喧嘩のシーンは、すべての家族に共通する悩みでもあり、人間の「業」でもあるのではないでしょうか。「わたし、生んでなんて欲しくなかったわ」という清子の言葉に、一人の子として、また、二児の父親として、私は胸をつかれる思いがいたしました。最後の、清子と母親が和解して、一緒に画面の中を歩いて去っていくシーンには、ちょっぴり人の子として、また親として生きることの勇気をいただいたような気がします。それにしても、4人の違う男と関係して一人づつ4人の子供(要するに異父兄妹)を産んで育てた母親役を演じる浦辺さんはほんとうに芸がうまくてすばらしい。いぶし銀のような存在感でこの作品を引き立たせてくれます。成瀬監督の秀作五つ星としたいと思います。


・・・、「ハイハイ私は、お芙美さんは、ルンペンプロレタリアで御座候だ。何もない。何も御座無く候だ。」といった調子で書かれた『放浪記』は、労働者やルンプロたちとの連帯の書でもある。例えば新潮文庫版26-27頁にある「青梅街道の入口の飯屋」の話がそれだ。「お茶をたらふく呑んで、朝のあいさつを交わ(す)・・・どんづまりの世界は、光明と紙一重で、ほんとに朗かだ」。ここには労働者、ルンプロたちの連帯の神髄がある。芙美子は昭和のプロレタリア作家たちより遥かにプロレタリア庶民の心を知っていたようだ。世界をともに建設することはいつだって「朗か」な活動であり出来事なのだ。

鵜飼俊男の感想 次のウエブページが「稲妻」の最高の評論です
http://www.ok-corp.co.jp/tubuyaki14.html管理人のつぶやき(14)

成瀬巳喜男『稲妻』

◇成瀬巳喜男の映画は「女性映画」として語られることが多い。まとまった成瀬映画論を書

いている阿部嘉昭にいたっては、成瀬映画の特質そのものを「女性性」と名付けている(『

成瀬巳喜男 映画の女性性』河出書房新社)。しかし物語化を拒む映画の脱中心的なあり方を

女性性と名付けることにどれほどの意味があるだろうか? 小津安二郎の映画だってひとつの

物語へと要約してしまうことは容易ではない。しかしながら小津の映画を女性的な映画と呼

ぶことはあまり適切とは思えない。

◇しかしそうは言っても、女性を描いていることを成瀬映画の特長として挙げることに異論

があるわけではない。ここで取り上げる『稲妻』(1952)にしても、主人公を演ずる高

峰秀子(三女小森清子)以下、三浦光子(次女光子)、村田知英子(長女縫子)、浦辺粂子

(母)、中北千枝子(次女の夫の妾)、杉丘毬子(下宿人・桂)、滝花久子(世田谷の下宿

のおばさん)、香川京子(国宗つぼみ)のそれぞれに重要な役が与えられる。前回『娘・妻

・母』について述べた時にも触れたように、とりわけ三浦光子が演ずるキャラクターは決定

的と言わなければならない。彼女が「対決」する亡夫の妾・中北千枝子についても同じこと

が言える。

◇更に言っておくと、高峰秀子によって「お母ちゃんがずるずるべったりだから」と批判さ

れる浦辺粂子にしても、日本の母親のひとつの典型を見事に演じている。佐藤忠男は『稲妻

』における浦辺粂子の演技を「畢生の名演」と評しているが、そうまで言われると、ひとつ

の典型と言うより日本の母親の理想像をつくり上げているとさえ言いたくなる。高峰秀子が

「お縫姉ちゃんみたいなのもきょうだいかと思うと、いやんなっちゃう」と言う長女縫子を

演ずる村田知英子の演技も「畢生の名演」と言えるかもしれない。村田知英子のいやな欲惚

け女ぶりを前にすると、下卑た中年男を演ずる小沢栄太郎でさえ可愛らしく見えるほどだ。

鵜飼俊男の感想

この2人の悪役はいやだ。俳優の子供が可哀そう。



◇しかし筆者の見るところ、『稲妻』が成瀬巳喜男の代表作たりえている所以は、女たちに

劣らず男たちの人物造型が優れている点にある。この映画における男の主要登場人物は、植

村謙二郎(縫子の夫・龍三)、丸山修(清子の兄・嘉助)、小沢栄太郎(両国のパン屋・後

藤綱吉)、根上淳(国宗つぼみの兄)の4人であって、たしかに頭数は少ないのだが、それ

ぞれがこの映画をみる者に強烈な印象を与える。とりわけ高峰秀子の義兄を演ずる植村謙二

郎が素晴らしい。高峰秀子に向かって言う「清ちゃん、すまないけどお酒があったらコップ

に一杯」とか、亡夫の保険金を受け取る三浦光子に向かって言う「親類は相身互いだからね

」などはこの映画のキーをなしており、それらの台詞を発する時の植村謙二郎の表情と佇ま

いは絶品と言える。

◇たしかにこの映画に中心的な視点を提供しているのは主人公の小森清子を演ずる高峰秀子

であって、酒飲みで「言うことばかり大きい」植村謙二郎に対して彼女は批判的なのだが、

それは商才だけは長けている下卑た中年男・小沢栄太郎に対するどうしようもない嫌悪感と

は違う。南方ボケと称して(「おれの体んなかには鉄砲弾が42も入ってるんだぜ」と称し

ている)仕事にも就かずにぶらぶらしている兄・丸山修に向けられる視線とも違う。この丸

山修に向けられる視線との微妙な差異、及び姉の夫即ち「他人」であるという距離感がこの

映画における植村謙二郎のユニークな位置を構成しているとも言える。

◇もちろん成瀬巳喜男は植村謙二郎が演ずる人物像を主人公清子の視点からのみ構成してい

るわけではない。もしそうなら植村謙二郎も丸山修も、無能でぐうたらでずるずるべったり

ということで終わってしまう。成瀬はこの映画のはじめの方で三浦光子に「(清ちゃんは)

