ガラスの中の少女
吉永小百合、浜田光夫(東京都新宿区(旧・牛込区)白銀町に生まれる。父は生後一ヶ月のときに結核で死去、母の手ひとつで育てられる。生まれた当初つけられた名前は『斌(あきら)』であったが、後に肉親の縁に薄い名であるとして『光曠』と名づけられた。そのため、戸籍名は『斌』のままである)(1963年当時)
なんだか、「ロメオとジュリエット」と「野菊の墓」の合成みたい。
評判はどうか・・・ウエブページ見て歩きをした。
原作
http://books.bitway.ne.jp/meng/cp.php?req=126_01_01&site=ocn&bid=B0300500506
著者 著:有馬頼義
出版社 光文社
発売日 2004/10/01
内容 靖代の高校で女子高生が男子に絞殺された。大学教授の沖中杉太郎は、娘の父として捌け口のない男の性欲の仕業と分析した。だが、沖中は実父ではない。教え子の妻と遺子の靖代が程なく中卒の工員と心中を! なぜ?
映画
(1988)
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD18048/story.html
# 後藤久美子 ゴトウクミコ (沖中靖子)
# 吉田栄作 ヨシダエイサク (広田陽一)
# 藤谷美紀 フジタニミキ (広田悦子)
# 浅茅陽子 アサジヨウコ (広田道代)
沖中靖子は国務大臣の父を持つ令嬢で、女学院の中等部三年。継母・左都子は父・杉太郎の元秘書で、家の中をすべて仕切っていた。ある日、靖子は広田陽一という青年から拳銃を預ってしまう。ふとしたことから靖子は母が精神病院に入れられていることを知り、それを隠していた父と継母を恨んだ。そして、靖子は陽一と恋をし、家出をする。彼は改造ガンを作っていたことがバレて、警察に追われることになる。杉太郎は陽一に「靖子と別れてフィリピンに行くなら、罪は問わず仕事も保証する」と条件を出した。陽一はそれを受け入れ、飛行機で旅立とうとする日、空港で靖子の姿を見つけて駆け寄ろうとしたところ車に轢かれてしまった。靖子は陽一の葬儀場で、父・杉太郎が贈った花輪をライターで燃やすのだった。
映画
http://bluechest.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_8a35.html
・・・今から47年前の作品で、小百合さんは15才、浜田さんは16才だったのです!
お二人とも、とても初々しく、爽やかで、本当に輝いていました。
特に、小百合さんの眩しいくらいの清楚な美しさと言ったら・・・
それにしても、小百合さんは今も、お美しい。
過去も現在も、きっと未来だって・・・
何歳に成ろうとも、おばさんにも、おばあさんにも成らない女性なのでしょうね。
ストーリーは、以前観た『泥だらけの純情』にそっくり・・・
『泥だらけの純情』の方が、後の作品なのですが、
ここまで、酷似したものを作っても、当時は問題無かったのでしょうね。
ちなみに、原作、脚本、監督、すべて別人なのですが。
靖代と、陽一が、遊園地で遊ぶシーンがありましたが、
当時、あんな危険な乗り物があったこと自体も、信じられないけれど、
あれ程、あからさまな二重写しというのも、微笑ましくて笑えました。
また、陽一の給料が、3〜4、000円というのは、安過ぎる気がしますが・・・
家に入れている金額、という意味だったのかも知れないけれど。
昔の邦画を観ていて気付くことの一つに、言葉遣いがあります。
特に、女性の・・・大変美しいのですね。
小百合さんも、良家の子女の役が多いから、いつでも、
「・・・ですのよ。」「・・・なのよ。」「・・・だわ。」などと、言っていますよね。
当時の女性のみんなが、そんな言葉遣いだったとは思えませんが、
少なくとも、「男言葉」で話す女性はいなかったような・・・?
今では、女言葉を使うのは、逆に男性(ある種類の)だったりするのですね。
ところで、昔の邦画を放送する際(今回は無かったようですが)、
現在では、不適切な表現方法だったりする場合に、
音声を消してしまったりするけれど、あれは是非とも、やめて欲しいです。
断りのテロップを流すだけでは、駄目なのでしょうか?
以前TVで、(児童向作品以外の)洋画を吹き替えしないことや、
エンドロール等をカットしないのは、
“視聴者に、オリジナルの作品のままを観て頂きたいから、
声の抑揚も、息づかいも、全て作品の一部なのだから・・・”
みたいな内容の事を言っていましたが、
邦画の音声を加工することは、この趣旨に矛盾していないのでしょうか?
・・・大いに疑問です。
吉永小百合主演、みずみずしい純愛
陽一と晴代は中学一時代同級生だったが、陽一は町工場へ、靖代は高校へと別々の道を歩まねばならなかった。ある日、偶然二人は町で会い、みつまめ屋で卒業後の様子をあれこれと話し合った。靖代の父で大学の助教授の杉太郎は、少しでも靖代の帰宅時間が遅れると、その理由を異常なまでに追求する。母親の里子はただオロオロするばかりだった。陽一の家庭もまた暗かった。失職中の父親が酒ばかり飲んでどなりちらしていたし、母親は働きに出て留守がちだった。ある時、靖代は後楽園で陽一と遊んで帰宅した。杉太郎は靖代を見るとやにわに彼女の手を取り、教授になって北海道へ行くといいながら、抱きよせた。靖代は本能的に恐怖を感じて逃げた。その夜、母親から杉太郎はほんとうの父親でないことを知らされた。彼女は家をとび出し、陽一の家を訪れた。陽一は靖子と会えぬ生活を想像するだけでも苦しかった。彼も自分の家庭のことを打ちあげた。二人は、どこか静かな所へ行って話をしようと相談するが。
有馬頼義の原作を、青山民雄が脚色し、「十代の狼」の若杉光夫が監督した、少年少女の純愛を描く叙情編。撮影も「十代の狼」の井上莞が担当。(キネマ旬報 全映画作品データベースより抜粋)
10/21 失敗談 思わぬ事態の勃発
天井の鋼鉄はりから4本のボルトが降り、六角の長いナットがあって、別のボルトが挿入され、52kgの重量物を釣っている。
その重量物を床に下ろす為、のべ12時間を費やした。
6角ながナットの上のボルトに針金を巻きつけ、特大糸巻きの穴に通し、滑車を作った。麻ロープで重量物を縛り、他方は固定した。
左右のボルトの中間に、重量物をささえる一時的な台を作った。右の6角ボルトを2個取り外し、座金をつけて、6角ボルトを戻す。針金がすっぽ抜けないように。
左の6角ボルトを1個外したら置き台が支えきれずに、倒壊。幸い針金がすっぽ抜けなかったから良かったが、置き台強度に過信があった。

















2008年10月
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