男嫌いって方よ、むしろ」と言わせている。この映画に出てくるもうひとりの男の登場人物

は、清子がバスガイドを務めるはとバスの運転手役の高品格であるが、彼が笑いながら清子

に向かって言う「なんだい、恋人もないくせに」という台詞は、三浦光子の清子評を裏付け

ている。兄・丸山修との冗談めいたきょうだい喧嘩のやりとりも同様だ。

◇筆者の見るところでは、こうした視点の複数性ということが『稲妻』を比類のない傑作た

らしめているのだが、それは清子の「男嫌い」の主要な要因と思われる酒飲みということで

、植村謙二郎の存在を際立たせる点にも現われている。『稲妻』のなかで植村謙二郎が酒を

飲む場面は3回出てくる。しかしこの映画をみる者に植村謙二郎が決定的な印象を与えるの

は、ぐでんぐでんに酔っ払って渋谷円山町に現われる場面だろう。酔っ払った植村謙二郎は

円山町の温泉旅館で妻の村田知英子と派手な喧嘩をやるのだが、それは必ずしも無残な印象

を残さない。むしろ、小津安二郎の『東京物語』や『秋刀魚の味』における東野英治郎の酔

っ払いぶりに通ずる悲哀感ただよう苦笑を残す、と言った方が当たっているだろう。

◇円山町の旅館における夫婦喧嘩に続くのが、下町の浦辺粂子の家における植村謙二郎と小

沢栄太郎の乱闘なのだが、これはスチール写真などでも知られる有名な場面だからここでは

触れない。とにかく、淡々と展開しているかに見える『稲妻』は、実は終始アレグロで進行

しているのだ。だからこの映画が87分で、『流れる』(1956)より30分も短いこと

が信じ難く思われる。弛みのないテンポと圧倒的な情報量のせいだ。その決定的な要因が視

点の複数性(plurality)にあることは既に述べた通りだ。成瀬映画の高峰秀子に代表される

ハイスピードの表情変化や目線の芸については、上に挙げた阿部嘉昭『成瀬巳喜男 映画の女

性性』や平能哲也編・著『成瀬巳喜男を観る』(ワイズ出版)などを参照されたい。高峰秀

子の演技について言っても、『稲妻』は彼女のベスト(「畢生の名演」?)と言えるだろう。

若くて美しいし。

◇『稲妻』に見られる視点の複数性は、成瀬好みの下町庶民群像を見事に映画に定着させる

結果をもたらした。もちろんそれは植村謙二郎や丸山修、更には高品格たちの視点を繰り入

れることによってもたらされたわけだが。では村田知英子と小沢栄太郎は「敵役」として「

排除」されているのかと言えば、そうではないだろう。たしかに彼らに感情移入することは

難しいが、この映画の開かれたエンディングは、ふつうのひとびとたるわれわれに向かって

世界を形成するのはあなたたちであると語りかけているようだ
。映画も開かれていれば世界

も開かれている。成瀬映画の神髄はそういうところにあると思われる。

◇ついでに簡単に触れておくと、『稲妻』には昭和27年当時の東京の風景が実に美しく捉

えられている。上に挙げた渋谷円山町もそうだろうし、高峰秀子と三浦光子が都電に乗って

行く永代通り、中北千枝子が間借りしている家の脇にある人がすれ違える程度の狭いアーチ

状の新田橋、背後に高架橋のない深川不動など、なんとも懐かしい。実際に知っているわけ

ではないのだが、やっぱり懐かしい。更に言うと、そうした東京の風景にぴったりはまって

いるのは高峰秀子よりはむしろ三浦光子の方だ。

昭和27年公開のこの映画に出てくる東京

の風景を順に見て行くと、はとバス(バスガイド高峰秀子が乗っている)から見た昼間の銀

座通り、下谷(台東区)あたりの横丁商店街(三浦光子の小さな洋品店兼住居がある)、矢

の倉河岸、はとバスから見た両国橋、渋谷円山町(小沢栄太郎の経営する旅館がある)、都

電から見た永代通り、新田橋(橋のたもとに中北千枝子が間借りする二階家がある)、深川

不動、駒場東大前、世田谷の住宅地(下谷の家を出た高峰秀子が間借りする)、ニコライ堂

が見える神田の商店街(三浦光子が出店する喫茶店がある)、などが挙げられる。

◇矢の倉河岸は、柳橋を舞台にした『流れる』(昭和31年)でも高峰秀子が仲谷昇と歩く

ところだから、成瀬巳喜男が好きな場所だったのだろう。柳橋は『稲妻』でも両国橋から見

た大川の向うに見える(数秒だが)。また、駒場東大前は前年(昭和26年)に公開された

原節子主演の『めし』の反復とも考えられる。しかし、『稲妻』に見られる風景の際立った

美しさは、ひとびとの暮らしとともにある東京下町の風景に尽きると言っても過言ではない

。『稲妻』が作られた昭和27年当時の世田谷は住宅地としての景観がようやくできつつあ

ったところだろう。それゆえ、この映画に見られる世田谷にはひとびとの生活の歴史という

ものがあまり感じられない。バスガイド高峰秀子の言う「歌、物語、伝説や四季の眺めで知

られる隅田川」とは違うのだ。

◇ついでに『稲妻』に使われている音に少し触れておこう。まず音楽から行くと、ずるずる

べったりでだらしがない家族からの清子の脱出願望を表わすノクターン風の主題曲。それに

、亡夫の保険金に群がるひとびとに対する光子の怯えを表わす不気味な音楽。登場人物の心

理を表わす重要な説話的挿入曲はこの2つに尽きると言える。あとは、ラジオから聴こえる

音楽とか、はとバス車内に流れる音楽と考えて構わないだろう。この映画ではむしろ、「鋏

、包丁、剃刀研ぎ」、「こうもり傘の直し」などの掛け声、隅田川に浮かぶポンポン蒸気の

音、豆腐売りの喇叭、スクーターのエンジン音、猫の泣き声、団扇の音、太鼓の音、といっ

た物語の背景をなす生活音が効果的に使われていて、それがまた『稲妻』の風景を構成する



◇ところで佐藤忠男はこの映画を次のように要約している。「子どもたちの愚行のすべてを

抱擁するなつかしい母親のそばで、肉親相互がずるずるべったりにもたれかかりあいながら

暮らしているこの一家の生活が、伝統的な庶民の家族主義の否定面を誇張するかたちで下町

の裏通りに設定され、そこからの脱出の願望が、個人主義というもののよさが、理想的に実

現しているユートピアのように描かれた世田谷の住宅街に託される」と(『映画の中の東京

』平凡社ライブラリーP.67)。佐藤忠男によるこの要約はかなり正確と言える。高峰秀子が

演ずる清子を主人公とする物語はその線に沿って進行する。しかし、『稲妻』の画面をみる

かぎりでは世田谷ではなくむしろ下町の風景をユートピア的に描いているように見える。

◇これはどういうことなのだろうか? あるいは、これは何を意味しているのだろうか? 上に

引いた佐藤忠男の文章からも読み取れるように、この映画には「すべてを抱擁する懐かしい

下町」対「個人主義的ユートピアに見立てられた山の手」という構図が見られる。高峰秀子

の清子が移り住む世田谷の住宅地がユートピア的に見えるのは、清子が間借りする家の家主

(寡婦と思われる)である滝花久子と、隣家に住む根上淳、香川京子の兄妹が上品で控えめ

で善良な人たちとして描かれていることによっている。
また清子の部屋へやってきた姉の三

浦光子には「緑の色が違うみたいね、町ん中と」「こういうところで一日でいいから暮らし

てみたい」と言わせている。佐藤忠男の言い方を借りればこちらにも「誇張」があるのだ。

◇高見順は高峰秀子との対談で『稲妻』における山の手(世田谷)の描き方を「甘い」と言

い、高峰も「同感です」と述べているが、それはこの映画の山の手の描写に厚みとリアリテ

ィーが欠けているからだ。言い換えれば、この映画では山の手を薄っぺらなユートピアとし

て描いているからだ。滝花久子が孤独な寡婦であり(そう思われる)、根上淳と香川京子の

兄妹に両親がいないのは、そのことをいっそう強調しているように思える。山の手に住む彼

らはそこそこの資産を持っているにせよ、基本的には孤独なひとびと、または根なし草なの

だ。彼らの礼儀正しさはそうした彼らのあり方によっている。だからこの映画の山の手の描

写が「甘い」のではない。ここでは山の手がそういう風に描かれているということなのだ。

◇つまり『稲妻』に見られる風景描写の濃淡は、物語が向いている方向とはちょうど逆向き

になっている。山の手のユートピア性が強調されるほど、その空疎さが浮彫りにされる。逆

に下町に住む家族とその関係者たちが演ずる「凄惨さ」(蓮實重彦)にもかかわらず、懐か

しい下町の風景はそれをみるわれわれをもを包み込む。こう言うからといって成瀬巳喜男が

下町中心主義者であるということが言いたいのではない。下町は空襲によって壊滅的なダメ

ージを受けたし、そこに残っていたであろう共同社会としての町も、昭和27年頃において

は消え去ろうとしていた可能性が高い。成瀬巳喜男はその後姿をこの映画に定着させたのだ

と思われる。この映画にはわれわれを魅了してやまない下町の輝きがたしかにある。

◇しかし『稲妻』に見られる下町風景とは何なのだろうか? それは下町を描いた小津安二郎

の映画(『東京の宿』、『長屋紳士録』、『風の中の牝鶏』、『東京物語』など)に見られ

る風景とは違うのだろうか? 程度の問題かもしれないが、小津が捉えた下町風景は様式化さ

れた風景に見えるということがあると思う。小津の関心は風景(や場所や空間)よりも人物

の方に置かれる。
あるいは人物と風景(背景)とは別々に描かれる。ところが成瀬の場合は

、風景と人物は地と図のような関係ではなく不即不離のものとして描かれる。つまり小津の

風景より成瀬の風景の方が本来の風景に近い
。言い換えれば、成瀬の風景はひとびとが創造

する世界に近い。ここにわれわれを動かす成瀬映画の秘密のひとつがあるのだと思う。

◇成瀬巳喜男の『稲妻』には原作がある。林芙美子が昭和11年に「文藝」に連載した

小説『稲妻』がそれだ。しかし今回は林芙美子の原作について述べてみたいわけではない。

原作を踏まえて成瀬巳喜男の映画について考えてみたわけでもない。だいいち小説『稲妻』

はいま手に入らない。だから読みたくても読むことができない。とはいえ、林芙美子の原作

と成瀬巳喜男の映画の設定の違い、異同については川本三郎の『林芙美子の昭和』(新書館

)などを通じて知ることができる。今回はそのことに触れてみる。

◇まず、原作と映画とでは時代背景が違う。原作はそれが書かれた昭和11年頃の話である

のに対して、映画ではそれが制作された昭和27年頃の物語とされる

鵜飼俊男の感想

映画化にあたり時代設定が、撮影時に近い物になるのは「セット」等を作るにしても限度がありうそ臭くなる。それに観客の理解が撮影時公開時の物語の方がしやすい」

但し下谷(上野のあ
たり)が主な舞台となっていることに違いはない。2つ目は、原作では次女の光子と三女の

清子については父親が同じとされている
のに対して、映画では4人きょうだいの父親がみな

違う。3つ目は清子の設定で、原作の電話交換手という職業が映画でははとバスのガイドに

変わり、兎唇(みつくち)という原作の設定がなくなっている。高峰秀子なら兎唇づくりも

厭わなかったかもしれないが、当時の観客は兎唇の高峰秀子は見たくなかっただろう。


◇林芙美子の原作と成瀬巳喜男の映画との違いは母親の扱かい、あるいは位置づけにも見ら

れるようだが、そうした微妙な違いは原作に当たらないかぎり厳密には理解されえない。従

ってここでは上の3点、あるいは4点を挙げるにとどめておこう。そのかぎりでいえること

は、映画『稲妻』を通じての原作の解釈には「林芙美子伝説」とでもいうべきものがあちこ

ちに見て取れるということだ。この映画の脚本を書いたのは田中澄江だが、成瀬巳喜男のア

イデアも入っているであろうことはまず間違いない。なにしろ成瀬巳喜男という人は、林芙

美子原作による映画を6本もつくった映画作家なのだ。

◇当方は林芙美子の伝記的事実に明るいわけではないのだが、原作の4人きょうだいの父親

が3人から4人に変わったのは、母親のキクが父親の違う4人の子供を産んだということが

踏まえられているように思われる。このことは映画では「お父っつぁんがみんな違うなんて

、こんなきょうだいも珍しいわね」という次女光子(三浦光子)の台詞で語られるのだが、

林芙美子自身は母親キクとテキ屋の沢井喜三郎を義父として育ったから、自分のほかに父親

の違う3人のきょうだいがいることはほとんど意識しなかったように思われる。従って、こ

の設定の変更には原作者を離れた「林芙美子伝説」が投影されていると考えられる。

◇三女清子の職業が電話交換手からはとバスのガイドに変わっていることは上に述べた通り

だが、これはむしろ高峰秀子主演の成瀬映画『秀子の車掌さん』(昭和16年)が踏まえら

れているのだろう。あるいは昭和27年においては、自立志向の強い清子の職業として電話

交換手というのはそれほど適切とは考えられなかったのかもしれない。電話交換手といえば

、どん底時代からの林芙美子の友人であった平林たい子が故郷の諏訪から東京に出てきて就

いた仕事である。平林たい子は勤務中に堺利彦に電話をかけたとしてその仕事をくびになる

のだが、いずれにしても林芙美子にとっての清子というキャラクターには、当時の典型的な

プロレタリア女であった平林たい子がモデルとして想定されていたことは大いに考えられる



◇ちなみに関川夏央が書いた『女流・林芙美子と有吉佐和子』(集英社)という本によると

関東大震災前後の平林たい子は確信的な「女賊」であったようだ。電話交換手をくびにな

った彼女は、その後「「リャク」に精を出した。「リャク」は「財産は略奪なり」(プルー

ドン)という言葉からきていた。銀行や一流の会社に押しかけて金にする「立派なゆすり商

売」(平林たい子)であった
。仲間に朴烈、金子文子がいた」(同上P.21)。彼女たちのグ

ループの中心人物はアナーキストの大杉栄だったようだが、よく知られているように、彼は

関東大震災直後の混乱のなかで憲兵大尉・甘粕正彦によって愛人の伊藤野枝とともに殺され

る。また川本三郎によると、大杉栄は駈け出しの女流詩人時代の林芙美子のアイドルでもあ

った。

◇このようにいうからといって、三女清子にアナーキストの面影が見られるということでは

ない。しかし清子の自立志向が成瀬の映画においては下町からの脱出、即ち山の手への遁走

として現われることに少なからぬ違和感を持っていた当方としては、そのモデルがルンペン

・プロレタリアならぬプロレタリアの平林たい子であったと
すれば納得がゆく。清子は貧し

い行商人の母とテキ屋の義父のもとで育ったルンプロ・ガール林芙美子とは少し違うキャラ

クターなのだということが分かればそれでよい。では成瀬の映画『稲妻』においては原作者

は消え去っているのかといえば、そうではない。原作者にいちばん近いキャラクターはやは

り清子なのだが、虚構性の高い原作の『稲妻』は自伝的色彩の強い『放浪記』とは違うとい

うことだ。

◇恐らく小説『稲妻』においては、林芙美子の伝記的事実は彼女自身については記述の手前

へ溶け込んでいると見るべきなのだ。しかし清子の人物設定に平林たい子が投影されている

と考えられるように、清子の母おせいには林芙美子の母キクが重ねられていることは間違い

ない。とりわけ成瀬の映画においては父親の違う4人の子供をなしたという風に敢えて原作

を改変していることからもそれは明らかだ。ただし映画のおせい(浦辺粂子)には行商人の

ようなところはない。映画において行商人的=テキ屋的性格を付与されているのは長女縫子

(村田知英子)の夫・龍三(植村謙二郎)であろう。映画の龍三には、関川夏央が義父沢井

喜三郎について「飽きっぽくて根気がない・・・失敗しては出直そうとする」と書いている

ことが(同上P.58)ほぼ当てはまる。しかも映画のおせいと龍三には、母親と娘婿の間柄を

超えるものが示唆されている。

◇成瀬の映画『稲妻』に以上のような「林芙美子伝説」が認められるにしても、それは田中

澄江や成瀬巳喜男が意図したことであったとは思えない。それを「伝説」と呼ぶのは、そこ

に制作者たちの意図を超える何かが認められるからだ。林芙美子については平林たい子の『

林芙美子』(講談社文芸文庫)以下の優れた評伝が書かれているほかに、菊田一夫作・森光

子主演の芸術座版『放浪記』や、井上ひさしの戯曲『太鼓たたいて笛ふいて』のような創作

的伝記あるいは伝記的創作まで存在する。それこそ林芙美子が「大衆社会というものが登場

して来た時の最初のスターだった」(川本三郎)ことの証しにほかならないのだが、書かれ

たものより存在そのものが注目されるという意味では恐ろしく特異な作家であったと考えら

れる


2006/09/08 名台詞映画『娘・妻・母』

◇成瀬巳喜男の映画『娘・妻・母』について、『映画読本・成瀬巳喜男』(フィルムアート

社)は次のように書いている。「東宝の第一線の女優たちを一同に集めた女性映画豪華版の

狙い(大物では司葉子を欠くが)。・・・・主題は"家"の解体で(事実この家は人手に渡る

)、その象徴として母の老後の処遇に集約される。しかし、その主題の明晰は成瀬世界の陰

翳と必ずしも共鳴せず、いささか底が浅いものとなり、一方で挿話の総花的逸脱の過剰が、

豊饒より散漫に流れる結果をもたらしている。とはいえ、人気女優の顔見せ映画として(原

と高峰の共演は18年ぶり)興行的には大成功だった」、と(P.148)。

◇このような評価が『娘・妻・母』についての一般的な評価なのかどうかは知らない。そこ

で「成瀬世界の陰翳」と言われているものが、どういうものなのかもよくは分からない。し

かし、「成瀬世界の陰翳」はこの映画にも刻まれているのではないか。成瀬巳喜男という人

は生涯に89本もの映画をつくった作家でもある。それゆえ、そのひとつひとつに固有の「

成瀬世界」を見ることもできるのではないか。

◇『映画読本・成瀬巳喜男』の解説筆者(田中眞澄と思われる)によれば、『娘・妻・母』

の主題は「"家"の解体」ということだそうだが、それは小津安二郎の中心的な主題でもあっ

た。であれば成瀬がそのことを意識していなかったはずがない。それはこの映画の主演者と

して原節子を起用したことにもはっきり見てとることができるのではないか。この映画では

原節子に早苗という役名が与えられているが、役名には大した意味はないと思われる。しか

し、成瀬が小津安二郎の紀子3部作(『晩春』、『麦秋』、『東京物語』)を意識していた

に違いないことは、『娘・妻・母』のなかのいくつかのエピソードに見ることができる。

◇まずは、再婚に消極的だった長女役の原節子が、彼女との再婚を希望している初老のやも

め男(上原謙)が「よかったらお母さんも一緒に」と言っているということを、母の三益愛

子に告げる物語後半のエピソードだ。それに対して三益愛子がどういう返事をするかは映画

でははっきりとは分からないのだが、原節子は「一緒に行く」という意思表明をしたと受け

取る。しかしあとになって三益愛子は「私やっぱり一緒に行くのやめるよ」と言う。これに

対して原節子は「ひどいわお母さん、私をだましたりして」と言うのだが、これは娘を結婚

に踏み切らせるせるために父親も再婚すると思わせて娘を嫁がせる『晩春』(1949)の

変奏と言える。

◇『映画読本・成瀬巳喜男』にも書かれているように、『娘・妻・母』には家庭の「経済的

な問題」が中心に据えられている。1951年公開の小津の『麦秋』では、専務秘書の原節

子は嫂の三宅邦子に900円のケーキを買って帰るが、1960年公開のこの映画では、出

戻りの原節子は1個80円のショートケーキを6個買って帰る。お金と物の値段の話はこの

映画のいたるところに出てくるが、このケーキのエピソードは、明らかに『麦秋』の「安い

安い」(三宅邦子)900円のケーキが踏まえられている。

◇また『麦秋』の後半、原節子の結婚をめぐって気まずい家族会議が行なわれるが、この映

画でも家族会議が開かれる。『麦秋』の家族会議では、専務秘書兼タイピストとして高収入

を得ていた原節子が、嫁入りによって家を去るという「経済的な問題」は隠されている。し

かしこのこの映画では「経済的な問題」があからさまに語られる。と同時に「母の老後の処

遇」がより深刻なテーマとなる。これは上京してきた老父母の「処遇」をひとつの物語に仕

立てた『東京物語』(1953)と直接には重ならないにしても、主題そのものは引き継が

れている。

◇以上に述べたことは、『娘・妻・母』を小津安二郎の紀子3部作「余話」としても見るこ

とができるという話なのだが、原節子のキャラクター設定について見れば、『東京物語』の

紀子をほぼ継承していると言える。もちろん『娘・妻・母』の早苗は出戻りであって、嫁ぎ

先の嫁ではない。『東京物語』の紀子のように東京の安アパートにひとりで暮らす戦争未亡

人でもない。早苗は紀子ほど古風な後家ではない。弟(宝田明)の友人の若い男(仲代達矢

)とデートを重ねるような、生活を楽しむことのできる「現代娘」でもある(それは紀子の

夫が戦地で死んだのに対して、早苗の夫はバスの事故で死んだという以前の家のあり方の違

いからきている。それが家族そのものの変容からきているのか、家風の違いにすぎないのか

はここでは問わない)。

◇早苗が紀子の継承者と言えるのは、むしろそのディグニティー(鵜飼俊男註 威厳。尊厳。また、品位。気品。 ) の質においてなのだ。以前
このページで『麦秋』の紀子は「雨降りお月」であると述べたことがある。また、『麦秋』

の紀子のアイドルがキャサリン・ヘプバーンだったことにも触れたことがあるが、成瀬巳喜

男はこの映画において、原節子が持つキャサリン・ヘプバーン的ディグニティーを引き出そ

うとしているように見える。これは小津安二郎が踏み込めなかった次元への挑戦でもあるの

だが、それをこの映画における原節子の台詞に即して見ておこう。

◇「私もよく知らないのよ」。これは原節子の早苗が仲代達矢とのデートのあと、仲代に家

まで送ってもらっているとき、家の近くで出くわした妹の草笛光子から、「どういう人?」と

聞かれたことへの原節子の返答である。もちろん原節子はいい加減な出まかせを言っている

。「知らない」どころか、原節子は仲代達矢と一緒に立ち寄った弟夫婦(宝田明、淡路恵子

)のアパートで、仲代にキスを許してさえいるのだ。しかし草笛光子は原節子を問いつめた

りはしない。何故か? それは原節子の返答が人を食っているからだ。あるいは不自然に滑ら

かだからだ。ふたりの関係について利害関係のない第三者であるかぎり、そういう嘘に対し

ては普通「嘘でしょ」とは言わない(そのうえ草笛光子はこれから原節子に借金を申し込ま

なければならない)。

◇「怒った? わたくしお礼を言ってるのよ」。これは原節子が京都のお茶の宗家である上原

謙との再婚を決意したあと、仲代達矢との最後のデートのときに、仲代に向かって言う台詞

である。若い仲代は友人の姉である美しい原節子に恋しており、彼女との結婚を夢見てさえ

いたのだから、「これでお別れだから」と言われて言葉を発することもできないでいる。し

かし原節子は交通事故で夫に死なれたあと、実家に帰された出戻りである自分に「元気」を

与えてくれた仲代に「お礼」を言わずにはいられない。原節子を失った仲代にとっては、そ

れがなんの慰めにもならないことが分かっていても。ついでだが、この仲代との最後のデー

トのあと、母親の三益愛子の問いに対して原節子は草笛光子に言ったのと同じ種類の出まか

せ(「東京タワー登ってきたわ。・・・・きれいね、夜の東京って、赤だの青だのネオンサ

インがいっぱい」)を繰り返す。

◇原節子が演ずる早苗のディグニティーに関わる台詞は、ほかにも挙げられる。しかしここ

では、原節子が嫁ぎ先から帰されたときに受け取った亡夫の生命保険金100万円のうち、

50万円を貸して(融資して)くれと頼まれて兄の森雅之に向かって言う「ええ」を挙げて

おこう。妹の草笛光子から20万円を貸して欲しいと頼まれたときにも、同じ「ええ」を言

う。実はこれは1952年の成瀬の映画『稲妻』において三浦光子が置かれていた状況の反

復なのだ。『稲妻』の三浦光子は、夫が死んだあと夫の子供を産んで育てている愛人(中北

千枝子)の無心を断わることができない。中北も三浦光子が受け取った保険金をあてにして

いたのだ。

しかし、人から無心されて、あるいは借金を申し込まれて、断わることができない三浦光

子や原節子のキャラクター設定がディグニティーと関係があるのか? 多分あるのだ。ディグ

ニティーと無縁な人間には他人のディグニティーも分からない。恐らく人に金を無心する人

間にはディグニティーなどないのだが、人格の核心にディグニティーを持っている人間には

そのことが分からない。

鵜飼俊男の感想 「人」が良い人は、人の中には劣悪な人間がいることを信じたがらない。

そこに高貴な人間の高貴さがある。そういう高貴さは生きることへの軽視、あるいは蔑視にも

通じている。『稲妻』の三浦光子は生活力のない、頼りない女と

して描かれているが、受け身ではあっても彼女は姉(村田知英子)の愛人を奪っているのだ



◇『稲妻』の主演者は高峰秀子なのだが、三浦光子の特異な存在感は高峰秀子を食ってさえ

いる。成瀬の映画に即して言えば、三浦光子が演じたキャラクターの延長上に位置づけられ

るのが『娘・妻・母』の原節子なのだ。つまり『娘・妻・母』にも「成瀬世界の陰翳」はた

しかにあるのだ。それがいくぶん見えにくくなっているのは、この映画に弁証法のようなも

のが導入されているせいだろう。母親の三益愛子に向かって「私うまくしゃべれないでしょ

う」と語る原節子は、『稲妻』の頼りない三浦光子の直系の後継者なのだが、そう語るのが

紀子3部作を演じた"女神"の原節子であることで、事態が分かりにくくなっているというこ

とかもしれない。

◇しかしそうではないのだ。それではこの映画のエッセンスが見えなくなる。仲代達矢に向

かって「怒った? わたくしお礼を言ってるのよ」と語る原節子は、相手の人格の核心にある

であろうディグニティーに向かって語っていると思われる。だがディグニティーなどという

ものは、人間の社会生活とはあまり関わりがない。キャサリン・ヘプバーンが嫌味をたっぷ

り持った女のように見えるのはそのためだろう。キャサリン・ヘプバーンの嫌味なディグニ

ティーが、ブルジョワたちに向ける貴族のそれに近いとすれば、成瀬が造型した『娘・妻・

母』の原節子のディグニティーはわれわれから見てそれほど遠いものではない。つまり、成

瀬はわれわれが持っているはずの"尊厳"に向かってこの映画を差し出してみせたのかもしれ

ないということだ。

◇とにかく『娘・妻・母』には原節子の素晴らしい台詞が随所に見られる。それは『東京物

語』の原節子と笠智衆の対話にも匹敵する。しかし『娘・妻・母』にはメロドラマ的なもの

はほとんど見られない。この映画の基調にある晴朗さは山中貞雄の『丹下左膳餘話・百萬両

の壺』(1935)を思わせる。恐らく成瀬は小津と並んで山中貞雄からも多くを学んでい

るように思われるが(とりわけ台詞、場面転換の手法、テンポ、映画を貫くトーンの性格な

ど)、それについてはまた改めて考えてみたい。



名台詞映画『娘・妻・母』

◇成瀬巳喜男の映画『娘・妻・母』について、『映画読本・成瀬巳喜男』(フィルムアート

社)は次のように書いている。「東宝の第一線の女優たちを一同に集めた女性映画豪華版の

狙い(大物では司葉子を欠くが)。・・・・主題は"家"の解体で(事実この家は人手に渡る

)、その象徴として母の老後の処遇に集約される。しかし、その主題の明晰は成瀬世界の陰

翳と必ずしも共鳴せず、いささか底が浅いものとなり、一方で挿話の総花的逸脱の過剰が、

豊饒より散漫に流れる結果をもたらしている。とはいえ、人気女優の顔見せ映画として(原

と高峰の共演は18年ぶり)興行的には大成功だった」、と(P.148)。

◇このような評価が『娘・妻・母』についての一般的な評価なのかどうかは知らない。そこ

で「成瀬世界の陰翳」と言われているものが、どういうものなのかもよくは分からない。し

かし、「成瀬世界の陰翳」はこの映画にも刻まれているのではないか。成瀬巳喜男という人

は生涯に89本もの映画をつくった作家でもある。それゆえ、そのひとつひとつに固有の「

成瀬世界」を見ることもできるのではないか。

◇『映画読本・成瀬巳喜男』の解説筆者(田中眞澄と思われる)によれば、『娘・妻・母』

の主題は「"家"の解体」ということだそうだが、それは小津安二郎の中心的な主題でもあっ

た。であれば成瀬がそのことを意識していなかったはずがない。それはこの映画の主演者と

して原節子を起用したことにもはっきり見てとることができるのではないか。この映画では

原節子に早苗という役名が与えられているが、役名には大した意味はないと思われる。しか

し、成瀬が小津安二郎の紀子3部作(『晩春』、『麦秋』、『東京物語』)を意識していた

に違いないことは、『娘・妻・母』のなかのいくつかのエピソードに見ることができる。

◇まずは、再婚に消極的だった長女役の原節子が、彼女との再婚を希望している初老のやも

め男(上原謙)が「よかったらお母さんも一緒に」と言っているということを、母の三益愛

子に告げる物語後半のエピソードだ。それに対して三益愛子がどういう返事をするかは映画

でははっきりとは分からないのだが、原節子は「一緒に行く」という意思表明をしたと受け

取る。しかしあとになって三益愛子は「私やっぱり一緒に行くのやめるよ」と言う。これに

対して原節子は「ひどいわお母さん、私をだましたりして」と言うのだが、これは娘を結婚

に踏み切らせるせるために父親も再婚すると思わせて娘を嫁がせる『晩春』(1949)の

変奏と言える。

◇『映画読本・成瀬巳喜男』にも書かれているように、『娘・妻・母』には家庭の「経済的

な問題」が中心に据えられている。1951年公開の小津の『麦秋』では、専務秘書の原節

子は嫂の三宅邦子に900円のケーキを買って帰るが、1960年公開のこの映画では、出

戻りの原節子は1個80円のショートケーキを6個買って帰る。お金と物の値段の話はこの

映画のいたるところに出てくるが、このケーキのエピソードは、明らかに『麦秋』の「安い

安い」(三宅邦子)900円のケーキが踏まえられている。

◇また『麦秋』の後半、原節子の結婚をめぐって気まずい家族会議が行なわれるが、この映

画でも家族会議が開かれる。『麦秋』の家族会議では、専務秘書兼タイピストとして高収入

を得ていた原節子が、嫁入りによって家を去るという「経済的な問題」は隠されている。し

かしこのこの映画では「経済的な問題」があからさまに語られる。と同時に「母の老後の処

遇」がより深刻なテーマとなる。これは上京してきた老父母の「処遇」をひとつの物語に仕

立てた『東京物語』(1953)と直接には重ならないにしても、主題そのものは引き継が

れている。

◇以上に述べたことは、『娘・妻・母』を小津安二郎の紀子3部作「余話」としても見るこ

とができるという話なのだが、原節子のキャラクター設定について見れば、『東京物語』の

紀子をほぼ継承していると言える。もちろん『娘・妻・母』の早苗は出戻りであって、嫁ぎ

先の嫁ではない。『東京物語』の紀子のように東京の安アパートにひとりで暮らす戦争未亡

人でもない。早苗は紀子ほど古風な後家ではない。弟(宝田明)の友人の若い男(仲代達矢

)とデートを重ねるような、生活を楽しむことのできる「現代娘」でもある(それは紀子の

夫が戦地で死んだのに対して、早苗の夫はバスの事故で死んだという以前の家のあり方の違

いからきている。それが家族そのものの変容からきているのか、家風の違いにすぎないのか

はここでは問わない)。

◇早苗が紀子の継承者と言えるのは、むしろそのディグニティーの質においてなのだ。以前

このページで『麦秋』の紀子は「雨降りお月」であると述べたことがある。また、『麦秋』

の紀子のアイドルがキャサリン・ヘプバーンだったことにも触れたことがあるが、成瀬巳喜

男はこの映画において、原節子が持つキャサリン・ヘプバーン的ディグニティーを引き出そ

うとしているように見える。これは小津安二郎が踏み込めなかった次元への挑戦でもあるの

だが、それをこの映画における原節子の台詞に即して見ておこう。

◇「私もよく知らないのよ」。これは原節子の早苗が仲代達矢とのデートのあと、仲代に家

まで送ってもらっているとき、家の近くで出くわした妹の草笛光子から、「どういう人?」と

聞かれたことへの原節子の返答である。もちろん原節子はいい加減な出まかせを言っている

。「知らない」どころか、原節子は仲代達矢と一緒に立ち寄った弟夫婦(宝田明、淡路恵子

)のアパートで、仲代にキスを許してさえいるのだ。しかし草笛光子は原節子を問いつめた

りはしない。何故か? それは原節子の返答が人を食っているからだ。あるいは不自然に滑ら

かだからだ。ふたりの関係について利害関係のない第三者であるかぎり、そういう嘘に対し

ては普通「嘘でしょ」とは言わない(そのうえ草笛光子はこれから原節子に借金を申し込ま

なければならない)。

◇「怒った? わたくしお礼を言ってるのよ」。これは原節子が京都のお茶の宗家である上原

謙との再婚を決意したあと、仲代達矢との最後のデートのときに、仲代に向かって言う台詞

である。若い仲代は友人の姉である美しい原節子に恋しており、彼女との結婚を夢見てさえ

いたのだから、「これでお別れだから」と言われて言葉を発することもできないでいる。し

かし原節子は交通事故で夫に死なれたあと、実家に帰された出戻りである自分に「元気」を

与えてくれた仲代に「お礼」を言わずにはいられない。原節子を失った仲代にとっては、そ

れがなんの慰めにもならないことが分かっていても。ついでだが、この仲代との最後のデー

トのあと、母親の三益愛子の問いに対して原節子は草笛光子に言ったのと同じ種類の出まか

せ(「東京タワー登ってきたわ。・・・・きれいね、夜の東京って、赤だの青だのネオンサ

インがいっぱい」)を繰り返す。

◇原節子が演ずる早苗のディグニティーに関わる台詞は、ほかにも挙げられる。しかしここ

では、原節子が嫁ぎ先から帰されたときに受け取った亡夫の生命保険金100万円のうち、

50万円を貸して(融資して)くれと頼まれて兄の森雅之に向かって言う「ええ」を挙げて

おこう。妹の草笛光子から20万円を貸して欲しいと頼まれたときにも、同じ「ええ」を言

う。実はこれは1952年の成瀬の映画『稲妻』において三浦光子が置かれていた状況の反

復なのだ。『稲妻』の三浦光子は、夫が死んだあと夫の子供を産んで育てている愛人(中北

千枝子)の無心を断わることができない。中北も三浦光子が受け取った保険金をあてにして

いたのだ。

◇しかし、人から無心されて、あるいは借金を申し込まれて、断わることができない三浦光

子や原節子のキャラクター設定がディグニティーと関係があるのか? 多分あるのだ。ディグ

ニティーと無縁な人間には他人のディグニティーも分からない。恐らく人に金を無心する人

間にはディグニティーなどないのだが、人格の核心にディグニティーを持っている人間には

そのことが分からない。そこに高貴な人間の高貴さがある。そういう高貴さは生きることへ

の軽視、あるいは蔑視にも通じている。『稲妻』の三浦光子は生活力のない、頼りない女と

して描かれているが、受け身ではあっても彼女は姉(村田知英子)の愛人を奪っているのだ



◇『稲妻』の主演者は高峰秀子なのだが、三浦光子の特異な存在感は高峰秀子を食ってさえ

いる。成瀬の映画に即して言えば、三浦光子が演じたキャラクターの延長上に位置づけられ

るのが『娘・妻・母』の原節子なのだ。つまり『娘・妻・母』にも「成瀬世界の陰翳」はた

しかにあるのだ。それがいくぶん見えにくくなっているのは、この映画に弁証法のようなも

のが導入されているせいだろう。母親の三益愛子に向かって「私うまくしゃべれないでしょ

う」と語る原節子は、『稲妻』の頼りない三浦光子の直系の後継者なのだが、そう語るのが

紀子3部作を演じた"女神"の原節子であることで、事態が分かりにくくなっているというこ

とかもしれない。

◇しかしそうではないのだ。それではこの映画のエッセンスが見えなくなる。仲代達矢に向

かって「怒った? わたくしお礼を言ってるのよ」と語る原節子は、相手の人格の核心にある

であろうディグニティーに向かって語っていると思われる。だがディグニティーなどという

ものは、人間の社会生活とはあまり関わりがない。キャサリン・ヘプバーンが嫌味をたっぷ

り持った女のように見えるのはそのためだろう。キャサリン・ヘプバーンの嫌味なディグニ

ティーが、ブルジョワたちに向ける貴族のそれに近いとすれば、成瀬が造型した『娘・妻・

母』の原節子のディグニティーはわれわれから見てそれほど遠いものではない。つまり、成

瀬はわれわれが持っているはずの"尊厳"に向かってこの映画を差し出してみせたのかもしれ

ないということだ。

◇とにかく『娘・妻・母』には原節子の素晴らしい台詞が随所に見られる。それは『東京物

語』の原節子と笠智衆の対話にも匹敵する。しかし『娘・妻・母』にはメロドラマ的なもの

はほとんど見られない。この映画の基調にある晴朗さは山中貞雄の『丹下左膳餘話・百萬両

の壺』(1935)を思わせる。恐らく成瀬は小津と並んで山中貞雄からも多くを学んでい

るように思われるが(とりわけ台詞、場面転換の手法、テンポ、映画を貫くトーンの性格な

ど)、それについてはまた改めて考えてみたい。



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